気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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トキメキ(大嘘)はいつだって唐突に

(嘘だろお前……)

 

 俺は頭を抱えた。

 邪神降臨そのものを防ぐというジルの死亡フラグをへし折る最優の手立てが、完全になくなってしまった。

 

「……くそ」

 

 このまま原作通りになぞれば、間違いなく俺は死ぬだろう。それもかませ犬として。かませ犬として。

 

「……」

 

 死ぬのはとても嫌である。好き好んで死ぬなんて真っ平御免であるし、それがかませ犬としてなら尚更嫌である。

 何が悲しくて、寝落ちして起きたら死ぬことが確定しているかませ犬になっていなければならないのか。

 お前今日からかませ犬な! 死ね! とか言われて納得できるわけがないだろう?

 

「……」

 

 そう。神々の思惑通りに利用されて、死亡して退場。そんな話、納得出来る訳がない。

 

 ──ならば、どうすれば良いか。

 

「……やるしかないか。原作ブレイク」

 

 険しい道であることは重々承知。

 ジルは第一部のラスボスに位置する存在だし、第二部第三部に入っても強さ議論スレなんかでは上位の位置に君臨してはいた。

 

 人類最高峰の才能を有しているという肩書きは伊達ではなく、神々や神々に準じる存在以外では間違いなく最強ではある。

 

 だがしかし、頂点との差は大きい。ジルは世界最高峰の人類であるが、世界最高峰の神ではない。人類基準では神に等しい力を持っていても、神からすればそれは当たり前の力なのだ。

 

「……」

 

 だが、それでもやるしかない。

 先ほども言ったようにこの身体のスペックは非常に高く、神と同様の力を保有している事も大きい。なにせ、神の力である以上神々相手に全く通用しないというわけではないのだから。

 

「……」

 

 加えて、俺には知識がある。アニメはまだ放送途中だったせいで結末こそ知らないが、それでもこの世界でトップの情報量を有してはいるはず。それこそ、神々にすら劣らないだろう。それに、メタ視点による先読みだって通用するかもしれない。

 

 神に近いスペックを持ったジルに、ある種神の視点でこの世界を見ていた俺が憑依している以上、下克上の可能性は全く無いわけではないはず。

 

 原作知識という圧倒的なアドバンテージを有している俺であれば、神々を出し抜くことは可能なはずだ。

 連中が天界で余裕をこいている間に、俺は牙を研いで神々を殲滅する手札を揃えてしまえばいい。

 

 また、アニメにおいてジルが瞬殺されたのはとある一件でジルに付与された属性による相性の問題ではないか、という考察もあった。その考察が正しいのかどうかもここでは検証可能だし、正しければ活路は見えてくる。

 

(いずれにせよ、現在の時系列がどの辺りかを確認する必要があるか)

 

 特に気になるのは、ジルの配下である『レーグル』の状況である。

 

 既に原作が始まっているのなら各国に派遣されていることになる。原作が始まっていないのなら、どの程度配下が集まっている時系列なのかが問題だ。

 

 いずれにせよ、一度『レーグル』とは顔合わせをする必要があるだろう。

 

(バレないようにしないとな……)

 

 『レーグル』の面々にとって、ジルは絶対的な強者である。だが、彼らはジルに絶対的な忠誠を誓っていたわけではない。

 

 第一部の終盤にて、ジルは生き残っていた『レーグル』の連中に向かって「お前ら雑魚すぎるしここで消すけど良いよね!」みたいなことを宣告。

 

 これにブチギレした『レーグル』の行動は、ジルに対する一斉の叛逆である。

 

 第一部においては最強格の敵であった『レーグル』の面々。実際『神の力』によって付与された『加護』は非常に強力であり、それを一瞬で返り討ちにするジルが視聴者に与えたインパクトは絶大であった……というのは別の話。

 

 ここで重要なのは、ブチギレた部下に叛逆を起こされたという点である。

 

 これが意味するのは、『レーグル』の面々は別にジルに完全な忠誠を誓っていたわけではないということだ。ジルに従ってはいたが、それはきっかけ次第では反抗される程度のものということである。

 

「……」

 

 それは困るな、と思った。

 

 ジル自身ならともかく、今の俺はジルではない。ジルの持つスペックを御しきれていないし、この体が何を出来るのかも知っている範囲でしか知らない。そしてそれは別に、使いこなせるということでもない。

 

 仮に『レーグル』の面々がジルを偽物であると認識し、叛逆でもしてきたらワンチャン死ぬかもしれない。

 

