気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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神の領域に手を伸ばすもの

 人類最強が、身の丈以上の長さを誇るハルバードを振るう。暴風のような規模で放たれるそれは、まさに人災と呼ぶに相応しい一撃。

 

 だがそれに相対する(ジル)とて、歩く天災のような存在だ。第一部のラスボスを務めた男に憑依している俺が、人災程度に臆してなるものか。

 

 右手を軽く上げ、顔面に襲いくるそれを防ぐ。衝突の余波で砂塵が大きく巻き上がり、ドーム状の衝撃波が周囲に拡散し、地面が陥没した。

 

 その光景を見て、一切表情を変化させない人類最強。対する俺は僅かばかりに口角を吊り上げて、余裕の笑みを浮かべてみせた。周囲から見れば嘲笑しているように見えるだろう。

 

 だが、その内心は嘲笑からほど遠い位置に存在していた。

 

 ──チッ。

 

 人間相手に痛みを感じたのは初めてかも知れない。一応の同格であったエーヴィヒの攻撃は、権能を使用している俺に届かなかったから。

 

 これが鈍器で殴られる痛み。初めての感覚だが……それだけということでもある。

 

「くくっ」

「……」

 

 そんな内心を表に出さないよう全て封殺しつつ、俺は酷薄に笑う。この程度の一撃は、俺には通じないぞ? と周囲に知らしめるべく、俺は人類最強を嘲笑ってやる。

 

「これを単純な身体能力だけで受け止められたのは、初めての経験だ」

「そうか。随分と生温い環境に浸っていたと見える」

 

 俺が軽口を叩いている間にも、人類最強は次の行動に移っていた。軽く俺の体を押したと思えば、次の瞬間には懐に潜り込んでいた人類最強。ハルバードを持っていない方の拳を握りしめ、彼は俺の顎に向かって拳を炸裂させようとしてくる。

 

 ──非常に速い、速いが……ソフィアや『何か』ほどではない。

 

 人類最強の拳を打ち払い、お返しとばかりに右足を振り抜く。それをハルバードで受け止めた人類最強は、続けざまにハルバードを地面に突き刺したかと思うと、ポールダンスのような挙動で俺に対して回し蹴りを放ってきた。

 

 だがその程度の一撃で、(ジル)の牙城を崩せるわけがない。繰り出された人類最強の足を掴み、俺はそのまま力任せに投げ飛ばす。

 

「──!」

 

 僅かに目を見開く人類最強。その彼に向かって、俺は掌を向けて。

 

「死ね」

 

 瞬間、(ほとばし)るは黄金の閃光。

 

 単純に『神の力』を放出した一撃。単純であるが故に威力はそこまで高くないが、速効性は抜群だ。

 

「……」

 

 解き放たれた光線は狙い通り人類最強に着弾し、爆発。爆風が俺の髪を()ぎ、周囲が硝煙(しょうえん)によって包み込まれる。

 

 だが、

 

「この程度で、斃れる訳にはいかんな」

「……」

 

 だが、無傷。

 ハルバードで爆風を裂きながら悠然と現れた人類最強を見て、俺は内心で舌を打つ。

 

(……固いな)

 

 隙を突いた状態かつ、局所的な光線であればそれなりにダメージを与えられると思ったが……予想通り、人類最強は非常に強固らしい。ならば体内に直接攻撃するとしよう──などと思考を巡らせている俺に向かって、人類最強は口を開いた。

 

「ここまで自分の猛攻を防がれたのは初めてだ。改めて名乗らせてもらおう。自分は人類最強と呼ばれている人間だ。訳あって、本名に関して自分でも把握していない。その点を謝罪させて欲しい、神を名乗る男」

「……」

 

 ……相変わらず、丁寧な青年である。確か、まだ一八歳だったか。意味不明な人間が蔓延(はびこ)るこの世界において、人類最強はある種の清涼剤な気がしないでもない。

 

(人類最強なんて大それた称号を冠しているのに……なんでお前はそんなにもまともなんだ……)

 

 人類最強。

 大陸に四人いるとされている大陸最強格の中でも、群を抜いた実力を有する傑物。

 

 ジルという例外を除けば、紛れもなく彼は純正の人間で最強の存在だ。その能力は人智を超越し、保有する武具もまた同様。

 『神の秘宝』と呼ばれる史上最高の武具が有する神秘性は、あらゆる攻撃を無効化するジルの権能であっても完全には無効化することができない。

 

 再三口にしているが、人類最強はジルを殺しきることができる数少ない例外という訳である。

 そんな恐ろしい存在と戦闘なんてしたくないというのがまぎれもない本心だが──戦闘が避けて通れないならば、俺はラスボスらしくそれを踏み潰すまで。

 

「……」

 

 神らしく超然とした雰囲気を保つべく、意識を集中させる。俺が知る、ジルという男であればどう対応するか。原作とは完全に状況が異なる点や、この世界に来てからの俺の振る舞いなどの要素から生まれる差異も考慮に入れるて──といった思考を、一秒とかからぬ間に全てまとめ、俺は人類最強へと言葉を返した。

