気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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美少女になりたすぎる


偽りの友好試合 IV

 普通の馬の二倍の巨体を誇る神聖な白馬。

 その馬が視界から消えたのを察知した団長は、次の瞬間その場から飛び退いた。

 

 ──直後、激しい轟音と共に周囲に砂利が拡散する。

 

「くっ」

 

 砂利は波となって団長を生き埋めにせんと襲いかかる。常人であれば確実に波に飲み込まれるであろうが、しかし幸いにして団長は常人ではない。

 鎧の重さを感じさせないアクロバティックな挙動で波を回避した団長は、そのままセオドアを斬りつけようと懐から引き抜いた剣を振り下ろすが──

 

「それはナンセンスだ。キミはその白馬の移動速度を知っているのだろう? ならば白馬とその程度距離しか開いていない時に、私に集中するのは良くない」

「────ッ!」

 

 セオドアが言うが同時、横から受けた体当たりで団長の体が吹き飛んだ。彼が衝突した闘技場の壁に、クレーターが形成される。

 

「……ふむ?」

 

 しかし、団長そのものにダメージは見受けられない。彼はなんでもない風にクレーターから抜け出すと、頭を振って剣を構えた。

 

「頑丈……いや、違うな。回復力が異常に速いのか」

「僕は昔から、回復速度が人の何倍も優れていてね。たとえ剣で斬られても、すぐに回復するんだ。そのおかげで、戦士団の団長として抜擢されるに至った」

「それをわざわざ口にする必要があるのかね」

「キミには既に見抜かれているから、関係ないんじゃないか? それにキミの方こそ、馬の蹄に毒があることをわざわざ口にしていたじゃないか」

 

 呆れたように、団長はセオドアに指摘する。

 確かに毒というのは厄介だ。回復速度が速いといっても、毒の摘出や分解が可能という訳ではない。あくまでも肉体の損傷に対する回復が速いだけ。

 

 故に、団長にとってある意味毒というのは天敵である。

 だがそれは、あくまでも毒を注入されればの話である。今回で言えば、蹄にさえ注意すれば問題ない。

 

「その馬の速度は厄介だけど、見切れないほどじゃない。それに蹄による蹴りや踏み落としなら、回避する必要があるけど……」

 

 体当たりであれば問題はないし、馬というのは基本的に背後の存在に蹴りを放つ生き物である。前足でも不可能ではないが、しかし後ろ足ほどの威力はない。

 おそらく体当たりと同程度か、それ以下の威力。であれば、体当たりで貫けなかったこの鎧を前足の蹴りが貫くことはないだろう。

 

 そして鎧を通して受けた衝撃による傷の類は、自慢の回復力で即座に再生する。戦線への復帰は容易であり、であれば最も注意すべきは白馬の後ろに立つ事だ。

 

(まずは馬を倒す。その後に、セオドアという男の首に剣を突きつければいい……)

 

 そして、団長は風となった。

 馬の前に立った団長は、横薙ぎ剣を振るう。馬の前足を斬り落とそうとするが──

 

「硬いな!」

「その馬の肉体の強度は、キミが纏っている鎧より数段上だ。その程度の剣でどうにかなるはずがないだろう」

「なるほど、ではこれならどうかな!」

 

 剣から紫電が迸り、馬の全身を凄まじい電流が駆け抜ける。大地を焦がす程の紫電の威力に、セオドアは僅かばかり眼を細めた。

 

「それは」

「これは、この国に古より伝わる魔剣の一振りだ! 本気で使いこなせる人間であれば、街一つを呑み込む規模の雷を放てるらしい!」

「……」

「僕ではこの程度だけど……でも、それでも使い方次第だ!」

 

 白馬の動きが、格段に鈍重になる。いや、そもそも身動きが取れていない。

 痺れによる痙攣で、動いたように錯覚させているだけ。これで、セオドアを阻む障害は消え去った。

 

「召喚士は、召喚する獣がいなければ戦えなくなるのが常識だ。悪いけれど、速攻で決めさせてもらう!」

 

 叫びながら団長は、セオドアに向かって駆ける。一陣の風と化した彼は、そのままセオドアを剣の腹で殴りつけようとして。

 

「残念ながら私が受け取った『加護』は、その辺の召喚士の常識で推し量れるものじゃないんだ」

 

 殴りつけようとして、眼前迫った壁にその動きを封じられる。

 

「……なっ」

 

 いや、これは壁ではない。蛇の軍勢だ。

 無限とすら錯覚してしまうほどの、蛇の軍勢が眼前に立ちはだかり、団長の体を飲み込む。

 顔以外の全身が蛇の波に埋もれた団長は、もはや身動きを取る事が出来ない。

 

