笑わない彼にもどうか幸運を。 スマイルプリキュア! 作:新生ブラックジョン
やっと後編・・・です。
おみくじで運悪く引き当てた大凶による数々のアンラッキーを乗り越え、念願だった舞妓との記念撮影も済ませた星空さん達は満足そうだった。こうして修学旅行の二日目も終わりを迎えようとしており、平穏とまではいかないものの今日一日を無事に乗りきった様なそんな達成感めいたものを感じていた。・・・夕食後、この消灯時間までの間、他の生徒は互いの部屋を往き来したりしてあちこち忙しない。仲の良い友達同士で集まってバカ騒ぎしたり、ただ他愛もないお喋りに夢中になったりと様々だ。俺はその中を大浴場に向けて1人足を伸ばす。一応は旅館に泊まれるのも今夜一晩が最後だし、そう思うとゆっくり風呂に入りたいと考えて自分だけ周りとはタイミングをずらす事を思いついていた。単独行動もこういう時であれば誰にも文句は言われないと解っていれば尚更だ。さっきは同じ班のクラスメート達に嫌味を言われてしまった。
「ふぅ・・・」
脱衣所に入って着ていたジャージと下着を詰め込み、旅館のタオルをぶら下げて引戸を開ける。温かい湯気が立ち込める風呂場は広々としていて誰も居ない。やはり時間をわざとずらしたのが良かったんだろう、そこには俺しかいない。
「―――しっ!誰か来たぞ!」
「お、早速か?」
そんな声に気付いて、と周りを見てみるが人気は無い筈だ。無視してシャワーを浴びながら先ず旅館のシャンプーを手早く泡立てて髪の毛を洗った。
「どうだ、見えるか?」
「イマイチ。ってか押すな」
次にボディーソープで体を洗い始めるとどうにも何処からか視線を感じて気掛かりだった。まさか誰かが居るのだろうか・・・・・・む。やはり何か居るな。
(何なんだ)
備え付けられた鏡にチラリと映った人影に気付いた俺は手で曇りを取って目を凝らす。確かにそこには別の存在が隠れていた。一体どういうつもりなのかさっぱりだが特に気にする必要もないと思い、無視してそのまま外風呂に向かう。するとシャワーの陰から4人組の男子達が姿を見せ、こちらに近付いてきた。
「ビビったー!んだよもぅ」
「なーんだ灰谷じゃん」
「隠れて損したー」
「・・・は」
彼らは同じ班のメンバーだった。露天風呂に浸かりながら夜空を眺めていたところへ声をあげてやって来ると隣に腰を下ろして肩を並べる。
「俺、てっきり女子が来たもんだとばっかりさー」
「・・・女子?」
「いやーまさか君までお仲間に加わるとは思ってなかったぜ」
そう言いながら1人は手を回して馴れ馴れしく俺の肩に手を置く。この時、こいつらが何を言っているのかさっぱりだったが後でとんでもない事が解ったのである。―――妙にフレンドリーなところ悪いけどな。こちとら“ぼっち”でのんびり風呂に浸かりたかったんだけど台無しだ。
「いやさ、誘うとは思ったんだけどいつの間にか居なくなってるしさ」
「あ・・・そう」
「なぁ、もうそろそろじゃん?」
「だな。多分・・・・・・お!」
「どうした?」
「来たぞ!」
こっちが全く意味を理解できないまま彼らはソワソワしながら何かを待っていた。そして遂にそれが訪れたのか途端にテンションが上がる中、1人がダダダと走ってきて合図を送った。どうやらそれに巻き込まれた俺は男子達に連れていかれて露天風呂の大きな岩場に身を潜める羽目になる。
「来るぞ―――来た!」
「マジかよ」
「ホントに?!」
「お前ら静かにしろ、気付かれるだろっ」
間も無くして数人の楽しげな声がしてくるのがハッキリと解り、何処か不安を感じながら恐る恐る顔を出すと自分の目を疑わざるを得ない衝撃の光景を目の当たりにした。余りに突然のことで思考が追いつかないまでも目の前にあるものが何かということだけは瞬時に理解する。
「お風呂~気持ちー!」
