気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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少年漫画

「さあどうする、『千人殺し』のヘクター」

 

 中性的な青年が言葉を放つと同時、水晶玉の光量が最大限のものと化す。大地に裂け目が入ると同時に、マヌスの戦士たちが面白くなさそうな表情を浮かべつつも数歩ほど後退していった。

 

「──ハッ」

 

 それらを横目に、ヘクターは腰を低くして構える。構えながら、彼は冷静に思考を巡らせていた。

 

(敵の能力は不明。ただまあ確かに『地の術式』も厄介だろうが、それより戦闘スタイル自体が不明ってのがめんどくせえ)

 

 先ほどの単純な岩石砲を回避した点から膂力(りょりょく)自体は自分に並ばないのかもしれないとは推測しつつ、しかし敵の最高戦力の一角ではあるらしい青年が、『地の術式』が無ければ戦えないような弱者ではないと判断。

 

 異能自体は強力無比だとしても、それが無ければ戦えませんなど笑い話にもならない。自分たちとて、『加護』の有無に関係なく大陸有数の強者の領域に立っているのだから。自分たちだけが例外で敵はその限りではないと考えるなど──慢心にもほどがある。

 

「『天の肉体(メギンギョルズ)』」

 

 だからヘクターは、迷うことなく己の『加護』を発動した。単純に能力を底上げするという目的もあるが、それ以上に。

 

(これを使っとけば、概念的な防御もぶち破れるんだっけか)

 

 ジル曰く、ヘクターの『加護』は肉体そのものに作用する力。それは普通の人間を相手にする際は単純な物理的破壊力や防御力を高倍率で上昇させるだけ。つまり実質的には魔術にある身体能力強化の完全上位互換程度でしかないが──敵が『加護』やそれに類似するような力を使ってくる場合、ある程度それらを相殺する役割も果たすだろうということらしい。

 

『ヘクター。貴様の「加護」は、ある意味最も加護らしいと言える。私の「権能」ほどではないにしろ──「呪詛」はもちろん、実態のない相手であろうと物理的に対抗できよう』

 

 冷笑を浮かべながらそう言っていた、ジルの言葉が脳裏に浮かぶ。他にもなにやら難解な言い回しで色々と口にしていたが、それらを総括すると──

 

(いつも通り、障害をぶっ壊せってことだわな)

 

 ニヤリ、とヘクターは不敵な笑みを浮かべた。そんなヘクターの表情を見て眉をひそめる青年。

 

「なんだ、気でも狂ったか。傭兵」

「ハッ。どうだろうな。けど狂人のテメェから見て俺が狂ってるってんなら、それは正常なんじゃねえか?」

「……」

「あーそういや、テメェらの下に付くかここで死ぬか……だっけか?」

「その通りだ。まあ、答えは聞くまでもないだろう」

「ああ。その通りだな、答えは当然──」

 

 瞬間、先ほどまでヘクターが立っていた大地が大きく陥没する。されどその場にヘクターはおらず、青年の目が僅かに見開いた。

 

「お断りに決まってんだろォ!」

「チィ──ッッ! 地の術式……」

 

 地の術式を起動させるべく青年が口を開くよりも速く、懐に潜り込んだヘクターの拳が敵の腹に突き刺さる。

 

「爆ぜろ」

 

 そして、ヘクターの拳が爆発した。体の八割以上が消失する青年。大きく目を見開く青年を見ながら、ヘクターは──

 

「やっぱ単純には終わらねえか」

 

 ヘクターは、その場から大きく跳び退いた。そして次の瞬間、大地に大量の武具が突き刺さる。賞賛するかのようにヒューッと口笛を吹き、ヘクターはこの攻撃を放った青年へと視線を向けた。

 

「狩人が最も油断するのは獲物を殺した瞬間であり、吾は寸分の狂いもなくそこを狙いすましたはずだが……慎重なことだな、傭兵」

 

 なんでもないような表情を浮かべつつそう言う、青年の右腕。

 それが、様々な武具へと変化している。腕一本につき武具一つという制限はないようで、本当にそれは様々だった。しかもどうやら、概念的な力を纏っているらしい。

 

(直撃したらめんどくさそうだな)

 

 自らの肉体を武具に変化させる能力。それも単純な武具ではなく、魔導具に近いものがある。中々に厄介そうだとヘクターは内心で舌を打つ。

 

