気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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二次創作も書きたい気持ちとそんな時間ねえよという気持ち


来訪せし者

「キーランさんの目的って、そういうことですよね? 少し意外というかなんというか……」

「キーランくん、基本は有能なんだよね……。自分の気持ちの問題は優先事項低いというかなんというか……いやほんと、基本は、基本は有能なんだよ……」

「……? 基本は、というと?」

「あ、いやその……忘れて」

「非常に気になるんですが……あ、狂信的な面がある部分でしょうか?」

「い、いやあ当たらずとも遠からずって感じかなあ。あはは、あははは」

「?」

(言えない……言えないよ……服を脱ぐ癖があること……それだけはアウトだよ……)

 

 ◆◆◆

 

 少し離れた場所に立つ少年を観察する。

 なにを考えているのかよく分からない表情と、身に纏うあまりにも自然体な空気。端的に言って、とても強者には見えない。されど意図して気配を希薄にしているのかと言われるとそういう訳でもなく、不気味と表現するほかない存在だった。

 

(世界を探せば似たような者がいるのかもしれないが……オレが殺してきた人間に、このような者はいなかった)

 

 これまで対峙したことのない手合い。掴み所は薄く、されど先ほどの訓練で見せた動きもそうだが間違いなく大陸有数の強者クラス。

 

 つまり、この身とほぼ同等の領域に立つだけの実力。

 

(ヘクターであれば歓喜しそうなものだが)

 

 無手の使い手でなおかつ強者ともなれば、間違いなくヘクターは食指が動くだろう。

 もしもこの場にいれば、嬉々として模擬戦を挑んだに違いない。そして本格的に敵対すれば、間違いなく殺し合いを望む。それは紛れもなくヘクターにとっての本望。

 

 だが。

 

(だが仮に敵対したとしても、この小僧とヘクターを戦わせるわけにはいかんな)

 

 キーランの見立てでは、おそらくあの少年とヘクターがぶつかれば少年の方に天秤は傾く。

 ヘクターの強みは剣撃すら弾く肉体強度の高さにあるが、あの少年の一撃に肉体の強度そのものはおそらく関係ない。老執事の蹴りから放たれる山をも貫く衝撃を耐えるヘクターであるが、おそらくあの少年の一撃は耐えきれない。

 

 単純に戦闘力を数値化すれば二人の間に差はないが、端的にいって相性が悪い。なんだかんだで殴り合いを好む傾向にあるヘクターが相手をするのは、あまりよろしくない。

 

(オレならば相性がいいかと言われるとそうでもないが──念には念をだ。この模擬戦の目的自体は別にあるが……副賞をもらうとしよう。お前の戦闘データを、この場である程度取得する)

 

 刃のない短刀を手元で弄びながら、そうキーランは思考を締めくくった。

 模擬戦の目的自体は彼らに利するものだが、しかしそれと同時に自分たちの利も確保する。彼らが表の意図だけではなく裏の意図も読めたところで、しかしどうしようもない選択肢を叩きつける。

 裏の世界は騙し合いの世界でもあるがゆえに、自然と身についたやり口。

 

(全ては……)

 

 キーランは、単純な実力であれば『熾天』に遠く及ばない。全力を賭して抗ったところで、彼らに敵う道理は一切存在しない。それは紛れもない事実だ。『熾天』最速を誇るソフィアの槍の一撃など、目視することすら不可能。

 

 だが交渉や駆け引きのような部分に関しては、彼は『熾天』をも上回る。

 適材適所。

 ジルのそういった方面のサポートが可能なのは、キーランくらいのものだろう。頭脳担当としてはセオドアも優秀だが、彼は研究方面に特化しすぎているし、なにより本人が「そそられないね」と拒絶する。

 

 閑話休題。

 

(全てはジル様のために)

 

 内心で主への祈りを捧げ、キーランはローランドと相対した。自らと同等の領域に立つ、強者の存在と。

 キーランの灰色の瞳と、ローランドの茶色の瞳が交錯する。歴戦の殺し屋から向けられる、様々なものを込められた視線。常人であれば、それだけで身を竦ませることだろう。

 

