笑わない彼にもどうか幸運を。 スマイルプリキュア!   作:新生ブラックジョン

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お久し振りです。m(__)m
そして、又来年・・・・・・!?(゜ロ゜;ノ)ノ


11 修学旅行騒動記 ―京都―

駅のホームから新幹線に乗り、暫くして車窓から視線だけを外すと周りを見た。この日の一部車両は貸し切り状態。ワイワイ、ガヤガヤ・・・・・・多分、そこに居るクラスメートは普段にも増して騒がしい。今、俺達はかの京都に向けて移動していた。今日、七色ヶ丘中学二学年は晴れて待ちに待った二泊三日の修学旅行初日を迎えた。

「いっぱい写真撮ろうね!」

「うち抹茶ソフトが楽しみやぁ!後、湯豆腐も食べたいわぁ♪」

「食べよ食べよ!」

「私、舞妓さんと一緒に写真撮りたいな」

「撮ろう撮ろう!」

―――で、この年一の学校行事に大盛り上がりしてる奴は隣にも。今日の旅行に対する願望を述べる日野や黄瀬のその言葉に星空さんはイチイチ大袈裟な反応をする。青木はそんな彼女の事をらしく窘め、緑川は例のチョコにコーティングされた細長いクッキー菓子を口へと挿し込んだ。そいつを一気に食い尽くした彼女は、今度は自分の鞄を漁り始めた。

「ありがとう!私もお菓子持ってきたから食べて♪・・・・・・キャンディ?!」

「美味しかったクル」

膝に乗せた鞄の中を覗き込み、絶叫する彼女。そこには膨れ上がった腹を満足そうに擦る現実とは思えない妖精の存在。キャンディの奴、どうやら星空さんのお菓子を綺麗に全部平らげたんだな。

「―――ニコッ。今日は私、怒らないもーん。何故かって?それは私がウルトラハッピーだからです!そして何故ウルトラハッピーかと言えば・・・・・・これからスッゴく素敵な旅が始まるからでーす!!」

うわぁ、スッゴいね。何か独りでに説明口調始めちゃったよ、怖い。星空さんの奴め、今日は何時にも増して鬱陶しい。

「星空さん。車内で騒がない」

「怒られてやんの」

そんな中で極めて冷静なのはこの俺くらいのもので。因みに周りの雰囲気に染まらない自分が格好いいとかこれっぽっちも思っちゃいない。

「真澄君、今日一日よろしくね!これから楽しみだね!」

「全く懲りない奴だなぁ。静かにしてろよ」

「たっくさん思いで作ろうね♪あーもう楽しみ~!」

「聞けよ」

ハイハイいい加減落ち着けよ、そして絡むなよ。うわぁ、しんどいってそーゆーのは。はしゃぐなら1人でやれよ。どうせこんな旅行、疲れるだけで意味なんか無い。

 

 

 

 

「おー、高ーい!あれが“通天閣”かぁ」

「ちげーよ」

「あれ、そうだっけ」

「京都タワーよ、みゆきさん」

そして到着。ここはまごうことなきかの京都。バカ騒ぎが続いた車内から降り立つと駅構内の喧騒に移り、新幹線を降りた俺達は駅前のバスロータリーへ荷物を引きずった。生徒全員が揃うのを見計らい、引率の先生達の口から注意事項などが告げられる。さて、こっから更にバスで団体行動に於ける最初の目的地へ向かう。周辺を見て回る時間が設けられるのだが、俺達が最初に訪れたのは―――

「うわぁ!金閣寺だぁ!」

「お寺の正式な名前は鹿苑寺と言うんですよ」

京都旅行でも定番中の定番。池に佇む金箔に彩られたそれは余りに有名。因みに銀閣寺はどうかと言うと決して銀箔なんてことは無い。まぁ常識だ。

「あれって本物の金やろ?・・・幾らかかったんかなぁ」

「1985年から87年に掛けてのお色直しで約二十万枚の金箔を使いました。かかった費用は、七億円以上です」

日野の実に率直であるそんな疑問にもまるでお手本の様な完璧な答えが返ってくる。

「れいか、どんだけ予習してきたの!」

「・・・え。楽しみでしたから、つい」

緑川が思わず尋ねる。あの青木さえ浮かれさせるとは修学旅行、なんて恐ろしい子!・・・・・・いや、ホントにその浮かれ具合は解らないね。

「あー!鯉が居る!」

「本当クルー?」

「うん、ほら―――って!キャンディ?!」

「キャンディだけなんて、バスでお留守番なんて嫌クルー!!」

「修学旅行なんだからしょうがないでしょ!」

「ちょっと、見られちゃうよ・・・!」

置いてきた筈の妖精が着いてきてしまったものだからみんな面食らった。バスで大人しくしている筈のキャンディは置いてけぼり・・・留守番が嫌だったらしい。心配そうな黄瀬の言葉を余所に大慌てでキャンディを隠そうとするが、しかしそれ故に周りの注目を集める事態が勃発する。

 

 

 

ドッボーーーンッ!!

