気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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忍び寄る魔の手

 綺麗な魔術だと思った。

 

 でもそれ以上に、彼のその姿勢を、信念を綺麗だと思った。

 

 彼が何を思っているのかは分からない。

 何を根源としているのかも分からない。

 でも、ただ確かに分かるのは、

 

「……」

 

 確かに分かるのは、彼が理想に向かって突き進もうとしている事で。

 

『氷の魔女様! 私をあなたの従者にして下さい!』

 

 それは、その姿勢はとても───

 

 

 ◆◆◆

 

 研究機関への顔見せは特に何事もなく終わった。

 まあ魔術大国は教会勢力と違って、神々を信仰したりしている国ではない。

 故に、これは当然の結果なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嘘である。

 正確には何事もなく終わって欲しいという希望を抱いていたが、全くもってそんな事はなかったという悲しい現実が残されただけだった。

 

『ジ、ジル少年の魔術から感じ取れる魔力の純度……! ぐへへへ!!』

『ジル様の! ジル様の魔力の波動がこの身に……この身にいいいい!!』

『氷の魔女の弟子の名は伊達じゃない! す、素晴らしい……! 火水雷風地……五大属性全ての超級魔術を扱えるのか……!』

『も、もしかして全属性の特級魔術に至る可能性が……!?』

『氷属性は!? 氷属性は!?』

『こ、氷の魔女様と並列すれば……机上の空論とされていたあの理論が現実味を帯びるのでは……!』

『な、なんだって!?』

『そ、そんな……そんな……あ、あ……! あ、あれが現実と化す可能性が……!? お、おおおだ、ダメだ……こ、興奮してきた……!』

『な、なんて事なの……!? 氷の魔女ちゃんとジルくんがセットになれば……更なる先の世界に至れるという事なの……!?』

『更なる……先……っ!』

『そんな……そんなんっ、そんな世界の……ほおおあああああああああ!』

 

 地獄のような光景だった。

 力を示すという事で研究機関の実験室で実演のようなものを行なったら、こんな恐ろしい光景が完成してしまった。

 上記のセリフ達だが、最初のステラ以外は全て成人済み男性諸君によるのものである。

 

 ……もう一度言おう。地獄のような光景だった。

 

(……この世界は、どうなっている)

 

 ある種平常運転のステラとキーラン。

 暴走した研究者達。

 私も負けないっと拳を握っていたエミリー。

 一瞬だけ若干遠い目になった氷の魔女。

 

 俺はジルとしてのキャラ崩壊を防ぐ為鉄壁の無表情を貫いたが、しかし……精神が、精神が辛い……。

 

(しかも俺と氷の魔女が揃えば神に至るだとかなんだとか言い出して……当然のようにキーランがそこに反応して……)

 

『無知蒙昧(もうまい)もここまで来ると滑稽だな……「氷の魔女」とセットで神に至るだと? ジル様はあのお方一人で神なのだ。何故それが理解出来ん』

『貴方こそ何故理解しないのですか! この論文に目を通してくださいよ! 今はまだ机上の空論ですが……あのお二人は二人で神になるのです!』

『そのようなものに目を通す価値などない。ジル様こそ神であると、私は言っている。これが世界の真理であり、道理だ』

『真理!? 真理と言いましたね!? 我々が探求している真理を(かた)るなど……!』

『貴様こそ、何時になったら理解するのだ……!』

 

 俺としては論文の内容が非常に気になった。

 机上の空論らしいが、しかしそれを実現出来る可能性自体は原作知識やメタ視点、そしてこの肉体を利用すればあると思うから。

 

(しかし魔術大国で『神』というワードを聞くなんて思わなかったな)

 

 そんなこんなで白熱する議論に、更なる火薬が解き放たれる。

 なんと後からやってきた別の研究機関の人間が論争に混ざり『神なんてオカルトは存在しないとこの国では証明されてるだろいい加減にしろ』という言葉を言い放ったのだ。

 

 そこから先の事は言うまでもない。

 自分の主張を絶対に曲げない者達による不毛すぎるレスバトルは更なる混沌を形成し、なんの生産性もない時間だけが過ぎていく地獄と化す。

 

 当然ながら、俺は無言でその場を後にした。

 

「……ジルくん」

 

