<Infinite Dendrogram>~クソゲーハンター、クソゲーに挑まんとす~ 作:折本装置
というか、これで閑話終わりです。
□■征都周辺狩場・<黒狐の庭>
征都周辺には、いくつかの集落がある。
そこは基本的にはどの大名の支配下にもない中立地帯。
逆を言えば、どの大名の庇護もない土地でもある。
政策によって、カルディナのように中継地点として生き延びたり。
あるいは、レジェンダリア北部の集落や、ここ<黒狐の庭>のように強大な力によって支配されるという方法もある。
<黒狐の庭>は【黒召妖狐 ノワレナード】が支配する土地。
【ノワレナード】は定期的に生贄を求める代わりに、周囲のモンスターを討伐して治安を維持する。
時折腕に覚えのあるものが【ノワレナード】を討伐しようと<黒狐の庭>の外から出向いたが、結果として未だ【ノワレナード】は健在である。
【ノワレナード】が求める生贄は、集落の最年長者ーー老い先短い老人である。
老人の肉が好きだから、という話ではなく、純粋にそのほうがレベルが高くリソースが豊富だからだ。
老人が、自ら生贄になるために赴くことが多く、集落は表面的には回っていた。
しかし、全ての住民がそれで納得するわけでもない。
先日生贄に選ばれた老人の孫であるティアン数名が、最近増え始めた<マスター>とともに反乱を企てた。
もとより天地とは戦乱の地。
気性の荒いものが多く、そこがレジェンダリアとは違う点かもしれなかった。
ましてや、<マスター>は各々が自分の意志で動く。
<UBM>を倒し、特典武具を欲するもの。
生贄という制度が許せない、正義感の強い者。
単純に強いモンスターというのがどんなものか知りたい、好奇心が強い者。
たまたま見かけた金髪光属性美少女忍者とお近づきになりたいもの。
そして、努力する誰かを手伝いたいと願うもの。
かくして、【ノワレナード】討伐のクエストが始まり、紅音たちは討伐へと赴いた。
ほどなくして【ノワレナード】のほうから出向いてきたので交戦し、今に至る。
「ええい!いい加減どけ、この雑魚があっ!」
「っ!」
黒い十メテルを超える巨躯の狐が、忍者服の少女ーー安芸紅音をその前足で弾き飛ばす。
純竜と同等以上のステータスを持つ【ノワレナード】の一撃は、重い。
紅音はHP上限の十倍以上のダメージを喰らって吹き飛び、しかしHPを一残している。
それは彼女の二つ目のジョブである【殿兵】の《ラスト・スタンド》の効果。
しかし、さほど意味がないスキル。
数秒食いしばったとしても、効果が切れれば彼女のHPは尽きる。
加えて、HPを回復したとしても、攻撃で負った【内臓破裂】などの重篤な傷痍系状態異常までは回復できない。
もはや、彼女の死は避けられないだろう。
ーー普通ならば。
「《
紅音がスキルを宣言した瞬間、彼女から黄金の輝きが生じる。
そして、光が収まったとき、彼女には変化が生じていた。
HPが完全に回復している。
加えて、傷痍系状態異常も回復しており、無傷である。
通常のジョブスキルでは考えられない超回復。
それこそは、彼女の<エンブリオ>ーー金粉で書かれたような線が走る、皮膚によるもの。
世にも珍しい
不屈を能力特性とするこの<エンブリオ>の唯一の固有スキルが、《
その効果は、「受けたダメージをカウントし、一時間以内のカウントをHP上限の十倍÷スキルレベル分消費することで自身を回復させることができる」というもの。
第三形態である今は、スキルレベルは三。
ダメージは、目の前にいる圧倒的強者からいくらでも補充できる。
ゆえに、この状況において、彼女は不死身といっても過言ではなかった。
幾度も弾き飛ばされてボロボロになってしまったので、《瞬間装着》で替えの服に身を包み、彼女は再び立ち向かう。
「はあっ!《火遁・炎天花》!」
「ぬう、小癪な!」
花びらを連想させる形状の火炎を放ち、【ノワレナード】の視界を奪う。
忍者系統は隠密系統とは異なり、外国人の考えたNINJAのような存在である。
つまりは派手な忍法ーー
今使ったのは、効果範囲と派手さの割に威力の低い火属性魔法スキル。
そう、だからこれは目くらましにとどまり。
「天誅!」
「発射あ!」
それを目くらましにした隙に、火力に自信のある、鎧を着てランチャーを構えた男と、狐耳をはやした女剣士の<マスター>二人が近づく。
二人は<エンブリオ>であるミサイルを発射し、黒一色の直刀を突き込む。
加えて、ティアンたちが上級職の攻撃スキルで追撃する。
そうして、目の前のノワレナードのHPが尽きて。
光の塵に変わっていき、周囲に一瞬弛緩した空気が流れて。
「--無駄だ」
無傷の【ノワレナード】が現れた。
空気が、一瞬で凍りついた。
「……え?」
紅音でさえ、驚きのあまり絶句した。
あまりに理解を超えていたから。
彼女や、通常の回復魔法のようにエフェクトがあったわけでもなくただいつの間にか、現れた。
「これが<UBM>……」
そう、<UBM>とはこういうモノ。