「ハッ、くだらねえ挑発だ。慎重なのはテメェだろうが、こんな回りくどい真似しやがって。……まっ、自分の命を半ば犠牲にしてでも俺を獲ろうっていう、その気概は認めてやるよ」

「吾は自らを犠牲にしたのではなく、これが最も楽にお前を殺せる手段であると判断しただけのこと。最強であるこの吾と正面から戦闘するほど、お前に価値はない。『地の術式』起動後は、起動前の損傷など幾らでも無視できる。それを知らない相手には、これが最も速い」

「……おいおい、自ら種明かしするってのは戦士としてどうなんだ?」

「手品は一度だけ、と言うだろう。これに二度はない」

「いや、テメェの仲間がテメェと似たようなことをしようとしたときに、俺からこれをバラされてたら使えねえだろ」

「どの道ここでお前は死ぬ。情報が回ることはあり得ない。それに吾以外の者のことなど、どうでもいい。死ぬならそこまでだったというだけだ」

「ハッ、そうかよ」

 

 漂う雰囲気は異質だが、性格は分かりやすいなとヘクターは思う。実力に裏付けられた自信家といえば聞こえはいいが、かなり身勝手で直情的のようだ。どんな攻撃をしてくるか分からない不気味さがあったが、意外とそうでもないのかもしれない。

 

(……いや、性格と戦闘スタイルが一致しないなんてのは割とある話だ。こいつらがどうかは知らねえが──)

 

 思考を巡らせつつ、ヘクターは身を屈めて。

 

(とりあえず、攻めて手札を調べ尽くす!)

 

 足場を蹴り、ヘクターは駆ける。遅れて大地が陥没し、衝撃波が周囲に拡散した。

 

 直線ではなく縦横無尽に動くのは、狙いを定められないようにするため。時折フェイントも織り交ぜられていて、タイミングを計るのは困難といえば困難。

 

 ──だが、青年と戦闘をする以上、最終的な狙いは確定している。

 

「脳筋め」

 

 ヘクターが飛び込んできた、その瞬間。完璧なタイミングで、青年が右腕を振るう。その腕は十を超える剣となり、それらの剣から炎が走り、雷撃が(ほとばし)った。

 

「……なに?」

 

 しかしその全てがヘクターに当たらない。

 目測で剣の尺を測り、最小限の動きで回避すれば炎や雷に焼かれるであろうそれを、ヘクターは炎や雷ごと完璧に躱していた。達人であればあるほど嵌るはずの、この罠を──

 

「ハッ!」

「──!」

 

 笑うヘクターと、内心で舌を打つ青年。懐に潜り込んできたヘクターに対処すべく、青年は腹から槍を突き出した。それを拳の爆発で破壊しながら、ヘクターの拳はなお突き進む。

 

「なるほど、全身から出せるってか! 多彩だな!」

「忌々しい……!」

 

 直撃はマズイとバックステップで下がる青年と、それを追うため加速するヘクター。大地を粉砕しながら、両者は広い戦場を駆け抜ける。

 

 青年の左腕が伸びて、ヘクターの首を刈り取ろうとする(かま)顕現(けんげん)する。鎖に繋がれながら放たれたそれを、ヘクターは拳で爆発させることで(しの)いだ。

 木っ端微塵に四散する鎌に舌を打ち、青年は左腕を元に戻す。武具に変化した肉体が破壊されたところで、青年にダメージはない。だが、こちらに決定打がないのもまた事実だった。

 

(回避すれば鎖を引くことで背後から襲い、僅かでも受け止めれば異能を起動させていたのだが……)

 

 拳の爆発で真っ先に武具を破壊することで、こちらに次の手を撃たせないとは小癪な──と青年は歯噛みする。

 

 ヘクターのそれは、極めて単純な能力と戦闘スタイルだ。特別な力と呼べるのは拳の爆発くらいで、それ以外は人体の機能を超向上させたものにすぎない。

 

 だというのに、いやだからこそ、その牙城(がじょう)堅牢(けんろう)という他なかった。単純だからこそ強く、付け入る隙がない。特別な属性を持たないからこそ、特別な弱点を有さない──!

