気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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エピローグ それぞれの始まり

「はは……」

 

 血の塊を口から吐き出しながら、エーヴィヒは笑う。声は掠れているが、しかしその声音は愉快そうだった。

 負け惜しみでもなんでもなく、彼はこの状況を楽しんでいる。

 

「やはり、通じんか。だがその力の扱い方がぞんざいなおかげで、見えたものはある……」

 

 瓦礫の山だった。

 

「成る程、成る程な……」

 

 地面が陥没しているだとか、壁に亀裂が走っているだとか、もはやそういう次元ではない。文字通り、この小さな空間は破壊され尽くしたのだ。絨毯爆撃でも起きたかのような世界は、二人の超越者による激突の戦闘痕。

 地下空間だった場所に広がる光景は、この場で凄絶な戦闘があったことを悠然と物語っている。

 そんな中。

 

「く、ははは……」

 

 関節のあちこちがねじ曲がった状態で、エーヴィヒは肢体を投げ出した状態で天を見上げていた。

 まさしく五体投地といった状況にも関わらず、しかし彼は笑っていたのだ。長年探していた宝物を見つけた時のように、瞳をギラギラと輝かせながら。

 

「そういう、ことか。その力……太古の時代、神々が現世にいた頃のものだろう……?」

「……」

「……しかし、となると神々は実在していたのか……くく、はは。傑作だな。()()()を孕んだ世界を創造した神々とやらの力は、それを見越していたかのように俺様には相性がいいか……。いや、むしろ逆か? しかし……くく、見えてきた。見えてきたぞ……つまり俺様の至るべき極致とは──」

「思っていたよりも、洞察力が高いらしい。だが、ここで終わらせればなんの問題もない。やれ、人類最強」

「承知した」

 

 人類最強が拳を握り潰す。

 次の瞬間、エーヴィヒの体は文字通り潰された。勢いよく血と肉の塊が弾け飛び、周囲を赤く濡らす。後に残るのは、文字通りエーヴィヒだったものだけ。

 それを見ても、人類最強の表情に変化はない。掃除とばかりに足元の残骸を蹴りのけて、彼は男の方へと顔を向けた。

 

「『──力』の調子はどうだ? なにより、()は問題ないか?」

「問題ない。全て正常に作動している。また器に関しても壊れる気配は微塵もなく、むしろ調子がいい」

「そうか。ならば一先ず、実験の第一段階は成功といったところか。……先程の奴はどうだった? 先の女と違い、それなりの肩慣らしにはなったか? お前レベルの領域となると、俺なんかではとてつもなく凄まじいことしか分からないのだ」

「強かった。『──力』を扱えない時の自分では、おそらく勝てない」

 

 そういった青年に、男は僅かに目を見開いた。

 元より目の前の青年は『人類最強』と呼ばれる存在である。その二つ名は決して軽くなく、文字通り青年は人類最強なのだ。世間的には同格と目される『氷の魔女』や『龍帝』、『騎士団長』が相手でも一対一であれば難なく勝利を得れるであろうほどに、目の前の青年は元々突出している。

 

 その青年が「勝てない」と称する。その言葉を、男は決して軽く受け止めない。神妙な表情を浮かべながら、男は口を開いた。

 

「それほどの傑物だったか」

「器がある以上ある程度相性は良いだろうが、『──力』がないと決定打に欠ける。紅髪の青年は本人そのものの強さ以上に、あの特異な能力が厄介だ。『──力』がない状態であれば絶対に負けるという話ではないが、勝利は難しいだろう」

「……先の女も有していた不死身の肉体か。確かに、正攻法でアレを突破するのは不可能に近い」

「そうだ。だが、『──力』には極端に弱い。これを扱える自分がいる以上、悲観する必要はない。なにより、すでに下した敵だ。もはやこの世界に存在しない相手である以上、脅威は去ったと見るべきだろう」

「格が違うとはいえ先の女のような類似する存在がいた以上、警戒は解けんがな。……しかしこうなると、あの計画を早めるべきか」

 

 ◆◆◆

 

「移民達の状況はどうだ?」

「滞りなく進んでるぜ。俺にはよく分からねえが『ここでなら自分達も生きることが出来そうです』てな具合で老人達を筆頭に喜んでたぞ」

「……その発言の前に、その老人達とやらは何を見ていた?」

「神殿の中だったな。例の信仰の儀の時間だから、ボスのいう通りよその国の人間は訪問をやめといた方がいいぜって言ったんだが……」

 

 キーランにより伝道された半裸の信仰。

 それの隔離政策に成功した俺達の精神は日々日々安寧をもたらされていき、その結果様々な意味で心にゆとりが生まれた。

 

