気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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人類最強と神

「……なんだと」

 

 底冷えするような低い声が青年の口から漏れると同時、周囲を押し潰さんとする圧力が放たれた。

 大地に亀裂を走らせ、空間を震撼させるそれはまさしく埒外というほかなく、目の前の青年が"人外"の領域に踏み入れていることを暗に示している。

 

「……」

 

 振り撒かれし重圧に殺意はなく、ましてや敵意もない。それはつまりただ単純に、普段は抑えているものが漏れ出しているだけということ。

 

(なるほど……)

 

 もしも目の前の青年が理性を持たない者であれば、おそらく世界に破壊の暴虐を齎してしまうだろうと『人類最強』は察した。逆に言えば目の前の青年は理性を持っているということであり、意図して世界に災厄を齎すことはないだろうとも。中には「危険だ」という理由で事前に処理をしようと動く勢力も存在するかもしれないが。

 

(見識の高さに加えて、その実力も一級品。自分などでは畏れ多いとは理解してはいるものの、手合わせを願いたいと思ってしまう自分もいる──)

 

 それほどの存在。

 それほどの実力者。

 これほどの重圧を前にしては常人はおろか、大陸有数の強者であろうと膝を屈するしかない。最低でも間違いなく、大陸の頂点たちに匹敵する。

 

 すなわち、大陸の勢力図が塗り替わる異常事態(イレギュラー)

 彼が表舞台に上がれば、世界は間違いなく揺れる。拮抗していた大国同士の力関係という名の天秤が、崩れかねない。

 

 そう断定して、

 

「『神の力』と呼ばれるものを探している、と自分は口にした」

 

 そう断定して。しかし『人類最強』は表情を崩さず、自分の意思も曲げなかった。

 埒外の重圧を涼風のように受け流しながら、彼は再度言葉を放つ。

 

「その反応。心当たりがまったくないという訳ではないと判断するが」

 

 自分の言葉を聞いてこの反応。間違い無く、なにかしらの情報は有しているのだろうと『人類最強』は思考する。同時に聡明そうな青年が分かりやすい態度を表に出したのは少しばかり不思議に思うが、まあそれは大した問題ではないだろうと脇に置いた。

 

 ──『人類最強』はあずかり知らぬことだが、ジルという人間には幾つかアキレス腱のようなものが存在する。

 

 彼の立場は非常に脆いものだ。純粋な人間という枠組みの中では最強の実力を有しているが、神々には届かない。そして神々を放置すれば確実に死亡するのは確定であるが故に、原作知識から対策を講じて行動しているというのが彼の現状。

 

 その為には軽率な行動は慎むべきであり、しかし慎みすぎればそれはそれで無難な行動にしか移せず、結果として大した効果を見込めない可能性だってある。

 例えば慎重に慎重を期するのであれば、教会勢力との接触なんて手段は選ばないだろう。しかしそれでは自身の大幅な強化は見込めないと判断し、それ故に博打に出る必要があった。

 

 とはいえ博打に出る部分は最小限にしておかなければ詰むかもしれない現実も確かに存在する。

 故に彼は平静を保つことに神経を集中させ、冷然とした佇まいを演じるよう心がけている。予想外の状況でも自暴自棄になることなく、冷静に対処すれば切り抜けられる場面は多く存在するから。

 

 だがしかし、それでも平静を保てなくなるようなアキレス腱は存在するのだ。

 

 例えば今この瞬間にでも神々が「こんにちは」といきなり真正面に現れたらジルは絶叫するだろうし、息抜きとしてヘクターと一緒に釣りに出かけた先で海底都市が浮上して海上都市にでもなっていたら真顔になるだろう。

 

 それらと同様にして『神の力』関係はジルの冷静さを奪うのに十分たり得る要素だ。それが無ければジルは完全体には至らず、完全体に至ることができなければ神々に対抗するなど不可能。

 

 ジルからしてみれば『人類最強』の言葉は遠回しに「お前弱体化させるわ。神々に殺されるかもやけどドンマイ」と言われているようなもの。もちろん『人類最強』にそのような意思は皆無なのだが、現実として起こるのはジルの弱体化である以上彼の受け方がそうなるのは必然。

