あれから俺は、大赦内を探ることにした。
本当はちゃんと謝って、勇者部の皆に正直に話したかったのだが……それをすれば、多分俺は監視役から外される。
というか、多分大赦と縁を切ることになる。そうなれば、大赦内を探ることはできなくなるだろう。
乃木園子という伝手はできたが……あまり彼女は頼りたくない。ああ言った手前、そういう話ばかりするのは違うだろう。
やるべきこと、やりたいこと。俺にできること。
悲しみを晴らすためにじゃなくて、もう悲しまないために。誰も悲しまないように。
考えた末の答えが大赦への情報収集だ。大丈夫、大赦といってもそれを構成するのは人間だ。
上層部に関しては若干キマってんのかってくらい、神樹信仰が強いが、ある程度下の立場の人間であれば、必ずしもそうじゃない。
情報を抜ける相手もいる。それを考慮すると、まだ俺は大赦内でできることをすべきだ。
そうして駆け回ること数週間。とりあえず情報を漁った限り、現状の勇者にマイナスになることは少なかった。
……過去、大赦がやってきたことに関しては思うところがあったが。結果として世界が守られている以上、文句を言う権利は俺にはない。言えるとしたら、勇者たちだけだ。
現状、問題になるとすれば四国の外の状況だ。……流石に四国以外は既に滅び、バーテックスの世界と化しているなどという情報は、洒落にならない。
こんな情報が流れれば、パニックになってもおかしくない。情報規制はわかる。しかし勇者に伝えないのは……まぁ分からなくもないが、バレた時がリスキー過ぎる。
ましてや、バーテックスは再生して何度でも襲撃してくる? 終わりのない戦いに騙して放り込むなど、正気の沙汰とは思えない。
理屈の上では正しいかもしれないが、少なくとも人間の心を無視し過ぎている。だからこその監視役だったのかもしれないが……今更ながらに、それに加担していた事実が癪だった。
さて、ここまで情報を集めたわけだが……これだけの情報、どう扱うかが問題だ。いきなりこれを伝えたとして、勇者たちが耐えられるだろうか。
いつかは立ち直るかもしれない。だが、今は心折れるか、最悪凶行に出るかもしれない。
かと言って、黙ったままというのは大赦とやってることが変わらない。
……必要なのは、情報を共有して、その上でどうするべきか、何ができるかを皆で考えることだ。できれば、大赦も巻き込んで。
皆で協力して、最善を探さなければならない。だからまず、冷静に話を聞けそうな相手から、一人ずつ話していくべきだろう。
一先ず、俺の中での方針は決まった。あとは一応、他人へも相談はした方がいい。一人で勝手に進めても、あまりいい結果にはならないものだ。……こないだまでの俺が、それこそうである。
だから軽い雑談もついでにするつもりで、園子へと電話をかける。あの身体でどうやって応対してるかは不思議だが、大赦の人間でも使ってるのか、意外と園子は電話なら対応してくれるのだった。
何故かチャットにも結構反応するし……まさかあいつ、軽率に変身してる……? いや、まさか自分の身体がそんなことになった原因を、そう簡単には使わないだろう。きっと親しい大赦職員でもいるに違いない。
そんな、呑気なことを考えていたのがいけなかったのかもしれない。
園子からの話を聞いて、俺は走り出す。同時、園子から大赦に足を用意するようにも、伝えてもらう。
マズいことになった。どうやら先ほど、東郷と園子が会っていたらしい。いや、それ自体は別にいい。友だち同士が会うことに問題なんてありはしない。
じゃあ何がマズいのかと言えば、園子が四国の外の話を東郷にしてしまったことだ。その上で東郷がどういう結末を選んでも、東郷の味方をすると言ったらしい。
