<Infinite Dendrogram>~クソゲーハンター、クソゲーに挑まんとす~ 作:折本装置
■ある男の話
男は、武器商人の家に生まれた。
二〇四五年になっても、武器の需要が絶えたりはしない。
ともあれ、男は裕福な生まれだった。
少なくとも、男と男の家族は金銭で不自由したことはなかった。
しかし、金銭こそあっても
生まれた時から、生まれる前から、彼の将来は決まっていた。
進路、友人、妻、明日食べるものまで彼の意志は反映されない。
傍から見ればともかく、彼は不自由だった。
生まれながらに、生まれる前から、彼は事業を継ぐことが決まっていた。
男の両親は子宝に恵まれず、ようやく生まれたただ一人の子供が彼だった。
それこそ、彼を授かるのがあと半年遅ければ両親はクローン技術に手を出していたかもしれない。
とびぬけた才覚こそないが、真面目で努力家だった彼は事業を維持する程度のことは可能だった。
しかし、彼の心は晴れない。
富を得て、何不自由ない生活をしているように見えても、彼の心が自由ではなかったから。
テクノロックという超大手企業がハッキングをしようとして逆にカウンターを食らってしまった。
そしてそれゆえに、彼の父は息子にそれをプレイするよう命じた。
このゲームについて探らせるためか。
あるいは、爆発的に流行したがゆえに息子に流行遅れになって欲しくないと思ったのか。
いずれにせよ。
「面白そうだ」
娯楽すら自分で選べない状況の彼にも、謳い文句通り自由を与えてくれるのであれば、文句はない。
彼は、自由を求めてこのゲームをスタートした。
自由の意味がなんであるのかを、全く理解できないままに。
◆
ゲームを始めてすぐに、彼の<エンブリオ>は孵化した。
彼は、自分の<エンブリオ>の説明を見て。
「最悪だ……」
とても、嫌な気持ちになった。
彼が嫌ったのは、<エンブリオ>のモチーフであり、そこに由来した能力である。
ゾンビとは、ウードゥ教の司祭が操る動く死体のことだった。
ウイルスによって人がゾンビになる、という概念はここ最近のことに過ぎない。
もとはむしろ、呪術によって動かされている死体のことなのだ。
「これは、ダメだろ」
彼の、<エンブリオ>は前提として他者の操作を必要とする。
誰かに依存し、支配されるための<エンブリオ>など、彼の願望とは真逆のものだ。
ふれこみと違うのでは、と考えかけて、違うと悟り、うめく。
「<エンブリオ>は、本人のパーソナルに由来する……」
言葉通りだ。
ゾンビが反映しているのは、彼の願望ではなく、本質。
なぜなら、彼は自由というものを理解していない。
生まれながらに、誰かにすべてを決められて生きてきた彼には自由を得た経験が一度もない。
誰かと共同作業を経験したことのないとある<マスター>がパーティを組むと異常に動きが悪くなるように。
経験していないことは、本人の中にないことは、一朝一夕で見につくものではない。
自由を知らない籠の中の鳥が屋外で生きてはいけないように。
彼は、誰かに支配されなくては生きられなくなっていたのだ。
「お前に自由になれる可能性は、ない」と言われた気がした。
それでも、<Infinite Dendrogram>を辞めようとは思えなかった。
それは、一種の惰性だったのかもしれない。
あるいは、命令されたからかもしれない。
ともかく、やめなかった。
◇
彼は、パーティを組みながら戦闘系のクエストを受けた。
下級<エンブリオ>に過ぎない彼のゾンビのスキルは、操作する相手が必要な代わりに、高火力で自爆するというものだった。
支援職や回復職のメンバーに操作してもらうことで、それなりの実績を上げることもできるようになった。
やがて超級職である【砲弾王】にも転職し、準<超級>という一つの到達点に至った。
それでも、彼の心は晴れていない。
一つの体制を壊すというのは、「自由」であるのではないかと彼には思えた。
だから、彼女の提案に乗ったのだ。
はたして、それが本当に自由なのかはわからないままに。
□■デリラ内部
「めんどくせえなあ!」
「君が遅いんじゃない?」
空を、地を、飛び回る二つの影があった。
一つは、【砲弾王】エッグマン。
自身の<エンブリオ>で肉体をミサイルと化して突き進む。
時折爆発して、また自身の体を再構成する。
もう一つは、【神壊僧】AGAU。
<エンブリオ>のシリウスで飛び回りながら、爆炎の間を縫って攻撃を仕掛けている。
両者の戦いは、互角であった。
