Gazer   作:天澄

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承:虚飾-1

 ――俺の家族は、樹海が負ったダメージのフィードバックによる事故で死んだ。

 

 俺がそれを知ったのは、偶然にも後見人になったのが大赦の人間だったのと、東郷美森の監視役の候補となったから。

 本来一般には開示されないはずのその情報は、本当にただ偶然、俺の下に舞い込んだ。

 

 ……最初は、バーテックスとやらを恨んだ。そいつらが四国を襲うからと。けれど俺には、バーテックスと戦う力がなかった。恨みをぶつけることができなかった。

 そうして、気付けば勇者を恨んでいた。

 

 当時の勇者の一人、三ノ輪銀は既に死んでいるらしい。ざまぁみろ、と思った。

 

 乃木園子は、よくわからないが、ボロボロの状態で大赦に匿われているらしい。手の出しようがない。でもまぁ、それだけボロボロなら、いい。

 

 東郷美森――なんでお前、幸せそうに生きてるんだ? 車椅子になって記憶を失っただけじゃないか。おかしいだろ、お前たちが守ってくれなかったから俺の家族は死んだんだぞ?

 

 そんな思考が、気付けば勝手に湧いてきて……けれど、俺はそれを良しとした。晴らせない恨みを抱えているよりも、理不尽な怒りをぶつける方がずっと楽だったから。

 だからそれが間違っていると理解していても、俺は勇者たちを恨む。どうしようもなく、俺は弱いから。

 

 

―――

 

 

 勇者の監視役には、一つだけ特権がある。それは、樹海化した世界に入れること。

 勇者しか行けないとされている樹海だが、神樹が選んだ人間しか行けない、というのが正しい。だから大赦は神樹に頼み、監視役だけは樹海に行けるようにしているらしいのだ。

 

 ……俺も、樹海に行ったのは昨日が初めてであり、流石に驚いてしまった。いきなり世界が巨大な樹の海になるというのは、心臓に悪い。

 

 樹海での俺の仕事は、ちょっと変わる。勇者となった人間相手では、俺は無力だ。だから、主な仕事は勇者たちの戦闘の記録だ。

 それは勇者たちの戦闘技術もそうだし、精神状態もだ。戦闘技術が不足しているようであれば、大赦が訓練を用意するらしいし、精神面であればケアを考えるらしい。

 あるいは、ケアもできそうになければ厄介なことになる前に、元の世界に帰ってきてから処分することもあるそうだ。……俺としては、最もありがたいパターンになる。

 

 今回の戦いは、俺の報告から大赦は概ね問題ないと判断した。……ある一点を除いて、だが。

 

 バーテックス襲来の翌日。放課後の時間に、廊下の端から勇者部の部室の様子を伺う。このまましばらく何事もなければ、依頼を装って勇者部の方へ突撃するのだが。……でも多分、そうならないという予感があった。

 

 しばらく待っていれば、東郷が一人、部室から出ていく。その様子は、何か用事があるようには見えない。案の定、勇者部内で何かあったらしい。

 

 そっと、東郷の後を追う。バーテックス関係のことは、基本的に勇者部の部長さん以外には伝わっていなかったはずだ。多分、部長さんとそのことに関して、揉めたのだろう。

 俺が知っている限りでは、黙っていたことに関して何か言いそうのは東郷だけ。ただそれは、単純に部長さんに文句があったからじゃない。……俺の予想では、自己嫌悪あたりだ。

 

 ――昨日のバーテックスとの戦いで、東郷だけは変身できなかった。

 

 勇者の変身条件というのは、俺には情報が開示されていない。そのため俺には何故東郷が変身できなかったはわからない。

 とはいえ、そこは俺にとっては重要ではない。重要なのは、もしその状態が続くようであれば、東郷は勇者から外される、と大赦が言っていたことだ。

 つまり、彼女の重要性が落ちるということだ。あとは、その状況に負い目を感じた東郷が何かをやらかしてくれるだけで、俺は大義名分をもって東郷を殺すことができる。

 

