気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでした〜かませ犬にならないために〜   作:弥生零

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エピローグ

「いやあお爺ちゃん。これはダメだよ、これは」

 

 水色の髪の少女は、見るものを安心させるであろう朗らかな笑みを浮かべながら、鈴を転がすような声でそう口にした。

 

「証拠の文書がたくさん出てくるねー。オウサマやボクたちに対して、お爺ちゃんはこんなことを目論んでいたんだね。残念だよ本当に。こんなことが無ければ、縁談は上手く進んでいたかもしれないのにね。本当に、本当に残念だよ」

 

 周囲を満たす穏やかな空気。されど少女が語る内容は、老公からすれば断頭台に立たされたに等しい内容で。

 

「それだけじゃないね。たくさんの汚職が出るわ出るわ……お爺ちゃんさあ、状況は理解できているかな?」

 

 パキッと、音が響いた。

 少女を中心に冷気が拡散していき、室内が凍てつき始める。それは戦闘力を持たない老公の精神力を削ぐのに、十分な役割を果たしていて。

 

「他国の事情とはいえ、これはいけないね。ボクたちの国を乗っ取ろうとしていたという証拠だけでも、こっちが動く理由には十分。それだけじゃなくて、キミはお姫様やこの国の次期トップ候補、挙げ句の果てには──」

 

 どうやってここまでの情報を、と尋ねるのはもはや無意味。そんな段階は、この少女(死神)が目の前に現れた時点で通り過ぎている。

 

(……よもや、ここまで手回しが早いとは)

 

 文官の裏切りの可能性。あるいは民衆たちへの恐怖政治での管理が行き届いていなかった可能性。(道具)をあの王と短時間とはいえ二人きりにしたのが失策だったのかもしれないし、表向きの次期後継者への教育が足りなかったのかもしれない。

 

 可能性を数え上げればキリがない。キリがないが、とりあえず言えることは……もはや、詰みということだ。

 

(よもや、よもやよもやよもや……)

 

 抵抗は無意味。

 

 この国の兵士全てを集めたところで、目の前の少女を殺すには至らない。超級魔術の使い手を相手に、物量で攻めたところで一度で消し飛ばされて即終了だ。そんなことは、情報収集を大事にする老公が一番よく理解している。

 

 そもそも『氷の魔女』の弟子という肩書きだけで、老公からすれば恐怖の象徴に他ならない。魔術大国出身の人間が、理性的な行動をとれる訳がないことは自明の理だ。今こうしている瞬間にも、老公は己の寿命が縮んでいくのを実感していた。

 

「宣戦布告をするよ、お爺ちゃん……と、言いたいけれど。お爺ちゃんに罪はあっても、この国の人たちに罪はない。だから、お爺ちゃんを裁くのはこの国の法に任せよう……ということで問題ないね?」

「はい。問題ありません」

 

 娘の顔を見て、老公は内心で歯噛みする。こちらに向ける視線に、恐怖の感情は微塵たりとも存在しない。娘は老公が意図しない方向に成長──否、進化していた。

 

 

 

 

 

 

 

「覚悟はいいかな?」

 

 水色の髪の少女──ステラは、そう言ってこちらへと顔を向けた。先ほどまでの穏やかだがどこか威圧感のあった雰囲気とは一変していて、こちらを気遣うような空気がその声音からもよく分かる。

 

「……」

 

 その言葉を受け、瞼を閉じる。

 脳裏に浮かぶのは、かの王の姿。あの絶対者の威光を思えば、目の前の老人のなんと矮小なことか。これまでの日々を享受していた、自分自身のなんと怠惰なことか。

 

(……本当に、愚かでした。これまでの()()()は)

 

 だからこれに、覚悟なんて大それたものは必要ない。大事の前の小事ごときに覚悟なんて抱いていては、思わず羞恥心で死んでしまいそうだ。

 

「ええ」

 

 故に、姫は微笑む。

 微笑んで、言った。

 

「あとは我々にお任せください、ステラ様。成し遂げてみせますから──神に誓って」

「……そっかー」

 

 神という単語を聞いてか、どこか遠い目になるステラ。その姿に少しだけ不思議な気持ちを抱くも、神の使徒には神の使徒なりの悩みがあるのだろう。姫はそこまで気にすることなく、今後について思考を巡らせるのであった。

