気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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二話連続投稿なので前話見てない方はご注意


人類到達地点 前編

 俺は基本的に、万全な策を持たない状態で格上と相対することを望まない。……いやそもそもとして、格上とは戦わずに済む立ち回りを心がけている。

 

 教会勢力。

 グレイシー。

 そして、ソルフィア。

 

 かつて相対したときの彼らは間違いなく格上の存在で、俺が戦ったところで勝ち目なんぞ存在しない。ならばと俺は口八丁や理論武装で場を収め、戦闘そのものを回避することで"ジルの格"を下げないようにする。

 

 それが、俺のやり方。

 

 故に策がない状態で海底都市などという教会勢力でも壊滅しそうな人外魔境を訪ねる気は皆無だし、教会勢力に「神ではない」と判断されないように神経を()()ませている。

 

 だから俺は、天を仰ぎたい衝動に駆られている。

 

 どうしてこうなった、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り下ろされるハルバード。

 俺の顔面を狙ったそれを紙一重で回避し、人類最強の顔面に蹴りを炸裂させる。できれば奴の体内に『天の術式』を放ちたかったが、あまり長い時間肉体に触れるだけの余裕はないだろう。

 

 なので俺は、即座にその場を離脱した。

 

(見切れる。移動だけなら『神の秘宝』による攻撃の方が厄──)

 

 人類最強から放たれる重圧が増す。

 物理的な質量を伴う威圧感に大地がヒビ割れ、重力が乱れたのか砕けた石が宙を昇る。

 

 万物を押し潰さんとするそれ。それを。

 

(……第一部のラスボスを、舐めるな)

 

 それを、膝をつくことはジルに相応しくないという鋼の意思で俺は耐えた。

 

(速度に変化はなし。先ほど俺を吹き飛ばした際の腕力の上昇具合から、身体能力が全体的に向上したのかと考えたが)

 

 部分的に向上したのか。あるいは奴の足が死んでいるから速度に変化がないのか。力の扱い方に慣れていないから機動力に欠け、単純な動きにのみ適用されているのか。

 

 理由は不明にせよ──速度に変化がないのなら戦える。

 

(ここで覚醒とかふざけるなと叫びたい……が、もはや戦闘の回避は不可能。ならば文句を叫んだところで生産性は皆無)

 

 言葉で戦闘を回避する段階は、とうに過ぎている。そもそも敵がパワーアップした後に突然ペラペラと語り出し、戦闘をうやむやにするなど三下もいいところ。

 

 すなわち、ジルの格を下げる唾棄(だき)すべき行為である。

 

 目を細め、全身に『神の力』と魔力を巡らせた。あらゆる面で基礎スペックを向上させ、更にいつでも回復系の『天の術式』を起動できるように待機。

 

(大事なのは建設的な思考。求められるのはリカバリー能力。不毛なことに思考のリソースを回す必要はない……なにより──)

 

 視線を逸らすな。

 されど一点に集中しすぎるのではなく、俯瞰(ふかん)するように人類最強の全体像を見ろ。

 敵を格上と認識し、格闘技の試合を観戦するような感覚で相対すべき。その方が、敵の初動を見切りやすい。

 

(──ここで負ける訳にはいかない。ジルに敗北は許されない。ここまで積み上げ、練ってきた計略を、こんな交通事故で無為(むい)にしてなるものか。人類最強……たとえお前が神々と戦闘可能な領域に手をかけたのだとしても、それを敗北の理由にするなんぞ言語道断。むしろ俺はここでお前を倒すことで、俺が未来を生き残るための(かて)にしてやる──!!)

 

 まだ完全体じゃないから負けました、などと言うのは簡単だ。

 だが、そんなものは言い訳でしかない。生死を賭ける場面で、たらればなんぞなんの意味も為さない。

 

 かつてない領域で、神経を集中させる。

 ラスボス適正しかないキャラに憑依したから、主人公適正も持っているキャラには勝てませんなどというふざけた理屈(設定)を、真正面から強引にねじ伏せる。

 

(考えろ考えろ考えろ。完全に奴が至るまでに倒すか、あるいは奴の活動限界を待つ時間稼ぎか……どちらがこの場における最善だ?)

