笑わない彼にもどうか幸運を。 スマイルプリキュア! 作:新生ブラックジョン
こちらの方はこれからも投稿を続けていく所存です。
お好み焼き。肉や野菜、魚介類といった材料を加えて焼き上げた生地の上からソースとマヨネーズを掛け、最後に青海苔や鰹節を散らしたこの食べ物は広く日本人の間で親しまれる。・・・午後の閑散とした教室で居眠りから目覚めるとうっすら話し声がしていた。机から顔を上げると何時もの5人組が何やらお喋りの真っ最中で、唯一聞き取った料理の名前に一番馴染がある“関西風”テイストがふと頭に思い浮かんだ。
「さてと」
「真澄!ちょっとえぇ?すこーしだけ、付き合ってくれへん?」
十分な睡眠も取れたのでさっさと帰ろうとすると日野が突然呼び止める。この場合の“付き合ってくれ”というのは単純な誘い文句と捉えたら良いんだろう。別に何にも勘違いするつもりは無いし、丁重にお断りさせて頂きたい。
「あんたにもウチのお好み焼き、ご馳走したんで」
一瞬だけど考えてしまった。いや、ちょうど腹が減っていたし、おまけに寝起きだったからってのもある。思考が鈍って正常な判断が出来なかったんだよきっと。でも彼女のその言葉で僅かでも心が揺らいだのは不味かったかも。お陰で断る隙を失い、取り敢えず俺達は一旦帰宅してからある場所へ集合と相成った。うーん、やっぱし行くの止めようかな。
「真澄君。こっちだよー!」
「星空さん」
・・・とか考えながら何だかんだ、気付くと向こうからやって来た彼女と出会していた。しかも、帰る前に教えてもらった通りの道を進んでいたらどうやら目的地に辿り着いてしまったらしい。まぁ、結局のところ引き返しもせずこうしてやって来ちゃったな。そこは町の商店街に軒を連ねる一軒の店である。見ると黄瀬、緑川、青木もバッチリ先に揃っていて、更に日野がわざわざ出迎えてくれる。まぁ、この集まりの言い出しっぺだし当然か。
「何や、着替えてこんかったの?」
「別に良いだろ、面倒だったし」
「まぁ、そらえぇけど。・・・さて、これで全員揃ったな」
5人は私服で自分だけが制服、別に気にする事でも無いのでそこはスルーしとくとして。早速お邪魔してカウンター席に座ると日野は1人、厨房へ一旦回ってからエプロン姿で向かい側に立った。彼女は慣れた手付きでお好み焼きを作り始め、鉄板の上に広がる生地を見て星空さん達は今か今かと出来上がるのを待ち遠しそうにする。確かにこれは腹の虫が騒ぐ。ヤバい、ついつい見入ってしまう。
「あかねさん。お店の名前、もしかして・・・」
「あぁ、うん。ウチの名前から取ったんやて。ウチが産まれた年に店始めたらしくって。娘の様に大事にしようって意味なんやて」
「素晴らしい由来ですね」
青木が店先の暖簾に気付いてそれを口にすると、日野は何処か照れ臭そうに説明した。そう、ここは彼女の親が経営する店であって自宅でもある。
「あれ、日野ってこっちに転校して来たのが・・・」
「去年やな。―――ほな、ぼちぼちひっくり返そうか。焼き方にもコツが要るんやで」
詰まりはこっちに住む前から既に店をやっていた訳か。勝手に納得してると日野は得意気にそう言って手にしたへらを器用に取り回した。何かすげぇな、とか思ったがそれを思うのはまだ早かったと次の瞬間に気付かされる。生地と鉄板の間へ“へら”を滑り込ませ・・・
「ちゅー、ちゅー、たこ、かいな!」
―――謎めいた呪文みたいな言葉と共に彼女は手早く引っくり返していく。次々に宙を舞うお好み焼き、星空さん達はそれを見て驚きの声を上げた。うん、こういうのって下手な奴がやると大惨事だからやっぱり慣れた人がやるべきなんだよな。
「お見事」
「どや!日野家奥義・小手返しスペシャル!お好み焼きは任しとき!」
「あーハイハイ、そういうのはいいから」
