気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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軽い衝突 後編

 

「てな訳で単刀直入に訊くけどや──ジル。己はなにもんや?」

 

 やはり来たか、と俺は内心で一人呟いた。とはいえ、俺の答えは最初から決まっているも同義なのだが。

 

「私が何者か、か。甚だ遺憾だが、私自身も完全には把握しておらん」

「煙に巻くつもりか?」

「否。単純に、私が己自身を記憶していないだけの事」

 

 目を細めるシャロンと、それを真っ向から見下ろす俺。暫しの静寂の後、先に口を開いたのは、やはりと言うべきかシャロンの方だった。

 

「……記憶喪失って言いたいんか?」

「然り。とはいえ、貴様の言葉から、私がこの都市の住人でない事は把握できたがな。先の言葉は、貴様がこの都市の住人全てを把握していなければ出てこない類のものであるが故、な」

「……」

 

 腕を組み、考える素振りを見せるシャロンを見ながら、俺はこの後の流れを再度計算し、予測を立てていた。

 

(……ゾーイは記憶喪失を流した。だがそれは記憶喪失の真偽がどうであれ、ゾーイとしては自分にとって望ましい答えを長期的に出せれば良いと考えていたからだ)

 

 そしてそれは逆にいえば、さっさと答えが欲しい場合には、記憶喪失という事実を看過し難いということでもある。先程シャロンが言っていたように、誤魔化しているようにしか見えないのだから。

 

(加えて、ゾーイは俺が災厄から出現した異常現象を見ているから、『あんなものに巻き込まれていたんだから記憶喪失ってのもあり得るかもしれない』と思えた部分も大きい。だが何より決定的なのは、ゾーイとシャロンとでは、文字通り立場が違うということだ。結局は一般人に近いゾーイと、統治側のシャロンでは私情を優先できる度合いに差がありすぎる)

 

 シャロンは統治者であるが故に、私情よりも優先すべきものが多く存在する。私情を優先した結果、都市の統治に不備が起きるなんてことがあってはならないからだ。彼女の放つ雰囲気がガラリと変化したのが、その証拠。

 

 元々常人では受け入れ難い空気を発していた──俺やゾーイ、彼女に忠誠心がある者でもなければ、自然体で受け答えなんて不可能な程度には──が、今の彼女からは、攻撃性のようなものすら放たれている。ここからの対応を誤れば、間違いなく"決定的な敵対"は必至だろう。

 

 それはあまりにも俺にとって不都合な展開であり、避けなければならない未来である。

 

(だが単純に、敵対を避けることに注力しても意味がない。それなら災厄の時に出しゃばらず、大人しく引きこもっておけという話だ)

 

 管理人と対面しておきながら、この場で何も変化を起こせないのは愚の骨頂。「敵対を避ける為にめちゃくちゃ無難に対応する」なんて選択は、事態の停滞を招くだけで好転にはなり得ないのである。

 

(故に、変化を起こす為の種を蒔きつつ、決定的な敵対を避ける。これが、俺の必須事項だ)

 

 俺がこの場で蒔いておきたい種は、主に三つ存在する。種同士を厳密に深掘りすれば被っている部分もあるのだが、ここではあえて三つとした。

 

 一つ、シャロンに(ジル)の有用性を示すこと。

 二つ、ゾーイを完全に俺の側に引き込むこと。

 三つ、シャロンの手札を一枚切らせること。

 

 この三つの種を蒔くことができれば当面の間──少なくともマーニと接触するまでの間は安全が確保されるし、マーニとの接触、シリル達との合流に近づけるというのが俺の予測だ。

 

(しかしまあ残念ながら、世の中は甘くない。確実に三つの種を蒔きつつ、決定的な敵対を避けるには……悲しいことに、シャロンと一時的に衝突する必要は出てくる)

 

 決定的な敵対を避けたいのに、一時的に衝突する。矛盾しているように見えるが、それが俺にできる最善策の一つなのである。

 

(とはいえ、超えてはならないラインを見極めつつだがな。そうじゃないと決定的な敵対をしてしまい、本末転倒だ)

 

 シャロンと衝突するのは良いが、それが決定的な亀裂になってはならない。互いに手札の一枚を切る──牽制程度のレベルで目的を済ませられるのがベストだ。

 

(シャロン個人を相手に敵対するだけなら、まあ構わない。油断や慢心ではなく、その程度は対処できないと今後が話にならないからだ。だがこの場合、シャロンの背景がネックとなる)

 

