気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜 作:弥生零
大陸最強国家マヌスの人間はそのほとんどが頂点の座以外に興味関心を示さない。
医者であれば医者として頂点に君臨することだけを考えるし、兵士であれば兵士として頂点に立つことだけを考える。それは最強部隊たる『蠱毒』も例外ではなく、彼らは仲間であるはずの人類最強を如何にして下して、その座を奪い取るかを日夜考えている。
尤も、件の人類最強は頂点の座にさして固執していないのだが。
仮に本人に「その座をよこせ」と口にしたら、困ったような表情を浮かべて「すまない。自分としては不相応だと理解している。だが、人類最強の称号は易々とくれてやるわけにはいかんらしい。お引き取り願おうか」などと返すだろう。そして激昂した『蠱毒』の面々から襲撃を受けるまでがセットである。
さて、そんな『蠱毒』が部隊として一応成立するのは、任務を果たすことができない無能は存在価値がないに等しいという思考に至っているからなのだが──それはそれとして、彼らの人格形成の中枢を担うのは「頂点の座に君臨したい」という野心や自己顕示欲によるものであることに違いはない。
結果。
「『粛然の処刑人』。汝は、小生よりも名高い。それは、決して許されることではないのである」
敵対しているキーランが「ここまでベラベラ喋るとなるともしやこれはブラフなのでは……」と片隅で考える程度には、スペンサーは饒舌だった。
スペンサー。
彼はマヌスが有する最強部隊『蠱毒』が一人にして、序列第二位の殺し屋だ。戦闘鬼兵から上位七人が選別される『蠱毒』だが、『蠱毒』内の序列に関しては人類最強を除けば任務達成数で決定される。
それは過去のマヌスの最高機関が『蠱毒』の頂点欲求を利用し、自分たちにとって都合のいい形で動かせるように生み出した序列の決定方法。これがあるからこそ、マヌスは『蠱毒』という普通に考えれば扱いづらすぎる集団の手綱を取れていたのである。
話を戻すが、彼はその序列を見れば分かるように任務達数が『蠱毒』の中でも高い。元より殺し屋ということもあり、任務を請け負うことがそれほど苦ではないというのも理由なのだが……そのスペンサーとて、相手が同業者であれば本性が出てしまう。
もしも相対するのがヘクターやステラであれば、スペンサーは己の情報を口にしてしまうような真似をしなかっただろう。
だが、相手はキーラン。
ある意味、スペンサーにとっては人類最強以上に因縁のある相手。邂逅することがあればいの一番に殺してやると考えていた標的である。
故に、スペンサーは己のジョーカーを切ることに一切の躊躇をしない。
◆◆◆
「魔術大国にのみあるとされる『禁術』と、大陸で魔術師が扱う魔術。禁術は特級魔術の"先"にあると謳われているが──事実は異なるのである」
その言葉を聞いたところで、この大陸の人間のほとんどは一切理解できないだろう。
魔術大国という狂人国家の影響で、この世界は魔術に対して疎い部分が多い。シリルほどの頭脳と立場があれば話は変わるだろうが、人類最高峰の頭脳の持ち主など例外中も例外なので除外である。
「地の術式、起動」
故にほとんどの人間にとっては首を傾げるしかない、意味のない情報というのが結論だが──
(……地の術式。そして禁術)
スペンサー……というよりマヌスの最高機関にとっては不幸なことに、キーランは例外に位置していた。
彼はジルに仕える狂信者。教会勢力の元で過ごし、魔術大国にもジルと共に赴いた唯一の男。
なればこそ彼はスペンサーの言葉を理解できるし、そこから先の段階に進むこととて可能であった。
(ジル様が教会に求めた天の術式と、なにかしら繋がりがあると見るのが妥当か……)
スペンサーの価値が、キーランの中で上昇する。元より逃がすつもりはなかったが、尚のこと生きたまま捕縛する必要が出てきた。
スペンサーは、敬愛する神が欲している"もの"を有している可能性がある。いや、というよりもスペンサーのバックに付いている組織がとでもいうべきか。
ならば尚更のこと、こちらに対して先制攻撃を仕掛けてきた人的証拠を逃すわけにはいかない。なぜならキーランが敬愛する神は、正当性を持って行動に移すことを心がけているからだ。
神は理不尽な暴力装置ではない。
冷酷無慈悲な面は確かにあるが、それは神と明確に敵対したものに限られる。圧倒的な実力──それこそ大陸全てを相手に喧嘩を売っても勝利できる──を有しているにも関わらず、神は有象無象を無差別に踏み潰すことなく、尊重すらしているのだ。
