「ちぃーっす」
引き戸を開けながら、雑な挨拶をする。丁寧だった挨拶も今ではこの雑さ。まぁ我ながらそれなりの回数ここには来ているので、当然と言った感じではある。
部屋の中はまぁ、見慣れた雑多さ。活動内容が多岐にわたる部活だ、この状態が当然であり、親しみやすさにも繋がっているのだろう……なんて勝手に思ってる。
「おー、いらっしゃい
「どーも、部長さん」
気楽な感じで髪を二つ縛りにした少女が声をかけてくる。一応、年上なので礼儀として軽く礼。
犬吠埼風部長。この部の部長で、頼れる姉御、と言った感じの人。気楽に接することもできるし、個人的な事情もあって……まぁ、嫌いじゃない人。
「今日はどしたん?」
「うちの部のホームページのことで相談があったんですけど……あいつは?」
「あー、今別件で出てるのよねぇ」
「マジっすか」
「マジっすね」
「えー……じゃあちょっと待たせてもらいますね」
適当に空いてる椅子へと座る。今日はどうやら部室に人が集まっていないようで、椅子の空きはいくつもある。
それから机の上に置いてあったお菓子から煎餅を掴んで食べ始める。
「遠慮しないわねぇ」
「それ今更ですよね?」
「ま、それもそうね」
俺もそれなりにこの部には訪れている。その度に勧められていれば、やがて遠慮もなくなるというもの。
止められなければ食っていい、ぐらいの気分でしかない。依頼に来る日には、実はちょっと楽しみだったりするし。
……ただまぁ、それはそれとして。
「うちの学校、菓子も持ち込みっていいんでしたっけ」
「これはあくまでうちの部へのお礼として貰ったものだからいいの。あとは、依頼者をもてなす物は必要でしょう?」
「なるほど、それは大事っすね」
特にその、依頼者をもてなすというのは大事だ。うん、とても大事。お菓子が美味しい。
「この大義名分がある限り、教師陣も文句言えないわ」
「その台詞がなければ完璧だったんだけどなぁ」
「なんなら今日のこれ、教師の依頼者が以前くれたものだしね」
うーん、ズブズブの関係である。まぁこちらとしてはおこぼれに預かれれば良いので深くは追及しない。
そんな風にのほほんと部長さんと過ごしていると、ガララ、と音を立てて引き戸が開けられる。
目的の人が来たのだろうか、と戸の方を見れば、そこにいたのは部長さんとよく似た髪色の、けれど違う雰囲気を纏った小柄な少女。
「樹ー、遅いわよ、何やってたの?」
「ごめんお姉ちゃん、ホームルームが長引いちゃって……」
「どーも樹ちゃん。お邪魔してるよー」
「あ、止々岐さん。こんにちは」
丁寧に頭を下げてくれるこの子は犬吠埼樹ちゃん。部長さんの妹だが、アグレッシブな部長さんとは違って大人しめな良い子だ。
実際、こうして会う度に毎回丁寧な挨拶をしてくれる後輩なんて、俺にはこの子しかいない。
「樹ちゃん、今日は依頼は?」
「私がやらなきゃいけないのは特にないですね」
「じゃあ俺と部長の中身のない会話にご案内だな」
近場にあった椅子を引いて、樹ちゃんを手招きする。ありがとうございます、と言って座る樹ちゃんは、やっぱり実にいい後輩だと思う。
「……樹ちゃん、うちの妹にならない?」
「えっ」
「何言ってるのよ! 樹はあたしだけの妹よ!」
「お、お姉ちゃん! 恥ずかしいよぉ……」
うーん、本当に中身がない。まぁこれくらい気楽なのが俺は好きだ。うちの部活の方はこうまでノリが軽いやついないからなぁ……。
俺が内心で独り言ちていると、再び引き戸の音が響く。ここは四人しかいない、少人数の部活だ、残りの二人はセットで行動することが多いため、多分、目的の人物が来たのだろうと振り返る。
引き戸を開けているのは、小さなサイドテールを揺らす少女。屈託のない笑顔で、もう一人の少女へと道を譲っている。
こちらが結城友奈。俺と同じクラスで、ちょっとアホっぽいけど、お人好しで明るい、クラスのムードメーカーだ。
それからもう一人が、目的の人物だ。綺麗な黒髪に、車椅子が特徴的な少女が部屋の中へと入ってくる。
彼女は東郷美森。友奈同様、クラスメイトで、部活の関係で結構お世話になっている相手。
「よ、友奈に東郷。さっきぶり」
「あら、止々岐くん」
「どうしたの、何か用事?」
「そうそう」