正直、何言ってんだという気分はあった。俺に対してもそうだったが、園子は覚悟が決まり過ぎている。この人の出した答えなら受け入れるなど、言わないで欲しい。
東郷が四国の外を見て、何をするなんて想像できるはずだ。それは、園子たち自身の積み重ねを崩すことに繋がるだろう。それを良しとするなど……後で文句を言わねばなるまい。
どういう考えのもとで、どんな答えを出そうが園子の勝手だ。それはそれとして、俺が嫌だから文句は言う。それだけの話。
そして園子が思った通りにしたというなら、俺も俺が思った通りにしよう。
園子が言って大赦に用意させた足と合流する。目指す先は四国を囲む壁。バーテックスから四国を守る結界のもとだ。
――駆け付けた先、四国を守る壁の上に、東郷はいた。大赦が壁へのアクセスのための経路を確保していてくれて助かった。
あるいは、いつかこんな日が来ることも想定していたのかもしれない。大赦がやっているのは、その可能性が十分あることなのだから。
「……結界を壊す気か? 東郷」
結界に武器を向ける東郷へ声をかける。
俺にはわからないが、この結界の向こうには、俺では出ただけで死ぬ可能性のある世界が広がっているのだろう。そしてそれを、東郷は見てしまった。
……驚いた顔でこちらを見る東郷の目は、覚悟と……そして絶望で満ちていた。
「止々岐くん……? どうして……」
「どうして俺がここにいるかって? そりゃオメーを止めに来たに決まってんだろ」
東郷の瞳が戸惑いに揺れる。しかしすぐにあることに気づいたのか、険しい顔となって俺の方を見てきた。
東郷の頭は決して悪くない。気づいて当然、覚悟していたことではあった。
「止めに来た、ということは止々岐くんは結界の外の真実を知ってるのね?」
「………………」
「あなたは、何? ただの学生じゃないの?」
……わかっていたことだった。このタイミングで止めに来たなどと言えば、そりゃ疑問に思われるだろう、一般人が知らないはずのことをどうして知っているのかと。
これじゃあ大赦と変わらないなと苦笑する。必要だからと黙っておき、バレたことで痛い目を見る。どうやら俺もすっかり大赦のやり方に染まっていたらしい。
俺のミスだ。だけど今それを気にしたってしょうがない。今、できることをするしかない。
「……俺は大赦の人間だよ」
東郷の顔が歪む。そりゃそうだ、こうなった原因の組織に仲良くなった友達が所属してるとなればそりゃそうもなる。
俺のせいで友達にそんな顔をさせている。それはしっかりと理解して、覚えとかなきゃいけない。それは俺の責任だ、全てが落ち着いたあとに謝るべきだろう。
だけど今はそこは重要じゃない。考えるのはあとだ。
「加えてこの間園子と友達になったからな、あいつから聞いたり、色々と調べたよ。直接外は見てないけどな。だから、全部知ってる」
深呼吸。これを言えば、俺は嫌われる可能性だってある。だけど嫌われることよりも黙っていることの方が嫌だから。正直に、覚悟をもって。
「――俺は、大赦から派遣されたお前の監視役だ。お前が監視される理由は、もうわかるな?」
東郷が驚き、それからどこか悲し気で、けれど怒りの表情になる。ごめん、心の底からそう思う。
だけどちゃんと謝りたいからこそ、謝れる機会のある平和な世界を保つために、今は東郷を止めることを優先しなければ。
「私が失った記憶に気づいたりする可能性があって、最も不安定になりやすかったから……」
「そうだ。だから俺はお前たちの監視として近づいて……それで絆された」
我ながら笑える話だ。憎んだ相手を復讐のため監視し、近づいた結果、絆されて大切に思うようになったなど、笑うしかない。
だけどそれでいい。悲しみ続けるより、笑えた方がよっぽどいいのだ。
「俺は、お前らと過ごした時間が楽しかった。また楽しい時間を過ごしたいと思ってる。だから東郷……俺からこの世界を奪わないでくれ」