 ───と。

 先の光景を思い出して内心で嘆息していると、エミリーが俺の近くにやってきた。

 彼女は緊張した様子で俺の瞳をじっと見つめると、やがて弛緩したように表情を緩ませた。

 場を張っていたものが消え去り、穏やかな空気が流れる。

 

「……ジルくんは、とても凄い子ね。人を見た目だけで判断しちゃ、ダメ。そんな当たり前のことさえ、私は出来ずにいた……」

「……」

「私はクロエ様の弟子になりたくて、でも才能がないって言われてて。それでもって頑張っても頑張っても、無属性の上級魔術を二つだけ習得するのが精一杯。無詠唱は勿論、短縮した詠唱でも使えない。それでもって頑張って……そして暫くしたらあなたが現れて……」

 

 そこまで言って、彼女は朗らかに笑った。

 

「昨日は本当にごめんね。ジルくんの言う通り、私のやった事はただの八つ当たり」

「……」

 

 一体、どうしたと言うのだろうか。

 謝罪は今朝に受け取ったし、そんな二度も言う必要もないだろうに。

 ……いや、それ以上に彼女の瞳が、昨日までとは全く異なるような───

 

「ジルくんの魔術からは『理想に向かって突き進んでやる』っていう……強い信念を感じた」

「────」

「あなたの理想や目的が何かは分からないけれど……届かないかもしれない理想に突き進んでやるってその信念は私の心に、とても強く響いた」

 

 だから私も諦めずに頑張ってみる、と彼女は拳を握って。

 そんな彼女に、俺は。

 

「……そうか。精々、励むが良い。貴様は世界最強の術師の、弟子を志願しているのだから」

「うん!」

 

 俺は。

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 ───

 

 ──

 

「……ジル」

 

 クロエが俺の服の袖を引いてきた。

 俺が顔を向けて「何用だ」と尋ねると。

 

「これから私は、大陸の端に行って魔術を放ってくる。一緒にきて」

「…………」

 

 もしやクロエが特級魔術を定期的に放つ理由は、魔術大国の頭のおかしい人間達によって溜まるストレスを発散させる為ではないか、という仮説が俺の頭に浮かぶ。

 研究者達の暴走の後というこのタイミング。間違いなくそうとしか思えない。

 そう考えると、その辺で定期的に核ミサイルを放つのは仕方がない気が……いやどうなんだろうな……。

 

「……私は、先に帰ってます。昼餉(ひるげ)の下準備と、上級魔術の理論の勉強をしようかと」

「んー。じゃあ、ボクも町を見て回ろうかな」

「……珍しい」

「だってほら……ジル少年を連れてくのって、そういう意味もあるんでしょ? 悔しいけど、良いものを見れたから良し! ぐへへへ」

「……時々だけど、ステラは鋭くなる。常にそうであれば良いのに、最後で台無し。やはり、不肖の弟子」

 

 エミリーとステラは帰宅。

 エミリーはともかくとして、ステラも帰宅するのは意外だった。

 是が非でも付いて行くぜ! と言うような性格にしか思えんが。

 ステラの言葉から推測するに、クロエは何かしらを俺に仕込もうとしていて、それの邪魔にならないように身を引いたと言う事だろうが。

 

 ……しかし、ふむ。

 

『キーラン』

『はっ』

『貴様に一つ、命じたいものがある』

『何なりと。この身は全て、御身に捧げたものです』

 

 ◆◆◆

 

 大陸の端。

 その先は水平線しか見えず、広大な海の向こう側に何があるのかは何も分からない。

 アニメでは大陸の地図しか描写されなかったし、この世界に来てからも特に別の大陸の話を聞いた事はない。

 

(こういうアニメではよく突っ込まれる部分だよな。世界の存続が大陸一つで決まる世界ってやばいよね、みたいな)

 

 まあ、この世界にはこの大陸以外存在しないかもしれないので、そんな事を深く考えても仕方ないのだが。

 

「実演を見て思った───おそらく、ジルは特級魔術に至る事の出来る段階には既にいる」

 

 そんな事を考えていると、俺の隣に立つクロエが口を開いた。

 

「特級魔術を行使する人間を目で見て学べば、おそらくジルは特級魔術を放てるはず。特級魔術には属性付与、魔力調整、放出量、事象の法則への理解、詠唱の暗記、その他諸々とやるべき事は多いけれど……ジルは少なくとも個々でならそれらを高水準で会得している」

