気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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大陸最強国家マヌスの刺客 I

 ──安全性を確認するために、内部をある程度で良いので拝見したい。

 

 その言葉を受け、暫く考え込んだキーランはその言葉を了承。先の言葉を発した相手を、キーラン自ら案内する手はずとなった。

 

「すまない。こちらとしても、これが仕事なのでな」

「理解しよう。主君の安全確保のため、万が一の可能性を微塵たりとも残さず潰す。そこに理屈、理論上の問題が介在する余地はない」

「理解が早くて助かる」

「──そう。理屈が介在する余地はないのだ」

「……? ああ」

 

 言葉を交わしながら、内部を見て回る面々。

 

 今回の見合いはジルの城の敷地内にある、少し離れた屋敷で行われている。流石に互いに顔も知らないのに、本拠地そのものでやるのはどうなのかというジル側の配慮──表向きは城に入れる価値はない云々と誤魔化した──だ。

 

 まあそもそも逆の立場にあった時、ジルであれば内心で罠を深く警戒するだろうからさもありなん。

 向こう側としても正真正銘の本拠地ではないとはいえ、ホームグラウンドはホームグラウンド。護衛という立場に着いている以上、ただただ突っ立ってるという訳にもいかない。見て回るのは当然と言えるだろう。

 

 まあ本当の意味で安全を期するのであれば、そもそも全く関係のない中立国のどこかで見合いの席を設けるべきなのだろうが。

 

「……ここからは地下に繋がっている。万が一の際、避難経路として活用可能だろう」

 

 そう言って薄暗く、地面が舗装されていない地下に降り立つ二人。中は広々としていて、通路というよりかは──

 

「さて」

 

 ──と。

 しばらく先を進んでいたキーランが、足を止めて振り返った。視線の先には、当然先ほどまでキーランが案内をしていた護衛の人間が。

 

「お前は誰だ?」

「……はい?」

 

 突然妙なことを口にしたキーランに、護衛の人間が戸惑いを見せる。それを無視して、キーランはゆっくりと周囲を見渡した。

 

「その顔、お前のものではないだろう」

「なにを──」

「分かりやすく言ってやろうか──どこぞの輩から剥いだ皮を被り、変装をしているだろう?」

「…………」

 

 その言葉に、無表情と化す護衛。

 空気の変化を感じ取りつつ、キーランは更に言葉を続ける。

 

「中々に巧妙な変装だ。いや、巧妙にすぎると言っておこう。ここがジル様の所有地でなければ、オレですら見逃していたかもしれない」

 

 ローランドとレイラをやり過ごし、超級魔術を修めたステラが見逃した以上幻術の線もない。

 

「これまで多くの暗殺者を目にしたが、お前が随一だと言っておこう。ジル様からすれば取るに足りない無名の有象無象に変した点も、偶然の産物とはいえうまく働いたようだな」

 

 それでも常人を遥かに凌駕した観察眼を有するジル本人かあるいはグレイシーが護衛を直接視認すれば話は変わっていた、とキーランは確信を抱いている。目の前にいる護衛は馬車の片付けなどで遅れたため合流したのは見合いが始まって以後。

 

「お前は、変装においては人類最高峰の才能を有しているのだろう。他者の顔面の皮膚を剥いだ結果とはいえ、繋ぎ目はもちろんのこと、ここまで違和感なく雰囲気その他全てを真似るのは至難というほかない」

 

 これがジルの興味を引く存在──例えば大陸有数の強者が護衛として着いていたらジル本人が裁定と称して直接目にしたかもしれないが、凡百程度がジルの興味を引くはずもない。結果として、目の前の護衛がジルと対面することはなかったのだ。

 

 なおこれはキーラン含めて誰も知らないことだが、ジル本人としては護衛全員の力量その他全ても確認したかった。ただ、ジルというキャラクター像を崩さないために「有象無象の護衛とか興味ありませんけど?」みたいな空気でさっさと見合いを始めただけである。

 

