気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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大陸最強国家マヌスの刺客 II

「──では、あとは若いお二人でごゆっくり」

 

 そう言って席を立つグレイシーに続くように、老人もこの場を後にする。部屋に残ったのは俺と、強張った表情を浮かべる少女の二人だけ。

 この部屋はこの空間で過ごす人間がリラックスできるように設計されている。しかし俺と少女の間で漂うのは異様な緊張感であり、とてもではないがリラックス状態とは言い難い。

 

「……」

 

 紅茶のカップを手に取り、俺は思考を切り替える。

 この見合いが純粋に俺と縁談をしたいものならともかく、そうでないなら遠慮の必要はないだろう。

 

(……さて)

 

 老人の程度は知れた。

 おそらくアレは水面下で物事を進め、詰めの段階で必殺の強襲をかけてくる厄介なタイプだが、この段階で俺の前に立つのであれば敵ではない。それに頭脳は(ジル)やシリルに及ばず、武力もその辺の兵士と変わらない程度。

 

 とはいえ、(ジル)相手に縁談を持ち込む先見性の持ち主だ。それに(ジル)を取り込むことで、成り上がろうとする野心の持ち主という点を鑑みれば"秘密兵器"のようなものを有している可能性はゼロではない。及び腰になるつもりは毛頭ないが、しかし慢心して無警戒になる訳にもいかないだろう。

 

(俺と姫を二人だけにすることまでは、老人のシナリオにも描かれていたはず)

 

 向こうの考えを推測しよう。

 まず前提として、これは見合いの席である。見合いに全く興味のない人間が見合いの席に着くことはあり得ず、ならば老人は「可能性の芽がないわけではない」と考える。

 

 俺が元々縁談に興味がないなら話は大きく変わるのだが、縁談に最低限の興味関心を示すと読み取れる行動を起こした以上、向こうは俺の牙城を崩せると踏むだろう。

 そして縁談に興味があるということは少なからずそういう欲求を有している人間であると考えるだろうし、ならばこの少女にどんなことを言い含めたのかを推測する程度は容易い。

 

「隙を見て私を誘惑しようなどと考えているならば、やめておけ」

「!? な、なにを……」

「ふん。あの老公に、どのような命を下されたのかは知らんが……不愉快だ。私を踏み台にしようなど、不敬にもほどがあろう」

「……っ!」

 

 顔を蒼褪めさせる少女。それを横目に、俺はとある魔術を発動させた。

 不可視のなにかが俺を中心にドーム状に広がり、部屋の一部を覆う。これは上級魔術の一つで、周囲への物音を遮断する効果がある術だ。入門魔術にも似たようなものはあるが、あれだと範囲が狭いし、簡単に破られてしまう。中級魔術以上であれば魔術大国以外であれば戦力として使えるレベルで稀少だが、基本も基本の入門魔術程度ならそれなりにいるだろう。

 

 俺やステラ、クロエは超級魔術や特級魔術を軽率に扱うが──本来、魔術大国以外の国で上級魔術を修めている人間なんてほとんど存在しない。それこそ、天才も天才扱いである。結果として、事前情報がない限りは大抵の場合警戒されない。例外すぎるため、考慮したら手が回らなくなるからだ。

 

(あの老獪も、そこまでの情報はないようだな)

 

 まあ俺は、あまり魔術師に見えないだろう。服の上からでもそれなり以上に鍛え上げられていることが分かるため、近接戦の心得がある前衛型と判断せざるを得ない。

 なお実際は物理で殴っても魔術で殴っても最強格で、相手の攻撃は殆ど無効化するクソゲー系ラスボスである。

 

 ……まあそれはそれとして、だ。

 

(めちゃくちゃ顔が青白くなってるんですけど。貧血とかで倒れたりしそうなんですけど)

 

 先の言葉に、少女は余程の恐怖を覚えたらしい。というか、トラウマのようなものでもあるのかもしれないのか。

 

 この少女はまったくもって悪くなく、むしろ完全なる被害者なので俺の良心がそこそこ痛むが、その痛みを全力で無視して俺は言葉を続ける。

 

「これより、この場における騒音は外部に決して漏れはせん。つまり、貴様が泣こうが喚こうが、誰も救いの手を差し伸べはしないということだ」

「!」

「そう。誰も、誰も私以外の誰も貴様の言葉を耳に入れることはない。貴様がたとえ……なにを口にしようとも、な」

「ひっ──……?」

 

 涙を浮かべ始めていた少女だが、そこでふと気付いたように目を丸くする。

 どうやら頭の回転は悪くないらしい。頭の回転が悪くないということは、それなりに働けるということだ。

 

(思っていた以上の戦果を得られるかもしれない)

 

 口角を吊り上げながら、俺は堂々と少女に言い放つ。

 例え少女の恐怖の対象を相手にしようが、どうとでもなると言わんばかりに。

 

「貴様のような有象無象の未来程度、私の意のままだ。それがどう転ぼうが興味はないが──娘。貴様は自身が夢見る未来を、自らの手で掴み取りたいとは思わんか?」

 

 後半に万感の想いを乗せながら、俺はそう締めくくった。

 

 ◆◆◆

 

 空間を駆け巡る銀の嵐。

 人体はおろか、建造物であろうと紙のように切り裂く必殺の刃があらゆる方向から襲いくる。単純な脅威であれば、超級魔術にも匹敵するそれ。

 

「……」

 

 匹敵するそれを、キーランは巧みな体捌きで回避する。

 地を駆け、天井に立ち、跳躍し、台風の目を的確に探して嵐を逃れていた。

 

