笑わない彼にもどうか幸運を。 スマイルプリキュア! 作:新生ブラックジョン
人間の悪意がもたらす悲劇だとか不幸みたいなものは現実の世界に限った話ではなく、例えば創られた物語の中に於ても登場人物達にある日突然降り掛かる。それがどんなに理不尽であっても容赦なく襲ってきて悲しみに包み込む。ただ、おとぎ話や童話と現実との明確な違いと言えば、それはやはり最後にはハッピーエンドを迎える事じゃないだろうか。継母達に意地悪されてこき使われ続けたとある女性が最後には王子様と結ばれたり、毒リンゴを与えられて永遠の眠りに落ちた筈の彼女がやっぱり王子の口付けを経て蘇ったり。ファンタジーの世界にはやはりバッドエンドなんてものは似合わないんだろう。まぁ創作された物語なんて作者次第でどうにでもなる訳だが。けど、俺が生きるこの現実という世界じゃ決してそう上手くはいかない。前がそうだった様に今やこれからも未来永劫ハッピーエンドとは無縁かも知れない。そんなんだから常に後ろ向きだし何にも興味が向かない。周りが何かを頑張っていても斜に構えてまともに協力さえ出来ない。つくづく損な性分だ、この俺、灰谷真澄という人間は。
「あー遅刻遅刻~」
別に走るわけじゃない、ただ言ってみただけ。いや、本当にこのままのんびりしていたら絶対ホームルームまでに間に合わないんだけど、まぁ遅刻したとて死にゃあしないから。朝から走ってクタクタになるくらいなら後で先生に注意される方がマシ。なんならそれで済めば安いもんだぜ。―――まーそう思うのは俺ぐらいのもので彼女は一生懸命に走ってるけど。
「真澄君~!急いでよぉ!間に合わないよー!?」
「だから勝手に行けよ」
うっかり道程を同じにした為に出会すというハプニングに見舞われ、今朝から騒々しくてかなわない。星空さんは1人七色ヶ丘中学の正門に飛び込んでいった。そうそう、俺なんかに構わずさっさと行くんだ。こっちは悠々と重役出勤するんだから。・・・て、急いでたんじゃないのかあいつは。星空さんが学校の花壇の側で話し込んでる相手はうちのクラス委員にして生徒会の副会長だったか、青木れいかだ。遅刻ギリギリだから注意でもされてると思ったが、それにしたって穏やかな様子だ。
「行きましょう、星空さん」
間も無くしてチャイムが鳴る。担任も教室に移動するだろう、冷静にそう考えながら1人昇降口を目指した。けれども途中で2人に見つかって―――
「おはようございます。さぁ、急いで下さい」
「ほらほらぁ、走ってってばー」
「いや、廊下走ったら駄目だろ」
「そうですね、でも速やかに教室に行きましょう」
注文が多いなぁ。ここはクラス委員の手前、それらしくしといた方が良いのか。でもって取り敢えず、すんなり間に合ってしまったのでホームルーム前に教室に入ることが出来た。初っぱな、授業は古典かぁ。これがさ、途中から記憶ないんだよねぇ。青木の朗読する徒然草がどうも心地良い眠気を誘うなとか思ってたらもうグッスリ。休み時間、ふと目が覚めると星空さんと日野、黄瀬、緑川が楽しそうに会話する姿が目に入った。こちらを時折、チラチラ見ていた様なと一瞬思ったがきっと気のせいだと考えて又机で転た寝を決め込む。やがて昼休み頃になり、体が覚えてしまっているんだろうかこの時だけはすっかり目が冴える。すると教室を出る日野が通り掛かりに一言、
「真澄、中庭行くでー」
とかこっちは何にも約束してないのに否応無しだった。星空さん筆頭に女子の4人組グループが形成され、そこにのこのこと男子が1人混ざるという大変特異な構図。そりゃあね、男子と女子のグループ同士とかだったらまだ解らなくもないんだろうけど。これじゃあなんか、品のない言い方すると―――
「「「「ごちそうさまー」」」」
「はやっ」
俺まだ全然食べ終わってない。緑川は自分が持つスマイルパクトを取り出して、キュアデコルだったかそれを使ってアイテムを出現させた。へぇ、そんな事出来んだなぁ。キャンディがおめかししてと言うと、ヘアゴムみたいな物であれは耳なのか、違う形に結び直す。