 

 

 

池を囲う柵から星空さんが身を乗り出す様にして落っこちる。・・・あーあ、やっちゃった。砂利で滑ったんだろうけど、本当にあっという間の出来事で誰も助けられなかった。

 

「いきますよー」

 

同行していたカメラマンが金閣寺をバッグにシャッターを切る。クラスの記念撮影―――但し、それは決して残したくない思い出の一枚となった。

「・・・くそ。ずぶ濡れになっちまった」

「そうだねぇ。アハハハ」

池に落ちる寸前の僅かにあの瞬間、俺は星空さんの手を咄嗟に掴んでいた。その結果、2人仲良く鯉が泳ぐ中へ落っこちたという訳である。何が悲しくて遥々やって来た修学旅行先でこんな目に遇うのか。水浸しの制服が乾ききるまでの間、俺も星空さんもジャージで今日一日を過ごす事になった。そして今は不動堂という場所の境内に居る。何でも皆しておみくじを引こうという流れになっているらしい。

「真澄はやらないの?」

「何でだよ。・・・て、お前らとは違う班だし」

「そう言えば。あれ、一緒の男子達は?」

そう、実を言えば星空さん達とは全く違う班だった。ギリギリになって新幹線に飛び乗ったまでは良かったが、誰と当日に行動するかとか全然決めていなかった為にその場で先生が無理やり男子の班の一つに俺を放り込んだのだ。

「ひょっとして、はぐれちゃったの?」

「それは困りましたね」

「いや、向こうに居る」

「なーなー、おみくじやらんの?」

緑川や青木と話している所に日野が誘いにやって来る。俺は1人でベンチに座り、同じ班の男子達が予定の確認をし合う姿を離れて眺めた。多分そのうち呼びに来るだろうと腰を落ち着ける。

「真澄もやらへん?」

「興味無い」

「なんでや、いけずぅ。やったらえぇやん別に」

「何がいけずだよ。やだよ、どーでもいいんだよ」

「ははーん。さては自信ないんやな」

「は」

「やった!大吉!」

やり取りの真っ最中に黄瀬の奴が小さくガッツポーズする。続いて青木も同じく、で、緑川は中吉らしい。

「末吉って良いの?悪いの?どっちなん」

「微妙だな。中途半端っつーか、お前らしいよ」

「自分、何やねん偉そうに。あんたにウチの何が解るっちゅーねん。そんなに言うんやったら真澄もやってみぃ!」

「やだね」

「ははーん。さ・て・は、これはウチに負けるんが怖いんやなー」

「こんな物に勝ち負けなんてねぇし。負けるも何も」

「フーン」

「・・・・・・」

無論、あからさまに見え透いたこの挑発に乗るのは本望では無かった。―――ただ、とはいえ。取り敢えずこの関西弁女を黙らせるに足りるならばと俺は財布を取り出した。まぁ、おみくじに払う額は大したものにはならない訳だし。

「小吉」

「なぬっ」

「まー大したことないよな。でもこれは俺の勝ちで決まりだな?“末吉”さんよぉ」

「・・・うぁぁ!何やねん!その顔止めぇい!ちゅーか、こういうんは勝ちとか負けとかちゃうしっ。大体、小吉で威張るのなんて自分アホちゃうの」

お前が言い出したんだろうが。フン、まぁアホでも何でも勝敗は決したのだ。因みに、小吉だから大した事は書いてなかった。強いて言うなら“誤解を招きやすい”ぐらいだろうか、何が招きやすいのかさっぱりだが。

「みゆきちゃんは?」

「フフフーン♪大吉に決まってるよ、大吉に~」

星空さんは偉く自信があるらしい。小さく折り畳まれたそれを鼻歌交じりでニコニコしながら開いていく。自信満々、盛大かつ声高らかに結果発表である。

「ほら!見てーーー!!」

 

 

 

 

“大凶”

 

 

 

 

それはそれは高く掲げたおみくじの紙、そこにはまごうことなき“大”と“凶”の二文字が。そうだ、これは“ダイキョウ”だ。しっかし、なんてインパクトの強い字体なんだ。思わず息を飲む。

「足元、持ち物、食べ物注意・・・って不吉のオンパレードやなぁ」

日野もそれらを読み上げる声が心なしかひきつる。成る程、これ全部がこれから自分の身に降り掛かると思えば決していい気はしない。

 

