気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜 作:弥生零
「ほならまあ改めて自己紹介でもしよか。うちは兄ちゃんの名前知らんしな」
中央。
そう呼ばれたビルの最上階で、俺と管理人──シャロンは向き合う形でソファに腰を下ろしていた。扉の前には、成人済みに見える年齢層の男女が立ってこちらを見張っている。
中々に、シャロンへの忠誠心が高い二人組のようで、俺とゾーイに対して隔意がありそうな様子だった。とはいえ、ジルの観察眼やゾーイの勘でなければ見抜けない程度には、それを伏せるだけの精神性も持ち合わせているが。
「喫茶店でも言うたけど、うちの名前はシャロンや。つっても、この都市の統治をマーニ様から任されてる管理人……って説明の方が余人には分かりやすいんやろうけど」
不敵な笑みを浮かべ、シャロンは堂々たる名乗りを告げる。自らの絶対的な立ち位置を疑いもしていない様子だ。
いや事実、この都市においてシャロンは絶対的な立ち位置に君臨しているのだからさもありなん。月世界の頂点たるマーニを除けば、彼女は最も高い位にいる権力者なのだろうから。
「貴様が改めて名乗る必要性は見出せんが、律儀な事だ。良かろう、私の名はジル。理由があり、そこな娘、ゾーイと共に行動している身だ」
だがそれは、
「管理人ってだけで、大体の連中は萎縮するんやけどなあ。それも、うちの本拠地にいるとなれば尚更や。自分、恐怖心とかそういう方面の感情が欠落してるんか?」
「その大体の連中とやらと、私を同列に測る。その時点で、貴様の程度が知れるもの。……ふん。間抜けな
「いやいや、自分さあ……
「つまらん仮定だが……まあ良い。可能性として全く考慮するに値せん、とまでは言わん。だがその場合、現況との矛盾が生じているだろう。貴様が私を真にそう認識しているのであれば、ここに至るまでの過程全てが無駄と言えよう。私が貴様の立場であれば、有無を言わせる余地すら無い」
「うちが優しくて慈悲深い管理人なんかもしれんで?」
「貴様の性根がどうであれ、管理人としての
「……ほんま。
観念したように天井を仰ぐ管理人を見遣りながら、俺は思考を巡らせ続ける。一見この状況は俺に取って好ましい形で動いているように見えるが、しかし薄氷の上を歩いているに等しい状況なのだ。俺の存在そのものが、爆弾である可能性を除去しきれていないのだから。
(役割という単語に反応したな。ゾーイもよく口にしているが、この世界では重要ワードと見て良さそうだ。そして当然と言えば当然だが、やはり管理人は俺がこの都市の住人でない点に関して認識している。そしてその上で、俺との穏便な接触を図った。つまり、管理人自身も俺の処遇は決めあぐねている……というのが現況)
決めあぐねているということは、即ち、決めあぐねる余地がある……ということだ。
何を当たり前のことを、と思われそうだが、しかし俺が注目すべきなのは"余地"の部分である以上、ここの認識は重要である。「決めあぐねてるんだなーふーん」で思考を止めてしまうのは、愚か以外の言葉がないからな。
(姿勢が慎重かつ、消極的に探りを入れている様子を見るに、マーニから俺に関する情報の連絡が降りている可能性はほぼ無いと見て構わなさそうだ。そして、俺が問答無用で処理されないということはシャロンが得られる情報に不足があるか、月の外の人間であろうと即抹殺対象ではないと考えることもできる。もしも『月の外の人間は皆殺しだ』みたいな決まりがあったならば、決めあぐねる余地が生じることもないのだから)
この辺はシャロンの有する情報の全容が分からないとどうしようもないがな。シャロンが月の外──即ち、大陸について認識しているのかどうかさえ、俺は分からないのだから。
(加えて、有用性を示せば不審者でも無罪放免かもしれん可能性まであるという。一周回って罠の可能性を疑うが)
シャロンにとって、
(存外、優しい世界なのか?)
まあマーニがシャロンに丸投げしたせいで「ええ……そんなん困るわ……。殺しを命じてへんってことは、絶対に殺さなあかんって訳でもないってことやし……つまりマーニ様ご自身も……こんなんどないしたらええねん……」みたいな保守的思考なだけの可能性もあるといえばあるが、対面で観察した限り、その線は薄いと結論付けて構わなさそうだ。
となるとマーニのことは一旦脇に置き、如何にしてシャロンを利用するかに思考を回すべきだな。
(それにしても、管理人といえど強気には出ないのか。神々のことを思えば、もっと傲慢な姿勢でもおかしくはないと考えていたのだが……ふむ。
これまでの俺への対応。喫茶店に訪れた時点で分かってはいたが、今すぐに俺を殺そうとしていないことは明白だった。そしてそれに留まらず、こちらの意思を尊重する様子まである。正直、ここまで好待遇とは思っていなかったのが率直な感想だ。
その理由は、複数存在するだろう。その理由を完全に絞ることは、現時点では不可能だ。
とはいえ、
(ゾーイの存在が管理人としても無視はできない……というのも少なからずあるか?)