「なんでむしろ嬉しそうな顔してたんだろうな。俺には分かんねえけど……その表情だと、ボスは分かったのか?」

「なに、単純な話だ。虐げられてきた少数派の拠り所とは、少数派が受け入れられる環境だけということ」

「……?」

「しかし牙の抜けた獣ほど無意味なものもない。少しばかり、矯正が必要ではあるな。帝国は稀少な"力"を持った民族もいる。遊ばせておく手はない……まあ、貴様にはあまり関係のない話だヘクター。価値観とは人それぞれであるがゆえに、な」

 

 信仰対象が俺である以上、神託のような感じで適当なことを言ってしまえば室内で信仰の儀をさせること自体はそう難しくないのだ。キーランの布教やこれまでの俺の行動や今後の活動などの諸問題と矛盾が生じないようするための微調整が必要なのと、信仰の儀以上に優先事項が多かったから後回しになっただけであって。

 

(俺だけなら普通に我慢できなくもないが、ヘクター達がな……)

 

 俺一番の忠臣であるヘクターのストレス管理は、俺の中で非常に高い優先順位を誇る。流石に神々の打倒という最優先事項の前では劣るが、それでもなるべく要望は聞き入れてやりたいのが本音だ。

 

(老執事との再戦の約束も結んだしな。シリルが言うには老執事が「全盛期以上に仕上げる」とか言い出してるらしいが)

 

 ヘクターにライバル的存在が生まれたのはありがたい話だ。互いに高め合って強くなってくれるだろうし、何より友好的な強者の存在というのは心強い。

 情に訴えて老執事を配下に加えることができるかもしれないし、そうなれば芋づる方式で『龍帝』をも真の意味で支配できるかもしれない。

 

 ようは、アニメとかでよくある闇落ちフラグである。まあ俺は別に世界にとっての巨悪だとかになるつもりはないので、闇落ちというのかは微妙なラインだが。

 

(流石に全ての神々を相手にして勝てる領域まで強くなれるとは思えん。世界中の強者を集めて、神々を迎え撃つ形を取らねばな)

 

 原作において降臨していたのはオーディン、ロキ、トール、テュール、バルドル、ヴァルキュリア、ヘル、フレイヤ、そしてフリッグだったか。このいずれもが最低でもグレイシーと同等の力を有しているとか、何度考えても意味が分からない。

 

 本当に、第三部のインフレ具合はバカげている。

 いや一応上限自体は邪神と然程変わるものでもないだろうし、そういう意味ではそこまでインフレしていないのかもしれないが。

 

(入念に準備しておかねば)

 

 幸いにして、天界から現世を直接見る手段がないことはアニメにおけるオーディンの「ふむ……随分と、現世は脆くなったと見える。余があった頃とは大違いだ。まさかこれほど変わり果てたとは。せめて監視の目を置ければ良かったのだがな。ある程度予測はしていたがここまでとは……」というセリフから把握している。

 

 つまり、ある程度の不意打ちは効くはず。

 

(いずれにせよ、俺一人だけが強くなったところで意味がない。天下統一と強者の選抜、ならびに忠誠を誓わせて『加護』を付与することも重要だ)

 

 クロエ辺りに『加護』を付与すれば、それだけでもしかすると準熾天クラスに至るかもしれない。クロエとはステラを通しての文通なんかで友好関係を保てているので、頼めば協力してくれるだろう。

 

「……さて」

 

 とりあえず、才能のある存在が現時点でこの国にいるかどうか見てみるか。

 原作キャラでなくとも、才能があるなら利用価値は十分だ。純粋で無知な人間は染め上げやすいから、純粋で無知な人間だと大助かりだが……。

 

「行くぞヘクター。移民達を、この目で直接見定めるとしよう」

「見定める?」

「私の配下に相応しい者がいるかどうかを見定める。平たく言えば選別だな。使えるものは使う……当然の理屈であろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なおこの結果「身分なんて関係なく重用してくれるのか」みたいな勘違いが発生して信仰心が跳ね上がるのだが、いやそれシリルも似たようなもんだったろ『龍帝』というだけで毛嫌いしすぎじゃね? と思った俺は間違っているだろうか。

 言葉の価値は『何』を言うかではなく『誰』が言うかで決定されるみたいな格言を聞いたことはあるが、実物を目の当たりにするとその言葉の意味がよく理解できる。

 

(思考停止で従うだけの人間は雑兵としてならこの上なく使えるが……逆に言えば雑兵以上の価値はない。使えそうな人間がいた場合、教育が必要だな。まあそれで俺の意に反する行動だけをとられても困るから、加減が難しいが)

 

