気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜 作：弥生零
熾天。
教会が有する最終兵器的な存在であり、実質的な最高戦力である。構成員の全員が全員神の血を引いており、『神の秘宝』と呼ばれるこの世界における最高峰の武具を装備し、おまけとばかりに神代の魔術をも操る彼女らの実力は、一部の最強格であったレーグルなんぞ優に超える。
仮に彼女がこちらを排そうと動けば恐らくキーランは加護を発動する間もなく即死。ヘクターなら加護の特性上即死は無いだろうが、それでも最終的に死ぬという結果は覆らないだろう。初手から逃亡を選択すればその限りではないが、それほどまでに隔絶した実力差があるのだ。
彼らの名誉の為に言っておくが、決して彼らが弱いわけじゃない。ただ単純に、目の前にいる少女の性能が高すぎるだけだ。つまり、相手が悪すぎる。
「貴様」
まあ、それは今は脇に置いておく。
現時点で重要なのはジルのキャラを崩す事なく、尚且つ穏便に事が済むように誘導させる事だ。
ジルというキャラは傲岸不遜であり、自身を絶対視している存在である。そんな男が、突然槍を首元に突き付けられるなどという行為に対して何も言わないのはあまりに不自然。ともすれば「臆したか」と捉えられるかもしれないのだ。
キーランやヘクターは勿論、教会勢力もジルという存在のパーソナリティをある程度は把握している。である以上、キャラ崩壊は避けねばならない。全ては不可能だとしても、なるべく付け入る隙を残すわけにはいかないのだから。
「この私の首元に槍の
言葉を長々と。それはもう長々と重ねる。もっと簡潔に「何槍突きつけとんねん死ね」で済ませばいいものをわざわさ難解かつ長ったらしくしているのには、当然ながら理由があった。
第一に、そもそもジルがこのような口調をしているというもの。流石に原作のジルはもっと簡潔な言い回しなのだが、まあ似たような口調だ。そこまでキャラ崩壊は起きない。
それに、なんか難解な言い回しをしている方が賢そうに見える気がするのだ。既に頭悪そうな思考なのは気のせいだと思いたい。
そして第二の理由なのだが、長々と語っていると並列して物事を考えるのに非常に便利な時間稼ぎになるのである。
この世界を生き抜く為に脳死プレイなんて言語道断だ。そりゃあジルのスペックなら一部の範囲であれば「ムカついたからお前の国潰すわ」みたいな脳筋ムーブでもなんとかなっちゃうが、何度も言っているようにそれだと二部以降で保たない。
なので慎重に物事を考えるのは必須。その為の時間稼ぎ。その為の難解な言い回し。
幸いにしてジルの肉体は脳のスペックもそれなりに高いので並列して物事を考えるのは可能だし、回転速度も凄い。そして何より、元の俺では到底思いつかない範囲まで思考が行き渡るのが素晴らしい。これに原作知識により視野の広さも加わって、無敵に見える。操ってるのが俺なので全然無敵ではないが。
まあつまるところ、
『この私の首元に槍の
こんな感じである。
「……その件に関しては謝罪を。しかし───」
「フン。私を侮るなよ女。貴様の行動の意味程度、理解出来ていないとでも思ったか？」
頭を下げ、続きを言おうとしたソフィアの言葉を遮るように俺は口を開く。
ギリギリだった。ギリギリだったが、意図は掴めた。このままソフィアに説明させても良いが、俺が彼らの意図を懇切丁寧に説明してあげる方がパフォーマンスとしては良いだろう。
その推理が思いっきり外れていたら恥ずかしいが、ジルの無駄に高性能なスペックをナメるな。この後彼女の口から紡がれる言葉を口の動きから察する程度容易いこと。それを俺の推理と照らし合わせれば物事の成否が分かるのは道理。まあようはカンニングである。
カンニングした結果分かったが、俺の推理は間違いではないはず。多分。きっと。……もう少し彼女の言葉を遮るタイミング、遅くしても良かったかなあ。
「行動の、意味？」
俺の言葉に対して「意味がわからん」といった風に眉を
「
キーランが先制で動いたら間違いなく事態がめんどくさくなるので、俺は内心慌てて口を開いた。
彼の加護は、初見かつ先制で発動さえすれば神々をも斃す可能性を秘めている。普通に考えれば熾天の不意を突くなんてキーランの実力では不可能だが、この状況であれば教会勢力を相手に熾天の殺害という最悪の形で宣戦布告をしてしまうかもしれない。
「私の実力を測る目的もあったのだろうが───同時に、私がこやつらに対して本当に戦意が無いのかを確かめる意図もあったのだろうよ」
「……失礼ながらジル様。それに関しては取るに足らぬ雑兵を相手に矛を収める事で示したのでは？」
キーランの言葉も尤もだろう。こちらを襲撃してきた二人を相手に穏便に事を済ませたのだから敵意はない。それは当然の理屈だ。理屈なのだが。
「然様。貴様の言葉に誤りはないぞ、キーラン」
「では───」
「そう。貴様の言葉通りそこな雑兵らは……余りにも、貧弱にすぎた」
戦力的に考えると、ジルにとって襲撃犯二人を殺すなんてのは蟻を踏み潰すのと大差ない作業である。