 原作ジルの演技という点では百点満点なのだが、その結果危険物を見逃したと知ったらジル本人は微妙な心境になるだろう。本人も自覚しているとはいえ───それは彼が独力で全てを成そうとするならば、決して修正ができない己の弱点の氷山の一角なのだから。

 

「そしてそのどこぞの輩こそ、本来の護衛だ。どこかですり替わったのだろう」

「……」

「ここはジル様の所有地であり、オレがお前というこの地に入り込んだ鼠を見抜けない道理はない」

「……」

「ならば何故最初から捕らえなかったのか。ふん、単純な話だ。ジル様には、とあるお考えがあった。老獪の真意を探り、大義名分を得るまでは見合いを進ませたいというお考えがな。お前の目的と、ジル様ご自身の目的に至るまでの利害は偶然ながら一致したという訳だ」

「……」

「ここまで巧妙に紛れる以上、打って出るタイミングとて慎重に慎重を期するだろう。ならばそれまでの間、お前を放置することに問題は発生しない。そしてこれは逆に言えば、タイミングを作り出してしまえば釣ることは容易いということ」

「……」

「とはいえ、ここまでのオレの言葉は全て疑心の域を出ない。オレの抱いている確信と、真実は異なるものかもしれん。故に──泳がさせてもらったぞ、お前をな」

「……見抜いていたか。前兆を」

「ここでなら殺せる、と思っただろう。それこそが、真実を裏付けるものだ」

「…………」

 

 静寂が空間を包み込み、両者の間の空気が張り詰めていく。不気味な雰囲気を漂わせ始めた暗殺者に目を細めながら、キーランはいつでも短刀を抜けるように思考を切り替えて、

 

「……成る程。お前は厄介そうであるが──王の程度は知れたなり」

 

 直後、スペンサーの顔面に短刀が投擲される。一瞬にして空間に顕現せし黒い短刀。それは暗殺者の顔面を、寸分の違いもなく貫いた。

 

「……ちっ」

 

 否、違う。貫いたのは顔面にあらず。それはキーラン自身も見抜いていた暗殺者が被っていた本来の護衛の顔の皮。一瞬にして、顔の皮だけを空間に捨て置いて移動したのだろう。

 

 それを即座に認識したキーランは振り返ると同時に、短刀を振るった。火花が散り、暗殺者本来の容姿が露わになる。

 

 長い黒髪と、灰色のロングコート。コートの中は黒い鎧のようなものを纏っていて、両手は灰色の手袋で覆われていた。全体的に地味めな風貌で瞳を閉ざす、若い男性。

 

「その身のこなし。同業者であるか」

 

 そう言って暗殺者──スペンサーは後方に跳ぶことでキーランとの距離を置く。

 徐々に高まっていく殺意とは反して、声音は喫茶店のマスターのように穏やか。それが、男性の異質さを明白にする。

 

「殺し屋に必要な技術は、多岐に渡るなり。暗殺者は隠れ潜むことしかできないなどと戦士や傭兵は口にするが……三流も良いところである。小生は、正面戦闘においても大陸最高峰。ただただ、殺すのに効率的な手段を選ぶのみ」

「……」

「世が世である以上、こうして同業者と死合うのも珍しくないなり。だから教えておくなりが──この世界に存在する殺し屋は、全て小生に殺される運命(さだめ)である」

 

 返事は、再び放たれた短刀だった。ノーモーションで放たれた凶器がスペンサーの目の前に現れる。突然空間に出現したというしかない領域の投擲。

 それを、

 

「絶技と言える。しかし小生こそが、世界最高の殺し屋なり」

 

 それを首を傾けるだけでスペンサーは回避した。

 物理法則に従った短刀が落下した音ともに、暗闇に紛れるようにキーランが大地を蹴る。

 

「三本の指には入るであろうお前を斃すことで、小生の価値を更に証明するのである」

 

 スペンサーが腕を振るった。直後、空気を裂くような音ともに暗闇を(はし)る複数の銀閃。

 