 先入観の恐ろしさを改めて感じた瞬間であり──同時に、これは使えると思った瞬間でもあった。

 

(しかし、なるほどな……)

 

 跪く移民達を睥睨(へいげい)しながら、俺は内心で冷徹な笑みを浮かべる。

 彼らにとって、俺の言葉はまさしく正義の言葉。少数派の価値観を歪めることなく受け入れ、尊重するその姿はまさしく理想の(好都合な)王なのだろう。

 

 であれば彼らの根幹に根ざすものを否定さえしなければ、彼らは俺の言葉に妄信的に従う。

 実に、実に都合がいい。

 この世界は前世と同じく、個ではなく群で成り立っている。そしてそうである以上、世論の価値は非常に大きく、ならば──

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「ねえローラン知ってる? 帝国が御前試合で負けたんだって」

「帝国だけじゃ分からん。大陸にどれだけ帝国を名乗る国があると思ってるんだ……で、どこの帝国だ? レイラ」

 

 草原で寝転がっていた黒髪の少年──ローランドに、刀を研ぎながら青髪の少女──レイラが問いかける。

 それに対してローランドはぞんざいな返事をするも、しかし会話を続ける気はあるのかレイラの方へと顔を向けた。ローランドが自分に意識を向けてくれることが嬉しいのか、レイラの顔が僅かにほころぶ。

 

「ドラコ帝国」

「大国じゃねえか。どこの大国とぶつかったんだ?」

「それがね、小国なんだって」

「……嘘だろ?」

 

 唖然、とした様子のローランドに対してレイラは「本当だよ」と軽い調子で答えた。

 

「いやだって、大国だぞ? 俺達の国だって、聖女の予言がなけりゃ過去に呑み込まれてたかもしれないようなバケモノ国家の一つじゃねえか。小国じゃどうしようもないだろ」

「普通ならね」

「なら」

「世界の終末」

 

 続けて放たれたレイラの言葉に、開こうとしていたローランドの口が閉ざされる。

 そんなローランドを横目に眺めながら、レイラはゆっくりと刀を掲げた。刃に太陽の光が反射し、その目は僅かに細まる。

 

「世界の終末なんて引き起こせるのはさ、間違いなくとんでもない奴だよ。しかも、国の危機を幾度も救ったとされる『聖女の予言』があやふやなんだよ? それこそ、神様なんて存在が終末を引き起こすのかもしれない。少なくとも、人間の営みを超えた『何か』によるものだろうね」

「……」

「そして小国でありながら大国に勝利する。これ、結構とんでもない事じゃない?」

「……つまり?」

「世界の終末の原因。今言った小国かもよ、どうする? ローラン」

「そんなの、行くしかないだろう」

 

 ガシガシ、と頭をかきながらローランドは立ち上がる。横に置いていた細長い物体を腰に刺して、彼は軽く背を伸ばした。

 

「世界の行く末なんてのに興味はねえけど、その結果俺達の日常が壊されるんなら話は別だ」

 

 ローランドにとって『世界の終末』とやらは極端な話どうでもいい。仮に百年後二百年後の話であれば、彼は動かなかっただろう。

 だがしかし、その『世界の終末』とやらは三年以内には起きるという。そうなると話は別だ。他人事では済まされない。

 

 彼は決して英雄ではない。

 自分達が死にたくないから行動をする。自分達の『小さな世界』を守りたい。ただそれだけの、どこにでもいる普通の一般人。

 

 予言などというものがなければ、ローランドはレイラに巻き込まれながら賞金首を狩ったりして故郷でのんびりと過ごしていただろう。それくらいに、彼は普通の人間だ。

 

「決まりだね」

「つまりようやく、我輩の力が使われるのだな」

「使わねえよ。どんだけ使って欲しいんだよ」

「我輩の力は強力だぞ。本当だぞ。神代の力だぞ。ローランお前アレだぞ。大陸最強とか言われている連中程度、我輩の前には無力だぞ」

「貫禄がないから本当かどうかよく分かんねえんだよな。てか、お前が俺のことをローランって呼ぶなよ馴れ馴れしい」

「ソルさんは諦めて、鍋敷きとして生きていく方がいいですよ。よし、行こうかローラン」

「これ鍋敷きに使うには面積小さすぎるだろ。あと熱が伝わってすぐ熱くなりそう。ソルフィルはさ、もうちょっと大きくならねえの? せめて鍋敷きに使えるようになろうぜ」

「我輩の扱い……」

 

 なんでもない風に会話を交わしながら足を動かした二人の男女。

 その二人組を、ジルが見ていたら内心で苦い表情を浮かべながらこう言っていただろう──「原作主人公……」と。


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