 

 なんとなく、敵の戦闘能力は分かる。

 とりあえずだが、まだ完全に至っている訳ではない。少なくとも、()()()()()教会で相対したときのグレイシーより格下だ。

 

(……しかし、それでも『何か』以上の実力は間違いなくある。そして『何か』と違い、俺は人類最強の弱点を明確に突ける訳ではない。そこが厄介な点といえる)

 

 先日相対した『何か』。当時は俺一人では勝ち目がなく、それこそソフィアとローランドの助力がなければ死んでいた可能性が非常に高かった存在。

 

 俺個人としては、現時点の人類最強はその『何か』以上の脅威。いや、単純に戦闘力を数値化すれば人類最強の方が強い。速度や特異性においては『何か』の方が上と言えるが、単純な戦闘力は人類最強の方が上だろう。

 

 そしてその『何か』は俺が直接触れればどうにかできるという弱点があったが、人類最強にはそれがない。とはいえ『何か』にはあった俺やソフィアへの天敵といえる性質がないのは救いか。

 

(それに、俺もあのときよりは強くなっている。死ぬ気は毛頭ない)

 

 特に、速度が『何か』に劣るというのは大きい。

 さて、基本方針として速攻で倒すことを狙うか時間稼ぎに徹するか……どちらにもメリットと、デメリットが存在するので難しい問題ではある。

 

(人類到達地点に至るとは、いきなりトップギアに入ることを意味するのではなく、徐々にギアを上げていって至ることを意味している。ならば今が肝心だ。なにせ、今が最弱の状態なのだからな)

 

 人類最強。

 元々大陸最強格の中でも別格とされていた彼は本来、人間ではジル以外に敵なしの存在。

 

 そんな彼が人類到達地点として完全に至ってしまえば、その脅威度は計り知れない。それこそ、主神クラスの実力に届くやもしれん。

 

(だからこそ、至る前に倒すのが定石と言える)

 

 だがこれには、そもそもとして人類最強の防御力が高すぎるので最弱の状態でも倒せるのか微妙という問題点があげられる。

 

 ……あまり考えたくはないし絶対に選びたくない選択肢だが、それでも最悪の(死が確定する)場合は"逃げ"の一手を打つ必要がある。その分の体力は、残しておきたい。

 

(人類到達地点となったことで、防御力も上昇していると仮定するならば……)

 

 そもそもとして、体内への噴火すら耐えた怪物だ。最弱の状態でも、今の人類最強にダメージを与えるのは困難極まるだろう。

 

 だが、そもそもとして人類到達地点は、無敵の能力という訳ではない。

 

 理不尽さで言えば、依然として神々の方が上である。まあその神々と戦闘可能な領域に至ることができる以上、理不尽といえば理不尽だが。

 

(分析しろ。クロエの人類到達地点とは少し違う点から、何を考察できる?)

 

 共通点は、瞳に灯る蒼炎。

 しかしクロエが魔術戦を得意としていた一方で、人類最強は近接戦を得意としている。この違いは、人類到達地点としての彼らにも表れているように感じる。

 

(正直、クロエの方が俺に相性が悪かったかもしれん)

 

 クロエは遠距離攻撃を主体としている。

 

 ジルに憑依した俺もまた同様だが、人類到達地点に至ったクロエと通常ジルが魔術合戦をすれば間違いなく競り負ける。なので、そういう意味では人類最強はやりやすい。

 

 なによりアレは──いや、それは今はいいか。

 

(こいつは近接攻撃主体。だからこそ、遠距離に徹すれば時間稼ぎとて不可能ではない)

 

 問題は全力を出せない状況で、こいつの足を止める遠距離攻撃の有無だが──まあ、一応策はある。

 

