気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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終局 後

 気が付けば肩を震わせ、右手で顔面を覆いながら笑っていた。

 

 徹底した無表情。稀に浮かべる笑みでさえ酷薄な冷笑の(ジル)が、感情を剥き出しにしたという事実。大気を振るわせるほどに鳴り響く哄笑が意味することは、つまるところそういうことだった。

 

 本来ならば、抑えないといけないのだろう。大事な局面で感情をコントロールできないなど、致命的なミスを犯すフラグにしかならないからだ。

 

 加えて、あまり感情を表に出しすぎると相手に与える威圧感や神秘的な印象も薄れてしまうかもしれない。それは絶対者として君臨するのに不都合──という懸念事項を、笑いながらもどこか冷静な部分で抱いたのだが。

 

(……これはこれで気圧されているようだな。なるほど、事前情報とは異なる様相を表に出すことで、こういう効果が生まれる場合もあるということか)

 

 感情を大きく見せると、それはそれで相手の精神を掌握できるらしい。冷静沈着を心掛けることは変わらないが、あえて感情を表に出すことも、今後は選択肢に含めよう。

 

(心理的に優位に立つことは、交渉において重要なファクターのひとつ。ならば、この状況は悪くない)

 

 新たに得た知見を胸の中にしまいつつ、俺は目の前に立ちはだかる男を見る。事前情報通り、眉間に皺を寄せて険しい表情を浮かべ続けている、二十代後半ほどの男を。

 

(──くく)

 

 ああやはり、堪えようとしても笑みが溢れてしまう。

 

 俺からしてみれば、目の前の男は初めて出会った同類なのだ。神に対して嫌悪感を抱き、更には直接対面していても敵愾心を放つことができる存在など、世界広しといえどそうはいないだろう。

 

 圧倒的な希少性。かつ、俺と似た価値観を有する存在。気分が上昇してしまうのは至極当然であり、それだけの価値を、目の前の男は俺に示してみせたのだ。

 

 歓喜。そう、歓喜である。

 

 人類最強を対神々用の戦力として用いたい俺としては、上司と組むことができる可能性は大歓迎。志を同じくするのであれば、これ以上ない好待遇を確約するレベルである。これに歓喜せずして、何に歓喜するというのか。

 

『お前たちに言いたい文句は腐るほどあるが……しかし、宿願が成就すればどうでもいい。過去は本当の意味で過去になるのだからな。お前たち旧時代の遺物は、とっとと去ね』

 

 上司の言葉は、神々を信仰している教会勢力や神々自身が耳にすれば激怒すること間違いないものだろうが、生憎(あいにく)と俺はそのどちらにも属していない。だから彼の言葉を聞いた俺の感想は、「愉快痛快なもの」である。

 

 彼の言葉にはこの世界に対する多くの怨嗟が含まれていて、それだけこの世界──ひいては神々に対して嫌悪感を抱いていることが伺えた。そして神々に対して嫌悪感を有しているということはつまり、彼は俺の目的に沿う理念を有している可能性が高いということだ。これを愉快と言わずに、なんと言う?

 

 俺の目的は多難にして広大。まさしく届かぬ星に手を伸ばし続ける行為であり、途方もない道のりを歩く必要がある。だからこそ、似たような思想を有する人間を欲していたのだ。

 

 俺の目的と立場上、おいそれと他者を信用することは不可能。昨日の友は今日の敵なんて状況は、十分にあり得る。それこそ、教会勢力は仮想敵としてカウントしているのだから。

 

 それほどまでに俺が信用できる存在は少ないし、あまり信用すべきではない。しかし、本人の目的が俺の目的と合致するならば話は少し変わってくる。

 

 俺のためではなく、自分のために神殺しを成し遂げようとする人間であれば、互いに互いを利用するという形になるかもしれないが信用はできるのだ。なにせ、俺を裏切ることのメリットが存在しないのだから。

 

 俺一人で全ての神と同時に相対して勝てる訳がないのは明白。連中は一柱一柱が理不尽的な強さと性能を誇るが、それ以上に群であることが最大の問題にしてクソゲー要素と言える。そんな連中に対抗するには、こちらも頭数を揃えるしかない。

 

 だから俺は上司の言葉にこれ以上なく機嫌が良くなり、その勢いのまま目的を問いただした。

 

「あらゆる悲劇の原因……死という概念を、この世界から消し去ることだ」

 

 そうして放たれた言葉に、半ば浮かされていた俺の思考はゆっくりと冷めていく。頭の中で上司の語った野望を反芻(はんすう)しながら、俺は思考を巡らせていた。

 

 ──死という概念を、この世界から消し去る、か。

 

 死の概念の消失。

 

 それは即ち、世界の法則の改変を意味する。個人が不死になるのは理解の範疇だが、死という概念を世界から消滅させるとなると……それはもはや人間が扱う術式や異能の領域を超えている。

 

(そんなことが可能な代物を、この男は有しているのか?)

