気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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学校生活 Ⅱ

「さ、最高です……ジル様……」

 

 シンと静まり返った教室。

 まるで世界そのものが停止したかのような錯覚を抱いてしまうような無の空間。

 もはや地獄と呼ぶに相応しい空間に、一石と呼ぶには強すぎる何かが投じられた。

 

「圧迫授業という新ジャンル……! 私の胸が、強く、強く……! 堪能させていただき──」

「私語を慎めよ小娘。そして相変わらず、貴様は家畜に等しいようだな? もしや私の授業を享受するだけで終わり……などという愚かな行為をするつもりではあるまいな? いい加減、貴様自身の価値というものを、示せ」

「はあはあ……も、勿論ですよ……っく、ジル様……!」

 

 ──あの女やべえ。

 

 誰もがそう思い、しかしそれを口にできた者はいなかった。普段であれば「授業中に私語とか、学生としてズレてるよ」という指摘を入れられただろうが、誰もそれができなかったのである。

 それどころかむしろ、ジルからの視線と意識を集めてくれた少女に対して感謝の念を抱く生徒までいた。一方で「神聖な学舎でとんでもねえことしてんじゃねえよ」と冷静に思う生徒もいたが、それはそれで冷静さを取り戻せたということなので状況を好転させていると言って良いだろう。

 

 クラスの救世主へと、変態少女は昇格していた。

 

「……ご挨拶が遅れましたが」

 

 と、クラスに余裕が生まれた刹那。再度、別の方向から声があがる。声の発信源では、純朴そうな見た目をした少年が頭を下げながら口を開いていた。

 

「ジルさん、よろしくお願いします」

「殊勝な態度は悪くない。だが小僧。今この場において、私は貴様の教師。喫茶店とは異なるが故に、相応しい呼び名を用いる事だ」

「はい。先生」

「それで良い。そして、貴様にはこの私が手ずから物事の道理を説いた事がある訳だが……分かっているな?」

「勿論です。ジル先生のご期待に応えるべく、励みます」

「ふん。貴様に期待などというものを抱いた覚えはないが……最低水準は超えるが良い」

「ジル様……! 私、私も……!!」

「貴様は貴様で学舎に相応しい態度をしろ、小娘」

「小娘はこの教室にたくさんいます……! 是非、是非とも名前で!」

「くくっ、己を貫かんとするその胆力は評価に値せんでもないが……。今時点において貴様達は皆等しく、小僧であり、小娘だ。私の口から名を紡がれたくば、それ相応の結果を示せ。……少々道が逸れ過ぎたな、許せ。では本格的に授業を執り行うとしよう」

 

 あまりにもな発言に、本当にこの人が教師で大丈夫なのだろうか、と皆の心が一つとなった。

 何せ、一連の流れからは完全に危険人物にしか見えないのだ。あの銀髪の青年を教師として認識できる人間がいたとしたら、それはもう価値観がバグっていることだろう。果たして、まともな指導を受けられるのかが怪しい。

 理事長は何を考えてこのような人物を雇用したのだろうか。もしも面白半分とかだったらどうしようか。どう考えても普通の状況ではないだろう。教師としての役割を担う人物とは思えない。教師としての才能は皆無なのでは。約二名を除いて、誰もがそう思った。

 

 ──まあでも、授業の一つくらいなら我慢できるか……。

 

 そう諦め(切り替え)、黒板に向き合う生徒達。そんな生徒達を睥睨し、軽く頷いたジルは口元に弧を描いて。

 

「期間限定ではあるが、貴様達の授業は全てこの私が担当する事となった。喜べ小童ども。貴様達の能力を、この私が飛躍させてやるのだからな」

 

 教室が、絶望に沈む。

 

「尤も、有象無象に対して労力を割くほど私も酔狂ではない。貴様達に価値がなければ、ここで全てが終わるものと心得よ」

 

 かくして、銀色の暴君による圧迫授業が、始まろうとしていた──

 

 

 

 

 ──かと思われた。

 

「故に、こうなる」

 