「だって、修学旅行だし。スッゴい楽しみにしてたし。大吉意外、あり得ないし・・・・・・」

 

大凶という一枚を引き当てた、それだけの事なのだが。別に信じなければそれでも良さそうだが、まぁかと言ってあんなのは欲しくも無いけど。―――しっかし、初めて見たぞこんな表情!うわ、この角度から見るとマジすげぇ。自分の語彙力が足らなくてどうにもアレだが、うん。兎に角、星空さんの表情がそれはそれは凄いのだ。

「そう言えばみゆきちゃん、新幹線で怒られてたよね」

「さっきは池に落ちたし・・・」

「正に大凶だな」

その時、この何とも言えない空気に仲間達は言葉を失う。普段からあんだけハッピーを口にしていた彼女がよりにもよって大凶を引き当てたのだから皮肉としか言いようがない。―――しかも。これ以降も星空さんを容赦ない不幸が襲い続けた。おみくじの結果に誰もが反応に困っている所へ、何処から途もなく聞こえるカラスの鳴き声。うんk・・・鳥のフンが星空さんの頭に目掛けて直撃する。境内に彼女の悲鳴がこだました。

「ここ、テレビでよく見るとこや!」

「嵐山のシンボル、渡月橋です」

気を取り直して、続いて嵐山公園に辿り着いた俺達は自由に動く時間が与えられていた。そんな中、青木はバスガイドも顔負けなくらい聞く者を唸らせるトリビアの数々を披露する。もはや歩くガイドブックだ等と思った矢先、緑川が感心した様に代わりにそれを口にした。

「皆で写真撮ろうよー」

「又かよ、さっき撮ったろ」

「あれはクラスの集合写真だよ。私達だけで撮るんだよ、真澄君も来てね」

「うーん」

頭を綺麗にしてきた星空さんはそう言ってから通り掛かりのお婆さんに声を掛け、俺は渋々そこに加わる。

 

「「「「「ありがとうございました」」」」」

 

「ましたー」

 

「どれどれー・・・」

 

「あー、良いじゃん」

 

「何処が!?あかんやろ!」

 

よく見るとどうやら星空さんだけ半分見切れていたらしい。つーことで再度挑戦。次もとあるお爺さんが快く引き受けてくれたので難なく撮影完了。

「ブレてる」

「何でだよ。これデジカメだろ、補正があるだろ」

「また、失敗」

「どうしよ・・・」

「勿論、成功あるのみ!」

 

パシャッ

 

「逆行」

 

パシャッ

 

「照り返し」

 

パシャッ

 

「おい、もう論外だろコレ」

 

パシャッ

 

「いや、だから・・・」

 

パシャッ

 

「あ、これ保存しとけよ。ウケるって」

「何で?!なぜ上手く撮れないのおぉぉぉ?!」

京都・嵐山にまたまた星空さんの悲痛な叫びが木霊する。こっちが聞きたいよ。どういう訳かさっきから一枚も上手くいかない。そうして終いには―――

「あ、電池切れた」

「ふぇぇーん・・・・・・」

「な、なぁ。ほら、あっちにカメラマンの人居るぞ。あの人に頼んで今度こそちゃんと撮ってもらってこいよ」

あまりに不憫だし、それくらい教えてやるか。てな訳で同行していたカメラマンの人を見掛けたので声を掛け、漸くまともな写真を撮影して貰った。因みに俺はずっと無表情で直立スタイルを貫いていたから一切ポーズの変更はない。

「土産物―――チラッ」

「「可愛い~!!」」

猫の置物に女子らしく反応を示す日野と緑川の2人。手土産を購入する為に携帯を片手に一通り目を通し、続いて先程届いたメールをチェックしてスクロールしていく。

「買い物リストかよ」

それは妹から送られてきた。希望する修学旅行の土産をわざわざ羅列して送ってきやがった。・・・八ツ橋とかこの辺りはまだ理解できる。けど“十手”って何だよ、このチョイスは謎だ。でもって、青木がその近くで何やら木刀らしきもんを見詰めている。

「大丈夫ですか!」

何やら近くの店員さんが慌てた様子で駆け付けてくる。こっちにでなく、どうやら星空さんの方へ向かっていく。彼女はどういう訳か頭を押さえてそこで踞っていた。一体何があったのか、いや、やっぱり別に知りたくないや。

「ほい」

「なに」

「何って、あんたの分でしょ。ん」

「あぁ、どうも」

「立て替えた分、後でいいよ」

川縁の近くの店で緑川から抹茶ソフトを受け取った。ひょっとしたら、未だに1人で行動している俺に対して気を回した可能性も・・・。ところで周りは女子ばかりが目立つのだが、今ここに居る男子は俺ぐらいじゃないかなこれ。そんな事を思いながら、既に日野達が座るベンチに何気に腰を落ち着けると自分の分を手にして戻ってきた星空さんがいそいそ近付いてきた。

