気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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vs『伝道師』後編

「ではまずは俺様の手番だ」

 

 放たれるは血槍(ちそう)の軍勢。

 槍というより塔と形容した方が相応しい威容を誇るそれらが音を軽く超えた速度で射出され、標的に向かって突き進む。

 山を穿ち人の町を破壊する暴威の具現。そのような軍勢が、個人に向けられるという狂気。

 

「くだらん」

「……」

 

 しかしそれらが、標的を殺す事は無かった。

 

 ジルに向かった血槍。その全てがジルに触れる前に膨張して爆散し、血の雨と化す。

 クロエに向かった血槍。その全てはクロエに触れる事なく凍結し、勢いを失って大地へと降り注ぐ。

 

 白い世界が血潮に濡れ、遅れて轟音が響いた。

 

「いやいや、中々に痛快な光景───」

 

 明らかに規模がおかしい光景を見て、エーヴィヒは玩具を与えられた子供のように笑う。

 いや事実、彼にとって目の前の光景は玩具のようなもの。地図を書き換える領域に至る存在など、この世界にどれだけいるのやら。

 故に、彼は笑う。あまりに清々しすぎる光景に、思わず笑ってしまう。

 

 笑って、その顔面が一瞬のうちに凍結した。

 

「……砕けろ」

「先ほど言っただろう。お前のそれは、俺様に直接向けるには出力が足りんとな」

 

 そのまま顔面ごと氷を砕こうと拳を握りしめるクロエだったが、しかし砕け散ったのはエーヴィヒの顔面を覆い尽くしていた氷だけ。

 砕けた氷の中から現れた涼しい表情を浮かべるエーヴィヒを見て、クロエは僅かに顔を(しか)めた。

 

「シンプルに強力な力というものは分かりやすく強いが、しかしそれを越える力には届かないのが世の常だ。お前では俺様には勝てんよ」

「随分と講釈を垂れるのが好きらしい。伝道師という役職はお似合いのようだな? エーヴィヒとやら」

 

 エーヴィヒの頭上にいつのまにか現れていたジルが、『神の力』を纏った脚を振り下ろす。それを知覚していたエーヴィヒは血槍を複数顕現させる事で脚を串刺しにしようとしたが、それを粉砕して尚勢いが衰えない蹴りを見て腕を頭上に上げた。

 

 エーヴィヒの腕から鈍い音が響く。しかし、その腕は健在。

 楽しげに微笑むエーヴィヒと、眼を細めるジル。

 

「貴様」

「『闇』はともかくとして、『血』であればお前の『何か』に対して致命的に相性が悪いという訳ではないらしい。そして骨が折れる程度であれば、俺様にとってさしたる問題はないぞ」

 

 エーヴィヒの軽口に対するジルの返事は、拳による一撃だった。

 拳を受けて真下に吹き飛ばされたエーヴィヒの身体が氷の大地に激突し、大地に積もっていた雪が巨大な柱のように舞い上がる。

 

「……」

 

 完全に体を雪の中に埋もれさせたエーヴィヒ。

 眼下の光景を睥睨(へいげい)して、しかしジルの顔色は全く浮かなかった。

 そんなジルの顔を見たクロエは、エーヴィヒがまだ死んでいないのだろう事を察する。ならばと追撃を仕掛けるべく身体に刻んだ術式に力を巡らせようとした、まさにその時。

 

「しかし分からんな、その力の根源」

 

 雪に包まれた大地の下から、この場にはそぐわない程に軽い声が聞こえた。

 

「『氷の魔女』とやらも似たような力を扱っているが」

 

 直後。雪の大地が爆発し、エーヴィヒが元の位置にまで飛び上がってくる。

 スーツに付着していた雪を落としながら、気付けば彼はジルのすぐ近くまで肉薄していた。

 

「雛鳥。一体その力をどこから得た? あるいは、どのような手法を得てその力を生み出した? 無から力が生まれることはない。何かしらのタネがある事は分かっている。俺様に教えろ、雛鳥」

「自分で考えるが良い下郎。尤も、答えを得るより貴様が死ぬほうが早いがな」

「そうか。残念だ」

 

 ジルが体から『神の力』を放出し、エーヴィヒが血槍を多数に展開して盾のように扱う事で抵抗する。

 槍は一瞬にして崩壊したが、しかし『神の力』の直撃は避ける事に成功していた。

 それを実感してエーヴィヒは笑い、そして新たな血槍を虚空に装填する。

 

「やれやれ、殴られた場所の再生が遅い。分かってはいたが、お前のそれにこの肉体は弱いらしい。俺様が苦労して開発したこの技術を、こうも容易く打ち破るとはな」

 

 動き出す血槍。

 ジルに向かって放たれた至近距離からの一撃だったそれは、しかしクロエのアシストによって凍結されて砕け散り、それを予測していたかのような挙動でジルの手から『光の剣』が放たれる。

 

「やはり出力の問題か? いや待て。そういえばお前の『呪詛』に対する評価は人の理に反する術……だったか」

 

