気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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仮説の検証(終)

 仮面の女は全てを腐敗させる微生物と言っていたが、それは違うだろうとセオドアは確信していた。

 

 まずセオドア自身も口にしていたことだが、微生物そのものを腐敗させることはない。それはよくよく考えれば当然のことである。自分自身を分解して腐敗させてしまえば、生命の維持が不可能になるのだから。

 

 次に、空間。

 空間を物質やそれに準ずるものとして扱うべきかどうかは微妙だとセオドアは思うのだが、自陣に属する刀使いが「空間? 斬れますけどなにか?」みたいな顔で空間を切断するのでそう扱うことにした。

 

 事実、レイラが仮面の女と相対すれば「全てを腐敗させる微生物? でも、空間は腐敗してませんよね? なら空間を切断できる私の方が強いですよね生物的に」とか言いながらぶった斬るのでセオドアの見立ては間違っていない。しかも彼女の持つ『祝福』により、微生物は回避可能という仮面の女からすればクソゲーの開幕である。

 

 そして空間を腐敗させられないという事実からして、少なくとも微生物は自らの生命を維持──というより、存在を維持するのに必要なものは腐敗させないだろうと判断した。

 

 さて、微生物は当然ながら生物である。

 であるならば、仮面の女が全く新しい未知の生物を生み出して肉体を変換させている可能性と、既存の生物を用いて肉体を変換させている可能性の二つが浮上する。

 

 セオドアは、彼女の異能が微生物による腐敗という単純すぎるカラクリではないかと疑ってからすぐに、自身の眼鏡の機能を切り替えていた。彼が専門とするもののひとつは生物に関してであり、であるからこそ微生物の類を視認可能な機能を眼鏡に搭載するのは必然。

 

 更にそこから遺伝子情報や構成要素その他諸々を解析し──昔、化石の中から発見した遺伝子情報と一致するものがあったことを確認。時代は、神代のもの。

 

 ここで疑問が生ずる。

 化石が発見されている以上、過去にこの微生物は死んだという事実がある。その事実があるということは、微生物には死因ないし殺せる要因がある。すなわち、全てを腐敗させる天敵皆無の生命体ではない。ということは、全てを腐敗させるわけではないという可能性が浮上する。

 

 勿論寿命で死んだだけという可能性もあるが──寿命以外に死因が存在しない究極に近い生物が、果たして、現代において未確認の生物と化すなんてことがあるのだろうか? 進化して死因を増やした可能性もなくはないが、正直腑に落ちない。

 

 環境による変化で微生物が死ぬならば熱するなり凍結させれば仮面の女は敗北する可能性が浮上する訳だが、だとするとあの自信がよく分からなくなる。その程度のことは、試したあとなのだろうし。

 

 そもそも本当の意味で全てを腐敗させる生物が繁殖していたならば、惑星だって消滅しているだろう。惑星自体になんらかの防衛機能が備わっているのだとすれば、その防衛機構は少なくとも腐敗させられないということになるのだし──。

 

 閑話休題。

 

 そういった様々な可能性が、この特異な微生物からは読み取れる。かつて存在していた生物のひとつであるという事実だけで、多くの可能性が考えられるのだ。

 

 なお、もしも微生物から読み取れる情報からセオドアの知るものがなかった場合は、こんなご大層な『地の術式』を編み出せる人間が天下を取った時代がない時点でおかしいと判断して策を考える。少なくとも、対抗策があるにはあるだろうと。

 

 微生物が神代の産物であると分かってからのセオドアの行動は早かった。空中で魔鳥の影に隠れながら、自らの全身を、神代の生物の遺伝子情報を組み合わせて作った透明な膜のようなもので覆ったのである。

 

 ここで特に重要なのは、同じ化石から検出された遺伝子情報を組んだものという点だ。同じ化石に在った以上、共存できていた可能性はそれなりに高く──共存できていたということは、腐敗しない可能性が高い、と。

 

 セオドアは先ほど片腕を自律的に動かしてなどと口にしたが、当然、ハッタリである。

 いや実際動くことには動く。だが、普通に考えれば片腕が自律行動したところでできることなどたかが知れている。セオドアの空気に呑まれた仮面の女が「あり得るかもしれない」と思ってしまったのが、彼女の運の尽きと言えるだろう。