なればこそ、キーランは正当な理由を生むためにスペンサーを生きたまま捕縛する。
それこそが、キーランの為すべき仕事だからだ。
「刮目するのである。これこそが、汝を殺す牙なり」
直後、スペンサーの肉体が切り替わる。
まるでスペンサーのいる空間だけが、切り取られたかのように乱れる。
ジルが見ればノイズが発生していると表現しそうな事象。当然ながら訝しんだ表情を浮かべるキーランに対して、スペンサーは突貫した。
◆◆◆
真正面から襲いくるスペンサーに目を細めながら、キーランは予備動作なく短刀を放つ。それは寸分違わず、スペンサーの肩を貫く──ことなく、短刀はスペンサーの肉体をすり抜けた。
「!」
目を見開くキーラン。
一瞬の硬直が生まれ、その隙をスペンサーは逃さない。彼が腕を振るえば、銀線が空間を切り裂きながらキーランへと迫る。
だが、
「その手品は知れている」
だが、糸のパターンは全て把握している。
スペンサーは大雑把に腕を振るったが、その糸は指や指の関節で精密なまでに操作されているのだ。だからこそ、キーランはその全てを軽々と躱して。
「そこは小生も、把握済みなり」
「!?」
軽々と躱して、
いつの間に、と思う暇もなかった。スペンサーの蹴りが炸裂し、背中に衝撃が走る。
「くっ……」
受け身を取りながら大地を蹴り、天井へと着地する。キーランが天井に張り付くのと、先ほどまでキーランがいた大地に蜘蛛の巣のような亀裂が走るのは、ほぼ同時のことだった。
(……なんだ。どのような能力だ)
地の術式。
おそらくは魔術大国にある禁術や、教会が保持している天の術式に類似する力。
なればこそ、警戒は怠らない。確実に、人智を超越した力を有すると察していたからだ。
そして事実、スペンサーの力は異質かつ凶悪。
こちらの短刀をすり抜け、キーランですら見切れない速度あるいは手法で背後を取る。
(こちらの攻撃を全て透過するのなら厄介極まりないが……)
流石にそれはないだろう、とキーランは推察する。
何故ならそこまで便利な代物なら、最初から使えという話になるからだ。切り札を温存するのはセオリーだが、最初から使っておくべき類の切り札というのも存在する。
どう考えても、スペンサーのそれは後者だった。なにせ、弱点が存在しないのなら無敵に近い能力なのだから。
「……」
「無駄なり」
天井を駆けながら、キーランはあらゆる角度からスペンサーに短刀を放つ。しかしその全てはスペンサーの肉体をすり抜け、大地に突き刺さるだけに終わった。
(あらゆるものを透過する。それだけ聞けば聞こえは良いが、物理的干渉が不可能になるのであれば……奴自身の攻撃手段とて消滅するはずだ)
次は時間差で放つか、とキーランが新たな短刀を取り出したと同時に糸が放たれた。それを回避、あるいは迎撃しながらキーランは思考を続ける。
(だからこそ攻撃途中で物理的干渉が不可能となり、奴の手綱から離れようとも標的に届かすことのできる攻撃手段を用いる。……いや逆か。糸という攻撃手段を有する奴だからこそ、あの術式を付与されたと考えるのが妥当──奴の裏には、複数の術式があると推測できる)
スペンサーに対する対策を練りながら、スペンサーの背後についている組織に対しても、キーランは思考の幅を広げていた。
全ては、敬愛する主のために。
「──もはや汝では、小生に勝つことは不可能である」
「ぐっ」
再び、背後を取られた。移動する予兆が一切存在せず、速度の概念すらも超越している。
加えて次は、毒を塗った糸での攻撃。すぐ様『加護』による除去を行いながら、キーランはスペンサーから距離を──
「距離を置くことは、もはや小生に通用しないなり」
「ちっ」
無差別に短刀を放つ。
短刀はスペンサーをすり抜けるが、それによりスペンサーからの攻撃も防ぐことに成功した。その隙にキーランは壁に背を預けることで、背後への謎の移動を遮断する。
感心したように頷くスペンサーと、目を細めるキーラン。しばしの、均衡状態が生まれた。
「小生の術式のカラクリを見切れた訳ではないのだろう。だが、その対応力。流石と言っておくなり」
「……」
「されど、もはや格付けは決定されたも同義。汝では小生を殺すことはできず、小生は汝を殺すことができる。汝のそれは、延命治療でしかないのである」
「……」
「やはり小生こそが、頂点に相応しい。汝が頂点に、立つことはないのである」
気をよくしたように饒舌となったスペンサー。それに目を細めたキーランは──くく、と
それに対して不快げに眉を潜めながら「なにがおかしい」とスペンサーは視線で問う。
「オレが頂点の座に立つことはない、か。当然だ。そんなもの、至極当然に決まっている」