「模擬戦の……」

 

 だがやはり、ローランドは自然体。

 涼風のようにキーランの視線を受け流し、なんでもなさげに彼は口を開いていた。

 

「模擬戦のルールはどうする。殺し合いをするわけじゃないんだろ」

「組手と似たようなものでいいだろう。どちらかが相手に確実に一撃を入れる寸前にまでもっていく、あるいは一撃を当てた時点で終了だ」

「当てていいのか」

「当たるならば」

「防御はどうなんだ」

「周囲の目から見て明らかに防御として成立しているならば。いや、確かにややこしいか……。そうだな、胴体に一撃を当てたものにしよう」

「一撃はなんでもありなのか」

「致命傷とならない一撃ならば。……オレは短刀を使うが、見ての通り刃はない。オレたちからすれば、玩具に等しいだろう?」

「そうだな」

 

 互いに淡々と、静かに言葉を交わす。

 視線は微動だにせず、互いにこれといった攻撃態勢に入るわけでもない。

 

 ──しかし、濃密度な殺気だけは渦巻いていた。

 

「では、三秒後に始めるか」

「ああ」

「三」

「二」

「一」

 

 ──零。

 

 直後、キーランが短刀を直線上に放った。一切の予備動作なく飛び出た投擲は、遠くから眺めていたレイラの眼を思わず見開かせるほどのもの。

 兵士たちから見れば、突然短刀が宙を舞ったようにしか映らないだろう。

 

「とった!?」

「いえ」

 

 音を抜き去りし一撃。

 

「……ローランドは、あれではとれません」

 

 余人が相手であれば必殺としか思えないそれ。しかしそれは、ローランドの放った掌底により打ち砕かれた。

 

 パラパラ、と砕けた短刀の残骸が音を立てながら地面に落ちる。

 

「短刀をそう使うんだな。なんでも直接斬りにいくレイラを見ていると、そういう扱い方もあるという発想が抜け落ちる」

 

 爆音が響く。

 それがローランドの足の踏み込みによるものだとキーランが気付いたのは、彼が眼の前に現れた瞬間だった。

 

(速──いや、違う。オレの目にはそう見えるように体の動きをコントロールして……)

 

 拳を回避すると同時に、キーランが横に飛ぶ。

 一方で視線をそちらに向けると同時に、上から降り注ぐ短刀を躱すべくローランドが後方に下がった。

 

「いつの間に取り出したのか分からないな。単純な速度ではなさそうだ」

 

 拳を構えたローランドの震脚が大地を揺らす。相手の体勢を崩す一撃は、しかしその衝撃を利用して加速するという離れ業を披露したキーランの絶技によって目論見が外れた。

 一瞬で距離を詰めてきたキーランを見て、僅かながらローランドが眼を丸くする。

 

「そうくるか。ていうか、震脚を読んで──」

「──当然だ。この国は、ジル様の所有物。大地であろうと、それは変わらない。ならば大地が震撼する予兆はもちろんのこと、どのように揺れるのかもオレには手に取るように分かる」

「すまん意味がわからない」

 

 震脚を逆に利用した手際に舌を巻いたローランドの拳が、懐から抜き放たれた短刀を砕く。されどその拳はキーランの胴体には届かず、続けざまに放たれたキーランの蹴りと衝突───したと思った瞬間に、キーランの足が下げられた。

 

「小僧。幾つかの技術を使い分けているな」

「クッキーを焼くことで身につけた動きだからな。知っているか。クッキーを焼くには、色んな技術が必要なんだ」

「ほざけ」

 

 単純に破壊力を向上させる拳の一撃と、鎧や肉体を素通りにして内部を破壊することに特化した拳の一撃。この二つを、ローランドはその場その場で使い分けていた。

 近接戦において厄介なのは後者だが、遠距離の攻撃に対処するために前者も身につけているのだろう。前者がどれだけの破壊力を生み出すのかは定かではないが、ローランドの身体能力からしてその辺の鎧を砕く程度であればやってのけるだろう。

