<Infinite Dendrogram>~クソゲーハンター、クソゲーに挑まんとす~ 作:折本装置
■とある<エンブリオ>について
<エンブリオ>は、<マスター>のパーソナルから生まれる。
ゆえに、多くの人はその形に納得するといわれる。
心臓の病ゆえに全力を出せなかった青年が、武装の潜在能力を最大限引き出す心臓を得たように。
生まれながらに誰かの代替品として作られたモノが、何にでもなれる力を得たように。
自分を守ってくれる怪獣を求めた少女から、ステータスと質量に特化したガードナーが生まれたように。
本人の人格や願いに由来するゆえに、「どうしてこうなったのか」を理解するのは<マスター>本人にとっては難しくない場合が多い。
例外もある。
自分の願いが、ねじれて歪んで発現した場合。
既存のVRゲームを批判し続けてきた、しかして夢のVRゲームに憧れを持つライターが、「自分の大事なものを燃やす」という行動から「水を爆薬に変える<エンブリオ>」を手に入れたように。
あるいは、とある歌手が言語の問題をクリアした結果、「隔たりを失くして耐性を消去する」という願いの余波のような力を発現したように。
一見、本人ですらも「どうしてこんなことに?」と首をひねる結果になることも多い。
しかし、キリューの場合はどちらでもなかった。
キリューの<エンブリオ>は<マスター>であるキリューのパーソナルが素直に発露したものであり。
キリュー自身は、全く理解できなかった。
無理もない。
彼女の<エンブリオ>の特性は、
キリューが、自分自身の目を逸らしているパーソナルと、そして目を逸らしていること自体から生まれたのが彼女の<エンブリオ>だから。
彼女の<エンブリオ>は【盲虎消疾 タイガポエット】という。
山月記という物語をモチーフとしたTYPE:ウェポン・ガーディアンであるこの<エンブリオ>の特性は――暴走と消失。
第一形態では、<エンブリオ>の存在を
キリューにだけは<エンブリオ>が見えておらず、スキルなどでも知覚できない。
また、ウィンドウでもスキルの詳細を見ることができない。
ゆえに、彼女は<エンブリオ>が目覚めていることは知りつつも、どのようなものであるかは知らなかった。
ーー平常時は。
第二形態は、第一形態の真逆。
鎧を彼女自身が身にまとい、鎧ごとキリュー自身を覆い隠す。
見えず、聞こえず、スキルで察知できない。
そして、彼女のステータスを大いに引き上げる。
HPは十万、STR、AGI、ENDは二万程度加算される。(実際には、HP・SP・MP特化型の【地獄王】のステータスも足しこむゆえにHPは百万を超えている)
必殺スキルでもない<上級エンブリオ>のスキルとしては破格のスキル。
隠蔽能力を持った、伝説級の<UBM>に等しいのだから。
さらに、【地獄王】のパッシブ奥義である《死屍累々》ーー人間範疇生物のみを対象とした殺人数に応じた防御力・防御スキル無視効果ーーも載る。
耐久特化超級職であろうと耐えられない攻撃を、不可視かつ超音速の獣が仕掛けてくる。
ジョブと<エンブリオ>の組み合わせによって、キリューは短期的に古代伝説級<UBM>相当の力を発揮している。
これほど強力な力を行使できるのには、理由がある。
第二形態に移行するのには、彼女が発する怨念がたまり切らなければならない。
そして、その時こそは彼女がぶちぎれた時である。
彼女が限界を超えてぶちぎれたのは、この<Infinite Dendrogram>においては片手の指で足りるほど。
リアルにおいては、ただの一度きりである。
スパンで言えば、最短でもひと月に一度がせいぜい。
それも、ペンシルゴンによってさまざまなストレスを意図的に与えられた状態で、だ。
当たり前だが、ストレスというものは自分自身ではコントロールできない。
ゆえに、
白かった第一形態の鎧が黒に染まり、キリューは理性を失い破壊をまき散らすだけの化け物に成り下がった。