(そもそも、今現在こいつが負っているダメージは大きいはず。そんな状態である以上、確実に最高のパフォーマンスは不可能。骨折した状態で、最高のパフォーマンスを繰り出せるアスリートがいないのと同じだな)

 

 つまり、こいつが本当の意味で完全に至ることはない。万全の状態で"人類到達地点"に目覚めていたのなら絶望しかなかったが、瀕死の状態での覚醒ならばやりようはあるのだ。

 

(……だから時間稼ぎも、悪くはないんだよな)

 

 なにせ、人類到達地点は永続する訳ではないのだから。

 

 その領域へ至ったから常にその実力を発揮するのではなく、発動させることで一時的に実力を急激に上昇させる能力のようなものだ。まあその上昇率が凄まじすぎるの一言で、それこそ神々と戦闘可能になるのだが。

 

(……だが、それでもこれ以上に強くなられてどうする? 確かに永続する訳ではないし、人類最強の状態から考えて最高に至ることもないだろう。だが、いずれにせよ希望的観測の面が大きすぎる。今ここを叩くのが、合理的といえよう)

 

 ……いや、待て。視野を狭くするな。それはあくまでも打倒を第一目標とした場合の合理的選択肢だ。第一目標を"俺の生存"と設定するならば、時間稼ぎの方が合理的であるとも考えられる。

 

(打倒を考えるならばここで全力を尽くすのが正解だ。しかし、当然ながら死亡リスクは高くなる。防御や回避だけに集中可能な時間稼ぎとは異なり、攻撃に出る必要があるからな……。だが、ジルのキャラを考えると──しかしそれも俺の生存のためであって──)

 

 考えて。

 

 考えて。

 

 考えて。

 

 考えて。

 

(……まずは様子見だな。勿論、隙があれば叩くが)

 

 ──あまりにも情報が足りなさすぎるので、隙を伺いつつ防衛戦に徹し、情報を集めることにした。

 

(案外、奴は数分で体力切れになるかもしれんしな)

 

 まあ流石にないだろうが、と内心で即座に甘い考えを捨てる。

 だがしかし、現実的な問題として人類最強は本来ならば動くことすら不可能なのだ。いくら"人類到達地点"に踏み入れて至ろうとしているとはいえ、それが長時間続くとは思えない。なにせ本来は戦闘なんて以ての外のはずで、それこそ──

 

(手負いの獣の足掻き、か)

 

 あるいは神話や物語の英雄が、意地や根性などで魅せる"輝き"とでもいうべきか。いずれにせよ、神々とは異なる意味で理不尽さを感じなくもない。

 

(どう転がっても対応できるようにするとしよう。倒すパターンと時間稼ぎに徹するパターン。その二つを、冷静に見極める。……つまり重要となるのは、観察力。ジルの観察眼なら、造作もない)

 

 つまり前提かつ重要となるのは、あらゆる面で万全の対策を取りつつ行動するということ。奴が体力切れで勝手に倒れるならそれで良いが、俺自身が叩く必要が出る境界を見極めなければ。

 

 真正面から倒せるのがベストだが、それが無理なことは流石に理解している。だからこそ、俺は奴を倒せる状況に持っていかなければならない。それが時間稼ぎという方法か、死力を尽くすという方法か、あるいは──といった具合で幾つか枝分かれはしているが。

 

(……万全の対策という意味では誰もジルには及ばない。『氷の魔女』も、『騎士団長』も、『龍帝』も、『人類最強』も、聖女も、そして主人公であろうとも──万能性という面では、あらゆる分野に関して人類最高峰の才能を有し、全ての魔術や『天の術式』を操るジルが最強だ)

 

 故に俺は不測の事態となり得る『神の秘宝』対策で大地を焦がし、蜃気楼を起こしておく。

 

(……よし)

 

 ──そしてここまで、約二秒。

 人類最高峰の頭脳を持つジルだからこそ、できる神業といえよう。

 

