気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜 作:弥生零
「な、なるほどなるほどー。レイラちゃんは賞金首を狩るのが趣味なんだねー」
「そうなんですよ。無駄な思考とかなしに相手を斬れるのが快感といいますか、とても好きなんですよね。あとお金も手に入りますし」
「そ、そうなんだ」
賞金首を狩るのが趣味ってなんなんだろうか、とステラは思った。
確かに賞金首を狩ることで生計を立てる人間は一定数存在するが、しかしそれを嬉々としてやる人間は早々いない。
何故なら賞金首になる人間は基本的に強く、そしてそれ以上に悪辣な輩が多いからだ。またそもそも賞金首が表立って行動するはずもないので、遭遇率が低いというのもあげられる。端的に言って割に合わないし、正直楽しいのかと言われると殆どの人間は楽しくないと答える。
それこそ、賞金首狩りをするよりは魔獣を討伐する方が安全かつ安定なのだ。小国で冒険者という職業が人気の理由のひとつである。
ちなみに昔は冒険者は冒険をして大陸の開発に貢献していたらしいが、大陸のほとんどを開拓した現代において冒険の仕事なんて舞い込むはずもなく、冒険者とは名ばかりの便利屋だ。
ただ単純に冒険者という職業の名前が巷で普及していたために、名前を変えるメリットがあまりないという理由から冒険者を名乗っているというのが実情。言葉の意味を気にしすぎて名称を変えたところで、依頼が来ないなら意味がない。
なお「確かに大陸は開発し終えて冒険する場所なんてないが──海の向こうを、知りたくはないのか?」みたいに本気で冒険をしたいだけの派閥もごく少数だが存在する。まあそれで海を出た悉くは帰らぬ人となっているので、本当にごく少数だが。
閑話休題。
(楽しそうに話しているなあ。犯罪者を討つぞみたいな正義感とかも皆無だし……結構特殊なんじゃ……)
楽しそうに賞金首狩りエピソードを語るレイラの横顔を眺めながら、ステラは内心で顔をひきつらせる。
間違いなくやばい子であるとステラは確信していた。
(と、とんでもない子がこの世界にはいるんだなあ……でも大丈夫。この国ならそれでも受け入れてもらえるよ……多分)
笑顔を浮かべながら、レイラをやべーやつリストにぶち込むステラであった。
「ま、魔術で凍結させられるのがご趣味なんですか……」
「オウサマの魔術で燃やされるのも割とありかなあ。なんていうか、ボクが好きな魔力を全身で浴びたいの。分かる?」
「な、なるほど……」
「でも、オウサマは『やめておけ』って言うんだよね……」
悲しそうな声音で語るステラに「そりゃそうだろ王様なにも間違ってねえよ」とレイラは内心でこの国の王に同情心を抱く。
(まさか趣味の話で、こんなバイオレンスな趣味が引き出されるなんて思ってもみなかった……)
誰が想像できるだろうか。年頃の少女二人が趣味を語る場で、こんな危険な趣味を語る少女がいるだなんて。人知れず、レイラは戦慄していた。
(自殺願望とは違う。ステラさんは単純に魔術が好きなんだろうけど……方向性がおかしくない?)
