俺が勇者部に所属してから半月前後経った。勇者部として活動するようになって思い知ったのは、勇者部はとんでもなく忙しいということである。
毎日のように依頼をこなしていたのは知っていたが、実際にやってみるとこれがしんどいのだ。場合によっては、依頼を複数平行してこなすこともある。
ゴミ拾いや猫探しなど、長時間動き続ける体力。複数の依頼を効率良くこなすための、スケジュール管理能力。依頼者と円滑に話を進めるためのコミュニケーション能力。
要求される能力は多岐に渡り、新人の俺にはきっついこときっついこと。
特に俺は、それまで文芸部だったのもあって、体力が致命的に足りなかった。まぁどうにかこうにか根性でごり押したが……。六月、というのもあって暑さに負けかけたことが多々あった。
そんな俺とは真逆で、夏凜は体力が要求されるような依頼はさくさくとこなしていた。流石完成型勇者を自称するだけある。ところでそれ、俺の前で自称したらマズくない?
ただ代わりに、夏凜はコミュニケーション能力に若干難あり、といった感じだった。特に子供相手。どうにも慣れるまでは、子供と同じレベルに合わせるのが恥ずかしいかったらしい。まぁ気持ちは分からなくはない。
そんな生活の中で、今日の勇者部の活動はちょっと特殊だった。普段は完全に外部からの依頼をこなしているわけだが、今回に関しては身内に関する活動だった。
「樹ちゃんが人前で歌えるようにする、ねぇ……」
樹ちゃんが近々、音楽の授業で歌の発表をするらしい。しかし、どうやら緊張してしまって人前では上手く歌えないとのこと。
部長さん曰く、一人で歌ってる限りは上手く歌えるらしい。誰かが近くにいると、途端に下手になってしまうと。うーん、まぁ、樹ちゃんの性格を考えると不思議でもない話だ。
「そっか、それなら……習うより慣れよ、だね!」
というわけで対策第一弾。
「カラオケとか久々だなぁ……」
勇者部でカラオケです。まぁ習うより慣れよ、個人的には賛成の意見である。何事も何はともあれやってみる、というのがあらゆることにおいて、上達するのに必要なことだとは思っている。
だからカラオケで親しい人間相手とはいえ、誰かの前で歌うことに慣れる、というのは悪くない案だと思う。
……まぁそれはそれとして、正直なことを言うと、最近依頼をこなしてばっかりで遊んでなかったので、カラオケで歌ってすっきりしたいというのはあった。
「――オオオオオオオオッ!!」
と、いうわけで目的ガン無視で熱唱。デスボイス出すとすっきりするよね……。
「うっわ、えぐっ」
「逸花くん、カラオケ来るとこの曲必ず歌うよねー」
「単純に好きだし、すっきりできるので……」
驚いた様子を見せる部長さんと夏凜、樹ちゃんに、慣れたものといった感じの友奈。男友達も皆この手の曲を歌うと意外だったと言うので、まぁ俺にそういうイメージがないのだろう。
「英詞ばかりの曲を歌って……米国に魂を売った非国民め」
「あ?」
そしてこの女が突っかかってくるのも毎度のこと。
「はっ、毎度毎度非国民って。音楽は国境を越えるんだよ、国なんざ関係ねぇっての」
「そういうのはもっと自国の文化への理解を深めてから言ってもらえるかしら? 大丈夫? 画面に映る文字読める?」
「は?」
「あん?」
東郷と睨みあう。この女、いつにも増して絡んできやがる。
「あーあ、始まった」
「最近、お二人はよく口論しますよね……」
そうなのだ、勇者部に所属してから、どうにも噛み合わないというか。馬が合わないというか。クラスメイトで、一応友人くらいの距離感の頃は、割と話しやすかったのだが、親しい友人となるとどうにも合わない。
良くも悪くも遠慮がなくなったのか、特に趣味周りに関しては口論をすることが多かった。……あるいは、俺が憎い相手の近くにいるストレスで噛み付いてしまっているだけなのかもしれないが。
