笑わない彼にもどうか幸運を。 スマイルプリキュア! 作:新生ブラックジョン
「どうしたんだ、あいつら」
「さぁ・・・?」
この日、屋上にて俺と青木は遠く空を眺めては深い溜め息をつく星空さん達の姿を見ていた。そして広く澄んだ青空に向かって一人また一人と彼女らは呟き始める。今にも消え入りそうな声で1人ずつ打ち明けた。
「英語があかんかった・・・・」
「私は数学が」
「私は歴史がね」
「私なんか―――私なんか全部だよぉ!!」
それぞれ苦手な科目があったらしく、先に行われた中間テストの結果が返ってきた事で意気消沈といった様だ。最後の星空さんに到ってはほぼ全滅だったらしく一番ダメージが大きいと思われる。いや、全部ってのは流石にどうだろう。
「真澄はどうやってん、中間テスト」
「別に。可もなく不可もなく」
「そっか~、良いなぁ」
「元気を出して下さい」
「れいかは学年トップだったんでしょ?」
「え、えぇ・・・」
屋上の風に当たりながら事故憐憫に浸る友達へ励ましの言葉を掛けようとするが、青木は緑川の言葉に何処かキョトンとした表情を見せた。七色ヶ丘中学校の二年二組を代表する学級委員にして生徒会副会長、青木れいか。品行方正かつ文武両道を字でいき周囲の生徒からも慕われて担任教師の信頼にも厚い。故に多くの者はきっとそんな彼女を完璧と思うに違いない。
「また?入学してからずっとだよね」
「キチンと勉強すれば、皆さんも次は良い成績が取れますよ」
「それが出来たら苦労しないって」
別に嫌味とかでなく「継続は力なり」ということだろう。黄瀬が言うように学年トップの成績を維持し続けているなら勉強が習慣として身に付いているということだ。しかし緑川達もそれぐらいはわかってるだろう。苦手ならこの次に備えて予習と復習をすれば良いなんてきっと言われるまでもない。
「でもさー、どうして勉強しなきゃいけないのかなぁ?」
「将来困るからです」
「ほんま?学校の勉強が出来んくても将来そんな困らん気するけど」
「そうよね。数学とか化学とか、何の役に立つのかイマイチ解らないし」
「「「うんうん」」」
ところがだ。まるで純粋な疑問のように終いには口答えにしか聞こえない事をのたまう。へぇ、そりゃあ確かに目から鱗・・・ってアホなのかコイツらは。んなもん、文部科学省にでも聞け。流石の青木もこんな戯言をイチイチ相手にはしないだろ。4人はすっかり勉強というものに対する疑問が膨れ上がっていた。
「れいかちゃんはどうしてそんなに勉強するの?」
こりゃあ勉強したくないだけで如何にも正論らしく言ってるだけかもな。半ば飽きれて言葉も無いんだろう、青木は星空さんの問い掛けに遂に最後まで黙ったままだった。
早朝。起床すると身支度を整えてジャージに着替える。まだ朝靄の中を兄と共にランニングし、汗を流し終えると制服に身を包んでエプロン姿で台所に向かう。母の手伝いとして料理する手つきは中学生にしては大人顔負けか。昼食の弁当には自身が作った立派なだし巻き玉子を加える。続いて登校の時間までを昨日の授業の予習分にあてて熱心にノートを埋めていき、こうして何時もの一日が始まる。因みに俺自身は心地よい二度寝を経て適度に朝寝坊してから自宅を出発。先に出た妹の後を追うようにして通学路をゆったり歩いて登校する。青木の規則正しい生活習慣は昨日今日ではとても真似できない。
「ふぁぁ~・・・何だよ急に」
「それがね、れいかちゃんが大事な話があるって」
