気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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目覚めの時 III

 万を超える軍勢に単騎で挑む。

 それは、無謀という言葉ですら生温い暴挙だ。百人に訊けば百人が「そんなバカな話があるか」と答えるだろう。

 

 だがそれは、あくまでも一般的な話だ。この世界は強者と弱者の間に、残酷なまでに大きな壁がある。蟻が数万と群がろうが恐竜には敵わないのと同様、弱者がどれだけ数を揃えたところで強者の絶対性は揺るがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教会勢力の実働部隊。秘奥にして最高の戦力。

 この世界を創造したとされる神々の血を引き、その力を扱える者達だけが至ることのできる領域『熾天』が一角、ソフィア。

 

  歴代最高峰の才覚を有した少女は、白銀の閃光と化して町を駆けた。

 

「──そこです」

 

 彼女が槍を振るえば十数のスフラメルが吹き飛び、彼女が黄金の光を全身から放てば数十のスフラメルが消し飛ぶ。

 

「ちっ!」

「小癪!」

 

 複数のスフラメルから『闇』が炸裂し、周囲の建造物が一瞬にして崩壊する。崩壊して落下してくる建物の瓦礫や、建物を一瞬にして破壊する『闇』の絶撃。常人であれば即死級の一撃だが──

 

「はあ!」

 

 ソフィアから黄金の光が溢れると共に、『闇』のヴェールが引き裂かれる。そして彼女が槍を振るえば、瓦礫の全てが打ち返された。

 

 打ち返された瓦礫をスフラメルは回避、闇で迎撃、あるいは素手で叩き落すが、その行動によって生まれた隙をソフィアは見逃すことなく彼らを刈り取る。

 ならばと瓦礫に押し潰されることを無視して、即座に再生しようとするスフラメルにしても、再生し切る前にソフィアの槍が貫いた。

 

 その姿はまさに、一騎当千の傑物。

 

 たった一人の少女に、町を飲み込む万を超える軍勢が圧倒されるという悪夢。

 しかも圧倒されているその軍勢とて、決して有象無象による軍勢ではない。国を単騎で堕としたスフラメルの大群によって形成された軍勢が、生半可なもののはずがないのだ。

 

「……あり得ない」

 

 一人のスフラメルがそう言って歯噛みし、別のスフラメルが忌々しげに表情を歪めながら言葉を引き継ぐ。

 

「この僕をここまでコケに……!」 「忌々しい忌々しい忌々しい!」

  「あり得ないあり得ないあり得ないあり得ない」 「こんなことがあっていいのか!」 

 「あんな醜い者が……芸術とはなにかを思い知らせる必要がある」 「呪詛を一斉に放てば……!」 「いいや、数だ、数が足りない。三体を残して、この国にいる全ての僕を動員しろ!」 

    「そうだ、百万規模の軍勢なら……!」 「やれる!」 「量産型は好みじゃないんだがな」 「今更だろう」 「その身に分からせてやるぞ」 「あちらの男にも軍勢を送りこむぞ」

 

 闇が立ち込み始め、周囲の空気が(よど)んでいく。紅く染まった空もあいまって、この世界に地獄そのものを召喚したかのような風景。

 そんな世界だからこそ。

 

「天の術式、起動」

 

 そんな世界だからこそ、ソフィアという少女の輝きはまさしく地獄の救済へと舞い降りた天の使いのよう。

 鋭く目を細めた彼女が槍を掲げれば、そこから放たれた黄金の光が紅く染まった天を裂く。スフラメルの軍勢が呆気にとられた直後、焔の矢が、驟雨(しゅうう)の如く周囲一帯に降り注いだ。

 

「がっ、ぁあああ!!??」  「が、がらだが、体が焼けるよ"うにィ!?」

 「痛みが、痛みがぉおあああ!」

         「ぎぃっ!?」  「よ、避けゴッ!?」

 

 余波で大地を砕きながら、スフラメルの軍勢に襲いかかる聖なる雨。それは闇の住人たるスフラメルにとっては死の雨であり、万を超える軍勢が一斉に死に絶える。

 スフラメルが展開した闇の防御を紙のように貫いていくその光景は、理不尽というほかなかった。

 

 天の術式──『豊穣神の涙』

 