ドヤ顔。取りあえず、スルーしとくとしてだな。・・・人数分の皿に移された出来立て生地の上では鰹節が踊り、鼻先に漂うソースやマヨネーズの匂いも相まって空腹は今この時から最高潮に達する。
「うーん、これは良いんじゃないの…ボソッ」
「え、何て?」
しまった。何時だったか夜中に見た変なドラマの真似を・・・・・・って、なんて言うドラマだったか。
「・・・美味い。うん、マジで」
「ほんま?良かったぁ。さっきから仏頂面やったから“不味い”とか言われるんか思うとって」
「いや、そんな事ねぇよ。ちゃんと美味い」
「うんうん、流石あかねちゃん!」
皆から一頻り感想を受け取って本人も満足しているだろう、こっちも腹を満たせたから万事OK。生地はフワフワ、良い具合にしんなりしたキャベツとか豚肉も美味かった。・・・あぁ、まさか誘いにのってまんまと食事するなんて。でも、今はどうでも良いや。―――そういや、何時か学校の屋上で日野が作って持ってきた事があった。その時も正直に美味くて貰った分を全部平らげたんだったっけかな。
「ソース付いてるよ真澄君。ほら」
「え」
「ここだよ。取って上げようか?」
「いいよっ、自分で拭くから」
「へぇ、もう食べ終わったんだ。それだけ急いで頬張るくらいだから余程美味しかったんだねぇ」
「ほんまやなぁ、綺麗に食べてくれたやん。素直になることもあんねんな自分」
「うっせーよ」
緑川と日野は驚いたと言わん秤、そりゃあ不味けりゃ完食なんてしないだろっつの。やっぱり来るんじゃなかったとか早くも後悔の兆しを感じ、俺は星空さんの手から紙ナプキンを取り上げて口の周りを拭うとゴミ箱を探した。そこに“ただいまー”と言って店の裏から入ってきたであろう何方かと目が合う。
「・・・どうも」
「どうも。それじゃ」
「げんき!」
日野に呼び止められた少年は嫌そうな顔をして立ち止まる。彼女は俺達の前にその彼を立たせると紹介した。
「弟のげんき。・・・ちゃんと挨拶しぃ」
「いやぁ、お調子者の姉が何時も迷惑掛けてすんません!」
そんな姉に負けないくらいというか、こっちも随分ノリが良さげな日野げんき君。歳は一つ違いで同じ中学らしい、彼は俺の方を見て会釈すると一言。
「姉ちゃんの・・・彼氏ぃ?」
「あほぅ、何言うてんねん!そんなわけ無いやろっ」
これはこれは。アハハハハ、と乾いた笑いしか出てこなかった。前にもこんな感じのがあったと思うんだけどデジャヴかな。弟の冗談に付き合う気はない姉、透かさず否定。うわぁ、流石に絵に描いた様なやり取りだなぁ。
「これ、姉ちゃんが焼いたん?いっただっきまーす」
「あ、コラ!行儀悪い!」
「―――まぁまぁ美味いやん。父ちゃんのとはちょっと味ちゃうけど。まぁ、姉ちゃんっぽい味やな」
弟は手掴みで一切れ食べるとそう感想を述べた。すると姉も一口、そして表情を変えて箸を置く。
「あかん」
「え、何で?」
「何でもへちまもあらへん。会長さんは父ちゃんの味を楽しみにしてくれてんねや。・・・これじゃあ、喜んで貰われへん」
全く話が見えてこない、これって自分だけ?日野は何か悩んでる様子だがさっぱり解らない。
「あ、そういや父ちゃんが秘密の隠し味があるって前言うとった」
「秘密の隠し味?で、何やのそれ」
「それは・・・・・・知らん!」
げんきは自信満々に胸を張る。日野はこれを機に“父ちゃんの味を再現する”とか言い始めて、おまけに星空さん達も協力するとか言い出して。で、何故か俺までこのまま店に残って手伝う流れにされたんだけど誰かせめて説明しろよ。
「食事会?」
「びしょ・・・グルメな町内会長さん達が今度の日曜日にここで食事会をするらしいんだけど・・・」
「あかねちゃんのお父さんがギックリ腰になっちゃって、だからあかねちゃんが代わりなんだって」
星空さんと黄瀬から説明を受けたところで漸く理解に至った。日野が急病の父親に代わって食事会でお好み焼きを作るらしいのだが、何とかそれまでに同じ味が出せる様に秘密の隠し味を突き止めるって事らしい。早速、手伝う為にエプロン姿となって緑川と青木は厨房に立っている。
