気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜 作:弥生零
ドラコ帝国。
元々は竜と共に暮らす民族『
言うなれば多民族国家のようなものだが……竜という人間を超越した生物を操る民族が各国に侵略して、支配下に置いたといえばどういう国なのかはお察しである。ある意味では全盛期の時代は、それはもうひどかったらしい。
まあ、この辺は前世でも似たような歴史がある。俺はそこまで詳しくないので正しいかは分からないが、アレクサンドロス大王のマケドニア王国なんかは有名所だったのではないだろうか。
まあこっちの世界ではファンタジー要素やら何やらが含まれているので、完全に一致するとは言わないが。
当時のドラコ帝国において、頂点たる『龍帝』を筆頭にした竜使族達は栄華を極めていた。同時に、それ以外の人々の人権は無いに等しかった。
差別は当たり前。奴隷制度も当然のように存在し、使い物にならない人間は竜の餌になる事さえあったらしい。
だが、現在ではそんな事はない。それでは国が長く続かないという思考に至った数代前の『龍帝』辺りから、色々と政治改革が進んだからだ。その『龍帝』は自らの父親を討つ事で、帝国内における革命を成したらしい。
その甲斐あってか現在はそれなりに他民族や領土化された国の住民達もそれなりの暮らしを送れてはいる。だが、やはり過去の遺恨はどうしても残る。
シリルは優秀な人間であれば他国の人間であろうと過去に差別の対象となっていた民族の人間であろうとスカウトに乗り出して大陸支配を目論んでいるが、そういう歴史的背景がある以上中々に困難な道だろう。
とはいえシリルはその穏やかな性格と、政治的手腕をもって賢君として多くの人からの支持を得ている。初代『龍帝』以来初のファヴニールの子孫を使役出来る才覚を有している事もあって、他の竜使族からの信頼も厚い。
間違いなく今代のドラコ帝国は、歴代のどのドラコ帝国より手強い。手強いが───
(帝国に対して不満を抱いている連中が一定数いる事も、また事実。そこは、帝国の付け入る隙に他ならない)
今回の俺の計画の一つ。それは、現在のドラコ帝国に不満を抱いている連中にとっての希望の光になって人望を集める事である。
竜使族に対して憎悪を抱いている他民族の老人達や、老人達から歴史を聞かされて悪感情を抱いている若者達。その者達から見て、悪感情を向けている竜使族を打倒する俺の部下達はどう映る?
答えは単純、英雄のような存在として映るのである。
(童話とかで悪役令嬢が没落すれば、悪役令嬢に嫌悪感を抱いている読者達の胸が晴れるのと同じ理屈だな。特にヘクターとステラは、本人達の性格もあって人気を博すはず。性格はともかくセオドアとキーランも見た目は良いから、支持は得られるだろう)
今回の俺は、帝国の歴史が生んだ闇を利用する。『龍帝』が主催する御前試合もどきにどれだけ闇を抱えた人間がやってくるかは別として、全く来ないという訳はないだろう。
彼らだって、一人くらいは他国の人間が竜使族と闘う姿は見たいと思うはず。そしてその一人から話が伝わっていけば、俺の計画は完遂されたも同然だ。
竜使族をも打倒する部下を従える『王』。そんな存在に対して、彼らがどのような感情を抱くかは想像に難くない。
(問題はそれでいざ俺の国に来たら来たで半裸の集団がお出迎えする点だが……それに関しては新しく土地を開拓する事で解決するはず。半裸集団とは決して交わらない隔離した世界を創造しよう。……半裸の集団なあ)
実に、実に難しい問題だ。
キーランの影響で意味不明な事態が起きたが、しかしキーランがいなければ俺はグレイシーで詰んでいた。なにより、キーランの布教活動のおかげで俺の能力が向上しているのも事実。
キーランがいなければこの苦労はなかったが、しかしその場合そもそも神々への対抗策として天下統一という手段が出てこなかった。
因果関係の特定が、不可能すぎる。
(それに正直、キーラン一人であれば個性で済んだからな。パン一系男子的な。まさか自国民までも染まるとは……いや、まあ今は置いておこう。大事なのは、目の前の事だ)
今回の御前試合、俺にはメリットしか存在しない。俺自身の実力は秘匿しつつ、俺に対する信仰が集まる可能性があるというだけで素晴らしいというのに、それ以外にもメリットが多い。
