気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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人類最強と原作主人公

 大陸最強国家、マヌスの兵士。その戦闘技術は高く、有している術式も強力だった。

 自らの肉体をあらゆる属性へと変化させ、物理的な攻撃を無効化する。そして属性そのものの性質を肉体が得ることで、他者に対して様々な効果を発揮できるというものだ。

 

(……クロエ以外の魔術大国の魔術師では、勝てないかもな)

 

 属性魔術の相性合戦において、全属性への変化を可能とするであろうこの男は非常に優位に立てるだろう。クロエクラスとなると話は大きく変わるが、それ以外の魔術師が相手なら完封という結末に終わるかもしれない。

 

(それにしても連中は、『地の術式』をどれくらい動員してきたのやら。大陸最強国家という評価は、『地の術式』抜きのもの。地の術式を加えれば、大国全てを同時に相手にしても勝てるかもしれないな。……とりあえず、水晶玉は回収するか)

 

 掌に埋め込まれていた水晶玉を、強引に抜き取る。どういう仕組みで埋め込んだのかは分からないが、血は出てこなかった。

 

(人類最強も、なにかしら『地の術式』を使うと考えていい。神の秘宝への対処法は頭に入れているが、これに加えて常に『地の術式』への警戒に脳のリソースを割かないといけないのは面倒極まるな……)

 

 今の所、俺が把握している地の術式は肉体変化だ。スペンサーのそれは肉体から魂の離脱、及び魂による肉体の再構築。俺が斃したこの男は、肉体の属性変化。

 

(核となるはずの水晶玉すら巻き込んでの変化というのは強力だ。まあこいつらは人類最強から『神の力』を供給されてる形で術式を発動しているからか、俺からの干渉は容易でそこを突きやすいがな)

 

 とはいえ人類最強は、その限りではないだろう。力を有する本人が地の術式を使う場合、おそらくこの弱点は消失する。チート能力の弱点が、最も強力な敵が使う場合は消失するとか嫌な戦いだな。

 

(俺以外で確実に優位に立てそうなのはステラとレイラか。あるいは、セオドア辺りも──)

 

 キーランも、発生した現象を見抜くことさえできれば『加護』で対処は可能だろう。連中が使う『地の術式』は強力だが、こちらの『加護』とて凶悪な性能を誇っているのだ。

 

 範囲が限定的とはいえ、時間操作を可能とするステラ。

 

 禁則事項と罰則を敷くことで、因果を含む事象の操作を可能とするキーラン。

 

 無尽蔵に、あらゆるものを召喚及び複製可能なセオドア。

 

 大陸最強に並ぶ領域まで腕力及び強度を上昇させつつ、文字通り拳を爆発させるヘクター。

 

 物理的にも、概念的にも、物量的にも『レーグル』という集団は対処可能だ。今は俺の手元にいないが、ある意味最もチートな『加護』を発現する少年と、洗脳能力を有する少女だっている。あの二人は精神年齢が低いことと、それによる純粋さで敗北を喫したが、逆に言えばそこを鍛えることさえできれば──

 

(……まあそれは置いておこう)

 

 原作より強力とはいえ、遅れをとることはないだろう。それこそ、原作で『レーグル』が敗北した元凶であろう人類最強が相手でもなければ。

 

「……ふん。その人類最強は、私の相手をするしかないがな」

 

 まあそれはこちらにも言えることなので、お互いに最強の手札を遊ばせることができないというわけだが。仮に俺の国に突撃したとしても、ソフィアがいる。

 弱体化した彼女が人類最強を倒せることはないだろうが、防衛戦は可能だろう。俺が国に戻るまでの時間さえ稼いでくれれば、ソフィアと二人掛かりで人類最強を叩く。

 

(……よし)

 

 最後に一度だけ死体に視線を向けて、俺は足を踏み出した。

 

 ◆◆◆

 

 レイラ。

 

 彼女の特筆すべき点は聖女より与えられた『祝福』の副次効果による即死級の攻撃に対する超常的な危機察知能力と、客観的に見たら意味不明としか言いようがない謎理論による空間ごと切断する斬撃だ。

 

 彼女は身体能力こそそこまで高くはないが、それを補って余りある特異性が彼女の戦闘力を爆発的に高めている。特に、空間ごと切断する斬撃の脅威度は非常に高い。なにせ、彼女を前にすればあらゆる防具や結界の類は無価値と化すのだから。

 

 だから、これは必然だった。

 

 

 

 

 

 

「……カハッ」

 

 両腕を斬り落とされ、上半身を深く切りつけられた細身の男が、血反吐を吐きながら両膝を突いた。

 

「な、ぜ……気体と化したオレが見えるわけが……なにより、刀で斬ることなど……」

 

 彼は『蠱毒』序列第5位にして、自らの肉体をあらゆる気体へと変化させる『地の術式』を与えられた戦士である。周囲一帯を酸素ではなく二酸化炭素で埋め尽くすことで、二酸化炭素中毒を起こすような芸当すら可能だ。

 