(で、これは俺も手伝わなければいけないんだろうか)
さっきご馳走になった手前、何か帰りづらい空気というか。食欲に負けたあの時の自分が恨めしいよ全く。とは言え、自分に何か出来るとも思わないから今は黙って大人しくしとくかなぁっと。
「甘いものには辛いもの、辛いものには甘いもの等を程よく加えると味が引き立つとお祖父様が」
「うちじゃあ、カレーに擦り卸した林檎を入れるよ」
厨房では材料を並べてあれこれ相談する声が聞こえる。それを耳に入れながらトイレを借りようと探していた時だった。同じくその話を聞いていたんだろう、星空さん達は何を思ったか徐にスマイルパクトを取り出して変な事を始めた。
「何してるんだよ」
「これがホントの焼プリン」
「美味しそう!真澄君も食べる?」
「いい、止めとく」
鉄板の上に揺れるバケツサイズのデカいプリン。んなもん出してどうするんだよ、さっさと片付けないと焦げ付くぞアホ共。そういう事に使って良いのかよ変身アイテム。
店に来たお客用とかに置いてあるんだろう、本棚に並べられた漫画を読んでいる間に皆はせっせと料理に励んでいた。あれこれアイデアを出し合いながら試行錯誤してるみたいできっちり役割分担が出来上がっている。こうなると俺がこの場に留まる理由というものは皆無であって、尚且つ肩身狭い気がして何時しか隅っこに体育座りしながら息を殺していた。
「手伝って言うたやん」
「いや、料理とかしたこと無いし。てか手伝うなんて言ってないし」
「あーもう、そない言うんやったらせめて味見くらいして。ぎょうさん焼いたからまだまだあるで」
日野はそう言いながら人差し指で人の額を小突く。やれやれ、やっと出番らしいですよ。各々、焼いたのは日野なのだが材料を切ったりと下準備したのは確か青木で、生地を混ぜていたのが緑川だったと思う。そうすると星空さんと黄瀬、後序でにキャンディも何かしていた様子だがよくは知らない。さっきのプリンはきっちり平らげたみたいだが。
「―――これ、何入れた?」
「みかんだよ。甘いものをと思って・・・」
「・・・ほう。で、この一瞬マヨネーズに見えたそうじゃない奴は?」
「はーい!生クリームを掛けてみましたー!」
「おい、ふざけんなよ。えらいもん食わせてくれたなお前ら」
多分、よく考えもしないで適当に放り込んだんだな。よし、口直しに別のを。・・・うん、後のはまともだな。普通に美味い、ちゃんとしたお好み焼き。焼き加減なんかも悪くない感じだ。
「美味い」
「それだけ?もっと他にないんか」
「いやぁ・・・うん」
「あかん、作り直すで。これじゃ父ちゃんの味にならへん」
そしてこの後も試食と称してしこたまお好み焼きを食う羽目になった。それはもう腹一杯に詰め込んだからこの後の晩飯が果たして入るかと不安が過るけど多分手遅れだろうなぁ。ふぅ、味見係も楽じゃないぜ。一方、日野はあれだけ山の様に作ってもまだ納得していないらしい。
「十分美味しいけどなぁ」
「やっぱり、秘伝の隠し味ですから―――」
「そう簡単には見つけられない、か。・・・あかね?」
「やっぱり、父ちゃんは凄いなあ!照れ臭くって言うたこと無いけど・・・ウチな、父ちゃんのこと尊敬してんねん」
父親が作るお好み焼きを食べると誰でも笑顔になる。心底そう感じているらしくて尊敬の念を込めて話すそんな日野の顔は生き生きとしていた。
「そんなお好み焼きを焼けるんは世界中で父ちゃんだけやって思ってる。そんなお好み焼きの隠し味、ちょっとやそっとで解るわけないもんなぁ。―――よっしゃ、意地張っててもしゃーない。ちょっと父ちゃんに聞きに行ってくるわ」
・・・という訳で彼女のこの一言から本当にその病院へとやって来た。ただ、身内でもないのに全員で押し掛ける訳には無論いかないので病室へは日野1人が赴く。取り敢えず星空さん達と大人しく待っていたが俺は携帯を手に席を立った。確認すると妹からの着信だった。