「……至ったか。人類最強」

 

 顔に冷笑を貼り付け、(ジル)は余裕を演出する。なにせ本物のジルならば、自らに届き得る実力者の登場は大歓迎なのだから。そこのキャラを、崩す訳にはいかないだろう。

 

『貴様らが今の世を是とするなら、それを否定する私を、打倒してみせよ』

 

 なにせ、こんなセリフを笑みを浮かべながら全集合した大陸最強格相手に口にする男だ。世界征服にしても、彼が認めた人間に関してはそれなりの待遇をするつもりだったらしい。一方で、彼の目にかなわなければ死ぬのだが。

 

 彼が拒絶した実力者の例外は、完全体に至った後に見たローランドと邪神くらいである。人間大好き説があるジルにとって、邪神は実力者としてカウントされないのかもしれないが。

 

「人としての究極。それを越えた先。貴様の到達した位階を、私が見定めてやるとしようか」

 

 ジルの強み。

 それは全ての『天の術式』を扱えることであり、それが意味するところは、状況に応じて様々な選択肢をとれるということだ。

 だからこそ二つの戦法を同時並行で進めことだって容易く、それをもって人類最強を倒すと決めたのである。

 

 さあ、始めよう。決戦を。人類が至ることのできる極致。それを知ることで、来るべき神々への決戦に対する戦力分析もしてみせる。

 

「──耐えてみせよ」

 

 刻まれた術式が発動する。

 

 人類最強の後方への、小規模なブラックホールもどきの展開。重力の渦に、人類最強の肉体が呑み込まれた──のを観測した直後。重力の渦が、木っ端微塵に砕け散った。

 

 あくまでも偽物だ。本物のブラックホールとは異なるし、小規模なもの。だが、それでもブラックホールはブラックホールである。

 

「……」

 

 重力の渦に呑み込まれないように対応してくることは予想していた。だが、呑み込まれてからこの速度で無傷の生還は想定外にもほどがある。呑み込むことができたら数十秒は稼げるのではないか? という予測だったが……その認識は甘かったらしい。

 

(だが……)

 

 だが、それでも構わない。少なくとも、ブラックホールを展開すればそこから数秒は稼げるということは分かった。人類最強に対処可能な攻撃であって、全く効かない訳ではない。それが分かっただけでも十分である。

 

 定期的にブラックホールのような人類最強が無視はできない系統の攻撃を遠距離から続けることで、時間は稼がせてもらう。呑み込まれるまでの時間と、そこから破壊されて出てくるまでの時間。これらの時間を稼げる術が俺の手札にあるという事実を把握できただけでも、情報が皆無だった俺にとっては大いなる収穫なのだ。

 

 もちろん二回目以降は奴の対処方法が効率化されて稼げる時間も減るかもしれない。だが、それに関しては術を使うタイミングと放ち方に変化をつけることでこちらも対応してみせよう。

 

「やるではないか」

「……」

 

 愉しげに、そしてどこか認めた風に俺は人類最強に話しかける。が、人類最強の返答はなかった。

 

「……ふん。つまらんな」

 

 会話を成立させて時間稼ぎしてやろうという魂胆(こんたん)があったのだが、人類最強は無言でこちらを見やるだけ。もしや意識がないのかと訝しみそうになるが、それにしては動きや対処が鋭すぎる。

 

 仮にもう意識が消失していて"これ"なのだとしたら、それは完全にバケモノだろう。

 

(……っと)

 

 人類最強が駆ける。

 それに対して俺は、『天の術式』を放ちながらバックステップをとることで距離を保つように努めた。近接戦に持ち込まれては、打倒するにせよ時間稼ぎをするにせよこちらが圧倒的に不利。奴の距離で戦うなど、自殺願望にもほどがある。

 

(……見える。速度は視界で追える。そしてだからこそ、時間稼ぎとして最適な術式を放ち続けられる。『何か』よりも強いが、俺的には『何か』よりはやりやすい)

 

 まあその『何か』とこの状態の人類最強が相対すれば、人類最強が勝るだろうが。いわゆる、相性差というやつだ。

 

(──そこ!)

