気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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原作主人公I

 一国の王相手に、いきなり他国の一般人から面会希望の話が舞い込んでくる。それは普通に考えて、あり得ない話だ。常識的に考えて、そんな話は王の耳にまでは届かない。届いたとしても「そんなことあったんすよ」程度の事後報告で済む話。それなりの地位名誉を持つ人間ならともかく、一般人ではほぼほぼあり得ない。

 

 特に俺──というよりジルの場合は尚更のこと。なにせ、以前のジルは国民に顔すら見せたことがなかったのだから。過去のジルは国の重鎮達をまとめて裏で皆殺しにすることで実権を握り、国民達にそれを知られないよう暗躍を開始。

 

 どうやって姿を見せずに統治を成功させたのかは語られていないが、ジルのスペックと発展途上の小国という特性が噛み合った結果上手いこと回ったのだろう。流石に大国であれば、ジルとて姿を見せずに統治なんて不可能だろうし。発展途上だとむしろ姿を見せないと統治が成功しない気もするが、現実問題として成立していたのだからなんとも言えない。

 

 兎にも角にもそうやって長い年月──それこそおそらく百年以上の時──をかけて国民達に対して『ここはこういう国である』という洗脳教育まがいなことを行い、ジルにとって都合のいい小さな箱庭を作り上げたわけだ。

 

 話を戻すが、普通は一国の王と他国の一般人が面会なんてあり得ない。

 故に原作主人公とのエンカウントなど、俺が城に引きこもり続ければあり得ない。あり得ないのだが──それがあり得てしまう要因が重なった結果、俺は内心で舌を打つ事態に発展してしまったのである。

 

(……タイミングが悪かったな)

 

 この国は現在亡命者達の受け入れ態勢を行っていて、それ故に普段以上に俺への情報伝達の風通しが良くなっている。普段なら門前払いをくらうような言伝であろうと、この期間であればある程度俺の元に舞い込んでくるような仕組みになっているのだ。

 

 とはいえそれにしたって、亡命者でもない観光客の伝言程度であれば大抵はスルーされるものだが──主人公達に伝言を任されたのがステラだったというのが重要だ。

 

 ステラは新人である。

 そして新人である以上、基本的に何かあったら報告してこいと俺は伝えている。今回でいうと「ジル少年に会いたがっている人がいる。門前払いして良いのか分からないから門前払いするのはやめて指示を仰ごう」という形になったわけだ。

 

(さて)

 

 面会希望をされた以上仕方がない。知らぬが仏で知らぬ存ぜぬを貫くのは、実質的に不可能になったわけだ。

 俺に与えられた選択肢は、首肯か拒絶の二択のみ。

 そして拒絶するのは難しい話じゃない。王は忙しいから不可能とかなんとか言ってもらえば、俺は原作主人公達との接触を避けられる。どうとでもなるのだ。

 

 だが、

 

(……否定するのは悪手か?)

 

 だがここで、原作主人公達との面会を拒絶するのはどうなのだろう。原作主人公達は極端な話、城の外を歩いている俺に対して話しかけることだって不可能じゃない。

 原作主人公達の寿命が終わるまで城の中に引きこもるという選択肢は実質的に不可能であり、である以上確実に俺は原作主人公達とどこかで接触する。

 

 彼らの中でどんなロジックが働いて俺に突撃するという結論が出たのかは不明だが、現実問題として俺に面会を希望するという行動をとっているのだ。となれば今回拒絶したところで、俺に対して再度コンタクトを取ろうとしてくるのは必然。彼らの面会希望を拒絶するのは、問題を先延ばしにするだけだ。根本的解決には決して至らない。

 

 締め切りの期限が一週間後にまで迫った提出必須の課題に手をつけることを先送りにしたところで、どんなに頑張っても前日には手をつける必要があるのと同様。課題を未提出という選択肢をとれるならともかく、それが不可能ならば何も解決しないのだ。

 

(これだから主人公属性を持っている連中は……)

 

