笑わない彼にもどうか幸運を。 スマイルプリキュア! 作:新生ブラックジョン
クラスメートの男子達がボールを追い掛けてグラウンドで汗を流す中、今、俺はというと校庭の片隅に1人座り込んで空を眺めている。右手に巻かれた包帯を見た体育教師の判断により、今日のサッカーを見学扱いにして貰った為だ。・・・出会った秤の転校生と共に謎のオオカミもどきに襲われ、挙げ句その星空さんが突然プリキュアなる戦士に変身して戦うというとても信じがたくカオスな出来事を目の当たりにした昨日に原因がある。どうやら転んだ時に手首を痛めてたらしく、帰宅する頃には僅かだが腫れと痛みを伴った。母さんのやや大袈裟な手当てのお陰に他ならない、堂々と授業一つサボれるという思いがけない幸運に密かに恵まれた。いやぁ、ツイてるな。―――に、しても。街のど真ん中であんな騒ぎが起きたというのに今朝から実に平和なもんだ。今になってみれば全部が嘘に思えてくる。とは言え、この手首の怪我が何よりの証拠だが。
「おはよう!」
教室に着いて早々、唯一挨拶してきた星空さんは笑顔でこちらを見ていた。極めて素っ気無くしてホームルームが始まるまでの間、何時も通り机に突っ伏していると彼女は話を続けた。
「・・・怪我、してるの。大丈夫?」
「別に、何でもない」
右手の包帯に気付いたらしく、心配でもする様に彼女は見ていた。本当に大した事ないんだけどな。
「それでさ、昨日は大変だったね。私も色々ビックリしちゃったぁ」
色々。そんな言葉で片付けられる様なものじゃない。これ以上無いってくらいヤバい目に遇ったんだぞ。ところがこの星空さんときたら、笑いながら簡単に済まそうとしているのだから。勘弁してくれよ、ホント。てか当事者としての自覚ないのか。
「なんかね、キュアデコルを集めてキャンディの世界を救わなくちゃいけないらしいの。それでプリキュアって―――あれ、灰谷君。聞いてる?」
待てよ、そんな話してまさか俺を巻き込む気じゃないだろうな。ったく、そうだとしたらこれ以上この転校生に関わるのはきっと良くない。・・・・・・という訳で徹底して避ける事にする。只でさえクラスの誰とも関わるつもり無いこの俺が、その中で唯一の要注意人物として認識しよう。で、関わらない様にと細心の注意を払う。
「よっしゃ!星空さん!」
男子が居るグラウンドと反対のコートでは現在女子がバレーボールの真っ最中。別に見たかった訳ではないが、ただじっとしてるだけってのも退屈でね。彷徨いてここまでやって来てしまったという。―――そこで、偶々目にした星空さんは突っ立ってあたふたしながら降ってくる白い球を迎え入れる。・・・顔面から。決定的瞬間、メッチャ痛そう。
「ナイスや!」
「止めるよ!」
「えぇ!」
その前の黄瀬のレシーブから思わぬトスへと繋がり、それに日野が動くと相手チーム側の緑川と青木も反応してガードを固める。なかなか白熱した戦いが展開している。日野は跳躍と共に叫ぶ。
「日野ちゃーん・・・スペシャルアタァァック!!」
という名の必殺技を炸裂させ、又しても彼女のチームは点を取る。何でもバレー部のエースアタッカー候補らしい。確かに独壇場と化してる。あ、星空さんぶっ倒れた。―――ガサガサガサ・・・ん、何だこの怪しいの。
「クルゥ!?」
「あ」
目の前を横切った不自然な葉っぱの塊を試しに取っ払うと、そいつはあの時のぬいぐるみ的な生物。何故。
「こんなとこで何してんだよ」
「っみゆきだけじゃ心配だからプリキュアを探しに・・・―――って、チミには関係ないクル」
何か誤魔化した気がする。ま、そういや放っから関係ないし興味ないもんね。変な奴。
「ウロチョロすんなよ。・・・見つかったら大変だぞ」
「ありがとクルゥ」