 

「みんな先にずるーいぃ。私もー」

 

星空さんはその手の抹茶ソフトを頬張ろうとしていた。後ろから小さな子供達が走ってきて思い切りぶつかり、不意を突かれる。だが上手くバランスを取った星空さんは転びそうになるのを必死に我慢した。

「わ、わ、わッ!?」

「あ」

我慢して、そこで転びはしなかったのに。そいつは姿勢を保つことに集中し過ぎる余り、よりにもよって俺の方に向かって進み始めた。ドタドタ、そして迷わず真っ直ぐに突っ込んできやがった。ベチャッと冷たくて嫌な感触と共に視界が真っ暗になる。ああ、2人仲良く抹茶ソフトに顔を埋めた。待てよ、何か地味に星空さんの巻き添えを食ってないかさっきから。

 

「かぐや姫クルぅ!・・・みゆき、お菓子を持って参れクル」

 

―――嵐山、竹林。周りは竹、竹、竹。確かに圧倒される風景が広がっていた。キャンディはすっかりその気で雅な雰囲気に浸っている。因みに俺はやっぱり本来の班行動からはズレてしまい、偶々行き先が被っていた星空さん達の後を着いて歩く様な道程だった。

「キャンディ、私のお菓子食べちゃったじゃない」

「もっともっと持って来るクル」

「てゆーか、かぐや姫ってそんな話じゃないでしょ!」

「振り回すな―――っだ?!」

何故だ、何故こんな事に。星空さんのブン回した紙袋は思い切りみぞおち辺りを捉える。

「おぉ・・・・・・よくもッ」

「ヒィッ!まっ真澄くぅん?!」

「「「大丈夫!?」」」

「・・・殺す気か?オイっ」

「あ、大丈夫みたい」

「じゃねーよ!」

こっちはあからさまに痛がってんのに気に掛けたのは紙袋の中身。ちょい待て、出来れば先にこっちを気にするべきだろうが。

 

 

パッカーン

 

 

「ヒィィィィ!!」

こけしの頭は真っ二つ、因みにこっちは幸い大した怪我は無かった。宿泊先の旅館に着く頃、この日の疲労感はピークを迎えていた。宿に着いたら割り当てられた部屋に各々向かう。今日一日、一緒に行動したとはおよそ言い難い男子グループと同じ部屋に足を運んだ。今更ながら急にこんな奴が来たら向こうもさぞかし迷惑だろうに。

「―――あ」

「あ・・・ペコッ」

「・・・ペコッ」

ほーらね。部屋の外からはしゃいでる様子が漏れ聞こえていたし、察しはついてたんだ。いざ来てみるとやっぱりこうなった。男子が3人、盛り上がっている最中だったのに俺がのこのこと現れたからシーンとしちゃった。あー、申し訳ない。ぎこちなく会釈して、取り敢えず隅の方に荷物を置いた。ルームメイト達は直ぐに又、内輪での会話を再開する。さて、何とも気まずい空気だが慣れていかねばなるまい。

 

 

 

『いただきます!!』

 

 

 

少しして夕食時を迎え、皆これでもかと言うくらい旅館の食事を満喫した。一日歩き回ったのだから当然かも知れない。そして、うん、美味かった。―――大浴場の露天風呂に浸かると全身からゆっくり力が抜けていくのを実感し、今日あった事を振り返ってみてやはりと言うか星空さんの身の上に起きた数々の不幸ばかりが頭に浮かぶ。あんなに修学旅行楽しみにしていたのに本当に皮肉な奴。でもってインパクトある大凶の文字がふと蘇り、付随する様に星空さんのあの顔。

「そういや」

風呂上がり。一旦財布を取りに部屋に戻ってから旅館の自販機に立ち寄り、緑川に立て替えて貰った分をまだ返していなかった事に気付いた。こういうのはちゃんとしておくべきだし、女子の部屋は丁度ここから近い。

「灰谷君?」

「うぁっ」

男子が女子の泊まる部屋の前を彷徨くという、高確率で誤解され兼ねない状況下に空気が張り詰める。やっぱり明日にしようか、なんて考えて引き返そうとしたら実にタイミング良く。着替えらしき物を手にさっき風呂から出てきたからなんだろう、ほんのり頬を赤くしていた。青木は普段の長い黒髪を若干湿らせて自らの部屋に戻ろうと、その付近を彷徨く男子生徒を見つけて声を掛けた。何もしていないのに後ろから不意に名前を呼ばれ、思わず体が縮こまるそんな俺を彼女は真っ直ぐに見詰める。

