――勇者たちが満開を使った。
とんでもない力を発揮し、勇者たちはバーテックスとの最後の戦いを終えた。
その結果、勇者たちはお役目から解放され、勇者部の面々は忙しさからも同時に解放された。……つまり、俺が部員でいる期間が終わったということだ。
これで俺たちはあるべき姿へ戻る。……いや、お役目から彼女らは解放されたのだ。俺も、監視役から外されることになる……はずだった。
「……続行?」
大赦から届いた指示書。そこに書かれていたのは、変わらず監視を続けろということだった。
どういうことだと俺は訝しむ。バーテックス関連の情報が漏れることを危惧してか?
しかし今までの報告から、大赦もその可能性は薄いと判断していたはずだが……。
あるいはまだ、バーテックスとの戦いが終わっていないのか? ……いや、だったら彼女たちは忙しいままのはずだ。
少なくとも俺抜きの通常営業で回る程度には落ち着いているはずだし、監視している限りでは夏凜以外は特訓をしている様子もない。
……俺たちに知らされていない何かがある?
しかし仮にそうだったとして、俺に何ができるのだろうか。
大赦という組織は大きい。そんな場所が秘密にしてる情報を、ただの学生でしかない俺が盗み出せるのか?
いや、そもそもそんなことをする理由が俺にあるのか?
……そんなこと考えずに喜んでおけば、問題ないはずだ。監視が続くということは、処分する権限も俺には残ってるということだ。
東郷を殺せる可能性が残っている、それは喜ぶべきことのはずだ。
……わかっている。情が湧いてしまったのだ。彼女らと過ごす日々が楽しかったから、そんな彼女らを脅かす可能性を排除したくなってしまったのだ。
ここら辺が潮時なのかもしれない。完全に距離を置き、徐々にあの楽しかった思い出を風化させていくべきなのだろう。
監視する側とされる側に戻るだけ。きっとしばらくは辛いだろうけど、いつかは慣れる。それまでの辛抱だ。
――
勇者部の面々と距離を置くようになってからしばらく経った。幸いなことに、彼女たちの方も俺の方に関わってくることはなかった。
俺たちが共に過ごした時間はその程度だったのか、とは思わないでもなかったが、やってることは俺も変わりはしない。
それに、そのくらいであった方が、俺の方も諦めやすい。彼女たちの方から声をかけられていたら、俺もなあなあで済ませてしまっていただろうから。
加えて俺たちは今、夏休み。そもそも会う機会の方が少ないのだ。……まぁその分、監視も大変なのだが。
俺の担当は東郷であるためまだ比較的落ち着いているが、これが他の面々であれば依頼のために動き回り、かなり大変だっただろう。そちらの担当の人、お疲れ様です。
とはいえ、俺もあまり余裕ぶってる場合ではない。何やら大赦が褒美として勇者部にリゾート地を手配したらしいのだ。
そこで勇者部が合宿するから、俺も監視のために行けというお達しだ。仕事とはいえ、旅行とか全然してないのでデカい鞄とか、色々足りない。
一応、経費で落ちるらしいので、値段は気にせずとっとと買ってきてしまおう。……上手いこと言えば、水着とかも経費で落ちないだろうか。
……そんなわけでやってきたリゾート地。大赦はしっかりと俺の分まで旅館の部屋を手配してくれたので、半分旅行気分……なんてわけもなく。
監視するのだから基本的に自分が望んだ通りの場所には行けない。そしてリゾート地に来た年頃の子が行く場所といえば海。
そう、俺は一人で海に来て、遊んでるふりをしながら東郷たちを監視しなければならなかったのだ。……地獄にもほどがある。
若干げんなりとしながらも、一職員では上に苦情を言ってもどうしようもない。大人しく仕事に従事し、海辺で過ごすこと数時間。
夕暮れ時、やっとこさ訪れた休憩時間に俺はコンビニへと行っていた。
「アイス……海辺でアイス食うぐらいの、夏っぽさは味わってもいいだろ」
監視の仕事に加え、夏休みの宿題もあって友達と遊ぶ時間もろくに確保できないのだ。こういう時に夏を味わっておかなければ、灰色の夏休みになってしまう。