今日は遅刻寸前、と秤に何となくだが間に合った。先生のホームルームが直ぐに始まった為に教室での三度寝にはありつけなかったが。でもって何時も通り退屈な午後の授業を大体寝ぼけ半分で乗りきった俺は早く帰って昼寝でもしようかと考えていた。しかし何故か運悪く星空さんに捕まってしまった秤か、わざわざ中庭に連れてこられて何時もながらに遺憾だ。ダラダラついていくと既に数人の人だかりがあって、俺や星空さんだけでなく日野達や更にはクラスメイトか同級生らしき奴らも来ている。どうやら青木は他にも何人かに声を掛けたらしく、一体何事なんだろうといった雰囲気で軽くざわついていた。
「・・・私、止めます」
やがて一呼吸して青木はそう口を開いた。ポカンとして何の事やらと首をかしげている周りの様子からしてこの戸惑いの感情はどうやら俺だけではないとそれだけは理解する。
「やめるって何を・・・?」
「生徒会副会長を」
星空さんの質問に返した答えに、そう、同じ生徒会に所属する役員達が呆気にとられた様なリアクションをした。
「弓道部を」
「えぇっ!?」
続けて胴着姿の部員達が我が耳を疑うと秤に。
「勉強を」
クラスメイトも無論驚きを隠せない。あの青木れいかが果たして何故か。真面目で嘘偽り無い普段の彼女からは想像もつかない言葉の数々。
「プリキュアを」
「「「「わぁぁぁぁ!?」」」」
最後のは特に聞き間違いであって欲しかったろうな、プリキュアの話は今この場では不味いし。星空さん達はそりゃあもう大慌てで誤魔化そうと必死。しかもキャンディの奴が飛び出してきたもんだから余計にな。
「全てを止めさせて下さい。―――自分が本当にやりたい事が何なのか、解らないのです。こんな中途半端な気持ちでは皆にご迷惑をお掛けします。ですから・・・」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
「いきなりそんな事言われても」
「まぁまぁ、落ち着いて」
納得いかないと抗議する役員達を生徒会長が窘めた。彼は青木にも優しく言葉を掛け、落ち着いて考えるように勧める。
「皆。れいかはがんばり屋で責任感が強いってことはよく知ってるよね?ちょっと頑張り過ぎたのかも。どうかな、れいかに暫く休んで貰わない?」
透かさず緑川が助け船を出し、彼女の提案を聞いた関係者達は各々に顔を見合わせる。どうやらその案に落ち着きそうだな。皆の頷く素振りに一応彼らなりに納得したんだろうと端から見ていてわかる。あの青木の事だからよっぽどなんだろう、そんな声もちらほら聞こえてきた。
「暫く休んで、自分のやりたいことゆっくり考えなよ」
「・・・はい」
親友の優しさを噛み締める様に、再び一礼して青木はこの日から宣言した通りに全てを止めた。それこそ、一日の始まりから日々の習慣となっていたジョギングなども。曰く、兄や母は自分のやりたいことをするようにと青木に勧めたらしい。そもそも、何故ぜんぶ止める事にしたかといえば祖父のアドバイスがきっかけだったとか。
「ふぅん、詰まりリセットしてみた訳か。自分が本当にやりたいことを見つける為に・・・」
「放課後、あたし達と一緒に?」
「はい。皆さんがどのように過ごしているのか知りたいのです」
中庭の東屋にて昼休み、俺達は弁当の包みを広げていた。一人有意義に過ごそうとしていたところに星空さん達がやって来てしまったが今更抵抗もクソも無い。で、青木の例の発言について改まって本人の口から直接に真理を知ったところでこの申し出があった。周りの人間に言われるがままに過ごしてきた彼女にとって今回は一大決心の様だ。仲間の放課後の過ごし方を観察して参考にしたいってところか。ふむふむ、星空さん達は対して快諾した。七色ヶ丘中学の優秀な生徒にして品行方正かつ文武両道を字でいく青木。周囲の信頼にも厚い、故に多くの者はきっと彼女を完璧だと思うに違いない。・・・しかし。ふとした切っ掛けで迷いが生まれてしまったらしくこうして探求の道に踏み出した。
「図書室か」
「読みたい本があるんだ」