別に礼を言われることじゃねぇけど。葉っぱの塊はまたモサモサ移動する。俺も取り敢えずグラウンドに戻るとしよう、先生に見つかったらどやされるからな。
「あれ、灰谷君!」
日野と黄瀬が彼女へ手を貸して立ち上がらせる。げぇっ、気付かれた!呼ぶな、手なんか振るんじゃない。しまったぁ、他の女子もこっち気付いてる。グラウンドの隅っこで大人しくしてりゃよかった。あ、後顔が赤い、ボール直撃だったもんな。幸い、ここから見た限りでは鼻血は出てなさそう。さ、とっとと退散しよう。
待ちに待った昼休み。いやーどっと疲れた、殆んど寝てただけだが。教室で自分の席に留まり、さっさと弁当を平らげて一息着いていると、ある事が過って教室を出た俺は別の場所へ足を伸ばした。そこはあの図書室。怪現象と言うべきか、奇妙な体験をした所にわざわざ来たのは半分怖いもの見たさもあったかも知れない。再度、自分の目で確かめたかった。一番奥にある本棚、何の変哲も無い筈だが昨日はここから別の場所まで一気にワープしてしまった訳だ。だとすると―――
「何にも無い、か」
しんと静まり返った図書室で、昼休み中に1人訪れて我ながら何をしてるのか。あの時光った本棚に近付いて、試しに本を一冊手にとってみる。・・・やっぱり何ともない。光ったりもしないし何も起こらない。その場を後にする序でに外に少し出る事にした。学校内にある自販機で飲み物を買おうかと考えて一旦外に向かう。敷地内のとある階段下に来るとそこは妙に騒がしい。・・・あれ、待てよ、この声は嫌な予感。
「プリキュアの事は秘密クルゥ!」
「なんでぇ?」
出た、要注意人物。後、何かさっきウロチョロしてた生き物も居る。まだ徘徊してやがったんだ。関わらない、関わらない。
「それに、誰でもプリキュアになれる訳じゃないクル!」
「えぇ、じゃあどういう人がなれるの?」
「“そり”は―――」
「それは?」
「そりは・・・」
「それは・・・!?」
「知らないクル」
ズコー!聞いて損したぁ。って、そうじゃない。変に焦らす間に聞き入ってしまった。ところで、こいつらは何をしてるんだ?
「―――でも、ドジでおっちょこちょいな私でもなれたしなぁ」
「確かにそうクル」
「って。そこは否定してよねー・・・・・・キャハハハハっえ!日野さん?!」
因みに今、階段の所からこっそり下を覗く形で俺はそこに居る。日野と、後は黄瀬・・・?も増えた。騒がしいなぁ、こいつら。しかし、あれかもう仲良くなってんのか。楽しそうにじゃれてるな。転校生は必死にあのお喋りな生き物を隠そうとしてる。見つかったら大騒ぎになりかねない。
「・・・そうそう、さっきの“キリプラ”やねんけどーウチ、パスするわ。今はバレー部の事で頭一杯やねん。絶対、エースアタッカーになりたいからな!」
これは詰まるところ、星空さんが日野をプリキュアにならないかと誘ったって事なんだろうか。しかし日野の方は興味ないみたいで断った、そういう状況ってことか。待て待て、俺は一体何を納得してんだ。関わりを持たないようにしてんのに。しかも盗み聞きみたいな真似までして・・・。昼休み後、そんなこんなで残りの授業も乗り気って無事放課後を迎えた。さっさと帰ろうかと鞄持って教室を一番に出たら思わぬ相手に呼び止められた。え、俺何かしましたか。まさか授業中の居眠りに気付かれてしまいましたか。ハイ、先生、ごめんなさい。
「大丈夫?ほら、クラスの皆とはどうかしら」
「はぁ、まぁ別に。どうってことは―――」
どうやら違うらしい。あー、ホッとした。でもこの時間は何だろう。特に問題もないし、どうってことはないのだけれど。佐々木先生は何処か探るような、そういった具合で慎重に言葉を選びながら話をしている、何だかそんな雰囲気だ。勘違いか?