なんかいい場所ないかな、と適当にぶらつく。今回の休憩時間は長めだ。存分に夏を味わえる場所を探さなければ。
「……あら、止々岐くん?」
「え」
そんな風に海辺を歩いていたら、偶然にも東郷と出会ってしまった。やらかした、休憩時間だから東郷の位置を把握してなかった。
「あー……奇遇だな。旅行か?」
咄嗟に出たのはそんな言葉。何も考えずに言ったにしては、悪くない。先に答えさせている間に、誤魔化しを考えることができる。
「勇者部の皆で合宿よ。あなたこそどうしてこんなところに?」
「まぁ……ちょっと一人でゆっくりしたくてな。旅行だよ」
この程度の時間で思いつく言い訳など、これが限界だろう。一人で海に来てる理由など、そうそう思いつきはしない。
なにかありそうな雰囲気を出して、追及を避けるのが精一杯だ。まぁ実際、何かあったりはするのだが。
「同じところに旅行に来るなんて、凄い偶然もあったものね」
「いやー、はは、ほんと凄いよな……」
これ、もしかして疑われてる? ストーカーとか思われてたりする? あながち間違っていないところが問題である。
「………………」
「………………」
最近、話していなかったのもあって気まずい沈黙が訪れる。耐えきれずに、俺は買ってきたアイスをシャクリ、と一口齧った。
「……その、一つ謝りたいことがあるのよ」
「え……謝りたいこと?」
そんなもの、あっただろうか。いや、気付いてないだけというならそれまでだろうが。
それに、謝らなきゃいけないことならきっと、俺の方が多い。ここにこうしているのだって、本当は謝らなければいけないことなのだ。
「その……あなたが臨時部員を終えてから、ちょっと避けてたでしょう? それを、謝ろうと思って」
俺が内心では渋い顔をしていると、東郷がそんなことを言ってくる。それこそ、俺が謝らなければいけないことだ。俺だって避けていたんだから。
「私たち、勇者部の依頼関係でちょっと一時的にだけど、身体の調子がおかしくて。心配かけたくなくて、黙ってたのだけれど……」
……そういう理由だったのか。確かに、大赦から勇者部の夏凜を除いた四人は疲労から身体に問題が出ているというのは聞いていた。
本当のことは言えないだろうし、心配をかけないようにと俺のためなのだから、謝られなきゃいけない理由はない。自分のために避けていた俺に比べれば、よっぽど立派だ。
五人中、四人も同時になったのだ。大きな心配をかけるだろうから、黙っていようというのは別におかしな――
「でも、黙っているのは違うと思って。心配をかけても、ちゃんと言うべきだと思ったの。その、友達だし……」
待て、待て。よくよく考えたら四人も疲労で身体がおかしくなるなんて、ありえるのか?
それこそ、勇者システム側の不具合だった方がよっぽど納得がいく。
大赦も知らない、勇者システムの不具合だったのか……?
……いや、いや。違うはずだ。
「友奈ちゃんたちには、今日こうして話したことを伝えるわ。そうしたら、また前みたいに――」
「悪い、東郷。急用ができた」
残ったアイスを一気に食べ終え、東郷に断ってから駆け足でその場から駆け出す。東郷には悪いが、それどころではなかった。
東郷は、かつて鷲尾須美という名で勇者をやっていたという。その東郷は今、記憶と足を失っている。
そして今回、勇者部の面々には謎の不調が発生した。これが無関係と言えるだろうか?
監視役が存在するのだってそうだ。勇者に反逆される可能性があると言っているようなものではないか。
……多分、俺や勇者たちの知らない何かが、勇者システムにはある。まずはそれを大赦に問い詰め確認して。
「……確認して、何になるんだ?」
確認できたとして、一職員でしかない俺に何ができる? そもそも確認したところで答えてもらえるのか?
彼女たちが反逆しないように監視してる俺が、それを言うのか。
……それに、もしこれが事実だとしたら、俺の中で東郷は俺の家族を救ってくれなかった勇者から、大赦に騙されていた被害者になってしまう。
そうしたら、俺の憎しみは行き場を失ってしまうだろう。そうしたら、俺は、どうしたらいい? 俺の内にある悲しみをどうしたらいい?