 

 ジルの精神は、アキレス腱を突かれると大きく揺れる。

 

 普段から己の本心を伏せているがゆえに精神的な負担が大きいことも、彼の精神的脆さを表面化させていた。

 

 ◆◆◆

 

 物理的な力を伴うほどの重圧。

 

 過去にこれほどの重圧を放ったのは、キーラン相手に己の存在が上位であると分からせた時以来か。それほどの重圧に対して、しかし特に気負った様子を見せない『人類最強』。

 その堂々たる姿を視界に入れた為か、俺は己の思考が急速に冷えていくのを感じた。重圧と化して漏れ出すほどの激情が抑えられ、代わりにいつも通りのクリアな思考が取り戻されていく。

 

(……いかんな)

 

 反射的に、『人類最強』に対して威圧的な行為に出てしまった。それほどまでに衝撃的だったのは事実だが、しかし迂闊な行動は良くない。

 

 ──大丈夫。俺はやれる。

 

 まさか『人類最強』がアレを手にする為に行動してるいるとはな……勧誘したかったが仕方がない。俺の目的に邪魔だしとりあえず消すとしよう。違うそうじゃない。

 

(しかし困ったな……)

 

 衝動を抑えつつ、俺は『人類最強』の内部に渦巻く力を改めて観察した。

 

(まさか『人類最強』の口から「神の力を探している」などという言葉が飛び出すだなんて夢にも思っていなかった。突然の不意打ちへの対処に対して集中していたことや、『人類最強』があの力を手にしている異常事態に動揺していたことも理由としてはあるが──言い訳だな)

 

 まさしく唾棄すべき行為。

 自分を律することすらできない人間が、神々の相手をしようなどと笑わせる。『神の力』を探している『人類最強』に対して怒りを抱くというのはジルのキャラとしての違和感はないだろうが、涼しい表情を浮かべておくのも違和感はなかったのだから。

 

(……『神の力』。こいつもそれが目的とはな)

 

 しかしこいつ、アニメではその力を持っていなかっただろ。いやそもそも、どうやって取り込んだんだ?

 

 ていうかなんだお前。まさかその力を手に入れて本当の意味で『人類最強』にでもなろうとでもいうのか? この俺を差し置いて最強の存在になると? その結果俺に死ねと? やはり殺すしかないのではないだろうか? 短絡的すぎるわ。

 

(さてどうする)

 

 アニメ通りであれば、あの大国が持つ『神の力』は、莫大な量。原作ジル曰く「私がこれまで取り込んできた『神の力』の総量に匹敵する」だったか。その全てを『人類最強』が扱えるとなると、その実力は未知数。

 ジルの肉体ほどうまく運用できるとは思わないが──少なくとも、無策で挑んで良い相手ではないだろう。下手をすれば、俺の無様な屍を晒す結果に終わるのだから。

 

(『神の力』がない状態でジルに傷を負わせていたからなこいつ……勝敗は五分五分か……?)

 

 加えて『神の秘宝』もあるからな。アレも『神の力』とシナジーがいいわけだから──普通に負ける確率の方が高いかもしれん。

 

(俺の目的を考えれば、最悪の場合最終的には一か八かで抹殺という手段をとるしかない可能性があるのも事実ではあるがな。それこそ不意打ち闇討ち暗殺その他諸々を駆使してでも、な)

 

 とはいえそれは現時点でやることではないし、あくまでも最悪の場合だ。

 

 なにより前提として、俺の辞書に『敗北』の二文字だけはあってはならない。信仰面を考慮すると、決して敗北するわけにはいかないからだ。

 俺を信仰している連中の中には、俺の絶対性に神秘的なものを抱いている者もいるだろう。そういう連中からの信仰を(かげ)らせないためにも、俺は頂点として君臨し続けなければ。

 

(この場で判断を下すには情報が決定的に足りなさすぎる。敵戦力に関する情報はもちろんだが、あらゆる面で足りていない)

 

 となると、戦闘を回避可能な現状で死闘を演じるのは愚策。超えてはいけない線を向こうが超えてはいない以上、見逃すのが賢い選択のはずだ。

 

 加えて。

 

