気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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振り返りと、魔術の神の誕生

 クロエを追いながら、俺は今回の事を振り返る。

 

(中々悪くない流れに持ち込めた)

 

 今回の一連の流れは、俺が脳内で思い描いたシナリオに沿ったものだった。

 勿論、全てが俺の掌の上という訳ではない。しかしまあ、俺としてはそれなりに理想的な立ち回りが出来た。正直、概ねはシナリオ通りである。

 

 今回の俺の行動。まさしく英雄譚に出てくる英雄のような先の行動は、当然ながら善意100パーセントによる献身的行動などではない。『最高眷属』のエミリーに対する仕打ちにイラッとしたりしたのは事実だし、エミリーを好ましく思ってはいるが、それも結局のところ俺の身勝手だ。

 

 さて先ほどの俺の行動の意味を語る前に、そもそもの前提として俺がこの国に来た目的を思い出してみよう。

 俺が魔術大国へと訪れた目的は大きく分けて三つ。ステラの勧誘と魔導書の閲覧、そして『神の力』の確保である。

 

 エミリーを助けて空中に飛んだ時、俺はふと思った。この状況は使えるのではないか、と。

 最高眷属風情、正直ジルの肉体なら瞬殺可能だ。奴の言葉にイラッとした衝動に身を任せて、初手でぶち殺すなんてカップラーメンを作るより容易い。

 

 しかし、俺はそうしなかった。

 それどころかまるでヒーローのような台詞を語り、相手の手札を全て正面から叩き潰した後にトドメを刺すという瞬殺には程遠い流れ。当然、ジルというキャラクター像を崩さない範囲内での行動をもってしての流れだが。

 

 これをした理由は単純明快。

 端的に言うと、ステラからの好感度を稼ぐためだ。

 友人を助けられて、嫌な気分になる人間はいないだろう。そして友人を助けた人間が、それなりに好ましい性格を有していればなおさらそうなるはず。

 

 そんな打算をもって、俺は先の一面を演じた。ラスボスとしてのジルを演じる事で部下を従わせるのと同じように、ダークヒーローのようなジルを演じる事でステラという優秀な人材確保の為の布石にしたのである。

 

 まあ『最高眷属』に向けた言葉は俺自身の本音には違いないので、演じたというよりかは本来の俺を少しだけ表に出したという方が正しいのかもしれない。

 だがそれでも打算があって行動したのは紛れも無い事実であり、そこは偽れない。

 

(我ながら打算だらけだな。だが)

 

 だが、後悔はない。

 

 今回の件で不幸になった人間は存在しない。エミリーは救われたし、ステラだってエミリーが救われてホッとしただろう。

 理由はともかくとして、結果として訪れたのは誰もが笑えるハッピーエンド。

 

 終わり良ければすべて良しという言葉があるように、結果だけ見れば理想の結末が訪れたのだから。例えそれが、脚本家俺、演出家俺、その他諸々俺というクソみたいな三文芝居であったとしても。

 

(俺の目的は、神々への下剋上。俺は絶対にかませ犬にはならないし、死ぬなんて真っ平御免だ。それだけを目的に、俺は行動する。でなければ、俺に勝ち目なんてある筈がないからな)

 

 ……まあ、そんなこんなでステラの確保への足がかりは掴めた。目的の一つへ近付けたという訳である。

 

 そう喜んでいた俺にとって、完全に想定外だったのはエーヴィヒのご登場だった。

 

 子供の姿で、しかも加減していては勝ち目がない相手。何より、エミリーが余波で死にかねないという状況。

 奴の攻撃を回避しながら、俺は思考を巡らせ───クロエや国を巻き込んでしまえという結論を叩き出した。

 何故ならそうすればエーヴィヒを叩き潰せて、なおかつ目的も達成出来るという大変素敵な流れを思いついたからである。

 