 

 怪しい。怪しすぎる。それこそ怪しい宗教勧誘を受けたのではないか、と思ってしまうほどに。

 

 加えて、それを実行可能な"力"を仮に保有しているのだとして、それはどういった過程を経て実行されるのかという疑問が湧いてくる。

 

 世界の始まりから死の概念がなかったことになるのか?

 

 これから先の人類に死が訪れなくなるだけなのか?

 

 今を生きている人々の意識や記憶ごと塗り替えて成立するのか?

 

(……二番目ならまだ良い。まだ良いが、その他は醜悪だな。それに、死がなくなった世界において新たな命や文明の誕生はあるのか? 原始時代に遡り……なんて可能性もある訳だが)

 

 なにより、世界の法則を改変したあとの影響が全く読めない。

 

 世界は、絶妙なバランスと法則が綺麗に噛み合って始めて成立している。俺にとって身近な例をあげると、前世における地球に生命が誕生しているのは本当に奇跡的な確率だったはずだ。

 

 あり得ない仮定になるが、もしも「日焼けするの嫌だから地球と太陽の距離を引き離すわ」などという計画が実行されれば、それはもう人類滅亡待ったなしの案件と言えるだろう。それと同様に、軽率に世界全体を対象として法則を改変するなど、恐ろしい事態の幕開けとしか思えない。

 

(部分的なら、まだやりようはあるだろう。緻密な計算の元で法則を改変するなら、可能なのかもしれない。あるいは神代のように、さまざまな法則が入り乱れることで成立している世界であれば……)

 

 考えろ考えろ考えろ。

 

 上司の目的に対して、賛同を示した場合のメリットとデメリットを。同時に、否定を示した場合のメリットとデメリットを。

 

 頭ごなしに否定をするのは、最後の最後だ。

 

(それにしても、不死か。海底都市の住民が至っている"新人類"という連中はある意味近しいといえば近しいが……)

 

 確かあそこはあそこで、神代に近しい環境だったはず。『神の血』を引く者たちが長寿であることも加味すると……上司の目的を果たした結末は神代回帰ではないだろうな?

 

(仮にそうだとすると、神の降臨時期が早くなるぞ)

 

 それは詰みだ。俺にとっても、この世界にとっても詰みとしか言えない状況に陥る。それを説得材料にして諦めさせるのは……無理だな。証拠がない。

 

(不死になれば神々に対抗できる? ……我ながらアホな思考だな)

 

 仮に俺を含めた人類が不死になったところで、世界ごと破壊してやり直す手段であるらしい"神罰"とやらを前にすれば無力でしかない。それがあるからこそ、俺の選択肢に"引きこもる"の文字がないのだから。

 

(……いやだが、神代回帰をした上で死の概念を消失させると決まった訳では──)

「──ああやはり、お前もこの願望を無意味だと嗤うのか。当然と言えば当然だな。お前もこの世界を創造した者なのだから」

 

 俺の思考を遮るかのように、上司が言葉を発した。危険な兆候を感じざるを得ないその物言いに、自然と俺も口を開く。

 

「私の思考を推し量るなど不敬にすぎるぞ……と言いたいが、私を前に物怖じせぬその胆力への褒美だ。此度は見逃す」

「……」

「──貴様の野望は世界に与える影響が甚大だ。最悪の場合はこの世界が崩壊するが、それについてはどうするつもりだ?」

 

 少なくとも、今すぐに実行して良い類のものでないことは明白だ。完全に否定するつもりはないが、しかし肯定もし難い。そもそも死の概念を消失させる手段の存在自体、俺としては半信半疑なのだから。

 

(そんなものを創造できるのは神々くらいだろう。いや仮に、人間が創造したのだとしてもだ……どうやって創った? 創ったとして、何故それを実行しなかった? 実行できなかったからなのだとしても、そんなものを創造できる人間ならば──)

 