「皆、ちゅうもーく!」
「今度は何だよ」
「私、5人目のプリキュア見つけちゃったかもー!」
「―――さては青木か」
「え、れいか?」
「あーっ先に言わないでよー!」
チョロい。たまたま今朝見掛けたから適当に言っただけだったのに、ざまみろ。へぇ、我がクラスの誇る学級委員とは大きく出たもんだ。って、まさか本気で誘うつもりなのかなこの人は。
「それでね。やっぱり、最後のプリキュアは責任感があってぇ」
「「「うんうん」」」
「賢くって、優しくって!」
「クルクル」
「・・・水の妖精さんみたいな人~!」
最後のは訳わかんねぇからスルーしとくけど、要するに今言った条件に当てはまる人物が青木れいかになる訳なんだな。ほぅ、賢い人かぁ―――
「ホントだ、このチームって知性の欠片もねぇもんな」
「あ、コラ!自分何言うたっ」
「プクぅー」
しまった、つい口が滑った。黄瀬、その表情は可愛さアピールなのか?・・・・・・・・・青木れいか、品行方正かつ文武両道を地でいくその5人目候補を訪ねて放課後辺りに押し掛けようと相成った。だから、俺は関係無いし。まぁ候補と言ったって勝手に決めた事であって本人次第なんだけどね。―――張り詰めた空気の中、ここ学校内の一室で青木は一点の的を見据えながら弓に矢をつがえた。彼女は弓道部に所属してるみたいで、それをまざまざと見せつけられたというか勝手に見ていた俺達はスゲーと声を漏らした。日野、黄瀬、緑川もここへ来てから益々納得して、こりゃもう青木しかいないと感じている様子。
「「「「一緒にプリキュア、やって下さい!!」」」」
って早速話を切り出した。俺は胡座で彼女らは横一列に並んで正座し、てゆうか土下座かこれ。・・・あ、何?は、日野さん?えぇ、俺も頭下げんの。何でやねん!
「・・・伝説の戦士プリキュアですか。信じがたい話ですが、皆さんが嘘をつく様には見えませんね」
「そりゃあ信じろってのが無理だわな」
「せやかてぇ。―――嘘なんかついてへんって!」
「私達、本当にスーパーヒーローなの!」
うわ、今の一言で一気にきな臭くなった。ま、元から荒唐無稽っつうか、アレだけど。
「青木さん、これ見て。こんなへんてこりんな生き物見たことないでしょ?」
と、星空さんが差し出したのはキャンディ。うん、確かに俺もコイツ見た時は心底驚いた。喋るし動くし―――
「・・・随分と珍しいからくり人形ですね」
「人形じゃないクル!」
あらーっ、そう来たか。確かに意思の疎通が図れてもそうゆうもんだって言ってしまったら誤魔化せるしな。いや、今時からくりて。
「ね、信じて貰えた?」
「不思議な事が起きているのは間違いないみたいですね」
てか、いっそのこと目の前で変身するのが手っ取り早いんじゃねぇの。百聞は一見にしかず的な。
「あの、あなたもプリキュアなのですか?」
「いやいやいやいや」
「真澄君はその、何て言うか―――」
「ウチらがプリキュアだって知ってはいんねんけど・・・」
「厳密にはプリキュアじゃなくて、ね」
「そうそう、友達でただの目撃者?」
「・・・二つ修正する、先ず友達じゃねぇから。後、目撃者っつうより被害者だからな。戦いに巻き込まれた、ひ・が・い・しゃっ」
「・・・と、まぁこんな風にちょおっと素直じゃない友達なんや」
何さらっと片付けてやがんだてめぇは。人を面倒なツンデレ野郎みたいな言い方しやがったな、おいコラ。
「そうなんですか。成る程」
あーきっと誤解されて納得されたに違いない。ずーっと俺の主張は無視だよ。
「お願い青木さん、私達と一緒にプリキュアやって下さい!」
彼女の言葉に青木は実にそれらしく、彼女なりに真剣に吟味したんだろう。思案して、真っ直ぐに星空さん達の方を見ながら返答した。
「折角ですが、今は少し忙しくて―――」
「「「「えぇぇぇ!」」」」
「本当に、すみません」
「忙しいって、何で?」