最初の案内でやって来ると星空さんは先ず一冊手にとって早々と席に着いた。“童話全集”と書かれた厚みのある本を広げた彼女はいつになく真剣な面持ちでページを捲る。一方、彼女の向かいに座った青木も例にならって全く同じ本を持ってきた。形から入ろうという訳だなこりゃ。俺は特に読みたいものは無かったので頬杖ついたまま微睡んでいた。当たり前だが図書室なのでとても静かだ。すると啜り泣くような声―――いや、今度は唸り声か或いは場違いなまでの笑い声がしっかり聞き取れた。今一度、ここは図書室である。
(何なんだ)
ギョッとしてそちらを向くと俺は思わず二度見してしまった。
「みゆきさん」
「ハッ!・・・す、すみませんっ」
驚いた事に星空さんは本のページ相手に何やら感情を爆発させていた。それはもう、実に表情豊かでやかましい。なので周りからの迷惑そうな視線を前にして直ぐ、青木は窘めて本人が気付くように促す。こっちまで顰蹙買いたくないしな、知らんぷりしようかな。
「みゆきさん、その童話を読むのは初めてですか?」
「ううん、何回も読んでるよ」
「知ってる話をなぜ読み返すのです?」
「だって何回読んでも面白いんだもん」
星空さんはそう言ってあるページを見せた。にしても人目も憚らず一人で泣いたり笑ったり忙しい奴だな、ちったぁ周りを気にしろっつーの。青木は勧められた物語の件に目を通していた。その後、体育館に場所を移すとバレー部の熱心な練習風景を前に激を飛ばす日野の姿があった。
「なぜ自分の番じゃない時も声を出すのですか?」
「バレーで大事なんはチームワークや。だから何時も声を出してお互いを応援し合って気持ちを一つにするんや」
そう答える彼女の横顔を青木は見詰めた。俺はというと後ろの方でキャンディのお守りをしていたのだがこれも今は致し方なしか。さて、お次は二組の教室だ。閑散とした放課後、机に向かってやたら熱心に画用紙にペンを走らせる黄瀬。時折ぶつくさ呟いてはシャーペンと消しゴムを頻繁に持ち変える。ちょっと覗くと何かの漫画のキャラクターを描いていた。
「どうしたんですか?」
「何だかどうしても、この辺がカッコいい感じにならなくて・・・」
相変わらず上手いなと思うのだが当の描き手はお気に召さず、そのこだわりがこちらにはさっぱり理解出来ない。でもって青木はそんな黄瀬の事をこの時もただじっと見ていた。画用紙に落書きするキャンディを横目に再び窓外の空を眺める。
「真澄はお絵描きしないクル?」
「やらねぇよ。関係無いし」
飽くまでも、今はまだ。次の次が来るまで俺は待機を続ける。しかしだ、その、何だろうな。・・・マジでこれ最後まで付き合わなくちゃいけないのか。そう、さっきは場の空気に逆らえなくてついつい―――断ろうにも断れなかった。一体何をかって?まぁ、そこは取りあえず後もう少しだけ付き合ってくれ。そんな訳で学校を後にした俺と青木は河川敷の土手に来ていた。
「ぎゅむっ?!」
「お兄ちゃん当たったー!」
「痛そー」
今この瞬間からハッキリと俺の心は折れてしまった。チビッ子の蹴ったサッカーボールが顔面目掛けて飛んできた、見事に鼻っ柱に食らったんだ。こんな元気の塊みたいな幼い子らを相手にしなきゃならない状況に俺の精神は削られていく。大袈裟じゃないぞ、緑川の下の兄妹達と遊ぶのは命懸けだ。元気一杯で手加減知らないし、容赦無しか。しっかしゴールキーパーなんか引き受けるんじゃなかった。走り回らなくて良いかと思ったんだが、これじゃあいい的だ・・・トホホ。
「真澄ー、大丈夫ー?」
「おー、別に!」
緑川に返事するや兄妹達がまた一斉にボールに群がり、1人がそれを受けとると真っ直ぐに突っ込んでくる。ヤバイぞ、次はかわしてみせる。いや、キーパーだから駄目か。
「あ!」
「大丈夫!?」