 クロエの禁術『絶対凍結(ニヴルヘイム)』は空間に『神の力』を満たす事で自身の領域とし、その領域内であれば自由自在に万物を凍結させたり所構わず吹雪を放てるという素敵な術だ。ちなみに彼女は禁術を身につけた事で、自身の魔術に改造を施して似たような術を───これは今は置いておこう。

 

 彼女の術の特徴は、なんといっても『派手』に尽きる。本気を出せば国を覆い尽くす事すら可能な超広範囲術式。猛吹雪の中の様子を、外から目視なんて不可能。

 つまり、他国からの監視の目を欺ける。

 

 加えて、空間内に『神の力』を満たすという性質上、俺がそれなりに『神の力』を放っても誤魔化すことが可能。

 つまり、他国への隠蔽工作に最適。

 

 そもそも大陸最強の一角『氷の魔女』が動く時点で、他国からの注目は間違いなくそちらに向く。仮にこの国の人間が「いやジルという子がー」とか言ったところで、誰もそんな話は信じない。全てクロエが解決したと認識するはず。

 つまり、俺という存在は完全に隠せる。

 

 この国の人間にバレても良いのか? と思うかもしれないが、今回俺がやった事はこの国の守護だ。恩人相手に危険人物認定はしないだろうし、何より魔術大国の上層部は俗物ではあるが愚者ではない。

 

 クロエとそれなりに良好な関係を築いていて、なおかつ国を守る為に動いた俺を排除するなんて考えにはならないだろう。であれば他国と連合を組んで潰そう、などとは考えないはず。どちらかというと、全力で俺を囲い込んで来そうだ。

 

 さてここで本題だ。

 恩を売りつつ、なおかつ力を示した。そんな俺の頼みを、果たして魔術大国の上層部は無下に出来るだろうか?

 

 答えは当然、不可能。

 魔術大国の上層部に知略はあれど武力は存在せず、また世論も俺に傾く。こうなれば残りの目的も果たせたも同然だ。

 

 魔道書の閲覧に関しては、間違いなく問題ないはず。なんなら魔術大国の人間が喝采を上げて閲覧を勧めてくるだろう。

 ショタコンのクロエが「廃人になんてさせない」みたいな感じで覚醒してインフレ後の実力に至って全力で止めに来る未来を懸念していたが、それに関しては既に別の『禁術』を習得して廃人になっていない事を示す事でクリア。

 

 『神の力』に関しては、魔術大国が『神の力』に関して無知という点からおそらく問題ない。むしろその程度の報酬で済むならと喜んでくれそうだ。ある程度金銭なども要求しないと魔術大国の上層部が『神の力』の真価に気付く可能性は十分あるので、その辺は注意しつつ交渉を進めよう。

 

(完璧とは言いがたいが、しかしあらゆる意味で俺にとって良い方向にまとまった)

 

 目的はほぼ果たしたといっても過言ではない。

 まあとりあえずは魔術大国の住人達の反応でも見て、今回の成果を実感するとしよう。

 

 なに、きっと俺とクロエを英雄視してくれるさ。

 

 ◆◆◆

 

 吹雪が舞い、空間が凍てつく。

 血の槍が降り注ぎ、闇の閃光が(ほとばし)る。

 理解不能な法則が乱れ、黄金の光が天を衝いた。

 

 地は崩れ、天が裂かれ、空間が悲鳴をあげる。余波で建造物の一部が落ち、森が半壊し、屋台が吹き飛んだ。

 

 万物を破壊していくそれは、まさしく天変地異というに相応しい。

 

 神話の再来のような、あまりにも非現実的すぎる光景だった。

 もはや自分達の知る『魔術』の領域を超えた、そんな非常識の塊だった。

 空間に満たされる魔力や未知の力だけでも、背筋に氷柱を突き立てられたかのような錯覚を覚えた。

 

 人智を超えた神話大戦。

 国を破壊しようという埒外の存在に対して、国を守護しようと立ち向かう同じく常識を超えた存在を見て、魔術大国の人々は───

 