規格外のスキルを駆使する化け物。
いまだ<マスター>が頭角を現していない状況下では、最悪の初見殺しにして規格外である。
紅音は、それでも止まらない。
止まってはダメだと思っているから。
どんな壁にぶつかっても、壁のシミになったとしても止まらず、頑張り続けられる人を知っているから。
そう、何度死んだとしても彼はリスポーンと試行錯誤を繰り返して……。
(あれっ、私今何か……)
大事なことを思い出そうとして、しかし思い出せずに再び弾き飛ばされる。
今度はぶつかった衝撃で首が折れ、発声もままならない。
そしてHPが猛烈な勢いで削れていき、《ラスト・スタンド》が発動し。
--再び紅音が黄金の光に包まれた。
《再始動》はスキル宣言なしでも発動可能なスキルであり、それによってまたしても彼女のHPと傷痍系状態異常が全快する。
「まだまだあっ!《雷遁・雷鳴光》!」
「しつこいぞ、餓鬼共があ!」
【ノワレナード】の苛立ちは、決して紅音一人に向けられたものではない。
いまだ折れていない、この場にいる全員に向けられている。
圧倒的な強者を前にして、未だ士気は高い。
一人一人が弱くても、それらが合わされば純竜クラスのステータスを持つ【ノワレナード】のHPを一度ならば削りきることもできている。
それはひとえに紅音の功績である。
彼女がどれほど傷ついても、前を向いて走り続けるから。
彼女がどれだけ強大な壁を前にしても、諦めない、諦められないから。
安芸紅音ーー隠岐紅音という人物は、そういうものだから。
また、それがわかっているから、彼女が倒れれば皆の心が折れるとわかっているから、【ノワレナード】は彼女を重点的に狙い続けた。
それ故に彼女はタンクとして機能し、戦線はいまだ崩壊していない。
そんな紅音だったが、敵の名前を見ているうちに、ふと思い出した。
「ノワレ……ノワルリンド?」
とあるNPCのことを思い返し、同時に、彼女にとっても印象深いゲームを思い出す。
そして、彼女は連想する。
黒
そして、何度も復活し続ける、体。
ーーまるで、ゲームの
とある巨大な建造物から生み出された、仮初の肉体を秋津茜だった少女は思い返した。
つまりーー【ノワレナード】は。
「行ってきます!」
「紅音ちゃん!」
「え、ちょ、どうして?」
紅音は走り出した。
【ノワレナード】のいる方角とは、無関係な場所に向かって。
周りの<マスター>たちは、なぜと思い。
ティアンは逃げたのかと考え。
以前から彼女を知る、一人の<マスター>はまさかと思い。
--【ノワレナード】は、血相を変えた。
「莫迦な、なぜ!」
「見つけました!」
「っ!」
彼女が見つけたのは、
大きさはリアルの狐と同程度でしかないだろう。
隠蔽系のスキルを有しており、超級職の探知系のスキルを使っても探知できるかわからないモノ。
それを紅音が見つけたのは単なる偶然か。
【ノワレナード】の
あるいは、その両方か。
いずれにしても、彼女は見つけた。
強力な分身を呼び出す、【黒召妖狐 ノワレナード】の
「ちいっ!解除!《黒狐召来》、再展開!」
分身体を生成するスキルを解除、それと同時に紅音と己の間に分身体を再度召喚し、壁とする【ノワレナード】。
【ノワレナード】は、自らの弱点を知っている。
確かに【ノワレナード】は強力な召喚スキルと隠蔽スキルを使いこなし、また魔法系超級職に相当するMPを有しているが、本体の肉体ステータスは決して高くない。
それこそ魔法系の超級職とさほど変わらず、まともに戦えば前衛の下級職でも負けの目がある。
まして相手が規格外にして詳細不明の能力を有していれば、なおさらだ。
ゆえに分身体を使って足止めし、逃亡しようとする。
だがそれは。
「逃がすかあ!」
「天誅!」
「ぶっ殺す!」
「紅音ちゃんを援護しろ!」
「服……全損してくれないかな」
紅音に続いて本体に気付いた、メンバーが攻勢に加わることによって阻止される。
戦いは続いて。
何人もの<マスター>がデスペナルティになって。
多くの時間が流れて。
◇
【<UBM>【黒召妖狐 ノワレナード】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【安芸紅音】がMVPに選出されました】】
【【安芸紅音】にMVP特典【漆黒狐面 ノワレナード】を贈与します】
ーー狐と、人間の戦いが決着した。
<マスター>十三人中、八人デスペナルティ。
ティアン三人、うち二人軽傷、一人重症。
ティアンの死者、ゼロ。
それがこの戦いの結末である。
To be Next Episode
・【黄金皮 エルドラド】
能力特性:不屈
エルドラドそのものではなく、あきらめずにエルドラドを目指し続けた者たちがモチーフ。
現状、《再始動》はMPやSPまでは回復しない。
コル・レオニス同様置換型のエンブリオである。
・【忍者】軽・魔法戦士みたいなイメージで書きました。
※原作の忍者とは異なる可能性があります。その際は修正します。
活動報告上げました。