 可能性を考え始めればキリがない。もしも神々が創ったものならば、絶対に何かしら仕掛けているだろうから却下である。ジルに『権能』を仕込むことで神代回帰を目論んでいた以上、保険として別の手段で神代回帰を目論んでいる可能性は否めない。

 

 そもそも死ぬことがなくなるとは言うが、飢餓という感覚が残るのであればそれは生き地獄にしかならないのではないだろうか。上司は死を悲劇として認識しているのだろうが……仮に餓死が消失したとしても、飢餓という地獄が残るのであれば、それは悲劇を取り除いたということにはならないと思う。

 

 しかしそう言ったことも考えているのであれば、俺としては──

 

「世界が崩壊する、か。それも一興だ」

「……なに?」

 

 今、この男はなんと言った。

 

「一興だ、と言ったのだ。この世界の崩壊。面白いじゃないか」

「正気か貴様。私の国を含む大陸全土に対して戦争を仕掛けたのは、少数を切り捨てることで大多数を救う為の犠牲として理解はできるが……世界の崩壊など、貴様は何を考えている?」

 

 言いながら、妙だと思った。

 

 上司の纏う空気が、ドス黒く染まっていくのを第六感で察知する。これはまさか……嫌悪の対象である俺を前にしたことで、正常な思考を失っている?

 

(いや、待て。それ以上に、なんだこの悪寒は)

 

 視線だけを動かし、周囲を見回す。この言い知れない悪寒の正体は、この部屋全体を満たしているような。

 

 ──部屋全体を満たす?

 

(悪寒の正体は、この部屋の曼荼羅の魔法陣……か?)

 

 だが、展開直後は特に悪寒を感じなかったはず。時間が経過するごとにゆっくりと変貌していったとでもいうのか? だが、それ以上に。

 

「……貴様、外法に手を染めるか」

「お前という存在は、人類最強とは根本から異なるらしいな。そこに在るだけで、最終術式に反応があるのだから。これで、我が宿願は成される」

「会話すら成立せぬ愚昧に成せるものなどなかろうよ。貴様、この悪寒が分からぬのか?」

「悪寒? なにを言っている? ただ、世界が変わるだけのこと。神々が作った箱庭から、世界は解き放たれるのだ」

「……」

 

 瞳孔を開き、口元に弧を描く上司に内心で舌を打つ。

 

 完全に、狂気に落ちかけている。それはこの部屋の空気がそうさせているのか、それとも神を目の前にしたことで復讐心があらゆる感情や思考を上回ってしまったからか。それとも──

 

「ふ、ははは! ふはははは!! ははははは!!!」

 

 俺が思考を巡らせている最中。上司の全身に、紅い紋様が走り始める。次いでその背には幾重もの曼荼羅の魔法陣が展開され、黒い瘴気が彼の体の周囲を覆い始めた。

 

(これは──)

 

 明らかに異常事態と言える状況に眼を細め、俺は『権能』を──発動することなく、第六感に従って体を横にズラした。

 

「!」

 

 直後、先ほどまで俺がいた地点を襲う異形の手。その手が放つ気配は以前対峙した『何か』に近く……俺は瞬時に、これが俺という存在を吸収しようとしていることを察知した。

 

(……『吸収』か)

 

 ジルが原作において即死したのも、邪神による『吸収』だった。そして『何か』もコレも、俺を『吸収』しようとしている。

 

 いずれもの共通点は『吸収』という性質。

 そして『邪神』の正体に関する前世での考察と、以前遭遇した『何か』には、実はある程度の共通点が存在する。だからそういう偶然もあるかと考え──しかし、だとすると目の前のこれは……? いや、待て。仮に上司が口にしていた"最終術式"とやらが神々の仕組みだとしたら──。

 

(もしや)

 

 頭上から振り下ろされる異形の手を回避し、上司の背の魔法陣から放たれるレーザーのような攻撃を魔力で編んだ障壁で防ぐ。黒い瘴気は俺の肉体の動きを鈍らせるが、しかしそれでも俺の方が速い。

 

(もしや、コレや『何か』の正体。そして『邪神』の誕生経緯は──)

 

 用済みとなった神代回帰への起動装置(ジルやそれ以外のもの)。それを、自分たちが降臨する前に処理して、自分たちが君臨するに相応しい部隊を整えるための自動装置としての機能を期待されているのではないだろうか。

 

 そこまで至って、俺は自然と舌を打っていた。

 