「んぁぁぁぁ・・・!えぇお湯やー」
紛れも無く星空さんがそこに居る。彼女の声、続けてもしかしなくてもこの関西弁は日野に間違いない。一体何がどうなっているのか、しかも彼女達は裸だった。これが何を意味しているのか暫く整理する時間が欲しい。
「誰が来たんだ?」
「えっと。星空と日野―――あ、黄瀬も見えた」
「あ、青木は?」
「緑川居たぞ」
そうだ。4人は今、直ぐそこに見える女子生徒の裸を見るために必死に頭だけを岩場から出たり引っ込めたりして覗いている。俺はこの集団に混じって星空さん達と同じ風呂に入っているのだ。けどそんな馬鹿なことがあるか?ここは先ず、男湯の筈だぞ。
「こ、ここって女湯?」
「どうした、もうちょっとそっち寄ってくれよ」
「い、いや。あれ、何で?」
「は、何言ってんの?ここは“今は”女湯だよ」
“その言葉”に引っ掛かりを覚える。即ち、現在は女湯で間違いはないのである。詰まりはこの旅館では時間帯によって男女の区切りを切り換えていた。掃除なんかの関係なのかどうかは知らないが、兎に角このルールについて先生が注意事項として食事前に話をしていたのをふと俺は思い出した。
「旅館のお風呂って広いから泳ぎたくなっちゃう」
そんか声が聞こえてきて遠い彼方から意識が戻ってくる気がした。黄瀬はそう言って背泳ぎでも始める様な仕草をする。
「こらこら、駄目だよー」
「ふふふ。やよいさんたら」
すっかり脱力した緑川と微笑ましくする青木。・・・決して覗いている訳ではなく、岩場の陰に縮こまって多分そんな感じなんだろうと想像しながら内心ひやひやしながら焦った。こんな所を見つかれば悪ふざけなどでは済まされないのだから。一方、グループの男子どもはこの馬鹿げた遊びを止める気は無い様で、代わる代わる覗き込んでは勝手に盛り上がっている。
「背中ぐらいしか見えないな」
「いや、さっき少しだけど胸見えたぞ」
「マジ?!」
無論、ここで大声を出せばとんでもない騒ぎになることは自覚した上で高いテンションに比例して声量は落としている。まさか男子に覗かれているとは知らず、星空さん達は心行くまで露天風呂を堪能しているらしい。
「キャンディも連れてくれば良かったなぁ?」
「しゃーないわ。よっぽど疲れたんか先に寝てしまったしな」
「本当、楽しかったね。途中、みゆきちゃんが色々大変だったけど・・・」
「もうあんな風に転んだり落ちたり、しないでよね?」
「大した怪我もなくて何よりでした」
「アハハハ、全くだね!」
今日あったことを振り返っている様子だった。誰かが“キャンディ”の名前に反応を示したが仲間は無視した。
「誰が一番胸あるのかな」
「どーだろ、あんまし解んなくない?」
「なぁ、灰谷はどう思う?」
本気なのか、何考えてるんだ。待てよ、わざわざ女湯に潜り込んでまで覗きをやるくらいだもんな。ってか俺にそんな質問するな、知るもんか。
「さぁ・・・」
「何だよ、お前興味ないの?」
「そーだよ。なんかいっつも星空達と一緒じゃん?てっきりそーゆーことかってさ・・・」
何がだ、そーゆーことかとは。“何時も一緒”か、そんな風に周りから見られていたのか。まぁ確かに何かと一緒になることが多々あるよな。でもそれらは意図せずしてというか不可抗力というべきか。望んでそうなった訳ではない筈だ。
「おい、今度は俺に交代しろよ」
「わっバカ!止めろッ」
健全な男子中学生が決してしていいことではないにしろ、いわゆる思春期とされる多感な時期において異性に対して興味を持つのは決して悪いことではない。が、これは常識の範疇を大きく逸脱する行為に他ならない。多分、いや絶対止めてやるべきかも知れない。そんな風に迷ってみるのだが如何せん冷静な思考を妨げる不毛な争いを見て、俺は巻き込まれまいとして何とかして距離を取ろうとした。だが1人がバランスを崩してもう1人に寄り掛かり、つい物音をたててしまう。