「その、緑川に用が・・・あって―――」

「そうですか。どうぞ」

就寝時間まではまだ少しある。たった1人、男子がのこのこと女子部屋に案内されるという状況だが決してやましい気持ちは微塵も無い。であるからして、何もコソコソしなくてもいいというのに何時も以上に自分でも声が何処かうわつっている事に気がつく。

「ふぅ。良いお湯でした」

「池の水、冷たかったでした」

「お母さん、お土産喜んでくれると良いなぁ」

「お母さん、怒らないと良いなぁ」

星空さんがそう言いながら見詰めた先でこけしのつるっぱげになった頭が光を反射していた。青木がドライヤーを手に艶やかな髪を靡かせる間も不幸オーラを発して項垂れるその背中は何とも物悲しいというか不憫だった。黄瀬は花柄の櫛を手に呟くが、これがまた対照的でより落ち込み具合が目立つ。うーん、何からしくないな。

「大凶パワーって凄いかも―――あイタっ」

「ため息なんかついたら、ハッピーが逃げてまうで!」

日野がいきなり枕を投げ付けた。星空さんは一瞬ハッとした顔を見せるとその枕を手に取って直ぐに投げ返す。ここから何処か見たことのあるベタな展開へと繋がっていく。修学旅行の夜、宿泊先の部屋で友達同士で枕投げとは正に絵に描いた様な光景だ。・・・星空さんの投げた枕を日野がサッと避ける。後ろには黄瀬が居て直撃すると二対二の構図が出来上がった。

「あーあ・・・」

「皆さん、そんなはしたない事は―――」

こういう時、大体窘める役割を担うのは彼女。そして枕の一つが見事に青木の顔を捉えてしまう。偶然だったのは言うまでもなく、一体誰が投げたものかは判別し難い。

「ハッ!」

その目は戦うべき相手を定めた時のそれに違いないと感じた。ミイラ取りがミイラに、というこれまた何とも定番な。さーて、もうこうなっては秩序なんてものはない。無法地帯と化した一室で繰り広げられる戦いは果たして何を以て勝ちとし、又、負けとなるのか。―――さてと。用はもう済んだんだし、さっさと部屋に戻るとしようっと。

「逃げるな真澄!」

「避けるな真澄ぃ!」

「っおい、止めろって」

「食らえ~」

「マジかよっ」

ダメダメ、どいつもこいつもテンションがおかしい。次第にターゲットが切り替わって集中砲火を受け、それらをかわし切ると日野達が放った全部を回収してお返しする。・・・て、とうとう参加してるんですけど俺。

 

「えぇい!」

 

星空さんの一投が部屋に置かれた冷蔵庫の上のポットに命中した。そこに緑川がサッカーよろしく滑り込み、日野も得意のバレーを生かしたスライディングで掬い上げる。

「「真澄!!」」

「ってぇい!?」

俺は反射的にそいつをトスした。星空さん目掛けて落下していくポット、彼女への直撃が過るが上手くキャッチして事なきを―――

 

 

バチャーーー!!

 

 

蓋が開いて中身を盛大にぶちまける大惨事。又、こんな時に限って恐ろしい偶然が重なってしまうのだから。放心状態から暫しして我に返ると各部屋の様子を見回りに訪れた佐々木先生が佇んでいる。旅館が用意した浴衣姿に頭からポットの麦茶を被った先生は凄い形相で全員を見据えた。直後、怒鳴り声と俺達の謝罪の声とが館内中に響き渡ったのは言うまでもない。

「灰谷君。とっくに就寝時間を過ぎてるから、早く自分の部屋に戻りなさいね」

「はい」

全く酷いとばっちりだったなぁ。あのー、もう少し話を短く済ませてくれればこんな時間にはならなかったんじゃ・・・。先生が去った後、部屋はつい先程までと打って変わってすっかり静まり返っていた。日野は開口一番にお説教の長さをごちる。俺達は殆んど同時に正座を崩しながら自らの足をそっと揉みほぐした。

「ツイてないな今日は」

「あはは、だね~・・・」

俺が思わずそんな声を漏らすと溜め息混じりで星空さんは反応した。今日一日、嘘みたいな不運に遇い続けた彼女に対して今のは失言だったか。口にしてから何となく罪悪感めいたものが過る。

 

「でもね、皆と一緒で楽しいよ」

 

星空さんはそう言って笑顔を見せた。程無くしたら足の感覚を取り戻したので足早に自分の部屋に戻る。薄明かりの廊下から静かに襖を開けると同室のクラスメート達が丁度布団を敷くところだった。