「昨日は星空さんに学校を案内してあげたんでしょ?まだこっちに来て、彼女も色々大変だろうし・・・」
「・・・はい」
「友達が出来ることはとても良い事だから、灰谷君も頑張ってね。何かあったら先生に気兼ねなく相談して」
先生はそう言って去っていった。要するに新しいクラスに馴染めそうかとかそういう事。だとしたら、どうもしないな。というか先生、確実に何かを勘違いしてますよ。まぁ、新学期早々にあった春の遠足も完全にすっぽかしたしな。担任としたら気掛かりなんだろう。最近まで割りと長いこと、学校来てなかったし。でもなぁ、だからって転校生と仲良くなりたい訳じゃない。あー、どうでもいい。・・・・・・帰ろうとしたら外は当然だが周囲に大勢の生徒がごった返す。仲の良い友達とお喋りしながら帰っていく奴も居れば運動部なんかは体育着に着替えて早速練習に励んでいる。―――待てよ。何やら背中から嫌な気配。もしや。
「灰谷君。今帰るの?」
「あぁ」
出たー!目下、避けるべき要注意人物になりました転校生・星空みゆきさん。が、こちらも徹底して無視すれば良いのだ。
「ねぇねぇ、聞いてよ。私ね、キャンディに言われたから新しいプリキュアを探そうとしてたんだけど・・・」
「無視だー無視っ」
「それで、私今日思ったんだ。運動神経抜群の日野さんに優しい黄瀬さん。2人だったらピッタリだし、プリキュアになって欲しいなぁって。でもキャンディは誰でもなれる訳じゃないって言うの。確かにそうかも知れないけど―――」
“ドジでおっちょこちょい”なお前でもなれたって話。聞いたよ、俺には関係ないっつの。まだ着いてくるのか。
「灰谷君はどう思う?やっぱり日野さんか黄瀬さんだと思う?・・・あ、でも日野さんはバレー部があるから無理って断られちゃったんだ」
「・・・・・・」
「灰谷君?・・・おーい!聞いてるー?」
「―――ったく、うるさいな」
「え、今よく聞こえなかった。ゴメン、何て・・」
「俺が知るかよ。プリキュアがどうとか、日野がー黄瀬がー、とか!んなもん知るか。俺には一切関係無いから。じゃあな」
我ながらついつい声をあげてしまった。本当に鬱陶しい、実に。で、気を取られて逃げるように歩いていた俺は通り掛かった。そこは校内の体育館側のコート、こんな所へ用は無かったんだが。どうやらバレー部が現在使用している様で、足を止めて見てみるとあの日野の姿もある。すると星空さんはコートを囲む石段に鞄を置いて試合風景を食い入る様に眺める。彼女は拳を振り上げて熱心な応援を始めた。ボールが高く打ち上がり、鋭いスパイクが決まる。日野は咄嗟に反応した様だったが間に合わず阻止に失敗する。その後も、自分にはよく解らないがらしくないと言うべきかミスが続いて思うように点を入れられず、それどころか反撃すら儘ならない、そんな印象を受けた。星空さんもやる気満々で応援していたが拍子抜けといった具合。側に居た他の女子生徒が話している。
「今のエースって日野さん?」
「うーん・・・どうだろ。あたしはユカがエースだと思うなぁ」
と言った彼女の視線の先で仲間とハイタッチする少女。片や、日野は下に俯いて顔を上げようとさえしない。
「日野さん、大丈夫かな」
星空さんがポツリと呟く。まぁそういう時もあるだろうな。誰だって調子が悪くなったりするものだろう、一般的に考えると。現に体育の時は、あの同じスポーツが得意そうな緑川なんかを相手にして活躍していたみたいだし。去り際に振り向くと星空さんはまだ見ていくつもりなのか石段に座ったまま。コートに立つクラスメートの姿を見詰めている様だった。これ以上、しつこく付きまとわれなくて良かった。暫くして、後は寄り道もなく真っ直ぐ家に到着した。先ず玄関先から冷蔵庫に直行して取り出したジュースのパックから自分のコップに中身を注ぐ。気疲れして喉が渇いた。
「ちゃんとうがい手洗いしてね」
