いまだに友奈を名字で呼ぶ自分に対して、和音は友奈を親し気に名前で呼んでいる事に対して親友をとられてしまうと千景は危機感を抱くが……?
巷で話題のゆゆゆ杯を機に書いてみました。
百合要素が後半にあるので苦手な方はご注意ください。
人間とは私が思っていたよりも逞しい生き物なのかもしれない。
時は2019年の三月。平日なのに香川県にあるショッピングモールの中に併設されたまだ新しいゲームショップ内を行き交う大勢の人々を見て
千景がまだ小学生だった2015年の夏。天変地異の後に突如現れたバーテックスと呼ばれる無数の異形によって人々はなすすべもなく蹂躙され、世界が滅んでから約三年半。
今はもう僅かに生存の可能性がある沖縄や北海道等の一部地域を除けば人類などもはや四国にしか生きていない状況でも、それでも生き残った人々は逞しく生きている。
それこそ千景のようにゲームを楽しむ人がまだ大勢いる程に。
(普通ならこの辺に……あった)
このゲームショップに来るのは初めてだがゲームが好きな千景はこの手の店に行き慣れており、大体店のどこにどのジャンルのゲームがあるかも経験則から判断出来る。
お目当てのゲームをすぐに見つけた千景はすぐさまゲームを籠に入れ、ふと思いついた様に追加でコントローラーも入れておきレジへの列へ並ぶ。
プラスチックの籠に千景が入れたゲームのパッケージは2つ。
1つ目はややマイナーな海外の会社が作ったガンシューティングゲーム。
知名度が低く日本での売れ行きは芳しくなかった物の、簡単ながらも奥行きのあるゲームデザインが一部のゲーマーに高評価を得ており、ネットで偶然知ってから千景も気になっていたゲームだ。
もう一つは多人数で遊べるパーティタイプのゲーム。
コントローラーの無線機能を駆使する事で4人どころか最大8人までが同時に遊ぶことができる。
そんなやや珍しい仕様は以前の千景にとっては全く意味のない物だったが、6人で遊ぶ事の増えた千景にとってその仕様は魅力的だったので千景は少し前から買おうと思っていた。
あぶれる人間を作る事無く6人で同じゲームを和気藹々と遊ぶ。
そんな光景を想像すると普段はともすれば無表情と言われそうな千景の口元は僅かながらほころんでしまう。
「ありがとございやしたー次の方どうぞ―」
「あ……これ……ください」
そうこうしている内に前の客が抜けて会計は千景の番だ。少し慌てて千景はお金とソフトを出す。
千景が買い物ついでにポイントカードを差し出すと若いレジの店員はおやと言う顔をした。
空想の中から引き戻されてすぐだからか、なんてことのない事なのにちょっとだけ千景はぎくりとした。
「……ありがとうございました」
結局のところ店員は特に千景を誰何する事はなかった。
ただ他の客よりもややお辞儀の角度が深かったような気もする。
(帰ったら今日は久しぶりに一人ね。高嶋さんたちが帰って来るまでこのゲームをしていましょうか)
千景と同じ丸亀城内の寮に住んでいる仲間達。千景は普段は照れ臭いが故に言葉に出さず、自分でもあまり自覚する事はないが『友達』と言える人々は珍しく全員出払っている。
一人でどうせ暇だし夜に戻って来るまで千景は一人で買ったゲームでものんびりやっていようと思っていた。
昔のような現実逃避ではない、誰かを待ちながらの穏やかな時間。悪くはなかった。
「あら? あなたは……郡さん?」
「あ……」
と思っていたら思わぬ人間にばったりと会ってしまった。
相手は千景と同じ年頃の少女だ。
簡素なパーカー姿に買い物用らしきバッグを下げた垂れ目の少女に千景は見覚えがある。
これまで何度が丸亀城の近くで見た千景の一番大切な、
友奈から聞いた彼女の名前は──────
「……生駒……香苗さん?」
「……ええと、私は
「……ごめんなさい」
以前来たうろ覚えと人の名前を覚える機会が少ない事もあり、千景は見事に生駒和音の名前を間違えてしまった。
予期せぬ出会いの後に千景と和音はショッピングモール内にあるお洒落な喫茶店に入り、それぞれ飲み物を注文して向かい合って座っている。
折角千景と会ったし少しだけ話したいという和音に、名前間違いに気後れした千景は押し切られてしまったのだ。
あまり人と話すのは好きじゃないけどまぁ少しだけならいいかと千景は思ったから、多少緊張しつつも和音と向かい合っている。