「な、なぁ。えっとさ・・・あれ、名前なんて言ったっけ?」

「えーっと、はい・・・はい・・・ばら?」

「違うよ。灰谷」

「え、あ、うん」

「さっき先生に怒鳴られてたよな。何やらかしたんだよ」

いきなりそう尋ねられてつい曖昧に答えてしまう。眼鏡の彼はイマイチ要領を得ないと首を傾げる。

「女子の部屋に居たろ、そこで何してたんだよ」

「星空達と仲良いんだな。なぁ、教えろよ」

お説教されている時に目の端で何人か覗きに来ていたのは気付いてた。・・・何って、ただの枕投げだよ。

 

「なぁ、好きな女子とか居る?」

 

消灯後、誰から途もなく始まったこの話題には無視を決め込んで布団を被る。本気でこんな質問に答える奴がいるのか。

「お前はどうなんだよ。・・・若林とか?」

「そりゃお前だろ」

「ちげーよ。ほら、木角とか柏木とか。・・・まさか藤川?」

「尾ノ後とかな。金本・・・あ、岡田だな?そっちかよー」

「ハズレハズレ」

聞こえてくる名前はどれもピンと来ず、顔は一切浮かんでこなかった。なんだ、男子もこんな話題とかで盛り上がったりするんだな。この手のノリでする会話といえば大概“好きな人”についてとかで、しかもそういった話を始めるのはいっつも女子だとばかり思っていたのに。ドラマとかじゃ大体そうだって気がしていたが。

「じゃあ誰だよ。まさか、青木?」

あ、やっと知ってる名前が。いやいや、どうでも良いんだよ。全く、煩くて眠れやしない。

「緑川、黄瀬、日野、星空―――なぁ、灰原は?」

「だから灰谷だよ。いい加減覚えろって」

布団に潜り込んだまま暫く目を閉じる。そうして寝たフリを続けているとその内に誰も何も言わなくなった。やがて周りから寝息が聞こえ始めると俺はさっきの星空さんの言葉をふと思い出した。あれは強がってたのか、それとも本気で今日の修学旅行を楽しんでいたのか。そして何時しか自分も深い眠りについていった。

 

 

 

 

 

二日目。かの清水寺を訪れた俺達はその舞台からの眺めを見詰めていた。ここでも遠巻きに青木のガイドを受けながら遠くの景色に目を止める。人間は覚悟を決める時の例えにやたらここの名前を出すのだが、間違いなく身投げしたら命はないからそういう事なんだろう、正しく後戻りは出来ない。目を細め、我ながらどうでもいいなと考えていると欠伸がこみ上げた。

「清水の舞台って傾いてるんだね」

「コケたら転げ落ちそうやなぁ」

去り際に耳にした緑川達のこの何気ない言葉に漠然とフラグの様なものを感じた。そして同じくして今のをフリと捉えたかのように、そいつは鈍い音と共にバタバタと転がっていった。・・・ホントに期待を裏切らない奴だな。

「おーい、早くしろよ!」

「置いてくぞー」

それは同じ班のクラスメート達の声だ。直ぐ側を躓いた星空さんが“清水の舞台”を転がり落ちていくというその有り様には流石に目を奪われる。間一髪で緑川に救い出されたところまでを見届けてから、そんな奴らを尻目に一足早く寺を後にした。この後は祇園の町を歩いて幾つか寄り道をするらしく、あわよくば通り掛かった舞妓と写真を撮るんだと1人はやけに息巻いてカメラを身構える。

「お前さ、言わせて貰うけど―――影、薄いよなぁ」

「え」

「・・・いやさ、なんつーか暗いし。もっとテンション上げてこーぜ!」

彼は随分と馴れ馴れしい態度で人の肩に手を回すと力任せにバンバン叩いてきた。別に喧嘩売られていようが、馴れ馴れしかろうがまぁ構わない。しかし、「テンション上げてこーぜ」なんて強要するのは二度と止めてくれ。いや、そっちはそっちで多分だけど何か気を遣ったのかも知れないとか一瞬でも考えは過ったけど、でもだからといってこの俺に何かを期待しても得られるものなんて無いんだからさ。

「真澄君」

「奇遇だねぇ」

「ここで何してるの?」

同じ班の男子達が土産物らしき買い物を済ませる間に店の外をフラついていると例によって星空さん一行に出会した。後ろから声を掛けられて振り向くと星空さんと黄瀬が、後から残りの3人が追い付いてくる。あれ、そういえばここは何処だ。

「多分そっちと同じ理由」

「え、ひょっとして舞妓さんを探してるの?」

「真澄君は見たの?舞妓さん」

「は?何それ」

「えっ、だから舞妓さんだよ。何処?」

「いや、知らない。何で聞くんだよ」

俺と彼女は互いに質問へ質問を返す無意味な会話をしてしまい、そこへ黄瀬が止めに入るように代わりに答える。

「私達はまだ会えてないんだ。えっと・・・」

「俺は見てない」

「なんだー、そっかー」

期待してたのにとでも言いたげな表情で口を尖らせる星空さん。なんだ、こいつらも記念写真目当てだったのか。

「何処に居るんやろ」

「さぁ、好きなだけ撮るどすクルゥ」

「少なくともお前じゃねぇよ、絶対。滅茶苦茶な言葉づかいするなよ、それと早く星空さんのリュック戻れ」

確かにキャンディがコスプレしたのを覗けば、そこには舞妓の“ま”の字も見当たらない。後さ、変身アイテムをそんな事に使っていいのか?