「そして、キミに残念なお知らせだ」

 

 そんな団長の姿を見ながら、セオドアは眼鏡を光らせる。

 光らせて、笑った。

 

「馬の蹄には毒があると言ったが──嘘だ。その馬の蹄だけでなく、全身に毒が塗られている。それも、触れたらアウトの類のね」

 

 みるみるうちに、団長の全身の皮膚が変色していく。

 自身の変化を感じ取ったのか、団長の瞳には絶望の色が浮かび始めた。

 

「何故私が、本当の事を語らねばならない? 本気で毒を試したいのなら、黙っておくだろう普通。では何故完全に黙秘しなかったのかというとだが──ほら、ある程度は戦闘っぽい事をした方が見栄えが良いだろう? 戦う者同士の駆け引きのような戦局は、戦闘を娯楽と捉えている者達には手に汗握る展開として映るのさ」

 

 団長の異変が衆目に晒される前に、セオドアは彼の顔面も蛇の軍勢で覆い尽くす。今頃彼は、中で絶望している事だろう。自らの肉体が、人間ではない『何か』へと変化している事に。

 

「『魔王の眷属』という個体を先日確保してね。アレは雑兵だったが、しかし面白い個体だった。……ああ安心したまえ。表面上は似たようなものだが、全く異なるものだ。治療はしてやろう。さてさて、どんな結果が得られるのやら」

 

 それから暫くして、意識を失った団長が吐き出される。

 その後の彼はこれまでとなんら変わりなく──ただ、記憶の混濁だけが見られたという。

 

 ◆◆◆

 

(アレほどの獣を平然と使役しますか。竜使族ほどではないですが、しかし中々に素晴らしい。……とはいえ、あの獣が上限と考えるのは早計。竜使族をぶつければ問題はなかった、と考えるのは良くないでしょうね)

 

 これまでで一番まともな戦いだった気がする、とシリルは先ほどの戦闘を評価する。

 キーランはそもそも存在が度肝を抜いてきたし、ステラも同様。その技術や魔術も、色んな意味で驚異的だったからだ。

 

 先ほどまでのと比較すれば、セオドアという男の戦闘は十分に楽しめた。一番王道的だった気がする、とまでシリルは感想を抱いている。実際のところは一番邪道だったが、これはそれを悟らせない立ち回りをしたセオドアを評価すべきだろう。分野こそ違えど彼もまた、優れた叡智を有する存在なのだ。

 

(……これで三敗、ですか)

 

 いよいよ最後の試合。

 相手が強かったとはいえ、ここまで大国の一角である帝国が小国相手に敗北を喫しているという事実。『龍帝』である自分が出れば話は変わるだろうが、その場合は隣の男が出てくるので最悪の結末が訪れかねない。

 

 即ち、国の『絶対』である自分が敗北するという最悪が。

 

(それだけは避けなくてはなりません。僕が敗北すれば、この国は終わる……)

 

 戦わなければ敗北はしないのだ。ここで負けたところで、『龍帝』たる自分さえ敗北していなければ国の威信は保護される。

 仮にナメられたなら、帝国にとって不利益なその辺の小国を見せしめとして侵略すれば良い。

 

(……しかし、全敗は避けたいところです)

 

 だが、これまでの三人と同格の存在が控えているとすれば竜使族で二番目の男でも確勝出来るとは言い切れない。特にそれが、キーランと同格の存在であれば非常に厳しいだろう。絶対に勝てないとは言わないが、敗北の線が濃厚。

 

(……くそ)

 

 万事休すか、そう思ったシリルの背後から声がかけられた。

 

「シリル様」

「……爺」

 

 その声は、シリルの護衛についている老執事のもの。

 シリルが肩越しに振り返ると、彼は穏やかな瞳で闘技場を眺めていた。

 

「シリル様──暫しの間。護衛の任を降りさせていただきたく思います。しいては、その御許可を」

「……()の血が滾りましたか?」

「それもありますが……聡明なシリル様のことです。分かっておいででは? この状況の最適解がなんなのかを」

「……」

「……」

「……はあ、仕方ありませんね。僕が出られない以上、これは必然ですか」

「ありがたきお言葉です。では──」

「はい。頑張って下さい──お爺様」

 

 ◆◆◆

 

 闘技場の中心で、凄まじい闘気を放つ青年を眺める。

 

「……」

 