「……チッ。どこまでも、神々はジルを利用して自分たちを降臨させたかったらしいな」

 

 神々に対する恨みが増えた。絶対に皆殺しにしてやると改めて決意し、俺は上司と視線を交錯させる。

 

「は! ひははは!! yr!! ははははrrrrrrr──ッッッ!!」

「……人間の言語を語れと言いたいが」

 

 少なくとも、コレを放置するのは良くないだろう。

 

 ジルの第六感は、人としての第六感だけでなく、神としての第六感も備わっていると推測している。だからこそ、神々の力に対する天敵に対して危機感を抱くのだ。

 

(上司を殺せば簡単に止まるだろうが……ムカつくな)

 

 それに、もしも俺の考察が正しかったのだとして。この状況が神々の用意した数ある舞台装置の一つだったとして。だとしたら、俺か上司が死ぬのは神々の思惑通りにことが運ぶということになる。

 

「……くくく」

 

 決めた。絶対に、俺は死なないし上司も殺さない。まずはこの状況を打破することで、神々への叛逆の大いなる第一歩にするとしよう。

 

「世界の崩壊を一興と言ったな、貴様」

 

 上司がどのような過程を経て、今こうなっているのかは分からない。俺は上司の過去を知らないし、上司が見てきたものも知らないからだ。

 

 だが、とりあえず言えることはある。

 

『あらゆる悲劇の原因……死という概念を、この世界から消し去ることだ』

 

 それはあくまでも死の概念の消滅は、彼の中で目的ではなく手段ということ。彼自身の本来の目的は──

 

「貴様の目的は悲劇を無くすことだろう。それを貴様は、世界の破壊を以ってして成すだと? ふん。痴れ者が、教えてやろう。……本末転倒というのだ、それは──ッッ!!」

 

 いわば、俺が神々に殺されたくないという理由で自殺をするようなもの。仮にも俺と同じく神々に対して敵対する決意を有した者が、そんな間抜けな結末を齎すなどふざけるなという話だ。ある意味、目の前の男は俺の可能性の一つではあるのだから。

 

(とはいえ、仮にこれが"神罰"あるいは"神代回帰"に関するものならば、全力で止めんとまずいな。それも神としてではなく──人としての力で止めないとまずい)

 

 この空間で『神の力』や『権能』といったものを使うのは危険だ。神の力に反応してどういった事態が起きるか分からない以上、下手に刺激しないほうがいい。

 

(神々に対抗するために鍛えた部分が無意味になるとはな。……いや、だからこそ、か? まあいい)

 

 この状況はどうにかする。それだけじゃなくて、上司を味方に引き入れるための算段もついた。

 

 あとは……実行するだけだ。

 

「来るが良い迷い子。暗雲に囚われ盲目となった貴様のその視界。私の威光で晴らしてくれる」

「……神がッ! この身を知りもしない分際でこの身を語るなッッッ!!」

「くく、今のは正気か? まあ良い。それはこちらのセリフだぞ。……貴様風情が、私の何を知る? 下郎」

 

 激昂する上司に対して、俺は不敵に冷笑を浮かべる。例え一歩間違えれば己が敗北するかもしれない状況であっても──どこまでもラスボスらしく、俺は表情を崩さない。

 

「何を知る、だと? この身を莫迦にする神の言葉など──」

「ふん。認識の相違があるようだな。私は、貴様の野望を嘲笑ってなどおらん」

「────!!」

 

 ──直後。

 俺が放った特級魔術と、空間に亀裂が走るようにして展開された紅い曼荼羅状の魔法陣が激突した。

 

 そして──。

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 地面に伏して息を荒くする上司と、両の手をポケットに入れた状態で悠然と佇む俺。両者の激突の結果は火を見るより明らかであり、であるが故に、俺は軽く息を吐いた。

 

「さて、ようやく会話ができそうだな」

 

 体が重い。口を開くのも億劫なほどだが、その理由は至極単純でたる。

 

 

 

 一日に二度も、アレを使ったから。

 

 

 

 ただ、それだけのこと。

 

「貴様の目的はなんだ」

 

 上司を止めること自体は、意外と楽だった。原作で特に触れられていなかった時点でなんとなく察していたが……神々にとっても、この仕込みは戯れにもならないお遊び程度だったということだろう。

 

 問題となったのは、上司を正気に戻すことだ。こればっかりは物理的にどうこうもできず──"最終術式"とやらの核を、あの力を使って吸収した。

 

