気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜 作:弥生零
「では、ご用件をお伺いいたします」
教会の内部がアニメで描かれていたのはごく一部だった。俺が知っているのは大聖堂と、教会の上層部がアニメでよくある黒幕みたいな感じで集合していた謎の部屋。
それらとは異なる談話室のような部屋に通され、机を挟んでソフィアと向かい合う形で俺は長ソファに腰を下ろしていた。
机には紅茶の注がれた湯気が立ったカップが置いてあり、そこから香る匂いは……普段俺が愛用している紅茶のそれより美味しそうな匂いだった(語彙力低下)。
「……」
謎の敗北感が、俺を襲っていた。
ジルの飲む紅茶は間違いなく一級品のそれで、元の俺では味わう機会なんてない代物だった。なのに、教会勢力はその上を行くらしい。
神代の技術が為せる業はこんな細かいところにも行き届いているのか流石はインフレ───などという心底どうでも良い思考を俺は打ち切り、口を開く。
「単刀直入に言う。天の術式、私はそれを知りたい」
俺が教会勢力との接触を図った最たる理由。
それは、神代の魔術の知識を得る為である。
神代の魔術は天の術式という特別な術式によって行使される。唯の人間の魔力では発動出来ず、神の力そのものや神の血が混ざった結果神の力に近くなった動力源を用いてでしか扱えないもの。
現代において天の術式は魔術大国にあるとある術式以外は残されておらず、その一つにしても禁術として魔導書ごと封印されている。
とはいえ魔術を極めたいと考える術師は魔術大国では後を絶たない。故に特級魔術──最高難易度の魔術──を会得した者にのみ魔導書の閲覧を許可しているのだが、その悉くが廃人と化しており、術を学ぶ学ばない以前の問題であるというのはかの大国上層部にとって周知の事実だ。
あの国が軍事的に一歩劣る扱いを受けていたのは確実にそれが理由だろうなと思う。
特級魔術の会得なんてそれだけで歴史に名を残す偉業だというのに、それを身に付けた稀代の天才術師達は全員が全員魔導書を読みに行って廃人になるのである。特級魔術とかいう魔術における最終奥義なんてのを身に付けるのは魔術以外興味がない連中ばっかなので当然と言えば当然の結末なのだが、上層部は頭を抱えていたことだろう。
国としては特級魔術を身に付けた人間は戦力として動かしたいのだろうが、しかし本人達がそれを拒絶する。無理矢理動かそうにも、自意識を持って「お前に向けて飛んだろか? ああん?」と脅しをかけてくる核ミサイル相手に命令を下せる人間はいないだろう。
また、超級魔術にまで至る術師も大半が特級魔術やその先にある禁術を見据えているので結果として戦力の大半が上級魔術の使い手となり、魔術大国は大国でありながら列強国の中では一歩劣るとされていた。
……まあ氷の魔女とかいう例外中の例外が登場し、その結果列強国に成り上がるのだが、彼女は多分薄く神の血を引いているのだろう。その辺の設定は明かされていないが、そうでないと辻褄が合わん。
ちなみに氷の魔女が禁術を会得した結果、特級魔術を身に付けていないのに強引に魔導書を閲覧しに行って廃人になる人間が増えたらしい。可哀想。
例外の話をしても仕方がない。とにかく神代の魔術というのは現代では失われた秘奥であり、仮に残されていたとしても人間には扱えない特別かつ強力な力なのだ。
では何故そんな術式が編み出されたのかというと、神代では神の力のようなものが極小ではあるものの大気に混ざっていて、それ故に当時の人間は誰でも神代の魔術を扱えたからである。
むしろ当時はそちらが主流、というかそれしかなかったのだ。現代の魔術が生まれたのは大気に含まれる神の力が───閑話休題。
神の力を取り込んだジルは理論上、神代の人間に近い。ならばこの肉体が天の術式を扱えないなどという道理はなく、俺は神代の魔術が使えるようになるはず。
……考えてみると神代って恐ろしいな。あの時代は熾天みたいに神の血を引いてるか、ジルみたいに神の力を取り込める人間しかいなかったのか。降臨した神々から「今の人間弱すぎて……いらなくない?」みたいな扱いを受けるのもある意味納得ではある。
まあ長々と話したが、俺が言いたいのは神代の魔術はとても強いから是非とも身につけたいという一点に尽きる。
特に、神の力を動力源とする力というのは重要だ。打倒神々を掲げるにおいて、神の力を用いた技は必須だから。
勿論、ただで教えてもらえるだなんて思っていない。その為の手札はきちんと用意してある。
「天の術式。つまり神代の魔術を知りたい、ですか」
そんな俺の内心なんて当然知らないソフィア。