いや、成り上がった。
◇
「《流星》!」
炎熱と、加速を乗せた襲撃を見舞う。
奥義によって攻撃力も上がっており、
見えなかろうと、感知できなかったとしても、関係ない。
彼女には、それができる。
AGAUにとって、シルヴィア・ゴールドバーグにとって、見えざる敵が
彼女の恐ろしいところは、それを感覚でなしえていることだ。
ノウハウや技術として習得しているのではなく、今この場でとっさに試したらできてしまった。
◇
VRゲームの中で、<Infinite Dendrogram>以上にリアリティに富んだものは存在しない。
だがしかし、<Infinite Dendrogram>以外にVRゲームがないわけではない。
むしろ、それがあるからプロゲーマーという職業は成立している。
さて、デンドロと他のゲームでは他にも違うところがある。
その一つが、時間だ。
普通のゲームでは、AGIが上がったところで、速度は上がっても体感速度は上がらない。
それは、体感速度が上がった場合の脳の負担を考慮してのことだったり、技術的に不可能であったり、あるいは可能であってもゲーム的なバランスを考えたりと様々な理由で導入していなかった。
ともあれ、その仕様は彼女のビルドに利さなかった。
耐久力と、速度を出すことができる<エンブリオ>。
一見、万能のビルドだが、欠点も有している。
一つは、消費が激しく【神壊僧】の自動回復スキルがなければ持久戦ができないということ。
《祈らぬ者》のデメリットゆえに、もうシリウスのスキルによる移動は長時間維持できない。
そしてもう一つ、体感速度は常人と変わらないということ。
動体視力は上がっても、主観時間は変わらない。
音より速く動く存在を、脳で処理できなければならない。
常人であれば、対策を練るか、練習を重ねるか、あるいは諦める。
なれど、最強はそのどれにも当てはまらない。
気負わず、臆さず、彼女はシリウスが発現したその日から、高速移動とその処理に適応して見せた。
あるいは、だからこそ彼女の<エンブリオ>はそうだったのかもしれない。
《流星》による炎熱と、物理的衝撃を合わせた一撃。
奥義を発動していることもあり彼女の攻撃力は、特化型超級職のそれすら上回っている。
だが、それでも。
「--っ!」
次の瞬間、彼女がいたところを爪が薙ぎ払った。
それが示すことは、怪物の生存。
今の攻撃をもってしても、十分なダメージを与えられていないということだ。
敵もまた、遥か怪物。
ダメージを受けこそすれ、致命傷に程遠い。
彼女が回避できたのは、光の塵が見えなかったことからまだ死んでいないと判断してとっさに上に逃げただけのことだ。
奥義が通じなかった以上、彼女の最大火力をぶち込むしかない。
だが、それは諸刃の剣だ。
使えば、<エンブリオ>が機能不全に陥る。
だがそれでも。
彼女は、その怪物にあらがう。
それは、最強のプロゲーマーとしてのプライドからだ。
彼女は、最強である。
敗北したことがないわけではない。
この<Infinite Dendrogram>でも、ビルドを模索する中での敗北は数知れない。
それでも、王者として挑戦者から逃げるような真似はしない。
公式戦で、一対一で負けたことがないのだから。
「ふっ!」
彼女は、ブースターを吹かして土砂を巻き上げる。
相手の隠蔽能力を無効化するために。
見えず、聞こえず、感知できず、一度でも当たれば敗北する。
そんな状況で。
「楽しいね!」
彼女は、笑って死線の上で戦い続けた。
To be continued.
余談
「この世界」は、デンドロ以外のフルダイブVRゲームがもちろん存在しています。
ゆえに、カッツォやシルヴィアのようなVRゲームのプロゲーマーもいます。
ただ、シャンフロも含めて、デンドロのような「異世界そのもの」と言えるゲームはなかったという設定になっております。
ゆえに、「夢のゲーム」はデンドロただ一つなのです。