リビングに母が入ってくる。忘れてた、と、それらしいリアクションで言われた通りそれらを済ませ、ジュースを飲み干した俺は自分の部屋で即行寛ぐ。何時もみたいに漫画読んで昼寝、晩飯時まで時間を潰すという非常に有意義な過ごし方。因みに宿題があれば大抵後回しだ。
「悪いんだけど、ちょっと買い物行ってきてくれる。夕飯の支度もあるし、あの子も友達の所に行ってるし」
ノック数回、こちらが了承してドアが開く。もう一眠りかと考えていたら母が部屋に入ってきた。あの子ってのはこの家の長女で我が妹である。成る程、どうりで家の中が静かだと思ったら居なかったのか。母から頼まれたお使いで商店街まで一走り。大体この時間帯の店先は何処も、夕飯の材料を買いに訪れた主婦で賑わっていて活気に溢れている。えーと、確か大根一本だったな。八百屋に向かうと店主が威勢よく出迎え、それらしい立派な大根を選んだつもりで購入する。夕方、日も傾きかけてすっかり辺りはオレンジ色に染まっている。最短ルートだと、少なくともそう思って河川敷を通り掛かった。
「げぇ、最悪っ」
前を行く通行人のシルエットが明確になっていくと、それが見覚えある特徴的な髪型をした例の彼女だと気が付いて、直後にこちらは歩くペースを急激に低下させる。学校に居る時ならいざ知らず、何故その外でもあいつに出会すのだろう。偶然というものの恐ろしさをこの瞬間だけで嫌というくらい痛感した。大袈裟に聞こえるかも知れないが苦手意識を多分に持っているこちらとしては寧ろ、これは妥当な表現であると思う。星空さんはまだこちらに気付いていない。
「えぇい、面倒だ」
一旦、引き返そうかとも考えたが素通りしようと再び歩き始める。星空さんは何かに気を取られているのか川の方に向かって叫ぶ。・・・いや、正確には電車が行き交う高架下の辺りへ手を振っている。その時、星空さんは大きく体勢を崩した。足を踏み外してよろけた彼女は俺をも巻き込みながら河原の土手を転がり落ちていく。側を横切った際に咄嗟に掴まれた事で2人仲良く地面に。イッテェ!もうやだ。
「ちょっ大丈夫かや!?」
「・・・大丈夫じゃねぇ」
「イタタタ―――へっ、はいたに、くん」
「降りろぉ」
何処に乗っかってんだよ、おい。女の子にのし掛かられる状況、別に嬉しくもなんともない。何で俺が下敷きなんだよ、退けよ。
「あんたも平気か?・・・えぇっと、確かおんなじクラスやったな。えー・・・・・・」
「灰谷君だよ、日野さん」
「あぁ、せやったかな。おかしいな。ウチ、クラスメート皆の顔と名前は覚えてるつもりやったけど。堪忍や」
彼女は思い出そうとする素振りをして、諦めたらしく顔の前で両手を合わせて苦笑いを浮かべる。まぁ別に仕方ない。何せ今のクラスになって登校したのが昨日で初めて。口を利いた事もないし、興味もない。そういや、担任が寄越した名簿の写しにざっと目を通したぐらいだったな。で、これって一応は名乗っといた方が良いのか。
「・・・灰谷真澄」
「灰谷」
「真澄」
名前を聞いた2人がこちらを見詰める。別に覚えなくても構わない、一応は最後にそう付け加えておいた。だって本当に覚えて貰わなくても良いし。
「改めてよろしくね」
「ウチもや。日野あかね」
「―――ああ」
意図しない自己紹介、まさかだったな。服に付いた汚れやらを落として袋を拾い上げる。よし、大根はどうやら無事だ。すると星空さんが唐突に口を開く。
「日野さん、元気出して!泣いてるとハッピーが逃げちゃうよ。スマイル、スマイル!」
「・・・ウチ、泣いてへんけど?」
「えっ、でも。さっき地面にポタポタポタって―――」
「それ汗やで」
「汗?!なぁんだ、てっきり試合の事で落ち込んでるのかと・・・」
日野の様子が気になって声を掛けたのか。とんだ人騒がせだな、まぁでも勘違いで良かったんじゃないか。
「ウチは落ち込んだりせぇへん。今必要なんは特訓や、特訓!」
「それなら私も手伝う!」
「お節介じゃないの」