「!」

 

 目の前に迫るそれを見て目を細めたキーランは、回避すべく跳び上がって天井に着地。銀閃は大地を抉り取り、深く大きな切傷を大地に刻んだ。

 

「……岩をも砕く糸か」

 

 天井に張り付きながら、キーランは新たな短刀を三つ取り出す。彼の視線の先では、数十を超える銀の糸が生きているように揺らめいていた。

 

「その程度の強度で済む糸ではないなり。この糸は、最高硬度を誇る鎧であろうと容易く──」

 

 必要な情報は聞き取れたと認識したキーランは、不意を突くように短刀を放つ。それはスペンサーの糸が敷く防御壁によって止められるが、気にした様子もなくキーランは大地に降り立った。

 

「不快なり」

 

 自慢げに口を開いていたスペンサーは、言葉を遮られたことでその顔を歪める。彼が両の手を振るうと同時に、銀の嵐が空間を襲撃した。

 

 

 

 

 

 

 

(……始めは掴み所がないと思ったが、分かりやすい性格をしているのかもしれないな)

 

 言葉の応酬や立ち振る舞いから、キーランは相手の情報を集めていく。

 敵は殺し屋。ならば当然ながら依頼主が存在し、であれば彼がやるべきことは標的の殺害ではなく無力化だ。殺害してしまえば、貴重な情報源を取り逃がすことになる。

 

 ジルに降り注ぐ障害は、この身が全て根元から断ち切らなければならない。

 

「【禁則事項は──」

 

 殺し屋には様々な技術が必要とされる、それは確かだ。

 自分の得意分野では標的を殺せないから他を当たってください、なんて依頼主に答えれば次の仕事がなくなるかもしれない。

 

 なればこそありとあらゆる方面で、あらゆる人間を殺す技術こそが殺し屋に求められる技術だ。だからこそ殺し屋は多芸だが、しかし正面戦闘において極める技術に関してはその限りではないことが多い。

 何故ならそこまで手が回らない上に、そもそも正面から殺すことが必要になる事態だけは非常に少ないからだ。そこを磨くなら、それこそ傭兵や戦士にでもなれという話である。

 

 故に、キーランの"必殺"は殺し屋に効果覿面(てきめん)だ。

 目の前の存在は"糸"に大きなこだわりを持っている。それは自慢げな様子と、言葉を遮ったことで不快感を示していたことから明らか。

 

 まあそもそも「殺しの仕事の最中に標的に対して自慢げになるとか意味がわからない頭おかしいなこいつ」というのがキーラン見解だが、仕事の最中でさえ饒舌になるということはそれだけそれに拘りがあるということの裏返しでもある。

 

(それに拘り、磨いたということは……お前の攻撃手段はそれしかないはずだ)

 

 であるならば神より賜りし『加護』が突き刺さる。瞳を黄金色に輝かせ、キーランは言葉を紡ぎ──

 

「お前も、その力を使えるのであるか」

 

 瞬間、四方より襲いくる糸の牢に言葉を中断せざるを得なかった。先ほどまでとは明らかに違う勢いに舌を打ちながらキーランは複数短刀を放ち、弾かれた糸によって生まれた穴から牢を脱出する。

 

 そして。

 

(お前『も』だと……)

 

 先ほどの発言に眉を顰めながら、キーランは態勢を立て直す。その言葉が意味するのは、もしやという疑心を深めて。

 

「……なるほど、神を名乗る男。半信半疑であったが、信憑性が増したなり」

「……」

 

 先ほど以上に殺意が高まったスペンサーと、警戒心を強めていくキーラン。

 

(……どうやら更に、探る必要があるようだ。なにより確実に、生け捕りにしなければ)

 

 解析を始めるべく、キーランは再び短刀を取り出した。

 

 




スペンサーくんを潰すためにどうやって釣ろうかなと考えてたキーランくん、スペンサーくんの言葉に乗る。
殺し屋頂上決戦の開幕です。

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