気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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レーグルvsマヌス

「神を名乗る男。お前は本当に、神なのか?」

 

 大陸最強国家マヌス。

 その要塞区域とでも呼ぶべき場所の地下室で、一人の男が呟く。

 

「だとしたら何故、降臨した。何故、表舞台に立った。何時から、お前はそこにいた。何故、────なのだ」

 

 その男は人類最強から『上司』と呼ばれている存在だった。その男は、ジルが最も情報を欲している存在だった。

 あらゆる意味でブラックボックス。表舞台には上がらず、されど舞台の糸を引く演出家。

 

 確かに、ジルの思惑通りに戦争は起きた。確かに、この男はジルが垂らした糸に食いつき、ジルの描いたシナリオ通りに開戦した。だが、そのジルも男の真の目的自体は把握できていない。

 

 『神の力』というエネルギーを得れば、莫大な力が手に入る。特に、ジルの場合はその恩恵が爆発的という他ない。しかし、『上司』の考える『神の力』の運用方法が、兵器としての運用であるとは限らないのだ。

 

「しかし、そうだな……」

 

 普段浮かべている険しげな表情をさらに深めながら、彼は言葉を続ける。

 

「人類最強を使うことを考えていたが、場合によっては……」

 

 男にとって、人類最強はまぎれもなく人類最強だった。歴代最強にして完成形であると思わせる存在であり、これ以上はないと断言できる代物だった。

 

 だがそれでも、"人類最強止まり"でしかない。

 

 人類における極致はなるほど、神々にも匹敵するものを有するのかもしれない。だがしかし、神々と人類は根本からして異なるのだ。限りなく例外に近い存在としては"神の血を引く人間"であるが、それも現在となっては大したことがない。

 

「禁術を会得した『氷の魔女』はある程度見込みがあると思ったが、あの程度であれば誤差に過ぎない」

 

 神々に戦闘力で匹敵する存在がいたとして、しかしそれは神々ではない。何故、神々が神々たり得るのか。その理由は、もっと異なる部分を根拠としているが故に。

 

 人類最強は、どこまでいっても人間だ。どれだけ強くても、決して、神々ではない。

 人類の極致と神々の極致。仮にその双方が全く同じ戦闘力に至るものだとしても、人類は神々になれないし神々もまた同様だ。人と神は、決して交わらない。

 

「神を名乗る男。お前は、神の血を引く人間か? あるいは、神そのものか? あるいは、器としての機能を有する只の人間か?」

 

 聖女曰く「未来は無限に分岐している」。

 

 無限に分岐するということは、ある世界線では明るみにならなかった事実が、別の世界線では明るみになる可能性があるということ。そしてこの世界線において、上司は『神の力』を人類最強が扱えるようにした。

 

 なにより──現時点で、ジルという男を知ってしまった。

 

「神々、お前たちそのものには興味がない。お前たちの思想、価値観、人格。その他にもだ。だが……その機能には、大いに関心があるぞ」

 

 人間は、世界の法則や許容量に縛られる。どうあっても、逆らえない限界値というものが出てくる。その世界の法則の中で部分的に限界値を叩き出せるのが、人類最強や大陸最強格といった規格外たちだ。仮にその限界値を超えるとするならば、それは世界を崩壊させるということに等しい。

 

 一方で、世界の法則や許容量を自在に操作可能なのが神々である──と上司は考えている。人類がルールの中で如何に頂点を目指すか思考を巡らせる中で、神々はルールそのものを捻じ曲げてくるのだ。

 

 そしてそのルールを捻じ曲げるという"機能"に、上司は大きな関心を寄せている。人にとっての"奇跡"とて、神々にとっては人為的に起こせる"当然"でしかないはずだと、彼は考えているのだ。なお、彼は知らぬことだが例外も存在している。

 

 エーヴィヒ。

 

 『魔王の眷属』という集団を組織した男。人間では不可能な不死性を有したあの男は、神々が敷いているはずの"死"という法則を捻じ曲げている。人間は、世界の法則に従うしかない。だが、エーヴィヒはその法則に逆らっている。されど、彼は決して神々ではない。それは本人自身も否定することだろう。

 

 とはいえ、この場においてエーヴィヒという男は存在しない。あの男の異質性が、この場で語られることはない。必然、上司の思考にあの男の存在は考慮されなかった。

 

 だからこそ、上司の脳裏に浮かんでいるのは一人の絶対者のみ。

 影のような黒い瞳に闇の炎を灯し、聞く者が底冷えするような声音で上司は口にする。

 

