勇者が増えるらしい。勇者について予め知らされ、そのために今までをトレーニングに費やしてきた、大赦が力を入れた人材らしい。
まぁ俺からすれば、どうでもいい。仕事の内容が変わるわけではないのだから。
……そう、思っていたのだが。
「お、転校生ちゃんじゃーん。なに、君もこの部活に入るの?」
予想外なことに、俺はその追加人員である三好夏凜と、勇者部の部室で直接話していた。クラスメイトとして関わる程度で、こうもがっつり関わる予定はなかったのだが。
「……まぁ不承不承ね」
それがどうしてか、こうして面と向かって話す羽目になっていた。
……不本意ではあるのだが、しかし大赦からの指示とあってはどうしようもない。大人しく俺は仕事に従事するだけ。
『三好夏凜は勇者としての自負が強い少女である。報告の内容から考えると、他四名との相性が悪い可能性があるため、より近くで監視し、場合によっては補助するように』
これが俺に今回下された指示であった。まぁ確かに、三好夏凜という少女がその指示の通りのような少女であったなら、勇者部の面々とは相性は悪かったかもしれない。しかし、だ。
「夏凜さん、死神のカード……」
「勝手に占って不吉なレッテル張らないでくれる!?」
「不吉だ……」
「不吉ですね……」
「不吉じゃない!!」
……これ、どう考えても既に馴染んでるよなぁ。
どうやら大赦は人を見る目がないらしい。あるいは、三好夏凜が大赦の前で見せてきたのが、ほんの一面だけだったのか。
どちらにしても、これ補助いるのかなぁ、なんて俺は頭を悩ませる。しかしやはり指示は指示。少なくとも一度報告して、離れて問題なしと言われない限りは大人しく勇者部に積極的に関わらないといけない。
「あの、止々岐くん」
勘弁してくれと、と内心溜息を吐いていると、横から声をかけられる。皆夏凜の方へ行っていると思っていたために、若干驚いて声の方を見ると――
「……東、郷」
どうにかこうにか、声を絞り出す。……これだ、俺が大赦の指示に従いたくなかった理由。
俺が、東郷をどう見ていたかを理解したあの日。俺が、俺自身のクズさを理解してしまったあの日。あれ以降、俺は東郷を避けていた。監視も、あくまで遠くからするように徹底した。
だから、しっかりと向き合って話すのは、約一ヶ月ぶりになる。
「どうかしましたか?」
「……いや、なんでも」
反応に詰まった俺を見てか、首を傾げる東郷。それを誤魔化すように首を振れば、東郷はそれ以上何も言ってこない。
最近話してなくて、微妙に距離が空いた今じゃ、東郷は踏み込んでこない。このタイミングで踏み込んでくるとしたら、友奈くらいだろう。
だから俺は即座に仮面を被る。大丈夫、誤魔化すのは慣れている。今まで殺意を大赦にも、友人にも、そして殺意の矛先である東郷にも隠し切ってきたのだ。いつもと同じことをするだけだ。
「そんなことより、急に話しかけてきてどうしたんだ?」
「あ、えっと。最近ちょっと忙しくて。それで文芸部の手伝いはあまりできてなかったでしょう? それを謝ろうと思って……」
そんなことを気にしていたのか。俺はお前とは話したくないのだ、その程度のことで話しかけないで欲しい。
……東郷の言葉を聞いて最初に出てきたのは、そんな感想だった。これはあまりにも酷過ぎる。
「……気にすんな、勇者部が最近忙しいのは、なんとなく察してた。むしろそっちが大丈夫か?」
慌てて頭を振って、取り繕うようにそんな言葉を放つ。あまりに薄っぺらい言葉に、自然と口元には笑みが浮かぶ。それがまた、誤魔化しに一役買っているであろうことが皮肉だった。
「大丈夫よ。新しい人も入ってくれたし」
そう言って東郷は夏凜の方を見る。まぁ確かに、部員が増えればできる仕事は増えるだろう。しかし結局、夏凜も勇者だ。バーテックスの襲来ペース次第では、依頼の消化が追い付かない可能性もある。
しかし、俺はあくまで一般生徒の体だ。忙しい原因は知らないふりをしなければならない。