思った矢先、ゆうた君が転んだ。青木が直ぐに土手を下って助けようと駆け寄る。同じく後に続いた緑川も弟の泣く姿を見て手を差し伸べるかと思われた。だが、別に手を貸すのでなく自ら立ち上がる様に声を掛けるだけだった。
「ゆうた、自分で立てるでしょ」
すると幼い弟は涙を拭きながら立ち上がるとまた直ぐに兄妹達の輪に戻っていった。助けようとする青木を止めてまで緑川は自ら立ち上がるように促す。
「よーし。流石ゆうた、偉い!」
そしてそれをただじっと見詰める青木。さて、次はいよいよ本日最後の寄り道。―――うーむ、何時にない緊張感。本来なら1人の筈だったのに側に彼女が居る。無論、決して変に意識してるつもりは無い。それより青木が一体俺の何を見て参考にするっていうのか。まさか家に招待する羽目になるとはな、あの時しつこく説得されて面倒くさいから適当に答えちまったけど。星空さん達の考えることといったらホントに迷惑だな。
「それではお邪魔します」
「おう」
母さんは今は出掛けている。鍵を開けて入ると玄関先にはサンダルが一足、ということは妹もまだ帰って来てはいなさそうだ。若しくは一度帰ってまた直ぐに出掛けた可能性もある。何れにしろうるさい奴が居ないのは好都合だ。青木を先に部屋へ案内してから一応飲み物とかも用意する。
「えっとー、俺を観察してみたところで得られるものがあるか解んないぞ。というか無駄足に終わるだけだって」
「すいません、自宅まで押し掛けてしまって」
「まぁ、どうぞ」
コップに入れたジュースを差し出すと彼女はそれを手にして正座した。向かいに胡座をかき、俺達の間には確かな沈黙が漂う。
「灰谷君はいつもどの様にして過ごしているんですか?」
「“どの様にして”ってな・・・」
そうなんだよな、あれこれ考えてみたけれどこれぐらいしかないか。俺は電源を点けてコントローラーを手にし、適当にチョイスしたソフトを入れる。そう、テレビゲームだ。黙々と画面に向かってステージをこなしていく、放課後にやることって言ったらこれくらいしかない。
「いや、マジで特別な事は何もないぞ」
「普段通りで構いません。様子を見せてください」
「だからそれが困るんだって―――あっ」
「負けたちゃったクル」
早速ゲームオーバー。やがて繰り返すこと数回、何度か同じところで躓いた俺は心折れてコントローラーを置く。
「やるか?」
「え、はい・・・」
そして青木にそいつを手渡した。何てことないごく一般的なジャンルのアクションゲーム。操作方法を説明して一番最初のステージからプレイさせてみた。ほほう、フムフム成る程。
「そこから来た敵はそいつで」
「は、はい!」
「良いじゃん、その次はそっちへ―――」
「クルゥ、惜しい!後少しクル!」
徐々に白熱していく。最初は半信半疑で俺の言うとおりにただスティックを傾け、おぼつかない手付きでコマンド入力していただけだったのに。青木はその内に自発的に敵をキルし始める。リスポン、キル、リスポン、キル・・・・・・全滅か。
「れいか凄いクル!クリアしたクル!」
「まだだ。・・・まだボスが居る」
ゴクリ、張り詰める空気。高鳴る鼓動と共にボス部屋のドアを潜る。群がる雑魚を捌いて辿り着いた先で待ち受ける難関だ、青木はこれまた真剣な面持ちでコントローラーを握り締めた。イベントシーンの間、小さく息を整えるのが伝わってくる。
「・・・いざ!」
「クルゥ!」
「うぉっ!」
スゲェ指捌きだ、無駄がない。初手のボスの攻撃をかわしてプレイヤーが追撃を与える。―――マジかっ!?こいつ、いける?まさかあの短時間で上達してやがる。青木ってひょっとしてこういうのもそつなくこなせちまうのか。冷静に敵CPUの行動パターンを理解して手数多く反撃してるよ。うわぁ、みるみるヒットポイント削ってる。え・・・嘘ぉ、ここまで来て惜しい!