 仮にも『神の力』の一端を貸し与えられた連中である。また、戦闘技術も非常に高い。一芸に特化した連中の技量は大陸でも随一、あるいは頂点の能力を有している。

 単純なスペックならジルの体を持つ俺が圧倒的優位であるが、戦闘技術は向こうの方が上なのだ。

 

「……」

 

 俺は気を引き締めた。

 

 バレないようにしなくてはならない。それこそ、多少オーバーな威圧感を与えることになってでも、ゴリ押しで(ジル)こそがお前たちの支配者であるということを理解させねばならない。

 

 故に俺は覚悟を決める。修羅になる覚悟を。

 

 絶対にかませ犬にならないための一歩を、俺は踏み出した。

 

 ◆◆◆

 

 上司たるジルからの突然の呼び出し。それに男、キーランは表情を変えることなく、されど困惑を覚えながら応じていた。

 

(……なんだ。何故私は呼び出された……?)

 

 キーランは優秀な殺し屋である。

 

 とある国の王位継承権第一位の王子とその護衛を務めていた騎士を殺害し、更には異変にいち早く気付いた宮廷魔術師にすら不意打ちで深い手傷を負わせたほどに。

 

 流石に国の最高戦力たる騎士団長を相手には防衛戦に徹しつつ逃亡したが、それでも大陸で有数の実力者であることに違いない。

 

 それから紆余曲折(うよきょくせつ)あって彼はこの国の王であるジルという男に拾われ「時期が来るまでは好きにしろ。それまでこちらは干渉しない」という言葉を受けて今日まで過ごしていたのだ。

 

 にも関わらず、突然の呼び出しである。キーランが訝しむのも無理はない。

 

(『加護』とやらはこの身に馴染んでいる。時期とやらが来れば、オレはあの国に派遣される手はずのはずだったが……)

 

 眉を(ひそ)め、キーランは内心で警戒心を強める。

 

 多少なりとも感謝や恩義はあるが、ジルという男は得体の知れない人間だ。そもそもこのような規格外の力を貸し与えることが出来るという事実だけでも、警戒に値する。

 

(……さて)

 

 指定された部屋の前に辿り着いた彼は、息を吐いて扉を開く。

 そして──

 

 ──彼は、絶望を見た。

 

(な、あ……)

 

 まるで空間が凍結したようだ、とキーランは錯覚した。

 いや本当に錯覚なのか? 現実ではないのか? そう思わせるほどの、威圧感がこの身を襲う。

 

(なんだこれはなんだこれはなんだこれは……ッッッ!!)

 

 かつて殺気立った騎士団長と相対した時以上の重圧。

 それが、キーランの身に降り注ぐ。もはや物理的な重力と化したそれにキーランは全霊をかけて抗うが、しかし激しい動悸(どうき)を抑えることが出来ない。

 

「……っ、あ」

 

 全身から汗を流しながら、彼はそれに視線を向ける。

 

「来たか。キーラン」

 

 その声は、聞き覚えのある声だった。

 だが、その姿には全く、見覚えがない。

 

「……ジ、ル殿か……っ? その、姿は──」

「……姿、だと?」

「──一体……ぬぐぅ!?」

 

 不機嫌そうな声が聞こえたかと思うと、重圧が増した。

 

「貴様は私の姿を見て何を抱いた? 貴様の有している私に対するイメージと、今の私にどこか齟齬(そご)でもあったか? 貴様に口を開く権利を与える。()く、申してみよ」

「そ、そごはぁ! ありまぜん! わ、私にはジル殿の、ぐふっ……す、がたがぁ!? ぐ、はっきりどぉ! 目じっ、出来、ま、ぜん……!!」

 

 そう、そもそも目視できないのだ。

 

 おそらくジルがいるであろう場所。そこにはドス黒いオーラが漂っているだけで、ジル本人の姿が全く見えない。

 

 あれはまさしく深淵であり、この世界の闇をそこに集約したのだと言われてもキーランは驚かないし疑わない。

 

 まさに死の具現ではないか、とキーランは心の底から震え上がる。

 

 おそらく、あれはジルから放たれる重圧が見せている錯覚だ。あれこそがまさにこの世界の死そのものであり、全ての生殺与奪の権利を有する彼が世界の王であると、本能が自らに訴えかけているのだ。

 

(なん……たる、ことだ……)

 

 全身を震わせ、キーランは内心でその想いを口にした。

 

(私は……これほどまでの御方にお仕え出来る栄誉を与えられていたというのに……あまつさえ警戒など……なんたる不敬か……ッッッ!!)

