気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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人類最強

 人類最強。

 

 年齢、および本名不明。ネットでは「名前がない可能性」「改造人間」「人造人間」「そもそも人間ではない説」など様々な考察があったが、実際のところは分からない。

 ただ彼の住む国は非常に閉鎖的かつ人体実験を繰り返しているような描写が示唆されていたため、本当にそういうことである可能性は充分存在する。俺が言うのもなんだが、業が深いな。

 

(……しかし、ここで出てくるか)

 

 『人類最強』の名の通り、彼は他の大陸最強連中と比較しても頭一つ抜き出ている。彼は第一部時点において、ジル相手に勝利を収める可能性が一応存在する数少ない人間の一人だ。

 

 第一部では『人類最強』ということでウキウキになったジルにボコられ、第二部では『神の秘宝』に適合しているということで少しばかり興味が出たジョセフにボコられるという悲しい遍歴を持つが、それはあくまでも結果だけを見た場合の話。

 

 まぎれもなく、彼は『熾天』に準じる実力者である。

 

(だからこそ、アニメでジルに傷を負わせたわけだしな)

 

 ジルの『権能』を突破する(すべ)を有している時点で、俺の中に油断など微塵も存在しない。

 アニメにおいてあのジルに血を僅かとはいえ流させたという事実。その事実がある以上、この身に敗北を教えてくる可能性は、決してなくはない。

 

(といっても)

 

 おそらく、そもそも戦闘にはならないだろうが。しかし戦闘になった場合のことを考えて警戒心を最大限引き上げておいて損はないので、警戒心を引き下げるつもりはない。

 アニメでの『人類最強』の性格を想起しながら、俺は軽く息を吐く。息を吐いて、言った。

 

「ふん。『人類最強』などという大層な名を持ちながら、その目は節穴か? まさかこの私を前にして、そのような戯言を口にするような愚者だったとはな。私は貴様をある程度認めていたが……期待外れだったかもしれん」

 

 尊大な口調で、俺は『人類最強』に向かって言葉を続ける。

 相手が大陸最強の存在であろうと、俺は決して下手に出ない。普段と変わらない態度で、俺は目の前の存在と相対する。

 

「よく聞け。私が貴様を把握しているなど、至極当然のことだ。それはこの私を一目見れば分かること。空が青いのと同様でな。にもかかわらず私が無知蒙昧(むちもうまい)に見えるなど……その命、不要とならば捨て置くが良かろう」

 

 あくまでも上位者は俺だと理解させるべく、ある程度の交流がない相手にはどこからも上から目線で接するのが俺のやり方だ。

 

(けどまあここまで言う必要はないんだがな)

 

 とはいえ、いくら芝居といえど流石にちょっと「あたり強すぎじゃね?」と思われそうな口の利き方。普通に考えて、人類最強の言葉に対して「節穴」だの遠回しに「死ね」まで言う必要はない。正直ここまでくると、ただのパワハラである。

 

(さて)

 

 だが俺の言葉に普段より煽り成分が多いのには、とある理由があった。その理由とは──俺が知るアニメの『人類最強』と、目の前にいる青年と性格面で大きな差がないかを確認するためというもの。

 

 ローランドという前例があったように、原作開始前ということでその精神性に若干の違いがある可能性は否定できない。

 そして精神性に違いがあるということは、俺の予測と外れた行動をとる可能性があるということ。

 

 すなわち、俺にとって不都合な結果を招くおそれがあるということだ。

 

 ゆえに俺は事前データとの違いを明確にしておく必要があり、そのために過剰なまでに相手を煽っている。流石に即座に戦闘開始にならない程度の線引きはしているが、それでも正直過剰と言っていい。

 

 が、

 

(こいつ相手だと原作と同じかどうかは、ここまでしないと分からないからな)

 

 ちなみにプライド高い設定のくせに『人類最強』という名を騙っている点に関してなにも言わないのは、俺が『神』だからである。

 

 人間ではなく神の尺度で考えれば、人間の中で最強を騙る程度気にしないのが当然だろう。これが「俺はお前より強い」宣言をかまされたのであれば命を賭けての戦闘の開幕だが、そうでないなら無視しておいて構わない。

 

 それはそれとして、俺が神だからって本当にパワーワードだな。

 

「……確かに」

 

 ──と。

 俺がそんなことを考えている間に、顎に手を添えながら沈黙していた『人類最強』が口を開く。

 言葉の続きを促すように、俺が眼を細めると。

 

「確かにその通りかもしれない。お前の放つ"格"は、一線を画すもの。それを見抜けなかった自分の行動は、『人類最強』の名に恥じるもの。非礼を詫びたい」

「…………」

 

 申し訳なさそうに眉根を寄せ、そう言葉を締めくくった『人類最強』。

 

 予想通りとはいえ、実際に目の当たりにすると絶句しそうに──なりそうな表情筋を抑えながら、俺は思考をフル回転させた。

 

