気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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戦場と実験場

「……あ?」

「ふむ」

 

 外壁を破壊して国に進軍しようとした少年と巨漢の前に、突如一人の少女が現れる。

 

 銀色の髪を靡かせた、鎧を纏った少女だった。凛とした雰囲気を漂わせ、槍を片手に少女はこちらを見据えている。

 

「尋ねますが」

 

 少女が口を開く。

 その声には、人間では放てないような"覇気"があった。まぎれもない強者である少年と巨漢が、自然と臨戦態勢に入ってしまうような"何か"があったのだ。

 

「ここより先は我らが神の()まう地。世界における絶対的な神域だ。それを知りながらあなた方はこの先に進み、暴虐の限りを尽くそうとお考えですか?」

「……その通りだ、と言ったら?」

「──そうですか」

 

 途端、少女から放たれる覇気が増す。

 目を見開く少年と巨漢。もしや目の前の少女は、人類最強よりも強い──ッッッ!?

 

「どうやら『人類最強』という方はいないようですが……私のやることは変わりません」

 

 少年と巨漢の判断は、間違っていないが間違っている。

 前提として、人類最強は彼らと相対する際は加減に加減を重ねており、そこから少女──ソフィアより人類最強が劣るという考えに至るのは正しくない。ましてや、ソフィアは大陸に降り立つことで弱体化している。今の人類最強とソフィアが激突すれば、人類最強が優に勝るだろう。

 

 とはいえ、互いに実力の全てを出し切れる状態ならばソフィアが勝利する。つまるところ、潜在能力的な意味では確かにソフィアの方が強いのだ。

 

 まあいずれにしても。

 

「天の術式、起動」

「っっ! 地の術式、起動!」

「……地の術式、起動」

 

 天と地。

 二つの力がせめぎ合い、空間が歪んでいく。

 

「構えるがいい、侵略者よ。私は神の槍として、貴様らを討つとしよう。我が勝利は神の下に……」

 

 ◆◆◆

 

 セオドア。

 

 その科学者然とした風貌からも分かるように、彼は戦う者ではない。自らが開発した様々な道具を用い、装備することで対応力を高めてこそいるが、自らが敵を殴る蹴るなどして戦闘続行など不可能である。

 

 彼の本業はあくまでも裏方のもの。様々な実験、開発、研究を重ねることで、彼は自らの目的達成を目論んでいる。

 

(地の術式といったか……)

 

 セオドアは研究者であって、戦士ではない。戦争で戦場に出て、殺し合いを演じるような毛色の人間では決してない。

 だが、そこに自らの目的に通じるものがある可能性が(わず)かでも存在するのであれば──

 

(実に、研究しがいがありそうじゃないか)

 

 ──セオドアは、自ら戦うことを(いと)わない。

 

「速攻で終わらせますねー」

「ふむ。それは困るな。私としては、キミの力をできるだけ長く観察したい」

「残念でしたねー。あなたが死ぬので無──」

「──キミが即死してしまっては、経過観察を行えないじゃないか。加減はするが、あまり無意味に暴れないでくれよ。鮮度が落ちる」

「殺す」

「やはり野蛮じゃないか」

 

 殺意を募らせる敵を前に、愉悦の笑みを止めないセオドア。

 彼はジルが前世と呼ぶ世界で得た知識の中でも、最期(さいご)までその笑みを絶やすことはなかったという。眼鏡を指先で軽く上げ、彼は魔法陣から巨大な魔猪を二体顕現させた。

 

「行きたまえ」

 

 直後、音を置き去りにして魔猪が草原を駆ける。その突進は鋼鉄の要塞(ようさい)であろうと一瞬で粉砕(ふんさい)し、立て籠もる人間を轢き殺す死の一撃だ。重い肉の塊が音速を凌駕(りょうが)する速度で衝突すれば、人体なんぞ四散して余りある。並の兵士程度では、どうにもならない暴虐だった。

 

 セオドアの視線の先で、轟音と共に砂煙が()き上がる。鎧を纏った兵士であろうと、鎧ごと押し潰されて終了だ。

 

「なにをしてくるかと思えば」

 

 だが、ここで魔猪に相対するのは並の兵士にあらず。

 大陸最強国家と名高いマヌス。そこに集う兵士は他国の国の兵士の平均練度を大きく上回り、その中で頂点の一人として君臨する『仮面の女』が並などあり得ない。

 