 とても分かりやすい授業だ、とこの場にいる誰もが思った。

 とても普通の授業だ、とこの場にいる誰もが思った。

 彼は全てを平等に見下しているが故に、全ての生徒を平等に見てくれていると、誰もが思ったのだ。

 

「貴様達の頭では理解できぬ部分もあろうが……。その全てを懇切丁寧に教えてやると思うなよ。ここから先は、己で理解する段階に他ならん。とはいえ、貴様達は未熟の極み。理解する道筋くらいは示してやろう。だが、その先は自らで、歩め。その程度の事もできぬのであれば、私から何かを学ぶ価値などない」

 

 上から目線の極みのような授業。

 一定までの道筋は示してくれるが、そこから先は自分達でどうにかしろと投げ捨てる。

 だがしかし、そのスタンス故にとでも言うべきなのだろうか。教師として、生徒の自主性や自分なりの考え方を重んじることに特化した講義内容に仕上がっており、成長を促す教育方針として一貫されていた。

 上から目線な教師による授業であるが故に、一周回ってその辺りの線引きが分かりやすいのである。自分が勉学において自力で為すべきことが、よく分かるのだ。

 

 また、「この先生が説明していたことについてアホな質問で訊ねようものなら、それはもうどうなることやら」という認識への理解が、自然と全員の集中力を高めてくれる。

 

 更には、心理的な圧迫感が脳に焼きつくため、授業内容も付随して記憶に残るのだ。場合によっては、一言一句授業の内容を覚えている論点すら存在する。唐突にあの視線を向けられれば、それだけで記憶からは抜け落ちない論点の完成だ。

 

 何より、「ここまで貫禄のある人が難解な言い回しで言っていることを理解できると、なんか自分が賢くなっているように錯覚する」現象から得られる脳内麻薬的なものが、脳を活性化させてくれている。そして活性化した脳が、知識等を急激に吸収してくれるのだ。正のスパイラルが、ここに完成されつつあった。

 

「良いか貴様達。何かを覚えたければ、その何かがどういった理由で成立しているのか、成立するに至ったのかを理解しろ。貴様達の矮小な頭脳を総動員させ、己なりの解釈で、己なりの言葉で理由を語れるよう下地を作れ。さすれば、自然と暗記事項も覚えられよう。仮に覚えられずとも、論じることはできる。さすれば、論述形式であれば──」

 

 どう見ても教師ではないだろう。そんな印象は、初既に塗り替えられている。誰もがその授業から目を逸らさず、集中し切っていた。

 

「他にも身近なもので置き換えて思考する、というのも手だ。そこの小僧。貴様が好きなものはなんだ?」

「え、と球技が好きです。将来は、プロになります」

「……ほう、球技全般か。範囲は広いが、種としては悪くない。では球技でこの項目を例えて説いてやろう。良いか──」

 

 また理事長の悪癖が出た(・・・・・・・・・・・)のではないかと内心で不信感を抱いていた生徒達だが、その不信は完全に払拭されている。目の前に立つ青年は、教師として最高の資質を有しているのだと、この場の誰もが理解していた。

 

「……」

 

 故に生徒達は目の色を変え、授業と向き合い続ける。学生としての役割を、果たすために。

 

 §

 

 解せぬ、とゾーイは理事長室で親指の爪を噛んでいた。

 

(なんか普通に良い感じに受け入れられてるんですけど?)

 

 完全に唯我独尊という他ない態度だが、喫茶店の時と同様、ジルは生徒達に受け入れられていた。

 完全に上から目線で語り尽くしているにも拘らず、である。この世界は高圧的な態度が好きな趣味嗜好な者が多いのだろうか。ジルがクーリングオフされて帰宅することを予定していたゾーイとしては、あまり面白くない。

 

「ゾーイ自分、暇なんか?」

「暇じゃないわよ。けどジルは私が拾ったんだから、あいつが学校で教師をする間はここにいるのが義務でしょうが」

「週四か……いや割と暇やんけ」

「残りは喫茶店で過ごすのよ」

「めちゃくちゃ暇やんけ」

「災厄処理のための手待ち時間よ。つまり私は、生きているだけで労働をしてあげているの」

「ものはいいようやなほんま」

 