 

「ならば、それを超える圧倒的物量の前に散れ……!」

 

 青年の長髪が揺らめき、それらの照準が突撃を止めないヘクターへと向けられる。

 そして数万を優に超える武具が、ヘクターへと殺到した。驟雨(しゅうう)の如く降り注ぐ、武具の嵐。天災にすら匹敵しかねない暴力に、しかしヘクターは。

 

「確かにすげえ量だが──それら同士がぶつかって狙いがズレねえように、僅かな隙間はできちまうんだよなあ!」

 

 ヘクターは、一瞬で台風の目を看破した。されどそれは、決して人間が無傷でやり過ごせる台風の目ではない。小型生物でギリギリなんとか、というレベルの隙間だ。

 

 だがしかし、少なくとも弾幕として薄いのは事実であり。

 

「ここだな!!」

 

 適切に拳を爆発させることで、やり過ごすことは可能だった。一瞬と呼ばれる時間の中で、ヘクターの拳が爆発を起こす。爆音が響くと同時に、武具が破壊され、台風の目が肥大化していく。

 

「テメェの狙いは正確だが、だからこそ、隙間ができる。戦い方が雑に見えて……いや実際に雑だが──殺し方が丁寧なんだよ、テメェは!」

 

 間違いなく、青年は歴戦の戦士であるとヘクターは結論付けた。

 

 確かに、異能の使い方は非常に雑だ。移動しながら雑に肉体を武具に変化させ、雨霰(あめあられ)と言わんばかりにそれを放つ。しかしその雨霰自体は、非常に丁寧なのだ。完全に計算され尽くしていて──だからこそ、隙間ができる。

 

 されどこの量の武具を計算しながら放てる時点で、青年は間違いなく"極めた者"。方向性は違うが、ある意味キーランに近いなとヘクターは思う。

 

 この術を使うには、青年は精錬されすぎている。もう少し雑な性格の人間が使う方が、脅威だったかもしれない。

 

「……しめえだ!」

 

 そして、ヘクターは生き残った。

 

「……」

 

 人間を滅ぼすはずの嵐を、無傷で、やり過ごした。絨毯爆撃(じゅうたんばくげき)を受けたかのように大地が死んでいるが、しかしヘクターは健在だったのだ。

 

「……なんだ」

 

 だからこそ青年は眼を見開き、ついには声を荒げた。

 

「なんだお前の拳は! なんだその爆発は! 吾の武具を、その程度の爆発で……!」

「テメェの武具が弱すぎるんじゃねえの?」

 

 そんな訳があるか、と青年は内心で吐き捨てる。

 

 事実青年の武具は、ただの武具ではない。神代とそれ以後の空白期間。その期間で生み出された武具。そして青年は、それらに肉体を変化させていた。

 

 神代の残り滓が漂っていた時代に生み出された武具。それが、ただの武具の訳がない。神々が直々に創り上げた『神の秘宝』とまでは言わずとも、それに準ずるだけのものはある。これらの一撃は大地を割り、海をも裂く。

 

(あり得ない……)

 

 ──なお、先の説明は『地の術式』に関する詳細な文献が残されていないために、青年やマヌスの面々がそう解釈したというだけである。

 実のところ、肉体から生み出される武具自体は普通の武具なのだ。ただ、その武具に『地の術式』を通して『神の力』が張り巡らされた結果、過去の時代の武具と似たような強度や効力を発揮するというのが正確な情報。

 

 とはいえ、それがもたらす結果は似たようなもの。いずれにせよ大地を割り、海を裂くだけの力はあるのだから。

 

(……)

 

 だから青年は、その眼を細めた。

 ヘクターの拳を複数の盾を同時に展開することで防ぎ、距離を置く。そして──

 

「お前のその肉体、ただの肉体ではないな……」

 

 そして、気づく。

 ヘクターの肉体が、そもそも人間のそれとは異なるものになっていることに。ある意味『地の術式』を起動させたときの自分たちに近いといえば近く、遠いといえば遠い。ただ少なくとも──『上司』から聞いた神代となにかしら関係があるものだろう。

 

 ただ剣を置いておくだけでは無意味。不意打ち気味に槍を放っても爆破され、その(ことごと)くが踏破されてしまう。

 概念を纏ってこそいるが、それは直撃して初めて効力を発揮する。回避されたり、届く前に爆破されてしまっては意味がない。

 

 完全に、手詰まりだ。

 

 

