気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜 作:弥生零
──時は僅かばかり遡る。
「ふむ」
魔王の眷属『最高眷属』が一角、スフラメル。
オールバックの紫色の髪と、病的なまでに白い肌。目尻の下がった琥珀色の瞳と、紫色の羽織が特徴の男性。見た目は年若く美形な顔立ちで、身に纏う妖艶な雰囲気が街行く女性たちの視線を引きつけていた。
「ね、ねえあの人かっこよくない?」
「う、うん」
「タイプかも」
(困った……)
しかしそんな女性たちの喧騒に意も介さず、スフラメルは内心で呟く。
(伝道師殿からの「スフラメル。俺様に近いお前にだけ特別、俺様が抱いた感覚を再現させてやる。目にするだけでこれと似た感覚を想起させる力を手に入れてこい」というお達しと共に、死を錯覚するほどの悪寒を感じたが……なんの手がかりもない)
流石に情報が少なすぎる、とスフラメルは歯噛みする。これでは、期待に応えられない。
(悪寒は美しくない。しかし、あのお方があれを望むのであればあれこそが芸術に違いない。つまり、悪寒を抱く私が不出来にして不完全。芸術ではない。それは許されない)
彼は元々、人形作りを専門とした有名な芸術家である。
あらゆる作品を生み出し、その功績をもって名声を得ていた彼だが、しかし所詮はただの人間だった。故に彼は普通の人間と同じく老いていき──自らが死んでしまえば、二度と芸術品を生み出せないという事実に
『あああああ!! 何故! 何故だ! 何故この僕が死ななければならない!? 死んでしまえば! 死んでしまえば二度と芸術品を生み出せない! なによりなんだ、この姿は! これが僕だとでもいうのか! 美しくない美しくない美しくない美しくない!!』
元々彼は、芸術品を生み出すこと以外には無頓着な男だった。自らの容姿を気にするという発想すらなかったほどに。
それこそ、食事すら不要と考えていたのだが──魔術大国の大賢者アタ・マオカシーンにより発表された衝撃の事実を知ってからは、きちんと食事と睡眠をとるようになっていた。
話を戻そう。
彼は歳をとるごとに年々自分の技術が劣化していくことを敏感に察知し、鏡を用いて自分の姿を見た。
『ああああああ! なんだこれはああああ! これが、このような醜いものが僕だと言うのかああああああ!!』
そして、発狂した。
近くにいた年若い弟子の顔面を斧で潰し、笑顔を浮かべていた客に対して自らを嘲笑していたに違いないと錯覚して皆殺しにし、その辺の通行人を芸術ではないと殺し、自分を捕縛するなどという気持ち悪い連中を殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、そして。
『死を嫌うか。芸術を求めるか。芸術を求めるということは、更なる進化を求めるということに等しい。つまりだ、俺様の価値観として非常に好ましいというわけだ。俺様の力をくれてやろう』
そして、彼は"真の芸術"を見た。
紅色に染まる世界。大地を侵食する闇。他を寄せ付けない圧倒的な存在感。その全てが、スフラメルにとって美しいと思うものだった。
『僕も「伝道師」殿のような作品を生み出そう』
他の『魔王の眷属』は魔王を信仰しているが、スフラメルは違う。彼は『伝道師』のみを信仰している異端児。
そしてそれ故に、彼の『闇』の力は非常に強力。他者に降誕した状態のエーヴィヒにすら匹敵する質を誇る彼は、最高眷属の中でも一、二を争う実力者である。
『この世界の全てを「伝道師」殿の傀儡にしてしまえば、世界は美しくなるに違いない』
彼が敬愛し、美しい存在であると認めているのは『伝道師』とアタ・マオカシーンのみ。アタ・マオカシーンをバカにした連中を皆殺しにする程度には彼はアタ・マオカシーンを尊敬しているし、『伝道師』を下に見ている下っ端も彼は皆殺しにした。
(世界各国に散らばっているらしいという情報もある。つまり)
それは、ジルでは決してできないやり方だった。