「す、素晴らしい……!」

「『氷の魔女』様の魔力が、魔力が空間に満たされているわ……! や、やだっ! 銀髪の子供の放つ魔力とよく分からない力の波動も素敵……!」

「おおおお……おおおおおお!!」

「け、計測器を! 計測器を回せ!」

「もう回している!」

「ホルマリン漬けになったあいつにも、この光景を見せてやりたかったな……」

 

 魔術大国の人々は、狂喜乱舞していた。

 

「あ、あれは禁術じゃないか!?」

「な、なんと……!?」

「では、ジルという少年も禁術を扱えると!?」

 

 全員ではないが、しかし住人の殆どが避難しようだなんて考えていなかった。

 信頼といえば聞こえは良いが、しかし彼らは自分達の欲望にあまりにも忠実だった。それこそ、クロエの放つ冷気に自ら凍結されに行こうとするやべえ奴もいるくらいである。

 

「あの子……実演の時に超級魔術は氷属性以外使っていたよな」

「……それに加えて、禁術も使える……?」

「えっ……てことは……神?」

 

 その単語を、耳聡く聞いた男がいた。

 

「然様」

「あ、あなたは……!」

 

 確か、キーランという男だった。

 ジルという少年に付き従い、神と呼んで(はばか)らなかった男。自分達に対して執拗に「何故、ジル様こそが神であると理解しない?」と言っていた男だった。

 

「あ、ああ……」

「な、なんて事を……」

 

 ここに至って彼等は全てを理解し、そして絶望する。

 もはや彼等の中で、ジルという少年は『魔術の神』に他ならない。自分達を魔術の真理へと導いてくれるであろう、この世界で最も尊き存在なのだ。

 

 故に、彼等は絶望していた。

 神なんざいないと、そんなものはあり得ないと───魔術を誰よりも愛していながら、しかしそんなものは理想論だと切り捨てた。

 机上の空論すらも現実にしてこその魔術だというのに、何故かそこだけはあり得ないと決めつけていた。

 

 だが、キーランという男は違う。

 彼は神を信じ、そして実際神は存在した。

 

 しかも彼は自分達に散々「ジル様こそ神だ」と語り聞かせてくれていたというのに、自分達はそれを「あり得ない」としてしまっていたのだ。

 

 例の研究機関の人間はともかく、自分達は神の加護を授かる事が出来ない。それに彼等は絶望し───それ以上に、自分達の愚かさに絶望していた。

 

「お前達は実に愚かだ。神たるジル様の真意に、今の今まで気付かない愚か者達」

 

 そんな彼等に対して。

 

「だが」

 

 そんな彼等に対して。

 

「だが、オレも始めはそうだった」

 

 そんな彼等に対して、キーランは僅かに微笑んだ。

 

「ジル様は寛大だ。気付くのに遅れた私のような愚か者を側に置いて下さり、教会という節穴共にすら慈悲をお与えになった」

 

 キーランの背後に光が差し、その場にいた誰もが「神のご加護、後光だ……と確信した。

 ちなみにそれはジルが『光神の盾』を展開したからなのだが、それに気付く者はいなかった。ここにはアホしかいなかったのである。

 

「お前達がこれより真摯にジル様への信仰を捧げるのであれば、ジル様は快くお受けになる事だろう。真の信仰はまだ早いが、しかし焦るな。ジル様は、全てをお見通しになる。ならばお前達の信仰もいずれ届き───やがて、真理に至るだろう」

 

 この時。

 

「き、教祖様だ……」

「教祖様……!」

「ど、どうすれば良いのですか!?」

「我々は恥ずかしながら、神に対する礼儀というものを……」

「良いだろう。まずは基本から教えてやる」

 

 この時、魔術大国マギアは始まった(終わった)。そして教祖キーランという存在が、魔術大国の人々の心に根付くことになる。

 

 なおジルが住人達の反応を見た時の心境は「この国は滅んだ方が世界のためかもしれない……」であった。

 




※服を脱ぐ信仰は教えていません。教会と同じ。





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