「どうかした?」
「・・・何でもない」
間一髪、と秤に息を圧し殺して上手く誤魔化せるかに思われた。1人が気を抜いた瞬間、こともあろうにくしゃみをしてしまうまでは。
「誰か居るの?」
「みゆき?」
星空さんと日野がゆっくりと近付いてくるのが声で解り、とうとうお陀仏かと覚悟を決める。
「ニャ~オ・・・」
その時、1人が鼻先を摘まんでベタな手に打って出た。もうこれしかないと追い詰められて渾身の猫の鳴きマネを彼は繰り出した。
「なんだ、猫か」
その一言に今度こそと秤に皆が安堵しながら声無き声で喜びを分かち合う。そろそろ退散しよう、別の1人が言い出したのを機に仲間が賛成する。もちろんこの俺もであった。しかし星空さん達が長風呂をすればする程、待っていては先に来ていたこちらがこのままでは逆上せてしまう可能性がある。ではどうやって脱出するのか、皆の視線は一ヵ所に集まった。
「静かに行くぞ」
1人、また1人と竹垣によじ登る事で隣の男湯に避難するというもの。取りあえずそっちで時間を潰してから着替えを取りに行くという話になって、1人が登るのを後の仲間で支える形になった。男湯にも誰も居ない事を確かめてから柵の向こうに降り立ち、次に降りてくる相手を支える。
「・・・よぅし、後ちょっとだッ」
「頑張れ!」
4人目を支えるのが俺であり、詰まりは自分こそ一番最後になってしまったので彼にもさっさと登りきって貰いたかった。しかし、支えていた足がまさにこの顔面を捉えたことによって俺の死亡フラグとやらは成立してしまう。―――ザッパーン!盛大に尻餅を着いて飛沫を上げながら顔や尻の痛みよりも勝るものがあった。
「え・・・・・・・・・」
放心状態で立ち竦む姿に目を奪われて立ち上がる事が出来ない。彼女はタオルで肝心な所を隠してはいたが紛れもない裸であり、女湯である筈がなんと男子が堂々と紛れ込んでいることに愕然としていた。そこに日野や黄瀬が加わり、ギョッとした様な面食らった様な表情で硬直した彼女らはとうとう一斉に悲鳴を上げる。修学旅行の平穏な一夜を覆す騒動に発展するのは言うまでもなかった。
翌日は旅館からバスに揺られて最終日の目的地である大阪に向かう事になっていた。起き抜けにトイレと洗顔、歯磨きを済ませて一通りの身支度も整え、朝食の為に広間に行くと何とも言い難いただならぬ空気を感じた。俺が顔を見せた途端にある者はヒソヒソと耳打ちし、また別の誰かはこちらを睨み付けるとそんな感じ。言うなれば軽蔑だとか好奇の目とか、主に異性からの視線が強く突き刺さっていて今朝から気が重たい。それもその筈、昨夜は大騒動だったからな。あの叫びを聞き付けた旅館の従業員だとか先生達が一斉に集まり、そこに野次馬と秤に生徒まで来て文字通りの一騒動だった。女湯に忍び込んだ前代未聞の問題児、はたまた女子の裸を覗いた変態。俺はあっという間に二学年の間で噂になるだけの存在となってしまったのだ。擦れ違った見知らぬ女子の口から“キモい”の一言を浴びせられたのは流石に堪えるなぁ。
「どうしてこんなことをしたの?」
担任にそう聞かれた時、どう答えるべきか迷いがあった。結論、間違えて入ってしまった事が事実である。しかしあの状況を最後まで説明してみたところでどうなるものでもないと思った。不可抗力でも何でも覗き見に加わったことは紛れもない。
「すみませんでした」
だからか、そう謝ることが自然に出来ていた。何をどう説明したところで言い訳にしかならないのなら、星空さん達が傷ついたのだとすれば。謝ることが一番であると思えたからだろう。
「もういいか・・・どうだって」