 

 ◆◆◆

 

 夢心地な気分だった。

 

「……」

 

 現実を現実として認識できないとでも言えば良いのだろうか。夢を見ているような感覚に、上司は呆然としながらその場に立っていた。

 

「──上司」

 

 そんな感覚から引き戻すかのように、よく聞き慣れた青年の声が背後から響く。声の主の正体は分かっているが、それでも上司はゆっくりと振り向いた。

 

「……人類最強」

 

 人類最強。

 神を前に一進一退の戦闘を繰り広げた勇士。最終的に敗北こそ喫したものの、その実力は人類の頂点を名乗るのに相応しい。加えて彼らは知らないことだが、"人類到達地点"に至った存在でもある。

 

 莫大なエネルギー源である『神の力』こそ回収されたが、それでも彼の実力は揺るがない。疑いようもなく、彼は人類最強である。

 

「どうやら良い結果に終わったようだな。自分の見立ては、間違っていなかったらしい」

「……この結末を、予期していたのか?」

「正確には、最悪は回避できると考えていた。あの男……神であれば、少なくともあの子供らは救うだろうと」

「そうか……そうか」

 

 現存するあらゆる手段で救うことが不可能だった子らを、あの男は救った。見たこともない術を用いて、あの男は救ってくれたのだ。

 

「上司」

「……」

「おそらく、葛藤を抱いているのだろう。これまでの過去を考えれば、その葛藤を抱くのは必然なのだから」

「……」

「だが──一度だけでも構わない。今は前を向いてみないか?」

「……前を向く、か」

 

 人類最強の言葉を受け、上司は視線を宙に向けた。

 

「上司の知る、神々の情報を思えばその懸念は当然だろう。上司の過去を考えれば、嫌悪感を抱くのも当然なのだろう。だが、あの男は──」

「……ストップだ、人類最強」

「……」

 

 素直に従う人類最強に、思わず苦笑する。敗戦の長だというのに、未だに人類最強は自分に従うつもりでいるようだ。

 

 いやもしかすると、彼の中でこの状況は敗北ではないのかもしれない。この青年の先見性は非常に高く、この状況も彼の中では見えていたのかもしれない。思えばあの国の戦力を最も仔細に予測できていたのだって、この青年だったのだから。

 

(まるで伝えに聞く、未来を視ることができるという『聖女』だな……)

 

 前を向く。それはすなわち、未来へ進むということ。

 

「……」

 

 先日のあの戦争の終局。それを思い浮かべながら、上司は──

 

「……人類最強」

「ああ」

「……世界が滅びる可能性が遠くない未来にあるとしたら、どうする?」

 

 余人が聞けば、与太話だと笑うかもしれない発言という自覚はある。しかしそれでも、上司は真剣な面持ちで人類最強に問いかけた。

 

 そして。

 

「──打破してみせよう。それこそが、人類最強を冠する自分が背負うべきものなのだから」

 

 そして。

 

「……行くぞ、人類最強。どうやら我々にも、まだまだ果たすべきものがあるようだ」

「委細承知。その身が道を違えない限り、自分はその身に従おう」

 

 そう言って、上司は地下空間から地上へ上がるべく人類最強を連れ立って赴く。まずは、戦闘鬼兵との対話だ。自ら死にたがり殺したがる『戦闘鬼兵』の在り方は上司にはまるで理解できず、それ故に彼らは人間ではないという認識で放置していたが──向き合う時が来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、ジルっていう王様。あの人は瀕死状態からも全回復させられるらしいぜ」

「それは本当か?」

「本当だ。意味はわかるな?」

「ああ……」

「「いつまでも、殺し合いができる……」」

 

「頂点を目指すために競争社会がないと生きていけない。けど、殺し合いをしたら確実にどちらかは死ぬ……」

「マヌス永遠の矛盾。それを、先日見た王は解放してくれるということか……」

「あの威光……もはや神では?」

「神かもしれん」

 

「なんでも、神がいるから俺たちは(高みを目指して殺し合いの)日常を謳歌できてるらしい」

「え? 俺たちが生きてるのは神の恩恵によるものだって?」

「ああ。その通りだ」

「つまり、こうして呼吸してるのも?」

「神の恩恵に他ならない」

 