 胴体を刺し貫く光の剣。

 凄まじい痛みが全身を駆け巡るが、しかし彼はその痛みを無視する。

 肉が焦げるような音がするが、それすらも彼は気に留めない。

 

「死という人間に訪れる絶対の理を覆した俺様の力は、言われてみれば確かにその評価が相応しいかもしれん。やはり、お前は『何か』を識っているんだろう? いや、識っていなくてもお前の視点は実に興味深い。根本的に、お前は物事の全てを俯瞰しているように感じる」

 

 ジルから蹴りが放たれ、エーヴィヒが後方に飛ぶ。

 飛びながら、彼は胴体に突き刺さっている光の剣を投げ捨てた。再生の遅い胴体を軽く手で撫で、彼は悠然とその場に佇む。

 

「成る程な。なんとなく掴めた。だがまだだ。まだまだ俺様はお前の事を知りたくて仕方がない。それこそが、俺様が絶対へと至る為の鍵に他ならないはずだ」

 

 世界が震え始める。

 空間を覆っていた吹雪がエーヴィヒの周囲だけ消え始め、彼を中心に血と闇の入り混じった不穏なオーラが漂い始めた。

 

「俺様は絶対へと至る。その為に、この世の全てを解き明かしてみせよう」

 

 そしてその全てが、彼の頭上に球状に収束していく。

 一点に留まり続ける莫大なエネルギーによって空間が悲鳴を上げ、何もかもを押し潰そうとする力場が発生した。

 

「さあ、凌いで見せろよ雛鳥」

 

 そして、世界は塗り潰される。

 

「俺様の偉業を見届けろ───『絶』」

 

 クロエの『禁術』により支配されていた世界を破壊しながら、その凄絶な一撃は閃光と化して放たれた。

 猛吹雪を裂き、空間を抉り、音を消し飛ばす。

 

「……させない」

 

 何もかもを掃滅せんとジルに向かって突き進んでいくそれに対して、クロエは幾重にも氷の盾を展開させた。

 

「ほう」

 

 ジルを守護せんと展開された盾を見て、エーヴィヒは感心したような声を漏らす。

 だが、足りない。

 

「先に俺様が国を破壊しようと振るった槍をも受け止める強度だな? だがな、その程度でこれは止められんよ」

 

 その言葉の通り、クロエの展開した氷の盾は一瞬にして呑み込まれた。

 禁術を用いた盾であっても、減衰すらしない絶対の一撃。

 もはや人類ではどうしようもない領域に在る"暴威"が、その一撃には秘められていた。

 

「……」

 

 そんな、人類ではどうしようもない理不尽を。

 

「……ふん」

 

 どうしようもない理不尽を冷然とした瞳で見据えながら、ジルはその両の手を広げた。

 彼の全身を『神の力』が駆け巡り、天の術式が起動する。

 

「神代の叡智を刮目しろ───『光神の盾』」

 

 そして世界は光に包まれる。

 ジルの両の手から天地を繋ぐかのような巨大な壁が顕現し、激しい光が周囲に拡散していく。

 

 突き進む闇と、超然と構える壁が激突し、

 

「……」

「くははは!」

 

 衝撃波が、世界を蹂躙した。

 

 光の盾に亀裂が走る事はないが、同時に闇の閃光に衰える気配もない。

 拮抗する力は周囲を破壊しながら、互いに互いの『絶対』を譲らなかった。

 

「面白い! 面白いな! 全くもって理解出来ん法則が、その光から溢れている! 氷の世界も歪で人の領域を越えた力があったが、しかし『人の理』は越えていなかった! 順当に成長すれば知らんが、現時点では既知の範囲内には存在した!」

 

 だが、とエーヴィヒは嗤う。

 目の前の『光の壁』。あれは未知だ。完全に未知の存在だ。

 その未知を解析する事で、自分は更なる高みに至る事が出来るはず───ッ!

 

「お、ごっ!? が、ご……ッ! く、はは……解析するだけで俺様の脳を破壊しようとするか! 根本的に、俺様とは相容れないという事か……? く、くくははは! 愉しいなあ!」

 

 哄笑は止まらず、闇も消えない。

 莫大な力に耐えきれないのか、エーヴィヒの両手が自壊を始めていた。再生しようとする力よりも、破壊される力の方が強い。結果として、エーヴィヒの手はボロボロになっていく。

 

 だが、エーヴィヒに攻撃の手を緩めるつもりは全くない。

 むしろジルの底の底を見る為にと、より一層力を込め始めた。

 

「お前が底を見せるのが先か、世界が終わるのが先か。さあ、どっちが」

 

 続きの言葉は出なかった。

 エーヴィヒの顔面が、氷に覆い尽くされたのだ。

 

 だがそれも、長くは続かない。

 

 数秒足らずで顔面を露出させたエーヴィヒは不機嫌そうな顔で、自身の近くを飛んでいた白い少女を睨む。

 

「もはや俺様にとって、お前は興味を抱くに値しない。飛び回るしか能のない蝿風情が、俺様の邪魔を───」

「───その飛び回るしか能のない蝿とやらに時間を割いた。それが貴様の敗因だ、下郎」

 

 なに、とエーヴィヒは真後ろから聞こえた声に目を見開く。

 