 はっきり言おう。都市の全てを敵に回す展開になると、俺は絶対に勝てない。都市全てと敵対することになれば、最終的には月の世界全てとの戦争にまで発展する可能性が高いからだ。

 

 それを避ける為にも、あくまでシャロンとのタイマン勝負に持ち込む必要がある。

 

(これらを念頭に置きつつこの場の主導権を握り、目的を果たさなければ。調整やタイミングはシビアだが、やるしかない)

 

 ──尤も、未知数の存在(シャロン)と衝突する時点で、どれだけリスクヘッジをしたところで俺の安全性は別に高くはないのだが。

 

(……ふう)

 

 それに、シャロンの行動には不可解な部分が幾らか見受けられる。それもあって、博打の部分が生じてしまうのは俺としてはあまり好みではないのだが……あの時、遺跡で女に負けてしまったのだから仕方がない。

 

 これは必要経費として割り切って、俺の望む展開を手繰り寄せて巻き返すとしよう。幸いにしてシャロンの性格は──俺からしてみれば、比較的やりやすい。

 

「都市間の移動は基本的には認められへんし、例外にしたって双方の都市管理人の許可無しには不可能や。仮に自分が他の都市の住人やとしても、この都市に入って来てる時点で、うちが把握してへんのはあり得へん」

「その発言を真とする判断できる根拠を、私は持ち合わせておらんがな」

 

 前提として、俺の存在は管理人の視点から判断するならば、有無を言わさず処分するか、マーニに報告して指示を仰ぐかになるレベルの危険物である。にも拘らず、そのどちらもしていないのにはそれ相応の理由があり、仮にその理由が消失したらその時点で決定的な敵対関係に移行するのは、火を見るより明らかだろう。

 

 ならば話は単純だ。理由が消失しない範囲で理由を弱めて、シャロン側のメリットを一時的に小さくしてしまえば良い。即ち、ギリギリの綱渡り。俺がこれまでやってきたことと、何一つ変わらないものだ。

 

「真偽は重要とちゃうやろ。兄ちゃんが真実を語る分にはなあ」

「ふん。記憶が無い、と言ったはずだが? 故に私は、私が得た情報から逆算して己の状況を推察し、語る他ない。その判断材料となり得る情報の真偽を懸念するのは、至極当然だろう。それとも貴様は偽りの情報で事の審議を行うのか? 管理人が聞いて呆れるな」

 

 嘲るように、俺は口元に弧を描いた。あからさまな挑発だが、月の住人にはこの手の挑発が有効であることは、これまで得た情報から容易に予測できるものだ。

 

「貴様が私をどこまで把握しているのか、その情報の提供すら無い以上、己の記憶を失っている私から語る事は皆無と知れ」

「自信満々に『自分は何も分かりません』なんて言うてんちゃうぞ。うちが己を不審者として処分できることくらい、想像できへんか? うちが己に多少は価値を見出しているから、安全地帯にいるとでも過信しとるんか?」

「面白い。ならば実演してみろ管理人。貴様が私を呼び出し、こうして詰問している時点で、処分(それ)が貴様の裁量権を超えていると判断できるがな」

「はっ。記憶喪失も含めて、その強がりがどこまで続くか見ものやな」

 

 シャロンの発言がどこまでが真実なのか、そこに対する思考や観察も忘れてはならない。

 

 ブラフやハッタリ、意図的な情報の秘匿で場を掌握しようとしているのは相手も同じこと。シャロンはこう口にしているが、実は俺が大陸の人間であることを最初から把握していたのかもしれない──そんな0に等しい可能性に対する対策も、頭の片隅の片隅では練っておく。

 

 あらゆる可能性に対する対策を全てを並行して行い、正面からの騙し合いを上回れ。

 

「それくらいにしなさいよ、シャロン。私はこいつを拾ってからそこそこ一緒にいるけど、別に悪い奴じゃないわよこいつ。律儀だし」

「黙っとれ。そんな私情で判断できへんわ。どこまでほんまなんかも判断できへんしな」

「……けど、こいつは──」

「管理人に同意というのは業腹だが、ゾーイ。貴様は下がっていろ。今は私と、この娘の論争であるが故」

「えらい自信家やな浮浪者。災厄の現場におった以上……ゾーイの立場、全く知らんって訳やないんやろ? 援護はいらんのか?」

「くく。貴様を相手にするのに、他者の手を借りる(・・・・・・・・)など、己に対する裏切りも同義。そもそも貴様風情が私を相手どるなど、これ以上なく力不足であろうに。その誇りは買う(・・・・・)がな」

