気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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最強の剣士

「──ふうん、そう。なら『地の術式』に関しての文献は、そっちにも存在しないのね」

『うむ。そのような言葉は、一切伝承されておらんわい。術式そのものに関しては、言うまでもないじゃろうな』

「使えないわねえ……」

 

 ジルの国が誇る王城。その一角に位置する豪奢で煌びやかな部屋。そこに、一人の幼い少女がいた。

 

 グレイシー。

 

 教会という人智を超越した勢力の最高戦力。大陸最強格と呼ばれる存在全てを同時に相手にしても、本領を発揮できる状態の彼女には傷ひとつ付けられはしない。まさしく、神の領域に位置する存在である。

 

 だが、人間よりも限りなく神に近い存在であるからこそ、通常の手段で彼女は現世に降り立てない。神々が降臨できないのと同様で、彼女は特別な環境下以外では活動不可能なのだ。つまるところ、大陸最強格をまとめて足蹴にできる実力はあるが、それを発揮する機会は訪れないということでもあった。

 

「お兄様と一緒に戦争出陣という心踊るイベントにも出られないし……本当に、運が良くないわね」

 

 だからこそ、戦争に彼女は出られない。今戦争における最強格とも言える『人類最強』、ジル、ソフィアといった三人を、神話を再現するという埒外な『権能』を用いて沈めることが可能──同時に大陸も海に沈むが──な彼女は、今回お留守番というわけである。まあ仮に出られたとしてもジルが頷くことはおそらくないだろうが、それは言わぬが花だ。

 

『神の聖戦か。願わくば、我々も神の御力になりたかったものじゃ。神の決定に意を唱えるような思考自体が、不敬ではあるのじゃがな……』

「そのくらいでお兄様は怒らないわよ。むしろ多分、忠誠が重すぎてドン引きしてそうな気がするわ」

『我らの忠誠、信仰を神は──』

「多分私の頭が痛くなるからそこから先は言わなくていいわ。黙ってちょうだい」

 

 そんな彼女は、現世とは異なる世界に存在している『教会』の講堂にいる『教皇』と、特別な術式を用いて会話を行なっていた。今現在、向こうの講堂ではグレイシーの映像が映っていることだろう。仮にジルが見れば「なんか、ビデオ通話みたいだな」と口にしていたに違いない。

 

「はあ……」

 

 グレイシーが教会勢力というあまり好きではない場所に連絡を取っている理由。それは、兄の役に立ちたいという妹心からくるものだった。

 

「なんで『地の術式』に関する情報を持っていないのかしら。お兄様の役に立てないじゃない」

 

 その言葉を講堂の後ろの方で聞いてしまった『熾天』の一人、ダニエルがノータイムで首を半ばまで斬った。理由は「神への懺悔(ざんげ)を示す」ため。ただ、それだけ。

 

 血が大量に吹き出し、瀕死(ひんし)の状態に陥るダニエル。血の海に沈んでいる彼を見た雑兵が彼の体を運び、医務室に運ぶまで約数分。彼が生き残れるかは、神のみぞ知るといったところか。

 

 なお教皇は「グレイシーとの会話が終われば、儂もしなければな……」と考えるだけで終わり、目が見えないグレイシーは特に反応を示さない。教会最高戦力の一人が瀕死の状態に陥るという悲劇が起きたにも関わらず、恐ろしいまでに特に何もなかった。

 

『我々は神々が地上を離れる以前から、信仰を確かなものにすべく生まれたとされる勢力じゃ。神々が地上を去った直後には、外界との繋がりを絶っていたとも聞く。故に、大陸で人類が行った行動に関する情報に乏しいのではないか?』

「……でも魔術大国に関する情報を、あなた達は手に入れたのよね? 確か、『天の術式』を使った子に反応したとか聞いたのだけれど」

『アレは神代が終わってから久しくのことじゃったからのう。当時ならばまだ「天の術式」の使い手も外ではありふれていたはずじゃ。加えて、当時で教会に属しておらぬということは、神に対する信仰が不確かな愚か者たちであったということ。完全に、閉ざしていたのじゃろうよ』

「ふーん」

 

 神を狂信する教会から『神に最も近い少女』とまで謳われた少女は、この国の王(シスコン)より与えられたソファの上で足を組みながら思案する。

 

(まあその辺は、どこまでいっても憶測にしかならないのよね。とりあえずは、事実をまとめましょう)

 

 敵が使ってくるとされる異能『地の術式』。これは間違いなく『天の術式』となんらかの関係があるものである。

 