「もしもし」
『お兄ちゃんてさ、信じる?』
電話口の唐突な質問に眉を寄せると続けて圧し殺すような小さな声で更に問い掛けがある。
『ねぇ、信じる?』
「何をだよ」
『さっき見ちゃったんだよねぇ、本当にヤバいの見ちゃったの』
「・・・だから、何を」
『狼男!!さっき見たんだよ、あれは間違いない!』
「へぇ、良かったな。そんじゃ」
やっぱりな、薄々解ってたんだけどたまにずば抜けておかしなことを言い出すのが我が妹だ。一体誰に似たんだか、まぁ何時もながらにこういう時は何も聞かなかった事にして無視するに限る。
『本当だもん!青い服着て歩いてたんだよ、ブーツ履いてて尻尾とか生えてたしっ。ひまりちゃんも見てたもん!ね!』
「知るか、そんな下らない事で電話してくんなよ」
何か向こうで友達と2人、あれこれ言い合ってる声もしてくるのだがもう切っても良いんだよなこれ。―――エントランスに戻って少しした頃、日野が病室から帰ってきた。
「え、駄目だったの?」
「そんなん自分で見つけるって啖呵切ってもうた・・・!」
「でも食事会まで後三日だよ?」
「―――しゃーない。後には退かれへん、ここはビシッと決めたるしかないわ!」
半分やけくそなんじゃねぇかとも思う、本人のこの決意を前に他の4人は付き合う気満々といった様子。病院を後にする際、携帯に又着信があって今度はメールを受け取る。“これが狼男!!”とタイトルが加えられたそれを開くと中には本人が携帯のカメラで撮影したらしき画像が添付されている。正直ぼやけてて全くハッキリしないし、しつこいんで絶対相手にしない事にして無視を決め込んだ。で、下へスクロールしていくと文章が続いていた。こっちが序でなのかよ。
「外食?」
ついさっき母さんと話していたらそういう風になった、と実に簡略な内容。たまには良いかもなとか思って確認した旨、返信してから再び歩き始めた。
日野に引き連れられ、次に足を運んだ先は近所にあるスーパーだった。さっき使った分と今晩の開店の為の分、お好み焼きの材料の買い出しという事らしい。いや、どうやらそれだけでなく隠し味研究に使う分も買い溜めるみたいだ。
「全部買うのかよ」
「必要やからな。後は―――」
スーパーのカート一杯に小麦粉とか調味料だとか、材料を一通り積み込む日野。一応、値段を確認したりとか適当に選んでいるんではなさそうだ。・・・ってあれ、何でここまで着いてきたんだろ俺。自覚する頃には両手に袋抱えて日野家の店に戻ろうとしていた。
「・・・ちょい待て、待ってくれ」
「灰谷君、大丈夫ですか?」
「どうしてここまで付き合わなきゃいけないんだよ」
「あかねにご馳走になったでしょ。ほら、男の子なんだから率先して重たいの持ってよ」
むぅ、それを持ち出されたら何も言い返せねぇ。普段から大家族分の買い物をしている緑川は涼しい顔して前を進んでいた。手に持った量は大体同じくらいある筈なのに。主に彼女と日野、自分とで店まで運んでこの日は解散となる。帰る頃には日もすっかり傾いて夕方になっていた。
「あかねちゃん、大丈夫かなぁ」
「お店の手伝いもあるし、大変そうだね」
星空さんと黄瀬がそう言いながら後ろを振り向く。店は今夜も平常通りにやるらしいが母、弟と3人では負担が大きくなるに違いない。
「何かお手伝い出来ることがあれば良いのですが」
「そうだね。・・・で、真澄はどう思う?」
話を振られるとは思っていなかったので気を抜いていたが緑川の言葉に反応してあれこれ答えを考えた。
「日野の手伝いか、頑張れ」
「えぇ、随分と他人事なんだね。真澄は心配じゃないの?」
「何て言うか―――。ただ、力になってやれば良いんじゃないかって」
「真澄君。・・・うん、そうだね。やっぱり私達に何か出来ることがあったらそうしたいよね」