「えぇ、そうかな?だって私、日野さんの力になりたいなぁって―――」
「ウチは誰にも頼らん!」
「ほら」
「・・・て、何時もなら言うんやけど。お願いしようかな」
日野はニッと笑って星空さんの提案をあっさり受け入れた。以外だ。星空さんは相手の言葉に大張り切りでボールを頭上高く投げ、彼女を加えた形で日野のスパイク練習が始まった。アスファルトにボールが打ち付けられる乾いた音が響き渡り、橋脚には痕が残る。何故そこまでして付き合うのか解せないという気持ちのまま、なんとなく眺めていると星空さんに呼ばれて我に返る。
「灰谷君も日野さんの応援して!」
「えー」
「ほなっ、頼むわ!」
「俺、関係ないんだけど」
すっかり巻き込まれてる。夕暮れの中を特訓ってどこぞのスポ根ドラマだよ。日野が橋脚に向かって、壁当てで打ち込むボールを何だかんだ取りに行く羽目に。次第に星空さんまでが額に汗して練習は続けられた。まるで自分の事の様に彼女は必死だ。誰かの力になりたいという気持ちはあってもおかしくないだろうけど。昨日今日知り合った秤の相手にそこまでするものだろうか、普通。星空さんはどんな事を考えてるんだろう。・・・あ、そう言えば買い物帰りだった。こんな事してる場合じゃないんだけど、ボールが次々あちこちへ飛んでいく。はぁ、これは長い寄り道になりそう。
「見に行こうよ、日野さんの試合」
「行かない」
顔合わせるなりこの調子。勿論、即答して話は早々に切り上げる。彼女は頬を膨らませ、あからさまに不機嫌そうな顔をする。何故だ。
「だって、バレーの特訓付き合ってくれてたし。日野さん、一生懸命だったんだよ」
そんな事を言われたってさ。付き合ったってあんなもんは俺の意思じゃなかったし。ていうかこっちは何にも手伝った覚えはないぞ。誰が積極的なもんかよ。大体、日野なんてただのクラスメートでそれだけだし。・・・て、星空さんに言ってやった。口を突いて、珍しく言葉が溢れ出た。
「そっか」
「星空さん。そもそも俺達だって友達でも何でもないじゃん、いい加減しつこいから。じゃ」
それらは至極真っ当、こっちは当たり前の事を言ったまで。ここまでハッキリ、明確に言っておけばもう安心。星空さんだって流石に理解してくれるだろう。だって本当の事だもの。
「・・・待って!」
「あ?」
「あの、えっと、確かにそうだよね。私達まだ出会った秤だし、灰谷君の気持ちちゃんと理解してなかった。ゴメンね、無理矢理付き合わせちゃって」
「いや―――」
「それじゃあ、また明日ね。私、日野さんの所に行ってくる」
その日の放課後、鞄を手にした星空さんはバレー部が試合形式の練習を行うコートに今日も足を運ぶ。後から教室を出た時によく解らない、言い表しようのないモヤモヤとした何かを抱く気で昇降口に立った。これはどういう状態か納得がいかないまま、溜め息と共に家路に向かって歩き始める。・・・・・・けれど。不意に違和感めいて立ち止まった。おかしい、雰囲気が。やけに静か過ぎる。周りに目をやると大勢の生徒が地面に経たり込み、小さな声でブツブツ呟いている。こちらが近付いていっても相手からの反応はない。そして全身から澱んだ色のオーラを発していた。
「何やったって無駄なんだ」
「結局無意味・・・」
「もうおしまいだ―――」
耳を澄ませるとあちこちからそんな声が聞こえてくる。なんてネガティブで後ろ向きな、これは所謂バッドエンド的結末を臭わせる言葉の数々。待てよ、この状況ってそういう事だよな。確か商店街で怪物に襲われた時の―――。
「人間共の発したバッドエナジーが、悪の皇帝ピエーロ様を蘇らせていくのだぁぁぁ!!」
オオカミもどきが高く掲げた一冊の本へと真っ黒なエネルギーが雪崩れ込む様にして注がれていく。やっぱり。また奴が現れたという訳だ。あぁ、空は満月が浮かぶ青っぽい夜空に変わって禍々しい空気が辺り一杯に満ちている。それに伴って俺も次第に気分が悪くなり、重々しい環境下でどうにか立つのがやっとといった具合。しんどいな、けどその割には動けなくもない。走ろうと思えばそれも、まぁ可能だ。