(莫迦な、光は健在。見れば分かるが、あれは理解不能な力を流し続ける事で展開される類の術。術者本人が触れ続けなければ、忽ち制御が失われ───)

 

 エーヴィヒは知らない。

 ジルの用いる神代の魔術。それが、ジルが自らの肉体に刻んでいる術式に対して『神の力』を巡らせ続ければ永続可能な術という事を。

 

 エーヴィヒは知らない。

 クロエによる凍結がエーヴィヒに効果があると把握したジルが、ここまでの戦闘図を思い描いていた事を。

 

 故に、

 

「この姿では貴様を潰すのに出力が足りんかもしれん。喜べ下郎。私は貴様を、真の姿で跡形もなく消し去ってやろう」

 

 故に、この幕引きは必然だった。

 

「この───!」

「遅い」

 

 エーヴィヒの頭を背後から鷲掴みにしたジルは、『神の力』をエーヴィヒに直接流し込み───

 

「ゴッ、がアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!??」

 

 ───絶叫が上がった。

 

(なんだこれはなんだこれはなんだこれは……ッッッ!!?)

 

 自らの体内に流れ込んでくる『力』に、エーヴィヒは凄絶すぎる痛みを抱く。

 それは、自分が『呪詛』を生み出して以後一度も感じた事のないもので。

 

(ぐ、ご……ッ!? 分から……だ、がやばり、俺様の着眼点がば……ぐ、この、程度の依り代では───)

 

 やがて、エーヴィヒは己の意思が遠のいていくのを感じた。

 未知をまだ解析出来ていない。

 それが、エーヴィヒにとって最も屈辱的な事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エーヴィヒから放たれていた闇の閃光が霧散していき、一方でジルが流し込む『神の力』は増していく。

 ここで確実に殺す、という意思を感じさせるほどに。

 

「貴様の部下の扱う『呪詛』とやらは、面白い使い方をしていたな? 存在の『核』そのものを変容させる。……随分と愉快な術であった」

 

 そこまで言って、ジルは冷笑を浮かべた。

 見る者全てが怯え竦むような、そんな冷笑を。

 

「先の巨大な槍にしろ闇にしろ、貴様は目立つのが好きなようだ。ならば誰にも見られる事のない幕引きこそ、貴様への罰として相応しかろう?」

 

 言いながら、ジルから放たれる神威が増していく。

 空間ごと押し潰してやろうと言わんばかりの圧力がジルの全身から放たれ、エーヴィヒの皮膚が崩れ落ちていく。

 

「尤も、貴様が本体でない以上、さしたる意味はないだろうがな。では死ね──神威解放」

 

 返事はなかった。

 

 不可視の一撃がエーヴィヒの肉体を内部から破壊し、鮮血が噴出する。

 静かな結末が、ここに訪れた。

 

 ◆◆◆

 

 吹雪が止み、太陽の日が差し込む。森や大地の雪や氷が溶け始め、元の世界へと移り変わっていく。

 

 そんな光景を眺めながら、俺はエーヴィヒの体を投げ捨てた。

 その姿はエーヴィヒのそれではなく、『最高眷属』の青年のものだった。

 推測に過ぎないが、本体に影響が及ぶ前に憑依をやめて逃げたのだろう。あれが逃げるような玉ではない気がするのでなんとも言えないが。

 

(『魔王の眷属』か……)

 

 あの不死性や技術には、眼を見張るものがある。

 神々由来の力を弱点としている時点で、俺としてはそこまで重要度は高くないが───奴が俺を知りたがっていたように、俺も奴を知りたくなっていた。

 

(少し、探りを入れる必要があるか……)

 

 前回はどうでもいいと捨て置いたが、流石に『最高眷属』や『伝道師』がご登場となると放置という訳にもいかない。

 特に『伝道師』に関しては、本体の強さが全く読めない。今回とそこまで変わらない可能性もあれば、跳ね上がる可能性もある。

 

(厄介だな)

 

 まあそれに、奴は俺の地雷を見事に踏み抜いてくれたのだ。

 俺の中の仮想敵の一人に、エーヴィヒの名前を刻んでおこう。

 

 ───と。

 

「ジル?」

「……然様」

 

 ふわふわと漂いながら、首を傾げてこちらを眺めてくるクロエ。そんな彼女に、俺はゆっくりと視線を合わせた。

 二つの視線が、交錯する。

 

(ジルのキャラクター像的に、謝罪はあり得ないが)

 

 しかし、それでも伝えなくてはならない事はあるだろう。

 俺は今回、様々な面で彼女を利用したのだし。

 俺の死の運命を回避する為の行動なので全くもって後悔はないが、まあ、多少は誠意というものを見せるべきだ。

 

「……私は、貴様を───」

「すごく成長した。肉体も急激な成長。びっくり」

「何故そうなる」

「この子は私が育てた」

「少し待て。良いか、私は───」

「自慢してくる」

「待てと言っているだろう」

 

 恐ろしい速さで、首都の方へと飛んでいくクロエ。

 そんな彼女を俺は表向きは無表情に、内心では慌てて追いかけていった。

 


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