気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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時系列的には四話でジルが教会勢力と接触すると決めて国を発つ準備をしている最中の一幕。というか、これが準備の一つとでも言えば良いのかしら。
バトルのジャンルで三万文字も書いてて主人公の戦闘描写皆無なのどうなの、と思ったので閑話として差し込みました。
ジルの力の一端と、ついでに三人目のレーグルとその男の有する『加護』の一つがお披露目されます。


閑話 ジルの力

 教会勢力と接触を図るに前にやっておくべき事が一つある。

 それは、自分の実力を知っておくという事だ。万が一戦闘に移行した場合、力に振り回されて自滅などという無様な結末は避けなければならないのだから。

 可能であれば対人戦闘を望みたかったが、ジルと同格の存在なんてこの世界、この時間軸には存在しない。

 

 この世界には列強国と呼ばれている四つの大国があり、各国にそれぞれに突出した実力者が存在する。

 

 氷の魔女。

 騎士団長。

 龍帝。

 そして、人類最強。

 

 しかしそんな彼らでも、ジルと同格ではない。なにせ列強国最強と謳われている大国にいる人類最強の青年でさえ、第一部においてはジルの本気を引き出すには至らなかったのだから。

 

 別に、実力を知るだけなら格下の人間を相手にしても構わない。それこそ、レーグルなんて都合の良い存在かもしれないが──加減を誤って死なせるには惜しい駒だ。ならば他国の人間を、とも思うがジルという脅威を早々に知らしめた場合、原作のジルが懸念していた事態になってしまう。

 

(……万が一『神の力』を放棄されたら、ジルの強化が不完全に終わる。その状態で神々を相手にする? 無理に決まってんだろ……)

 

 神の力を全て取り込んだジルでも及ばないであろう神々を相手取る予定だというのに、神の力を全て取り込んでいない状態でその時を迎えるなんて考えたくもないというのが彼の至っている結論である。

 

(となると、魔獣なんかを倒すのが手っ取り早いか)

 

 国の外に出て、人類の活動圏外に行けばそれこそ魔獣を狩るには困らないだろう。だがそうすると冒険者とエンカウントする可能性は当然浮上するし、場所によっては騎士団長や龍帝辺りと予期せぬ接触が起こる可能性も当然ある。

 そうなってくると非常に面倒──

 

(……ああ、ちょうど良いやつがいるじゃないか)

 

 レーグルの構成員である一人の男を思い浮かべる。

 性格的に難がある人物だが、それでも上下関係は成立しているのだ。であれば、利用しない手はないだろう。

 

 ◆◆◆

 

「ジル殿。何故私は呼び出されたのかね?」

 

 ジルの前に、一人の年若い見た目の男が立っていた。

 縁の無い丸眼鏡をかけ、白衣を纏った水色の髪を持つ男──名を、セオドアと言った。

 

 その見た目から連想させるイメージ通り、彼の直接的な戦闘能力はあまり高くない。ジルが深く考えずにデコピンをすれば、それだけで頭が吹き飛ぶだろう。

 にも関わらず、セオドアに臆した様子は見受けられない。その慇懃無礼な態度をキーラン辺りが見れば激怒しそうなものだが、しかしジルはそれを咎める事なく口を開いた。

 

「なに、貴様の加護を試したくてな。遠慮はいらん。私を殺すつもりで加護を使え」

 

 そう言ってセオドアから背を向け、距離をあけるために歩き始めたジル。

 眼鏡の奥からその背中を眺めつつ、セオドアは眉を僅かに顰める。

 

(……今更私の加護を試したい、か)

 

 セオドアは優秀な研究者だ。それこそ、自らの肉体を弄る事で老化を抑える程度には。しかしそれ故にか、危険思想を持ち合わせている可能性があるという理由で牢獄にぶち込まれた過去を持つ。

 だが、ジルにとって危険思想などどうでも良いらしく。裏で王となったジルにその頭脳を評価され、密かに牢獄から引きずり出された。その時に彼も他のレーグルと同じように『加護』を付与されたのだが。

 

(その時は私の加護に関しては興味が無かったはず。彼が必要としていたのは私の研究者としての側面であり、加護の能力に関しては何も懐いていないはずだったのだがね……)

 

 まあ別に、加護を試されるのは問題ない。

 いやそれ以上に、加護を用いた実験が出来るのでセオドアとしても好都合だ。

 