AGAUが蹴りや炎熱攻撃を仕掛けようとしたタイミングで、エッグマンは自爆する。
超級職の奥義に匹敵する自爆攻撃は、耐久型超級職の彼女であってもまともに喰らえばただでは済まない。
ゆえに、安全マージンを確保する必要があり、詰め切れずにいる。
だが。
「削り切れないか……」
エッグマンの攻撃も、AGAUを倒すには至らない。
もとより、<エンブリオ>と超級職の合わせ技。
余波を受けるだけでも、本来なら大ダメージは免れない。
だが、AGAUには当てはまらない。
自身のビルドの特性上、炎熱耐性を引き上げるアクセサリーを装備しているから。
何より、ダメージを受けた傍から回復魔法で回復し続けているから。
奇しくも、二人とも非なれど似たビルドの持ち主。
ともに不死身に近い盾と、炎熱の矛をもった<マスター>である。
「さて……」
AGAUは考える。
(このままだと、私が不利だね)
持久戦という分野においても、AGAU、もといシルヴィア・ゴールドバーグは強い。
決してパフォーマンスが衰えず、相手が疲弊すればそこを的確について押し切ることができるセンスもある。
ただ、この状況は別だ。
(装備がいつまで耐えられるかわからない)
回復魔法でHPはともかく、装備品の耐久値までは修復できない。
炎熱に耐性を持たせてはいるが、それも無敵というわけではない。
シリウスと相手側の攻撃によって上がり続けている熱量に、いずれは耐えきれなくなるだろう。
そうなったとき、【スターゲイザー】を失ったAGAUでは相手の攻撃を目で追えなくなってしまう。
対して、相手のエッグマンはそう言った装備に頼っているようには見えない。
まるでゾンビのように、底が見えず、無尽蔵に自爆と突撃を繰り返す。
危ういバランスを乗りこなしているAGAUのビルドとは違う、猪突猛進に攻め続ける戦い方。
先ほどの奇襲のダメージで自壊してくれればいいかなと思ったが、どうやらそれもなさそうだ。
つまり。
「切り札を、切るしかない」
【ミーティア】とは別のものを、ここで使うしかない。
「《
【神壊僧】の奥義を行使する。
破戒僧系統は、己の回復や支援に特化しているジョブであり、奥義である《祈らぬ者》もまた自己強化スキル。
効果は、二つ。
一つは、任意の属性に対する一時的な耐性の獲得。
二つは、ENDとSTRを一時的に交換する。
今回は、爆炎への耐性を獲得して発動する。
そして、ENDとコンバートしたSTRは一万を超える。
むろん、使用には相応のリスクがある。
使用後、回復系のスキルが使えなくなる。
ここで使ってしまえば、彼女のビルドは破綻をきたす。
ゆえに、今までほとんど使ってこなかった。
だがしかし、この状況ならば使わない理由もない。
「まずいっ!」
《卵尾徒子》には欠点がある。
自爆してから、次に自爆するまでにはクールタイムがあり、それまでに攻撃を受けてしまえば爆発して逃げることもできない。
それでも、まだ対応できた。
そもそも、エッグマンのビルドは速度型のジョブと<エンブリオ>のAGI特化。
最大速度はAGI換算にして五万に至る。
対して、AGAUのビルドは、速度と耐久を維持できる万能型。
AGIに換算すれば、ぎりぎり一万程度でしかない。
どちらも一線級である代わり、特化した同格にはかなわない。
先日、カルディナにおいてサンラクに敗れたのも、速度に差があったのが原因だ。
だが、<Infinite Dendrogram>というゲームにおいて、それだけの速度差は日常茶飯事である。
ゆえに、彼女は技術を磨いた。
もとより高い技巧を持った、最強のプロゲーマーである彼女がさらに、だ。
自分よりも速い相手であっても、早さで相手を上回れるように。
相手の行動を予測し、反射で最適解を選び取るという技術を、更に高める。
「くそおっ!」
自爆して、逃げて、瓦礫を巻き上げて。
様々な方法で、エッグマンは攻撃を続ける。
しかし、全てかわされ、受けられ、はたき落される。
ーー彼女が、最強であるがゆえに。
そして彼我の距離がゼロになり。
「《
彼女のジョブと<エンブリオ>の力を乗せた、エッグマンを倒すには十分な一撃が、叩き込まれた。
To be continued.
・《流星》
シリウスの初期スキル。
炎熱と彼女の攻撃力を乗せたキック。
奥義と組み合わせれば、AGIがた超級職くらいなら倒せる威力が出る。
・余談
今回のサブタイ、「自由の奴隷」とかでもよかったなと思った模様。