「れいか頑張ってクル!後ちょっとクル!」
「はい!あの動きは射程距離の長い広範囲技、でしたね?」
「うぇ、お、おうそうだよ」
「・・・させません、ここで阻止しなければ大技がッ」
「―――ちぃっ、ゲームオーバー」
「もう一度、もう一度お願いします」
時間はあっという間に過ぎた。冷静沈着かつ高い洞察力、間合いを見極めながら攻めに出る姿勢。青木はすっかりボスを手玉にとっていた。何度も躓いてはそれでも攻略を試みて、外はすっかり陽も傾いている。で、遂にその時は訪れた。
「まっマジか・・・」
「ふぅ、手強い相手でした」
「クリアしたのかよ、アレを」
思わず広角がひきつってぎこちない笑みを浮かべそうになった。俺の目の前で青木は割りと強敵だった中間ボスを見事に捩じ伏せてしまった。うん、ただの気紛れで何にも考えず期待もせずやらせてみたんだが、彼女はどうやら飲み込みが早いらしい。
「天晴れ」
日もすっかり暮れ始めていた。近所のコンビニに行きたかったので序でに青木を途中まで見送る事にした。
「今日は一日ありがとうございました。灰谷君にはすっかり付き合わせてしまって」
「まぁ、普通に面倒だった。けどなかなか面白いもん見させて貰ったからさ」
「ゲーム、初めてだったんですがすっかり夢中になってしまって」
我に返るなり恥ずかしい、そう言いたげに青木は肩をすぼめる様な仕草をする。
「で、結局は何か意味あったのか?自分のやりたいことってのは」
「正直、まだよく解らないんです。みゆきさん達や灰谷君は各々、夢中になれる事が違うのですね」
「まー、そこはてんでバラバラだったな。―――別に俺はどうしてもゲームって訳じゃ無かったけどな。ただ」
「ただ?」
「・・・なんつーか、結構久々に良い暇潰しにはなった。俺んちに誰かが来るって無いから」
「そうなんですか」
コンビニはこの先だ。住宅街の丁字路に差し掛かり、俺達は道を分かれた。
「灰谷君」
「あ?」
「今日は本当にありがとうございました」
「・・・じゃあな」
改まり姿勢を正すと丁寧なお辞儀をしてキャンディを連れた青木が帰っていく。やりたいことなんて俺にはきっと無い。いくら考えたってそんなの思い付かない。
「しっかし、あんなの久々だったな」
丁度このぐらいの時期だったか以前もあった。放課後いきなり押し掛けてくるもんだから、大して他にやることも無かったので取りあえずゲームで遊んだ。
「今日はありがとね。楽しかったよ“まっすー”」
馴れ馴れしくそう呼んでくるあいつ。青木にゲームをやらせていてふとその時の事が過った。思い出した、多分あれはあれで楽しかったんだな。
「ん、星空さん?」
―――帰り道。ばったり彼女と日野達も一緒に居るところに出会した。早速、青木の様子について聞かれたので今日のことをありのまま話してやった。
「れいかちゃんとゲームして遊んだの?」
「あのれいかがねぇ」
「れいかちゃんそんなに上手だったんだ」
「いやいや、何させてんねん!最強のくノ一とか意味わからんて」
あの太刀筋は只者じゃなかった。全体的に高難易度とされている“忍者アクションゲー”だったのだが。
「それにしても―――」
「れいかちゃん、いつ戻ってきてくれるのかな」
何気ない一言が原因で思い詰めてしまったのだろうと星空さん達は気にしているようだ。または単なる口答えかも知れないが彼女達なりに責任を感じていた様だ。生徒会副会長、部活、勉強・・・そしてプリキュアも今は全て止めている状態だからな。果たして青木の明日はどっちなんだろう。
不穏な気配を感じて星空さん達は走った。その異様な空模様にバッドエンド王国が絡んでいるに違いないと推測したからだ。案の定、辺りに重い空気が漂うバッドエンド空間がそこには広がっていた。
「人間共の発したバッドエナジーが、悪の皇帝ピエーロ様を蘇らせていくオニ!!」
真っ黒に塗り潰した一冊のページに禍々しいエネルギーを注ぎ入れるアカオーニ。間も無くして地上に降り立った大男は大きな口から牙を覗かせ豪快に笑う。
「グハハハッ!プリキュア、今日こそ倒してやるオニ!」
「そうはさせない!行くよ!」