そんなの幾らでも思い付くだろ、例えば部活とか勉強とか、でも一番は生徒会の仕事っぽい気がするけど。到底ヒマでは無いんだろう。ここは素直に諦めて退散としますか。
「毎年、生徒会の主催で隣の小学校の生徒さん達に童話の読み聞かせ会をしているんですけど・・・」
胴着から着替え終える青木を待ち、彼女の後に続いてある場所に向かう道すがらその本人は忙しいとした理由を俺達に打ち明けた。そこには先輩や副会長と呼ぶ下級生がおり、2人は各々生徒会の役員を務める書記の倉田と会計の寺田だと青木の紹介を受ける。生徒会室の中にまで案内されたのは初めてだ。で、青木というかこの生徒会全体が抱える悩みってのが生徒会長が現在病欠している事なのである。何でも風邪を拗らせたとかで熱が中々引かないらしく、明日あるという催しというか活動に支障をきたしている様だ。男子生徒、倉田は困った様子でその事を青木に尋ねる。
「明日の準備、どうしましょう」
「大丈夫。副会長として、私が何とかしますから」
「読み聞かせ会って何をするの?」
「生徒会の4人で役を分けて、童話を読むんです」
緑川の問いに、机にあった一冊の本を手に取りながらそう答える。同じ町内であり、隣に位置する小学校の生徒達を毎年こっちの中学校へ招いて行っているという童話なんかの読み聞かせ会。今年は“白雪姫”をやるつもりだったみたいだ。成る程、確かに忙しそうだ。会長が居ない今、全責任が副会長に掛かってる訳だから中々厳しい。
「白雪姫!?」
「出た」
タイトルを耳にした星空さんがグイと前に身を乗り出した。絵本とかが大好きだって公言してただけにまー目の奥キラキラさせちゃって、余程だな。
「皆が楽しみにしているので、何とか成功させたくて―――」
「・・・ねぇ皆!青木さん達の手伝いをしない?」
「良いねぇ。朗読だけじゃなくて、紙人形とか作ったら小さい子は喜ぶよ!」
「それ良いなぁ!絵やったらやよいが得意やし」
「と、得意という程じゃないけど・・・」
「それ出来ないかな?裏と表で違う絵を描いたりして、クルクル回して!泣いてるとか、笑ってるとか!」
何か勝手に盛り上り出したぞ。アイデア閃いて適材適所な役割分担して、今年は一味違う読み聞かせをしようという方向に話が纏まった様だ。書記と会計の2人も乗り気になり、青木は手伝って貰うのは悪いと言いた気だったが星空さん達に押されて最終的には承諾した。で、そん時の青木の表情がチラリと映ったんだけど嬉しそうに見えたんだ。
「画用紙に風景も描こうか」
「良いねそれ!」
「それに、貼る段ボールも貰いに行かなな」
早速準備の為の相談が始まった。・・・こうなるともう、俺なんて居ても居なくても同じだな。そこから出ていこうとして星空さんが尋ねた。
「真澄君、何処行くの?」
「帰るんだよ」
「へ、手伝ってくれへんの!」
「関係無いから」
「ねぇ、何時もあんな感じ?」
「えっと、そうなのかな」
緑川に尋ねられ黄瀬は戸惑った様な口調で返していた。俺は1人さっさと帰る為に外へ出る。早々と中学校を後にして何時もの道程を歩いていると信号待ちの所で確かに見覚えのある背中を見つけた。コソコソっと足音を立てずに近寄り、ピンクの今時なランドセルを背負ったそいつの頭をパシッと叩いてみる。
「なぁぁお兄ちゃん!ビックリしたなぁっ、止めてよ」
「今帰りかよ。あんま寄り道すんなよ」
「そっちこそ。最近やけに帰りが遅くありません?」
「気のせいだろ」
生意気そうな物言いのそいつは妹の優輝だ。信号が青に変わった途端、ツインテールに結わえた茶色い髪を揺らしながら俺の先を行く。実を言うとさっきの読み聞かせ会の話に出ていた、隣の小学校に妹は通っている。兄妹は互いに近場の学校へ登校しているのだ。まぁ大概、優輝の方が早起きだからあいつが家を出てから大分たって俺が今日みたいにギリギリになって登校するのがお決まりのパターンになっている。
「ねぇ、明日なんだけどお兄ちゃんの学校にお邪魔するからね」
「は」