 その術式の捕捉範囲は惑星の大地全域。大地の上ならば矢をどこにでも幾らでも放てるという凶悪すぎる術式だ。理論上は大陸全土だって一度に覆い尽くせるし、それこそ遠い海の向こうの大陸とて大地があるならば彼女の術式からは逃れられない。

 

 欠点は矢の量が『神の力』に依存することと、人工島や海上は攻撃範囲外な点だろうか。

 また、威力自体は『天の術式』の中ではさほど高くない。単純な威力であれば、クロエの『絶対凍結(ニブルヘイム)』の方が強力だろう。

 

 尤もあくまでも『天の術式』の中ではという話であり、今のソフィアであろうと建造物どころか防壁であろうと余裕で粉砕する威力を出せる。

 なによりこの術の真価は、圧倒的なまでの攻撃範囲と射程距離。隙を突いて放てば、遥か遠くから一方的に相手を殺せる凶悪な術式なのである。

 

 余談だがジルはソフィア以上の威力で使える一方で、精度はソフィアに及ばない。ジル曰く、「撃てる範囲が広すぎて狙った位置に叩き落とすのが難しい」という話である。

 

「……やはり、彼らには『神の力』が非常に有効なようですね。彼らほどの実力ならば、この程度の威力であれば防げるはずなのですが」

 

 スフラメルの死体の山を見やりながら、ソフィアは一人呟く。

 人間に対して一方的に優位に立てるスフラメルと、その彼を一方的に殺せるソフィア。実力による単純な強弱関係ではなく、相性による有利不利がそこにはあった。

 

 もしも相性による有利不利が無ければ、本来の実力を発揮できないソフィアは敗北を喫していただろう。

 

(彼らの不死性は、普通に対処するのであれば非常に厄介ですからね……)

 

 多勢に無勢というのは、メリットだけが存在するわけではない。何故なら味方への攻撃を避ける必要があるため、一度に攻撃できる人数はどうしても限られてしまうからだ。また、加減も必要になってくるかもしれない。

 

 だが、スフラメルにその枷は存在しない。

 

 味方(スフラメル)ごと首を切断しようが、味方(スフラメル)の首は生えてくる。

 味方(スフラメル)ごと殺してしまおうが、味方(スフラメル)が死ぬことはない。

 

 多勢に回ることで生まれるデメリットの全てを、スフラメルは己の特異性で相殺することができるのだ。その特異性のせいでソフィアに狩られてしまうというのは、皮肉な話だが。

 

(ジル様の邪魔をさせるわけにはいきません。こうして一度に大量のスフラメルとやらを迎撃することで、私に戦力を集中させようとしてくるはず)

 

 なにより嫌な予感がする、とソフィアは内心で表情を暗くした。

 神の血を引いているこの身が、全身で危険信号を鳴らしている。間違いなく、なにかが起きる前兆。一刻も早く、ジルの元に向かいたい。

 そのためには、目の前の邪魔な連中をなるべく多く片付ける必要がある。

 

 故に、可能な範囲でスフラメルをこの場に集結させたかった。この術を使えば見えない場所にいるスフラメルであろうと大多数を勘で潰すことも不可能ではないが、ジルの妨げになる可能性があるためそれは避けなければならない。

 

 ──と。

 

「アンタは、この連中を殺せるのか」

 

 轟音が響くと同時に、ソフィアの目の前に紫髪の美男子が叩きつけられる。

 間違いなく即死する衝撃だが、しかし叩きつけられた美男子の体は即座に再生し始め。

 

「ええ。私は彼らを殺すことができますが……あなたは」

 

 し始め、しかしそれはソフィアの槍に貫かれることで止まる。そのまま彼女は声のした方向へと顔を向けて、この場に現れた少年を見た。

 頭から血を流し、所々服が破けているが命に別状はなさそうである。

 

「俺はローランド。理由があって、こいつらを潰しにきた」

「ローランド、ですか。私はソフィアと申します。私も理由があって、彼らを殲滅している最中です」

「つまり、目的は一致してるわけか……こいつらの弱点はなんだ? 俺だとどれだけ潰そうとも再生してくるんだが、アンタは殺せるんだろう?」

「彼らの弱点は……」

 

 言おうとして、ソフィアはふと思う。

 スフラメルの弱点を説明するのは、簡単だが難しい。神々の力を以てすれば粛清可能であると説明したとして、それを果たして信じてもらえるのだろうか。

 