星空さんの呼び掛けに頷く仲間。一斉にスマイルパクトを取り出して声高に叫ぶ。
〈―Ready?―〉
『プリキュア・スマイルチャージ!!』
〈―Go! GoGo Let' go!!―〉
ハッピー、サニー、ピース、マーチの4人が並び立った。本来なら居る筈の5人目が不在の中、順に勇ましく名乗りを上げる。
「んん?もう1人はどうしたオニ!?」
「あ、あんたなんか4人で十分や!」
「えぇ!くぅぅ~っ生意気オニ!アカンベェでこてんぱんにしてやるオニ!」
痛いところを突かれて強がるサニー、挑発と捉えた敵は一層の決意を固めて赤玉を取り出す。怪物アカンベェを生み出してバッドエンド幹部、アカオーニが指示を飛ばす。
「こいつらをこてんぱんにするオニ!!」
「キュアサニー!」
「えっ、ウチと勝負?!」
それはなんとアカンベェ自身のご指名。思わず面食らったもののサニーは一歩前に進み出でた。
「よっしゃあっ!受けて立つで!」
「問題!」
アカンベェはそう言うと自らの体をまるでページでも捲るように広げる。
「英語で“私の名前はキュアサニーです”はなんと言う?」
「えぇ英語?!えぇっとー・・・・・・“ワターシ、キュアサニー”!」
ブッブー、そりゃそうだろ。え、ちょっと待てよ、今回はこんな感じで戦いが進行するのか?つーか、この程度の問題に答えられないってマジなのか。そういや英語が苦手とか言ってたがにしてもそれ以前の問題だろ。うわぁ、早速かよこれオーマイガー。
「答え。“My name is Cure Sunny.”」
アカーンベェ!という訳で不正解にはペナルティーが。胸の前でバッテンを形作り、それによってサニーの身動きを封じてしまった。これは不味いぞ、このシステムで事が進んでいくとなると嫌な予感しかしない。
「答えを間違えるとバツに閉じ込められるオニ!」
「キュアピース!」
「っ・・・任せて!」
この後出しじゃんけんに動揺して負けなければ良いが、アカオーニ達のペースに乗せられるなよ。アカンベェはどうやら教科書から生み出された存在らしい、故に攻撃方法が今回のような特徴になるんだろう。さて、2人目の回答者はピースだ。
「問題!“1+2+3+4=?”」
「算数?!ちょっちょっと待って!」
至って簡単な算数の問題。慌てて指折り数える必要も無いのだが、兎に角落ち着けピース。こんなの引っ掻けでもなんでもないだろうに。え、あれ。嘘、時間切れだ。
「答え“10”」
「あーあ・・・」
という訳で“アカーンベェ”これ。数学得意じゃないからって幾らなんでもあり得ねぇぞ。こんなのちょっとした算数だし、てかお前一体いくつだ?ピース。彼女は冷静さを欠いてそれが仇となった。
「何やってんだよ全く」
「時間切れで答えられなくてもそうなるオニ!」
「次、キュアマーチ!」
「よし、来い!」
ここまで良いとこ無しのプリキュア、次こそ挽回なるか。今度はなになに・・・“徳川幕府三代目の将軍は誰か”―――確か、これは中間テストにも出たぞ。因みにかの時代劇で有名な吉宗は第8代目にあたる。
「徳川家・・・家・・・・・・家ナントカ!!」
「「「イエナントカ!?」」」
「アハ・・・」
「じゃねぇよ!」
そうだった、緑川は歴史が駄目だったんだ。つまりは問題との相性が悪かった、運が悪かった。にしてもこれなら無回答の方がマシだな。仲間達もマーチの回答には唖然とする。で、問題の答えだが“家光”である。
「揃いも揃って駄目じゃん」
「うぐっ、面目ない」
「どうしよう、このままじゃ本当にやられちゃう」
「くっ、次はハッピーの番か」
うわぁ、こりゃ結末が知れたもんだ。冗談抜きで不安しかないんだが、あの星空さんだぞ。全教科を苦手と自負したんだぞ、ヤバいじゃん。
「終わったな」
「アカン、信じるんや!」
「いや、しかしだな」
「次、キュアハッピー!」
「ダメダメ!私!ホント!全教科苦手だからぁぁぁーーー!!」
「・・・あれでも?」
磔にされたサニー達は押し黙った。ぐうの音も出ないよな、すっかり目が泳いでるよあんたら。慌てふためく姿にアカオーニはしめたと秤に笑みを浮かべる。漬け込まれる要素全開。