「えっとね、何か体育館かどっかで本の読み聞かせがあるみたいだから、それで」
「あ、そう。本てどんな?」
「知らなーい。ひまりちゃんがどうしてもって言うから行こうかなって」
ほほぅ、こりゃなんて偶然だろ。――――その日の晩。風呂上りに何気無くリビングの隅に置かれた古い型のパソコンを起動し、検索エンジンを用いて白雪姫について調べてみた。幅広い分野の紹介が何処かの誰かによる文章で成される某サイトにアクセスし、そこに書かれた俺の知らない白雪姫に関する記述を読み耽り始める。大体、主人公である白雪姫に嫉妬した王女が魔女だったかに扮して毒リンゴ食わせて永久に眠らせてやるぜ的な展開で、しかし最後には突如現れた王子がキスして目覚めさせるみたいなオチだったとうっすら記憶している。だが調べていくと、白雪姫もグリム童話の例に漏れず元は中々残酷な描写というものが目立つ内容だったみたいで、詳しいことは省くけど刺客がどうとか内臓がとか穏やかでない単語が目につく。そういや、眠ってる見ず知らずの女性に王子がいきなりキスとかもどうなんだろって話なんだが。そこはファンタジーという曖昧で都合が良い表現でフワッとさせとくのが一番なんだろう。語る相手を子供達とするなら脚色して夢があるストーリーにした方がきっと良いんだ。でもな、関連で表示されたシンデレラも中々スゲェ。意地悪な義理の姉は何としてもガラスの靴履きたさに自らの足を削ぎ落としたとある。女の執念てそこまでさせるんか。星空さんは嬉しそうに絵本読んでんだろうけどこれを考えるとなぁ。
「何見てんのー?」
「うぉっ!」
「変なもの見てるんじゃないの」
「んでもねぇよ。変なものってなんだよ」
「―――おやすみ」
あ、誤魔化したな。一体兄がパソコン画面に噛りついてる姿を見て何を想像したのか。最近の小学生も中々侮れないからな、あいつなんて結構あれでませたとこあるから変な知識とか持ってそうだ。第一、仮にそんなもん見るとしたらこんな堂々と母親のパソコンで探したりするかよバカ。
「アホくさ」
電源を落として自分の部屋に入る。俺も大概にしとかないと。さて、星空さん達はあの後読み聞かせ会の準備に大忙しだったんだろうけど間に合うのかねぇ。別に関係無いけど若干気にはなるかも。
翌日、土曜日の真っ昼間に俺は念のためにわざわざ制服を着て玄関先で靴紐を結んでいた。後ろから妹がやって来て首を傾げるのも構わず、俺は家を出て中学校に向かう為に出掛ける。読み聞かせ会当日であるから、後を追い掛ける様に優輝もやって来る。優雅に読書でもしようと考えてさっき鞄の中を漁って気付いた。読み掛けの小説を寄りにもよって机の中に置きっぱなしにしてしまっていた事に。そういや、日野が何読んでるのか聞いてきたから無視したらしつこく絡んできたのでつい中に突っ込んだまますっかり忘れてしまったんだ。後もうちょっとで読み終わるし、どうせなら今日さっさと読んでしまいたいと感じて足を運ぶ。
「じゃあね」
「おう」
解放されている裏門の方から回り込んで学校内に入った俺達は読み聞かせ会の場である体育館と自分のクラスとで行き先を各々別れた。休日の学校なんて好き好んで訪れるって事は無いだけに、当たり前だが平日の風景とは異なって校舎内に生徒が人っこ一人見掛けないというのは極めて新鮮だな。上履きに履き替えて教室へと向かう前に、急に変な気が起きてしまってじっくり構内を練り歩いてみた。本当に不思議な感覚だ、休日ってだけの事なんだけどな。何処も閑散としていて、多分職員室に行けば先生が何人かは居るんだろうけど無人の建物に迷い混んだ感じだった。さてと、無駄な事してないで本を取りに行こうか。やっぱり教師も生徒も見当たらない二年二組の扉を開け、廊下側から最も近い自分の席で中を覗き込む。・・・よし、あったな。さぁ、帰ろうか。―――ん、これは何だ。行きは全く気付かなかったのだが、廊下のある地点で変なものが落ちている事に気付いた。
「人形―――」