「そうなんだー友奈ちゃんは郡さんの目から見てもすっごい熱心に格闘技を研究しているんだね」
「ええ……高嶋さんは趣味と実益を兼ねていつも格闘番組を見てるし……実戦で扱う為の練習も熱心にしているわ」
この喫茶店はチェーン店には珍しい木製の家具を中心とした落ち着いた装いで人気がある為か千景たちの周りだけでも何人もの客がおり、ちらちらと千景たちの方に視線を向けている。
人の視線が二人に向かう理由は二つ程千景には考えられた。
一つ目は千景と和音の外見がどちらもまごう事なき美少女だという事。
本人の自己評価は低い物の黒く長い髪に整った顔立ちの千景は100人中100人が将来相当な美人になると思うだろう顔立ちで、向かいに座る和音もやや癖のある色素の薄い髪と優し気な垂れ目から見る人に可愛らしいという印象を与える。
更に外見からすると幼く見える和音の方が落ち着いた振舞をするミスマッチさが二人の美しさを際立てており、そんな二人が一緒にいるのは様になる図だ。
現に男性だけでなく何人かの女性も彼女達の方をちらちらとみていた。
もう一つの理由は千景の存在にある。千景は人類最後の箱舟となった市国の大地を守る『勇者』の一人だからだ。
バーテックスに対抗し人間を守る為土着の神々が集合し成立した神樹。
その強大な力を身に宿し、神々の力が宿った武器を以てバーテックスと戦う勇者。
千景の親友の高嶋友奈、責任感の強いリーダーの乃木若葉、何かと騒がしい土居球子、恋愛小説好きの伊予島杏。そして勇者とは異なるが神樹の意思を勇者に伝える巫女の上里ひなた。
彼女達と共に千景は日夜四国へ襲い来るバーテックスと戦っている。
そんな訳で四国内における千景の知名度は非常に高い。
耳に入る声からすると彼女の容姿も相まって千景が勇者だと気づいている客も何人かいるようだが有り難い事に、千景のプライベートを尊重してくれている。
ちなみにこの様に休日に声をかけてくる人が意外と少ない理由として以前球子は「タマたちのグレートな勇者オーラが近寄りがたいのかもしれないぞ」などと柄にもなく心配していたので千景は思わずフッと笑った。
そしたら怒った球子に顔をムニムニされてしまい千景もやり返したら、杏とひなたにあらあらウフフと笑われてしまった。
ちょっとばかり恥ずかしい話だがそれはまぁ……悪くない思い出だ。
閑話休題。和音は千景相手にも柔らかい雰囲気を崩さず話しやすい。
所謂陽キャ陰キャ分類では自他と共に認める陰キャの千景も一対一で何とか話せていた。
だがしかし、しかし千景は気になる点があった。
「友奈ちゃんってケーキは何が好きなのかな? 前クッキー焼いて持っていった時は喜んで食べてくれたんだけど」
「ケーキ……」
(私は彼女を見誤ってたかもしれない。もうすでに高嶋さんを「友奈ちゃん」なんて名前呼びまでしているなんて……)
千景は人づきあいが苦手で丸亀城に来るまで友達は一人もいなかったが、流石にそれでも親しい友達は名前呼びする人が多いことぐらいは知っている。
そうするとあくまで友奈の友達の一人くらいだと認識していた和音は予想以上に友奈と親しいのかもしれない。
これは千景にとって由々しき事態だ。
(そこまで親しいなんて……危険ね)
千景にとって友奈は一番の、それこそ唯一の親友だ。
そんな大切な友奈と自分以上に親しいかもしれない人間が居る可能性は、常に心の奥底で孤独を恐れる千景にとって不吉過ぎた。
無論千景はだからといって自分にとって邪魔な人間を、和音を排除しようなんて思わない。
自分か散々されて嫌で、苦しかった事を他人にしようと思わない程度には分別はあると自分では思っているし事実そうである。
少なくとも……千景は致命的なまでに精神状態を悪化させられない限りはそういう善良で優しさを持った人間である。
だから千景は何とかして和音から自分の安心につながる情報を聞き出そうとした。
(可能な限り……色々聞きだしておかないと)
「私は……どの種類が好きか知らないけど高嶋さんならどの種類でも喜んで食べると思うわ……と、所であなたは高嶋さんと、ご飯とか食べに行くの……?」
「う~んこれまで5,6回くらいかなー。ここ半年くらいは行ってないかも」
(……意外と多い!?)