(……城の地下にこのような広々とした空間があることを知れたのも好都合。今後はここで実験させてもらおうか)

 

 そう思考を纏めた彼は『加護』を発動する。

 彼とジルの間の空間に紫色の魔方陣が展開され、そこから夥しい数の蛇が飛び出し波となってジルに襲いかかった。

 

 『天の悪戯(フヴェズルング)』。

 セオドアの有する加護であり、その能力はあらゆる魔獣神獣を召喚し、使役するというもの。

 彼はこの加護をもって召喚した魔獣や神獣を解体し、研究をしていた。

 

 今回彼が召喚した蛇はいずれもが強力な毒を持った魔蛇だ。それもセオドアが直々に改造を施しており、その牙には彼の調合した自然界には存在しない猛毒が秘められている。

 そんな毒を持った蛇が視界を覆い尽くす程召喚され、襲いかかる地獄。屈強な兵士であろうと死ぬしかないその最悪の事態に、しかしジルは一切の抵抗を見せなかった。

 

「魔獣か。それならこれで終わるぞ」

 

 否、抵抗をする必要がなかったのだとセオドアは瞬時に悟った。彼の視界を埋め尽くしていたジルを呑み込まんとした蛇の波が、ジルを避けるように不自然な動きで割れる。

 

(……なんだ、今の現象は。魔力で構成した障壁? いや、それであるならば私のこの眼鏡に映し出される。では『神の力』とやらで構成した障壁か? いや、神の力の発動には神威が放たれる)

 

 不可解な現象だ。

 未知の現象だ。

 それを見たセオドアの頭脳が、高速で分析を開始する。

 

(私に『加護』を与えた彼がそれに類似する、あるいはそれを凌駕する力を使えるのは道理。あらゆる物質や現象による干渉を弾く『何か』か……? いやそれは違うな。そうであれば彼はこの地に立つことさえ───そもそも彼は『魔獣ならこれで終わるぞ』と言った。であれば……)

 

 ジルが眼前に手を翳し、口を動かす。

 途端。大地を炎が奔り、無数の蛇を燃やし尽くした。

 

「流石、と言ったところか。ではこれはどうかね?」

 

 炎が消え去った瞬間を見逃さず、セオドアはジルの両隣に巨大な猪を召喚した。その猪が纏っているのは──セオドアが加護を発動した時に生じる魔方陣と同質の力。

 

 巨大な猪は標的(ジル)を見据えると、雄叫びを上げ、その脚をジルに向かって振り下ろした。

 

(加護を付与した神獣の一撃。その一撃はかの国の騎士団中隊長に支給される防具ですら軽々と踏み抜くが……)

 

 それは、この世界に存在する大半の防具、魔術障壁、結界を打ち破る一撃。

 大地をも穿つ一撃に、しかしジルは───。

 

「……ジル殿。君は、本当に人間かね?」

 

 しかしジルは、その両の手で神獣の一撃を受け止めていた。足元は深く陥没している。それこそ、ジルの膝下まで覆い隠す程に深いクレーターが出来ている。

 だが、ジルの涼しげな表情は変わらない。苦悶の声をあげる神獣を軽く見据えたジルは、ゆっくりと口を開いた。

 

「早々に『■■■■■(アースガルズ)』に通じる攻撃に切り替えた辺り、貴様の頭脳はやはり優秀だな」

 

 そう言って、彼は二体の神獣の脚を握り潰す。

 鮮血が豪雨のように降り注ぐが、しかしジルの姿は既に神獣の上にあった。

 

(……音速の二倍であろうと反応するセンサーでも彼の動きは捉えられないか。加えて魔力感知にも反応なし。つまり、魔術による身体強化を行なっていない。純粋な身体能力が人間の領域を超えている)

 

 そして次の瞬間、二体の神獣はその身をプレスで押し潰されたかのように叩き潰された。

 中空での彼の腕を振り下ろしたような姿勢からジルが神獣を殴った事だけは推測できるが、どれほどの力で、どれほどの速度で拳を振り抜いたのかを全く読み取れない。

 

「……この程度であれば、おそらく騎士団長や氷の魔女でも出来るだろう。セオドア。貴様の加護の完成度は、その程度か?」

 