彼女は俺の言葉を受け、顎に指を添えた。
「……包み隠さずに言うと我々教会は、貴方という存在に期待を抱いています」
期待。
教会勢力の基本方針は「神々以外どうでも良い」であり、そうであるならば神々以外に期待を抱くというのは本来、理に反すると捉えられてもおかしくない。
いやそもそも、教会勢力はおおよそのシナリオを知っているという前提がある。つまり、ジルの存在がある種の舞台装置でしかない事を把握しているのだ。
だというのに、彼女らは期待を抱いていると言う。
「本来、我々と貴方の邂逅はあり得ないものです。ご存知の通り、この空間は貴方がたの世界とは異なる次元に存在するもの。貴方がたの世界で失われた神代の魔術無しには干渉できない以上、存在を認知する事すら不可能───だというのに、貴方は迷いなくこの空間へと訪れた」
そう言って、ソフィアは凛とした瞳でこちらを射抜く。
「あり得ない。そう、あり得ないのです。そう、それこそ、異なる視点を持つ者でなければ」
「……」
その言葉に。
「……」
その、ジルという存在の特異性を見抜いているかのような言葉に───俺は、内心で口元に弧を描いた。
(思惑通りだ)
彼女の言う通り、教会勢力なんて存在を認知する事は不可能なのだ。何せ、教会勢力は歴史にすら存在を残していない現世とは根本的に隔絶した存在なのだから。
現世にも神々を信仰する集団は存在する。それこそキーランが元いた小国なんかはそれに該当する。
その他にも、神々を連想させる代物は少なからず残されている。例えば魔術大国にいる氷の魔女は先も言ったように神代の魔術の使い手だし、人類最強なんて呼ばれる青年は『神の秘宝』をその身に包んでいる。
だが、そんな集団とも教会勢力は一切繋がりを持たないし、痕跡を一切残していないのだ。
なんなら真に神々の思惑を知らない彼等を見下してさえいる。
つまるところ、教会勢力を知る手段なんて普通に考えて存在しないのだ。それこそ、超常の存在でも無ければ。
(おそらく、教会の中でも意見は割れているだろうが……)
おそらく、上層部の一部ではこんな意見が出ているはずだ。
───ジルという男は、新たな神ではないか? あるいは、神がその身に降りたのではないか? 最低でも、神と繋がるものがあるのではないか?
前者は不敬、異端、そう思われる可能性の高い考えだが、しかし後者二つであれば無いとは言い切れない。
神々が神々の肉体では現世に降臨出来ないというのであれば、人間の肉体を借りて現世に降臨するかもしれない。そもそも、ジルが『神の力』の封印を解かなければ現世は天界に移り変わらない。であればジルが『神の力』の封印を解くよう何かしらの細工を施す可能性は十分に存在し、その可能性の一つとして神の憑依があげられるのは、あり得ない話ではない。
そうなると、無下には出来ないのが信心深い信者達というものである。
神々を第一に考えるからこそ、神々に深く通じる可能性を有する俺の要求を拒絶できない。
ある程度思考を誘導する必要があると考えていたが、流石教会上層部だ。まさかもうその可能性に至っているとは。
紅茶のカップを口に付けながら、俺はソフィアが再度口を開く様を眺め、
「故に、我々の中でこういった意見が出ました───即ち、貴方は現世に現れた、真なる
どうしてそうなった。
「貴方が抱いているのは真なる信仰。現世にいる人々とは異なり神の力に触れた貴方は、真なる信仰に目覚めそしてその結果同志である我々の元にたどり着いた──違いますか?」
ドヤ顔でそう述べる美少女。大変可愛らしいのだが、それが教会勢力の総意だとするならばお前ら知性を捨てたのか? と問い質したくて仕方がない。
「やはり神への信仰こそがこの世界における数少ない絶対性。例え真実を知る機会が無くとも、貴方は信仰に辿り着いた……素晴らしい」
そういってこちらを慈しむような視線で見てくるソフィア。目潰ししてやりたくて仕方がない。
「なんと……」
「まさか、それほどまでの信仰心をお持ちだとは……」
ソフィアの背後で絶句し、畏敬の念を込めた視線を送ってくる雑兵二人。俺が一番絶句してえよ。
「ボス……アンタ、狂信者だったのか?」
ヘクター。お前は今どんな顔をしている? なあ、ヘクターよ。お前俺を
「同志を相手に、知識を授けるのは当然の理屈です。同志ジル。貴方ならばいずれは熾天の座に着く事も夢では───」
くそ、どうする。
俺自身はぶっちゃけ神代の魔術を得られるなら信者ムーブをしても良いと言えば良いが、ジルとして生きる以上今後に色々問題が起きる。てかもう呼び捨てかよなんか嬉しいないや違うそうじゃない。この場に
どうする。どうすれば軌道修正できる?