さて、ここで俺は何と返すべきか……。そこまで考えて、丁度いい光景が目の前で繰り広げられたため、指差して指摘することにする。
「でもその新しい人、帰るみたいだけど」
「ダメかもしれないわね」
「えぇ……」
友奈たちと話していた夏凜が帰っていくのを指摘すると、東郷が笑顔のままダメだと言う。思わず、呆れた声が漏れてしまった。
しかしまぁ、確かにバーテックスの襲来に加えて、対バーテックスのトレーニングなどもあるだろうし、忙しいのも分かる。下手に今まで通りの業務をこなそうとして、倒れられても困る。世界が滅びては、復讐を遂げられたとしても寝覚めが悪過ぎる。
「とりあえず、問題は夏凜が友奈に絆されるまでか」
「ええ、私も夏凜ちゃんはそのうち友奈ちゃんに絆されると思うわ。だからそれまでは私たちで……」
「わかった、絆されるまでな」
「え?」
首を傾げる東郷を無視して、俺は部長さんの元へと向かう。
「部長さーん。しばらくの間、俺のこと臨時部員として勇者部入れてくれません?」
「へ?」
「なんか最近忙しいらしいし。まぁ日頃の礼ですよ」
大赦からは今までより近くで東郷、ひいては勇者たちを監視しろという話だった。これを達成するには、勇者部に入ってしまうのが一番手っ取り早い。
とはいえ、東郷にあまり近づきたくないのが本音だ。俺が勇者部と近づくのは、あくまでそういう命令だから。命令が撤回されれば、すぐに離れたい。
だからそれを両立させるための臨時部員。また、これなら基本手助けする側の勇者部も、手助けされることを受け入れやすいだろうと思ってのことだったが。
「うーん、正直ありがたくはあるんだけどねぇ……」
部長さんが他の部員と目配せする。どうやら、俺には話せない事情があるから受け入れられないという状況らしい。まぁ十中八九、勇者関係の話ができなくなるからなのだろう。
だがそれに関しては十分予想できたことだ。無論、対策は考えてある。
「……なんか理由があって受け入れ難いみたいですね。まぁでも、もうちょっとだけ考えてみてください。結論はまた今度聞きます」
「あ、ちょっと」
それだけ言って、俺は勇者部の部室を出る。下手に断りを明言されたら困る。はっきりと結論を出される前に、勇者部から離れてしまう。
それからスマホを取り出し、電話帳の中からとある電話番号へとかける。手早く要件を伝え、お仕事完了。相手も業務的な対応しかしない人間なので、あっという間だ。
「ま、これで明日には解決でしょ」
さて、とりあえず残りの放課後の時間は文芸部に顔でも出しますかね。
―――
「えー……というわけで、昨日に続き、臨時とはいえ新入部員です」
「どーも、新入部員の止々岐逸花です」
そんなわけで翌日、早速俺は臨時部員として迎えられた。やったことは単純、上司に連絡した。以上。
大赦を通せば、部長さんも断ることはできない。まぁ今までより近づけ、と指示したのは大赦なのだから、これくらいしてもらわないと困る。
大赦がなんと言ったのか知らないが、部長さんらが俺と大赦の繋がりを疑う様子もない。これで俺の精神面を除けば、問題はないわけだ。
そんなわけで勇者部へと臨時入部した俺の最初の仕事は、子供会への手伝いらしい。具体的な仕事は俺と、あと夏凜に関しては肉体労働だ。
レクリエーションに必要なものを持ち込んだりする仕事になるらしい。ようは子供の相手は慣れてないだろうし、雑用しろというお話だ。余裕があれば、運動したがる子供たちの相手を頼むかもしれない、とも聞いた。
……そんなわけで迎えた当日だったが、しかし。夏凜が来ないというアクシデントに見舞われた。お陰様で運ぶ荷物は俺が大半を持つことになった。男手だから、と自分で言ったとはいえ、勘弁して欲しい。
だがそれ以上に大変なのは夏凜だ。どんな理由があったか定かではないが、無断で休んでしまったことで、部長さんたちがテロる気満々になってしまっている。
ご愁傷様、と思いつつも俺は止めない。個人的には、夏凜はなし崩し的に押し付けられても、責任感から押し付けられたことを投げ捨てられないタイプだと思っている。