千景はなんとかして和音と友奈の関係に探りを入れていこうとした。
やり方は当然拙い物となるが和音は気にした様子もない。
朗らかに千景の言葉に受け応えてくれる。
そうしてぎこちないながらも千景と和音の会話は進んでいく。
分かった事は友奈と和音の付き合いは2年前偶然会った事がきっかけだという事。
それからも何度か会って食事や買い物に行っている事。
後は友奈は千景や他の勇者たち以外にも持ち前のコミュニケーション能力の高さを活かして、友奈は同じように他県から四国へ避難してきた人と友達になっているとの事。
(高嶋さんも……確か奈良県から避難してきたのよね)
友奈も四国は高知出身の千景と異なり元は奈良県から避難してきた人間で、当然ながら同じような境遇の人とのつながりもあるのだろう。
よくよく考えれば当然の事だが千景はこれまで知らなかった。
そう、千景はバーテックスが出現するまでの友奈の過去を知らない。それこそ友奈が千景のかつての孤独を知らないのと同じように。
(妬けてしまうわね……)
千景は内心の想いを飲み下すかのようにストローからカフェラテを啜った。
友奈と自分にはないつながりを持っているかもしれない和音。
その事にはどうしても嫉妬してしまう自分を自覚しながらも千景は質問を続ける。
「そうなの……ねえ和音さん……あなたと高嶋さんが初めて会った時は?」
「ええとそれはね、2年前の……うんちょうど今くらいかな。泣いている私に友奈ちゃんが話しかけてくれたんだ。あの頃の私は家族は無事だったんだけど故郷と、友達をなくして、毎日泣いてばかりだったから」
「……ごめんなさい。私、無神経な事聞いて」
千景は罪悪感にうつむいた。
倉敷から避難してきたという事を聞いていたならそんな事は、大切な人を失って四国に来たのだという事を分かっていてもよいはずなのに無神経な質問をしてしまった。
昔の千景には分からなかったが今の千景には分かる。
大切な人を失いそれでも生き続けることがどれだけ辛いか。
突然に大切な物を失った和音の気持ちを想像するだけで胸が締め付けられるような気がした。
「あはは。もう自分の中でもある程度整理できたから、大丈夫だよ。それでね、友奈ちゃんは泣いている私の話を聞いて辛かったねって抱きしめてくれたんだよ。自分とは何の関係もない他人なのに私に手を差し伸べてくれたんだ」
「高嶋さんは……いつも誰かが苦しい時に隣にいてくれる優しい人」
和音の顔は初めて会った時の事を思い出したのか嬉しそうだ。
この時に初めて千景は警戒していた和音に共感を抱いた。
友奈の持つ底なしの優しさに救われたのは千景もだ。
だから和奈の気持ちが千景には痛いほどよくわかる。
「それからも友奈ちゃんは勇者の訓練で忙しい中でも私に会って慰めてくれた。今の私があるのは友奈ちゃんのおかげ。だから私は……友奈ちゃんが好き」
「分かるわ私も高嶋さんが……好きだから」
千景も和音に同意した。
だが和音は千景の返答を聞くとほんのりと顔を赤らめながらこう答えた。
「ふふふ違うよ郡さん。私が言った好きって意味はね……私は友奈ちゃんに"恋してる"っていう事なの」
「…………え」
それは千景にとってあまりにも予想外の返答だった。
和音のあまりに衝撃的な返答に千景はまるで監視ばりにでもあったように硬直し、脳をフル回転させてどうにかこうにか和音の言葉を咀嚼する。
(…………‥‥‥‥お、落ち着きなさい郡千景。兎にも角にも落ち着かないと)
どうにかして一度カフェラテを口に運びどうにかこうにか気持ちを落ち着ける頃には和音の言葉から数十秒がたっていた。
「……本当に?」
「……うん。昔から私は女の子が好きなの」
「そう、なのね」
「私は友奈ちゃんが好き。友奈ちゃんに笑いかけられると胸がきゅんとするし、いつまでも一緒に居たいって自然に思う。本当に苦しいくらい友奈ちゃんが好き。だけど……気持ち悪いよね」
それは和音が友奈に癒される間にも絶えず脳裏を駆け巡っていた想い。