 

 ……さて、そろそろか。

 

「私は、自らの情報を何一つとして知らん(・・・・・・・・・)。自らの怠慢を私に被せるとは、管理人が聞いて笑わせる」

「……そうか。それが、己の答えか」

 

 表情から感情を消し、小さく呟いたシャロン。その様子を見て、俺は自らの気を引き締め──

 

「代行権限、心肺停止」

 

 ──直後。俺の心臓の鼓動が、瞬時に停止した。

 

 ◆◆◆

 

「っ! シャロンあんた──」

「記憶喪失? んなもんで、この場を誤魔化そうなんざ甘いねん」

 

 掴みかかるゾーイを無視して、シャロンは冷たい眼差しで青年を眺めていた。自らの胸元を抑え、顔を俯かせた青年を。その様子を見て、思わず【贈物(ギフト)】を発動しかけたゾーイだったが。

 

「今すぐ真実を吐けえ。そしたら心臓を動かすことを許したるわ」

「……っ」

 

 ゾーイの瞳が、揺れる。

 

(こいつ……なんで……)

 

 ジルが記憶喪失かどうか。その真偽は、正直ゾーイにも分からない。だがそんなゾーイでも、ジルの先の発言に関して、確実に言えることがあった。

 

(なんで、災厄から出てきたってことを言わなかったのよ……)

 

 ゾーイとジルの邂逅。その時はジルに意識はなかったが、しかし自分からそのことを聞いて、把握していたはずなのに。

 

(それを言っていれば、シャロンの性格的に、多少は温情をかけてくれたかもしれないのに。なんで……)

 

 災厄の真実、延いてはこの世界の真実について知りたい。そう考えるゾーイとしては管理人(シャロン)に隠したいことだが、しかし、ジルがそうする理由はないはずだ。そんな、権力者と敵対してまで伏せる必要はなかったはずなのだ。プライドが高いとはいえ、己の境遇を聞かれて隠すような情報ではないのに。

 

 何故、何故──

 

『私はこいつを拾ってからそこそこ一緒にいるけど、別に悪い奴じゃないわよこいつ。律儀だし』

 

 ……。

 

(まさか、私への義理立て……? 確かに、こいつは意外と律儀だけど、でも……そんな、この世界の住人が管理人からの言葉を拒否してまで貫く程のものじゃないはずで……)

 

 あらゆる疑問が、ゾーイの思考を埋めていた時だった。

 

「──成る程。それが管理人としての力か」

「……ほー」

 

 心肺が停止したはずの青年が、平然とした様子で顔を上げた。そのことに、驚きを示すゾーイと、少しばかり感心した様子のシャロン。

 

「ジル、大丈夫なのあんた」

「心肺が機能停止した程度やったら、そこまで苦にならんか。想定通りっちゃ想定通りやけど、やっぱ【絶月(ナハト)】でも上の方の実力は──……いや、待て」

 

 シャロンの目が、驚愕によって見開かれる。

 

「苦痛に感じてへん? いや、ちゃう。そんなんとちゃう。まさかお前……」

「眼には眼を……という言葉を知っているか、管理人」

 

 まあ知らなくても関係ないが、という声がシャロンとゾーイの耳に入った直後。

 

「こういう意味だ」

 

 シャロンの体が吹き飛び、轟音と共に壁を貫いた。

 




Q.心肺停止させられたり、壁を破壊する勢いで外に放り出されたりしてますけど、これは軽い衝突なのでしょうか?
A.軽い衝突です。

昨日書籍の第二巻が発売されました。よろしくお願いします。特典もご参考としてどうぞ。
QRカードからアンケートに答えると読めるSSに関しては、ご購入頂いた方々全員見れます。こちらにはイラストもついています。そこそこ文字数あります。よろしくお願いいたします。
特典情報
メロン様のSSはステラ、エミリー、クロエ、ジルの四名メイン。
駿河屋様のSSはタイトルにあるグレイシー、ソフィア、ジョセフの三人組メイン。
bookwalker様のSSはシリルメイン(?)。

試し読みはこちらのツイートから。試し読みできる範囲はwebとあんま変わらない(読みやすくなったくらい?)んですが、全体としては結構改変やら入れてます。web時代から作者的に変えたいと思ってた部分を変えた感じですね。
試し読み

こちらは一巻の挿絵なんですが、作者的にはお気に入りのソフィアとジル。

【挿絵表示】


【挿絵表示】

そして公開していなかった気がするグレイシーのキャラデザ(メモ付き)

【挿絵表示】

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