「みゆき!プリキュアになって戦うクル!」
「えぇ・・・!?」
「―――人間の絶望した顔ほど愉快なものはない。見ろ、あの絶望の顔を。努力など無駄なだけなのに馬鹿な奴らだっ」
この空間に捕らわれた生徒達の俯いた表情を見て嘲笑う。意地の悪さが滲み出る笑みを浮かべてオオカミもどきは吐き捨てた。なんて奴だ。
「無駄なんかじゃない!目標に向かって頑張ってる日野さんを・・・私の友達を馬鹿にするなんて、絶対に許さないんだから!!」
「友達・・・」
「みゆき。その息クルゥ!プリキュアに変身するクル!」
バッドエナジーとやらを発している日野の前に立ち、オオカミもどきを見据えながらコンパクトの様なアイテムを取り出す。あれを使って変身するんだろうか。
〈―Ready?―〉
「プリキュア・スマイルチャージ!!」
〈―Go! GoGo Let' go Happy!!―〉
なんだなんだ。星空さんは光輝くパフを手にして自らの体を叩いていく。それによって制服姿の上からピンクを基本としたコスチュームを身に纏い―――ちょっと待て。あの時もこんな風になってたのか。最後に髪の毛が光って色も形も変化し、彼女は頬をパフで叩くとポーズを決めながら名乗りを上げる。
「キラキラ輝く、未来の光!キュアハッピー!!」
「また現れたなプリキュア!―――出でよ、アカンベェ!!」
オオカミもどきの言葉から赤い玉に邪悪な気が宿り、生み出された怪物は又してもデカい。これは、バレーボールか。
「アカンベェ!」
「やっぱり、怖いかも・・・」
「しっかしまぁ、趣味ワルッ」
「頑張るクルゥ!皆に希望とスマイルを取り戻すクル!」
ボールを体にしてピエロっぽい顔、サポーターを巻いた細い手足がそこから生えるといった珍妙な見た目のアカンベェ。怖いっちゃ怖いかもな。
「・・・希望のスマイル。うん、怖いけど頑張る!」
アカンベェは大きく息を吸い込み、口から大量のバレーボールを弾丸の如く吐き出してキュアハッピーを狙った。こりゃ逃げるしかないか、あ、転けた。よく転ぶな君は。あー危ない!吹き飛ばされたが上手く切り返して反撃を始める。よし、いいぞ。って何で応援なんかしちゃってんの。
「ハッピーシャワーで浄化するクルー!!」
「うん!・・・って、どうするんだっけ?」
「忘れたのかよ!」
「あっ、灰谷君。どうすれば良いんだっけー!?」
「俺に聞くんじゃねぇよ」
「“スマイルパクト”クルゥ!!」
「そうでした!」
こんな大事なことよく忘れられるな。ハッピーは思い出した様で、その場で直ちに気合いを込めていく。スマイルパクト、だったか。それに光が収束していく。順調な様だ。最後の一押しでより強く叫び、必殺技を彼女は放つ。
「“プリキュア・ハッピーシャワー!!”」
大きなハートマークをキャッチして撃つ渾身のエネルギー波。それは標的目指して直進していく。・・・直進して、あれ?
「嘘ぉ!!」
いや、こっちの台詞ですよハッピーさん。彼女の必殺技はアカンベェを横切ってお空の彼方へ。あ、外したんですね。“必殺技”なのに。マジ?
「っ疲れた―――」
「頑張るクル!もう一回クル!」
「もう一回?!もぅ、しょうがないなぁ」
てな訳で気を取り直してテイク2。両手でハートマークを描く、それをキャッチして受け止める、で光を発射する。
「プリキュア・ハッピーシャワァァーーー!!」
・・・ポンッ
「あ」
「「えぇぇぇーーーー?!」」
消えた、煙みたいに消えちまった。何、不発?どうなってんだよ。
「もしかして、変身一回につき一回しか出せないクルゥ!?」
「そんなの聞いてないよぉ!!」
なんだその制約。めちゃくちゃ不便じゃねぇかよ!何?要するにエネルギー切れなのかいっ。プリキュアムズいな!な!