それが俺の正直な言葉だった。東郷に世界を滅ぼさせたくないとか、皆に死んでほしくないとか色んな思いはあったけれど。
どこまでも自分本位なこれが、俺の一番強い思いだった。
……俺には、東郷の絶望はわからない。俺は昔のことを覚えてるし、直接戦ってきたわけでもないから。
だから今の俺には東郷の絶望を拭ってやることはできない。俺にできるのは、俺たちの過ごしてきた日々が、東郷にとっても価値あるものだと信じるだけ。
「……私も、勇者部の皆で過ごした日々は大切よ」
「だったら――」
言葉が届いた。一瞬、そう思った。しかし、それは間違いであったと、決意に満ちた東郷の顔と、放たれた言葉に思い知らされた。
「だからこそ! その大切な人々が苦しみ続けるのは嫌なの!!」
「東郷――」
大切だからこそ。東郷が勇者部の皆を大切に思っていないわけがなかったのだ。
俺が失敗したと気づいた時には既に遅い。壁を破壊するために放たれた一撃、その余波で俺の身体は吹き飛び、樹海化していく地面に俺は叩きつけられ――
――
「――ぅあ」
痛みと共に目が覚める。どうやら叩きつけられて意識が飛んでいたらしい。
あれからどれだけ経ったのだろう。……少なくともこうして俺が生きているということは、世界はまだ滅びていないはずだ。
樹海化が保たれているということは、神樹もまだ折れてない。まだ間に合う。
「東郷を、止めなきゃ」
バーテックスに関しては勇者たちが止めてくれるはずだ。それに、もとより俺にバーテックスと戦う力はない。俺は、俺にできることを、やりたいことをするだけだ。
痛む身体を引きずるようにして樹海化した世界を進む。
落ちた時の衝撃で端末は壊れた。東郷の場所に宛てはない。もし居場所がわかったとしても、そこまで辿り着く手段があるかもわからない。
それでも、俺には立ち止まることはできなかった。やっと素直に認められた大切なものを、失いたくなかったから。東郷に、あんな顔をさせたくなかったから。
だから、俺は止まるわけにはいかなかった。
……そうして、歩き続けた先で、俺は友奈と出会った。
「友奈……」
「……え、あれ、逸花くん!? どうして!?」
驚いた顔で、慌てだす友奈。……そうか、東郷から俺のことは聞いてないのか。
言ってないのか、はたまた言う機会すらなかったのか。どちらかは分からないが、しかし今はそんなことを話している場合ではない。
「悪い。事情は後で話す。今は、東郷を止めなきゃ」
「あ……それも、知ってるんだね」
「おう。バーテックスも、結界の外ものことも。お前らのことも知ってる。……今の状況が、東郷のせいであることも」
そしてまた、同時に俺のせいであることも、分かっていた。あとで謝らなければいけないことが山積みだ。
「色々気になるけど……まずは、東郷さんを止めなきゃだね。……夏凜ちゃんに、発破かけられちゃったし」
友奈が視線をやった方を、俺も見る。……そこには、静かに横たわる夏凜がいた。
寝ている……のだろうか。俺たちの会話に反応することもなく目を閉じている。友奈の反応を見る限り、死んではいないようだが。
「それじゃあ、逸花くんはここで待ってて。全部終らせてくるから――」
「待ってくれ!」
変身して飛び出そうとする友奈の腕を掴んで止める。
……きっと、友奈を一人行かせても、東郷は止められるんだろう。友奈の言葉なら東郷に届くはずだ。
「俺も、連れて行ってくれ」
だけど、それじゃあ俺が納得できなかった。東郷に言わなきゃいけないことがある。俺にも責任の一端がある。
どの理由を挙げても、俺じゃなきゃいけない理由はどこにもない。けど、俺が行きたい理由なら、いくらでもあった。
「……危険だよ?」
「わかってる。それでもだ」