 おかげで、今の俺は戦闘なんて不可能に近い状態だ。普段なら余力を残して倒せる大陸最強格が相手でも、無様に敗北するに違いない。それくらい、今の俺は弱っている。

 

「この身、の……目、的は……」

「貴様の目的は死の概念を消失させることだろう。それが世界を破壊しようなどと、笑わせる。死にたくないから自殺するようなものではないか。間抜け」

「……………………ぁ」

 

 顔を蒼褪めさせる上司。どうやら、先ほどまでの自分の失態に気づいたらしい。

 そんな彼の姿を見下ろして──俺は、内心で冷笑を浮かべていた。

 

「貴様は言っていたな、小僧。あらゆる悲劇の原因を無くしたいと。だが貴様は、全よりも個を優先するきらいにあるらしい。人類最強を無理矢理にでもこの場に連れてこないのが、その証拠」

「……」

 

 人類最強であれば、上司が無理矢理命令すれば死の淵であろうと意識消失状態のまま蘇り、身を粉にして働くだろう。そうでなくとも、この国に張り巡らされた術式の解析結果として──『人類最強』を機械のように操ること自体は可能なはず。それらをしないということは、上司にも人の情があるということの逆説的証明になるのだ。

 

 だが同時に、ほかの蠱毒の扱いは非常に雑。つまり、上司は大衆全てを愛するのではなく──ごく一部の、自分が大切だと思ったものを愛するタイプの人間だ。そんな彼が回避したい悲劇とは、世界への悲劇や、人類への悲劇なんて大それたものではなく、彼が大切にしたいものたちへの悲劇に他ならない。

 

「そんな貴様が、悲劇によって壊れた場合にとる手段は明確な復讐だろう。しかし、貴様はそれをせずに"死の概念の消失"を真っ先に選んだ。つまりだ。生きているのではないか? 今はまだ……貴様の大切なものは、な」

「……っ」

 

 そこまで言って、俺はゆっくりとその場にしゃがみこんだ。そして揺れる上司の瞳を覗き込み。

 

「取引だ、小僧」

「……取引、だと?」

「ああ。貴様の行く末を、定めたくなった」

「……やはり、貴様らにとって、この身は娯楽か……!」

 

 瞳を憎悪の色に濡らす上司。それを見て、俺の笑みはむしろ深まった。

 

(……悪くない)

 

 この状況でなお、神々に対して敵対する意思を見せられるのなら文句はない──合格だ。

 

 ここで媚びへつらうのであれば、俺は上司を不要だと切り捨てていた。人類最強を手に入れるのは、別の手段を考えればいいと。

 

 だが、ここに来てなお、上司は神々に対する敵愾心を捨てていない。殺意のこもった視線が、それを物語っている。殺意を心地良いと思ったのは、生まれて初めてだ。

 

(非常時であろうと変わらぬ意思。それこそが、真価なのだからな)

 

 とはいえ、このままだと人類最強に俺の殺害を命じられる可能性もある。

 

「……くく。貴様にとっても悪くない話ではあるぞ?」

 

 だからこそ、俺は決めたのだ。

 

「神々をも利用するという気概……この私に見せてみよ、小僧」

 

 この男は──

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジル様に呼ばれている気がする。ジル様の素晴らしさを全人類に伝えるべく、オレは向かわねば──」

「それは気のせいでしょう。今回ジル様が呼ぶなら、私に決まっているので。戦力的な意味で。戦力的な意味で」

「貴様小娘……一人だけ無傷だからと……」

「殺気立ってんじゃねえよキーラン。ちくしょう、テールムの野郎との決着が……」

「キミも殺気立っているように見えるがね。……はあ、貴重なサンプルが」

「うーん……」

「どうかしましたか、グレイシー?」

「お兄様との視界共有が途切れたのよ。まあ、アレは私たちの天敵に近いようだし……けど、腑に落ちないわ……。お兄様は、思春期ってやつなのかしら」

「……いや、だとしたら遅すぎる思春期だぜ」

「口を慎めよヘクター。ジル様の思春期に遅いも早いもない。ジル様が思春期でありたいと思えばそれは思春期になるのだ。お前ごときがジル様の思春期を決めるな」

「いや意味わかんねえよ。思春期の意味調べてこい」

「……なにかある気がするけど、今は分からないわね。妹として、不甲斐ないわ……」

 

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