そんな事実に気づいてしまえば、俺には勇者たちのために何かをすることなど、できなくなってしまった。
――
……結局、あれから俺には何かすることはできなくて。けれど仕事を投げ出すこともできなくて。
勇者部の面々から届くメッセージを無視しながらも、勇者部を監視するという日々を送っていた。
そんなどうすべきなのか、どうしたいのかもわからないまま惰性で過ごす日々に変化が訪れたのは、突然だった。
勇者部へと勇者に変身するための端末が返され、バーテックスの残党との戦いが発生したのだ。
俺も可能性がある、とは勇者部に端末が返された時期に聞いていたが、本当に戦いが起きたのには驚かざるを得なかった。
……だけど、問題はその後にあったことだった。
バーテックスとの戦闘後、友奈と東郷は先代勇者の乃木園子によって、樹海から通常の世界に戻される際に大橋へと呼び出されていた。……何故か、俺も共に。
乃木園子はどこまで知っているのかわからないが、幸いにも俺は東郷たちにバレないような位置へと呼び出されたため、問題はなかった。
しかし、そこで聞くことになったのは衝撃的な話だった。
勇者の力を増す満開、その対価。咲き誇った花は、いつか必ず散る。
劇的な力を得る代わりに、使用者は何かを永久に失う。東郷の足も、記憶も。勇者部の皆の不調も、それが原因だったというのだ。
……あまりにも、酷い話だ。
東郷と友奈が、大赦の人間に連れられて去っていく。俺は隠れてそれを見送りながら、問いかけた。
「俺がこうしてここにいても何も言われないのは、あんたの指示なのか?」
「そうだよ。大赦の人は、私が言えばある程度は聞いてくれるからね」
そんな彼女が言っても、今日この日まで東郷たちに会えなかったということは、よっぽど隠しておきたかった事実なんだろう。
わざわざ監視役なんてものをつけていた理由も、これでわかった。
「初めまして、君が止々岐逸花くんなんだね」
「……どーも」
どうやら、相手は俺のことを知っているようだった。……俺があげていた報告は、もしかしたら彼女にも読まれていたのかもしれない。
「それで? 先代勇者さんは俺に何の用だ? あんな話を聞かせてどうしようっていうんだ?」
「ねぇ、止々岐くん」
俺の問いを無視して、彼女はじっとこちらを見つめてくる。その瞳には不思議な力があって、思わず言葉に詰まってしまう。
そんな風に俺が二の句を継げずにいると、次の瞬間、彼女はあまりにも予想外なことを口にした。
「――今なら、私を殺せるよ」
「は」
今、彼女は何と言った。あまりにも当たり前のように、放たれた言葉に、俺は思考が追い付かない。
「私、こんな身体だから。端末を奪えば簡単に殺せちゃうよ」
「なに、を」
「……君の家族を守れなかったのは、ごめんなさい。私たちの力不足が原因なのは、確かだから。だから、君が私を殺すっていうなら、私は受け入れるよ」
「………………」
「でもできれば、私だけにして欲しいかな。わっしーは、殺さないでくれると嬉しい」
何を、当たり前の顔をして言ってるのか。殺されてもいいなど、何故彼女が言うのか。
俺には彼女がそんなことを言ってしまうのが……何故だか、不思議と許せなかった。
「殺すわけ、ないだろ」
「どうして? 私たちが強ければ、あなたの家族は死ななかったのに」
「悪いのはバーテックスだろっ。俺の家族が死ぬことになったのも、あんたらがそんな状態になってるのも! 元々は全部、バーテックスが原因じゃないか!!」
分かっていた。そうだ、分かっていたのだ。結局東郷を憎んでいたのだって、逃げでしかなかったのだ。
だからこそ、俺は殺せる立場にいるだけで満足し、一度だって本気で殺そうとはしなかったのだから。
「それに、あんたが死んだら悲しむやつがいる! 俺は、俺のような悲しみを背負ったやつをこれ以上生み出したくない! もっとお前の死を悲しんでくれるやつのことを考えろよ! 死ぬことを、簡単に受け入れないでくれッ……!」