魔術が好きというのは健全だと思うが、ここまで突き抜けると健全とは言い難いのではないかとレイラは思う。
先ほどキーランとも語り合っていたが、突き詰めれば彼女の願望は「質のいい魔術で殺されたい」である。
(質のいい魔術で殺したいのではなく、殺されたい。……よ、よく分からない)
分からない。まったくもって分からないとレイラは半ば混乱する。
それにしても小国の魔術師でさえこれだとすると、噂の魔術大国とはどれほどの魔境なのだろうか。レイラの中で、魔術師には極力近づいてはいけない認識が強まった瞬間である。クロエあたりは泣いていい。
(でも楽しそう……王様、苦労なされているんだろうな)
楽しそうに自らの師に顔以外の全身を凍結させられたエピソードを語るステラを見ながら、レイラはこの国の王の器の大きさに畏敬の念を抱く。
よく分からない方向で、ジルへの好感度は順調に増していた。
◆◆◆
キーランによって案内された兵士たちの訓練場を眺めながら、ローランドは戦力の分析を開始する。
(……弱いな)
とてもだがあの王が従える国の兵士には見えない、とローランドは思う。
この事実をジルの中での優先度が低いが故のものと考えるならば──あの王は本気で、世界征服に興味がない。
(こういう部分から事実を追うのは大事だからな)
取り繕うことが難しい部分は確実に存在する。
それは逆にいえば取り繕う部分が容易な部分と取り繕うことが難しい部分で大きなすれ違いがないのであれば、取り繕っていないということ。
ローランドはそういうさりげない部分から、あの王のことを見極めようとしていた。
(あの王を見ている時の感覚はなんなんだろうか……)
己の第六感はアレを討てと叫ぶが、しかし理性はそれを否定している。どちらを優先するかは難しい問題だが、別に好き好んで人を殺したいわけではないのでローランドは後者を選びたい。
──尤も、あくまでも自分とレイラの安全が第一だが。
(さて、仕事をやるか……)
この国の兵士を鍛え上げるのは、ローランドとレイラが担う仕事のひとつだ。
当然ながら、手を抜くつもりは一切ない。本気でこの国への亡命も視野に入れているローランドは、自らの安全確保のために国の兵士をそれなり以上に仕上げるつもりである。
国の戦力の高さとは防衛力の高さであり、ひいては安全確保の要。極端な話、兵士一人一人の練度が大陸最強クラスになれば無敵なのだ。机上の空論だが。
「ということで、やるぞ」
「は、はあ……」
困惑した様子の兵士の前に立ってローランドは軽くそう口にしたが、一向に行動に移さない兵士を見て眉を顰める。
「……どうしたんだ?」
「い、いえその」
「──構わん。やれ。そこの小僧は、武器を持ち鎧をまとったお前よりも強い」
「き、キーラン様。……分かりました!」
言い淀んだ様子の兵士に対し、キーランが静かに宣告する。それを受けた兵士は顔色を一変させ、右手の剣を振りかぶった。
「やあ──ぐぼっ!?」
ヒラリ、とそれを躱すと同時にローランドが左手で掌底を繰り出す。轟音が響くと同時に、鎧を纏っているにも関わらず、兵士はうめき声を零しながら地面に崩れ落ちた。
「……動きに隙が大きい」
「あ、ぐっ」
「力を出したいならともかく、今の動きからして速度で俺を翻弄したかったはず。それならわざわざ声をあげる意味はない。攻撃の瞬間を教えているだけだ。あるいは声自体を陽動に使うといい」
「は、はいっ……」
ゆっくりと立ち上がる兵士を眺めたローランドが「次」と口にする。
呼ばれた兵士は胡乱な表情を浮かべていたが、やがて攻撃態勢に移った。
訓練は、まだまだ始まったばかりだ。
「前提として基礎が足りない。イメージに肉体が追いついていない。お前が誰に憧れてその戦闘スタイルを確立しようとしているのかは分からないが、土台がないなら意味がない。まずは土台を作ってから、イメージを追えばいい」
「飛んで跳ねるという単純な動作にしても、足の筋力が足りなければ衝撃で自傷するだけです。また、体幹が足りなければ体がぐらついて大きな隙になります。まずはそこからですね」
「鎧を過信するな。あっちで教えているレイラを見ろ。鎧を斬っているだろう。鎧があるからどんな攻撃を受けても大丈夫なんて前提は、俺たち相手には捨てろ」
手際よく訓練を行う二人を見て、ステラが感心したように息を漏らす。
「おお、すごいなあ。殺し合いするなら遠距離に徹するしかないかな。近接距離だと、ボクじゃどうしようもない」
「……」
「あーでも『加護』を利用すればどうなんだろう。ていうかこの『加護』なかなか扱いが難しいんだよね。魔力に付与可能だから、空間そのものをボクの魔力で満たせば空間内の時間停止も理論上可能と思ったんだけど……何故か分からないけど上手く機能しないんだよね。弾かれるような感覚が──って、キーランくん?」
ステラの言葉に応じることなく、キーランはゆっくりとローランドの方に向かって歩きだす。慌てて止めようとするがときすでに遅し。
「……」
そして事態に気づいたローランドがキーランの方へと顔を向け、二人の男は向かい合った。
「……」
「……」
互いに無言。
緊張感が周囲に広がり始め、ついには訓練場から一切の音が消える。
それから暫くして、
「面白い技術を使うな、小僧。それに存外、真剣に取り組んでいるらしい。手を抜くようであれば、と思っていたのだがな。少し、予想外だ」
「……」
「ゆえに、だ。──模擬戦を申し込ませてもらおうか」
ローランドの目が細まり、キーランの真意になんとなく気付いたステラがごくりと唾を飲み込む。
かくして、正史において殺し合いを演じる二人の模擬戦の舞台が整うこととなった。