 

「人類最強。貴様がこの私と敵対する道を選ぶとはな。貴様らがどのような過程を経て私と敵対する道を選択したのか、そこは脇に置いておくとしよう。重要なのはただ一つ……私の慈悲を無碍にしたということよ。その代償を、貴様の首一つで払えるなどと思わぬことだ」

「お前の言い分は尤もだ。我々の選択は、お前の用意した慈悲とやらを無視した行動なのだろう。だがお前の慈悲も、我々の選択も、そう大きな違いはない。両者共々己の"力"を武器に、己の"利己"を得ようとした、それだけの話だ。そしてこの場において、自分はお前を打ち倒す為に存在することとなった」

 

 そう言って、人類最強はその目を薄く開いた。

 俺と人類最強の視線が交錯し、超常の殺意と緊張感が空間を侵食していく。

 

「そこに貴様の意思は介在していないだろう? 『上司』と言ったか。それの傀儡(くぐつ)として生き、そして死ぬことが貴様の本望とでも言うつもりか? 貴様自身がその『上司』を討ち、生存の道を選ぶという未来もあったであろうに」

「この身は『上司』に付き従うべく存在している。意見は口にしよう。助言もしよう。己の意思も示そう。だが、それでも最終決定権は『上司』にある。ならば自分は、それに従うまで」

「それが己共々、全てを滅ぼす道への一助であったとしても、か?」

「お前の目的とこちらの目的が相容れない以上、この結末(戦争)は必然という考えもある。遅かれ早かれ『神の力』を賭けた争奪戦が避けられない以上、勝率が高い手段と時期に否応はない。お前が『神の力』を取り込み続ければ、それこそどうなるかが不明瞭にすぎる」

「……ほう。この私に、勝つつもりであると」

「敗北を前提に挑む戦争などないだろう」

 

 そう言って、人類最強はハルバードを構える。

 

「完全なる未来など誰にも見通せない。それはかの『聖女』とて同じことだ。アレは、未来の可能性の一端を見通せるに過ぎないと聞く。未来の可能性とは無限に広がるものであり、ならばこそ確定した未来などあり得ない。神を名乗る男。お前がお前の予測する未来を語るように、この身はこの身が想定している未来へと至る為に行動する。己が未来は、己の手で掴み取る他ないのだ。座して嵐が過ぎ去るのを待つだけでは、掴み取ることができる未来の可能性の数が少なすぎる」

「……ふん」

 

 神威を解放し、人類最強へと放つ。神威は物理的な質量を伴って人類最強へと襲いかかり、彼の立っている大地が大きく陥没した。

 

「理解できぬな。人間とは、己の中の利益を優先する生き物だ。その利益とは、自己の利益のみに留まるものではない。仮に他者の利益を優先とするならば、身を粉にするのも合理的であり、私にも理解できる行動だ」

 

 常人──いや、大陸有数の強者でも気を失いかねない圧力。それこそ、大陸最強格でも不意に放てば顔色を悪くするであろうそれ。

 

「貴様が『上司』の利益を優先するのであれば、戦争は回避すべきであっただろうに。その『上司』とやらは、自殺願望を有しているのか?」

 

 それを。

 

「自分の返答は変わらない。あの男が道を違えない限り、この身は『上司』の言葉に従うまで」

 

 それを受けても、人類最強の様子は変わらない。涼風を受け流すかのように、彼は自然体でその場に君臨している。

 その姿は間違いなく、ジルの敵としての条件を満たしていて──俺の中で、全力で討ち滅ぼすべき敵であるという結論が叩き出されることとなった。

 

「その使命が、貴様ら自身を滅ぼすと知れ。貴様ら自身の目的共々な」

 

 黒炎が大地を奔る。

 それが瞬く間に人類最強を呑み込むと同時に、俺は全身に『神の力』を巡らせた。

 

「この身が朽ち果てる可能性はあるだろう。だがそれが、全ての終わりを意味するとは限らない」

 

 直後、黒炎を裂いて人類最強が現れた。その肉体には煤すらなく、ダメージは一切見当たらない。ジルの肉体が放つ超級魔術は超級魔術の領域を軽く凌駕しているが、それでも人類最強にとっては目くらましにさえならないのだ。

 

「……死をも手段として、己の目的を果たそうと? 貴様らは何を」

 

 目まぐるしく移る戦況を俯瞰しながら、俺は人類最強及びマヌスの目的にも思考を割く。何故なら、万が一にも敵の目的が──

 

「言葉を返そう神を名乗る男。自分にとっての敗北条件が、お前にとっての勝利条件と一致するわけではないのだと」

 

 ──思考を中断させる。

 

 人類最強を中心に『神の力』が爆発的に増加し、空間が爆ぜた。俺は『神の力』を放出することでその衝撃を相殺するが、撃ち漏れたエネルギーが大地を消し飛ばす。

 

「……!」

「──!」

 

 人類最強の蹴りが放たれ、それを右腕で受ける。その力は──ジルの肉体であっても、堪え切るのが不可能なものだった。

 

(なに……?)