「神を名乗る男。お前には、こちらの計画の要となってもらおう」

 

 ◆◆◆

 

「神を名乗る男さんの実力は知りませんが、どこまで高く見積もっても人類最強氏と同格でしょう。その人類最強氏と神を名乗る男さんが対峙したそうなので、我々は任務通り国を叩くとしましょうか」

 

 ジルの国の外壁を、そこから少し離れた草原から眺めながら、仮面の女はそう口にする。彼女とて、本音は『神を名乗る男』などという不遜な輩を殺してやりたいが──国を叩けという命令を直接的に受けた以上、それに従うほかない。

 

「他の連中みたいに、俺たちも自由に動かして欲しかったぜ」

「任務への文句を口にする。その程度の自制心しかないから、あなたは序列が最低なんですよ。『蠱毒』最弱の分際で、生意気言わないでください」

「……はあ? なに、俺に命令する気? 『蠱毒』の序列は実力じゃなくて、任務達成度で決定される。つまり、序列が高いから強いって訳じゃないんだけど。なに、分からされたいの?」

「十五年くらいしか生きていないクソガキが調子に乗らないでくれます? 私は別に、序列どうこうであなたに最弱の評価を下している訳ではありません。単純に、弱いんです」

「……ふーん。俺が人類最強の座についたら、真っ先にアンタを殺してやる」

「あなたがこちらを殺す前に、こちらがあなたを殺すことになりそうですけどね。クソガキ」

 

 少年が殺気立ち、それに対して殺気は出さず、されど明確に迎撃体制に入る仮面の女。そんな二人の間に、一人の巨漢が割って入る。

 

「早く任務を済まさせろ。すぐに終わらせて、人類最強を殺しに行きたい」

「それもそうですねー。小国イジメなんてくだらない任務、早く終わらせるに限ります」

「……まあ、そこには賛成してやるよ」

「あと、一般人は殺さないでくださいよー。戦争は戦争でも、虐殺目的ではないんですから。必要最低限の戦力しか出してない理由は、そこにあるそうなんです。戦意がない兵士も捨て置いて構わないでしょう。戦闘経験値にもなりませんしねー」

「へーへー」

 

 そう言って、一歩踏み出そうとした──まさに、その瞬間だった。少年が前髪に隠れた目を、僅かに開かせる。

 

「ん?」

 

 大量の魔蛇が草むらから飛び出し、三人に強襲を仕掛けたのだ。見たことのない魔蛇に、少年が若干愉悦の笑みを浮かべ。

 

「なんですかー、これ。蛇とか気持ち悪いんですけどー」

 

 毒の牙を獰猛に開かせたそれらを一瞥したと思いきや、仮面の女が腰掛けている水晶玉を光らせた。そして次の瞬間、彼らの周囲にいた大量の魔蛇が腐敗していく。形を失っていくそれらはやがて風に飛ばされ、そのままどこかへと消え去っていった。

 

「……おい」

「野生の蛇ではなさそうでしたねー」

「そうだな。改造か、あるいは人為的に生み出されたのか。少なくとも、真っ当な魔蛇とは言えないだろう」

「ですねー。罠ですかね」

「知らん。だが少なくとも、生物を改造する程度には向こうも清濁呑み込む存在がいると分かったな」

「ですねー。少しだけ楽しめそうです」

「俺が殺したかったんだけど……!?」

「うるさいですよ。敵を殺しまくれるんだからいいでしょう。ほら、とっとと向かい──」

「──興味深い能力だ」

 

 ピタリ、と『蠱毒』の面々が静止する。先ほどまでどこか騒がしかった彼らの纏う雰囲気が、完全に一変した瞬間だった。

 

「今のはなんだね? 噂に聞いた『地の術式』というやつか。先の男……スペンサーだったかな。彼の能力は自身の魂を肉体から離脱させ、さらにそこから肉体を再構築するという、非常に愉快な研究対象だったのだ。さあ、他にはどのような奇想天外な能力が出てくる?」

 

 そんな彼らの前に、人の悪い笑みを浮かべながら一人の男が立ちふさがる。白衣を纏った緑髪の細身な男。

 

「今回、キミたちが実に愉快な声明を出してくれて良かった」

 

 ジルが率いる最凶集団『レーグル』の一人。名を、セオドア。

 

「おかげで、合法的に実験動物が手に入るからね」

 

 戦闘が本職ではないが、しかし大量の研究対象が手に入るならば、彼は自らが矢面に立つことも当然のように行う。それこそが、彼の生き甲斐だからだ。

 