「そんな木偶の坊ごときで、私の相手をしようだなんて本気で思っています?」

 

 地の術式を使うまでもない、と言わんばかりに『仮面の女』は片手でそれぞれの魔猪の牙を掴んでいた。数トンを遥かに超越した質量の一撃を、なんでもない風に受け止めていたのだ。

 そして彼女がぐっと力を込めたかと思えば、魔猪の肉体が宙を舞う。

 

「『蠱毒』は地の術式を使えるから強いんじゃないんですよ。強いから、『蠱毒』なんです。そして『蠱毒』だから、地の術式を与えられるんです」

「……ほう」

 

 その小柄な体躯のどこにそんな力があるのか──などと驚愕する者はこの場にいない。『仮面の女』はなんでもない風に先のように言ってのけたし、セオドアも特に表情を変化させなかった。

 

「私の目的が『地の術式』の観察だからこそ、キミはそれを伏せると」

「ええ。わざわざあなたを喜ばせる意味なんてありませんからねー」

「ふむ、そうか。いやよく分かったよ。キミは私に『地の術式』を攻略されるのが怖くて仕方ないらしい。大陸最強国家の精鋭部隊とやらは、随分と臆病な集団のようだ」

「殺す」

 

 やはりな、とセオドアは眼鏡の奥で嗤った。

 推測の域は出ていないが、おそらくマヌスという国の兵士は、とんでもなく挑発に弱い。恐ろしいほど弱い。正直、本能のままに生きているとしか思えない。

 ある種人間らしいが、非常に扱いやすいとセオドアは嗤う。

 

 セオドアの四方に魔法陣が展開され、そこから様々な魔獣が飛び出した。

 

 馬。蛇。鳥。(わに)

 

 それぞれに似た形状を有する魔獣の軍勢が、それぞれの特徴を活かした攻撃を『仮面の女』に向けて放つ。

 

「地の術式、起動」

 

 同時、『仮面の女』が腰掛けている水晶玉が光を放った。そこから溢れだす力の波動に、セオドアの口角が吊り上がっていき。

 

「私の前では、万物全てが無価値だと知ってください」

 

 ──そして、全てが終わった。

 

 彼女に突貫していった複数体の魔獣。その全てが、体の先から腐敗していき跡形もなく散った。後に残るのは、何事もなかったかのように広がる草原と、相対する二人のみ。

 

 仮面の女を相手にすれば魔獣であろうと腐敗し、そして消滅する。先の蛇のように小型でなくとも、大型の馬や鰐であろうとその運命は避けられない。その驚嘆すべき事実を、セオドアは瞬時に理解した。

 

(体の先から腐敗した、か)

 

 余人ならば諦めるしかないと思えるようなそれ。しかし、セオドアの表情に変化はない。

 先の光景を脳裏に浮かべながら、セオドアは思考を巡らせていた。

 

(一度に全身が腐敗したのではなく、彼女に近い位置から腐敗していった。彼女を中心になんらかの力場が発生し、それに触れた箇所から腐敗していったという仮説を立てておくとしようか)

 

 カチッ、とセオドアはさりげなく眼鏡に仕込んである一つのスイッチを押す。途端、セオドアの視界の色が切り替わり、様々な数値が視界に映されるようになった。

 

(魔力感知に反応はなし、か。一方で、我々が扱う『加護』と酷似した力は存在している。となるとやはり、『地の術式』とは……)

 

 さて、とセオドアは再び魔法陣を展開させた。それを見た仮面の女が、少しばかり感心したように頷く。

 

「これだけ召喚しておいてまだ魔獣を召喚できるとは、驚きですね。しかも、あなた自身がなにかを消耗したような疲労感を、一切見てとれない。加えてあなたのそれは、我々が扱う『地の術式』に近い……」

「どうやら脳筋ではないらしいが、実験と検証を行うのは私であってキミではないのだよ」

 

 それは、合成獣という他ない魔獣だった。あまりにも醜悪なその見た目は、見るもの全てに"悍ましい"と思わせるだけの圧があった。それは当然仮面の女も例外ではなく「うげ」という声をあげたかと思うと。

 

「そんなバケモノを生み出し平然と使役するだなんて、あなた頭おかしいんじゃないですか? 少しは見た目にも気を遣いましょうよ。モテませんよ」

「これはまだ試作品だ。本来なら試作品など、他者に見せたくはないのだがね。しかしすでに"前例"はある。ならばまあ、構うまい」

「前例……?」

「それになによりも……実験動物同士を衝突させ、反応を見ることにこだわりなど必要ないと気づいたのさ」

 