(そもそもこいつが『神の力』を取り込んだ方法を探る必要がある。本来、『権能』を有する俺以外の人間ではその力は取り込めないはず。それは神々自身も口にしていたことで──それを覆したこいつらは、非常に興味深いサンプルだ。どうやってその力をものにしたのか、その仕組みは知っておきたい。俺の知らない情報がこの世界に眠っているなんて、あってはならない)

 

 仮に俺の方が強かったとしても、俺は同じように戦闘を回避するべく思考を巡らせていただろう。

 こいつを殺してしまえば重大すぎる情報を得られないということであり、それは俺としてはあまり美味しくない。なにより、『神の力』だけを回収可能なのであれば戦力確保的な意味で生かす価値は十分あるのだし。

 

(俺の知らない『神の力』の運用方法。是が非でも、手にしてやろう)

 

 ていうかそもそも、決死の覚悟でこいつを殺した後に『神の力』がどこかに消えるなんてことになったら一大事である。『神の力』を取り込んだ方法によって、俺がこいつを殺す方法やそもそも殺すことの是非が変わってくるだろうし。

 

 総合的に判断して、()()()()()全面戦争だけは避けるべきだ。

 

(俺の成すべきことは自然に、自然にこいつを見逃す口実を生み出すことだ。俺がこいつを見逃す口実を作るのに必死になって考えるとか第三者視点になるとまるで意味が分からないが、そうしないと俺へのデメリットが大きすぎる)

 

 言うなれば魔王が威厳を落とさずに、自分より強大な力を持っている勇者を見逃すための口実を考えているようなもんだからな。自分が逃げる方法を考えるのではなく、相手を逃す方法を考える──成る程、めちゃくちゃダサいな。

 

(生き残れば勝ちだからセーフ。さて、奴の言葉を思い出せ。現時点での奴は「探している」と言っただけだ。「手に入れる」とは言っていない。探しているだけならば見逃せる。まだいける。俺ならやれる)

 

 かなりの屁理屈であることを無視しながら、俺は強引に作戦を組み立てる。

 

 人類最強が『神の力』を既に入手していることを察している以上、屁理屈である。だがしかし、気付いていないフリをすれば問題ない。自らを絶対視しているジルであれば、相手を深くまで観察する方がおかしい。俺だから『人類最強』を警戒して深くまで観察したから分かったのであって、実際問題ジル本人であれば気付かなかった可能性は十分存在するからして。

 

(『神の力』について把握している以上、ある程度造詣は深いはず──教会勢力相手の戦法が使えるか?)

 

 即ち、俺を「神」と思わせて撤退を促す方法。少なくとも、神を名乗る人物と相対なんてしたら『上司』の判断は仰ぎたくなるはず。

 

(この場で釘を刺すこともできるかもしれない。万が一俺が本物の神だったらマズイ、くらいは思うかもしれないからな……)

 

 なにより、あの大国が『神の力』を本気で探していたら面倒だ。なにせ、人海戦術というのはバカにならない。人材不足の俺が使えない手段。ある意味で原作ジルみたいなことをあの大国が行っていたら、非常に厄介極まりない。

 

(つまりここでこいつを見逃してあえて情報を持ち帰らせることで、連中の動きを半ば封じることにも繋がるということ。なんとしてでも、この場ではこいつを逃がそう)

 

 まあ動きを封じる的な意味でのベストな方法はこいつの死体を連中に送りつけることなんだが、先ほど述べた理由で却下である。

 下手をすれば、俺の死体が完成するのであるからして。

 

(……やるか)

 

 策は練った。

 ならばあとは実行するだけだ。自己評価の低いこいつ相手なら、ジルのロールプレイをするだけである程度心理的優位には立てるはず。

 

 ジルの仮面を心に被せて、俺は人類最強と向き合った。

 

 ◆◆◆

 

「──くく」

「──!」

 

 先ほどの重圧とは明らかに性質の異なる力の波動が、青年の体から漏れ出す。

 全身の肌が粟立つかのような感覚に、人類最強はその目を大きく見開いた。

 

(莫迦な──)

 

 その力の波動は、この身がよく知るもの。この世界において、自分にしか扱えないだろうと思われていたもの。人間の体には毒そのものとされる人智を超越した力。

 