 

 人類最強の足元から縄が飛び出し、それが人類最強の全身を縛る。セオドア製のフェンリルであろうと一時間は拘束できるであろうという見立ての強度だが──それを、人類最強は即座に破った。

 

(……本命を放つ隙がないな)

 

 人類最強──いや、人類最強以外の大半の存在でさえ無力化できそうな策を思いついたのだが、中々その隙を作るのが難しい。

 

「チッ。流石に膂力も上昇しているか。だが──」

 

 ──焔の音が響いた。

 

(……は?)

 

 人類最強のハルバードを、蒼炎(そうえん)が覆い尽くす。

 極大に膨れあがったそれは、先刻放たれた人類最強の奥義を簡易化したものか。ゆらゆらと揺れる蒼炎が大地を焦がし、人類最強の足元に亀裂が走った。

 

「…………」

 

 背筋が凍りつく俺に対し、人類最強は静かに呟くのみ。

 

「──創世神話(ミズガルズ)

 

 瞬間、人類(すべ)てに匹敵する一撃が放たれる。森羅万象を滅殺する究極の一撃。それを、人類最強は天に収束させることなく直線上に放ってきた。

 

「チィッ……!」

 

 ──あまり視界を塞ぎたくなかったが。

 

 大地を抉るようにして突き進んできたその一撃を、眼前に『光神の盾』を展開することで防御する。激突する超常のエネルギー。先ほどより攻撃範囲を狭めてくれているおかげで防げているが、その分局所的な威力は増しているらしい。

 

(咄嗟の起動で調整が甘かった不完全な形というのもあるのだろうが、僅かに亀裂が入ったか……!)

 

 概念的な防御力をも力業で突破しかねない火力。これでまだ完全には"人類到達地点"に至っていないなど、まったくもって笑え──

 

「────」

 

 気配察知で人類最強の動きを追って、俺は背後に視線を向けた。動きは読めている。だから、それは良い。それは問題ない。

 

 だが、だがしかし。

 

(待て、なんだそれは)

 

 だがしかし、そこに、蒼炎を纏ったハルバードを構えている人類最強の姿が在るのは想定していない。

 

(連発、だと……)

 

 絶句する俺。

 そんな俺を嘲笑うかのように、人類最強は再び言葉を紡いだ。

 

「──創世神話(ミズガルズ)

 

 蒼炎が、視界を埋め尽くす。

 

 ◆◆◆

 

「……ッッッ!」

 

 血の塊を飲み込みながら蒼炎を裂くように跳躍し、地面に着地する。

 

(咄嗟に『天の術式』を放つことで威力を減衰させ、全身を覆うように『神の力』を纏い、『美神の御体』を筆頭とした回復系の『天の術式』や魔術を使用しながら回避しようと行動していたことで生き残ったが……)

 

 加えて奴が先ほどの一撃よりも、攻撃範囲を広く設定してくれていたおかげで耐えられた面もある。範囲を狭めても『光神の盾』を容易には貫けないと分かったからこそ、余波で確実に俺にダメージを与えようと判断したのだろう。

 

 結果として、局所的な威力は落ちていた。

 とはいえ、最初から耐えることを前提で行動していたら死んでいただろう。回避を前提で行動していたから、死ぬまでに脱出して生き残れただけだ。

 

 少しでも選択肢を誤れば、死んでしまう。

 

(くっ)

 

 表には決して出さないように努めながら、内心で冷や汗をかく。通常攻撃として奥義を連射するなど、 異常にもほどがある。いや、異常という言葉ですら生温い。

 

 遠距離主体のクロエの方が厄介だと予測したのは訂正しよう。遠距離攻撃も難なく放てる今の人類最強は、間違いなく人間という枠組みの中で最強の敵である。

 