 魔獣から紫色の吐息が噴出され、仮面の女へと襲いかかる。されどその吐息は仮面の女へと届く前に、霞のように消えていった。流石にこれは少しばかり想定外だったのか、セオドアの片眉が僅かに上がる。

 

「……フム? ……まあいい、次だ」

「……何故か私が棒立ち前提で行動してますけど、そんなのあり得ませんからね?」

 

 言うや否や、セオドアの視界から仮面の女が消えた。

 しかしそれに慌てた様子を見せることなく、セオドアは背後に魔法陣を展開させ──

 

「キミが一定距離に近付いた時点で、私の肉体は腐敗するのだろう。ならば話は単純だ……肉壁を用意して、その間に私は逃げる」

「あなたプライドって言葉ご存知ですか!?」

 

 無限とすら思える魔蛇の軍勢。

 それは文字通り壁となり、仮面の女の視界を完全に塞ぐ。なるほど、これ以上ない目くらましであり──まさかのそのまま「逃げる」という発言に、彼女は素で叫んでいた。

 

「仮にも自国の目の前で敵前逃亡とかそんなの訳が分からないんですけど!? あなた防衛の任に就いているのでは!?」

 

 マヌスにおいて、任務放棄ほど無能の烙印を押される所業は存在しない。それを平然と行うセオドアは、仮面の女にとって意味不明な存在である。故に、その叫びは彼女の本心に他ならない。

 

「めんどうですね本当に!」

 

 魔蛇は仮面の女の近くにいる個体から順に段々と腐敗していき、ついには風に飛ばされていくが……視界が完全に晴れたとき、そこにいたはずのセオドアはその場にいなかった。宣言通り、逃亡したとでも言うのだろうか。

 

「いや流石に、流石に本当に逃げたなんてことはない、はずですが……」

「──なるほど、射程距離はキミを中心に約二メートル弱。そして範囲内全てを腐敗させるわけではなく、キミを中心とした円線上に位置するものを腐敗させているらしい。とはいえ、射程距離を縮めるのは造作もないのだろうね。自身に触れない範囲で、といったところかな」

 

 瞬時に、仮面の女が頭上に顔を向けた。そこには巨大な魔鳥の上に乗り、中空からこちらを伺うセオドアの姿が。

 

「なによりもその円線が、360度全てをカバーしているとは言いがたいな。もしそうならば、キミの足元も腐敗していてしかるべし。しかしその様子はない。あるいは無差別に全てを腐敗させているのではなく、ある程度対象のコントロールは可能なのか。だがしかし前者か後者、少なくともどちらかに穴があることは見てとれる」

「……」

「思っていたよりも早く、キミの攻略法は編み出せそうだ。あとはどのようにして、生け捕りにするかを考えなくてはね」

「…………」

 

 沈黙は肯定と受け取る、とセオドアは笑った。勿論、その内心では思考を巡らせ続けているが。

 

(射程距離は約二メートルと言ったが、当然ながらブラフだ。とはいえ、少なくとも最初の距離関係では私を腐敗させることは不可能だったはず。そうでないならば、移動する意味がなかったのだから。その場に留まり続けて、私を腐敗させればいい)

 

 つまり最初と同じ距離を保っておけば問題ないだろう、とセオドアは推測する。

 

(さて。では不可視の攻撃はどうかな?)

 

 自らの周囲に八つの魔方陣を展開させ、そこから不可視の異能を付与した小型の魔獣を召喚する。流石に気配までは消せないが、それでも見えない敵にどのようにして対応するかは把握できるだろう。

 

「……よく分かりませんが、視覚には映らない魔獣ですかねー。魔法陣を展開するだけして、警戒させるだけという可能性もありますけど……」

 

 仮面の女の言葉を耳に入れながらも、セオドアは魔獣達を解き放った。

 

「汎用性の高さは認めましょう。分析力の高さも認めましょう。ですが結局のところ、結果は同じです。この身に届く前に、全ては腐り落ちるだけ」

 

 セオドアの周囲より魔獣が解き放たれ、その全てが仮面の女に届く前に腐敗していく。セオドアは仮面の女の『地の術式』の穴を突くべく様々な魔獣を召喚したが、その全てを仮面の女は腐敗させていった。

 

(腐りきる前に、圧倒的な速度で届かせればどうかな?)