 

 片腕を切り離したのは、自らの考えが正しいかどうかを確認するためのものだ。考えが間違っていたから死亡しました、なんて笑えない。自分の肉体が敵の射程圏内に入るより早く、地面に落ちている片腕が敵の射程圏内に入る方が早くなる位置に落とすことで、仮説の検証をしたのだ。

 

 ようは、片腕が腐敗しなければセオドアも腐敗しないだろうという判断材料である。

 

 まあ別に、ここにいる自分が死亡した場合は記憶をコピーしてあるクローン体が動きだすから問題ないという保険もあるが。ただどうせなら今生きている自分で世を解き明かしたいという願望を抱いているので、彼に死ぬ気は全くなかった。

 

 そして結果として、セオドアの読みは当たることとなる。

 

 あとは簡単だ。

 魔猪と見せかけ、先の遺伝子情報らを混ぜた神猪を召喚し、本当に腐敗させられないことを再認識させる。

 今後は先の遺伝子情報を混ぜた生物だけで、仮面の女に対抗すれば良い。

 

 なお草原が腐敗した理由は、単純に昔セオドアが生み出した「腐敗速度を促進する物質」をそこに放っただけである。「完全に掌握したぞ?」と錯覚させることで仮面の女の動揺を誘い、戦闘を優位に進めるために──

 

(それにしても、この微生物を復元した者は私と似た思考を有しているのかもしれないね。私と同じく、神代への足掛かりを求めて……。そうでもなければ、わざわざ微生物を復元などしないだろう。微生物の量産体制は整えられそうだが、二番煎じは面白くないな……まあそれはそれとして)

 

 是非とも話をしてみたかったな、とセオドアは内心でひそかに笑った。

 

 ◆◆◆

 

 その微生物は、かつて人類を恐怖に陥れた"下位災厄"の一角。人々を消滅に至らせるそれは、『死』以上の恐怖を人類に植えつけた。

 

 神代の人間は現代人より強靭な肉体と精神を有していたが、それでも"何も残さずに無為に消える"という事実を前には身を竦ませてしまった。

 

 当時は呪いであると考えられていたそれ。それを打ち祓う術を持ち、人々を救済した神々やその使者たちへの信仰は、当然ながら盤石なものとなった。

 

 そんな、一時は人類を滅亡の危機に持ち込みかけた微生物。明らかにヤベエ微生物を、『地の術式』として再現した稀代の術士の意図は「過去に災厄として恐れられていたものを操るって、ロマンだよね……」という意味不明なものであることは、誰にも知られていない。

 

 人類に復讐をだとか。

 神代への逆行をだとか。

 世界征服をだとか、そういった大層な目的はなく、深い意味もなかった。

 

 ただ「ロマンだよね……」それだけでその災厄は再現されたのである。あらゆる施設や建物が消滅していく謎の術を見て、魔術大国を除いた当時の大陸が阿鼻叫喚地獄になったのは想像に難くない。

 

 そしてセオドアがそんな事実を知ったとき、彼の胃が爆発することもまた、言うまでもないだろう。

 

 ◆◆◆

 

「……ふむ。『地の術式』とやらが使えなくなればこの微生物は死亡するのか。ふむ、ふむふむふむ」

 

 顎に手を当ててなにかを考え込むセオドアの視線の先。そこで、仮面の女は地に倒れていた。

 

「しかしどうやら、逆の意味で戦闘が成立しなかったようだ。……本来ならばフェンリルを使う予定はなかったのだがね。少し、これの性能を確かめたくなったのだよ」

 

 あのあと現れた、とてつもない威圧感を有した巨大な狼。それを前に、『地の術式』が通用しない彼女は無力だった。

 

「しかし、ふむ。確か教会とやらからの来客は、確か現世では生存できないから特殊な環境が必要だったか。微生物も似たようなものの可能性もあるのだろうか。キミの『地の術式』は、それと似たようなものを擬似的に再現していたのだと考えられるのかもしれない。キミたち自身の肉体を変化させる『地の術式』。故に微生物自身も世界とは独立して生存可能だと考えていたが……。しかしキミたちの肉体を、ひとつの世界として見立てているのだとしたら話は変わるか」