「……!」

 

 蒼炎が空間を(はし)る。先ほどよりも威力が落ちているそれを横に跳ぶことで回避し、少し遅れて後方から爆音が響いた。余波が身体を叩くが、身を低くすることで衝撃を軽減させる。

 

(威力の操作もある程度可能になっているということか。それにもう少し離れた地点から爆音が聞こえると思っていたが……目視できる距離に着弾するよう計算して撃ってきているな)

 

 人類最強は、無意味な殺生を好まない。

 

 筋が通った命令であれば一般人の殺害であろうと従うという気質を有しているが、無意味に一般人を殺すことはあり得ない。むしろ、命令がなければ目に見える全てを守護しようとすら考えそうな青年だからこそ、目に見えない位置に攻撃が着弾しないようにしているのだ。

 

 人が住む国を背後にして戦えば蒼炎を放てないのではと思ったが、そう甘くはないらしい。確実に安全圏を狙い澄ませて、奴は撃ってくる。

 

(チッ)

 

 足止めのために人類最強の足元を消失──させた瞬間、人類最強がすぐ近くにいた。

 

(『神の秘宝』か!)

 

 蜃気楼を起こしていて正解だったと思考するよりも早く、人類最強のハルバードが蒼炎によって莫大なまでに巨大化する。そしてそれを、人類最強は蒼炎を纏ったまま振り下ろした。

 

 人類最強が狙いとして定めたのは、あくまでも幻影。だから、そこに俺はいない。

 が、その攻撃の危険性を察知していた俺は全力で後ろに跳んでいた。

 

 瞬間。聴力を失いかねないような轟音と共に、視線の先の大地が爆炎に包み込まれる。ビリビリとした振動が空間を伝播し、衝撃波が俺の肉体を更に後方へと吹き飛ばした。腕を前面に出してガードしていたことで、両腕の骨が砕け散る。まともに受けていたら、間違いなく即死の一撃だ。

 

「……!」

 

 他はともかく、コレはマズイ。

 人類最強の膂力(りょりょく)に、蒼炎のエネルギーが加われば間違いなく死ぬ。

 

(やはり、至近距離には決して入れてはいけない。遠距離からの攻撃はまだ回避できる。しかし距離を離しすぎても『神の秘宝』を使われやすくなるからその辺の計算は大事だ。空中に逃げるなど、蜃気楼を利用しづらくなるから論外。また足止めにしても、『神の秘宝』を使うのが最も効率が良いと思わせるような足止めは禁止)

 

 高速で思考を巡らせる。

 今の状態の人類最強に勝利するには、思考を止めてはいけない。しんどいが、神々を前にしたらこれ以上にしんどいのは明白なのだから。

 

 しかしそれにしても、厄介極まる。

 

 体内に噴火を起こされても死ぬことがないという、防御力と呼んで良いのかもよく分からない究極の肉体。

 

 本来は一度だけしか放てないはずの、人類総てに匹敵する圧倒的な火力を連射可能という恐ろしすぎる事実。

 

 人智を超越した膂力に、強制的に距離を詰める『神の秘宝』。

 

 攻略法を知らないとどうしようもない理不尽性はなく、初見殺しやクソゲー要素もない。

 

 だが同時に。

 どうしようもなく、隙がない。

 

(神々が持つギミックじみた理不尽的な強さとは違う方向性だが……)

 

 単純に、単純に人類到達地点へと足を踏み入れた人類最強は強い。

 特に、遠距離への攻撃をデメリットなく放てるのがその理不尽さを全面に押し出している。

 

 そして単純に強い"だけ"だからこそ、単純に奴を上回るか同等のスペックを用意しなければ嬲り殺しにされてしまう。つまり火力勝負で人類最強をも上回れるグレイシーやソルフィア、海底都市の頂点、神々といった極まった連中でもない限り、今の人類最強の牙城は崩せない。

 

(おのれ……)

 

 人類最強に、概念的な能力は存在しない。そして存在しないからこそ、人類最強への突破口は中々に見出せない。

 

 なにせ、単純に強いからこそ、攻略の糸口は"単純に奴を上回る"というものしかないのだから。

 

(だが、回復力はないらしい。移動を嫌って固定砲台に徹しつつあるということはやはり、持久戦がベストか──?)