ただまぁ、原因はともかく、口論になってしまっているのは事実だ。勇者部の面々はそろそろ慣れたものとして見ているが、あまり見せるべきものでもない。
一度、大きく深呼吸。気持ちを落ち着かせて、本題を思い出す。
今日は樹ちゃんの歌をどうにかするために来たのだ。東郷なんかと言い争っている場合ではない。
「……あ、そうだ樹ちゃん。樹ちゃんが歌えない原因って、恥ずかしいからなんだよね?」
「え? あ、はい。多分……」
なるほど、と頷く。ならば一つ、俺にはアイデアがあった。
「恥ずかしいのが原因なら、そんなもの気にならなくしちまえばいいんだよ」
俺は端末を操作して、とある曲を入れる。それと同時に立ち上がり、一番スペースの余裕のあるテーブルとモニタの前へと移動。
移動し終えた直後、スピーカーからポップな曲調のイントロが流れ始める。有名な、流行りのアイドルグループが去年リリースした曲だ。
そしてそれに合わせて、俺は軽快なステップを踏む。大丈夫、振り付けはよく覚えている。
「一番、止々岐逸花――歌います」
何が一番なのかは、俺にもよくわからない。
直後、俺は宣言通り歌い始める。もちろん、原曲キーである。女性の曲なので、めっちゃ喉がキツい。
加えて、踊りもしっかりとやらねばならない。妥協は、俺のプライドが許さない。
「――ふぅ、ありがとうございました」
そうして全力で歌い踊り終え、礼を忘れずに。その結果、目の前には崩れ落ちる勇者部の面々が出来上がっていた。
「っ、くくっ……ちょ、あんたなによそれ……」
「……ひっ、ひひっ……あんたそれ、去年の文化祭の……ぶはっ……」
「お、お姉ちゃん……それ女の子がしていい笑い方じゃ……ふふっ……」
笑い崩れる皆。初見の夏凜と樹ちゃん、加えてツボの浅い部長さんは完全にダウン。
比較的軽傷なのは、去年もクラスが一緒だった東郷と友奈だ。
「あなた、まだ踊れたのね……」
「うーん、やっぱり男の子が踊るとインパクトあるなー」
こんなこともあろうかと、温めておきました。
実際、去年の文化祭の出し物としてはかなりウケは良かった。そこそこ体格のいい男連中の、可愛らしい踊りと、頑張って高音で歌う野太い声。ちなみにセンターは実力で勝ち取りました。
「さぁ樹ちゃん、次は君の番だ!」
「えぇ!?」
「大丈夫、俺と比べたら恥ずかしくもなんともない。そうだろう……!?」
「恥ずかしいって自覚はあったのね」
シャラップ、東郷。
しかし、俺の『自分よりよっぽど恥ずかしいやつがいれば気にならない』作戦はあえなく失敗。樹ちゃんは残念ながら歌えなかった。
俺のインパクトが強過ぎて、笑いが治まるまでに冷静になってしまったらしい。俺のネタのクオリティが高過ぎたばっかりにっ……!
結局、その後もカラオケでは解決策は出ず、対策は翌日へと持ち越しになってしまった。
しかし翌日もいい案は出ない。夏凜が喉にいいサプリを持ってきたが、原因は緊張のためそれじゃあ効果がないという結論に。
「んー……荒療治でもするか?」
「荒療治、ですか?」
「そうそう」
俺は手元のスマートフォンを揺らしながら言う。
「動画投稿サイトに投げてみる」
「え、む、無理ですよ! そんな、恥ずかしいし……」
「まぁでしょうね」
そう言うと思っていたので、まぁそこまで落胆はない。しかしそんな反応から、ふざけて言ったと思われたのか、大切な妹のことだけあって部長さんが釘を刺してくる。
「ちょっと、真面目に考えてくれる。樹の成績に関わってくるのよ?」
「いやだなぁ、部長さん。俺は真面目に言ったんですよ」
いやほんと、割と真面目に言ったつもりではあるのだ。確かにダメもとではあったが、アイデア自体はふざけたつもりはない。
「ほら、動画なら一人でも撮れるし、直接的な人の目もないじゃないですか。だから恥ずかしがらずに、色んな人に聞かれるって経験もできるんじゃないかと……」
「む、それは確かに……」
「でも……やっぱり恥ずかしいので……」
「そっかぁ……」