自分から「俺が神だ」なんて言うのは論外だ。これは相手が俺を神に連なる存在ではないか? という思考に至るからこそ使える技であり、俺から言いだしたら戦争待った無しである。
そんな風に思考を巡らせている時だった。
「……先ほどから聞いていれば」
俺の背後から、怒気の篭った声が響く。
「なに、を……?」
不審な目を俺の背後に送ったソフィアだったが、しかし次の瞬間には俺の足元に視線を移した。
「キーラン、貴様」
「お言葉ですがジル様。もはや私は限界です」
いつの間にか、キーランは俺の足元にいた。
足元で、膝を突いて首を垂れていた。
「女。ソフィアと言ったか。我が主人への不敬。これ以上は見過ごせんぞ」
「……ジルの配下ですか。貴方は信仰を抱いていないのですか?」
「信仰? そんなもの当然、抱いているに決まっている」
「であるならば───」
「───そう。私の神はただ一人。このお方、ジル様こそこの世界の神だ」
「これより、異端審問を開始する」
「異議ありだ。ジル様こそ至高の神。何故貴様らはそれが理解できん?」
「偽りの信仰しか持てぬ貴様が、真なる信仰を抱く同志ジルを神聖視してしまうのはある種道理だろう。だがな同志ジルの配下。貴様の発言、おいそれと見過ごすることはできん」
「ボス。これキーラン死ぬんじゃね」
「……」
どうしてこうなった。
・教会勢力
神々を信仰している組織。神々を第一として考えて神々の為なら死ねる狂信者ばっか。真なる信仰心を持つ人間相手には真摯。
実を言うと教会として重要度が低い術式とはいえ神代の魔術の発動を感知した為「新たな同志か?」と思い魔術大国を索敵した過去がある。
その結果「魔術の為なら死んでも良い」思考でバッタバタ廃人化していく狂人達を目撃し「うわ頭おかしいこいつら関わらんとこ…」と退散している。
・魔術大国
禁術なんてものが無ければ特級魔術を会得した魔術師達による圧倒的暴力で大陸の覇権を握れていたかもしれないし、「戦争?そんなもんより研究や」で握れていなかったかもしれない国。
なお握っていた場合原作のジルが「1国だけ潰せば終わるのか」な思考になり単騎で戦争を仕掛けにくる模様。
大国でありながら一歩劣る扱いではあったものの他国から戦争を仕掛けられなかったのは万が一廃人になる前の特級魔術師の怒りに触れたらとんでもない被害を受けるからである。現に、数百年前それで小国が消し飛んだらしい。
・氷の魔女
神域の天才。魔力量ではジルに劣るが、単純な魔術の才能ではジルに勝る才覚の持ち主。
魔導書を読み進めるうちにこれを書いた人物がかなりの狂信者であると分かり「頭おかしいんじゃねえのこいつ」と思った。
後々インフレする。
・ジル
主人公。
特級魔術を桁違いの魔力で放てる恐ろしいスペックを持っている。仮にも一部のラスボスのくせに初級魔術を放って周囲から「上級魔術クラスの規模だぞ!?」言われるなろう主人公みたいなことする。
教会勢力も魔術大国もキーランも頭おかしいなって思っている。
・キーラン
ジル様を同志呼びとか頭おかしいんじゃねえのってソフィアに思っている。
・ヘクター
奇行に走るキーランとそんなキーランを従えて平然としているジルを頭おかしいなって思っている。
・ソフィア
キーランを頭おかしいなって思っている。
・異端審問に出席してる方々
キーランを頭おかしいなって思っている。