と言うべきかも知れない。それは手に取ったところ、段ボールをベースにイラストが描かれていて持ち手にと割り箸が刺さった紙人形みたいな物と見受けられる。待てよ。昨日の生徒会室での星空さん達の会話を蘇らせた。こいつはあれじゃないのか、読み聞かせ会で使う筈の人形ではないのか。緑川のアイデアで始まり、星空さんが更に思い立って表面と裏面で絵を変えるとかいう話をしてなかったか。
「これってあれだよな、白雪姫だろ」
黄瀬が描いたんだろう子供受けしそうなイラスト、見る限り主役となるお姫様だろ、これ。え、何でこんなもんが落ちてるんだよ。・・・落としていったんだな。多分、体育館に移動する際に気付かずに。俺が偶々忘れ物を取りに来て、偶々これを拾うとは因果なもんじゃないか。しゃあない、きっと困ってるぞ。
「行くしかねぇじゃん」
寄りにもよって主役を落とすか。まぁ“七人の小人”とかなら1人くらい欠けたとて誤魔化しが利きそうなもんだがな。流石に白雪姫さんとなると“始まり始まり”もしないだろうに。という事で寄り道していこう。あぁ、俺ってなんて親切なんだ。
「それアカンやん!」
「どうしようっ」
「困りましたね、何処かに落としてしまったんでしょうか」
体育館には既に小学生達と教員だろうか、大人の姿もある。勿論、妹も仲の良い友達と並んで座っている。そそくさ通り過ぎ、舞台裏に回り込んだ。
「ほらよ」
「真澄君!どうして?」
「偶然、全くの偶然。―――で、これ」
「「「人形!」」」
そうそう、そのリアクションね。想定内だな、やっぱり落とし物にさっきまで気付いてなかったと見える。
「ありがとう!助かったよ!」
「良かったぁ、これで読み聞かせ会が出来るね」
「れいか」
「はい。灰谷君、ありがとうございます」
「よっしゃ、やるで!」
こうして青木筆頭の生徒会役員と星空さん達が集まって白雪姫の読み聞かせが始まった。副会長の出だしを受けて今しがた届けた人形が城の背景を前に動かされる。上から日野が紙吹雪を落とし、緑川が背景を固定してその壇の下に星空さんと黄瀬さんが人形の動かし手を務める。舞台には既に語り役が座る椅子を含めてそれらが用意されていた。中々凝った造りではないだろうか。物語は滞りなく進む。
「“そこでお妃さまは言いました”」
「“鏡よ鏡。この世で一番美しいのはだぁれ?”」
お決まりの件に差し掛かり、俺はそこで背後に何者かの気配を感じて振り向いた。え、誰―――
「お、本物の魔女だ!」
「スゴーイ!」
あ、そういう演出なの?緑色のローブみたいなのを着た背の低いお婆さんがこちらには目もくれずに舞台上に姿を見せた。それを見た小学生達が感激したように喜ぶ。でも他に物語の登場人物に扮した人は居ないっぽいしな、何で魔女だけリアル三次元だ?しかもフードから覗いた顔付きがやけにリアルだったりする。特殊メイク?
「ヒッヒッヒッ・・・!さぁ、お前達。美味しい毒リンゴは如何かな?」
「誰?」
「てか、自分で毒リンゴって言うてるし」
「保護者の方ですか?お席に案内します―――」
あの笑い方とかホント雰囲気あるなぁ。でも星空さん達も何か不思議がってるというか戸惑った様子だ、変だな。てか他に生徒会役員の人が居たのか。いや、何か違うぞ。青木が中断して舞台袖に連れていこうとした。しかしお婆さんはその手を振り払い・・・
「白雪姫が幸せになるなんて嘘だわさ。本当はバッドエンドになるだわさ!!」
「―――あ、もしかしてあの人・・・!」
何ぃ、まさか例のアレか。お婆さんは本当に悪い魔女でしたってか、おまけにオオカミもどきや赤鬼に続いてあいつも。
「世界よ!最悪の結末・・・バッドエンドに染まるだわさ!・・・白紙の未来を黒く塗りつぶすだわさ!!」
魔女は開いた本のページへと黒い絵の具を容赦なく塗りたくった。頭上に同じ色の邪悪なエネルギーが渦を巻き、全体に巨大なクモの巣が張り巡らされる。魔女らしくなんと不気味な空間だろう、例によって気分が頗る悪くなる。あ、となると周りの人達も!