俺の覚悟が既に伝わってるのか、友奈からの問いかけは短いものだった。それに俺は間髪入れずに頷く。
そんな俺を見た友奈は、仕方ないなと言わんばかりに苦笑して、俺に背を向けた。
「……しっかり掴まってて」
「おう」
友奈の首元に手を回し、しがみつく。邪魔にならないように、だけど変身前にどこを掴めばいいのだろう、と少しだけ悩んだ。
「それじゃあ、行くよ!」
変身と同時に、友奈が飛び出す。凄い勢いと共に、景色が流れていく。
通常、生身で味わうことのない速度。これが勇者たちが見ている世界かと驚くと同時、これだけの力が必要なバーテックスに恐怖した。
「……え」
……その直後、目の前に広がる巨大な火球。俺は慌てて、勇者の服は防具を兼ねていると聞いていたので、頑丈さを信じて襟の一部を握り込んだ。
火球を前にし、拳を振りかぶる友奈。まさか、と思うがもう遅い。そのまま友奈は正面から火球と相対し。
火球を、殴り飛ばした。全力で友奈へとしがみつき、何とか吹き飛ばないようにする。そりゃ、神樹に当たったら洒落にならないし、仕方ないのだろうけども。
こちとら普通の人間である。我ながらよくあれで生き延びたものだ。正直、死んだと思った。
「――ごめんなさい、風先輩。遅刻しちゃいました」
「オメーその前に謝るべき相手いるやろがァ! 普通に死んだと思ったからな!?」
「危険だよ、って言ったでしょ?」
「問答無用で俺乗せて戦うとか思ってないわ!!」
友奈の背中で文句を言う俺に、風先輩が目を点にする。ごめんなさいね、緊張感なくて。でもあれ、文句を言わざるを得ないと思うの。
「友奈に……止々岐?」
風先輩の言葉に、サムズアップを友奈と共に返す。詳しいことを話してる時間はない。俺たちは、東郷を止めなければ。
友奈と共に、空へと視線を向ける。そこには、浮遊する大型ユニットに乗った、東郷の姿があった。
あれは確か、東郷の満開した姿だったはずだ。……満開してまで世界を滅ぼそうとしているのか、東郷は。本気で、皆のために世界を滅ぼしたいんだな。
……だけど。だとしても。
「友奈、頼む! 俺を東郷の元へ!!」
「任せて! 必ず東郷さんを止めよう!!」
俺は、俺たちはそれを認めることができない。だから友奈と共に飛び立つ。
巨大なバーテックスから放たれる攻撃。加えて、東郷からも攻撃が飛んでくる。それを避けながら俺たちは進む。一発でも当たれば友奈はともかく、俺は死ぬ。
……怖い。怖いけど、それでも貫きたい思いがあるから、怖さを堪えて、友奈を信じて、俺は友奈にしがみつき続ける。
「ッ、友奈! 東郷とバーテックス、両方相手にしてたらキリがない!」
「だけどバーテックスを放っておいたら世界が危ないし、東郷さんを放っておくこともできない!」
「わかってる! だから、俺を投げろ!!」
迷いは、一瞬。即座に判断を下した友奈は、俺を東郷に向かって放りなげる。
敵の攻撃の隙間を縫って投げられる俺。当たったら死ぬ。だけど、友奈はしっかりと、俺を東郷のもとへと送り届けてくれた。
「歯ァ食いしばれ東郷ォ!!」
到着と同時、勢いのままに東郷の頬に拳を叩きつける。相手が女とか、知ったこっちゃねぇ。俺はこいつを殴らなきゃ気が済まない。
「今のは俺の分! そんでこれは、俺の家族の分ッ!!」
大型ユニットの上に倒れ込んだ東郷の胸倉を掴み、再度拳を振るう。
「あと園子の分に、三ノ輪銀とかいうやつの分!!」
二度、三度。問答無用で殴る。相手は勇者だ、生身の俺じゃきっとダメージなんて通ってない。
「それから部長さんの分と、樹ちゃんに夏凜の分もだ!!」
けれど、その心には響くと信じて、俺は東郷を全力で殴る。
「あと……なんかもう、四国皆の分もくらっとけェ!!」
最後に一発、全力で拳を振るう。
「……はぁ……はぁ……」