 ジル曰く、『神の力』を用いて起動する術式であり、グレイシーの口からそれを聞いた教会勢力には「今すぐにマヌスを跡形もなく消し飛ばしたい」という感情が沸き立ったが、しかし彼らにも「神の作戦に我々が含まれていない以上、勝手な真似をしてはいけない」という至極まともな理性が残っていたらしく、大陸が海に沈む災厄は回避された。

 

 真の狂信。それを、彼らは有している。理想像を押し付ける信仰を、信仰とは呼ばないのだと、彼らは『半裸の狂信者』キーランから教育を受けていた。

 彼らこそがまさしく、歴戦の狂信者。その辺の狂人とは、面構えが違うのだ。

 

(『天の術式』となんらかの関係がある『地の術式』。それが現代まで残されているということは、マヌスは少なくとも神代かその直後の時代の代物が幾らか存在するのでしょうね。いえ、一人だけ放った尖兵すらそれを有していた以上、それなり以上の数を持っていると見て間違いないわ。貴重なものを、雑に扱うわけがない)

 

 相当古くから建国されていた国かしら、とグレイシーは思う。加えて教会のように隔絶した空間に存在したのならともかく、戦争やらを繰り返していたであろう大陸でそれらを綺麗に受け継いでこれたと考えると、神代に関する資料や秘宝もかなり眠っているかもしれない。

 

(本来肉体に刻む『天の術式』と類似したものを水晶玉に刻むという手法は、『神の力』が切り離された時代だからこそ至った発想よねえ……。だって肉体に『神の力』を流している状態なら、肉体に刻む方が効率が良いし、なによりも他者からの介入を防げるもの)

 

 とはいえ、肉体から切り離しているからこそ生まれる利便性もあるかもしれない。物に術式を刻むことで、起動する異能を有し、それを古くから現在まで受け継いできた『国』。

 それらを偶然に遺跡から発掘しただとかではなく、文字通り受け継いできたのだとすれば──

 

(防衛術式のような感覚で、国そのものになんらかの特別な術式を刻んでいる可能性も、ありえるのかしら……?)

 

 ◆◆◆

 

 剣が空間を走り、拳が大地を破る。

 

「チッ、当たらねえな」

「その拳を受け止めれば、この剣であろうと砕ける。故に吾は──それを、決して受け止めない」

「ハッ!」

 

 ヘクターが拳を放てば、テールムは円を描くようにしてそれを受け流す。ヘクターの拳が爆発したが──それすらも、テールムは受け流していた。

 

(とんでもねえ技量だな)

 

 爆発すら受け流す剣筋。匠の技と呼ぶほかないそれを可能にする技量と、爆発の衝撃やその他を見切る眼。間違いなく──彼は剣士として最高峰の座に位置している傑物。

 

(ローランドの相方……レイラの剣術もデタラメだったが、アレはなんかもう道理とかその他を色々無視してたからなァ……)

 

 そうしている間にも、二人の応酬は続く。ヘクターの拳は、一撃一撃が必殺のそれ。テールムの持つ剣を破壊すれば、そのまま拳は彼の肉体に突き刺さり、殺せる一撃。であるからこそ、テールムはヘクターの拳を決してまともに受け止めないし、受け止めなければならない状態に持ち込ませない。

 

(ヘクターの肉体強度は非常に高いだろう。おそらく、剣でも完全に切断することは敵わない。ならばこそ、吾は関節や筋肉筋、そして神経を狙う)

 

 何度も応酬を続けているから分かる。おそらくヘクターの肉体は、この剣による切断を許さないと。首を斬ろうとしても、おそらく止まる。ヘクターがその身に鎧を纏っていないのは、鎧よりも肉体が強力だからだ。

 

(だが、奴も吾の狙いは察知している。吾が織り交ぜる反撃の一撃に対して、適切なガードを固めてくる。野生の勘か、経験による洞察力かは不明だが……単純な身体能力と肉体強度による嵐ではない、確かな技量が、奴にもある)

 

 踏み込みで大地が砕け、剣が振るわれることで風を裂くような音が伝播し、拳が爆発する轟音が響いた。

 

 二人の人間。大陸有数の強者を超え、大陸最強格に足を踏み入れている傑物が、この場で激突することで、世界が悲鳴をあげ始めていく。圧倒的な手数と、圧倒的な暴力による雑な戦闘に見えかねないそれは、しかし見るものが見れば卓越した技量を持つ者同士の衝突であるのは明白だった。

 

(即応できるように重心を後ろに置いている、ならば──)

(持ち手の位置を若干変えたな、てことは──)

 

 一挙一動を見逃さず、隙を晒さぬよう絶え間なく動きつつ、放たれる敵の次の動作への予測も止めない。文字通り、彼らは全てを使ってこの戦闘に臨んでいた。

 

(ここで突きか!)