 さらりと自分は世界の頂点に位置する人間達と同格以上であると告げたジルに、しかしセオドアは驚嘆を示さない。

 魔獣や神獣を、それこそ下級であれば無限にも等しい個体数を召喚できる加護。そんな常識外れな力を簡単に付与してくるような存在なのだから、世界に名を馳せる稀代の天才達と同じ領域に立っているのだろうと元より推測していたからだ。

 

(……成る程、ジル殿)

 

 そんな彼の眼鏡が、怪しげに光る。

 そして次の瞬間、セオドアの背後に神々しい光を纏った巨大な狼が召喚されていた。

 

「……それは」

 

 そしてそれを見た、ジルの眼が薄く細まる。

 そんなジルを見て何を思ったのか。セオドアは白衣のポケットに両の手を突っ込み、笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。

 

「くく……なに、神獣だよ。それも、現在には存在しない神獣。太古の時代には存在したであろう、ほぼ架空と言っても過言ではない神獣だがね。研究に研究を重ね、なんとか再現したと言ったところか。……とはいえ、推測でしかないが本来のそれと比較すれば矮小だ。この大きさでもおそらく幼体なのだろうが、幼体としても本来のそれに遠く及ばない。不出来な存在だ」

 

 これが文字通りの、セオドアの切り札。本来であれば、未完成という理由でこの世界に顕現する事が無かったはずの神獣。

 だが、セオドアはこれを呼び出した。

 これは伝説の一端でしかない。神の基準で考えれば大した事ない獣でしかない。

 だが、只人の身で神話の一端を再現したという事実に変わりはない。

 教会勢力が見れば眼を剥く事態が、この小さな空間で起こっていた。

 

「────────ッッッ!!!」

 

 神狼が遠吠えをあげた。

 空間が震撼し、大地がヒビ割れる。

 この空間とセオドアにはジルが防壁の魔術を貼っているが、しかし世界の許容量を超えた力に空間が悲鳴をあげていた。

 

「……!」

 

 そして次の瞬間、神速で移動した神狼とジルが衝突する。

 両者のぶつかり合いで発生した衝撃が空間を蹂躙し、発生した爆風が防壁ごとセオドアを吹き飛ばす。

 

(……ッ!)

 

 吹き飛ばされたが、しかし身に纏わされている防壁のおかげで痛みはない。

 すぐ様視線を轟音が鳴り響く箇所に向けるが、しかしセオドアに見えるのは両者の激突により発生する余波だけだ。

 

(……なんという事だ)

 

 雷撃が迸った。炎の渦が立ち昇った。ドーム状の衝撃波が形成され、大地が砕け散る。謎の力場が発生しているのか、眼鏡が何も映し出さない地点まで存在していた。

 

(まさに、神話の再現……)

 

 これがもし、結界が無ければ。

 これがもし、外で行われていれば。

 文字通り世界が揺れる新たな歴史となっていたに違いない、とセオドアはもはや機能していない計測器を横目に見ながら確信する。

 神狼を戦わせたのは初だが、間違いなくうわさに聞く制限を解除した騎士団長や、禁術を行使する氷の魔術師をも凌駕する戦力。世界に放てば、間違いなく勢力図が塗り変わる災害。

 だというのに。

 

(ああ……)

 

 だというのに、セオドアの胸に飛来するのは、有り余る空虚さだけだった。

 

(ああ……なんと……)

 

 一瞬だけ見えた、ジルの顔を脳裏に浮かべる。

 この実験を地上で行っていれば、大陸の地図を書き換える事になるだろう。そう思わせるだけの規模の戦闘を繰り広げながら──しかし、かの王の顔色は何も変わっていなかった。

 

「……」

 

 体感では何時間も経過した気分だった。しかし、現実には数分も経っていない時間だった。

 

「────」

 

 神狼の動きを封じたジルが呪文を唱える。

 それは、神域の天才とされる術師でも無ければ到達不可能とされる超次元の高位魔術の一つ。扱える術師はそれこそ世界に五本の指もいないだろうそれを、しかしジルはなんの準備もなしに、短縮した詠唱で行使できる。

 別に魔術のみを極めている存在でもないだろうに、彼は一流の魔術師すらも軽々と凌駕する。ほぼ全てにおいて人類最高峰の才能を有しているその規格外さに、セオドアは思わず笑っていた。

 

 音が飛んだ。

 視界が白く染まった。

 