(幾らなんでも無限に召喚可能なんてのは不条理がすぎるでしょう。異能というものは、なんらかの力を消費して初めて機能するもの。私は特に出力を強めたりだとかはしてないので一週間でも保ちますが……こちらを探るべく、かなり多くの使用を強いられているあなたは違う。確実に、どこかで消費する力が尽きる)

(……ふむ。草原が腐っていないことから、真下からならば通用すると思ったのだがね。そういう訳でもないのか)

(毒の類を多用する辺りは、スペンサー氏に通じるものがありそうですねー。まあ、毒も腐らせるだけですが)

(──ふむ)

(──はあ。もしかして、無限に召喚できるんですかこの人?)

 

 未知との能力に遭遇した場合、大事なのは如何に能力の分析を行うかである。敵が自らの力を誇示するタイプであれば勝手に能力の穴を見つけられるが、そうでないならば様々な方向性から敵の能力を解明していく必要があるのだ。

 

 そしてセオドアの『加護』は、汎用性の高さにおいてレーグル内ではキーランにも並ぶ。この汎用性の高さを存分に活用すれば、敵の能力を解析していくなど容易い。

 

 一方で、仮面の女。

 彼女は彼女で、その場で座しながら思考を巡らせ続けてしまえばいい。敵が汎用性の高さを利用してこちらの能力の解析を進めるというならば、こちらは敵の能力の全貌を(あば)くことができると。

 

 もしも敵がAという攻撃を放てば、こちらは敵がAという攻撃手段を持っていることが分かるのだ。手札の多い敵は、その手札の多さが強みだが──手札を使えば使うほど、その強みは失われていく運命にある。

 

(あなたは様々な方向性から私に攻撃を仕掛けることで、私の能力の弱点を探っていますが……。それが尽きた時、それはあなたの能力の底が見えた時に他なりません)

 

 (もっと)も、そこまで待つつもりはないがと仮面の女は仮面の中で薄く笑う。その場で座しながら思考を巡らせ続けるだけというのは、あくまでも例えの話。

 

(この人はどうやら、召喚系の力以外は有していないようです。ストックしている魔獣の多さには目を見張りますが、それだけ)

 

 ならば、と彼女は身を屈める。そしてそのままセオドアがいる空中へと、跳び上がろうとしたところで。

 

「足元がお留守になったようだね」

 

 途端、彼女の足元から巨大な魔蛇が飛び出し、そのまま彼女の肉体を縛りつける。魔蛇は──腐敗しない。

 

「流石にほぼゼロ距離でその力は使えないのだろう? 何故なら、自らの肉体をも腐敗させかねないからね」

「……」

「キミの弱点は、キミ自身という訳だ。謎の力を放っている線の内側から攻撃する手段を持つ者を相手にした時、キミにはどうしようもない」

 

 さて、全身の骨を砕いてから持ち帰るか。そう思考をまとめたセオドアが魔蛇に指示を出そうとして。

 

「とても素直で、そして視野が狭いですね。自らが見たものからでしか、推測をできないのですから」

 

 出そうとして、魔蛇が腐敗していく姿に閉口した。

 

「自らが打ち出した理論の中で正解を探る。それは机上では正しいのかもしれませんが、実践的かと言われると別です。何故ならその理論が、現実的とは限りませんからねー」

 

 非現実的なものを前提として組み立てた理論が、果たして正しいのか、と仮面の女は笑う。人間の合理的な行動の是非に関して、人間の心理そのものや、心理の千差万別具合を無視して考えても現実では通用しないのと似たような理屈だ。

 

「あなたは目に見えた現実から、仮説を立てた。私の立場で考えたら合理的であろう行動をも推測し、これまでの行動に嘘はないと判断した……」

 

 仮面の女が跳び上がり、セオドアが飛び乗っている魔鳥の腹に触れる。絶叫をあげながら腐敗していく魔鳥。落下することで逃げたセオドアは、瞬時に魔法陣を展開させようとするが──

 

「ええ、素晴らしいですね。素晴らしいと思います。実戦でなければ」

「……」

「良いことを教えてあげましょうか」

 

 押し黙るセオドアを前にして、『仮面の女』は言う。

 

「人類最強ですら、この状態の私に攻撃を届かせたことはありません」

 

 直後、セオドアの片腕が舞った。

 

 


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