 

 剣による突きの一撃。首を狙われたそれを、ヘクターは紙一重で回避し、隙ができたと考えて懐に潜り込みながらカウンターで拳をテールムの顔面に放とうとして──

 

(チッ!!)

 

 放とうとして、真正面に突き出された槍に舌を打って後退する。距離が離れたことで、暫し戦闘に静寂(せいじゃく)が訪れた。

 

「……眼を狙うのは、流石に贅沢(ぜいたく)だったか。だがカウンターではなく、単純に回避行動をとったということは、少なくともそこは柔いだろうという予測は間違っていないのだろう」

「ハッ、中々に肝が冷えたぜ。成る程な、確かにテメェは普通に剣を使った方が断然つええ。けど──『地の術式(それ)』を使わねえって訳じゃねえもんな。敢えて隙を作って、そこを異能で強襲か。言葉でもさっきまでの行動でも、剣一本で戦うように見せておいてのこれ……うめえ使い方だ。なにより、全力で俺を殺す気概なのが良い」

「ああ、これは中々に便利な道具だ。その点は、吾も評価している」

 

 剣術と、『地の術式』による異能を複合して用いることで戦うスタイル。それが、今のテールムの"最強"だ。

 

「実戦で使うのは初だが、吾の空想戦闘にぬかりはない……。やはりお前は、得難い敵のようだ」

 

 フッ、と笑うテールム。それに対して、ヘクターは獰猛な笑みを浮かべた。

 少しだけ、空気が弛緩(しかん)して、そして、

 

「だが、最強は吾だ」

 

 そしてテールムの(まと)う雰囲気が変質し、彼はそのまま独特な構えをとった。あからさまといえばあからさまだが、しかしヘクターとテールムの距離は開いている。

 

「これを、他人に使うのは初」

 

 斬撃を飛ばすのではないか、と推測したヘクターは、猿真似の技を放つべく足に力を込める。しかし、どうにも違和感が(ぬぐ)えない。

 

(なんだ……?)

 

 眉をひそめるヘクターに対して、テールムは鋭利な瞳を向け──

 

「我が秘奥……お前に見切れるか、ヘクター」

 

 ヘクターの右肩から、僅かに血が流れる。

 

「……ッッッ!」

 

 ──見切れなかっただと!?

 

 驚愕に目を剥きその場から跳び退くヘクターと、なにを思ったのか僅かに目を細めるテールム。

 

(なんだ、今の業は……)

 

 所詮は薄皮一枚だ。致命傷には程遠く、戦闘にも支障はない。だが、全く見切れなかった一撃を、警戒しないなど戦士としてあり得ない。

 

(今の距離でも当たる一撃、まずは射程を測って──)

 

 次の瞬間、ヘクターの服が斬れる。

 肉体には届かなかった。だが、まるで見切れない攻撃は、今もなおこの身を襲いかかっている──!

 

 

 

 

 

 

 

 それは、テールムという青年が編み出した固有の剣術。

 

 空間を斬り裂く斬撃を放つレイラにも匹敵するであろう、秘奥中の秘奥。

 

(吾の秘奥は過程を切断し、結果だけをこの世に残す。故にこの世界に斬撃の軌跡は残らず、斬るための時間も必要ない)

 

 それこそは事象の過程に干渉し、それを断つことで生まれる究極の斬撃。

 彼の剣に"斬るまでの過程"は存在しない。何故ならそれごと、テールムは対象を斬るのだから。

 

 そこに速度は関係ない。過程が省略された結果、速度などという概念が介在できない一撃を、目視などできるわけがない。そもそも、この世界に目視するための過程が存在しないのだから。

 

 ある意味、因果を断ち切っているといっても過言ではない。斬られるに至った原因は世界に認識されず、斬られたという結果だけが世界に刻まれる。

 

 故に、

 

(ヘクター、お前のおかげで、我が剣は今なお進化を続けている)

 

 故にその剣は、回避不能というほかなかった。

 

 

 




レイラ「空間ごと対象をぶった斬れば防御不可!ヨシ!」
テールム「斬るまでの過程ごと対象をぶった斬れば回避不可!ヨシ!」

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