 

 思考をしつつ蒼炎を回避、あるいは『光神の盾』で防ぐ。

 

 大地は極度に熱せられ、いつのまにかこの場は溶岩地帯のような環境へと変化している。灼熱の大地はそれだけで只人を殺してあまりあるだろうが──俺は『権能』で、人類最強は『神の秘宝』で平然と戦闘を継続していた。

 

 だが、環境の変化に適応できるからといってそれで戦況は好転しない。

 

 俺の攻撃は全て、全てがあの蒼炎の前に蒸発させられる。環境を利用した一撃も、大陸に存在する物質全てを破壊可能なアレの前には無力だ。

 

 まさに荒れ狂う嵐の具現。

 暴虐の王。

 

 そう例えるのが相応しい性能を、人類最強は有していた。

 

(……っ、ここまでコレを連射可能となると、むしろ懐に入る方が安全か?)

 

 そう一瞬思ったが、しかし人類最強で最も威力の高い技は、人類最強の膂力に蒼炎を上乗せした近接攻撃だ。それを回避するには、中遠距離を保つのが最も安全。懐に入ってあの一撃を喰らえば、間違いなく死ぬしかないからだ。

 

 とはいえ、あの一撃に最も威力が乗る瞬間は振り下ろし切った瞬間である以上、あえて中途半端な位置でぶつかるという手も──いや、蒼炎のエネルギー自体も俺を致命傷ないし瀕死に追い込むに足る。流石に危険極まりないか。

 

(なら、あのハルバードを奪うか?)

 

 人類最強が蒼炎を放つときは、ハルバードに纏って、それを放つという工程が必ずある。そうしないと放てないのか、それが一番効率が良いからか、あるいは他に理由があるのかは分からない。分からないが、奪うことができたなら戦況が楽になる可能性は高い。

 

狂戦士(ベルセルク)と言ったところか、人類最強!」

 

 俺に中々攻撃が当たらないことに業を煮やしたか、あるいは──肉体に限界が訪れ始めたのか。

 人類最強の狙いが、雑になり始める。まさに狂戦士といった暴挙に、しかし俺は全くもって笑えない。

 

(まだ、上がるか……!)

 

 出力が上がっている。

 徐々にだが、確実にギアは上がっているのだ。人類到達地点に、真の意味で至ろうとしている。

 

 しかし同時に、人類最強の狙いが甘くなっているのも確か。そして先ほど口にしたように、人類最強はあまり移動しなくなった。

 固定砲台に徹するのが最も強いと考えたならそれもありだが、しかし彼の最強の一撃は近接でハルバードを振り下ろすこと。故に、どうにかして接近しようとするのが道理。

 

(それをしないということは人類最強、限界が近いようだな──!!)

 

 つまり、もはや根気比べのような状況にまで持ち込めているのは確かで。

 

(今の人類最強の弱点は、体力。ならばアレを狙い通りにすれば、勝てる!!)

 

 先ほど思いついた本命。

 それさえ決まれば勝てるという、算段をつけた。

 

 故にこれは、どちらも相手に王手をかけることができる状況での根比べ。

 絶望的な戦闘ではなく、勝負論がある戦闘だ。

 

 だからこそ、

 

(っ、しまっ──)

 

 一瞬の読み違い。

 それが、この場では仇となる。

 

(いや、違う。奴の攻撃が理詰めではなく、乱雑になったからこそ読み違え──)

 

 俺の視界を、最大級の火力を誇る蒼炎が覆い尽くし──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──yr。

 

 俺の脳裏に、何故かその姿が思い浮かんだ。

 


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