 いきなり王様に面会しようだなんて発想が出る時点で、もはや根本からして格が違う存在なのだと思い知らされる。行動力がおかしいし、勘の鋭さもズバ抜けているとしか言いようがない。もしも逆の立場だったら、俺だと萎縮する自信しかない。

 

(そして考えてやったわけじゃないだろうが、ここで接触してくるのは俺に対して急所を突いてきたに等しい)

 

 何故なら俺に対して間接的とはいえ接触してきた時点で、もはや俺の取れる行動は限られてくるからだ。

 

 面会を拒絶した結果「え? 拒絶? なんか怪しくない?」みたいな感じの邪推をされたら非常に困る。人間とは悲しいことに結論ありきで行動することの多い生き物であり、怪しい人間が怪しくない行動をしても怪しく感じられるようにできているのだ。

 不審そうな人間は、ごく普通の日常生活を送っていても不審者扱いされてしまう。

 現在の俺は絶賛怪しまれている最中であり、それをある程度前提に行動するしかない。

 

 加えて完全に清廉潔白ならともかく過去のジルは実際やらかしているし、俺は原作における未来のジルのやらかしも知っている。清廉潔白ではないので、完全否定は不可能。心当たりが存在してしまう時点で全て終わりだ。MUST DIEとはこのことか。

 

 それに今回拒絶した結果突然のエンカウントで心臓麻痺なんて事態が発生するより、覚悟を決めて受け入れておいた方が無難。原作主人公達への対応策は幾つかのパターンを既に組んであるのだし、必要以上に恐れる必要はない。俺はやれる。

 

(よし、決めたぞ覚悟)

 

 ここで逃げを選択する程度の存在なら、神々なんてどうしようもない。俺の目標は神々の打倒だろうが。原作主人公相手にジルは敗北していない以上、恐れる必要はないはずだ。原作主人公なんて精々完全体ジル相手に持ち堪えたり、邪神をぶっ飛ばしたり、仲間を庇いながら神々から逃げ果たしたくらいの実績しかない。とても強いな。

 

(……ふん、万が一ここで死ぬにしても遅いか早いかの違いだ。ならばとっとと死のう。死んでどうする)

 

 この時点の主人公はジルより弱い。完全体ジルならなおさらのこと。過剰に怯えてどうする。恐怖は必要な感情だが、しかし過剰な恐怖は視野を狭くすることを忘れるな。

 

(俺はジル。第一部最強のラスボス、ジルなんだ。傲岸不遜にて、自身に絶対の自信を持つ男。そしてその自信を裏付けるだけの実績と力、それに才能がある。更には原作ジルの肉体にはなかった『天の術式』の存在。主人公達の『覚醒』は理不尽極まりないが、最悪の場合覚醒する前に消せば問題ない)

 

 まあ『世界の終末』回避のために行動している主人公達を消すのは体裁的な意味で問題しかない気がするので、本当の本当の最終手段だが。

 

「その者達の要件がくだらなければ謁見は即座に取りやめるが……この国が完全な部外者から見てどう映るのかなど、私としても興味深い部分はある。特例として、謁見を希望している旅人とやらの話を聞いてやろうではないか」

「分かった。じゃあ案内するね。玉座の間でいいかな?」

「構わん。私も向かうとしよう」

 

 なお始めの「謁見希望者が来ているよ」という報告からここまでの時間、約十秒。長々と熟考してから返事をしていては、侮られる可能性があるからだ。

 返事の前に紅茶を飲むというワンアクションを置けば、十秒程度の時間は稼げるというもの。これは違和感を抱かせないために必要な気配りというものだ。目上の人間も辛い。

 

「……ふん」

 

 さて、連中と会う前に軽く下準備をするとしよう。少なくとも連中の問いかけに対して考える時間を稼ぐために、紅茶は必須。

 他にもそうだな「すまない。急遽案件が入った」とかいう最強の回避術のための仕込みをしておこう。具体的には、任意のタイミングで俺を頼る必要がある小規模な事故が起きるような仕込みだ。俺にとってはどうとでもなる小規模の事故というのがポイントである。

 