ステラやセオドアに実戦経験を積ませるだったり、大国に自然と入れるので『神の力』をひっそりと回収可能だったり。それこそ、以前にも言った「大国と張り合える戦力を有している国」という事実が周辺諸国に伝わるだけで大抵の小国や民族は軍門に下るというメリットもある。
そして他にも、
(仮に敗北したとしても、小国が大国に敗北するという当たり前の結果になるだけ。俺に失うものは何一つない。まあ、それは無用な心配だがな。『レーグル』が、ただの竜使族風情に敗北するものか)
第一部の最凶集団『レーグル』。
その実力を、俺は知っている。第二部以降のインフレの犠牲にこそなったが、彼らの強さは本物だ。
(勿論、相手は大国だ。世界有数の強者も当然抱えている。だが、それには『レーグル』でも上位の実力者であるキーランやヘクターをぶつければ問題ない)
キーランとヘクターは、元々が世界でも有数の実力者だったというのに『加護』を手にした事で更なる進化を遂げた怪物達。
彼等であれば、大国の上位陣を相手にしても問題ない。『龍帝』の右腕が相手でも、キーランとヘクターならどうにでもなるのである。
(その為に、キーランとヘクターという二枚看板を俺は先日伏せたんだからな)
人材不足というのは間違いじゃない。何故ならまだ、ジルの手足たる『レーグル』は全員揃っていないからだ。
だがそれでも、『龍帝』が想定しているであろう戦力を遥かに上回るのが俺の手札達。
「──さて」
口元を僅かに緩ませて、俺は肩越しに背後を振り返った。
目を瞑り、静かに佇むキーラン。
物珍しいものを見たといった風に、周囲に視線を巡らせるステラ。
腕を組んで、戦意を滾らせ楽しそうに笑うヘクター。
何を考えているのか分からない笑みを浮かべながら、白衣のポケットに両の手を突っ込んだセオドア。
総勢四人。
余人が聞けば、それだけの戦力で大国に乗り込むのかと正気を疑われるような人数。
だが、彼等こそが俺の自慢の手足達。
約一名どうにかしてくれと思う男がいるが、有能な事は有能なので目を瞑る。
(何も、何も問題はない。ドラコ帝国程度、容易く堕とせる)
そう思って酷薄な笑みを浮かべて、俺は再度視線を前に向ける。帝国の首都の周囲を覆う外壁を見上げて、俺は口を開いた。
「──往くぞ。これより始まるのは新たな伝説の開闢だ。貴様らの力を存分に発揮し、有象無象に思い知らせるが良い」
天下統一の為の第一歩を、俺は踏み出した。
◆◆◆
「遠路はるばるよくぞいらしてくれました、ジル。歓迎しますよ」
「なに、それなりに私も楽しめそうな余興であったからな。失望させるなよ、シリル」
闘技場のVIP席のような場所に、シリルと並んで腰掛ける。シリルの背後には老執事が立ち、俺の背後には──
「護衛の方は?」
「必要ない」
「……無用心では?」
「フッ。私と貴様が揃っている状況でなにかしら仕掛ける事の出来る存在が出てくるとすれば、この世界が終わる時くらいであろうよ」
俺の背後には、誰もいない。
その事に対してシリルは訝しんで尋ねてきたが、それに対する俺の返答は不遜すぎるもの。
実際、俺とシリルを同時に相手にして勝利を収めるのはそれこそ『熾天』だとかグレイシーだとか邪神だとか神々くらいのものなので、それらが襲撃を仕掛けてくるという時は間違いなく世界が終了する時である。
(まあ向こうは間違いなく「ああ、やっぱり人材不足なんだろうな」と認識するだろうな)
少しばかり、シリルの纏う空気が軽くなった。おそらく、最後の警戒心が解けたのだろう。
人材不足というのがフェイクである可能性を少しだけ残していたのだろうが、この状況でも周囲に人を侍らせない王など普通は存在しない。
つまり──今のシリルは完全に油断している。
「第一試合が始まりますよ」
「少しは愉しませて欲しいものだがな」
「ええ、楽しめるかと思いますよ。なにせ──」
沸き立つような歓声と共に、向かい合うような形で二人の人間が現れた。
片や、黒いローブで全身を覆い隠した男。
そして、もう片方は───
「彼はこの国で最も腕力に優れた兵士です。まあ、この国で二番目に強い兵士ですね。それなりに見ていて楽しめる技術を披露してくれるかと」
山のような体躯をした大男。露出した腕は大木のように太く、男が一歩歩く度に低い音が響く。
その手には岩で出来た巨大な棍棒のようなものが握られており、一撃でも当たれば常人なら間違いなく即死だろう。
だが何より注目すべきは、彼の背後にいる竜の存在。