まぁ本人が無理、というなら仕方ない。いい案だと個人的には思ったのだが、まぁ樹ちゃんという条件が厳し過ぎたのだろう。
……その後も、依頼と平行して色々と対策を考えたが、結局どれも大きな効果を示すことはなかった。しかし何もできなかった、で終わるわけにもいかない。
せめて背中を押してあげられたらと、樹ちゃんには内緒で、俺たちは応援メッセージを書いて、それを部長さんが樹ちゃんの教科書へそっと忍ばせておくことになった。
「うーん……」
俺は自宅で一人、頭を悩ませる。緊張がほどけるように、笑いの方向に舵を切るか。それとも笑いは部長さんに期待して、俺は真面目に応援のメッセージを書くか。
互いのメッセージは実際に書く時まで教えないことになっている。方向性の分担は、予想してやるしかない。
……いや、そういうのを考えずに、心からの言葉を書けるようにこの形式にしたのだから、それでは意味がない。
でもなー、被ったら樹ちゃんの心に響かないかもしれないしなー。
煮詰まってきたので、一度伸びをして気分をリセットする。何か飲み物を飲むのもいいかもしれない。
今うちには何があっただろうか……。ざっと漁れば、スティックタイプのインスタントカフェオレを見つける。これでいいか。
お湯を沸かして、甘めが好きなのでスティックシュガーを追加。七月頭なので、ちょっと暑くなるが、まぁホットの方が落ち着くにはちょうどいい。
……どうにも、部長さんと樹ちゃんに関してはつい手助けしたくなってしまう。彼女らも、樹海の受けたダメージのフィードバックによって生じた事故で、両親を失っているらしいのだ。
だから自分と重ねてしまって……ついつい、力になりたくなってしまうのだ。あとは、家族を失った悲しみを歪めずに、受け止めていることに対して、憧れのようなものもあるのかもしれない。
不思議なものだ、犬吠埼姉妹と東郷。どちらにも自分を重ねていたはずなのに、こうも抱く想いが違う。東郷のことも、憎しみを抱く前に出会えていたら、素直に憧れを持つことができたのだろうか。
……きっと、できたのだろう。だって今ですら、東郷のことは好意的に思っているのだから。
東郷のことは、今でも憎い。例え八つ当たりであったとしても、憎しみはそう簡単には消えてくれない。根底にある、悲しみが消えてないから。
だけど、勇者部の臨時部員として活動しているうちに、俺は皆で過ごす時間が楽しくなってしまっていた。皆で過ごす時間が楽しくて、東郷のことも受け入れてきてしまう。
元々、歪めて、無理矢理矛先を向けていた憎しみだったのだ。脆くて、正しい形に戻ろうとするのは当然だった。
けれどそうなると、俺の憎しみは、悲しみは宙ぶらりんになってしまう。大元のバーテックスにぶつけるだけの力はなくて、けれど八つ当たりする相手のことは受け入れてしまった。
もしその状態までいってしまえば、俺は悲しみのやり場を失ってしまう。俺は、そんな状態で今まで通り生きていける気がしなかった。多分、勇者部の皆とも顔を合わせることも嫌になるだろう。
だから、俺は意図して東郷を憎む。……俺に、力があればこんなことをせずに済んだのだろうか。
そうだ、勇者たちのように俺に力があれば。ああ、勇者である皆が羨ましい――
「――だぁっ、やめやめ!」
息抜きのはずなのに、余分なことを考えてしまっている。これでは息抜きになりゃしない。
今やるべきは、樹ちゃんへの応援メッセージを書くことだ。それに集中すべきだろう。……じゃないと、ろくでもないことを考えてしまう。
「そうだな……ちょっと笑いを入れつつも、ちゃんと応援してやるべきなのかな」
“緊張したら俺の踊りを思い出せ! 為せば大抵何とかなる、なんだろ、勇者部は?”
為せば大抵何とかなる。きっと樹ちゃんに送るべき言葉のはずだ。
……けれど自分の想いを捻じ曲げてばかりで、何も為そうとしない俺が言っていると思うと、笑うしかなかった。