気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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vs『伝道師』前編

「お前の底を、俺様に見せてくれ」

 

 堂々たる笑みを浮かべ、不遜な言葉を使う紅髪の青年。溢れる『闇』は最高眷属のそれを凌駕し、周囲に放つ圧力は世界をも軋ませる。その姿はまさしく、存在するだけで他を圧倒する超越者というに相応しい。

 

「……」

 

 突然現れた謎の存在に、俺の眼は自然と細まる。

 

(さて、何者だ)

 

 内包する闇の力は桁違いで、なおかつ最高眷属の肉体と成り代わるようにしてのご登場。

 初対面にも関わらず俺を認識しているのは、最高眷属とやらを通して俺の存在を見たからと仮定。

 

「……」

 

 あくまでも奴の言葉がフェイクではない事を前提とした考察だが、数少ない言葉から察するにオリ主ではない。いや正確には、少なくとも原作知識を有しているオリ主ではない。

 

 さて、これらの情報から推測するに───

 

「貴様、『伝道師』とやらか」

「ああそういえば名乗っていなかったな、失礼した。いかにも、俺様が『伝道師』だ。察しの通り『魔王の眷属』の長を務めている。まあ連中は所詮、俺様の目的成就の為の道具にすぎんがな」

 

 伝道師。

 原作アニメでは一切顔を見せていない謎の存在。

 その秘匿性は、『魔王の眷属』が狂人集団だったせいで『魔王の眷属』が集団幻覚に陥った結果生まれた妄想の産物説などという考察すら浮上していた程である。

 

 まあようするに、原作では設定しか存在しない人間……人間? という訳である。

 

「こう見えて俺様は結構興奮していてな。なにせ、初めてだ。初めてなんだよ、俺様と同じような存在を見たのは」

 

 それが何故、顔を出してきた?

 

 いや、答え自体はなんとなく分かっている。

 先の言葉から推測するに、向こうは俺の事を『志を同じくする人間』と認識しており、その志とやらは『完全な存在』に至る事。

 

 つまり奴の言葉を信じるならば、奴が現れたのは奴が俺に対してシンパシーのようなものを感じたからだ。

 

「見れば分かる。そしてこうして直接対面して肌で感じればもっとよく分かる。お前は、人間でありながら人間ではない存在に足を踏みいれようとしている。人間という限界を破り、超常的な存在へと至ろうとしているんだ。しかも、俺様とは全く異なる手法でだ」

 

 では逆に、何故原作では顔を出さなかった?

 

 原作での最高眷属の登場時期を考えるに、神々や熾天に臆したのだろうか? だとすれば少なくとも、伝道師とやらの実力は神々や熾天には届かないという仮説を立てる事が出来る。

 あるいは致命的に相性が悪すぎるという可能性もあるが、それはそれで俺の肉体なら優位に立てるという事なので無問題。

 

 それとも世界が完全に変化した結果、環境の問題で登場するのが不可能になった? 天界のような環境において闇の住人は存在不可というのは普通にあり得そうな話だが、そもそも『伝道師』の本体がどこにいるのかで考察が変わってくる。

 

「良いな。良い。分かる、分かるぞお前の気持ちは。絶対的な存在として君臨したい。分かるとも。俺様もそう思って、今もこうして行動している」

 

 奴の言葉に耳を傾けつつ、俺は思考を巡らせる。

 原作ではあり得ない状況であるが故に、脳死で行動なんてのは言語道断だ。

 伝道師がいる以上、実際に魔王なんてものが存在する可能性だって浮上してしまうのだから。

 

(……いや、奴の言葉から察するならむしろ現時点では魔王はいないのか?)

 

 魔王を信奉する集団ではなく、奴の言葉通り伝道師の目的を達成する為の集団だとすれば。

 魔王はただのプロパガンダ、人を集める為の偶像的存在か? 

 もしくは『伝道師』の目的という完全な存在とは、魔王を指している?

 

(ふむ……)

 

 奴の目的、実力を推定。

 同時に、俺にとってこの場を収める理想の形に終着するような過程を描く。

 そして。

 

「ではやろうか」

 

 そう言って、伝道師は両の手をズボンのポケットから引き抜いた。

 そしてそのまま俺に向かって右の手を───

 

「ほう」

 

 ───眼前に広がった掌を、俺は首を傾けるだけで回避する。

 そのまま回し蹴りを放ち、蹴りが着弾して生まれた反発力に身を任せて自然に距離を置いた。

 

「完全に見えていたか。やはり、根本的に生物としての格を上げているな? さてさてどのような手品で、どのような方向に進化しようとしているのやら」

 