 ……流石の俺も、問答無用で東郷を殺すことはできない。それをやれば俺が捕まってしまう。……家族に顔向けできないことは、あまりしたくない。

 それに、東郷は勇者だ。俺は勇者が嫌いだが、しかしこの世界を守るためには勇者たちの力は必要だ。俺のような人間が生まれてしまう可能性は、できるだけなくしたい。

 

 だから、大赦の許可が俺には必要だった。大赦の指示だから、という大義名分が。

 

 ……校舎と校舎を繋ぐ、渡り廊下。そこで俺は東郷に追いつく。東郷は俺を一瞥したあと、興味なさげに視線を外して虚空を見つめ始めた。

 

「おいおい、流石に失礼なんじゃないの?」

「……ごめんなさい。でも、今は誰とも話したくないの」

「……なるほどねぇ」

 

 いい感じだな、と内心だけで呟く。変身できなかった自分、そして部長さんと言い合いになってしまった自分を責めているのだろう。

 大赦から貰った資料と、個人的に接してきた感覚から、俺は東郷美森は脆いと判断を下している。下手に手を出さなくても、彼女は勝手に崩れ去るだろう、とは思う。

 

 ……どこまで介入すべきか。そこまで考えて、首を振る。

 俺はあくまで監視役だ。下手に手を出してしまえば、不穏な行動をするとして監視役から外される可能性もある。ここは素直に引いておくべきだろう。

 

「……ま、落ち着いたらうちの部に顔出してくれよ。一昨日の続きもあるし。」

 

 一応、去る際に少しだけ釘を刺しておく。昨日は結局、バーテックス襲来のせいで文芸部のホームページ制作は進んでいないのだ。

 だから依頼をできていないという罪悪感を刺激しつつ、ついでにその原因を意識させることで、精神的に多少追い込んでおく。

 所詮、小さな揺さぶりだ。だけどやらないよりはいい。

 

 俺はそれだけ言うと、渡り廊下から校舎へと戻る。

 東郷とは関係なしに、部員には迷惑をかけられないため、この後は文芸部に顔を出してホームページの調整をやるか、なんて思い文芸部の方に向かっていると、偶然にもその道中で友奈に出会ってしまう。

 

 困ったな、と一瞬だけ思案。友奈はまず間違いなく東郷の居場所を聞いてくるだろう。友奈みたいな人間が、あの状態の東郷を放っておけるわけがない。

 正直、友奈は東郷の支えとなっているところがあるため、あまり東郷に近づけさせたくはないのだが……。折角追い込まれてるのに、立ち直られても困る。

 しかし仮に聞かれた時に、知らないなんて答えたら、俺は東郷と既に話してしまっているため、嘘がバレる可能性が生まれてしまう。

 もしバレたりなんかしたら、今の関係性をキープするのが難しくなってしまう。監視役として、ある程度近い関係性は欲しいのだ。

 

 ……この場合、どう答えるべきか。

 しかし悩むには時間が足りない。

 

「あ、逸花くん! 東郷さん知らない?」

「友奈、だから名前……ああ、いや、もういいや。で、東郷だっけ?」

 

 一瞬だけ間。その一瞬で、俺は悩み……ここは、正直に話しておくことにする。

 

「あっちだよ。あっちの渡り廊下で東郷と話した。……なんか、あったのか?」

「うーん、ちょっとね!」

 

 話した、ということは東郷の今の状態を察していることになる。なのに何も聞かないのは、一般的な友達とは言い難いだろう。

 そんな計算に基づいた質問に、友奈は曖昧な笑みを浮かべて答える。一応、俺は東郷の監視役だが、他の部員が情報漏洩などしないか確認もしておけとは言われてる。とりあえず、友奈は問題なしだ。

 

「それじゃあ、私、東郷さんのところ行ってくるね!」

「いってらっしゃい」

 

 走らず、早歩き程度で東郷の元へ向かう友奈。うーん、こんなところまで律義に守るとは。勇者とは、そういった人間がなるものなのだろうか?