七色ヶ丘中学の生徒を乗せたバスはやがて目的地に辿り着く。―――大阪城。戦国時代に築かれた立派な城は1630年代頃に再建されて、今もこうして観光に訪れる者を圧倒している。さて、ここが最終日一発目の目的地。この辺り一帯は“大阪城公園”として整備され、沢山の観光客で賑わっていた。
「星空さん」
「っま、真澄君」
「・・・ゴメン」
彼女の背中を見てそれだけは言っておこうと思い、声を掛けると彼女はすっかり怯えた様子だった。無理もない、裸を見られた筈の相手とまともに口が利けるだろうか。ただそれだけを伝えて足早に遠ざかっていった俺は自分の班に加わって大阪城を目指した。道中、1人が例の一件について如何にも申し訳なさそうに手を合わせてくる。要するにこの俺を1人にして逃げた事に対しての罪悪感を抱いているという話なら昨日も聞いたし、だから今の話も殆どを聞き流した。すると他の仲間もつられる様に謝ってきたがやはりそれも半分上の空だ。天守閣に到達したところでポケットに突っ込んでいた“旅のしおり”を取り出す。今日一日の行動スケジュールとして各目的地をそこに記入してある。大阪城から中之島、天王寺動物園という流れになっている。
「この大阪城は1583年、豊臣秀吉によって築城されました。沢山のお金が使われとても豪華なお城だったそうです」
そんな淀みない青木のガイドを背に何となく景色を眺めていた俺は同じ班の男子が近くに見当たらないことに気付いた。辺りを探してみるもこの場に既に居ないのか、はたまた他の観光客に紛れてしまっているかで目視では見つけられそうにない。と、こんなタイミングで出会い頭に気不味い相手がやって来た。
「真澄君!こ、こんなとこで何を―――」
「いや、同じ班の奴ら探してて・・・」
「実は私達もあかねちゃん達探してて」
当然と言えば当然だが星空さんは普段と違って目も合わさないし、黄瀬はあからさまに怯えた素振りでそんな友達の背中に身を隠している。そしてこの俺だって彼女達を見ることであの光景が蘇りそうになって振り払うのに必死だ。不幸中の幸いは肝心な部分が記憶にないことぐらいか。
「みゆきがちゃんと着いていかないから迷子になっちゃったクルぅ~」
「キャンディがお洒落したいって言うからでしょー」
ソフトクリームを思わせるとぐろ巻きのキャンディが星空さんとの言い合いを始めた様に、彼女達も仲間とはぐれて迷子になっていた。俺達は各々の班のメンバーを探して共に行動を余儀無くされてしまった。
「嬢ちゃんらどっから来たん?」
そんなこてこての関西弁と共に現れたのはパンチパーマに虎の顔がプリントされたTシャツと金のド派手なネックレスをした見知らぬおばさん。余りにも自然な流れだった為か断る暇もなくバッグから取り出した何かを気付くと握らされていた。
「アメちゃんあげるさかいに持っていき」
「うまいでぇ」
小さな包みの飴玉を前にしてこれが噂に聞く“大阪あるある”なのだと納得しているとおばちゃん3人組はあっという間に去っていく。大阪のおばちゃんは常にバック等に大量の飴玉なんかを常備しているとされていたが本当だったとはな。まさか自分がこれを体験することになるとは、等と唖然とすると黄瀬がぼそりと呟いた。
「“勇者やよいは飴を手に入れた”」
「え?」
「ロールプレイングゲームみたい!」
通称RPGと呼ばれるジャンルのゲームの事だが、彼女は大阪駅周辺の地図を広げるとテンション高く張り切り出す。
「町の人から情報やアイテムを貰ってMAP片手に旅するの!―――そして、我々勇者が迷子のお姫様達をお助けするのだー!!」
妙なスイッチが入ってしまったのは見るに明らかだったがこの謎テンションには星空さんでさえ着いていけていない様子だ。先行き不安しかないのだが黄瀬の奴は現実逃避のつもりなのか迷子の立場をすり替えてやしないか。そういう訳で我々は“勇者やよい”をリーダーにこの大阪という未知の領域に挑むことになる。さて、無理ゲー感が半端じゃないがどう攻略したものか。