 楽しそうに笑う伝道師。その瞳は猛禽類(もうきんるい)のように輝き、放たれる圧力が少しずつ上昇していく。

 

「しかし先ほどの蹴りもそうだが……何故、本気を出さない? 俺様では不服か?」

「……」

「確かに今の俺様はゴミの肉体を依り代にしているが故に弱体化しているが、それでもお前よりは上だぞ? そら、底を見せろよ雛鳥(ひなどり)。俺様はそれが見たいんだ。その為に、わざわざこうして貴重な時間を割いてやっているんだからな」

 

 ◆◆◆

 

 鋭く伸ばした爪を振るう。

 人間を紙のように細切れにするはずのその一撃は、しかし空気を裂くだけに終わった。

 

「よく(かわ)すな」

「……」

 

 軽口を叩くが、対するジルは完全に無言。

 冷然とした様子は戦闘開始前から崩れる気配がなく、焦った様子も一切ない。

 

 その後も次々と、伝道師は腕を振るった。

 

 振り下ろす。回避される。

 爪に闇を纏わせて衝撃波のように放つ。回避される。

 串刺しにしてやろうと爪を弾丸のように飛ばす。回避される。

 

「回避してばかりか?」

「貴様の方こそ、爪による攻撃以外に芸はないのか?」

「そんな訳ないだろう」

 

 血のように紅く、脈動する槍をジルを囲うように浮かばせる。その槍の軍勢の(きっさき)は中心にいるジルに向けられており、号令をかけてしまいさえすれば彼の肉体は串刺しと化す。

 

 はずだった。

 

「神威解放」

 

 言葉と共に、ジルを中心に『見えざる何か』が放たれた。

 その『何か』に肌がざわめくが、それよりも伝道師は目の前の光景を注視する。

 即ちジルの周囲を旋回していた血の槍が膨張し、爆散した光景に。

 槍が爆散した事で赤い雨が降り注ぐが、しかしそれにジルと彼が抱える少女が濡れることはない。

 

「……それだ」

 

 理解出来ない力だった。

 全くもって解析不可能な現象だった。

 されど現実として起きたのは、自らの『力』を根源とした術が完全に打ち破られたという結果。

 

 それを見て。

 

「そう、それだ! それこそが、お前の真価! 俺様が『核』として生み出したものと同じで、お前はそれを『核』とする事で存在としての位階を上げているのだな!?」

 

 それを見て、伝道師は表情を歓喜で歪めた。

 

「だが足りない。まだまだお前には底があるだろう? 何故隠す?」

 

 自らの肉体を闇で包み、そして伝道師はジルの背後に現れた。

 不意打ち気味に闇を纏った拳を放つ。

 振り返ったジルは『何か』を纏った足でその一撃を受け止めた。ぶつかり合う二人を中心に衝撃波が拡散し、眼下の木々がなぎ倒されていくが、二人はそんな事を気にも留めない。

 

「お前を縛るのはその抱えている小娘か? 動きも制限されているのだろう。良し、ならばまずはその小娘を───」

 

 伝道師の言葉を遮るかのように、ジルの蹴りが彼の顔面に炸裂した。

 思わず仰け反った伝道師だが、しかしその顔には傷一つ付いていない。

 

「やはり小娘も一因か」

 

 反撃とばかりに、伝道師が蹴りを放つ。

 エミリーを右腕だけで抱えながら、ジルはそれを左腕で受け止め───

 

「……!」

 

 受け止め、その腕は伝道師の足から生えた血の棘に串刺しにされた。

 

「常に全身にその力を巡らせればいいものを。お前、その小娘に負担をかけないようにかなりの制限を己に強いているじゃないか」

「……」

「実際、その力は間違いなく常人には毒だろう。放出する際も、お前は小娘には当たらないように気を使っていたしな。だがな雛鳥、それでは俺様の一撃を防ぐのに出力が足りんし、一人であれば回避出来る攻撃を、あえてガードしなければならんぞ」

 

 それに、と伝道師は周囲に視線を巡らせた。

 

「それによく見れば、周囲を結界が覆っているな? ……成る程、そういう事か」

 

 そこまで言って、伝道師はジルと距離を置く。

 肩の(ほこり)を手で払いながら、彼は言葉を続けた。

 

「お前は何らかの目的をこの地に見出している。本気を出し渋るのは、本気を出せばお前にとって都合が悪い結末を招くからという訳だ」

「……」

「お前の都合は理解した。であれば底を出し渋るのは必然だろう。だがな雛鳥、俺様にとってお前の事情はどうでも良いんだよ」

 