今までほとんど殴ったことなんてなかったため、息が切れる。拳を振るうというのは、こんなにも大変で……こんなにも、心が痛むものだったのか。
「おい……東郷……よく聞きやがれ……」
東郷を引き寄せ、ぶつかりそうなほど顔を寄せる。目の前には、東郷の瞳があって、それは未だに絶望と覚悟に染まっていた。
それが俺には、どうしようもなくムカついて、俺は勢いのままに言葉を吐き出す。
「――誰が、いつ、苦しいから殺してくれなんて言った!!」
倒れ伏した部長さんを、樹ちゃんを、夏凜を。未だにバーテックスと戦う友奈を見る。
誰も望んじゃいない。誰も生きることを諦めちゃいない。
「誰も頼んでない!! 誰一人、死ぬことを望んでない!! それともなんだ、犠牲の上に成り立つ世界なんて滅んでしまえとでも思ったか!?」
犠牲があってようやく成り立つ世界。ああ、そりゃ間違っているだろう。俺だって、間違ってると吐き捨てる。
だけど、だからって、滅ぼしていいわけがない。
「違うだろ! 間違った世界だから、正さなきゃいけないんだ! 犠牲を無駄にしないために、もう犠牲を出さなくていい方法を探さなきゃいけないんだ!! お前の友達の、三ノ輪銀の死も無駄にするつもりか!?」
大切な人の犠牲に成り立つ世界だからこそ、その死を無駄にしないために、もう二度と大切な人を犠牲にしないで済む世界を世界を作らなきゃいけない。
綺麗事だ、理想論だ。けれど綺麗事も理想論も口にしなきゃ手に入ることはない。
「……でも……だけど……」
だがそれじゃ東郷は止まらない。そんな正論で止まるんだったら、こんなことになってない。
だから引き出さなきゃいけない。東郷の奥底にある、表向きの理由じゃない、一番の恐怖を。
「――だけど、全部忘れちゃうのよ!! もうその犠牲になった人のことすら思い出せない!! 大切な人のことを忘れてまで、生きていたい世界なんてないのよ……!!」
東郷が涙を流し、目をつぶって悲壮な声を上げる。
……そうだ、その声を聞きたかったのだ。東郷が最も恐れること。大切な人のためとかじゃなくて、東郷が東郷自身のために行動を起こした理由。
俺はこの手で、友達の、大切な人のその恐怖を、嘆きを拭い去りたかったのだ。
だから、叫ぶ。俺だからできる方法で、俺の大切な人のために。
東郷の額に俺の額を叩きつけて、はっきりとこちらを見させる。東郷の目を見て、俺の覚悟が伝わるように、俺の言葉が届くように。
「俺は観測者だ!! 今まで通り、俺がお前らの傍にいて全部見ていてやる!! もしかしたら友奈のことも、俺のことも忘れちまうかもしれない!! でも俺が、覚えてるから!!」
だって俺は勇者じゃないから。俺には戦う力はない。満開も、散華もない。だから、俺は覚えてることができる。
「忘れちまったら、俺が何度だって教えてやる!! 楽しかったことも、悲しかったことも!! 全部全部、教えてやるさ!! そんでもって、また友達になるんだ!!」
忘れてしまうことは、悲しいかもしれない。だけどまた友達になって、楽しい思い出で満たしていこう。
そして楽しい思い出で悲しみを包み込んで、それが溶けて当たり前になるまで抱え続けるのだ。
「東郷が友奈を忘れたら、俺が友奈のことを教えてやる!! 友奈が東郷のことを忘れたら、俺が東郷のことを教えてやる!! 二人とも忘れちまったら、俺が全部教えて、二人を引き合わせてまた友達にしてやるから!!」
だから……だから。
「頼むから、もう俺から大切な人を奪わないでくれ……。皆で笑い合える世界を、未来を奪わないでくれよ……!」
もう大切な人を失う悲しみを味わいたくないから。大切な人を失う悲しみを味わって欲しくないから。……大切な人を殺すなんて悲しみを、味わって欲しくないから。