「舞妓さんは何時も居る訳じゃないからね」

「偶然会えることを祈るしかありません」

「運が良くないと駄目ってことかぁ。―――大凶の私が居ると、皆も舞妓さんに会えないかも・・・」

「みゆきってば、ここに来るまでにも色々大変やってん。お祓いとかした方がえぇよって言うたんやけど・・・」

聞かされるに清水寺での一件を経て犬に追い掛け回されたり溝に片足突っ込んだり、店の棚に並んだ“開運まんじゅう”が降り注いだりと最早ゴ○ゴムの仕業とか疑った方がいいかも知れないレベルで不幸続きらしい。星空さんはしっかり大凶の力を今日に引きずっていた。

「あれ何だ」

「何?ひょっとして舞妓さん・・・!?」

「今は舞妓から離れろよ。空だよ空!」

と、周りの様子に何か違和感めいたものを感じて立ち止まると日が傾くには余りに早い時間にも関わらず、既に空が夕焼けに染まっていた。この不自然さに星空さん達も真剣な面持ちで互いを見合うや何処かへと走り出した。

「プリキュア。何でここに居るオニ?」

「それはこっちの台詞や!」

行き着いた先にはやっぱりなと言わざるを得ない奴が立ち塞がった。遠路遥々とまさか京都で遭遇するとはなぁ。これって運命か?いやいや、ねぇよな。これこそ偶然だよ偶然。トラ縞模様のパンツに金棒、角を生やした赤鬼。

「俺様は京都でこそ輝く男オニ。お前ら、運が悪かったオニ!」

「いや、意味解んねぇし」

「キャンディは運が良いクル!」

「あのな、誰もお前に聞いてないぞ」

星空さんのリュックサックから妖精が再び顔を出す。共に、何やら紙切れらしきものがヒラヒラと飛んでいく。赤鬼の奴は馬鹿デカイ手でその小さな物を器用に拾い上げる。星空さんは何故か狼狽えた。

 

「・・・ダイキョウ?」

 

「ダイキョウ?・・・・・・あ!」

 

「ップゥ!ぶっハハハハ!!大凶オニぃぃ!!」

 

そう、奴が拾った紙切れは星空さんが引き当ててしまった例の大凶おみくじ。―――そういや来年の話をすると鬼が笑うなんて言うけど、コイツの場合はどうやらプリキュアの癖に大凶引いたのがどうもツボったらしい。おいおい、それよりその大凶を見た時の星空さんの顔の方が遥かに面白かったぜ。地面に倒れ、もんどり打って腹を抱える敵を前に星空さん達は唖然。何ならドン引いてるんじゃないか。

「詰まり!俺様の“チャンス”オニ!・・・出でよ、アカンベェ!!」

勝手に納得してその手に青い玉を翳して叫ぶと禍々しいエネルギーを集めてお馴染みのアカンベェを生み出す。赤では無く、あの時の青っ鼻である。

 

「これは」

 

「大凶がアカンベェに?!」

 

「何かやだ・・・」

 

「うん、絶対に嫌だな」

 

「皆、行くよ!」

 

〈―Ready?―〉

 

『プリキュア・スマイルチャージ!!』

 

〈―Go! GoGo Let' go!!―〉

 

スマイルパクトを構えたのに合わせてこっちは自主避難する。・・・・・・5人による一斉変身を完了し、彼女達は順に名乗ってポーズを決める。“五つの光が導く未来”という声を合わせてスマイルプリキュアは並び立った。アカンベェは直後にミサイルの様な一撃を放って攻撃を仕掛けてきたが、マーチはそれをジャンプして無事に回避する。しかしミサイルが街灯に弾き飛ばされ、運悪くハッピーの下に落ちていく。煙の向こうから彼女の悲鳴が轟く。

「アッカンベー!」

「うわぁぁ?!」

アカンベェは気を取られた隙を突いてピースに襲い掛かる。おみくじに見える武器の様な物を力一杯、頭上から振り下ろす。これをピースは咄嗟に受け止めたが、へし折れた棒が後方に飛ばされていくと―――