「神がいたからマヌスは存在してるらしい」

「え、つまりマヌスって神の国なの?」

 

「そうか、我々が大国最強の名を冠していたのは……神の寵愛だったのか……」

「そういうことだったのか……あらゆる高みを目指せるのは、神の国だからこそ……」

 

『神! 神! 神!』

 

 

 

 

 

 

 

 そっと、上司は地上に繋がる扉を閉じた。そして無言のまま振り返り、地下空間へと帰っていく。そんな上司に何も言うことなく、人類最強も彼の背後を追随した。

 

「……人類最強」

「……」

「……彼らと向き合うことに、なんの意味があるんだ?」

「……………………」

 

 上司が最も頼りにしている存在。大陸の頂点。人類の極致に至りしもの。精神力だけで地獄を耐え抜き、災害を踏破し、人類を守護するもの。たとえ何億何兆回殺されるに等しい苦痛を受けても、彼の精神は揺るがないだろう。

 

 そんな人類最強からの返事は、ない。

 

 そのことに絶望する上司。人類最強でも打破できない状況。その渦中に放り込まれたという事実に、彼はかつてないほどの危機感を抱くことになった。

 

 半裸になっていないだけマシなのだと、彼が気づくのは──

 

 ◆◆◆

 

(……なにか嫌な予感がするな。いや、流石に気のせいか?)

 

 謎の悪寒に首を傾げ、しかしまあ気のせいだろうと俺はその悪寒を無視。執務室でソフィアが淹れてくれた紅茶を飲んで一息ついて、窓の外を眺める。

 

「……くく」

 

 穏やかな景色だ。

 戦争に勝利した影響でここ数日は祭りがあったのだが、まあそれは置いておこう。特筆すべきことはなにも──

 

「しかし素晴らしい催事でしたねジル様。国中の皆がジル様へ喝采をあげ、一日中服を脱ぎ、聖火を掲げてその身を照らし──」

「……」

「ジル様!?」

 

 俺は、椅子の上で膝から崩れ落ちるという器用な真似をした。それを見たソフィアが慌てた様子で俺の顔を覗き込んできたが、それを制止して俺は頭を振る。

 

(悪夢のような光景だった)

 

 なによりも恐ろしかったのは、その催事にキーランは一切関わっていなかったことだ。キーラン曰く「彼らの成長を見守るときだ」とのことだったが……これほどまでに、目を背けたくなる成長はなかった。

 

(このままでは、第二第三のキーランが現れるのではないだろうか……)

 

 胃痛に苛まれつつ、俺は椅子に座り直す。ソフィアからの心配そうな視線に「気にするな、自らの死期を悟っただけだ」と答え、ソフィアから「いや気にしますが!?」と至極真っ当なご返答を頂いた。疲れているのかもしれない。

 

「お兄様」

「グレイシーか」

 

 ──と。

 焦燥した様子のソフィアを無視して書類に向き合おうとした俺のもとに、グレイシーがゆっくりと歩いてきた。その姿に俺は手を止めて、グレイシーの方へと顔を向ける。

 

「今、時間は大丈夫かしら?」

「ああ。この程度の雑事、後に回したところで私にとって大差ない」

 

 俺が頷くと、彼女は両の手を広げてきた。そんな彼女の要求に応えるべく、俺は小さな体躯を抱えて膝の上に乗せる。

 

「お兄様は思春期なのかしら」

 

 お前はなにを言っているんだ。

 

「……断じてあり得ん、と口にしておこう」

「……まあ、そうよね」

 

 どこかハラハラした様子のソフィア。その姿は妹が粗相を起こさないかどうかを案じる姉のようであり、思わず内心で笑ってしまう。

 

 最初の殺伐とした空気は、どこへ行ったのやら。まあ、俺としてはこちらの方が好ましいのは言うまでもないだろう。

 

「ねえお兄様」

 

 なんだ、と俺は口にしようとして。

 

「お兄様は……その、なにかを目指しているのかしら」

 

 どこか歯切れが悪そうにそう口にするグレイシーに、俺は。

 

「……」

 

 俺は。

 

「──くく」

「わっ」

 