 伝道師が右手を軽くあげる。

 黒と紅の混ざり合った力が彼の右手に集約されていき、そして───

 

「俺様がお前の都合に付き合うんじゃない。お前が俺様の都合に付き合え、雛鳥」

 

 そして、上空の雲を裂くほどに巨大な槍が伝道師の手元に顕現し、槍の鋒が森の周囲を覆っていた結界を強引に打ち破り、その全てを崩壊させた。

 結界を砕いて(そび)え立つ槍はあまりに高く、それこそ山のよう。

 それを、

 

「この国が在るせいでお前が本気を出せないというのなら、まず俺様はこの国を終わらせてやる」

 

 それを、伝道師は振り下ろそうとしている。

 山をも崩壊させるであろう一撃を、視線の先にある魔術大国の首都へと振り下ろそうとしている───ッ!

 

「や、やめて!」

 

 ジルの腕の中にいる少女が悲痛な表情で叫んだが、伝道師は薄気味悪く笑うだけ。

 薄気味悪く笑いながら、彼はゆっくりと腕を動かした。

 

「そういえばお前も、届かぬ星に手を伸ばす者だったな。ならば後学の為に教えてやる。これが強者の特権だぞ小娘。世界とは、強者の都合で動くものだ。故に今この場で最も強い俺様の都合で、この小さな世界は滅びを迎える……喝采しろ。神話の始まりとは、ことごとく滅びから始まるものだ」

 

 そして、国を破壊する一撃は振り下ろされた。

 

 ◆◆◆

 

「!」

 

 結界が破壊された事に気付くのは、術師として当然のことだった。

 森の外でステラとキーランの治療に専念していた『氷の魔女』──クロエは、反射的に空を見上げる。

 

「……なに、あれ」

「……」

 

 ステラが呆然とした様子で差し迫る『壁』を眺め、キーランは何かを思案しながら無言で瞳を輝かせる。

 ……そんな弟子の姿を見たのは、初めてだった。

 

「な、なんだ!?」

「何かが落ちてくるぞ!?」

「何かってなんだよ!」

「ま、魔導書を守りに行かないと……」

「研究成果を守れ! 超級魔術を放てるものは───」

「あそこにはホルマリン漬けにされた───」

 

 何時もはなんだかんだで楽しそうな人々が、初めて切羽詰まったような声をあげている。

 それもまた、クロエには初めてのものだった。

 

「……」

 

 それらを横目に、クロエは目を瞑る。

 

 あれは、あの一撃は国を破壊する。

 あらゆる建造物を倒壊させ、人々の命を絶やし、何もかもを薙ぎ倒す。

 勿論、一撃で全てが決する訳ではない。

 だがしかしあれを何度も振り下ろされれば国は終わるし、それが可能だとクロエは感覚で理解していた。

 

 故に、

 

「……禁術解放 絶対凍結(ニヴルヘイム)

 

 故に、クロエは動く。

 世界最強の魔女は、禁術を使用した。

 

 ◆◆◆

 

「ほう」

 

 凍てつき、速度が減衰し始める槍を見て、伝道師は愉快そうな声をあげた。

 いや、変化したのは槍だけではない。

 

 蒼天が曇り始め、気温が一気に氷点下を下回る。

 森の全てが凍結し、吹雪が周囲一帯を覆い潰し、今こうしている瞬間にも世界が変化している。

 

「面白い。この空間を支配下に置いているな? どこの誰かは知らんが俺様や雛鳥ほどではないにしろ、人間の領域を超えている」

 

 だが、と伝道師は笑う。

 

「俺様を止めることは出来んぞ」

「……させない」

 

 背後から、声が聞こえた。

 ゆっくりと肩越しに振り返った視界に映るのは、小柄な白い少女。

 この空間を創造した主人の姿を見て、伝道師は薄く微笑む。

 

「お前がこの術の使用者か、悪くない術だ。しかし術そのものはともかくとして、お前自身は人間の領域を超えていないらしい」

「……?」

「そして理解にも及んでいない、か。悲しい事に俺様は、お前の評価を一段階下げる必要があるらしいぞ」

「あなたからの評価は心底どうでもいい」

「そうか。だがな、俺様もお前の意見なんぞどうでもいい」

 

 伝道師が腕に力を込める。

 不気味な音が響くと同時に、槍の動きを封じていた氷が少しずつ崩れ始めていく。

 崩れると同時に新たな氷が張り付いていくが、それよりも槍が完全に動きを取り戻す方が速い。

 

「王手だ」

「……させない」

 

 槍を凍結させるのは厳しいと判断したクロエが小さな拳を握ると、伝道師の身体が凍結し始めた。

 凍りつき始める自身の体を見て、伝道師はやれやれと首を横に振る。

 