 

 

 

 

 使うのが『地の術式』だけでは。

 

(……この吾に)

 

 人類最強が『神の力』を扱えるようになってからここしばらくは、雑に『地の術式』を放つだけで勝利していた。『地の術式』という分かりやすくそれなりに強い能力を得てからは、もはやそれしか使っていなかった。

 

 だがそれは決して、『地の術式』という新たな力に酔っていたからではない。

 

『「地の術式」。中々に強力なり』

『ああ。(ほうき)としての役目は果たせそうだな』

『お前は何を言っているなりか……』

『元より、お前たち程度を相手に我が力を使うなど勿体なかったからな』

『……殺すのである』

 

 自らが"最強"を示すに相応しいものを、披露するほどの価値がある存在が、目の前に現れなかった。ただ、それだけ。他の『蠱毒』は最強を示すべく自らの力を誇示したがっていたが──青年は、その圧倒的すぎる自信によって力を誇示するという段階を超越していたのである。

 

『あなたが今生き残っている中で、誰よりも先に「蠱毒」にいた人、ですか。なんか長生きしてるからか分からないですけど、随分と調子に乗っているみたいで。ぶっちゃけ私が最強なんで、ちょっと病院送りにしていいですかー?』

『ふざけるのも大概にしてもらおう。吾が最強だ。だからお前と戦う理由はない』

『……え、なんなんですかこの人。え、帰ったんですけどあの人。え……え?』

 

 自分のことを最強と思い込んでいる精神異常者の極みの一つ。そこに至っているのが、青年という存在だ。

 最強を自認しつつも高みを目指しているが、しかし雑魚を何人殺したところで強くなる訳がない。だから、雑魚を殺す方法なんて片手間でいい。真剣に向き合う必要性を感じられず、楽に速く殺せればそれで良かった。

 

 マヌスの最高にして最強の部隊である『蠱毒』ならばあるいはと思って、彼らとの殺し合いが禁じられていることに落胆を覚えてしまう。

 

(この吾に、片手間で終えさせないとは……)

 

 もはや戦闘に移行する意味のある相手はおらず、数少ない例外といえる人類最強とは戦えずじまい。

 病室に転移させるという奇怪で卑劣な術を使うくせに、最強の称号を有する忌々しき人類最強。エクエス王国などというマヌスに及ばない大国で、粋がっている忌々しき騎士団長。

 

 これら以外に自分が戦う価値のある存在なぞいないと、そう思っていた。

 

「……」

 

 だが、目の前の男は、雑事として片付けることができない。目の前の男は、片付けられない。

 

 片付けられなかった。

 

「ふん……」

 

 苛立ちが募る。

 怒りが噴出する。

 殺意が湧き出てくる。

 

 だが、それ以上に──

 

「……忌々しいが、認めよう」

 

 ──青年が、一振りの剣を掌から生み出し、正眼に構えた。先ほどまでと異なり、一本の芯のようなものが見える空気。それを前にして、自然とヘクターも拳を構える。

 

「吾がこれを見せるのは『騎士団長』などという、思い上がり甚だしい娘だと思っていたのだがな……」

 

 まあいい、と青年はヘクターと視線を交錯させる。

 

「雑な攻撃では、お前を殺せんらしい。雑事として、お前は片付けられんらしい。ならば我が真髄をもって、お前を叩き潰すしかない。それが、最短だ」

「……良いな、分かりやすくておもしれえ。俺好みだぜ」

 

 先ほどまでとは違う、とヘクターは肌身で感じていた。おそらく、目の前の青年は先ほどまで適当に戦っていたのだ。雰囲気が掴み取りづらかったのも当然といえば当然なのだろう。

 

 おそらく、これこそが本来の青年の戦闘スタイル。

 

 いままでのは、文字通り青年にとって戦闘ではなかったのだろう。最強を自認する彼にとって、ヘクターとの戦いはゴミ掃除かなにかと同義だったに違いない。

 

 他の『蠱毒』の心理は不明だが……少なくとも青年にとって『地の術式』は、単に便利な道具でしかなかったということだ。

 

「吾の名はテールム。往くぞ、傭兵。……いや、ヘクター」

「ハッ、来やがれ!」

 

 だからここに来てようやく、ヘクターと青年──テールムの戦闘は、幕を上げるのだ。

 


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