 勇者部の面々を思い出し、廊下で速度を出しそうなが二人ほど思い当たる。部長さんは必要とあればやりそうだし、東郷あたりは友奈に何かあれば車椅子でとんでもない速度を出すだろう。

 

 ……まぁ、だから何だという話だ。走った程度では、大赦も不穏な行動なんて判断しない。俺には関係ない話だ。

 

 溜息一つ。改めて文芸部の部室へ向けて歩き出そうとする。

 ――その瞬間、俺のスマホからけたたましいアラーム音が鳴った。

 スマホに設定されたデフォルトのアラーム音よりも激しい音。この音は……樹海化が、来る。

 

 ……一瞬、視界が光に包まれたと思えば、気付けば世界が変わっていた。見渡す限りの樹の海。俺が今までいた学校の校舎とは別物の、完全な別世界だ。

 ここから俺は、勇者たちの戦いが観測できる位置へ行かなければならないのだが。周囲は俺の身長とは比較にならないほど巨大な樹ばかり。足元も樹でできており、そもそも移動がままならないレベルである。

 だからまぁ、実際は観測できなくても良かったりする。樹海という空間では生身の人間ではどうしようもないため、樹海化時のみの監視者がいる。通常よりも増員することで、勇者たちの戦いを観測できる位置にいる可能性がある人間を増やして対応しているらしいのだ。

 と言っても、俺にはその増員された監視者はわからない。特に面識がないのだ。

 

 ただ、今日に関してはできれば俺が観測役でありたかった。追い込まれている東郷がどうなるのか、この目で見たかった。

 勇者になれず、自己嫌悪に陥った弱いあいつがどうなるのか……俺は見たいのだ。

 

 人間の力でギリギリ飛び移れるレベルの幅を飛び越えて、どうにかこうにか、広い場所へと向かっていく。

 スマホの専用アプリで座標を確認すれば、勇者たちとの距離はそこまで遠くない。なんとか、視界には収められそうである。

 

 ちょっとだけ無茶をしながら数分、ようやく開けた場所に出る。これなら、勇者たちの戦いが見えるだろう。

 そう思い、アプリを参考に視線を向ければ――

 

「……そう、か」

 

 変身した、東郷の姿が見えた。どうやら、条件を満たしてしまったらしい。俺の求めていた姿は、そこにはなかった。

 

 これで東郷は勇者としての価値を示した。もう大赦に反旗を翻すレベルのことをしなければ、そうそう処分命令は出ないだろう。当然だ、貴重な戦力を簡単に斬り捨てるほどこの世界に余裕はない。

 

 光が世界を塗り替えていく。樹海化が解除されるのだ。どうやら、気付かぬうちに勇者たちがバーテックスを倒したらしい。

 ……思ったより、ショックを受けているようだ。周りがろくに見えていない。

 

 光が去った頃、俺は自宅に立っていた。文芸部に設置した小さな社か、自宅の小さな社に帰ってくるかはランダムなのだが……今回は、自宅の方だったらしい。

 正直、ありがたい。今の状態ではいつもの自分を取り繕える気がしなかった。

 

 ベッドへ倒れ伏す。気が重い。何もする気がしない。仕事すらも、投げ出してしまいたかった。

 東郷を殺せる機会が遠のいた。確かに、それもショックだった。だけど、それは完全に可能性がなくなったわけではないし、そこまでじゃない。

 じゃあ何にそこまでショックを受けているのか。

 

 俺は、東郷があの状態から立ち直ったことに……ショックを受けていたのだ。

 

 精神的に追い込まれ、八つ当たり気味に別の相手を責める。東郷がやっていたことは、今の俺に近い。だから、無意識のうちに自分と重ね合わせていたのだ。

 俺のように落ちるところまで落ちろと。そうすれば気兼ねなく俺もお前を殺せると、そんな風に考えていたのだ。

 

「……ほんと、バカみてぇ」

 

 殺したい相手と、自分を重ねてたなど。そうして自分だけではないと、そこで事実と向き合うことから逃げることはおかしくないと、正当化してがっていたなど、本当にバカらしい。

 ましてやその相手が自分と違って、ちゃんと向き合って立ち直ったからショックを受けるなど、情けないにも程がある。

 

 いっそ、死んでしまおうかとも一瞬思う。しかし、やっぱり死ぬ勇気などなくて、その勇気のなさすらも死んだ家族が望んでないからと言い訳をして。

 結局俺は、他人に責任を押し付けなければ生きていけないクズだった。

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