 

「そういうアンタも、色んな技術を併用しているじゃないか。──最初のアレ、人の意識の外を突いた一撃だろ。そして同時に、自分の気配を限りなくゼロに近づける。オマケとばかりに音速を遥かに超える速度だ。そんなもん、攻撃されるまで分かるか」

「ならば敗北しろ」

「それは少し違う」

 

 キーランの身につけている技術は、殺しに必要と判断した技術全般。ジルが手放しで絶賛するしかない料理にしたって、元々は毒殺を目的として身につけた技術である。

 

 暗殺のための技術。正面から殺すための技術。搦め手を用いての殺しの技術。必要なものは全て、彼の体に蓄積されている。

 あらゆる人間をあらゆる方向から殺す。格上だろうと殺す。なんでも殺す。全員殺す。

 

 それが、キーランという男だ。

 

(なるほど、洞察力も優れているらしい……)

 

 アピールとしては十分か? とキーランは視線を周囲に巡らせた。

 

 ──先ほどまではローランドを侮っていた様子の面々は、今や食い入るように戦況を注視している。

 

 兵士たちにとって、ローランドやレイラは完全によそ者である。そんな彼らに突然「お前たちを鍛える」と言われたところで、大半の者は内心で反発してしまうだろう。

 いかにキーランが「強いぞ」と口にしたところで、どこか認めたくない感情が生まれてしまうものだ。

 

 素直な心で訓練に臨むというのは大事なことだ。いかにローランドたちが適切なアドバイスを投げたところで、それを受け入れられないのであれば意味がない。

 

 故に、キーランは模擬戦という場を設けた。彼等が心の底から認める実力を有する自分を相手に、互角に立ち回れる実力者であると確実に理解させるために。

 

(だがそれでオレが敗北すれば、ジル様の威信に関わる)

 

 許されない。そんなことはあってはならない。他の何を差し置いても、それだけはいただけない。

 

 故に、

 

(小僧。お前はオレと同格だが……その事実は、過去のものとさせてもらう)

 

 故に、キーランは殻を破る。

 目の前の少年が自分と同格であるというならば、それを超えてしまえば良い。

 

 全ては神たるジルのため。

 この日この瞬間にキーランは、自らの限界を超える。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「ほう」

 

 国の外から訓練場を眺めながら、俺は思わずといった風に口角を吊り上げた。

 

「……超えたな、キーラン。お前は今ある自分を、超えた」

 

 原作主人公であるローランドとぶつかることで、好敵手キャラが強化されるアニメ特有のイベントみたいなものが発生したのだろうか。

 そう考えると、レベルアップアイテムとしてローランドは非常に有用なのかもしれない。

 

(メタ視点を用いるならば、原作主人公という存在は周囲もインフレさせるからな……。この世界をどう捉えるかにもよるがしかし、なるほどな……)

 

 しかし本当、キーランは要所要所で有能だな。よく分からない理論で服を脱ぐ点は頭が痛くなるが、まあ完璧な人間なんていないと考えれば──どうなんだろうね。

 

(くく……)

 

 実に良いものを見させてもらった。レーグルが強くなるのは俺としては非常に好ましい。

 なにせ、

 

「背中を預けられる存在というのは貴重なもの……故にだ。私の許可なく背後に立つ貴様は万死に値する」

 

 言葉を放ちながら、俺はゆっくりと振り返る。

 表面上は余裕の表情を浮かべつつ、されど内心での警戒は最大限に引き上げながら。

 

「まさか貴様が表舞台に立つとはな。引きこもりはやめたのか『人類最強』」

「自分を知る者が、この辺境にいるとは思わなかった。その見識の高さには畏れ入る。お前のいう通り、この身は不遜にも『人類最強』などという称号を得ている者だ」

 

 第一部において、ジルを除けば確実に『最強』という他ない存在。

 その彼の内部に渦巻く『力』の力場に、俺は自然と目を細めていた。

 

 


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