俺は、懇願するように東郷に縋り付く。
……結局、どれも俺のためなのだ。俺が失いたくないから。俺が大切な人の悲しみを消してやりたいから。
俺も自身のエゴという点では、東郷と何も変わらない。これは、俺のエゴと、東郷のエゴ。どちらがエゴを押し通すのかという話。
「――東郷さん! 私、東郷さんのこと忘れないから!!」
バーテックスと戦いながら、友奈が叫ぶ。
「東郷さんが私を忘れても、私が覚えてるから! 私が忘れちゃったら、逸花くんに全部教えてもらうから! 私も東郷さんも忘れちゃったら、その時はまた友達になろう!」
友奈の満開による拳が、バーテックスを押し返す。
「――だから私たちは、これからもずっと友達だ!!」
「……友奈、ちゃん」
目を閉じ、噛み締めるように呟いた東郷。
……次に目を開いた時には、決意と共に、希望に満ちた目となっていた。
何だか、結局美味しいところは友奈に持っていかれた気がする。東郷の悲しみを払うのに必要だったのは、一番の友達の言葉だったわけだ。
「……ありがとう、止々岐くん。目が覚めたわ」
「別に、俺が失いたくなかっただけだよ、情けないことにな」
俺が苦笑すれば、東郷からも苦笑が返ってくる。……これで、仲直り。あとはバーテックスを倒せば全部解決だ。
「それはそれとして、乙女の顔を何度も殴ったのは許さないから」
「えっ」
解決しないかもしれない。
「今から地上に降ろすわ。止々岐くんは適当な場所に隠れてて。……あなたに死なれたら、覚えててくれる人がいなくなっちゃう」
「……わかった。何が何でも生き延びてやる。だから必ず帰って来いよ」
「安心して、勇者は死ねないわ」
そのことを笑って言えるなら、きっともう一安心だ。だから俺は東郷に連れられて、樹海の適当な場所へと降ろされる。
そして、観測者としてまるで小さな太陽と化したバーテックスに挑む東郷たちの背中を見送った。
――
「ちぃーっす」
引き戸を開けながら、雑な挨拶をする。もうここに来るのも何度目かわからない。慣れてくれば当然、人間気は抜けるものだ。
「遅いわよー、止々岐部員ー」
「すいません、文芸部の方にも顔出してたんで……」
全てが終わったあと、俺は文芸部との掛け持ちではあるが勇者部へと正式入部した。
全部覚えていると豪語したのだ、ちゃんと彼女たちと過ごして記録するために必要なことだった。
……あれから色々あった。バーテックスを倒せたはいいが、友奈が目覚めなかったり、それを解決するために色々駆けまわったり。
だけどまぁそれも当時ならともかく、今ではどうでいいことだ。
「あら、勇者部よりも文芸部を取ったのね。あれだけのことを言っておいて……」
「はぁ? 仕方ないだろ、元々はあっちにいたんだから、迷惑はかけないようにしないといけないだろうが」
「うぅ、もし今度記憶が消えてしまったら、さっきまで友奈ちゃんと話してた記憶は永遠に失われたままなのね……」
「こ、こいつ……!」
こうして皆で笑い合える、大切な日常が返ってきたならそれでいい。
散華したはずの箇所も皆ちゃんと治っているし、それに伴い、園子もうちの学校へ転入してくることになった。これはサプライズなので、まだ皆には内緒だ。
唯一の問題点は、なんかあれ以降、東郷が大分いい性格するようになったことくらい。思いっきり殴った腹いせだろうか。まぁ代わりに俺も今後容赦しないので問題ない。
……まだ悲しみは消えない。だけど、大切な人と過ごす、楽しい毎日があるから。その楽しさで悲しみを包み、抱えたまま生きて行こう。
大切な人と過ごす、大切な日々をしっかりと記憶しながら。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
細かい話は、ゆゆゆ杯終了後投稿予定のあとがきにて。