「恐ろしいな。この空間の中であれば、お前は自らの意思で万物全てを凍結させる事が出来るらしい。まさか、俺様の力の根源すらも凍結させにかかるとは思わなかった。その術……順当に成長すれば、空間内であれば概念すらも凍結させかねんな」

 

 だが、と伝道師は言葉を続けた。

 

「決定的な弱点がある。完全に出力で上回られればどうしようもないという、単純故にどうしようもない弱点がな」

 

 次の瞬間、伝道師の肉体を覆い始めていた氷の膜が剥がれ落ちる。

 表情を険しくさせたクロエに、いっそ不気味なほど優しい声音で伝道師は言葉をかけた。

 

「存在としての格が人間でしかないが故に、お前はそこ止まりなんだ。とはいえ、人の身にしては上出来だ。そうだな、俺様がお前を昇華させてやってもいいが」

「あなたの手ほどきを受ける気はない」

「残念だ。まあ、正直どうでも良いが」

 

 そう言って、伝道師は左手をクロエに向ける。

 血の槍が炸裂し、しかしそれはクロエに着弾する直前に凍りついて落下する。

 笑みを深めた伝道師は、そこでようやく体ごとクロエへと向き合った。

 

「流石に人類の終着点に位置するだけあって、片手間では倒せないか。ではまずはこの槍を、お前にぶつけるとしよう」

「いや、そうはさせん」

 

 その言葉と共に、何かの力が逆巻く。

 直後、亀裂の走る音ともに右手の上に顕現していた巨大な槍が砕け散る。

 

「ほう」

 

 そして伝道師は、視界に入った存在に己の口の端を吊り上げた。

 先ほどまでとは纏う空気が違う、その少年の姿に。

 

「貴様如きに、我が師を殺させる訳がなかろう」

「……我が師? ……いやいや待て。それより手ぶらじゃないか。小娘はどうした?」

「結界が消えた以上、私が彼女を抱え続ける必要はなくなった。幸か不幸か、私には私の意図を私以上に理解する部下がいてな。まったく、こんな危険地帯にわざわざ現れるなど……」

「……」

 

 伝道師はジルの言葉に押し黙り、思考を巡らせる。

 仮にその言葉が真実であれば、その部下とやらは自分に気配を悟らせる事なくここまで来て、小娘を受け取ったという事になるのではないか? と。

 理解し難い言葉に、さしもの伝道師も言葉が出ない。

 

 ───と。

 

「これで、あらゆる意味で私の制限は解けた」

「……なに?」

「ジル?」

「今この空間は、我が師による『神の力』で満たされた。であれば私が多少力を使ったところでバレはしない。視界に関しても、この猛吹雪の中であれば他国から目視出来る存在などいるものか。───これだ、この時を待っていた。この空間の中であれば……少なくとも他国の人間が私の存在に勘付くことはない。そして、この国の人間に気付かれても問題ない状況に持ち込むことが出来た。賭けの要素もあったが……」

「なんだ、何を言っている……?」

「業腹だが、貴様を叩き潰すには私もそれなりに本気というものを出さねばならんらしい。だが私の真の目的を考えると、それを行うには下準備が必要だった。そして、その下準備は完了した」

 

 そして。

 

「神威解放。天の術式、起動」

 

 そしてジルを中心に、世界が変化する。

 それを見た伝道師は困惑の表情を笑みに変え、クロエは無表情から軽く目を見開いた。

 

「ようやくか、待ち望んでいたぞ」

「ジル、それは……」

「その通りだ、我が師。私も、あなたと同じで『禁術』をこの身に刻んでいる」

「……」

「……何故、無言で頭を撫でる」

「廃人になってなくて良かった」

「……そうか」

 

 

 

 

 

 

 

「面白い。面白いぞ」

 

 禁術の使い手に、自身と同じく『絶対の存在』へと踏み込もうとしている者。

 それらの真価を見定め、そして自分が『絶対』へと至る足がかりにしてみせよう。

 

「お前達であれば、俺様も名乗りを上げてやろうじゃないか」

 

 伝道師が、背後に無数の巨大な血の槍を展開させる。

 ジルの全身に、『神の力』が巡り始める。

 クロエの周囲が、パキパキと音を立てて凍てつき始める。

 

「俺様の名前はエーヴィヒ。喜べよお前達。俺様の目的成就の踏み台として、お前達は選ばれたぞ」

「……貴様は跡形もなく殺してやろう」

「あの人。ジルの地雷を踏んだ気がする」

 

 直後、三つの影は交錯した。


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