 ヘクター。

 俺が『レーグル』で最も信頼している男。彼には是非とも最後まで共にいたいと思うし、出来ることなら腹を割って話したいとすら思っている。

 それが出来るのはおそらく神々を打倒した後になるのだろうが……上から目線かもしれないが、それくらい俺は彼に対して期待を抱いている。

 

「……」

 

 そんな彼の目的は、強者との戦闘だ。

 彼は強者との戦闘のために国を飛び出して、傭兵を始め、紆余曲折あって『レーグル』に加入した。

 

「……」

 

 俺は、彼に救われている。

 彼が何か、大したことをした訳じゃない。そしてだからこそ、俺は救われている。その存在に救われている。

 なんだかんだで、元々ただの大学生の俺にとって敬われるというのは窮屈なのだ。ステラやエミリーもそうだが、ある程度気楽に接してくれる人物というのは得難い。

 

 とはいえジルの仮面の問題もあって、全ての人間が気安く接してきても困る。侮られるのは当然許されることではないし、ジルの仮面の問題を考えたらそういう輩は粛清しなければならなくなるからだ。

 一定以上の価値を俺に示して初めて、そういう許可を与えるという建前は最低限必要で──ややこしくなってきたな。

 

「……」

 

 ヘクター。

 お前の望みは強者との戦闘だ。そして、俺は是非ともお前には神々に対抗する力をつけてほしい。

 

 俺達の思惑は、一致している。

 

「アンタが、俺の相手か?」

「ええ」

 

 眼下でヘクターと老執事が向き合い、言葉を交わしている。普通なら聞き取れないんだろうが、この肉体のスペックなら普通に聞こえる声。

 穏やかな老人だ。

 普通に考えて、彼が強いだなんて誰も思わない。事実、観客達は困惑している様子だった。

 

 ──だが、一部の者達は食い入るように闘技場に視線を送っている。

 

 そして、それは俺も同じだった。

 表面上は退屈そうに頬杖をついているが、しかし神経を集中させて視線を送っている。

 

 ヘクター。お前は世界有数の強者だ。だがそれ故に、お前の経験値となれる存在は限られてくる。

 突出した個。すなわち大陸最強の連中やジル、熾天といった連中は始めから強いのだ。

 

 けどヘクター。お前はそうじゃない。始めから強いわけではない。だからお前に最も大事なのは、同格との戦闘という経験値を積み重ねていくこと。

 

 故に、俺は今回の舞台を組み上げた。

 

(さあ)

 

 老人の放つ空気が一変し、それを察知したヘクターが僅かに右にズレる。

 

 ───刹那、老人の足が放たれた。

 

 それは衝撃波と化して大地を割り、突き進んだ衝撃波が闘技場の壁を粉砕する。しかしそれでも衝撃波は止まらない。闘技場の先の光景まで、蹂躙していく。

 後に残るのは、破壊尽くされた闘技場の一角。衝撃波が駆け抜けた大地は完全に削り取られていて、底の見えない崖のよう。

 

(見させてもらおうか。ヘクター。お前の成長を)

 

 老執事。

 彼こそが先先代の『龍帝』にして──竜使族としての落ちこぼれ。竜使族でありながら竜を従える能力を有していなかった彼は、完全に竜使族としては落第だ。

 

 だがそれ故に、彼は歴代『龍帝』でも個体としては最強だ。「能力で従えられないのなら、物理的に竜を恐怖で従える」という脳筋すぎる発想を叩き出し、実際にそれを成し遂げた傑物である。

 

 その身体は衰えており、全盛期には及ばないが──一時代最強の名は伊達ではない。

 今代の大陸最強連中は歴代でも最強クラスらしいが、それでも一時代において大陸最強の名を冠していた男。全盛期には及ばないとはいえ『加護』を使用したヘクターであっても、勝てるかは分からない相手だ。

 

「……おもしれえ」

 

 しかしそんな存在を前にして、ヘクターは楽しそうに身を震わせる。

 その顔に浮かぶのは、雰囲気を一変させた老人に負けず劣らずな凄絶な笑顔。互いの闘気がぶつかり合い、凄まじい熱波が闘技場を覆い尽くしていく。

 

「こい、小童ッッッ!!」

「往かせてもらうぞ! 俺の本気でなあ!!」

 

 直後、二人の怪物が激突した。

 




老執事はゲームとかだと普通のルートなら優しいおじいさんって感じだけで終わるけど、二周目以降でフラグ回収してルート入ったら「やべえ」ってのが分かる感じのキャラ。

団長は寝てる間に腕が三本になったりしてるけどヘーキヘーキ。

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