「いえ、私だと言葉にするのは難しい。あなたでも彼らを(たお)せるよう、支援魔術をかけさせて頂きます」

 

 嘆かわしくも、外において神の存在を信じる者が少ないことを認知しているソフィアは、あえて説明を省略することにした。

 

 何故なら万が一少年が神の存在を否定する発言をすれば、間違いなく殺してしまうから。

 

 ならば説明する必要はないだろう、とソフィアは思う。これが他の教会勢力の人間であれば嬉々として説明して──反応が悪ければ殺すであろうことを考えると、ソフィアは非常に善良である。

 

 支援魔術と嘯き、彼女は『神の力』をローランドの身体に纏わせるべく行動する。優しい黄金の光が、ローランドを包み込んだ。

 

 だが。

 

(効果が薄い……?)

 

 想定していたより遥かに劣る結果に、思わずソフィアは困ったような表情を浮かべた。

 

(確かにこちらに来てから私は弱体化しましたが……この程度の結果に終わるほどではないはず……この少年は一体……?)

 

 ソフィアがそのような疑問を抱いているとも知らずに、ローランドは己の手を開いて閉じる。それを数度繰り返したのちに、こちらに突っ込んできたスフラメルに向かって拳を構えた。

 

「なるほど」

 

 大地を揺るがす轟音と共に、スフラメルの肉体が爆散する。ローランドの放った打突は、元より人体を内部から破壊するに余りある一撃だ。

 しかしそれでも、スフラメルを斃すには至らなかった。彼の持つ不死性を突破することは、キーランから知らされていた事前情報の通り不可能だったのだ。

 

「理屈は分からないが、これなら殺せるらしい」

 

 だが、今回は違う。薄い黄金の光を纏った拳によって、スフラメルは完全に死亡した。復活の兆しすら見せない。

 

 目の前の死体はまさしく、あの施設で──

 

(……施設って、なんだ?)

 

 ピタリ、とローランドの体が停止した。

 

「……」

「ローランド殿?」

「……いや、なんでもない。それより、早く片付けよう。生き残っている人たちがいる」

「! その方々は」

「俺が見つけた人たちは安全と思われる場所に隠したが、敵にこれだけの数がいるとなると時間の問題になりかねない」

 

 二人が視線を移す。

 そこには、先ほどの倍以上の数と化したスフラメルの軍勢が。空間を震撼させるほどの闇を纏いながら、殺気立った視線で二人を射抜いている。

 

 その殺気を受け流しながら、二人は並び立った。その全てを殲滅するという、意思を抱いて。

 

「急ぎましょう。生き残った方々もそうですが、なにより嫌な予感がします」

「奇遇だな。俺も、肌がざわついて仕方がない」

 

 ◆◆◆

 

「……なんだ。一体どのような原理で、お前はあらゆる力を弾いている。筋が通らんぞ」

「くく、答え合わせをご所望かエーヴィヒ? 貴様は自身の手で、解き明かすと口にしていた記憶だが」

 

 闇の閃光と黄金の光が激突する。周囲が余波で吹き飛ぶが、二人の絶対者は揺らがない。

 一見互角にも見える戦況だが、両者の表情を見れば優勢劣勢は火を見るより明らかだ。

 

「お前のそれは、あらゆる攻撃を無力化している。かといって悪意や殺意が無ければ通るのかというとそういう訳でもない。文字通り、お前にとって都合のいいもの以外は全て無効化している力だ……なんだ、それは。お前は、既に絶対に至っているとでもいうのか」

 

 いいや違う、とエーヴィヒは自身の言葉を否定する。もし本当に絶対に至っているならば、ジルが『神の力』を求める理由がない。なにかを求めるということは、足りない部分があるということ。

 つまり限りなく絶対に近い存在ではあっても、決して絶対ではない。ならば付け入る隙はある。あるはずだが。

 

(……俺様の生み出した力では、届かないとでもいうのか)

 

 歯を食いしばり、拳を握る。骨が軋み音を立てるほどの力を込めながら、エーヴィヒは大きく吠えた。

 

「認めんぞ……俺様のやり方が誤っていたなど──認めてなるものか!!」

「負け犬の遠吠えとはよく言ったものだ。貴様では私には届かんと未だに理解できない鈍重さ。それで絶対に至ろうなどと、笑わせる」

「────ッ!」

 