つまるところ、ジルが教会勢力を相手に戦争をふっかける気であったとしても全く障害にならないのだ。そんな連中を見逃したところで、こちらに戦意が無い証明になるかと言えば難しい。単なる気まぐれと思われるか。あるいは雑兵相手に戦意はなくとも、教会にはあるかもしれないと考えるだろう。
「故に、教会最高戦力の一角たる貴様を用いて私を試した。殺意を纏わず、貴様は槍を振るった」
こちらがソフィアの槍を全く見切れないのならそれで良し。いざという時に、武力による制圧が可能になるから。
逆にソフィアの槍を見切れた場合、こちらの対応が重要になってくる。即ち、殺意の無い攻撃に対して、俺がどう対応するのかが。
「殺意無き刃に暴力を持って返答するか否か。貴様らが知りたかったのはそこであろう？ 私という存在は、理性無き獣か。それとも、理性を持つ人間なのか」
槍の軌道を完全に見切れていて、なおかつ殺意が無い事も把握しているのだ。そんなもの、もはや攻撃でもなんでも無い。それに対する返答が殺意のある攻撃であれば、戦意ありと判断するつもりだったのだろう。
とはいえ、槍は槍だ。反射的に反撃の手が出る可能性だってあるだろう。おそらく反射的な反撃である場合は戦意無しという判断を下すのだろうが……やってる事はある種の当たり屋だなこれ。ひでえ。
はっきり言って、原作知識として教会勢力への造詣が無ければ多分彼らの意図を推理なんてできない。いくらジルの脳のスペックが高くとも、その脳を活用するにはそもそも発想として至る必要はあるのだ。推理の原点として必要なのは、俺自身の能力なのである。
なのである意味俺が一番警戒しているのは、最強系オリ主くんのご登場だ。俺という存在がある以上、あり得なくはないのだから。
「ククク、随分と陰湿な手口だ。だが、効果的ではある。それなりに頭が回るな？ 尤も、私には通じんが」
あえて、最後の部分を強調してそう締めくくる。
これ以上こちらを試す真似すんなよこのやろーという意思表示であり、この肉体の有する力は武力だけではないということの訴え。
なお、本心は土下座しながらこれ以上は勘弁して下さい状態である。
「
そんな俺の魂の訴えを聞き終えて、ソフィアは柔らかく微笑む。微笑んで、言った。
「ですが貴方の行動が、それらを見抜いた上での行動という事実を明かしたのは悪手ではないでしょうか？ それでは貴方に戦意が無いことの証明を
「くだらん戯言はよせ。元より絶対的な証明など不可能な事は貴様らも承知しているであろうに。それにくだらん小細工を今後も弄されては、本来であれば荒立つことの無い波も荒立つというもの。これは警告であり、慈悲だ。これ以上私を失望させてくれるなよ」
そう言って俺は鼻を鳴らし、
「なにせ本来であれば、私を試そうなどという不敬を見逃す事はないのだから」
いつもより多めに「神の力」を解放し、威圧するように言葉を放つ。
俺を中心に周囲に拡散していく神威に耐えきれず襲撃者二人は膝を突き、身を軽く震わせたヘクターの額から汗が垂れ、キーランは……見たくない。なんだ、なんで服を脱ごうとしている。お前はどこに向かっているんだ。
「──が、許そう。此度の件に関しては、我々の無作法もある。加えて弱者が懸命に知恵を振り絞る様は、それなりに愉快な催しだ」
キーランを思考の外に追いやり、俺は「神の力」を抑える。
ある程度の警告と、俺の有する力の一端も示した。こちらから仕掛けるつもりは毛頭無いが、しかし今後はそちらの出方によっては武力による制裁も辞さないぞという可能性の示唆。
「ええ。上も把握したでしょう。これ以後、貴方を嵌めるような真似はしないかと」
俺の神威に全く動じず笑みを絶やさなかったソフィアに対して、やはりレーグルと熾天の間に隔たる実力差は大きいかと痛感する。この実力差とは即ちインフレの増大値であり、早急になんとかしなければならない要項である事を改めて実感できた。
特に
……それにしても「上も把握したでしょう」か。成る程、やっぱ監視の目は付いているんだな。
当然と言えば当然だが、ソフィアとのやり取りは教会上層部が直接監視しているらしい。試験官は彼女だけでは無いという事で、その上で矛を収めている以上、交渉の席には着けたと判断して良いのだろう。
「では、中へと案内致します。そこで、貴方方の目的を聞かせていただきますので」
そう言ってこちらに背を向け、歩き出した彼女の背中をなんとなしに眺める。
……中で残りの熾天が待ち構えていて、一斉にこちらに向かって攻撃を開始する可能性は存在する。
だがそれは、いくらなんでも流石に回りくどすぎる。それをするくらいなら今ここで、袋叩きにするだろう。絶対的な証明は不可能というのはこちら側にも言える事だし、ある程度のリスクを背負わないとどっち道先の未来で死ぬのだ。
それに何より、自身を絶対視しているジルが警戒心を募らせるなど、彼のとる行動として相応しくないだろう。
故に俺はキーランとヘクターに目配せをし、二人を引き連れて彼女の後を追うように足を動かすのだった。
オリジナル作品マジで難しい。オリジナルだからこれちゃんと最新話まで楽しんでいただけてるのだろうか的なアレが発生する。
自分じゃ気付けない事もあるので、なんか話の方向ズレてない？とか思ったら感想で書いていただければ。