「なに、アンタ。もしかして頭飛んじゃってる?」

「キミたちのような蛮族国家に言われたくないね。先ほど『戦闘鬼兵』と呼ばれる連中を確保したが、どいつもこいつも味方が殺されても楽しそうにケタケタ笑っているイかれた連中だったよ」

 

 少しだけうんざりしたように、セオドアは口にする。彼にとって、マヌスの人間の価値観は理解しがたいものだった。

 

「それは残念だったな。ま、そいつらは雑魚だからさ。俺とは格が違うって訳」

「あなたは序列最下位なんで、大して変化はありませんよ」

「あ? 殺すぞ」

「私が先にあなたを殺しますよ」

「やはり野蛮じゃないか」

 

 広い草原で、彼らは対峙する。それほど離れていないが、されど一瞬にして詰めるには遠すぎる距離感。先に仕掛けたところで、カウンターを合わせられるだけだろう。

 

「……まあ、良いです。お二人はお先にどうぞ」

「あん?」

「……?」

 

 言外に、自分がアレの相手をすると告げた仮面の女。そんな彼女に対して、残りの二人は意外そうな表情を浮かべていた。

 

「まあこの手の人は、まず間違いなく正攻法に戦わないです。ていうか、どう考えても本人は雑魚ってタイプです。なので、私が戦おうかと。お二人が足元をすくわれた結果、任務失敗なんて笑えません」

「……舐めてんの? 俺がこの程度の奴相手に──」

「ふむ。良いだろう、任せる。この程度の敵の首を持ち帰ったところで、人類最強に叩きつける価値はない」

「──じゃ、任せたぜ。バイビー」

 

 そう言って、駆け出す二人の少年と巨漢。二人が通り過ぎるのを、セオドアは黙って見ていた。

 

「意外ですね。見逃すんですか」

「私風情に止められるとは思わないのでね」

「流石にそれは嘘ですねー。それならなんであなたが私たち三人の前に立ち上がったんだ、っていう話です」

「おや、多少は考える頭があるのだね。文明を知らなさそうな野蛮人にも、文明を開花させる程度の知性はあるのか。これは歴史的発見かもしれない」

「調子に乗るなよ、クソが」

「やはり野蛮じゃないか」

 

 やれやれ、と肩を竦めるセオドア──その背後で、紫色の魔法陣が展開される。

 

「まあ、サンプルは全て捕獲するさ。ただ、それが私である必要はあるまい」

 

 ──なにせ、国に入った人間は間違いなく生きて帰ってこれないのだからね。

 

 銀色の髪を(なび)かせる最強の少女の姿を思い起こして、セオドアは薄く冷笑を浮かべた。

 

 ◆◆◆

 

「オラァ!」

 

 嬉々とした表情を浮かべた青年、ヘクターの拳が、相手の頭蓋を破裂させる。頭部を失った人間はそのまま崩れ落ち──ることなく、最期の力と言わんばかりに蹴りを放ってきた。

 

「その覚悟、気に入った!」

 

 その蹴りを掴み取って、ヘクターは相手の軸足を蹴る。抵抗できずにそのまま大地に背中を付けた敵が、起き上がることはなかった。

 

「よし、次は誰だ? テメェらは覚悟を決めてこの戦場に立っている戦士だ。全員まとめてでも相手してやる」

 

 獰猛な笑みを浮かべるヘクター。それに相対するは、千を超える戦闘鬼兵。彼らもまた、獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「アレを殺せば俺たちはさらに強くなる」

「他国の人間が、俺たちより強いなんて許せねえ」

「千人殺しのヘクター! 全財産やるから俺と殺し合いをしろ!」

 

 彼らの思惑は様々。だが、ヘクターと殺し合いをしたいという感情だけは一致していた。

 

「悪くねえ! 良いぜ! なら──まとめてやるとしようかァ!!」

 

 戦闘狂、ヘクター。彼にとって、マヌスの国民性はかなり気持ちの良いものだった。多分、セオドアとの友情が崩壊する程度にはこの点において彼らが分かり合うことはない。多分。

 

「さあ! 死にてえ奴は俺の前に立ちなァ!」

 

 爆発的な戦場。ある意味、最も過激な戦場。それを──

 

「……これは、それなりの大物がいたようだな」

 

 それを、一人の『蠱毒』が観察していた。

 

 




※キャラクターの主観等を説明している地の文に書いてあることは真実の設定とは限りません。

Q.人類最強を出した以上、最後の大陸最強格が出てきてもインパクトないんじゃない?
A.多分一番インパクト強い。

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