 

 高速で頭脳を回転させ、彼は思考を巡らせる。

 

「やはりフェンリルそのもの以前に、この世界の環境が大きく影響していると考えるべきか。となると……」

 

 ──やはり、世界ごと変化させる必要があるか。そして、ジル殿や『熾天』を名乗る少女の肉体。アレは……。

 

 そう内心で呟きながらセオドアは眼鏡を怪しく光らせ、そして仮面の女へと視線を送る。その視線に温かさはなく、完全に実験動物を見るようなもののそれ。

 

「さて、敵対者に対する温情は不要だろう。微生物の改造、および復元から『神代』への手掛かりを得るために──」

 

 瞬間、世界が震撼(しんかん)した。

 

 空間を伝播(でんぱ)するは、人智を超越せし重圧。

 大地が揺れ、衝撃波が周囲を吹き飛ばし、耳をつんざくような轟音が周囲一帯に響く。

 

「なに……?」

 

 衝撃はフェンリルが盾となって防いでくれたが重圧には耐えきれず、思わず膝を屈するセオドア。視線だけを横に向けると、フェンリルもなにかを堪えるかのように震えていた。

 並みの大陸最強格をも凌駕(りょうが)する戦闘力を(ほこ)るフェンリル。それが、自然体で在れないほどの"なにか"。それが、この世界を襲っている──?

 

「は、ははは……」

 

 目を細めていたセオドアの耳に、偶然にもフェンリルが盾になったことで無事だった仮面の女の笑い声が入り込む。ヒビ割れた仮面が落下して、どこか幼さを残した美貌(びぼう)(あら)わになった。

 

「とうとう、ですか、人類最強氏……ようやく、本気になったようですねー」

 

 ああ間違いなく、アレには絶対に勝てない──と仮面の女はなんとなく理解した。

 それは自らの終わりが近いからか、それとも別の理由か。格上だと判断するに留まらず、絶対に勝てないと彼女は思ってしまった。

 

(ここからは遠くも遠く離れた戦場にいるのでしょうに、これほどの圧力と力。神を名乗る男さんの力もあるんでしょうけど……いやいや本当に、規格外ですねー)

 

 大陸を沈ませんと、蒼炎の波動が天から降り注ぐ。

 それに対抗するかのように、天を貫かんと光の壁が大地より天昇し。同時に、全てを呑み込まんとする暗黒の穴が、天を裂くようにして顕現(けんげん)した。

 

「……」

 

 二千キロメートルくらいは離れてそうですねと仮面の女は目測し、それだけ離れているのにも関わらずはっきりと目視でき、ここまで影響が及んでいる力と力の激突に呆れた。

 

(あんなもん、腐敗させられる気がしないんですけど……)

 

 理論上はできると言われても、絶対に拒否すると仮面の女は思う。明らかに、規格外が過ぎる。

 

 そう思ってしまうほどにアレらの激突の余波は激しく──

 

 ◆◆◆

 

 それは、天空を覆い尽くす規模の蒼い炎。莫大なまでの生命エネルギーと、それに混ざった『神の力』。

 

「……」

 

 天空が落ちてきたのかと見間違いそうなそれ。国であろうと島であろうと、問答無用で簡単に消し飛ばす熱量の塊。それこそ、範囲を広げれば大陸だって飲み込めるのかもしれない。

 

「……」

 

 この世界に生きる人類を背負った"人類にとって絶対の一撃"を冷然と見上げながら、その男は同時に二つの術式を起動した。

 

「神代の叡智を知れ──『光神の盾』」

 

 落下してくる天を支えるかのように、巨大な光の壁が聳え立つ。かつては、エーヴィヒという男が放った理外の一撃をも耐えた壁。蒼炎であってもこれを貫くことは不可能だろうが、攻撃範囲の広さからこれでは不十分だな──と言いながらも、男は冷笑を浮かべていた。

 

「貴様が全人類を背負った一撃を放つのであれば……私は、全人類を跪かせてみせよう」

 

 だからこそ、彼は次の一手を繰り出す。

 

「星の誕生を知れ──」

 

 瞬間。

 

 暗黒の世界が、時空を支配した。


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