 

 あの実演だけでそこまで読み取る事が出来る辺り、やはりクロエは魔術面で別格の存在だなと実感する。

 何せアニメで彼女は魔術の才能において、ジルをも凌駕すると言われているのだ。

 

 氷属性というオリジナルの属性を生み出したり、原作では天の術式を参考にした新技術の開発の試験段階に至ったりと、趣味の産物が齎す功績も偉大である。

 

 まさしく神域の怪物。

 それが、『氷の魔女』。

 

「……今回は特別に、詠唱も行なって術を放つ。私の魔力の変化を、よく見て感じ取って」

 

 クロエが、一歩前に足を進めて俺の前に立った。

 そして彼女は一瞬だけ振り返って口元を軽く緩ませると、すぐ様表情を無に戻して前を向く。

 そして、

 

「世界を侵すは我が魂───」

 

 ───莫大な魔力が、クロエを中心に唸りをあげた。

 

(こぼ)れ出すは万象の(ことわり)───」

 

 この世界に来てからは初めて見る。

 ラグナロク第一部において、初めて披露された最高位の魔術。

 『氷の魔女』を冠する少女が編み出した、唯一無二の術式。

 

「構築されるは天地の(ことわり)───」

 

 漏れ出す魔力が彼女を中心に周囲を凍えさせ、術として顕現していないにも関わらず大地が凍てつき始める。

 いつしか俺の吐く息は白く染まり、肌を刺すような凄まじい冷気に身が身が震えそうだ。

 青かった空は曇り始め、やがて吹雪が吹きすさぶ。

 

 周囲一帯を巻き込み、環境すら塗り替える特級魔術。

 その名は。

 

「───そして世界は凍結する……詠唱完了(フルスペル) 永久凍土」

 

 ◆◆◆

 

 何かがおかしい、とエミリーは思った。

 食材の買い出しを終え、屋敷に戻るまでの道中だった。

 

 自分はいつも通りの道を歩いて、森の中を突き進んだはずなのに───違和感。

 

「……?」

 

 周囲を見回す。

 おかしな点は何もない。

 いつも歩いている……森の、中……?

 

「……誰?」

「おやおや、勘は鋭いようですね」

 

 声のした方向へと振り返る。

 そこには濃い紫色の見慣れない服を着た、藍色の髪の胡散臭い青年がいた。

 

「流石は『氷の魔女』のお弟子さん……いえ、弟子ではないんでしたか。いやはや、哀れな者ですね。健気な者ですね。決して届かぬ物に手を伸ばし続けるなど───滑稽。実に、実に滑稽です。愚か、とも言えるでしょうか」

「……」

 

 青年の言葉にエミリーの視線が鋭く細まるが、しかし青年は意にも返さない。

 むしろより一層胡散(うさん)臭い笑みを深め、両の手を合わせてパチパチと鳴らし続けていた。

 

「……何者ですか」

「おやおやおやおや? 警戒心があるのですね。『氷の魔女』に連なる者ならば、この国には半球場の結界が張られていて、部外者が立ち入る事は不可能とご存知のはずですが? 不審者や犯罪者なんてあり得ません。もう少しリラックスされては?」

「残念ながら、先日不審者らしい人物が出たんですよ。それに考えにくいとはいえ、内部の裏切り者による手引きがあれば犯罪者でも入国は可能ですしね」

「…………なんとタイミングが悪い」

 

 青年の言葉は確かに正しい。

 この国には魔術的な結界が張られていて、許可証を持った者かその同行者しか入る事が出来ず、不審者なんてその結界を張ってから何十年とこの国には現れていないのだ。

 

 だが先日、人面魚の女と全身黒づくめの不審者が現れている。ならば新たなそういう存在が湧いて出てきてもおかしくはない。

 青年にとっては不幸なことに、タイミングが悪かったのである。

 

「……まあ良いでしょう。想定外ですが、やる事に変わりはありません」

 

 青年はそう言うと、手を二回叩く。

 すると、森の奥から同じような服装をした男が三人現れた。

 

「我々の目的は『氷の魔女』、ひいてはその弟子の少年です。さてさてさてさてさてさて、このような無能を側におくような物好きであれば、多少なりとも人情を有しているのでしょう───という事で皆様方、死なない程度に叩き潰しなさい」