「腰抜けオニ!」
「っ腰抜けじゃないもん!んもぅ、当たって砕けろだぁ!!」
「砕けたらあかんやろ!」
挑発を真に受けてやけくそ気味、最早周りの声も届いてはいないんだろう。一方、そんなハッピーへの出題は滞りない。
「“ことわざ。犬も歩けば・・・続きは何?”」
「おぉーやったぁ!それなら知ってる!」
見守る仲間達の期待が一気に上昇する。確かにこれなら誰だって答えられる、外国語でもなければ即答を阻む数式でも、覚えられない偉人の名前でもない。単なることわざに過ぎないのだから。アカンベェも大分ハッピーを見下してたんだな、まぁビシッと回答を決めて覆してやれよ。
「犬も歩けば―――ここ掘れワンワン!」
こいつはアカーンベェ、いや、お仕置きだべ~。うん、多分なんだが花咲か爺さんと混ざってしまったんだと思う。いや混ぜるなよ、いよいよマジか。期待した分の裏切り度合いが凄い、皆この回答には凍り付いていた。こんなの英語が解らないサニーよりヤバいんですけど。おうおう、言ってやれよ。
「犬も歩けば棒に当たるやーーー!!」
「そうだったけ?ゴメン・・・」
全員アカンベェの攻撃成功を前に磔状態、ゴ○ゴダ星での“何とか兄弟“より悲惨だぞ。身動きとれないハッピー、サニー、ピース、マーチ。
「とどめオニ!」
「アカンベェ!」
もんだいしゅうと書かれたデカい図体がこっちに向かってくる。身動き取れず成す術がない、どうすれば―――
「お待ちなさい!!」
声がした方へ視線を向けるとある人影が映った。シルエットが鮮明になるにつれてその場の誰もが表情を一変させる。
「青木」
「れいかちゃん!」
「遅刻オニ。お前、道にでも迷っていたオニ?」
「確かに私は迷いました。私の本当にやりことは何なのかと。でも―――」
彼女は近くでバッドエナジーを発し続ける小学生達を見詰めた。
「私は私の意思でここに来ました。人々を嘆き悲しませる悪事、私には見過ごせません!」
「お前1人でこのアカンベェに敵うものか!」
青木は臆すること無く相手を見据える。その眼差しには一切の迷いも無い。スマイルパクトを手にした青木は力強く叫ぶ。
「プリキュア・スマイルチャージ!!」
〈―Go! GoGo Let' go Beutay!―〉
キュアデコルをセットするとコンパクトからパフを取り、優しく息を吹き掛けて細やかな光の粒子を飛ばした。足元から包まれていくとコスチュームを身に纏い、胸元には象徴的なリボンが施される。長い黒髪は鮮やかな青色に変わり、最後に頬へパフを当ててほんのりとチークが赤みを帯びる。
「しんしんと降りつもる清き心!キュアビューティ!!」
待ちわびた復活を喜ぶ仲間達、期待を一心に背負ってビューティは臨戦態勢を整える。アカンベェは胴体の問題集のページを捲って先に仕掛けた。
「問題!英語で“私の名前はキュアビューティです”とはなんと言う?」
「えぇっまた英語や!」
ターイムショックと秤に秒針が刻まれる。とことん英語に弱いサニーは自分事のように悲鳴を上げた。
「“My name is Cure Beutay.”」
ピンポンピンポーン!と正解を告げる効果音。するとアカンベェの目の前にマルのエフェクトが現れて逆にダメージを受ける。成る程、そこは公平な戦闘システムらしい。問題に正解されてしまうと反撃にあうという実に解りやすい。
「えぇ!?そうなのオニ!」
「知らんかったんや・・・!」
アカオーニが把握してないのは如何なものか、だがお陰で形勢逆転がよりはっきりした。アカンベェは続けざまに問題を突き付ける。
「“1+2+3+4=?”」
「10」
「計算早いオニ!」
「“徳川幕府三代目将軍は誰?”」
「徳川家光」
模範解答でしかも即答、学年トップ常連にはこの程度の問題など肩慣らしにすらならない。
「な、な、何で全部解るオニ?!」
「私にもわからないことは沢山あります。―――バレーボールで大事なのは仲間と気持ちを伝え合うことだと、サニーから学びました。絵の一本一本の線に描いた人のこだわりや情熱が籠っていることをピースから学びました。子供達に厳しく接することも優しさなのだとマーチから学びました。知っている物語も何度も読み返すことによって違う味わいが出てくることをハッピーから学びました」