 それと香水でもかけておこう。相手がリラックスしてなんかこう、いい感じにどうにかなるかもしれない。多分。きっと。

 あと書類も少し持っていくか、執務作業があるのに他国の人間の話を聞く時間を捻出してくれている良い人ムーブができる気がする。

 

 それと連中の懐柔工作のためにケーキを持っていこう。甘いものを食べていれば多少は連中の判断も甘く──いや待て、糖分は思考力を向上させてしまう。連中が賢くなるかもしれないなんて言語道断。却下だ。となるとむしろ思考力を低下させる食べ物を提供するか? ふっ、まさかここにきて現代知識チートを活用する時が来るとはな。

 

 ◆◆◆

 

 玉座の間の扉が開く。

 ステラを先頭にして入ってきた少年少女の二人組。彼らは部屋に入る前に一礼をしてから、俺の眼下に入り込む。

 

(彼らがアニメで『龍帝』と対面した時の描写から分かってはいたが、やはり最低限の礼儀作法はこなしてくるか)

 

 まあ実際、聖女から予言を託される程度の地位はある連中である。どこにでいる一般人(どこにでもいるとは言っていない)みたいな感じの一般人詐称歴十数年の大ベテランといっても過言ではない。

 俺のように一般人(一般人)の気持ちを少しは理解し、一般人らしく振る舞って欲しいものだ。

 

「──貴様らが不遜にも、この私に拝謁する権利を求めた者達か」

 

 俺の場合一般人らしく振る舞う=死なので、決してそれを悟らせるわけにはいかないのだが。

 まあそんなことはどうでもいい。大事なのは、どうやって原作主人公達の相手をするかである。

 

「本来であれば王である私が、突然訪ねてきた他国の平民のために時間を割くなどあり得んが……」

 

 まず第一に、立場というものを理解させなければならない。即ち俺が上位存在であり、お前達は俺に平伏する側の存在であるのだと。

 侮られるわけにはいかない。傲岸不遜に、絶対的な王として君臨してやる。

 

「その度胸は一周回って愉快だ。貴様らに価値がないと見なせば此度の謁見は即座に打ち切るが、そうでないならば歓迎しよう」

 

 そう言って、俺は彼らを威圧した。俺の威圧を真正面から受けた二人は一瞬だけ顔を強張らせたが、しかしそれだけ。平然とした様子で再度頭を下げて、俺と視線を交錯させてきた。

 

(本気ではないとはいえ、ジルの威圧を受けてこの程度の影響力か……流石に肝が座っているな)

 

 本当は神威を放ちたかったが原作主人公、もといローランドが持っているあの黒い物体が気がかりなのでやめておく。

 

 ソルフィア。通称、ソル。

 

 基本的な性能は『光の矢』を文字通り光速で放つ必中の弓。あの黒い物体を中心に弓が完成し、自動的に『光の矢』が装填される仕組みである。回避方法はローランドの動きから事前に軌道を予測して、矢が放たれる前に回避することくらいだ。

 

 そして作中唯一の『言葉を話す武器』でもある。神の秘宝と呼ばれる武器には意思がある云々言われているが、明確に意思があると分かるのはローランドの持つソルフィアのみ。

 

 ジルの権能をも突破するあの矢は、普通にこの身に届く要警戒対象であり──前世において「ソルって呼ばれてるしなんか言葉話せるし、神代の力とか言ってるし、あれ太陽神ソールじゃね?」という大変素敵な考察が存在していた俺にとっての厄ネタである。

 

(神々なあ……)

 

 だが実際、人間と敵対する神々がいる以上、人間の味方になる神々だっていてもおかしくはない。神々の肉体では留まれないが故に、自分の意思や力を別の物体に封印することで現世に留まり続けるというのは、理論上あり得るのだから。

 

(ただその割に、オーディン達はソルフィアに反応していなかったんだよな……。ローランドには「お前なんやねん」みたいな反応をしていたが……)

 

 少しばかり不思議に思った俺は、ローランドの腰に装着されている『ソルフィア』に周囲に気付かれないよう視線を送る。

 

(ふむ……見た目はしょぼそうなんだがな)

 

 ならばと奥深くまで探る。感知されないレベルで極小に、天の術式を起動して解析を───

 