竜使族。それも、自身もそれなり以上に戦えるタイプの人間。その実力は間違いなく、この国でも上位のものだろう。
「……」
「勿論、非殺なので加減はしますが……」
初手から竜使族を使う。
成る程、随分と本気だ。こういうのは、段々と強くなるのがセオリーだろうに。四天王最弱とかを連れてくるのが基本だろうが。
しかしまあ。
「……くく」
「?」
大男が棍棒を横薙ぎに振るう。大男を起点に暴風が舞い、大地が抉られた。
明らかに人間離れした派手な動作に、湧き上がる観客達。それらを横目に、俺は頬杖を付いて笑みを浮かべた。
「いや、なに」
非殺を守る気があるのか? と尋ねたくなるような初撃。
俺の国が俺以外は脆弱であると認識しているだろうに、ほぼ加減なんてなかった一撃。
一応加減自体はしている為「加減はしたけど相手が弱すぎた」という言い訳でもするつもりだろう。
「どうやら我々の考える事は、似ているらしい」
シリルはどうやら、俺の数少ない戦力を事故死という形で削ぐ作戦に出ているらしい。
合理的。実に合理的だ。
卑劣な真似を、と思う人間もいるかもしれないが、俺はシリルの作戦を評価する。
国の頂点に立つとは、世界を統べようとするという事はそういう事だからだ。綺麗事だけで、世界は回らない。
(人材不足の弱小国の戦士であれば、今の一撃で全てが決するな? だが)
だが、そいつにその程度の初撃は通用しない。
普段は変態で俺の腹を痛くするが、ここぞという場面でこの男ほど有能な存在はいない。
「……バカな」
大男の振るった棍棒の上。そこで起立する黒い男を眺めながら、俺は笑った。
「そんな……まさか、彼は」
シリルが大きく目を見開き、素顔の露出した男を注視する。
注視しながら、言った。
「『粛然の処刑人』……キーラン……!?」
キーランが短刀を振るう。
鮮血が舞い、闘技場の地を血の雨が濡らした。
◆◆◆
派手に血の雨を降らせたが、決して致命傷には至らない。
何故なら、非殺を命じられているから。
「来るがいい。木偶の坊」
神たるジルの命令を、キーランは何があっても
「オレは、神たるジル様の威光をこの国に示す」
静かに、されど確かな闘気を放ちながらキーランは目の前の大男を見据える。
「この世界の全てを信仰で満たす新世界。その為に、オレはオレの全力をもって、映えある先陣を切らせてもらおう」
彼の脳裏に映るのは、この世界の人間全てが服を脱いで信仰を示すユートピア。
誰もが己の全てを神に打ち明ける信仰を示せる世界とは、すなわち誰もが神に対して従順な僕と化す世界に他ならない。
(必ず、私はこの世界の全てをジル様に献上する。世界の全てが未だジル様の威光を知らないのであれば、私がジル様の威光を、私の力をもってして知らしめてみせよう)
服を脱がないという事は、己の全てを神に曝け出す事が出来ないという事。そしてそれはすなわち、神に対して何かを隠している可能性があるという事だ。
そんなやましい輩を、心の底から信用できるだろうか? いや、ない。
一方で、ステラやヘクター。セオドアの事は態度はともかく曲がりなりにも"同志"として認めてはいる。
彼らならば裏切らないと、キーランはなんとなく思っているから。
(このような曖昧な感情は良くないが……しかし、ジル様自ら勧誘されたのだ。ならば、そこに疑問を挟むのは不敬というもの)
彼の中の最優先事項は、あの時から何一つ変わらない。
全ては、絶対の主であるジルの為。
彼は別に、服を脱ぎたいから脱いでいるのではない。もしそうならば、彼は常に服を脱いでいる。
その辺の変態とは、格が違う。
(神に対する叛逆など、あってはならない。その為に、私は──全てが神の下に、全てを白日に晒す世界を創造してみせる)
なお、彼自身が服を脱ぐのにはジルの神威を全身で浴びたいというかなりアレな理由も含まれていたりするが余談だ。
(やるか……)
ジルの威光を周囲に示す為、彼は自らの二つ名の通り──静かに相手を叩き潰す。
「……まさか、こんな大物が出てくるなんてなァ」
「……」
だが相対する男も、並大抵の実力ではない。紛れもなく世界有数の強者であり、キーランとて油断しては食われる相手だ。
大男は牙を剥き出しにして、背後の竜に指示を出す。
「行くぞ、殺し屋!」
「地に伏せろ、獣畜生」
──直後、二つの影はぶつかり合った。
キーラン:自覚なし
ステラ:自覚MAX