星空さんがそう言うと後の3人も頷く。帰り道、話し合う彼女達を横目に家路をゆっくり歩いた。夜には家族3人で外出し、夕食の為の店を探す。
「腹減ったよぅ~」
「おい、解ったからいい加減にしがみつくの止めろって」
今宵、俺たち家族は久方ぶりに外食する運びになった。妹の優輝は妙なテンションで疲れるし、まだ昼間食べたお好み焼きが胃に残ってて重くのし掛かっている。とても外食を喜ぶ気にはなれないのでどうにかして腹を空かさねば。母さんはさっきからこれといって当てもないみたいだし、こっちも歩き続けていればその内に多分減ってくるだろう。
「ねぇねぇ、ここにしようよ」
「どこどこ」
「ほら、このお店!」
・・・とか思った矢先、一軒の店を前に優輝がそこを指差した。おうっと冗談じゃない、確かこの赤い暖簾には覚えがあるぞ。割りと最近だ、えーっと確かあれは今日の昼間。よし、絶対ここには入らないからな。
ガラガラガラ
「いらっしゃいませー!」
妹は迷わず引き戸に手を掛けた。共に母さんが入っていくと中から威勢の良い声がする。ああ、遅かったか。渋々後に続いた俺は店先に立ったクラスメートと顔をつき合わせた。
「いらっしゃい。また来てくれたんや」
「その娘、お友達?」
「同じクラス」
「どうも、こんばんわ。日野あかねです」
「真澄の母です。よろしく」
2人は挨拶してそのままの流れでカウンター席に腰を下ろす。自分の親とクラスメートが対面して話す姿というのは何とも言えない恥ずかしさがある。くそ、よりにもよってな。
「あかねさん上手だねぇ」
「優輝ちゃん、おおきに。何時もやってることやし、軽いもんや。―――はい、お待ちどうさま」
注文した豚玉を手際よくひっくり返す姿に感心しきりの妹。何かしれっと名前で呼んじゃってっけど急に距離縮め過ぎじゃねぇかと思う。
「お兄ちゃんて学校だとどんな感じですか?」
「うーんと・・・何て言うたらいいか、寝てばっかしやな。ハハハ」
否定はしない、敢えてね。何やら俺の話をし始め、こっちを見ながらコソコソと耳打ちし合うそいつらの姿は全く穏やかならない。止めてくれねぇかな、きっとろくでもない事に決まってる。そして日野はこちらが食事をしている間も当然ながらテキパキと働いていた。人当たりよく客と言葉を交わして笑いを生む彼女は正にこの店の看板娘といった具合。喋り掛けてくる馴染みの常連客らしき人なんかを相手にしている辺りもすっかり板についているって感じだった。
「ご馳走さまでした」
「あかねさん、美味しかったよ」
「また何時でも来て。真澄、ほなな」
「うん、じゃあな」
やがて食べ終えたので席を立ち、母さんが会計を済ませている内に店の外へ出ようとする。日野は自分達にそう声を掛けてから又忙しなく別の客の面倒を見始めた。そういや食事会の準備なんかもあるんじゃなかったか、本当に大変そうだな。・・・にしても、きっと今夜はお好み焼きの夢でうなされるに違いない。
翌日の学校で日野は授業中も何処か上の空だった。先生から名指しされても反応はなく、漸くすると慌てて教科書のページを捲る。そんな彼女は休み時間になり、星空さん達が教室に居ない事を知って尋ねてきた。
「隠し味、解ったのか」
「色々試してはいるんやけどイマイチ同じ味にならんくてさ。一度自分で見つけるって言った手前、やっぱり教えてー・・・なんて言えへんしぃ」
こちらも試しに聞いてみると案の定の答えだった。やはり、彼女の頭の中はその事で一杯らしい。
「もういいんじゃねーの、そのままで。・・・昨日食った、あの感じで十分だと思うけど」
「おーきに。・・・でも、あかんねん」
ギックリ腰で入院している父親に代わってお好み焼きを焼かなければならないのに、その肝心の隠し味が突き止められずにいる彼女は浮かない顔で溜め息を交えた。自分の席に戻って頬杖をつくと再び遠くを見詰める。すると間も無く、星空さん達が両手一杯に本を抱えて戻ってきた。