「取りあえず、こっちもスケジュール通りに行動していれば間違いないか」
「「ハイ、チーズ!」」
よもや昨日の今日で星空さん達と大阪を巡ることになろうとは。しかもこいつら、呑気にあちこち写真を撮ったりして全く危機感がない。
「ねぇねぇ、真澄君も写真撮ろうよ」
「お前な・・・」
「さぁさぁ、勇者真澄よ。次はあっちに向かおうぞ!」
「誰が勇者だよ、寝ぼけんな」
「あれ、勇者じゃなくて魔法使いが良かった?」
「ちげーよ、何でだよ」
「じゃあ吟遊詩人とか盗賊でも良いよ」
「ポジションの話なんかしてねーよ!」
こういう黄瀬を相手に話していると何故か妹を思い出す。何となく波長というか重なるところがあるんだろうか。
「次の目的地は中之島って所だよ」
しおり片手にその名を口にする星空さんと自分のグループはどうやら次の目的地が同じらしい。大阪城を後にしたもののルートが解らず、地図とにらめっこをしていた彼女達の近くで俺は調べる為に携帯を取り出した。
「いやぁー嬢ちゃんら、また会うてもうたな!」
「あ、さっきの飴の」
「おばさん達」
―――次の目的地を目指す我々の前に現れたモンスター・・・級の迫力と勢いを持ったTHE大阪のおばちゃんズしかもリターンズ。偶然の再会を皮切りに俺達は近くのうどん屋で昼食を共にして同じテーブルで各々が注文したうどんを啜った。関西特有の普段食べ慣れた味とは異なり、関東に比べてこちらでは汁が薄味である。新鮮でいて優しい甘さと厚揚げ、コシのあるうどんは想像した通り美味い。ため息混じりに星空さんと黄瀬も一杯を完食していた。
「えぇお出汁やろ?」
「これでたったの、630万円やで!」
「「えぇぇぇ?!」」
何でやねん。これも又、教科書に載るくらいの見事なお手本と言わざるを得ないお決まりのやり取りだ。何でも大阪人のかますボケの一つらしいが、恥ずかしいので突っ込みは心の中で済ませよう。星空さん達2人のリアクションを見ておばさん達は満足そうにゲラゲラ笑った。
「あんたら、中之島行くんやったら船がえぇで」
「「船?」」
思わず貴重な情報を入手したと黄瀬を筆頭に“勇者パーティー”は喜び勇んで移動再開である。大阪の水上バスであるアクアライナーに飛び乗り、大阪市内を流れる川に沿って行くと中之島に辿り着けるらしい。大阪府大阪市北区の町、立ち並ぶビル等の町並みを眺めつつ食休みを決め込んだ。
「あんたら修学旅行なん?」
「元気でえぇな。アメちゃんあげようか?」
「ありがとうございます!」
「アイテム貰ってパワーアップ♪」
直ぐ後ろの席に座っていた別のおばちゃんまでもがそれを差し出す姿に、最早こちらも何の疑念も抱かずに受け取る始末である。すっかり馴染んできたところで無事に目的地へ辿り着くや星空さん達は―――
「豚玉くださーい!」
「なぁ、こんなんで良いのか?さっきから飴玉貰うわうどん食ったばっかだわ・・・」
「まぁまぁ、折角の大阪観光なんだから。お好み焼きも食べちゃお?」
「お好み焼きなら日野の店で食えるだろーに」
「真澄君、生地混ぜた?」
「・・・今やってるよ」
本場大阪で食すお好み焼きもまた格別、言うとる場合か。注文してしまった以上はしっかり食いきらねばなるまい。クエスト絶賛進行中の折、名物お好み焼きの為に商店街に面した飲食店にやって来た。
「めっちゃお腹いっぱーい」
「めっちゃ美味しかったクルー」
「あかねちゃん家のも美味しいけど、やっぱり本場のお好み焼きは美味しいなぁ」
「エセ関西弁止めろよ。・・・っく、しっかり食っちまったぁ」
「あれもめっちゃ食べたいねんクルー!」
「だから不自然な関西弁止めろって。しかもまだ食うのかお前は」