「ハッピー!来るぞ!」
「え!うわわぁ!!」
「アッカン―――!」
アカンベェの繰り出した拳が頭上から降り注いだ。ハッピーは間一髪で受け止めたが、動きを封じられたその隙を突かれてデカい手に捕まってしまう。
「・・・所詮この程度か。泣き出すのも時間の問題だなぁ」
「っこれくらいの事で泣かないもん!ハッピーが逃げちゃう・・・!スマイル、スマイル・・・!」
「あぁ?」
「“スマイル”?」
オオカミもどきに反論するが奴からしてみればただ強がっている様にしか見えないんだろう、ハッピーの負けを確信していやらしく歯を覗かせる。―――“ハッピーが逃げちゃう。スマイル、スマイル”か。笑ったら何か良いことあるのか。可笑しくなければそもそも笑えないと思うけど。ハッピーは目に涙を滲ませていた。本当は怖いんだ、あのオオカミもどきの言った通りかもな。
「星空さん―――!・・・へ、何やコレッ?!」
その時だった、俯いていた生徒の中でたった1人。意識を取り戻すように辺りの様子に気が付いて戸惑う少女が。
「日野!」
「何や、このでっかいバレーボール・・・!」
そりゃ驚くよな。自分が今見てる光景が信じられなくて戸惑ってるに違いない。日野だってこんなのが現実とは思わねぇよ。
「―――てゆうか、星空さんなん?!」
「・・・あっ、ハイ!―――ハッ、返事しちゃった!それは秘密なの!」
「えぇっそれ、そうですって言ってる様なもんやん!てかその怪物なんなん?!」
パニックになっても致し方無い、ハッピーはあっさり引っ掛かったな。日野、ナイス指摘。
「兎に角逃げてぇ!!」
「何だ、あいつ」
「日野ー!」
「え、何。―――うわっ!」
彼女に興味を示してオオカミもどきが降ってくる。ハッピーは捕まってるし、これはどうすれば良いんだ。
「さっき、こいつを友達とか言ってたなぁ?・・・下らねぇ。友達だの一生懸命だの、バッドエンドの世界にそんなもの必要ないんだよ」
「友達は下らなくなんかないよっ!―――楽しい時、嬉しい時、友達が居れば二倍も三倍もハッピーになれるし、悲しい時、辛い時は側に居てくれる!・・・とっても大切なものなのぉっ!!」
「友達、か」
何時も一緒に笑い合ってどんな時も同じ瞬間を共に出来るなら、それはきっとその人にとって何物にも代え難い存在になるのだろう。・・・まー、俺はそういうのとはずっと無縁だしこの先も多分―――。
「つまりお前は友達が居ないと何も出来ない弱虫野郎って事か。・・・止めだ、アカンベェ!」
怪物は手の中のハッピーを握り潰そうと力を込めた。そこに、余りに小さなバレーボールが跳ね返った。アカンベェにとっては痛くも痒くもない、しかしそれを打った本人は至って真剣。
「何のつもりだぁ?」
「・・・ウチの友達に、何してくれてんねん!!」
たった1人、日野はアカンベェに向かって奴の足先にしがみつく。ハッピーの逃げるように促す声もどこ吹く風とばかり、夢中になってハッピー・・・星空さんを助けようとしている。なんて無茶な。
「―――星空さんは、ウチを励まして応援してくれたんや!・・・次は、ウチが助ける番やぁぁ!!」
「そんな弱っちぃの助けてなんになる」
「“弱っちぃ”やと?!ウチの大切なもん、馬鹿にするんは絶対許さへんで!!」
「日野さん!!」
「人間ごときがアカンベェに勝てると思ったか?」
「関係、あるかァァァいっ!!」
アカンベェは振り払おうと脚を振り上げる。不味い、もう駄目かも知れない。俺は思わず顔を背けてしまった、だが―――
「何や?!」
「クルゥーーー!君が2人目のプリキュアだったクル!!」
一筋の光がその場に降り注いだかと思えば、アカンベェを押し退けながら日野をその中に包み込んでいった。あの生き物の叫ぶ声が聞こえた。マジかよ。
「ぬっぬいぐるみが喋った!てか何や、その“キュラプリ”って。星空さんが言うとった奴か!」
「“プリキュア”は、世界を悪から守る伝説の戦士クル」
「伝説の戦士、クル?」
日野は当然ながら異様な状況の下に奇妙な生き物が発する言葉の意味を何一つ理解出来ない。それでも、彼女は言われるままに変身の為のアイテムを受け取る。