 転移の如き速度でエーヴィヒがジルに肉薄し、血を纏った拳を振り下ろす。それをジルはなにも纏っていない蹴りで砕き、エーヴィヒの首を鷲掴みにした。

 

「安直極まりない。その程度で、私に届くわけがなかろう」

「こ、の……っ!」

「フッ。以前はわざわざ『神の力』を纏って対応してやったがな。本来の私は、貴様程度を相手するのになんらかの策を講じる必要はない」

 

 優しい声音だった。それこそ、幼児に語りかける保母のように優しい声音。

 されどその瞳に温度はなく、口元も一切緩んでいない。刺すような鋭い殺意だけが、ジルの全身からは放たれていた。

 

「このまま潰すのは簡単だがな、貴様には真の絶望というものを───……?」

 

 ──と。

 ジルの視線がエーヴィヒから逸れ、ある一点に向けられる。もはやエーヴィヒなんぞどうでもいいとばかりの態度。敵を前にしてやることではない。

 

「……なんだ?」

 

 だがそれは、エーヴィヒも同様だった。

 ジルの力が緩んだと同時に自らの首を切断し、再生すると共に彼の顔はジルの視線と同じ方向に向けられた。

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅い空が歪み、血の海が消失し、大地が硝子(がらす)のようなものへと置換されていく。徐々に世界がこの世界とは別のものへと変異していくその様を、ジルも、エーヴィヒも、スフラメルも、ただただ眺めていた。眺めるしかなかった。

 

 黄金色に輝いていた『神の力』。それはドス黒い液体と変わり果てながら、ゆっくりと大地に降りていく。

 そして地に落ちたそれから、黒い霧のようなものが漏れ始め──

 

「yr」

 

 不安定だったそれは、人型の『何か』として安定した。

 

「yr」

 

 目と口らしき部分が空洞の顔面。

 シルエットだけならドレスを着た髪の長い少女にも見える霧の『何か』は、背にある翼のようなものを大きく広げる。

 

「yr」

 

 ふらり、と中空に浮上する『何か』。

 

「yr」

 

 広がるドレスのようなものと、背から展開される両翼。

 

 そして。

 

「yrrrrrrrrrrrrrrr────!」

 

 正体不明の叫びが、世界に轟く。

 悲鳴とも、喝采とも、鳴き声とも違う叫び。人間には理解不能な言葉を発しながら、『何か』は目覚めた。

 

 目覚めて。

 

「yr」

 

 翼が一瞬にして肥大化し、上空に佇むジルへと放たれた。

 

 ◆◆◆

 

 それは、紛れもなく俺を殺すことのできる一撃。権能を貫く『神の力』による攻撃は、ジルを打倒するに足るもの。

 グレイシーやソルフィアを見た時と同様、俺の背筋が凍りつく。これまで演じてきた遊戯とはまるで違う、死の一撃。

 言の葉が通じない相手である以上、グレイシーやソルフィアのような展開は期待できない。

 

 故に。

 

「ッ!」

 

 俺を叩き落とそうと伸ばされた黒い翼を回避しながら、黄金の光を放つ。それは『何か』から放たれた黄金の光と衝突し、轟音を立てながら爆発した。

 

「……っ」

 

 爆風を受け流しながら、俺は煙に包まれた場所を注視する。権能を発動させているにも関わらず、俺に余波が届いたという事実。

 

 そのことに、僅かばかり内心で顔を(しか)め。

 

「じゃじゃ馬めが……」

 

 しかし表には出さない。いつも通り傲岸不遜に、絶対的な存在として、俺は世界に君臨する。

 

 それこそが第一部のラスボス、ジルに相応しい在り方だから。

 

「飼い犬が飼い主に逆らうなど、天地が逆転しようとあってはならない。そのことを、貴様には理解させてやるとしよう」

「yr」

 

 首を傾げたような動作をする『何か』。妙に人間らしい仕草に嫌な予感を抱きながら、俺は『神の力』を全身に巡らせた。




『豊穣神の涙』
惑星の大陸全てが攻撃範囲。逃れたかったら海に出るしかない。なおこの世界には大陸の向こうを目指して海に出た冒険者たちが帰らぬ人となった事実や、クロエが定期的に大陸辺境近くの海を凍結させるストレス発散日、海のどこにあるジルでも攻略不可能な海底都市、などの厄ネタが存在するものとする。

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