お好み焼き屋の直ぐ目の前にはたこ焼き屋、キャンディの食欲も尽きないらしいがそろそろ次の目的地に向かうべきじゃいのか。
「―――今は止めとこう」
「どうしてクル?」
「たこ焼きは後のお楽しみ。早く動物園に行って皆に会おう」
「よし、なら急ぐぞ」
「ところで真澄君の方は良いの?一緒のグループの人達も何処に居るか解らないんでしょ?」
そういえばそうだった。星空さんと黄瀬とついでにキャンディ、こいつらと共にここまで来たのもそれが目的の筈だ。再びしおりを手に取り、次の目的地を確認する。
「いやぁー、嬢ちゃんらまた会うてもうたなー!」
「でっ、出たー」
もはや顔馴染みと化した3人組との再会に何処か納得さえする。二度あることは三度ある、である。
「お友達が嬢ちゃんらのこと探しとったで」
「ホントですか!」
どうやら日野達に出会したらしく、向こうもやはり後を追うようにスケジュール通りのルートを辿っているらしいと分かる。でもって、道中が同じであるとしておばちゃん達が案内すると言い出した。・・・よもや、偶然とは恐ろしい。しかも星空さんの口から聞いた目的地が俺の旅のしおりに記しるした最後の目的地と一緒だった。
「ありがとうございました」
「えぇてえぇて。気にしんなや」
「あ、そうや。話題の“納豆餃子飴”さっき買うてん」
「ボクちゃんも遠慮せんと貰っていき」
「ど、どうも・・・」
初めに貰った可愛らしい包みとは異なり、透明のフィルムに包まれた茶色いそれはネーミングを聞いた途端に地雷臭プンプンなのだが断るのも今更と感じてそいつを受け取った。おばちゃんズは三度、何処かへと去っていく。
「あれ何クルー?」
「通天閣!」
「京都タワーじゃないからな」
「っ解ってるよ!ハップップー」
「あの天辺に登ったらお姫様達も見つけられるかも!」
黄瀬の提案に納得して俺達は通天閣の展望エリアへ足を伸ばす事にした。一方、時を同じくして大阪の町中をクタクタになりながらはぐれた仲間を探す“お姫様達”とは別に遥々ここまで“箒”に跨がってひとっ飛びしてくる物好きな奴が居た。
大阪のシンボルとも言うべき通天閣タワーの五階に展望台フロアがあり、もっと上れば屋上フロアが存在する。ビリケン像を背にしてガラス張りの中に広がる町並みに目を凝らし、星空さん達は真剣にはぐれた仲間の姿を見つけようとしている。さて、今回の旅に於ける最大の目的を達成するべく2人は真剣だ。
「おい」
「どうかした?」
「空が―――」
特に注視もせずにただ景色や空を眺めていた俺はその空模様に違和感を覚えて星空さんに声を掛ける。だが、それ以上の異変に見舞われてにどころでは無くなってしまう。足下からフロア全体が激しく揺れ始めたのだ。
「大丈夫!?」
「一体何が起きたんだ?」
「これは、バットエンド王国の仕業クル!みゆき、変身クル!」
奇妙な空模様、周りにいた人々がただならぬ様子で倒れ込んでいるこの状況は正しく違いなかった。星空さんは黄瀬と共に変身アイテムを取り出して変身する。
〈―Ready?―〉
『プリキュア・スマイルチャージ!!』
〈―Go! GoGo Let' go!!―〉
眩い光に包まれていく2人の姿はやがて毎度のように見間違う変化を遂げる。キュアハッピーとキュアピース、今この場に居るプリキュアは彼女達だけだった。
「アッカンベェェェェ!!」
何処からか響き渡る声と共に再び通天閣全体が傾いた。まともに立ってはいられない程の揺れに壁に手をついて支えを得る。思うにこの通天閣そのものがまるで意思を持つように動いてはいないか。即ち俺達が居るこの場所そのものがアカンベェなのだ。だからなのか、町中のどこにもアカンベェの姿が見えないのは。アカンベェが動く度に足下は揺れて体は前後に傾く。これはいわばアカンベェの体内から覗く風景そのものであり、それが近づいたり離れたりするのも動いているからだ。