同時に、原作のジルが行った方法と全く同じものでもあった。
すなわち──
「失礼、そこのお嬢さん方」
「え、あっ! はい!」
「わわ!」
「き、奇跡到来……!」
にっこりと、スフラメルは妖艶に笑う。色香を纏った美形の男性に微笑まれた女性たちは、頰を赤く染めて。
「芸術品になってもらおうか」
瞬間、女性たちの首が舞う。現場を目撃して悲鳴をあげた通行人たちをよそに世界が紅く染まり、闇が這うように大地を塗り潰した。
ズズズ、と地に沈んでいく女性の骸を眺めながら満足げにスフラメルは頷く。そして、口を開いた。
「呪詛『羅刹変容』。最近の僕の美的感性に則ると、有象無象は首がない姿が一番美しい。この世界に『伝道師』殿とアタ・マオカシーン殿の顔以外は不要。僕も早く、この首を落としたいものだ」
ジルでは決して不可能であり、同時に原作ジルがやったこと。すなわち、国堕とし。
「ああ本当に、『呪詛』は素晴らしい。首を落としても稼働する素晴らしい芸術品を生み出せるのだから 」
騒ぎを聞きつけて現れた兵士たちを見ながら、スフラメルは嗤う。
「さて。国を堕としながら隈なく、調べるとしよう」
蹂躙が、始まった。
◆◆◆
「ローランドさん。今夜兵団で飲み会をやるんですが、一緒に行きませんか?」
「悪いけど、今日はレイラとご飯の約束があるんだ」
「……毎日じゃないですか?」
「毎日だぞ」
「……ごちそうさまです」
「? 昼食はこれからだが。疲れているんじゃないか」
「いえ、そうじゃないんです」
ジルの国が誇る巨大な修行場。
そこにローランドと兵士たち、そしてキーランはいた。
「レイラさんはなにを?」
「ステラさんと女子会なるものをするらしい。女子会ってなんだ?」
「初めて聞いた単語なので、自分もよく分かりません。でも、レイラさんとステラさんのお二人ですからね。多分こう、凄い戦闘ですよ」
「少し、心配だな」
「お前たちはアホなのか?」
呆れた、といった様子でキーランが口を挟む。
ローランドと兵士が首を傾げると、やれやれといった様子でキーランは言葉を続けた。
「女子会とは読んで字のごとく、女子の会だ。つまり、あの二人による集まりだ」
「つまり戦闘じゃないんですか? 人が二人だけで集まってやることって戦闘しかなくないですか?」
「……お前、ヘクターと会話をしたことはあるか?」
「めちゃくちゃ尊敬してるんで、めちゃくちゃ話しかけてます。ヘクターさんは週一で、老執事という人と二人で集まって戦闘をしているのだとか。『漢が二人だけで対峙する時はな、戦う時だ。覚えておけ』って言ってました。女子もそうなんじゃないですか?」
「──口を慎めよヘクター……!!」
頭を抱えるキーラン。
初めて見た上司の姿に、困惑を隠せないといった様子のまま兵士は隣にいるローランドを見た。
「俺、なにかしちゃったんですかね?」
「分からない。それより、飯を食おう」
「ですね」
地べたに座る二人。周りの兵士たちも同様で、各々適当な場所でくつろぎながら昼食を摂っていた。
「今日もレイラさんの手作りですか」
「ああ」
「美味しいんですか」
「ああ」
「一口もらえたり」
「ころすぞ」
相変わらずのなにを考えているのか分からない無表情のローランドだが──しかし、纏っている空気は非常に緩い。物騒な言葉ですらどことなく緩い。
もきゅもきゅと頬張りながら、彼は食事を続けていた。
「俺も、ヘクターさんやローランドさんみたいに素手でやりたいです」
「むり」
「む、無理ですか」
「さいのうがたりない」
「ど、努力すればなんとか」
「武器を持って戦う方が強くなれるなら、武器を持って戦う方が兵士として理にかなっているに決まってる。素手でやりたいと思うのは自由だが、本気でそれをやりたいなら兵士を辞めて自分の道を進むべきだと思うぞ」
「めちゃくちゃ流暢になりましたね……ですが、確かにその通りです……」
「……まあ、休憩時間ならば手ほどきをしてやらんこともない」
「マジですか!?」
「趣味は自由だからな」
「ありがとうございます!」
和やかな光景だった。