 視覚で捉えることができず、それ故に殺傷能力は非常に高い。尤も、風で吹き飛ばされて拡散しすぎれば元に戻ることができず死亡などの大きなリスクも有しているが。

 

 だからこそ、男は少女──レイラを仕留めるべく派遣された。レイラの主武装は刀であり、それ以外に装備は見当たらない。故に、完封することは容易だという判断で。

 

 なによりも間違いなく、大陸最強格が相手でも不意を突けば勝利を拾える凶悪な能力を得た戦士。いや不意を突かずとも、初見であれば殺せるだろう。

 

 そんな戦士を相手にして。

 

「──何故、ですか」

 

 そんな戦士を相手にして、しかしレイラは無感情のままに刀を収めた。その表情にはなんの感慨も感動も、疲労すら浮かんでいない。規定事項のように、日常的なルーティンかのように、彼女は目の前の敵対者を処理しただけだった。

 

「どこの誰ぞが聞いているかもしれないこの状況。戦争が始まった以上、情報の有無は大きく戦況を変えるでしょう。答える理由はありません」

 

 レイラの『祝福』が彼女に危機を伝え、それを受けたレイラが無差別に空間ごと切断する斬撃を放った。如何に気体と化していようが、空間ごと切断すればなんの問題もないのだ。普通に斬るだけでは元に戻れるだろうが……空間ごと切断する一撃は、それを許さない。

 

 気体の特性を活かして斬られた箇所を収束させようにも、空間が断絶しているが故に収束が不可能となる。最終的には拡散し切って自我が消失することを察した男が隙を突いて術式を解除したが──次の瞬間には両腕が切断され、胸元を大きく斬り裂かれた。もはや幾ばくの猶予もなく、男は絶命するだろう。

 

「……オレが、最強だ」

 

 だが、そのような死の運命など男にはまるで関係がない。術式を解除したのはしなければ勝算が消失するからであって、決して自らが死ぬことを恐れたわけではないのだから。

 

「オマエごときに! オレが敗北する訳がねえ! オレが、オレこそが人類最強たるに相応しい器なんだよぉぉぉおおおおおおお!!」

「……」

 

 雄叫びをあげるとともに、男が爆発的な勢いで突貫する。小細工など不要とばかりに襲い掛かってくる男を、レイラは静かに眺めて。

 

「斬」

 

 銀線が煌めくことはない。レイラの抜刀術は、刀の残像すら残さず全てを切断する。

 後に残るのは、空間が切断されたことが分かる黒の斬撃の軌跡のみ。

 

 故に、次の瞬間にも男の首は斬り落とされ──

 

「どうやら、お前の"力"は蠱毒にとって天敵らしい」

 

 る寸前、彼女の『祝福』が警鐘を鳴らした。即座に声のした方向へと斬撃を放ち、彼女はその場から大きく跳び退く。

 

「攻撃を放ちつつ、自らはその場から消える。悪くない動きだ。さぞ、戦い慣れた戦士なのだろう。軍事国家ではない国の戦士の練度ではなく、やはりあの男の力は侮るべきではない。そしてここで言う力とは、あの男が保有する"兵力"も含まれている」

 

 そして、レイラは見た。

 

「空間ごと切断する斬撃か。成る程、これならば『地の術式』であろうとも関係ない。防御面をカバーできるとは思わんが、それをどうにかするだけの"何か"も有しているようだ」

 

 切断されようとしている空間と、その空間を強引に繋ぎ合わせている青年を。青年の胸部の辺りは今にも切断されそうだというのに、それを青年は──空間の開きを指で押し留め、それを握り潰そうとしていた。

 

「このまま空間が切断されれば死ぬな。恐ろしい力だ」

 

 恐ろしいのはお前だ、と叫びたくなる衝動を抑えながらレイラは再び斬撃を放とうとして。

 

「だが、これを耐えずして『人類最強』を名乗ることは許されないだろう」

 

 放とうとして、自然界では発生しないような音とともに、空間の断面が閉ざされる。直後、人類最強の肉体から黄金の光が放たれ、それを回避すべくレイラは横にステップを踏んだ。

 

「見事な一撃だった、刀を使う少女よ。その武と競い合えることに感謝しよう」

 

 そう言って青年は、自分の手を握っては開くを繰り返す。それは本当にただの確認作業のようで、彼からは特に気負った様子を感じ取れなかった。

 

「……人類、最強」

「無事か」

「なんで、オマエがここに」

「不思議なことを言う。我々は志を同じくする同志であり、それが危機的状況になり得る不確定要素を排除しようとするのは当然のことだろう。神を名乗る男は危険だが、しかしこの少女とてそれは同義。いやあるいは、結界の類すら理屈抜きに問答無用で破壊可能な少女こそが、敵の本命である可能性は捨てられまい」

「だが、オマエは神を名乗る男を……」

「あの男は大胆な行動を取るが、同時に慎重な気質も持ち合わせている。自分という不確定要素を放置して、国へ直接攻め込むことはないだろう。こちらがあの男を警戒しているように、向こうも自分に対して一定の警戒は有している。なにより──すぐに片付ければ問題ない」

 

 人類最強。

 