「―――どうでもいいよ、こんなの」
集まった中に居た妹も当然の如くネガティブな言葉を呟いて意識を失った。マジかよ。
「こんな事をしても、何の意味もありません・・・」
「れいか!?」
「ヒッヒッヒ!人間共の発したバッドエナジーが悪の皇帝ピエーロ様を蘇らせていくだわさ!!」
本のページへと吸い込まれていくバッドエナジーとやらを満足そうに眺め、そいつは星空さん達と対峙する様にして舞台から客席付近へ降り立つ。
「・・・あたしの名前はマジョリーナ。バッドエンド王国の魔女だわさ!」
聞き慣れない場所からやって来たと思われるマジョリーナを前にして星空さん達はスマイルパクトを取り出した。4人は声を揃えて叫ぶ。俺は舞台袖から彼女達の変身する姿を見詰める。
〈―Ready?―〉
「「「「プリキュア・スマイルチャージ!!」」」」
〈―Go! GoGo Let' go!!―〉
パフを叩き、コスチュームを纏い、姿を変えて並び立つ。
「キラキラ輝く、未来の光!キュアハッピー!!」
「太陽サンサン、熱血パワー!キュアサニー!!」
「ピカピカぴかりんじゃんけんポン♪キュアピース!!」
「勇気リンリン、直球勝負!キュアマーチ!!―――・・・ホントに又変身した!」
「マーチ凄く格好いいよ!」
「グー!今日のぴかりんじゃんけんはグーだよ」
「ピース、毎回じゃんけんするつもり?!」
「私に勝ったら、今日一日スーパーラッキー♪」
なに設定作ってんだてめぇは。お前らもっと緊張感持てよ、初見の敵だぞ。
「中々愉快だわさ。だがあたしゃ、今まで通りにはいかないだわさ!」
「えっ、何だか強そう・・・!」
マジョリーナは自信満々で赤い玉を取り出す。アカンベェを生み出してプリキュア達に差し向ける。そしてこれまでに無かった方法で4人を翻弄し始めた。アカンベェが突如分身していく。何処ぞの宇宙忍者星人みたいにフォフォフォ・・・とは言わないけど正しく残像チックにアカンベェが増えてプリキュアを取り囲んだ。
「どうだい、本物のアカンベェは1体だけ。お前達に解るかなぁ?」
魔女らしく意地の悪い笑みを浮かべながら挑発する。これは今までに無かったな、紛れた本体を見つけないと倒せないらしい。
「プリキュアの力で浄化するクルー!」
「「「「それだ!!」」」」
「なんだわさ!?」
マジョリーナもその異様な光景に唖然とした。一斉にスマイルパクトへの気合い込めが始まった。えぇー、只今必殺技発動の為の準備中です。暫しお待ち下さーいっと。ゲームやってても要所で起きる読み込み作業と思えば・・・違うか。
「“プリキュア・ハッピーシャワー!!”」
分身したアカンベェの内、1体に見事命中する。しかし見ているこっちは何時もの手応えを感じなかった。何故ならそいつは囮に過ぎなかったからだ。
「そぉんなぁ!?・・・力使い果たしちゃった、ヘトヘト―――」
「ほう、こりゃ傑作だわさ」
「次はウチや!」
続けざまにサニーが走り込み、宙に現れた炎の球目掛けて腕を振り下ろす。強力なスパイクが又別の1体を消し去る。
「“プリキュア・サニーファイヤー!!”」
彼女の必殺技も無駄打ちに終わってしまう。アカンベェの本体は別にある、分身を一つ減らしたに過ぎない。こりゃあヤベェな、やたら使ったら疲弊するだけだ。
「次は私!―――プリキュア・・・うわぁ!?・・・ピースサンダーーー!!」
自分の必殺技だろうが、イチイチ驚くなよ。ピースの放つ電撃もやはり分身が食らって敵は命拾い。ここまで3人のプリキュアが体力を消耗して行動不能に陥った。残り5体、いよいよゲームオーバーに近付いたな。後は全てマーチに託すしかない。一先ず本体を見抜く術が見付かるまでどうにか時間稼ぎを―――
「考えたって解んないよ、直球勝負だ!」
「え、いやいや・・・・・・」
「“プリキュア・マーチシュート!!”」
真っ直ぐで鋭い一撃、それはものの見事にアカンベェの分身を消し去った。本体じゃなく分身、これ重要。プリキュア達は無謀にも力を使い切ってしまった。敵の思うツボじゃないか、どーすんだよ!