〈―Go! GoGo Let' go Sunny!―〉
日野は指を弾いて、手にしたパフへ炎を発現させた。着火した火の粉をその身に纏うように服装を変化させる。髪は鮮やかなオレンジ色に染まると上部に丸く纏め上げたものに変わり、コスチュームはハッピーと似ている様でいて相違点もあり、腕のカバーとブーツは長くて背中には布飾りが備わって基本カラーはオレンジだった。
「太陽サンサン、熱血パワー!キュアサニー!!」
日野もまた、星空さんへ続いて伝説の戦士プリキュアに変身してしまった。俺もハッピーも、あのオオカミもどきも皆驚いている。名乗りは実に日野らしい。
「何やこれ!ホンマに変身してもうた!しかも太陽サンサン、キュアサニーってメッチャ恥ずかしいやーん!!」
まぁ確かにチョイ・・・いや、まぁまぁハズいよな。でもそもそも自分で名乗ってましたよ?キュアサニーさん。でもハッピーにはウケが良いらしいぞ。
「・・・せやな。確かに太陽が似合うんは、このキュアサニーかスーパーヒーローぐらいなもんや!」
「自画自賛」
何だよやっぱりノリノリかよ、しかも誰に対して決め顔してんだよ。
「灰谷君!日野さんがプリキュアだよ!キュアサニー!凄いよねー!!」
「うわぁっ灰谷!えぇ、そこに居ったんか!?あかん、見られてしもたー!!」
「あ、うん・・・ねぇ」
いやいや、俺の事は全く無視してくれて構わないから、居ないものと思ってスルーしてくれ。って、そりゃあ無理か。
「―――行け、アカンベェ!」
「「・・・・・・うわぁぁぁぁ!!」」
思い切りジャンプして落下してくるアカンベェに対して悲鳴をあげるハッピーとサニー。早く逃げろよ!あー、潰れるッ。
「あれ、日野さん!?」
「何やよう解らんけど!・・・受け止めてしもた!」
「何ッ?!」
「何がっ、アカンベェ・・・やぁぁぁぁ!!」
スゲェ・・・!自分より遥かに巨大なアカンベェを持ち上げただけじゃない、それをグルングルン振り回して放り出すんだから。投げ飛ばしてアカンベェを遠くまで叩き付けた。プリキュアってヤバいな、力が凄まじい。
「サニーファイヤーで浄化するクルー!」
「なんやそれ」
「スマイルパクトに気合いを込めるクルゥ」
又かよ、イチイチやらないといけないとか不便じゃね、やっぱり。サニーはその場に踏ん張って力を込め始める。そうそう、何か力が抜ける感じらしいな。ハッピーもそうだった。スマイルパクトにはどうやら順調にエネルギーが収束しているようだ。
「何か、火の玉が出たけど!?これ、どうせいっちゅーの?!・・・なぁ!」
「いや、知らん知らん」
・・・ですからね、こっちに助けを求められても困るのよ。何の答えも浮かばないからね、聞く相手を間違えてますよ。
「一緒にやった秘密の特訓だよ!」
「―――それや!」
何かを閃いたという顔だ。サニーは頭上に現れた火の玉目掛けて走り込み、高くジャンプして力強く腕を振り下ろす。それは正しく、彼女が得意とするバレーボールそのもの。
「“プリキュア・サニーファイヤー!!”」
放たれた豪速球が炎の渦となってアカンベェを襲う。キュアサニーによる必殺技を前に怪物は跡形もなく消滅していく。浄化の力にアカンベェは倒される。残されたバレーボール、と―――
「何や、これ・・・めっちゃバテる・・・!」
力が抜けて膝から崩れる彼女、ハッピーが駆け寄る。・・・何か空から降ってきてサニーが受け取った。こうして、オオカミもどきは姿を消して無事に生徒達も元に戻り、周囲の澱んだ空気も無くなって何も無かった様に全てが修復された。星空さんと日野はコートの端に居て、俺もそこに近付いていく。
「“あかね”でえぇって。・・・もう、友達やしな。―――これからよろしくな、みゆき」
「うん!よろしくね、あかねちゃん!」
2人のそんな声を聞き、笑顔の星空さん達を前にして俺は足を止めた。・・・友達。そこには確かに関係を築き始めた同級生の姿があった。余りに眩しくて背中を向けるしかなく、その場を人知れず歩き去った。
続