「……?」
「オレも、お前も頂点になど立っていない。この世界において、頂点に立っているのはただ一人」
「なにを──」
「──神だ」
「……は?」
「神こそが、頂点に立つ唯一にして絶対の存在。オレもお前も、神を仰ぎみることこそが天命だ。頂点に立つ? 格付け? くだらん。頂点の座はすでに決している。オレはお前と、頂点の座を競ってなどいない。ただ神に対して不敬を働くお前を、処すのみだ」
「……ふざけているなりか?」
「ふざけているのはお前だ、殺し屋」
どいつもこいつも、まるで理解していないとキーランは内心で吐き捨てる。
今こうして自分たちが生を謳歌しているのは、全て神のご慈悲によるものだと誰も理解していない。しようともしない。
全ての決定権は神にのみ存在しているというのに、スペンサーはなにを言っているのだろうか。キーランには、スペンサーの言葉や価値観がまるで理解できない。
神が「死ね」というなら喜んで死ぬ。
神が「
それこそが、この世界における唯一無二の法。りんごが木から落ちるのも、神がりんごは木から落ちると定めているからにすぎない。神が「りんごは天に昇る」と口にすれば、当然りんごは天に昇る。昇らないりんごは全て殺す。
(ジル様……)
本来。魔術大国マギアもドラコ帝国も、神の意思ひとつで手中に収めるのは容易い。いや容易いどころではなく、手中に収まるのが自然の理であって然るべしなのである。
だというのに、神は自らの高貴すぎる身分を隠しながらこれらと接していた。
それだけに留まらず、目の前いる不敬な存在の類すら、明確に敵対をしない限りは生を許しているのだ。
これほどまでに慈悲深い存在が、この世界に存在するだろうか? いや、ない。
(ああ、なんと慈悲深いことか……)
気がつけば、キーランは服を脱いでいた。
「…………」
対するは、絶句するスペンサー。
この状況で服を脱いだ理由が、まるで理解できない。
「…………」
思わず、思考が途切れる。
水晶玉の輝きが静まり、空間を静寂が包み込んだ。
「…………はっ!?」
もしや隙を生むのが狙いだったのか、と意識を取り戻したスペンサーは一度距離を置いた。
しかし、一瞬だけ生まれた隙を突いてキーランがなにかを仕掛けてくることはなかった。下着だけを纏った姿のまま、彼は静止しているだけ。
服を脱ぐという意味不明なアクションを起こしながらその後はなにもしないことに更なる困惑が襲ってくるが、なんとかスペンサーは冷静さを取り戻す。
(……小生は、奥の手を使用している)
明らかにこちらに優勢が傾いているはずだ。
自分の言葉はまさしく勝者の特権であり、この身から放たれる重圧とて勝者として相応のもののはず。
ならば向こうがやるべきは、それに対する構え。
回避でも、防御でも、発動を阻止するでもなんでもいい。とにかく、対抗策を練るのが必定なはずなのだ。
だというのに、この期に及んでキーランがしたのは服を脱いだだけ。
確かに、服を脱ぐ予備動作すらない洗練されすぎた動きだった。まるで服を脱ぐ過程だけ取り除いたかのように、目の前の男は服を脱いだという結果だけを見せつけてきた。時間を切り取ってみましたと言われても信じてしまうかもしれない。時間を切り取るのが目の前の男の奥の手なら、非常に厄介極まりないことは認めよう。
だが時間を切り取ってやることが、服を脱ぐというのはまるで意味がわからない。
それになんの意味があるというのだという話だし、そもそも多分時間を切り取ってはいない。
(いやもしや、服を脱ぐことがあの男の切り札……?)
そんなことがあるのか、とスペンサーは真剣に考えてみる。
(──あり得ないのである)
真剣に考えた時間を返せ、と殺意を立ち昇らせながらスペンサーは再び水晶玉を輝かせた。
(奴は暗器を扱う)
暗器の扱いに関して、キーランは超一流という他ない。人類最強とて、総合力はともかくその分野であればキーランに劣るだろう。特化した技術というのは、警戒するに値するものだ。
だがそれは、懐にしまっておくから効果があるのであり、なればこそ服を脱ぐということは戦力の低下を意味している。
(……狂ったか。粛然の処刑人)
ならば無視して構うまい、とスペンサーは目を細める。
(王手なり、粛然の処刑人)
そして──
上から襲いくる一撃を回避し、キーランは蹴りを放った。
「なっ──」
それはスペンサーの肉体をすり抜けるが、スペンサーはその目を大きく見開いていた。
「何故」
当然だ。
先ほどまで、反応すらできていなかったはず。だというのに一体全体どうして、こうも綺麗にカウンターを決めることができる──!?