 曲芸師のような身のこなし。

 常人が見れば、それだけでキーランという男の実力に目を剥くだろう。だが、スペンサーが注視したのはそこではなかった。

 

「……小生の糸が収束しないよう、常に穴を作らせているのであるか……? いや、違う。これは」

 

 確かに身のこなしは凄まじい。

 重力を無視し、あらゆる体勢で動きながら、しかし重心などに一切ブレがない。それを命のやり取りをしつつ音速を超えた速度でこなしているキーランという男の実力の高さは認めよう。

 

 しかし、それ以上に注目すべきはキーランによる空間の掌握。スペンサーが取る最適解を、キーランは自らの意思で生み出しているのだ。

 

 スペンサーのこの"必殺"は、もはや頭で考えて行っているのではなく感覚の領域。反射的に行動していると言ってもいい。それを瞬時に見抜いたキーランは、スペンサーの反射的な行動を全て把握し、この場を完全にコントロールしている。

 

 かつてサンジェルという男を相手にキーランは一時間以上持ち堪えることができたが──その理由の一端はこれだ。

 実力や練度が高い人間であればあるほど、キーランのこの罠にはかかってしまう。敵に対して、自らの意思で最適解を選んでいると錯覚させる技術。

 

(成る程、強い)

 

 されど、それを見抜いたスペンサーも並みの使い手ではない。サンジェルは理解しないまま持久戦で押し通したが、スペンサーは理解したが故に──戦術を切り替える。

 

 

 

 

 

 

「ちっ」

 

 舌を打ちながら、これまでとは変化したスペンサーの行動パターンを見切る。

 

 キーランの技術は、達人が相手であればあるほど深みに嵌る。敵に反射的な行動を誘発させるような行動をとることで、場を掌握する技術。達人は反射的に最適解を選べてしまう生き物であり、なればこそキーランの罠にかかってしまう。

 

 だが、スペンサーはそれを見抜いた。見抜いた上で、達人としての反射的行動を封じたのである。

 体に染み付いた行動を完全に封じ、戦術を組み替える。言葉にするのは容易いが、実行するのは骨が折れるなどという騒ぎではない。

 

(だが……)

 

 嵐をさばきながらキーランはスペンサーの手元……正確には指先の動きを注視した。

 

(当たり前の話だが、奴の指の動きに連動してこの嵐は変化する。そのパターンをある程度でも暗記してしまえば──)

 

 指の動きを見るだけで、敵の全てを読み取れるようになる。無数の糸による攻撃は脅威だが、しかしそれを操る指は十本。

 

(それに加えて、関節の動きも使っているな。更に時折、指の関節を外して可動域を広げることで連動パターンを増やしてもいる……)

 

 スペンサーの中指が動くと同時に、キーランは短刀を真上に放つ。互いに弾き合った暗器を見て、スペンサーの眉が僅かに動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

「なっ──」

 

 そして、キーランが縦横無尽に駆け巡ってスペンサーとの距離を詰める。

 それを阻止しようとスペンサーは糸を放つが、しかしその大半をキーランは糸を直接見ることなく凌いでいた。

 

「終われ」

 

 そしてついに、スペンサーの眼前まで迫ったキーランが短刀でスペンサーの両手首を切断──する寸前、キーランは己の第六感が鳴らす警鐘を聞いた。

 

「……ッ!」

 

 咄嗟に、後方へと跳ぶキーラン。彼の視線の先には、一部が血で赤く染まり蜘蛛の巣のように展開された糸の防御壁があった。

 

 目立つように糸を操り嵐を起こしておく一方で、周囲の色に溶け込む糸を常に真正面に展開しておく。スペンサーが中距離型なのは攻撃手段からして明白で、ならばと距離を詰めてくる狩人を殺すための罠。

 

 そしてそれを誘いやすくするため、後の嵐を攻略した相手に動揺を見せる演技も行う。獲物を狙う蜘蛛のように、スペンサーは二重三重で罠を張っていたのだ。

 

 とはいえ、キーランも並の使い手ではない。超常的な第六感も相まって、肌に食い込んだのは僅かだけ。ならばとキーランは態勢を立て直そうとして。

 

「ぐっ」

「王手なり」

 

 立て直そうとして、足元がふらつく。その様子を見て蜘蛛の巣を解除し、得意げな表情を浮かべながら近づいてくるスペンサーを睨みながら、キーランは苦々しく言葉を放った。

 

「……毒か」

「首肯。小生が正面に展開している糸には、毒が塗られているのである。これで汝に、勝ちの目はない」

 

 スペンサーが両の手を広げる。

 全ての糸の照準がキーランへと向けられ、放たれる時を今か今かと待っていた。

 

「さらばなり、殺し屋。汝は小生の糧として死に絶えるのである」

 

 直後、糸の軍勢がキーランへと襲いかかる。宝石の類であろうと容易く貫く強度の糸が、何百本以上。文字通り串刺しにされるしかないその状況。

 自身の勝利を確信したスペンサーは薄く目を開いて、

 

「ッ!?」

 

 開いて、両肩に走る痛みに苦悶の表情を浮かべた。

 

(何故)

 

 即効性の毒を喰らったはず。

 目の前の男が『あの力』を使ったのは肌で感じた。感じてしまった。

 だが先ほどの自分の妨害で『あの力』の発動を阻止できた以上、毒を喰らいながら使えるわけが──

 

「【禁則事項】は毒による体の不調。【罰則】は毒の完全除去」

 

 混乱するスペンサーの顔面に、キーランの蹴りが炸裂した。

 

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