「さぁ、お前達の技は効かないよ。今度はこっちの番だわさ!アカンベェ!!」
後はご想像通り。全員が集中攻撃されて綺麗に吹き飛ぶ、でしょうねぇ。誰1人考えも無しに突っ込むからこうなるんだよ。
「たわいもない。―――ん」
煙が巻き起こり、その向こうにダウン状態のハッピー達。マジョリーナは足下に落ちた人形を見て鼻を鳴らし、踏み付けた。すると青木がそれに反応を示す。意識を取り戻したのかゆっくり顔を上げる。
「あっ青木さん!」
「・・・何。あなた達は?」
「とっ通りすがりのスーパーヒーローです」
「あってんねんけど、なんかちゃうっ」
「スーパーヒーローって、昨日黄瀬さんが言っていた・・・・・・まさか、星空さん達なんですか!?」
「―――で、お馴染みの流れに突入していく訳だ」
「灰谷君?」
こちらが独り言を呟いたので存在に気付き、正しく目を丸くして見詰め返してくる青木。結局こんな感じで本人の目の前でやって見せるのが手っ取り早い。
「あんたかい、下らない本の読み聞かせ会をしてるのは。・・・よくもまぁそんな無駄なことが出来るだわさ。オマケにこんな下らない人形まで作って、ちゃんちゃら可笑しいだわさ!」
マジョリーナは白雪姫の描かれた人形を蹴飛ばした。青木はそれを手に取り、静かに見詰める。・・・星空さん達が一生懸命に作ってたに違いない。その場に居た訳じゃ無いけれど俺にだって想像はつく。彼女は黙って、ただ皺の寄った絵を見詰め続けた。
「アカンベェ、止めだわさ!」
「青木」
「あなた方が何処の何方か知りませんが、今すぐお引き取り願います」
立ち上がると目の前の怪物達へ堂々とそう告げる。その声は至って穏やかなものだったが、きっと未知の存在に対する恐怖だとかこの説明しがたい状況への困惑という気持ちも少なからずあったに違いないのに。しかし彼女は冷静だった。同時に星空さん達との努力とか込められた思いを踏みにじられた秤か小学生達から笑顔を奪い去った事に対する怒りの感情も伝わってくる様で、そんな青木は淡々と続ける。ハッピーの逃げるよう諭す声さえまるで耳に入っていないかの様に。
「はぁ?生意気な小娘だわさ!何なのさお前は!?」
「―――私は、この七色ヶ丘中学校生徒会・副会長、青木れいか。あなた方の校内での乱暴な振舞い、生徒会副会長として見過ごせません!・・・いいえ。私、青木れいかが許しませんッ!!」
何処までも凛とした、張り詰める様な声でマジョリーナを一喝する。その時、やはりここで奇跡の光が彼女自身を包み込む。・・・青木もプリキュアになるんだ。
「何ですか・・・!―――これは・・・」
「“チミ”が最後のプリキュアだったクルゥ!」
キャンディが戸惑う秤の青木を導き、彼女も半ば承知してスマイルパクトを手に取る。蓋を開き、そこに青いキュアデコルをセットする。
〈―Ready?―〉
「プリキュア・スマイルチャージ!!」
〈―Go! GoGo Let' go Beutay!―〉
飛び出したパフを手にそっと息を吹き掛ける。白い粉の様な淡い光が舞い、青木の姿は足下から徐々に変化していく。やはり他のプリキュアの様に基本的なデザインを踏まえながらも色は青を基本としており、髪は黒に近かった色合いは鮮やかなブルーに染まる。又、切り揃った前髪はそのままにショートボブがベースの膝まで届く程長い四本の毛の束に変わった。
「しんしんと降りつもる清き心!キュアビューティ!!」
出たーーー!これで最後、全員集合ってわけだ。相も変わらず派手だわ、色々。青木・・・キュアビューティは変身した自らの姿に驚きを隠せない。ま、ここも今まで通り、想定されたリアクションだな。マジョリーナも同じみたい。さーて、問題はここからだ。アカンベェは分身体を作り出している為に合計4体、一見してかなりというか不利な状況に変わりはない。既に仲間達が疲労困憊だから事実上の戦闘不能、でもって今プリキュアになった秤だしさぞ戸惑われるに違いないんだ。
「ビューティ、戦うクルー!」
「戦う・・・!?」
「アっカンベェ!!」
同時に繰り出されるパンチ攻撃、が、ビューティは咄嗟に動いて跳躍するとアカンベェの四つの拳を回避した。
「成る程。変身すると超人的な力が出せるんですね!」
「おぉ、やるぅ」
さっきの取り消すわ。頭の回転が早いのか何なのか、流石は我らの生徒会・副会長様。したらば、お次は―――
「ちっ、だが鏡で分身した本物のアカンベェは解らないだわさ!」
マジョリーナが再び指示を送り、空中に舞い上がる中ビューティは極めて冷静に敵の言葉に注目していた。ん、鏡か・・・・・・あー、待てよ?