その人にとってはどれもが当たり前の事、しかし誰かにとっては新鮮な気持ちを抱かせる発見になる。人は学ぶことで新たな知識を得て成長する。青木はまさしく今日一日の中で体現していた。
「自分のやりたい事が何なのかまだ解りません。でも皆さんを見ていて思ったのです、学校の勉強も大切ですがそれだけじゃない。・・・もっと色んな事を見たい、聞きたい、知りたいと!!」
接近したビューティは素早い拳の連打を叩き込む。アカンベェは最初こそかわし続けていたがやがて追い詰められ、ビューティは遂に鋭い蹴りに敵を捉えた。
「そしていつか、自分のやりたい事を見つけたい!」
今度は何の迷いもなく例の問いに対する答えを示した。人は何のために勉強するのか、自らの行動によって他ならない学びを得た。
「えぇーいっゴチャゴチャうるさいオニ!アカンベェ、あいつにものすごーく難しい問題を出してやるオニ!」
「問題!“詩人 高村光太郎の詩、道程のはじまりを述べよ”」
指示通りあからさまにそれまでから問題の質を上げてきたアカンベェ。
「ウッハッハッハッハッ、どうだ!解らないオニ?俺様もさーっぱり解らないオニ!」
「―――僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る」
「正解しちゃったオニ!?」
「やりたい事を見つける為に、私はこれからも色々な事を学び続けます!それが、私の道です!!」
ビューティは再びスマイルパクトを手にしてエネルギーを集中させた。氷エネルギーの冷気を込めた渾身の必殺技を浴びせる。
「“プリキュア・ビューティブリザード!!”」
浄化作用を受けて怪物アカンベェは眩い光の中に消えていった。赤っ鼻とされる玉もまた消滅してそこから新たなキュアデコルを取り出す。アカオーニが撤退した後、バッドエンド空間は綺麗さっぱり消失して人々は何事も無かった様に日常に帰っていった。
「あかねさんならバレーボールで世界大会に出場するのも夢ではありません」
「えっ、いやーそれは煽てすぎやで」
「今から英語を学んでおくと世界に出た時に各国のプレイヤーとお話が出来て良いと思いますよ」
「成る程!」
「やよいさん、数学を楽しく学べるイラスト入りの本があったら読みますか?」
「勿論!そういう本があったら嬉しいな」
「やよいさんなら数学が苦手な人の気持ちがわかって、良い本が作れると思いますよ」
「そっか!私がイラストを描いて説明すれば良いんだ!そうしたら数学の勉強にもなるし」
くれーなずむー、七色ヶ丘の町並み。夕刻の中、青木先生から改めて贈る言葉。人は自らの可能性を広げる為に学び、知識をより深めていく。それは未来への自分を形作る為の道なのだろう。日々の積み重ねが何時しかなりたい自分という道を作るのだとしたら。
「なお。サッカーは歴史あるスポーツです。弟さん達にサッカーの歴史を教えてあげると喜ぶと思います」
「そうだね。もっとサッカーが好きになるかも」
「みゆきさん」
「色んな事を知ってた方が物語をもーっと楽しく読めるね!」
「はい!」
・・・だとしたら、俺はこの先をどう形作るのだろう。夕日を見ていたからか感傷に浸ってしまったに違いない。そんな事、今の俺が幾ら考えたところでどうにもならない。
「灰谷君」
「ん?」
「灰谷君は自分がやりたいと思うこと、ありますか?」
「―――さぁな」
「きっとこれから見つけられると思いますよ」
「“僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る”・・・か」
今の俺が果たしてどう未来という可能性に繋がっていくのだろう。俺の前に道はない、俺の後ろにも道はない。まだ、何も始めてすらいない。あの時、逃げ出した瞬間から俺自身の道は閉ざされてしまった様に思う。頭の中にこびりついて決して離れない笑顔があった。それは二度と取り戻すことが出来ないんだと諦めるしかなかった。
続