 シャロンと軽口を叩きながらも、ゾーイの視線は理事長室に備え付けられているモニターから離れない。その様子を見て、シャロンは軽くため息を吐いた。

 

「ここから眺めるくらいやったら、自分も一緒に授業を受けたらええんちゃうか? 確かに【絶月(ナハト)】の特権で免除されとるけど、別に学校に通ったらあかんなんてルールはないんやで」

「嫌よ。学校なんて、面倒臭いし」

「これやから【絶月(ナハト)】は社交性がなさすぎるねん……ほんま、学校通えや」

「あんたもその【絶月(ナハト)】でしょうが」

 

 それにしても、とゾーイは映像を眺めながら。

 

「シャロンが言ってたこと、あながち間違いじゃないみたいね。あいつに担当させているクラスって訳アリでも集めたの?」

 

 §

 

 さて。午前の授業を終え、昼休みである。

 ジルの授業は全てが圧迫授業なのだが、この圧迫授業──非常に評判が良かった。

 

(これに関しては狙い通りではあるが……きちんと効果を成してくれたようで何よりだ)

 

 所謂、痛烈なインパクトのある授業は記憶に定着しやすいというやつだ。

 ジルの貫禄を全面に押し出し、ジルの能力を用いた完璧な教育を施す。それだけで、授業を受ける人間は伸びる。その先の領域に関しては本人達の努力次第だが、授業で伝えられる部分に関してはオーバーキルの効果があるのだ。

 

(難儀なことに、人間という生き物は正の感情よりも負の感情の方が記憶に残る。そこを刺激しつつ、されどトラウマにはならない微調整。思春期の時期というのもある、慎重に対応せねばな)

 

 加えて、シャロンが「全てを平等に見下している」と称したジルの姿勢だが──確かに、彼らに対してプラスとして働いている面もあるらしい。それが良いのか悪いのかは、正直判断しかねるが。

 

(訳アリでも集めた学級か?)

 

 少し考えて──まあやることは変わらん、と俺は黒板にチョークを走らせる。ホワイトボードの方が書きやすそうなんだがなと思いつつ、ジルの能力をフル活用すれば書道有段者も真っ青な達筆を黒板で披露するなんざ容易い。

 教師としてのカリスマ性は、教師の一挙一動に現れる。学生に手本を示すような立場であるからこそ、あらゆる面において完璧であればあるほど、生徒達からの支持は増すのだ。

 まさに指導者や王、神にも通じる道。

 そしてそれは即ち、これまで通りジルとして振る舞っていれば、勝手に生徒達がついてくることを意味している。俺にとって、案外教師というのは天職なのかもしれない。

 

 優しく丁寧に、なんてのはジルのキャラ像と合わないので断固拒否をするがな。あくまでも、興が乗ったからというスタンスを崩すつもりはない。

 

 まあそれはそれとしてだ。

 

(シャロンがわざわざ訳アリを集めたクラスを作っていて、そのクラスの教師として(ジル)を抜擢したことの意味を考えろ)

 

 今大事なのは、こちらについてだろう。

 

(少なくとも、悪役にありがちな『弱者は見捨てる』的なことは考えていないのではないか)

 

 おそらくだが、シャロンは理事長──教育者として、かなりの情熱といったものを抱いているのではないだろうか。ゾーイに対して度々「自分も参加したらどうや?」と語っていたのも、紛れもない本心だったのだろう。

 

(シャロンの実年齢は不明だが、見た目通りの年齢ではないだろうな。精神年齢は幼く、ゾーイと変わらんように見えるが、それはそれとして経験を重ねたが故の空気がある。そしてそこにこそ、シャロンの真価はあるはずだ)

 

 考えろ。

 

 何をすれば、効果的にシャロンからの好感度が上がるのかを。

 そしてそれはつまり、シャロンがどういった価値観の持ち主なのかを。

 更に言えば──シャロンが本格的に、俺の協力者となりうるのかどうかを。

 

(そのために利用させてもらうぞ、ここの学生達をな)

 

 心の中で冷笑を浮かべ、俺は生徒達を眺めた。

 




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