 

 青年の命を受け、殺到する三人組の男。

 それを見て苦々しい表情を浮かべたエミリーは、買い物袋を地面に起き、そして両の手を突き出した。

 

「クロエ様とジルくんが狙いなのね……っ! でも!」

 

 エミリーの手元に、掌以上の大きさの水の塊が現れる。それを見た青年は「フム」と顎に手を添えると。

 

「ああ成る程成る程。魔術大国では中級魔術の使い手でも大した事がない扱いなんでしたね。フムフム……時間がかかるのは面倒です」

 

 エミリーの足元の影が(うごめ)き、彼女の両手は切断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ッッッ!!!!???」

「ああうるさいですね、たかだか両手を切断されたくらいで。我々『魔王の眷属』は正気の状態で一度全身の皮を剥がし、臓器という臓器を抜き取り、魔王様への忠義を示すのですよ」

 

 では捕らえなさい、と男三人に再度命令を下す。

 顔を青ざめさせてぐったりとした様子のエミリーを見ながら……そこで青年は眉を(ひそ)めた。

 

「……はて、おかしいですね。血が出ていな───」

 

 言葉を終える前に、青年はその場から飛び退く。

 直後、先ほどまで彼がいた地点に黒塗りの短刀と氷の(つぶて)が降り注いだ。

 

 地面を穿(うが)つ程のその一撃を受けていれば、人間は容易く絶命するだろう。それが雨のように降り注いだという事実。

 

「フム」

 

 自身に殺到した殺意の雨を見て、しかし青年の表情は崩れない。

 顎に手を添えて、ゆっくりと頷くだけだった。

 

「無作法ですね。不意打ちですか」

「は? 無作法もクソもあるわけないだろ。お前マジで殺すぞ」

「ジル様の命故に、オレはこの小娘を守護し、貴様を殺す。生きて帰れるとは思わない事だ」

 

 青年の視線の先。そこには無傷なエミリーを抱えたままに般若が如き形相を浮かべたステラと、悠然とした様子で短刀を持ったキーランがいた。

 

 男の三人は、既に物言わぬ体と化している。

 そして、二人の近くには両手の欠けた氷の人形。

 

「……フム。氷人形による虚像……? あるいは幻術か……フムフムそして貴方達は……」

 

 再度、視線を二人の男女に向ける。

 その二人に共通するのは自分を絶対に殺そうとする殺意が放たれている点と、世界有数の強者という点。

 片やかの『氷の魔女』の弟子の少女。片や列強国に忍び込み王子を殺害した実績を有する殺し屋の男。

 

 成る程、実に手強い存在だ。

 成る程、エミリーとかいう少女とは比較にならないレベルの手練れだ。

 成る程、成る程成る程。

 

「……くひっ」

 

 そんな二人の強者と対面して、しかし青年の顔は喜色に濡れた。

 

「好都合! 実に、実に好都合! 手間が省けました!! いやはや幸先が良い! 操りやすい愚者の手引きで魔術大国に入り! 前金として金を貰い! しかもその愚者の魂を魔王様に焚べ! そしてそしてそして! 目的までもが目の前に転がり込んでくる!! 実に実に実に実に……!」

 

 禍々しい紫色のオーラが、青年を中心に漂い始める。

 それを見たステラは冷気を周囲に拡散し始め、キーランは瞳を輝かせた。

 

「───実に! 実に素晴らしい! では始めましょう! 伝道師のお言葉の元、我はこの国の人間全てを魔王様に捧げ! 『氷の魔女』と『ジル』とやらを変容させ! 世界を魔王様へと献上致す足掛かりにさせていただきましょう! 我が名はサンジェル! 誉れ高き『魔王の眷属』最高眷属でありますぞ!」

 




・ジル
 主人公。
 基本的にメンタルが常にキーランやら何やらのせいで弱ってる為割とチョロインだったりする。

・エミリー
 ジル相手にパーフェクトコミュニケーションを発動させたが…

・ステラ
 …………。

・キーラン
 ジルによってエミリーの監視を任命されていた。監視以上の事は任命されていないが、この行動が正解だろうと戦闘を開始。

・クロエ
 ストレス発散と弟子の教育を両立できてほくほくしてる。

・最高眷属
 普通に強い。いやマジで。

というわけで、『レーグル』vs『魔王の眷属』

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