 俺が高く上げると、驚いたように声を上げるグレイシー。そんな彼女に、俺は内心で笑みをこぼす。笑みをこぼしながら、言った。

 

「然様。お前にも言っていなかったがな、私には……大望がある」

「大望……」

 

 グレイシーの言葉に、俺は軽く頷いて。

 

「その道のりは険しく、遠い。故に私は、こうして行動しているという訳だ」

「……お兄様でも、遠いの?」

「私でも、ではない。──私だからこそ、遠いのだ」

 

 俺の言葉に、ソフィアが気を引き締めた表情を浮かべる。浮かべながら言った。

 

「神たるジル様でさえ困難な道のり、ですか。……しかしご安心を、というのは不遜かもしれませんが……お任せくださいジル様。このソフィア、ジル様の望みであれば、月や太陽であろうと落としてみせます!」

「──あらソフィア。月や太陽にはそれを司る神様がいるわよ? つまりお兄様のお友達だけど、落とすの?」

「!?」

「まあ、仲が悪いかもしれないけどね。その場合は、私はお兄様の妹だからお兄様の味方だけれど。ソフィアは違うかもしれないわねー。ソフィアは神様に仕えてるんだものねー。右往左往してオロオロしている姿が目に浮かぶわ」

「そ、そんなことはありません!」

 

 騒がしい二人を横目に眺めながら、俺は息を吐く。

 

(仲が悪いかも、か)

 

 実際には仲が悪いどころか、殺し合いは必至な関係な訳だが……まあそれを語る必要はないだろう。

 

「ジル様! ご昼食の用意が整いました! 妹様の分と、卑しい小娘の分も用意しております!」

「い、卑し……キーラン殿! その呼び方はどうにかならないんですか!?」

「ふん。大方今も、ジル様を狙っているのだろう」

「ね、ねら……狙っていません!」

「貴様小娘! ジル様のどこに不満があるというのだ!」

「おいキーランそこまでにしておけ。お前それアレだぞ。なんかめんどくせえ父親みたいになってるぞ」

「オレに子はいない。未婚だからな」

「そらそうだろ。隙があれば服を脱ぎ出す奴に奥さんがいたら、天地が逆転しちまうくれえの異常事態だからな」

「うーん。でもキーランくんって顔はいいから案外できるんじゃないかな? 全身黒だけど。レイラちゃんはどう思う? あ、ローランドくん以外に興味ないか」

「ろ、ロロロロローランは関係ないでしょう」

「レイラ。俺の名前がもはや別人なんだが……」

「ろ、ローラン!? い、いつ入ったの!?」

「レイラが俺の名前になっていない名前を口にした時からだが……。なんの話を?」

 

 入室を許可した覚えはないが、好き勝手に執務室に入ってくる面々。執務室に関しては正直なところ勝手に入っても構わないので、放置することにしている。

 

 ところでローランドとレイラ。お前達は馴染みすぎではないだろうか。打算ありきの一時的な亡命だった記憶だが、この国に骨を埋めるつもりか?

 

「婚姻を結ぶのであれば式は手配しよう。ジル様は、結婚を司る神でもあらせられるからな。式はこの国の教会で挙げてもらう」

 

 そんなものを司った記憶はない。

 

「……」

 

 ……ふん。相変わらず騒がしい連中だ。

 

 だが──そのおかげで、ストレスが軽減されているのも事実。殺伐とした世界で命の危機と隣り合わせ。そんな状況を、救ってくれているのは確かだろう。

 

「ふん。恋愛話に私は興味がない。……昼餉だ。私の空腹までの時間制限は、刻一刻と迫っている。このままでは……死活問題に陥るだろう」

「おいボス慣れねえ冗談はやめてくれ。見ろ。キーランとソフィアが顔を蒼褪めさせてやがる」

 

 くくく、と笑いながら俺はグレイシーを抱えながら立ち上がる。ああ本当に──こうしている今は、嫌いじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ジルが逸らしたことで、宙に向かって放たれた人類最強の一撃。

 

 それは月を貫通し、風穴を開けていた。

 

「……」

 

 ──その月が、ゆっくりと、少しずつ再生していく。

 

「……」

 

 後に残るのは、何事もなかったかのように君臨する月。

 

 この事象を観測したものは、この世界に存在しなかった。

 

 


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