「うわぁ!」
「「危ない!」」
ガラスに頭から突っ込む寸前で引っ張られ事なきを得る。ハッピーとピースに引き戻されて元の位置に引き戻されると近くにあったビリケン像の台座辺りにしがみつく。
「大変クルぅ、キュアデコルの力を3人に届けるクル!」
「何それ?―――兎に角やってみる!」
キャンディの言葉に引っ掛かりを感じ、ガラス張りに自ら近付いて地上を見た。そこには確かに変身した日野達らしき姿があった。
〈―Let' go!ちょうちょ!―〉
ハッピーが自らのスマイルパクトにキュアデコルを追加した。すると真っ直ぐに一筋の光が地上へ向けて飛んでいく。放物線を描いて光を受け取った様子のキュアサニー、マーチ、ビューティは・・・・・・ちょうちょデコルというアイテムの力を受けて飛翔した。背中に光の羽根を備えて自由自在に空を飛ぶ。アカンベェはサニー達を追い掛けると、ヒラリヒラリ目の前を飛ぶ3人のプリキュアにまんまと翻弄される。高さ100m以上の巨体は動きが鈍い故に追い付かない。大阪の町並みの中をあちこち動き回る中、そいつの体内と化している展望台で振動に耐えながら様子を見守る。
「アカンベェ!!」
マーチを捕まえようと走り出したアカンベェはそれをかわされて思い切りズッコけた。当然、中でどういう事になっているかはお分かりだろう。空中に放り出された体は受け身も許されずにもろ叩き付けられた。・・・くそ、勘弁してくれよ。
「大丈夫、真澄君?!」
「・・・多分な。って、また動き出したぞ!」
単純な思考しか持たないアカンベェは馬鹿正直に目の前を飛び回る存在をただ追い掛け続ける。だが休む暇無く体力を消耗して遂にバテたのか漸く動きが止まるのを感じた。
「何か・・・・・・臭い」
安堵する鼻先を悪臭が漂う。そう感じたと思えば、次に俺達は展望台フロアから空中高くに放り出される始末だった。さっきから色々展開が早すぎやしないか、頼むから一息入れさせろって。このまま地面に墜落―――
「キャンディ!・・・と灰谷君。ご無事ですか?」
「なぁ、もうちょっと穏便に助け出してくれないか」
俺はキャンディを抱えながらビューティに抱えられていた。ハッピーはサニーが、ピースはマーチが各々にキャッチしてくれたらしい。
「・・・なんや。納豆と餃子の臭いがするぅッ」
「納豆と餃子。はっ、通りで何かくせーなと思った」
「アハハハハ・・・あれのせいかな」
「おい、マーチ。何かしたのかお前」
「何か、さっき変な飴玉を拾ってさ。それをアカンベェの口の中に投げ入れたんだ」
「これは納豆餃子飴・・・」
マーチが取り出した包みを受け取って鼻先に持っていくと中からほのかに香るニンニク&納豆臭。多分これにやられてアカンベェの奴は俺達を吐き戻したんだな。助かったとはいえ複雑でしかねぇ、しかも臭いが体に染み付いてしまったのか制服まで臭い。
「プリキュアめ。こないなったらこの町全部めちゃくちゃにしたんねんだわさ!」
「お前まで不自然な関西弁使うなよ」
今回アカンベェを操っていたのはマジョリーナ。地上に下ろして貰い、ハッピー達はアカンベェを止めるべく最後の戦いに挑んだ。キャンディが生み出す五つのキュアデコル、それを受け取って自らのスマイルパクトに5人はセットする。
〈―Let' go!!―〉
誰が呼んだか煌めくプリンセスティアラを頭に飾り、そこへ更に小さな羽根が備わる。
『“プリキュア・レインボーヒーリング!!”』
重ね合わせた手を高く掲げ、天に向かって真っ直ぐ伸びていく七色の光の渦に青っ鼻のアカンベェを包み込む。塗料が剥がれていくかの様に消滅し、アカンベェは浄化されて通天閣は元の位置に収まった。やがてバッドエンド空間から解放された人々が目覚めて、大阪は元の活気を取り戻し始める。まさかあのタワーが独りでに動き出して町中を暴れまわったことなんて初めから無かったかの様に。