だからまぁ、事情か何かあるのだろう。それを他の部員に言えない、というのが問題なわけだが。
そこら辺を踏まえても、この一件で壁がなくなった方が絶対にいい。となれば、夏凜の自宅にテロるのは悪い案ではないのだろう。まぁ流石に、女子の家に俺が行くわけにもいかないが。
「……と、思ってたんだがなぁ」
「どうしたの、逸花くん?」
「友奈、名前……はもういいや。何でもないよ」
友奈の問いに、呆れと共に首を振る。今いる場所は夏凜の自宅だ。結局、俺もなし崩し的に巻き込まれてしまっていた。
俺も夏凜のことは言えないかもしれん……。そう思いながら、バカ騒ぎを始めた勇者部の面々を見つめる。
「それじゃあ、誕生日会兼歓迎会を始めまーす!」
部長さんの合図を皮切りに、コップをぶつけ合う勇者部たち。俺も、それに倣って乾杯、とコップをぶつける。
「ほれ、夏凜も。乾杯」
「あ、うん……乾杯……」
「俺は臨時とはいえ、同期みたいなもんだ。よろしく頼むぜ」
曖昧に頷く夏凜。まだちょっと、突然の誕生日会に驚きと嬉しさをコントロールし切れていないらしい。
そう、今日は夏凜の誕生日なのだ。だから本当は子供たちも巻き込んで盛大に祝う予定だったのだが、まさかの主役が来ないという事態だ。
そりゃ部長さんも夏凜の家へ突撃の指令を出すというもの。まぁ俺も、歓迎会を兼ねるとか聞いてなかったんだが。まさか俺も祝われる側とは。
一先ず、俺は夏凜から離れることにする。あの状態じゃ、まだまともな会話はできないだろう。あの状態から引き戻すなら、多分、友奈や部長さんあたりの突拍子のなさが必要だ。
だから俺は夏凜から離れ……そうなると、必然、他の人の隣に行くことになる。友奈と部長さんは夏凜に構っている。樹ちゃんは、先輩後輩というのもあって、遠慮があるから実は距離感が微妙だったりする。
「……東郷、隣いいか?」
「大丈夫よ」
「んじゃま、失礼して」
……そうなると、必然、俺は東郷の隣に座るしかなくなる。いや、まぁ樹ちゃんの隣でもいいのだが。東郷は憎いが、実は一番話が合うのも東郷だったりするのだ、腹立たしいことに。
あとは後輩よりもクラスメイトの隣に座った方が、自然だというのもある。一応、表向きは友達ということになっているのだから、仕方ない。
「ああ、そうだ。ありがとうな」
「? 何がかしら」
「この歓迎会だよ。夏凜の誕生日会も兼ねてとはいえ……まぁ、こうしてわざわざ歓迎してくれるのは、嬉しい」
これに関しては嘘偽りない感想だ。臨時でしかない俺までちゃんと歓迎してくれているのは、素直に嬉しかった。家族を失って、こういう機会が減った身としてはなおのこと。
例えその祝ってくれる人間が憎い相手であっても、それは変わらないし、礼だってちゃんと言う。そこの筋はちゃんと通さねばならない。これは関係性を取り繕うためではなく、純粋な俺の考えとしてだ。
「別に、私が発案者なわけじゃないわ」
「でも祝ってくれた一人ではある。もちろん、他のやつにも礼は言うけど、お前に対してもありがとう、だ」
俺はクズだ。でもクズだと自覚しているからこそ、譲れない部分もある。
東郷への復讐以外は可能な限り誠実でいる、それは俺なりのけじめだった。どうせクズなのだからと、地の底まで落ちる気にはなかった。
それは復讐を徹底できない、情けなさかもしれない。けれど死んでいった家族のことを考えると、徹底したクズにはなりきれなかった。
復讐を考えている段階で家族に顔向けなどできないくせに、笑える話である。
「止々岐くんは、律義ね」
「そんなんじゃねぇよ」
本当に、そんなんじゃない。結局、これも俺が俺自身を少しでもマシに思いたいからやってることでしかないのだ。
結局、クズはクズでしかない。だから、お前を殺したいと思っているやつに、そんな優し気な目を向けないでくれ。
「夏凜ちゃんが増えて、止々岐くんが増えて。これからきっと楽しくなるわね」
そう言って笑う東郷や、楽しそうに騒ぐ勇者部の面々を見て。俺は、確かにこれから楽しくなりそうだと思ってしまう己の心に、そっと蓋をした。