 ──、────。

 

 ──。

 

 ────────。

 

 

  ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 心臓を鷲掴みにされたような感覚に、思わず背筋が凍りついた。

 

(……ッ、ぐ。表情筋を全力で動かせ! 俺の精神の変化を悟らせるな)

 

 平静を装いながらソルフィアから視線を外し、俺は内心で顔をしかめる。

 グレイシー以外で初めて、本気で死を覚悟した。そして何より、グレイシー以上に恐怖を抱いた。生命としての根源的な恐怖。アレは、アレはなんだ? 神々──違う。そんなものではない。

 

(……第三部の終盤で明かされる要素か何かか。ローランドの特殊能力にも関係しているかもしれんな。メタ視点になるがローランドが神々と訣別することを考えると……神々に対する特攻のようなものを有している可能性が高く、それ故に俺に対しても天敵として機能するわけか)

 

 とにかくアレと、アレと現時点で敵対するのはダメだ。それだけは避けなければ。

 今も内心の震えが止まらない。

 だがしかし、決してこれを表に出すな。あくまでも俺が上だと振る舞え。そして向こうにも、俺の方が上位だと錯覚させろ。

 

 敗北さえしなければ、俺の勝利だ。ソフィアやグレイシーと相対した時を思い出せ。

 俺の勝利条件は、なにも主人公達を消すことじゃない。それを忘れるな。

 

 大局を、見失うな。

 

(とりあえずソルフィアは無視だ。ローランドの特殊能力も俺的には厄介だが、ソルフィアと比較すれば大したことはない)

 

 かといって、ソルフィアに全く触れないのも無知を晒すのに等しいということになりかねない。

 物語の今後を考えれば、あれは確実にキーパーソンとなる。そして俺は神として振舞っていて、この世界の全てを把握していると周囲に錯覚させると美味しい。となれば──

 

「……くくく。随分と面白いものを飼っているな、小僧。どうやら私を興じさせるだけのものはあるらしい。時間を割く価値はあったようだな。その力、神代のものか」

「っ!」

『我輩を知るか。そして、神代についても把握していると。更にはその圧力……フム。ローラン、例の件と関係あるかは分からんが……この男、かなりできるぞ』

「うわっ、喋った。オウサマこれ分かってたの?」

「……ソルフィア」

『無駄だろう。元よりその男は、我輩を察知していた。覚えておけローランド。この手の手合いには、むしろ隠し通そうなどと考えることこそが悪手になる。不敬だなんだの言われてな』

「くく、然り。私の眼は全てを見通す。有象無象の尺度で私を推し量ろうとするなど笑止千万。此度は見逃すが、次はない」

 

 愉快そうに口角を上げ、俺は頬杖をつく。興味深いものを見るかのような色を瞳に宿しながらソルフィア──が装着されていない方のローランドの腰あたりを注視する。ソルフィアを注視し続けていると、心臓に悪そうなので誤魔化すための演出だ。

 

「……」

 

 それにしても、いい感じに俺の特別感を演出できたようだ。レイラの表情が僅かながら揺れたし、ローランドも俺に対する警戒度が上昇している。

 情報は小出しにしてこそうまく働く。全てをペラペラ語るなど、あまりにも安すぎる演出だ。アニメのネタバレを怒涛の勢いでされれば、一周回って冷めるのと似たようなものである。

 

 大物感を出すには、ある程度伏せ札を用意しておくことが肝心。こういう手合いには「どこまで知っている?」と思わせることが大事なのだ。それは俺に対する警戒心として働き、得体の知れない存在への警戒心が生まれれば「即刻殺そう」という行動には中々移れない。

 攻撃は最大の防御というように、原作知識は攻防一体の武器として機能するのだ。

 

 さて。

 

「では尋ねようか。貴様らがこの私を拝謁する栄誉を欲した理由をな」

 

 始めるとしよう。

 俺の命を賭けた、一世一代の演劇をな。

 




ちなみにローランドたちが突撃してきた理由は大体全部ソルフィアとかいう厄ネタのせいらしい

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