 

 先ほどより、威力が増している。不可解な事態に、しかし俺は冷静に対処方法を考えていた。

 

(ならば)

 

 力に逆らわず、俺はあえて吹き飛ばされる。堪えようとすれば隙が生まれ、その隙を突かれるのは面白くない。受け身を取りながら、俺は安全に大地へと着地。そのまま冷静に人類最強へと視線を飛ばしながら、俺は思考を続けた。

 

(やはり、強いな)

 

 ジルという仮面を被っている以上、俺はジルらしく振る舞わなければならない。なので俺は人類最強を易々と打ち倒してマヌスも滅ぼせるかのような物言いをしたが、実際のところ、そんな簡単にいく筈がない。

 

 ただでさえ、人類最強は第一部においてジルを殺せる可能性を秘めていたのだ。そんな男が、更なる力を得た状態で俺と敵対しているという恐ろしい事実。表面上は余裕の表情を浮かべて傲岸不遜な態度をとっているが、内心では警戒心マックスで気を張り巡らせているのである。

 

「神話において、神殺しは成らなかったらしいが……」

 

 油断すれば間違いなく敗北するような存在を相手に、心の底から余裕でいられるはずがない。なので俺は人類最強がかっこよく口上を決めている間にも自身の肉体に『神の力』を巡らせ、術を放つ機を伺い続けていた。

 

「ならばこの身が、数多の先人たちが築き上げてきたものをもってしてそれを成し遂げてみせよう。人類史の結晶を知れ」

「……面白い。ならば越えてみせよ、神の試練を」

 

 ──天の術式、起動。

 

「!」

 

 人類最強の足元が紅蓮の色に染め上がり、大地からマグマの奔流が溢れ出す。そして次の瞬間、人類最強の足場から大噴火を連想させる規模の赤い柱が天を貫いた。

 

 いや文字通り、これは噴火である。人間ではどうしようもない大災害の一つであり、環境を変革させる一撃。燃え上がる大地はドーム状に広がり、灼熱の世界が顕現する。

 

 が、

 

「人類を滅する規模の災害を操る。流石は、神々ということか」

 

 静かな、されど鮮明に響く声音が響くと同時、マグマの息吹を滅殺するかのように、黄金の光が放たれる。大地を駆け抜けた光線は俺のすぐ横を通過し、背後から耳を劈くような轟音が響いた。

 

「……」

 

 爆風に目を細めながら、俺は背後へと視線を送る。視線の先では、遥か遠くの方にあったはずの山脈が完全消失しているという凄絶な光景が広がっていた。

 先ほど俺が放った『天の術式』もそうだが、人類最強の一撃もまた同様にして地図を書き換える規模のそれ。仮に市街地で戦闘を開始すれば、その街は跡形もなく消失するだろう。

 

(……いや、なにより)

 

 視線を元の位置へと戻し、俺は人類最強を観察する。体力を消費した様子が一切存在せず、こちらを見据える人類最強を。

 

(通常攻撃で山脈を消し飛ばす、それは構わない。……だが、奴自身がなにも消費していないだと……?)

 

 あり得ない。最大効率で『神の力』を放てるほどに、人類最強は『神の力』の扱いに長けているとでも言うのか? いや最大効率で放ったところで、なにも消費していないなんてのは道理に反する。

 

 俺は何か、勘違いをしている……?

 

「神を相手に、全力を出さぬ理由はない。文字通り、全てを使って死力を尽くそう」

 

 人類最強が大地を疾走し、ハルバードに『神の力』を纏わせる。アレは……直接受けるのは得策ではない。

 

「はあ!」

「……」

 

 声をあげる人類最強と、静かに戦意を高める俺。振り回されるハルバードを回避し、蹴りを放つ。後方へと人類最強の体は吹き飛ばされ──次の瞬間、人類最強が目の前にいた。

 

 それはまさに、瞬間移動が(ごと)く。

 

 速度という概念を超越した、気がついたらそこにいたとしか表現できない現象。目で見切るだとか反応するだとか、そんなもので対処できるものではない。

 

「無防備な肉体に、この攻撃は(こた)えるぞ」

 

 人類最強の冷たい瞳から、殺意の奔流(ほんりゅう)が溢れ出す。これよりはまさしく、必殺の一撃が放たれようとしている。しかしそれに対処するには、この距離、この時間では不可能。

 

 正真正銘の必殺。

 人類最強が有する最強の手札の一枚が、切られようとしていた。

 

「──くく」

 

 だが、

 

「なっ──」

 

 だがそれは、()()()()()

 

 目を見開く人類最強。

 本当に俺の目の前にいたはずの彼は、しかし俺よりほんの少し離れた場所に立っている。驚愕している様子の青年を見ながら、俺は内心で口角を吊り上げていた。

 

「愚かな。神々の遺産の能力が、それを遺した神本人に通じる訳がなかろう」

 

 ここに来て初めて驚愕に目を見開く人類最強の顔面を掴んで、俺は彼を大地へと叩きつけた。

 

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