 それを。

 

(何故、この青年が……)

 

 それを、目の前の青年はこともなさげに内包している。酷薄な笑みとともに放たれる神威を前にして、人類最強は初めて動揺を露わにした。

 

「よもやその言葉を『人間』の口から聞くとはな……くく、現代も中々に粒揃いということか」

「……」

 

 人間、と目の前の青年は口にした。まるで、自分が人間ではないかのような口ぶりに、自然と人類最強は表情を凍りつかせる。

 

「まさか、お前は」

「──然り。貴様の思い至った通り、私はこの地に降臨した神だ。数少ない情報から想起可能な辺り……少なくとも、頭の回転は悪くないようだな? 褒めてつかわす」

 

 愉悦を孕んだような声音だった。

 いや事実、孕んでいるのだろうと人類最強は悟る。目の前の存在は、この身に興味を抱いているのだと。

 

「だが貴様ごときがあれを探しだす件はまた別の話だ。……いかに『人類最強』と言えど、アレに手を出そうなど大言壮語にもほどがあるとは思わんか?」

「……」

 

 その言葉の意味をなんとなく察し、内心で渋面を浮かべた人類最強は相対する青年を観察する。

 

 愉快そうな表情を浮かべながら口元で弧を描いているが、その胸中は計り知れない。

 

 ただその視線は確実にこちらを「有象無象」と見下しているもののそれで、更にはこちらの反応を楽しむ上位存在特有の価値観を有しているように感じさせてくる。

 

 その精神性は、人間とは異なるものなのかもしれない。

 

(……これは、戦闘になるのは避けるべきか)

 

 文字通り、目の前の存在は自分を格下の存在であると認識している。

 実際問題、本物か偽物かは別として強いことは間違いない。それこそ、『人類最強』の名を冠するこの身を殺しきるかもしれない程度には。

 

(とはいえ、負けるつもりは毛頭ない。この身では力不足な称号なれど──『人類最強』と呼ばれる以上、それに相応しい戦果はあげてみせよう)

 

 だがもしも目の前の存在が本当に『神』であるならば、どう対処するのが正解なのかが分からない。『神の力』の源流はその名の通り『神』の力なのではないかという仮説がある以上、本体とでもいうべき存在にどう接するべきなのか。

 

 勝率は不明だが、しかし万が一倒してしまったとしたらそれはそれで問題なのではないだろうか。

 

(自分が『神の力』を保有していることを悟られれば、間違いなく戦闘になるだろう。仮に相手が本物の神であるならば、自分の判断では決めかねる。ここは即座に、撤退を選ぶべきか)

 

 『上司』の判断を仰ぐ必要がある、と人類最強は目を細める。『神の力』を探していたら神様と出会いましたなんて報告をすれば「頭おかしくなった?」と思われそうだが、四の五の言っている場合ではない。

 

(……この場では穏便にことを済ませよう。下手をすれば、『上司』の言っていた計画を一から練り直す必要があるかもしれんな)

 

 あまりにも異常事態(イレギュラー)すぎる事態に、現時点では自分の手には余ると人類最強は結論を出すしかなかった。

 

 ◆◆◆

 

「……」

 

 無難な言葉だけを言い残して立ち去って行った『人類最強』の背を思い出しながら、俺は一息を吐く。

 

 一息を吐いて。

 

「……さて、動くか」

 

 なんとしてでも、人類最強の情報は手に入れなければならない。無視をするには、あらゆる意味で奴の存在は大きすぎる。

 

(権能を無しに『神の力』すら扱う連中の技術は、ある意味では神々の予想を覆したということ。ならば神々への下剋上に、十分使えるかもしれんからな……)

 

 人類最強はもちろん、最強の大国と謳われるあの国も今や俺の標的だ。

 場合によっては唯一、武力による進軍を視野に入れるかもしれない。勿論、暗躍しつつだが。

 

(──貴様らの全て、俺の糧にさせてもらおうか)

 

 脳内で算段を立てながら、俺は冷笑を浮かべていた。

 




次回、一章以降ほとんど出番がなかった彼女が再登場

タイトル『熾天』再来

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