 その名は、レイラも知っている。彼女の祖国の頂点に君臨する『聖女』が口にしていた、人間という枠組みに於いて最強に位置する存在。『神の秘宝』と呼ばれる武具を身に纏い、特殊な力を手に入れて更なる領域へと足を踏み入れる可能性も存在しているだとか、そんなことを口にしていたはずだ。

 

「お前は一度国に戻り、体勢を立て直せ」

「……ああ」

 

 それが今、目の前にいる。

 

 漆黒の薄い鎧を纏いながら、怜悧な雰囲気を漂わせている青年。悠然としているが油断はなく、隙は見当たらない。更には空間を切断する斬撃を苦もなく凌いでみせたという事実からも、青年の埒外さが伺えた。

 

「では始めるとしようか、刀を使う少女。この身は不相応であると自覚があれど、人類最強という名を冠する以上、ここが人類の極致なのだと世界に知らしめ──」

 

  言い終えるより速く、レイラは斬撃を放つ。

 

「空間ごと万物を切断する斬撃への対処法は、既に把握している」

 

 それを。

 

「断絶した空間を強引に閉ざす。それだけのこと」

 

 それを、またもや人類最強は顔色ひとつ変えることなくねじ伏せた。一度めは偶然や奇跡の類の可能性もあるが──二度めとなれば、もはや必然。受け入れがたい現実を前に、されど自分のやれる戦いをとレイラは居合の構えをとった。

 

「くっ──」

「確かに、空間を切断すれば森羅万象すら切断できるのだろう。実態の有無すら関係なく、お前の前では全て等しく斬り伏せられるのみ。距離の概念すら超越したそれは、回避すら困難極まる。……ならばこちらは、切断された空間そのものを結合することで、その斬撃への対処としよう。肉体の損傷を結合したところで肉体は治癒しないが、空間に関しては別だ。空間は高次の概念であるがゆえに、低次からの干渉手段とそれが齎す結果は単純なものと化す」

 

 なんだそれは、とレイラは目を大きく見開きながら絶句する。

 

「切った紙を繋ぎ合わせることと、大きな差はない。お前の太刀筋に乱れはなく、それ故に結合は容易かった」

「……そもそも空間を掴むなどというのが、莫迦げた話だと……」

「お前が空間を切断したことで、空間は干渉可能な領域にまで堕ちたということだ。この身に、空間操作や時間操作の類は通用しない。そしてなにより……お前が空間を切断できた以上、この身に空間を結合できぬ道理はないだろう」

 

 ──何故ならこの身は人類最強。人間に可能なことは、全て可能でなければならないのだから。

 

「……!」

 

 咄嗟に、レイラは身を屈める。次の瞬間、彼女の上半身があった場所を、一条の光線が通過した。

 

「無益な殺生は好まないが、これは戦争。互いに命を賭けた戦士である以上、殺生を避けるのはお前への侮蔑と判断する」

 

 表情を変えることなく、人類最強は言葉を紡ぐ。

 

「往くぞ、刀の少女。ここが、人間という種の至るべき領域と知れ」

「!!」

 

 レイラが斬撃を放ち、空間ごと切断する。腕がズレ、片足がズレた人類最強だが、それを強引に結合させた。

 

「あり得ない……っ!」

「己の理解を超越した現象に対し、混乱を選択するのは愚策だぞ」

 

 直後、人類最強が目の前に現れた。目を見開くレイラと、それを無感情に見下ろす人類最強。

 

「くうっ……!!」

 

 人類最強が拳を叩きつけ、レイラはそれを刀で受ける。衝撃波によってレイラの背後の景色が消し飛ぶが、刀自体には傷一つ付いていなかった。

 

「刀で受けるとはどういうことかと思ったが……その刀の強度、異常だな」

 

 マズイ、とレイラは人類最強の恐るべき身体能力に歯噛みする。ただ拳の一撃を受け止めただけで、周囲が消し飛ぶ領域。まともに受けてしまえば、間違いなく肉体が破裂するだろう。

 

「だが、動体視力は追いついていないようだ。お前が自分を察知しているのは、あくまで第六感によるもの。ならば──」

 

 人類最強が言い終えるより早く、大地が震撼した。

 

「……む」

「レイラから離れろ」

 

 ローランド。

 普段とは異なり剣呑な雰囲気を纏いながら、彼は足を踏み込む。鎧を素通りにし、敵の肉体を内部から全て破壊する魔の拳。それが、人類最強の横腹へと突き刺さった。

 

「一人の少女を守るために、立ち上がるか」

 

 届かない。

 

「……!」

 

 ならば、とローランドは高速で次の手札を切る。あり得ないと決めつけるのではなく、常に次の手次の手を考えながら構築する彼の戦術。

 

「なるほど」

 

 爆発的な勢いで迫る少年を横目に眺め、人類最強は口を開いた。

 

「まさしく、英雄譚のような光景だ。この場において、悪となるのは自分だろう。──だが、それは自分が引く理由にはならない」

 

 




人類最強(原作と違ってマヌスが滅んでいないからモチベというかそういうのが下がっていない)は現時点において最強格の一角です。


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