(偶然。いや、予測していたと仮定)
壁に背を預けていたからこそ、スペンサーが頭上の出現すると予測を立てていたのだろう。そうとしか思えない。ならば次は──
「この体は空間の揺らぎがよく分かる」
「お前はなにを言っているなりか──!?」
それすらも回避され、スペンサーは焦燥していた。
まるで、まるで意味が分からない。先ほどまでと、完全に動きが違う。
「オレは半裸となり、神からの神威を直接受け取っている。つまりお前がオレに近づくということは、その神威を僅かとはいえ妨げるということだ。ならばオレが、お前の位置を先ほどよりも早く把握できるのは必然。至高の領域を侵すお前は、あまりにも分かりやすい」
「……………?????」
まるで意味が分からなかった。
奴の中では理路整然とした説明なのかもしれないが、こちらには狂人の戯言としか受け取れない。その『つまり』の使い方は正しいのか? とスペンサーが幼少期の言語の授業を思い返してしまうほどだ。
(なにを、なにを言っているなりかこの男は……)
もはや、得体の知れない違う世界の住人にしか見えない。目の前のこれは、果たして『粛然の処刑人』なのか? という疑問符が浮かぶ。どの辺が粛然としているのか、とスペンサーは脳内会議を繰り広げていた。
結論から言うと、スペンサーはキーランにドン引きしていた。
(……落ち着くなり。確かに回避の精度は上がっているが、こちらに対する攻撃手段の乏しさは変わらない。奴の体力とて、無限ではない。一方で、こちらのコレにはほぼ制限がないなり。小生が消費しているものはなにもない。ならば)
なにも問題はない。
そう言おうとした直後──
「不愉快だなーほんと」
少女の声が、空間に反響する。
スペンサーが肩越しに振り返ると、そこには水色の髪をたなびかせた少女が。コツコツと足音を鳴らしながら、少女は不機嫌そうな顔を隠そうともせずに言葉を続ける。
「ねえ、その術式。ちゃんと制御する気ある? ていうかこうして見ているとさ……その至高の領域に、キミは本当の意味で辿り着いているのかな?」
「……」
何者だろうかとスペンサーは思うも、キーランが特に驚いた様子を見せないということは『神を名乗る男』の配下の一人なのだろう。
どことなく鋭い推察には関心を覚えるが、しかし好都合だとスペンサーは内心で笑みをこぼした。
(殺し屋にとって、手段など関係ない。最後に立つ者が勝者なり)
少女を人質に、キーランの行動を制限する。そう算段をつけたスペンサーはキーランにしたのと同様に、少女を背後から押さえつけようとして。
「ああダメダメ。指導しないとね」
「!?」
氷の壁が聳え立つと同時に、頭以外が凍結する。そのまま重力に従って地に落ちるスペンサーを流し目に睨みながら、少女──ステラは口を開いた。
「その禁術……なのかなあ? 少し違うような気がするけど……まあいいか。扱い方が杜撰にすぎるよ。効率が悪い。悪すぎる。そしてそれを改めるつもりもなさそうなのに、ドヤ顔かー」
「……何故、小生を捉えられる」
「? そりゃそうでしょ。ボクは師匠の魔術を直接肉体で受けてきたんだよ? 魔力やそのよく分からない力の流れなんて、ボクにはよく分かるよ」
「……」
「あの二人の至高の領域と違って、キミのは杜撰だからねえ。鳥肌も立つから余計に分かりやすいんだよね。そんなキミと違ってあの二人のは……ぐへへへへ」
至高の領域。
キーランも似たようなことを口にしていたが……いやそれより、よだれを垂らしながらこの少女はなにを口にしている? ていうか、魔術を直接肉体で受けてきたとはなんだ。なんだこいつらは。本気でなにを言っているんだ!?
「……不愉快なり」
スペンサーが言葉をこぼすと同時に、立ち上がる。氷が地に落ち、それを見たステラが目を細めた。
「よく分からないけど、キミの術式の効果か。ところでキーランくん。アレはボクが貰っていいのかな?」
「……良いだろう。お前の方が、適任のようだ」
「うん。ありがとう。じゃ、教育的指導といこうかな」
「殺すなよ。それは、神に捧げる」
「分かってる分かってる」
大陸最強国家、マヌスより放たれた刺客。
それに相対するは、第一部最凶集団『レーグル』より放たれし
「少女が相手とて、容赦はしないなり」
「人質にしようとしてたっぽいのによく言うよ」
互いに特化する分野を有する者同士が、激突する。