友奈からの問いに頷きを返し、東郷を指さす。俺がこの部活に来るとすれば、用事は大抵一緒なので、それだけで東郷たちには伝わる。
なるほど、と頷いた東郷と友奈は、そういうことならとすぐに動き出すので、俺もそれに追従して部屋を出ることにする。
部屋を出る際に、部長さんと樹ちゃんに軽く挨拶。それから先に行ってしまった二人を小走りで追いかけ、意識的にジト目を作って、二人を見つめる。
「……置いてかなくても、いいと思うんだけど」
「人間、少し休んでしまえば、動きたくないという思いが生まれてしまうものでしょう? だから素早い行動を心掛けたの」
「いや、ぜってー俺を置いてく口実だろ、それ……」
「ごめんね、私は東郷さんが早く行こうって言うからつい……」
そんな素振り、あっただろうか? 割と部屋に入ってきてからはずっと見てたと思うのだが、二人がそんな会話をしていたようには見えなかったのだが。
この二人、時々こんな風に他の人にはわからない領域で会話するから怖い。まぁ基本的には東郷からの一方通行のようなのだが。極々偶に、送受信が噛みあってよくわからない連携を見せる。
「それで、具体的にはどんな依頼なのかしら」
「ああ、そうな、道中で話すべきか」
東郷や友奈の所属する勇者部は、言ってしまえば便利屋だ。学校内外問わず、様々な依頼を受けて、それを解決する部活。……まぁ一部の連中にはうどん部だとか思われてたりもするのだが、それはそれ。
俺も、というか俺の所属する文芸部もこの勇者部には結構世話になっていて、今回もまたその文芸部からの依頼。
「HPに過去の部誌を載せようと思ったんだけど。どうにも、まだページ丸々一つ作るとなると上手くできなくてな……」
「なるほど、過去の部誌を載せるページを……」
「ああ、もう画像データ化してはあるから、ページさえできれば、って感じなのよな」
そういうことなら……と、頭の中でイメージを付け始める東郷。
俺も部のホームページを運営するにあたって、多少勉強したから、頭の中でレイアウトやコードのイメージを付けておくことの重要性は何となくわかっている。
……というか、そもそもそのやり方を教わったのが東郷なので、分からないとおかしいのだ。だから東郷が簡単ながらイメージを付けるのを一度待って、それから改めて話の続きを切り出す。
「あと、友奈と東郷が寄稿してくれた部誌も公開したいから、その許可もかな」
「私は別に構わないわよ」
「私も大丈夫だよ!」
「ありがと、んじゃ公開する方向で動くな」
となれば掲載する部誌の数が増える。友奈はさておき、東郷は結構な頻度で寄稿してくれている。……まぁ正直、書いてる内容はよくわかってないのだが。昔の日本とかそんなに興味ない。
そこからしばらく、他愛のない話をしていると、文芸部の部室に着く。
HTMLなどの知識があるのは、自分と東郷だけだ。友奈はホームページ管理についての仕事はない。
……そうなると、何故友奈が文芸部にまでついてきたのか、という話なのだが。
「む、友奈くん! 友奈くんではないか!」
「あ、部長さん! こんにちは!」
「うむうむ、こんにちは、だ。挨拶は大事だからな! さぁさぁ、友奈くん、こちらに来るといい!」
うちの部長の相手をしてもらうためになる。うちの部長は喋りたがりというか、自分の頭の中をアウトプットするのが好きなのだ。だから文芸部にいるし、喋るのも好きという人種。
とはいえ、毎日あのテンションの話を聞くのは結構辛いものがあり、こうして偶に友奈には部長の話を聞きに来てもらうのだ。
これは文芸部としての依頼ではなく、個人的な依頼ではあるが……まぁ部長の話は普通に面白いし、友奈も辛いとは言ってないので、大丈夫だと思う。……まぁ本当は嫌なのを黙ってるとかだったら、ちょっと分からないのだが。
「止々岐くん、あなたが作りかけたのとか保存してあるかしら?」
「ああ、それならここに……」
友奈は部長と話し、俺と東郷は文芸部のホームページを弄る。そんな時間を過ごしていると、東郷がうちの部に来たのが遅いのもあって、すぐに部活の終了時間が来てしまう。
いくら便利屋染みている勇者部とはいえ、やっているのは学生。あまり遅い時間には活動することはない。学校の部活なのだから、学校のルールには従う、当たり前のことだ。