 目を開けたセオドアの視界にいたのは──即ち、勝利したのはジルであり、世界から消滅したのは神狼。しかも、ジルは無傷。上半身の服こそ消失しているが、肉体にダメージはおそらくほとんどない。彼の本気を引き出せてもいないだろう。

 

 それを見て。

 

「……」

 

 それを見て、セオドアは思う。

 

(……不出来とはいえ、神代の一端を掴んだと思っていたのだが)

 

 そして眼鏡を怪しく光らせ、

 

(君の肉体に、興味が湧いたよ)

 

 その口元に、弧を描いていた。

 

 ◆◆◆

 

 ───セオドア……お前……あんなもん召喚できたんか……。

 

 あの狼。間違いなく数多くのファンタジー作品に出てくる某神殺しの牙を持つ狼の未完成体である。元々のスペックも非常に高いのに加えて、特攻効果を持つ牙の一撃。当然ながら、自らを殺傷し得る可能性を有する存在にジルも肝が冷えた。

 

 ───単純なカタログスペックならこの肉体より低いけど、神の力への特攻のせいなのか常時ダメージが入ってきたのが面倒くさかったな。

 

 しかし、とジルは思う。

 あの神獣が完成すれば、神々に対する切り札のひとつになるのではないか、と。

 

「……」

 

 ───頑張れセオドア。超頑張れ。

 

 この日、セオドアの研究室に回される予算が大幅に増した。

 

 




以下、軽く設定やら裏話やら。

■■■■■(アースガルズ)

 ジルの固有能力。神々ならデフォルトで備えている権能。一部では強力な性能なのだが、二部三部になるとあっても無くても大して変わらない力に成り果てる。

・狼くん
 
 フェンリル。
 セオドアが言うように本来神代に存在していたフェンリルには遠く及ばないのだが、それでも現代における世界最強クラスの人間を凌駕する。とはいえこの時点の制限無し騎士団長と禁術を解禁した氷の魔術師がタッグを組んで死力を尽くせば討伐可能な程度なので「不出来」と称されるのは当然。なお神々に対する特攻持ちなので、ジルや熾天などがこれと敵対すると彼らには若干デバフが入る。
 原作アニメにおいては「不出来で未完成だから見せるの恥ずかしい」という理由から登場しなかった子。今回お披露目されたのはセオドアの中であくまでも「実験」という位置付けだから。
 仮に翌日セオドアが人類最強の青年辺りと戦闘になっても、セオドアはフェンリルを召喚する気がないので呆気なく死ぬ。まあそもそも身体能力に差がありすぎる為召喚したくても召喚させてくれないのだが。
 ちなみにこの子が原作アニメに出ていたら人類側の伸び代がある実力者が死ぬので、人類滅亡エンド一直線らしい。

・セオドア

 直接戦闘はそれほどなのと、フェンリルの次に強い魔獣神獣はそこまで強くないという理由で、アニメでは一番最初にやられたレーグル。研究職なのにフィールドワークと称して前線に出たりお茶目。
 神代の一端を掴んでるやべえ奴。ジルの肉体の神秘を知れたのと、研究予算が増えてにっこり。その研究予算で何をするのかは本人のみぞ知る。
 よくいる完結してから設定資料集とか見ると「こいつやばかったんじゃ?」みたいになる奴枠。

天の悪戯(フヴェズルング)

 正確には魔獣や神獣を産み出す加護であり、産み出す条件としては生物として存在を保てる事実のある魔獣や神獣である事が必須。ようは一度も世界が観測していない生物は産み出せない。つまり僕の考えた最強の生き物を産み出すのは無理。また、使用者が構造やらを理解していない生物を産み出す事も不可能なので、基本的にセオドア以外が持っても意味のない加護。
 何が言いたいかと言うと、現代に存在しない以上フェンリル(未完成)を一度加護の力とか無しに自分で作り上げていないと、フェンリル(未完成)はこの加護では召喚できない。

・ジル

 一部のラスボス。かませ犬になるには実力が必要という理由で、人類最強を鼻で笑いながら「俺が本当の人類最強だ」と言える程度にスペックが盛り盛りされている。結果その後のインフレが酷くなるバトル物でよくあるパターンになる。
 一部で()()()山を消し飛ばせるのは彼くらい。三部になると山はナチュラルに消し飛ぶのでなんの自慢にもならない。

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