言葉にしてから、気付く。そうだ、俺は大切な人を失った時の悲しみを知っている。だから、死を受け入れたような顔をする彼女が、どうしても許せなかったのだ。
そして、だから俺は東郷が殺せなかったのだ。東郷を殺すことで、悲しむ人がいるのを知っていたから。
「……わっしーに忘れられた私に、悲しんでくれる人なんかいるのかなぁ」
「……いるさ。少なくとも俺は、こうして話したお前が死んだらそれなりに悲しいし……」
それに、と彼女と話していた東郷の顔を思い出す。
「例え覚えていなくても、大切だった人が死んじゃったら……きっと悲しい。思い出せなくても、繋がったままの心が悲しむんだ。それで、ちゃんと思い出せないことが、もっと悲しくさせる」
記憶になくたって、心は覚えてる。だから東郷は、さっき泣いてたんだ。思い出せないのが、どうしようもない程に悲しくて。
死に別れるのすら悲しいのに……死んだ相手のことを思い出すこともできないというのは、どれだけ悲しいのだろう。だからきっと、そんなことあっちゃいけないのだ。
「だから、俺には君を殺すことなんてできない」
「……じゃあわっしーは? 憎いんでしょ?」
……どうして、彼女はここまで知っているのだろう。疑問には思ったが、今は考えないでおく。
今俺がすべきなのは、俺自身の想いに折り合いをつけることだ。きっと今が、結論を出すべき時なのだろう。
「……なぁ、ずっと消えない悲しみはどうやって消したらいいんだろうな」
ずっと抱え続けていた疑問。向き合わずに、逃げて、八つ当たりするしかできなかった感情。
ふと、零れるように俺の口からは問いかけが漏れていた。
「私は、ずっと抱えていくしかないと思ってるんだ」
そんな俺の問いかけに、彼女はどこか遠くを見つめながら答える。
「どうしようもない悲しみは、誰かを憎んだって決して消えなくて。いつか溶けて自分自身と一つになるまで、ずっと大事に抱え込むしかないんじゃないかな……」
……彼女もまた、かつて大切な人を失った経験を持つ。その言葉は、彼女自身がその悲しみと向き合ってきて見つけたものなのだろう。
「それは……凄く、難しいな」
「うん。私ですら、まだ抱えたままだからね」
長い、長い道のりなのだろう。けれどそれを分かった上で悲しみと向き合い続けてきた彼女は、きっととても強いのだろう。
……俺に、それができるのだろうか。ずっと向き合い方がわからなくて、逃げ続けてきた俺に。
「できるよ」
まるで俺の思考を見透かしたかのように彼女は言う。
「すぐには無理かもしれない。だけど、悲しみに振り回されずに、自分と同じ悲しみを味わう人が生まれないようにって、他の誰かを思いやれた君ならいつか必ず向き合える」
本当だろうか。自信はない。
けれど、同じ悲しみと向き合ってきた彼女がそう言ってくれるなら、できるような気がした。
「……なぁ、スマホ、あるか?」
突然の問いに戸惑いながら実際に自分のスマホを見せて答える彼女から、半ば強引にスマホ奪うようにして借りる。
それから手早く操作して、すぐに彼女へスマホを返す。
「えっと……?」
「連絡先、登録しといた。暇なときにでも、俺を呼び出せ。……君が死んだ時に、俺がちゃんと悲しめるように」
大切な人が死んで悲しいのは、とても辛いことだ。だけど、死んだ時に悲しんでくれる誰かがいることは、きっと大切なことだから。
だから俺がちゃんと悲しめるように、彼女が死んでしまったとしても、できるだけ多くの人が悲しんでくれるように。
そして、多くの人を悲しませないように、彼女が死にたくないと思ってくれるように。
……そう、思える程度には、自分の悲しみと向き合えたから。
「……そっか。うん、ありがとう」
「どういたしまして。そんで、よろしく」
今日、俺に新しい大切な人ができた。
だから、次はもう既に大切な人になった人たちと、ちゃんと向き合おう。