「まぁ、明日やれば終わる感じか?」
「そうね、流石にこれだけの時間じゃ無理だったわ。私もこの手のは初めてで調べながらだったし……」
ビューアとか普通やったこない……ないよね? そもそもよく考えたらHTMLに触れたことがある知り合いが東郷しかいないし、その東郷が何でHTMLの経験があるのかも知らないんだよな……。サンプルがあまりにも少ない。
とはいえ、それはまぁ重要ではない。友奈と部長も連れて、部室から出る。話を聞けば、勇者部の部室へ戻る理由もないそうなので、今日の帰りは友奈と東郷、それから部長と俺の四人。
ただし部長は校門を出たらすぐ別方向なので、実質三人での下校。まだ話し足りないと言わんばかりの部長とどうにか別れを告げて、帰途につく。
「あ、そういや今日の礼。うどんでいい?」
「え、いいよ、こないだもお礼としてうどん奢ってもらっちゃったし……」
「私もまだ依頼は終わってないし、それに毎回奢ってもらうのは申し訳ないわ」
「えー……まぁ、じゃあいいけど」
個人的には、借りがあるという状況はあまり気分が良くないのだが。しかし本人が嫌と言ってるのに押し付けることもできない。仕方なしに今は頷いておく。
「でもまぁ、それはそれとしてうどんは食べに行こうぜ」
「それなら行く行く! おうどん私も食べたい!」
「友奈ちゃん、夕飯もあるんだから食べ過ぎないように気を付けてね」
はーい、とちょっと照れながら笑う友奈。そんな東郷とのやり取りに、思わず親子かよと思ってしまった俺はきっと悪くない。……いや、これ親子に見えるやろ……。
そんなわけで、夕食も近いのもあって、ちょっとだけうどんを食べる。これが勇者部がうどん部と呼ばれる所以。あとは大体部長さんのせい。あの人とんでもねー量一人で食うからね……仕方ないね……。
「それじゃ、今日はこれで解散かね」
うどん屋から出れば、そこからは別行動。ちょうどうどん屋を起点に俺が東郷たちと家の方向が別方向になる。だからここで解散。
「それじゃあまた明日、
「友奈、下の名前で呼ぶのやめてくれって言ってんじゃん……」
「あっ、ごめん、つい……」
別に自分の名前は嫌いではないのだが、女の子の名前みたいでちょっと恥ずかしい。あと友達には鈍感扱いされる、俺はあそこまで鈍くない。
「んじゃあまぁ、東郷も友奈も。じゃあな」
「ええ、さよなら」
「また明日ねー!」
互いに曲がり角で見えなくなるまで手を振り合う。そんな自分たちに呆れの溜息を吐いてしまう。ああ、いや、本当に――
「――反吐が出る」
吐き捨てるように呟く。
……思わず漏れ出たそれが誰かに聞かれた様子がないか、素早く確認し、それから自分を戒める。まだ仮面を外すには早い。
意識的に当たり障りのない顔を作って、少しだけ早歩きで自宅へと急ぐ。
「……ただいま」
家に着くと同時にそう呟くが、返事は返ってこない。当然だ、この家にはもう、俺しかいないのだから。
電気をつけて、鞄をベッドに放り出し、椅子へと座る。本当はベッドに伏せたいところだが、仕事が先だ。
ノートパソコンを起動する。このノートパソコンは東郷にHTMLを教わるのにも使った物だ。正直、今すぐにでも捨てたいが、流石に毎回ノートパソコンを変えていたら怪しまれるのでできない。
そういえば、東郷たちとうどんを食ってきたのだった、早く胃の中身を吐き出してこないと。……ああ、それに、結局東郷たちに借りが返せていない。あんなやつに借りがあるなんて、気持ち悪さしかない。
「……とっとと、仕事を終わらせないと」
エディタを立ち上げ、手早く文字を打ち込んでいく。内容は今日の学校での話だ。……ただし、それは俺自身のものではなく、東郷のものだ。
俺の仕事は、東郷美森――かつて鷲尾須美という名だった少女の監視。記憶を失った彼女が不安定になる危険性を考慮して、大赦が付けた監視者が俺。
その役割は定期的な東郷美森の活動に関する報告と、東郷美森が大赦、ひいてはこの世界への不利益になると判断された場合の処分。
つまり、殺害。
なんともまぁ……ありがたい仕事である。
「そうだ……早くボロを出せ、東郷美森。俺に早く、お前を殺させろ」
家族の仇である、お前を。
――翌日、東郷美森は再び勇者になった。俺の仕事の、本格的な始まりだ。