 

 心の底から震えながら──心の底から歓喜に打ち震えながら、キーランはカッと目を見開く。

 

 元々、彼の生まれた国は宗教国家であった。周りを見れば狂ったような信者しかいない。神をその目で見たこともないくせに盲目的に信じて、意味のわからない研鑽(けんさん)を積む人々。

 

 それらを見ながらキーランは「かみさまなんていないのにきもちわるい。こうはなりたくない」と思っていた。

 

 そんな思想を持つキーランが国の爪弾(つまはじ)き者になったのはいうまでもない。日頃より研鑽を積まず、才能がないと落ちこぼれ扱いされていたことも、キーランに対する迫害への拍車をかけた。

 

 それからより一層、彼は神を信じなくなり。また国に対する憎悪(ぞうお)も募り──いつの日か国を抜け出し、殺し屋になっていた。

 

 だが、神はいたのだ。

 

 目の前にいるジルこそが、神なのだ。それは、この圧倒的な力の差から明白。大陸最強格と謳われる騎士団長すら一蹴可能であろうほどに、規格外の存在。それを神と呼ばずに、なんとも呼ぶのだろうか。

 

 そしてその神は自分を『異端』と扱い、あまつさえ殺そうとしてきた祖国の連中ではなく、自分を見出し加護を授けて下さったのだ!!

 

 国を恨み、また劣等感を抱いていたキーランにとって、これほど痛快なことはなかった。

 

(ジル殿……いえジル様。私は、私は愚かでした……!!)

 

 心の底からキーランは懺悔(ざんげ)する。

 

 あの国に対する憎悪は変わらないが、しかしそれ以上に神への信仰を疎かにしていた自分が憎い。

 

 だがしかし、そこで終わるならそれは愚者に他ならない。故にキーランは懺悔し、祈りを捧げる。

 偉大なる神。ジルに向けての祈りを。

 

 そして、奇跡は起こる。

 

(こ、これは……!)

 

 先ほどまで黒いオーラで埋め尽くされていた空間が晴れていく。やがて黒いオーラは完全に消え去り、豪奢な椅子に腰掛けながらジルがこちらを悠然と見下ろしている姿がはっきりと目に映った。

 

 何故──と思い、キーランはすぐ様結論に至る。

 

(わ、私の忠誠が届いたのだ……!)

 

 先ほどのあれは、まさしく神罰だったのだ。

 

 神に忠誠を誓わない愚者に降り注ぐ神の権能(けんのう)。キーランが心より忠誠を誓った瞬間神罰が止んだことこそが、逆説的にそれを証明している──!

 

(私の忠誠が……この御方に認められた……)

 

 気がつけば、キーランは涙を流していた。

 

 なんと慈悲深い御方なのかと。そしてこれほどまで慈悲深く、偉大なる御方の元に仕えることが出来るなど、なんたる幸福なのかと。キーランは己の置かれた状況を理解し、そして己のこれまでの行動を恥じた。

 

(今まで私は……何をやっていた……?)

 

 神の力が馴染んできた? その程度で満足していたのか? ただただ無為(むい)に時間を過ごすなどなんと度し難い行為だ? 自分はなんという無様を晒していたんだ、と今すぐにでも自害したい衝動に駆られる。

 

 が、自害する許可は下りていない。この身は全てジル様のものなのだ。なればジル様の言葉なくして、自害するなど言語道断。

 

(嗚呼、ジル様……この事を私に気づかせるために……)

 

 恍惚とした表情で、キーランはジルの御顔を眺めていた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 自分の正体が露見しないかを測るため、ジルはとりあえず原作で一番まともそうだったキーランが実験材料として良さそうだと思った。

 

 幸いにして、キーランは『レーグル』最古参の一角。人材確保が既に始動しているならいるだろうと呼び出してみて──見事に的中、呼び出しに応じてもらえた。

 

(……どうやってボロを出さないようにしよう)

 

 そうしてキーランが来るまで悩み抜いた彼は考えた。

 

(なんか威厳出してたら誤魔化せるんじゃね?)

 

 自分より強そうかつ上司にあたる人物が威厳を出していたら多分大丈夫だろう、と彼はとんでも理論に行き着いた。

 

 彼は課題提出期限に関して発表を忘れていた教授が講義中威圧感を出して(おごそ)かに長々と言い訳を語る事で、なんか誤魔化していた光景を思い浮かべながら我ながら名案だと頷く。これがパワハラの継承である。

 

 そして、その時は来た。

 

「来たか。キーラン」

 

 何やら震えているキーランに向かってジルは厳かに口を開く。ちょっと威圧出しすぎでは? とキーランが不憫に思ったジルは威圧を緩めようとして。

 

「ジ、ル殿か……っ? その、姿は───」

 

 ──ほんの一瞬だけ威圧感が緩んで、しかしキーランの言葉にジルが焦った結果、先ほど以上の威圧がキーランに向けて放たれた。

 

「姿、だと……?」

(まさか、俺の姿に何かおかしな点でもあったのか!?)