ちらり、とあやとりのようなもので遊んでいるゾーイを横目に見る。喫茶店では不機嫌そうな様子を隠しもしなかった彼女だが、今では幾分か落ち着いているらしい。その理由としては、シャロンが俺を問答無用で処分しようとしていないことが大きいのだろう。
そしてそんな彼女の同席を、シャロンは許している。シャロン側も、ゾーイから俺を引き離すとゾーイが癇癪を起こしそうなことは把握しているであろうにも拘らず、だ。
(ふむ。武力によるものか、
──と、そんなことを考えている時だった。
「ちょっと、私はめちゃくちゃ可愛いわよ。よく見なさいよこの顔を」
「いや、顔で判断して言ってへんわ。てか顔面偏差値だけで言ったら兄ちゃんの方が高いやろ。なんやねんこの顔。どないなっとんねん」
ずいっ、とシャロンが
「は? あんた系統の異なる顔を同類の偏差値として比べようとしてる? 最悪よそれ。だって不可能だもの。国語の偏差値と数学の偏差値で高さを競うつもり?」
「いや、そんな厳密に比べへんわ。うちのフィーリングやフィーリング。どんだけ顔に拘りあるねん」
「先に顔面偏差値なんて言葉を持ち出したのはあんたでしょうが。偏差値よ、偏差値。めちゃくちゃ強い言葉じゃない。自分に都合が悪くなった瞬間に『いや、さっきの発言はそこまで本気じゃありませんでしたけど?』みたいな感じで逃げないでくれる? 私が反論しなかったら、さっきの自分の発言を本気にしてたんでしょ?」
「してへんわ! ほんまにめんどくさいな!?」
「あーあ。めんどくさいなんて言われて、私の心は深く傷ついたわ。早く家に帰って療養しないと……ということで、帰るわよジル。あんたは私の看病。お分かり?」
「結局うちと一緒の空間にいたくないだけやんけ!」
果たしてシャロンは管理人なのだろうか、と俺は真剣に考える必要があるのかもしれん。実はシャロンはブラフで、裏に真の管理人が潜んでいる可能性。
仮にそうだとすれば、シャロンの表情等からこの世界の俺へのスタンスを推測としても正確性に欠けてしまう。誤情報で俺の判断を誤せ、その隙を突くつもりか。なるほど管理人とやら、中々に謀略も長けて──違うそうじゃない。
(ゾーイとシャロンの関係性が謎だな。かなり気安い……というより、気安すぎないか? 神に近い地位にいる管理人に対しても不遜な物言い……マーニはこの関係性を許容しているのか? 職務の本質的な部分に触れていない範囲だから自由にしている可能性もあるが……)
マーニの性格や価値観、そして目的がイマイチ掴めんな。俺をここまで放置していることもそうだが、案外、マーニは温厚な性格をしていたりするのか……?
(いや、俺達を強制的に拉致している時点で何かしらに難はあるな。常識とか)
遺跡の女も過激だったし。
──と。
「……まあええ。さっさと本題に入ろか」
瞬間、空気が一変した。
ピシリ、と壁に亀裂が走り、扉の前にいた二人組からも剣呑な空気が流れ始める。
(……成る程)
今のシャロンを相手には、ゾーイとて易々と踏み込めまい。実力云々ではなく、権力的な立ち位置の違いが、それを明確にさせているのだ。それを理解しているのか、ゾーイは面倒くさそうにため息を吐いて、腰深く座り直した。
「ゾーイも、うちが接触してる時点でもう分かっとるやろ? 自分のやってることが、問題を先延ばしにするだけでしかないってことくらいな。少し、静かにせえ」
「……ちっ。分かったわよ」
「てな訳で単刀直入に訊くけどや──ジル。己はなにもんや?」
本日発売される二巻を、見開きカラーイラストにて宣伝です。
……ただこれ、宣伝とか抜きにしてめっっっっっっちゃ良くないですか?個人的にめちゃくちゃ好きなイラストです。
今回のお話のジルくんもこんな表情を浮かべて臨んでいることでしょう。
【挿絵表示】
なろうから転載するにあたり、後書きも必要そうなら転載してくるのでチェックしてるんですが、これ投稿してたのが一巻発売前なのに気づいて時間経過の速さになんか泣いてしまった。