「うわぁぁぁぁ!!」

「ハッピー!」

「ハッハッハッ!なんてツイてない奴オニ!!」

全くだ。星空さんはプリキュアに変身しても尚、不運に見舞われ続けている。ことごとく仲間が避けた攻撃の巻き添えを食らって地面に手を着く。

 

 

「“プリキュア・サニーファイヤー!!”」

 

 

サニーの放つ炎の球、必殺技ではあるがアカンベェには通用しなかった。そうだ、青い鼻だから通用しないのだ。

「“プリキュア・レインボーヒーリング”クル!」

今キャンディが言った必殺技ならアカンベェを倒す事が出来る訳である。ハッピー達は自身の変身アイテムを一斉に取り出す。・・・と、ここでもアクシデントが起きてしまう。ハッピーの手をすり抜けたそのスマイルパクトが真っ逆さまに側の川の中に消えていった。うわぁ、いよいよ笑えないぞこれはよ。

「一気に決めるオニ!」

「って、ヤバいだろ」

恐らくだがアカンベェの奴は現在、エネルギーを充填している真っ最中だ。スマイルパクトを探す間にアカンベェの右腕にはそれらしく怪しげな光が集まり出す。そして一瞬の内に起きた激しい爆風に思わず身を屈めた俺は、次に地面へ倒れるハッピー以外のプリキュア達の姿を目にする。

「フハハハ!馬鹿な連中オニぃ!大凶の奴なんかと一緒だから巻き添えを食うオニ」

「私の、私のせいで皆が・・・」

アカンベェは次の攻撃を始めようと右腕を巨大な鉄球に変化させて飛び上がる。透かさず川から離れたハッピーがそれをたった1人で受け止めた。

「皆ごめん!・・・ごめんね、私のせいで。私、皆が一緒に居てくれるから大凶でも楽しかったし、頑張れた。―――でも、一緒に居たせいで皆まで大凶に巻き込んじゃった!こんな事なら・・・」

「ハッピー!」

そこまで続けるとマーチは脚に力を込めて立ち上がった。女はフラつきながら真っ直ぐにハッピーを見据える。

「巻き込まれてなんかいないよ。あたし達だって同じ、ハッピーと一緒だから楽しいんだよ。一緒だから頑張れるんだよ!」

「そうです。この程度のピンチ、大凶ではありません!」

「私達は何時だって」

「一緒におったら大吉や!!」

俺は目の前の川に向かって走った。段差を飛び降りて水面に目を凝らし、気づくとハッピーの落としたスマイルパクトを探していた。そうして声はいつの間にか聞こえなくなり、やがて目の端に強い輝きを捉えて俺はそこに足早に駆け付ける。間違いなくそれはスマイルパクトだった。拾い上げたそれを握り締めて持ち主に大きく呼び掛ける。

 

「ハッピー!!」

 

力一杯、スマイルパクトを彼女に向けて放り投げた。ハッピーはそれを確かに受け取ると再び仲間の下に加わり、アカンベェを前にキュアデコルをパクトにセットした。

 

「皆の力を合わせるクルーーー!!」

 

キャンディの力強い声にキュアデコルが五つ、5人のプリキュアの手に渡る。ハッピー達の新たな力がアカンベェに炸裂した。

 

 

『“プリキュア・レインボーヒーリング!!”』

 

 

七色の強烈な光に呑み込まれ、アカンベェは邪悪な力諸とも消滅していく。・・・バッドエンド空間なる状態から解放された人々が続々と意識を取り戻す中、俺は星空さん達と共に祇園の町に居る。

「みゆきちゃん、清水寺で転ぶ話した途端に転ぶんだもんっ」

「みゆきさんが池に落ちた時、鯉が驚いて飛び上がってました」

「ジャージで集合写真て」

「ソフトクリームが顔にペチャッて」

「もう、皆ったら。・・・でも、それだけ運が悪いと返って笑うよね」

星空さん達はそんな事を言いながら笑った。こいつらにはもうとっくに思い出の一つらしい。どうやら星空さんの不幸もここまでみたいだ。

「舞妓さん!」

「私、大凶なのに。どうして」

「笑う門には福来る。笑っている人には幸運が訪れると言います」

「何時もみゆきちゃんが言ってる事じゃない」

「そっか」

彼女達は念願だった舞妓との記念撮影に漕ぎ着けた。撮影を引き受けてデジカメのシャッターを切った時、5人満面の笑みを広める。笑う門には福来る・・・・・・可笑しくもないのにどう笑えばいいんだ。

「さっきはありがとう」

「え?」

「ほら、スマイルパクト。探してくれたんだよね」

「別に―――」

「行こう、真澄君」

一瞬だけ立ち止まり、彼女の呼び掛けに俺は再び歩き出す。

 

 

 


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