最近は昔に比べればそういう嗜好に理解を得られる世の中になっていたとはいえ、いまだにごく少数派で、何よりも友奈は"そう"ではない。
もしも友奈に知られてしまい、あまつさえ拒絶されてしまったら……そんな恐怖は常に和音の中にある。
「……気持ち悪いなんて、思わないわ」
「郡さん……」
「あなたと私の好きは違うけど、高嶋さんが大切だって気持ちは同じだもの。私もいつまでも彼女に笑っていて幸せでいてほしいから。だから私はあなたの気持ちが分かるし、気持ち悪いなんて思わない」
無論千景も和音の告白には驚いた。
でも思いの種類は違っても友奈に向ける気持ちの強さは、相手に拒絶される事の恐怖は千景も同じだ。
だから千景は和音の想いを肯定する。
「ありがとう郡さん。……あーあやっぱり郡さんにはかなわないなぁ。ねえ郡さん」
「何かしら」
「郡さんは気づいているかな? 友奈ちゃんが一番楽しそうな顔をしているのは、郡さんと一緒に居る時だってこと」
これまで通りの柔らかい表情ながら、先ほど以上に和音は真剣な顔で千景に問いかける。
「私といるときの友奈ちゃんの笑顔は桜に例えるなら、せいぜい八分咲き。でも郡さんと一緒にいる時は満開の笑顔になる。友奈ちゃんも郡さんが大好きなんだね。だから、お願いします」
「……はい」
予想外の返答に千景は驚きながらも居住まいをただす和音に合わせて向き直った。
「私には勇者の事情も戦いも全く分からないけど……どうかみんなで生き残って。いつまでも友奈ちゃんと一緒に幸せでいてください」
高嶋友奈の友達で、彼女の笑顔が好きな生駒和音は、千景に向かってそう言った。いつまでも友奈が千景と一緒に、幸満開の桜のような笑顔を浮かべられるように幸せでいる事を。
神樹によって作られた偽りの夜空の下、丸亀城前の城門で千景は友奈を持ち続ける。
和音の言っていた言葉に思いを馳せながら。
あの千景への願いを聞いた後、二言三言話してから和音とはすぐに分かれてしまったが、その言葉は今も千景の胸に強く残っている。
勇者の役目は当然ながら危険がつきもので千景や友奈も何度も怪我を、それこそ友奈に至っては死んでもおかしくない重傷を負った事もある。
千景は皆に勇者をである自分を認めてほしいと思っているが、バーテックスとの闘いに恐怖を感じていないと言えば全くの嘘だ。
千景は勇者となって戦う勇気があってもむしろだからこそ、両親や周りの人間全てから拒絶された経験により失う事への恐怖心は人一倍強い。
いつも何処かで「この幸せを失ったらどうしよう」と考えている。
大阪の地下街で見たように絶望の中でも朽ち果てていく未来が、無惨にバーテックスに殺される未来が、仲間を失う未来があるかもしれないと想像すると、それだけで足が震えて立っていられなくなりそうな程に怖くなる。
しかしそれでも仲間達と戦いの先にバーテックスから世界を取り戻して未来を掴み取る事が出来たなら、大切なで大好きな友奈と一緒にこれからも幸せに生きていくことが出来るなら、故郷の村に居た頃は夢にすら思えなかった幸せな未来が千景 を待ち受けているのかもしれない。
千景は想像する。平和になった世界で友奈と一緒に桜並木を歩いていく自分の姿を。
千景は想像する。和音や千景が愛する友奈の満開の笑顔を。
千景は想像する。桜並木の先に待っている達成感に満ちた顔の仲間達を。
「明日からも……頑張ろう」
今も充分に頑張っているつもりだけどもう少しだけ頑張っていこうと千景は思った。
幸せな未来の為に。
「ぐんちゃーん! ただいまー! 遅れちゃってごめんねー!」
「いいのよ高嶋さん。今日は予定も……何もなかったし……それよりも」
新たに決意を固める千景の基に元気のよい足音と共に友奈が帰ってきた。
もう夜なのに微塵も疲れを見せない元気いっぱいの友奈は千景の元へ来てくれた。
「……おかえりなさい。高嶋さん」
笑顔で走り寄る友奈に対して、千景も笑顔を作って迎え入れた。