「本物は―――あなたですね?!」
確信を抱いた彼女は鋭い眼光でそう叫ぶと、反動を付けて回転しながら接近しパンチを叩き込んだ。アカンベェが地上に叩き伏せられる。いやいや、お強い。あなたが驚く以上にこっちがビックリしてるから。で、ビューティは確り本体を捉えていた為に残りの分身はまとめて消え失せた。
「鏡は姿を反対に映します。詰まりこの中で、リボンの位置が違う方が本物です」
注意深く見てりゃ解ったんだろうけど、先の4人はでたらめっつうかヤケクソでやってたんで自滅したんすよねぇ。あー、このチームにやっとまともなお人が来なすったぜ。よぅし、そこの悪党共を懲らしめて差し上げなさいキュアビューティ!
「スマイルパクトに力を込めるクル!」
「良いぞ、必殺技だ」
・・・いかんいかん、何で俺こんなノリノリなの。こんな空間の中に居るから頭おかしくなるんだな、きっと。
「今クルゥ!!」
気合い注入。ビューティは右手に氷のエネルギーを凝縮し、かつ左手で三本線を刻んで雪の結晶を描く。それらを最後に合わせ、強力な冷気を浴びせ掛けてアカンベェに止めを刺した。
「“プリキュア・ビューティブリザード!!”」
凍てつく猛吹雪を前に浄化の力で怪物は倒される。代わりに新たなキュアデコルを残し、ビューティは必殺技による疲労を受けながらそれを手にした。いやぁ、恐ろしい。雪女もまっつぁお!・・・最後のは余計だった、うん。悪どい老婆が去って行くと重々しい空気が一変して妹達は意識を取り戻し始めた。
白雪姫の読み聞かせ会、結論から言って大成功だった。来ていた子供達は起きてみると何にも覚えておらず、というか何も見てなかったんで面倒な事態は避けられた。あぁ無論、優輝も何にも見てなかったってさ。・・・・・・引率の先生が一旦学校の前に連れてって話をしてから解散するらしい。星空さん達や生徒会メンバーは笑顔で帰っていく生徒達に手を振り返す。青木は改めて礼を述べる。しかも彼女はこれを機にプリキュアとしても仲間に加わると宣言した。
「勿論だよ!青木さんしかいないもん」
「私で良いんですか?」
「青木さんが良いの!―――だって私、青木さんの事・・・れいかちゃんの事、大好きなんだもん!」
「ウチもや」
「私も」
「あたしもだよ」
「・・・みゆきさん、皆さん!よろしくお願いします!」
いやいやお熱いことで。聞かされるこっちが恥ずかしいから。え、そういう意味じゃなくて?解ってますよ。友情でしょ、これ。
「お兄ちゃん」
「げっ、帰ったんじゃねぇのかよ」
「お兄ちゃん?なんや、妹さん?」
「初めまして。真澄の妹の灰谷優輝です」
『初めまして』
「何か用かよ」
「お兄ちゃんにじゃなくてぇ―――ぷぷっ」
優輝はジロジロと5人のクラスメート達を見詰めてから俺の方へ向いてニヤリと笑う。
「良かったね、こーんなに沢山お友達が出来て。・・・それともハーレムぅ?」
「―――お前な」
あー!!云いやがったコイツ!とうとう本性顕したなマセガキっ。言うまいとした下品な言葉使いやがって。
「ひっ、真澄君、顔怖い・・・」
「まぁまぁ、落ち着きなよ」
「・・・あぁん?何も慌ててねぇけど」
「ふつつかな兄ですが、これからもどうぞよろしくお願いします」
「しっかりした妹さんやなぁ」
「こちらこそ!よろしくね」
黄瀬は俺の表情を見て友達の背に身を潜め、緑川は宥めようとして苦笑いする。日野は何故か感心してるわ星空さんも確り挨拶しちゃってるしで好ましくないこの状況、迷惑なことこの上無い。
「はー・・・れ?」
「あー何でもない!何でもないっ」
「ですが―――」
「青木、良いの!!止めろッ」
「はあ、解りました・・・」
頼むからそこ聞き流せよ、お願いしますから聞かなかった事にして下さい!
「いい加減にしとけよアホんだら・・・!」
「あ、じゃあ失礼します!」
何しに戻ってきたんだテメェ!兄貴に恥かかせるとか許さねぇ。帰ったら覚えとけよ、必ず仕返ししてやる。
続