(これは、原作と同じか? 虚言の可能性はない。その程度であればジルの観察眼は見抜く。いやしかしここまで言われてこの反応か。いやほんと……)

 

 あまりにも誠実。

 同時に、あまりにも腰が低い。

 とてもじゃないが、大陸最強の人間のものとは思えない発言。理不尽な言葉に対して「確かにそうかもしれない……」と暗い表情を浮かべて謝罪をする。お前は自己評価の低い社畜かなにかか。

 

「ふん」

 

 正直なところ「すまんかった」とカウンター謝罪をかましたいところなのだが、この状況でジルが謝罪など意味不明である。

 故に俺は鼻を鳴らし、あらかじめ考えていたことと同じ言葉を口にする。

 

「理解したならばよかろう。その首が繋がった現実を噛み締めながら、人を見る目を養うがよい」

「ああ。また一つ、自分は賢くなった。感謝する」

「当然だな」

 

 うむうむ、と頷きながら俺は内心で投了した。

 

(器が大きすぎる)

 

 一周回って、俺が矮小な存在にしか見えない。抵抗しない相手を言葉の暴力でぶん殴って悦に浸るとか、かませ犬かよ俺は。

 

 ……かませ犬だな。

 

 いやかませ犬じゃダメなんだよ。

 

(ああ、アニメ知識正しいんだな安心した。いや、安心すればいいのか分からんが……)

 

 仮にも第一部における第二位の実力者だろうがお前は。一対一であればジルや『熾天』相手にも僅かながら勝機があるんだぞお前は。それでいいのかお前は。

 

(この世界では珍しくまともな人間というかなんというか……いや一周回って変人なのか? 分からん)

 

 内心でため息を吐きながら、俺は『人類最強』を眺める。

 

 性格は穏やかというかなんというか、自己主張が低すぎる。『人類最強』という称号が不相応であると感じながら、しかしその称号を冠する以上退くわけにはいかないという理由で原作ジル相手に立ち塞がったこの世界で数少ない英雄気質の青年。

 

 そんな彼なのだが、めちゃくちゃ強いのにめちゃくちゃ誠実で腰が低いのが特徴である。

 上司の命令をきちんときくし、大抵のことはバカ正直に答える抜けた面もある。だが仕事人な気質があるので、任務には非常に忠実。困っている人がいれば手を差し伸べるが、任務であれば手を差し伸べた相手だって殺せてしまう。

 

(──欲しいな)

 

 考えれば考えるほど……実に魅力的な存在だ。

 只人の身でありながら、個人として『熾天』に次ぐ非常に強力な戦闘力。お人好しではあるが任務に忠実であるがゆえに、必要ならば誰でも殺せる精神性。『神の秘宝』の適合者ということで神々に対して攻撃が届くし、教会にある『神の秘宝』もある程度は扱える可能性がある。つまり、能力向上も割と簡単。

 

(なにより社畜……)

 

 めちゃくちゃ優良株。株式会社神殺しに必要不可欠な人材といっても過言ではない。これはスカウトに乗り出したいところだが──

 

(すでに上司がいるからな)

 

 上司を消せばどうにかなるのかと言われるとそんなはずもなく、それ故に彼の引き抜きは困難。

 その上司に関しては、アニメにおいては登場していないに等しい。ジルの発言からジルが直々に殺したっぽいが、それだけ。どんな性格なのか全く分からんから、交渉は難しそうだ。

 

(だから諦めるかと言われればそうでもないがな)

 

 こうして表舞台に上がってくれたのだから、なにかしら向こうに変化があったのは明白。その変化から攻めていけば、連中を手駒に加えることは不可能ではないかもしれない。

 

 ……ただ気がかりな点は。

 

(何故、お前からその力を感じる……)

 

 ジルには『権能』があるから分かる。どういう原理かは不明だが──『人類最強』は、あの力を扱える。

 

(俺にしか取り込めないはずだ……どんな手品を使った?)

 

 勧誘より、正直こちらの方が俺にとっては重要だ。場合によっては、確実に殺す必要がある。

 神々に対抗するには最低でも完全体ジルには至る必要がある以上……その力は、全て俺のものなんだからな。

 

「して、何故貴様がここにいる」

 

 会話の中から情報を探れ。

 引きこもりのこいつが表舞台に出てきて、しかも俺の国のすぐ近くに現れるなんてどんな理由だ。

 会話の流れからして、俺の質問自体はとりあえず不自然じゃないはず。

 

(さあどんな答えが飛び出してくる?)

 

 その回答から、俺は対処方法を考えていけばいい。

 

 そんな風に心算をしていた俺だったが──奴の答えは、俺の冷然とした感情を大きく揺らすのに十分すぎる起爆剤だった。

 

「『神の力』と呼ばれるものを探している。大陸中に散らばっているらしいが、自分にはよく分からない。そこで、大陸の端に近いこの地から探そうとしていた。……ちょうどいい。見識の高いお前に問いたい。心当たりはないだろうか」


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