それこそ、あのキーランでさえ少しばかり穏やかな表情で携帯食を口にしている程度には。
だがそれも、長くは続かない。
「……っ!」
なにかを察知したかのように、勢いよくキーランは顔を上げた。そしてとある方向に視線を向け、険しい表情を浮かべる。
「どうしたんだ、キーランさん」
レイラ作の弁当を頬張っていたローランド。彼は弁当を食べていた手を止めると、微動だにしないキーランに対して訝しむような視線を送る。それは兵士たちも同様のようで、不思議そうな表情を表に出しながらキーランの方へと顔を向けていた。
「以前対面した力と、同質のものを感じ取った」
「……それは、ヤバイのか」
「心臓を貫いても頭蓋を割っても、即座に再生する不死身の肉体。人間を根本から造り変える異質な力。そうして造り変えられた人間は傀儡と化し、爆弾として機能すらする」
「……ヤバイな」
「ああ。ここからは遠いが、アレは危険だ。オレとしては見過ごせんな」
そうか、とローランドはいつも通りの無表情のまま呟く。
そして。
「なら、俺が行こう。それと申し訳ないんだが、レイラを見張っていてくれ」
「なに?」
「ローランドさん?」
「アンタはこの国の防衛をした方がいいと思う。力を知ってるってことは、対処法もある程度立てられるだろ? 似たような連中が攻めて来た時に、ある程度相手を把握している指揮官がいないのは問題だろう。下手をすれば、咄嗟の判断でどうにかなる奴以外は全滅だからな」
「で、どうだ。知識自慢のソルフィア」
『我輩としても完全に未知の力だ。少なくとも、神代にこれはなかった』
「使えないな」
『おい。……しかし、そうだな。人間の世界を容易く反転させかねない力ではある』
「つまり?」
『端的にいうと、人類及び文明を滅ぼせるということだ。人の世に、これは間違いなく猛毒。世界という巨大な枠組みそのものを破壊する力ではないが……まあ、人間の視点でいえば十分に終末を齎せる力だな』
「……そうか。──なら、殺せばいいんだな」
『うむ。そこでだ。我輩の力を』
「それはいらない」
◆◆◆
その小国は、一瞬にして地獄へと変化した。
「ひ、ひぃあが」
「ぎっ」
「きゃ、ァオ」
「悲鳴が美しくないな」
不快そうに眉を潜めたスフラメルが歩くだけで、彼の足元の『影』が人々の首を刈り取っていく。刈り取られた人の顔は恐怖に染まっていたが、スフラメルがそれを気にすることはなかった。
「僕に悪寒を抱かせた以上、この力とは相容れないはず。ならばこの国全土を覆い尽くすように『闇』を展開してやれば、自動的にアレは見つかるだろう」
とはいえ、スフラメルにそこまでの出力はない。彼が『伝道師』に並ぶのはあくまでも質であって、出力自体は最高眷属として平均的なそれだからだ。
それゆえに、彼はちまちまと人々を殺しながらこの国を歩いている。
「サンジェルもレーヴェンも、己の領分を超えた仕事を成そうとするから失敗する。僕のように、小さなことからコツコツとやっていくことこそが大成の秘訣。専門外の作品を手がけるなんて、あり得ない。醜い。気持ち悪い」
サンジェル。
レーヴェン。
両者共にスフラメルと同じく『魔王の眷属』の最高眷属を構成する人員だったが、彼らは任務に失敗したらしい。その後どうなったのかは知らないが、おそらく『伝道師』に殺されたのだろうとスフラメルは思う。
死を覆す力を有している以上、生を覆す力も同様にしてあの御方は有していても不思議じゃない。そもそも我々が不死になったのは、あの御方の力によるものなのだから。
「おや」
大体、一時間くらいが経過した頃だろうか。
スフラメルの闇が、干渉しづらい領域。それを見たスフラメルは、僅かに口角を上げると。
「ビンゴのようだ」
瞬間、その領域以外の部分の大地が陥没する。
「なにかしらの封印術が施されているが、その術自体にはあの悪寒を感じない。つまり、封印術そのものには僕の『闇』による解呪は十分機能する」
そして──
「…………ッッッ!」
そして莫大な力が流れ、世界が僅かに変革した。