「良かった。町の皆にスマイルが戻って」
グゥゥゥ…
「お腹空いたぁ・・・!」
「そうだった!れいかちゃんの―――」
「初たこ焼き!」
「そうでした!」
星空さん達は目の前の店で人数分のたこ焼きを注文した。あの時、彼女が我慢したのは5人揃って食べる約束をしていたからなのだと言う。驚いたことに青木はこれまで一度もたこ焼きをというものを食べた経験が無かったらしく、修学旅行でたこ焼きを買って皆で食べようという決まりだったらしい。・・・手の中の容器の上に六つ並んだ出来立てのたこ焼き、その上で揺らめく鰹節を見詰めて5人とキャンディは一つずつ仲良く分け合った。特に青木は感動した様子でその一口一口を味わっている様子だ。
「皆で食べると美味しいね」
「次は串カツ行くよー!」
ここまで昼飯も抜きだったらしく、緑川は人一倍の食欲旺盛を見せつける。
「おーい!良かったぁ、見つかったんだね!」
「たこ焼き食べた?すっごく美味しいよ!」
同じクラスの別の班が通り掛かったらしく、星空さんは女子達とお喋りを始めた。一方、その中には例の同じ班の男子4人も居て、こちらを見つけると皆して駆け寄ってくる。
「何処行ってたんだよー!」
「ずっと探してたんだぞ?」
「お前、また1人だけ女子どもと一緒に居たのかよ」
そんなこんなで俺を探している間の道のりに何があったかをとくと聞かされる道中の先に、皆で串カツ屋に寄ることになった。ソースの二度付けは禁止という決まり文句を日野の口から聞かされながら、座敷に腰を落ち着けて串に刺されたカツをたっぷりのソースの中に浸ける。と、それを一口噛って飲み込んだ俺は彼女に向かって話を切り出した。
「星空さん」
「え、何?」
「・・・その、昨日のことなんだけど」
聞きたくないかも知れないけれど、そんな前置きを挟んで意を決した。
「ホントに悪かったな。ただあれはわざとじゃなくてさ、何て言うか。間違ったんだ」
事の顛末を自分の口で正直に説明した。但し、他にも男子が居たとかその辺りはまたややこしくなりそうだから割愛したが。まぁ、俺なりに一応は謝っておこうと考えてのことだ。別に許して貰おうだなんて思ってない。星空さんは俺の話を聞いてきょとんとした顔つきだったが直ぐにこう返した。
「わかった。もういいよ、私気にしてないから」
「え」
「真澄君、私ね思うの。修学旅行の間、色んな事があったでしょ。色んなところを見て回って、美味しいものを食べたりして。それに大凶引いてツイてなかったり―――」
星空さんは目を見て真っ直ぐにそう話し続ける。周りの喧騒の中で俺達は互いに静かに向き合っていた。
「・・・でもね。それって全部ウルトラハッピーな思い出になるんだよ」
「思い出に?」
「そうだよ。だって後で楽しかったなとか辛かったなとか、きっといつか思い出したりするんだよ。それって素敵なことだって思うんだ」
星空さん曰くそういうことらしい。確かに何時かは笑い話にでもなって懐かしむ時がくるのかも知れない。いまいちピンと来ないが、彼女はそう言いながら本当に笑顔だった。―――二泊三日の修学旅行も終わりを迎え、帰りの新幹線の車内では一部旅疲れからか眠る者もいる。俺は紙袋の中にある幾つかの土産物を妹がメールで送りつけてきたリストに照らし合わせる作業に追われた。どうにか大体の物を揃えた辺り良い兄貴と言えるだろう。チェックを終え、近くの席で背もたれに身を預けている星空さん達は寝息を立てていた。彼女の顔を見て、串カツ屋での話を思い出すと修学旅行の出来事を振り返る。思わず、ひっそりと口角が上がってつい笑ってしまった。成る程、既にもう面白い思い出の一つが出来た気がした。
続