 

 焦るジル。動揺を隠す為に語気を強めようとした結果、更なる威圧が放たれたことを彼は知らない。しかも中途半端に緩んだせいで威圧の緩急がつき、一層ダメージを与えるという高等技術を無意識で行ってしまう。

 

 キーランがその身に受ける重圧は、もはや想像を絶するもの。

 

「貴様は私の姿を見て何を抱いた? 貴様の有している私に対するイメージと、今の私にどこか齟齬でもあったか? 貴様に口を開く権利を与える。疾く、申してみよ」

 

 その姿は、まさしくパワハラ上司。

 

 あまりにも理不尽。自分にとって都合が悪いことが起きた瞬間圧倒的優位性をもって配下を締め付けるその姿は、パワハラ上司以外の何者でもなかった。

 しかし、ジルにそんなつもりはない。まさしく典型的なパワハラ上司である。

 

「そ、そごはぁ! ありまじぇゆ! わ、私にはジル殿のぐふっ……す、がたがぁ!? ぐ、はっきりどぉ! 目じっ、出来、ま、ぜん……!!」

 

 息絶え絶えのキーラン。

 当然である。ジルの放つ威圧感はそれだけで即死攻撃の領域に至っている。むしろ常人なら心臓麻痺待った無しのそれを不意打ちで喰らっておいて、意識を保っているキーランを褒めるべきだ。

 

 だがそんなことはジルにはどうでも良かった。大事なのは、キーランが「齟齬はない」と言ったことである。

 

(なんだ、齟齬はないのか。つまり、俺が偽物とはバレてない。なら安心だ。……俺の姿が見えないってのはよく分からんが)

 

 ほっと息を吐いたことで、ジルの威圧は収まった。

 

(それにしても、キーランはなぜあんなに震えて───)

 

 そして、ジルは見た。

 上と下から液体を垂れ流しながら、恍惚とした表情を浮かべているキーラン(変態)を。

 

「────」

 

 ただただ絶句するジル。

 当然である。このような変態を見て、言葉を失わない程彼のメンタルは人間をやめていないのだから。

 だが、ジルにとって恐ろしいのはこれからだった。

 

『わ、私の忠誠が届いたのだ……!』

(え、なにこれ。キーランの声……?)

 

 突然、キーランの声が頭の中に響いたのだ。

 その声からは感極まったという様子がありありと感じ取れ、ジルを更なる混乱が襲った。

 キーランの言葉は続く。

 曰く、『なんと慈悲深い御方なのかと。そしてこれほどまで慈悲深く、偉大なる御方の元に仕える事が出来るなど、なんたる幸福なのかと。己の置かれた状況を理解し、そして己のこれまでの行動を恥じなければ』と。

 

(……)

 

 結論を言おう。ジルはキーランにドン引きしていた。完全に狂信者か何かである。はっきり言って怖い。

 

『私の忠誠が……この御方に認められた……』

(待って)

 

 ──認めていない。そんなこと認めていないから。てかなにこれ。ジルに読心能力があるなんて聞いたことないんだが?

 

 そう言いたいのは山々だが、しかしそんなことを言えばそれこそキャラ崩壊である。表情筋をフル稼働させ、なんとかジルは内心を零さぬよう努めていた。

 

 その後もキーランのジルドン引き独白は続く。精神的にキツイと感じたジルは、もはや完全にトリップしかけのキーランを下がらせ──

 

「…………俺、これどうなるんだ」

 

 虚ろな瞳をしたジルは、そう一人呟いた。

 

 

 

 

 なおこれは、ほぼ吊り橋効果と似たようなものである。

 

 ジルの威圧感のせいでキーランは正常な思考力を失った。それに加えて、生まれて初めてキーランは激しい動悸を覚えたのである。

 

 失われた思考力。生まれて初めて高鳴る心臓。それらが化学反応を起こした結果、ジルを神と錯覚してしまい、狂信者が爆誕したのだ。

 

 つまるところ、壁ドンである。

 

(……まあ、忠実な部下を得たと思っておこう)

 

 乾いた笑みを浮かべながら、ジルは紅茶を飲んだ。

 

 ──これが自らの胃を痛め続ける事態の幕開けであることを、彼はまだ知らない。

 




長かったから分割しても良かったかしら……。

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