「それは?」
「図書室で色んな料理の本を探してきたの。参考になれば良いなって」
「“そざい”・・・“料理の鉄人”―――」
4人は手当たり次第に見つけてきたそれらを運び込んで日野の机にどっさりと積み上げた。黄瀬は何やらスイーツ関係の本を薦めているが青木なんてどうやって見つけてきたのやら巻物みたいな古めかしい物まで持っている。
「終わったぞー」
「お疲れー」
「こっちも終わったよ」
学校が終わると店に集まって開店準備を手伝い、俺は店の前の掃き掃除を済ませた。何かもうすっかり手伝っちゃってるんだけど別に自分から引き受けた訳じゃない。どうせ放課後は暇なんだろうからって連れてこられてしまった。妙な事に、どうも日野が作るお好み焼きを食べてからこいつらの誘いをかわせずにいる。
「手伝ってくれてありがとう」
「別に。どーせ暇してたんで」
「せめてこれくらい出来ないかなって思ったから」
「あー、はいはい解ってるよ。まぁ上手くいけば良いけど」
この日も試作品とされるのを幾つか作って日野は弟に味見をさせた。しかし結局のところ、隠し味とやらの発見には到らなかった。―――そして、いよいよ迎えた食事会の当日。駅から程近い広場に向かってみると既に沢山の人で賑わいを見せるそこには食べ物を売る屋台がズラリと並んでいた。その中で“お好み焼きあかね”と掲げた一角を見つけて近付くと星空さんが手を振った。
「いやぁ、こんなイベントやってたんだね」
「はい。商店街を盛り上げるって、地域振興って奴っす」
「でも良かった。げんき君が手伝ってくれるから、あかねちゃんも隠し味探しに専念出来るよ」
「で、俺にもそれを手伝えって言うんだろ」
「ゴメンね、急に呼び出しちゃって」
「そう思うなら遠慮しろよ。朝っぱらからいきなり電話なんかしてきやがって」
「エヘヘ、昨日すれば良かったんだけど忘れちゃって。という訳で今日もよろしくお願いしまーす!」
どういう訳だよ、納得するか。でもまぁ、どうせ何言ったってこの人達は聞き入れないだろうし。俺は早速、材料の数を確認したりだとか直ぐ側のテラス席の片付けをしたりと任された雑用をこなしていった。星空さんは接客に専念してお好み焼きを調理するげんきの横では黄瀬がせっせと次の生地をかき混ぜる。緑川と青木は店の方で日野を助けていて、ちょっと前にこっちに来るという連絡が姉から弟の方へあった。屋台の裏で空っぽの段ボール箱を畳んでいた時、何か異変めいたものを感じて見てみると広場はとんでもない有り様になっていた。例によって活気に溢れていた町の人達がその場へ経たりこんで身体中から禍々しいエネルギーを発している。空には昼間だというのに満月が浮かび、果たしてこれが何を意味するのかは直ぐに解った。
「食欲湧かない」
「何も食べたくない」
「お好み焼きなんて―――」
「人間共の発したバッドエナジーが、悪の皇帝ピエーロ様を蘇らせていくのだぁぁぁ!!」
数々のネガティブな声に混じってこだまする雄叫びと共にその存在が地上へ降りてくる。おぉ、あいつは確か“オオカミもどき”。何か凄い久し振りかも、あの青い服着てブーツ履いた姿・・・・・・あれ?でもやっぱり、つい最近も何処かで見た気がするなぁ。
「あれは!」
「“ウルフルン”クルゥ!皆、変身クル!」
星空さんと黄瀬、更に今しがたタイミングよく到着した日野達3人も合流。一斉にスマイルパクトを取り出して変身する。
〈―Ready?―〉
『プリキュア・スマイルチャージ!!』
〈―Go! GoGo Let' go!!―〉
光、炎、雷、風、氷と属性の力を纏った各々が伝説の戦士となってそこに並び立つ。
「キラキラ輝く、未来の光!キュアハッピー!!」
「太陽サンサン、熱血パワー!キュアサニー!!」
「ピカピカぴかりんじゃんけんポン♪キュアピース!!」
「勇気リンリン、直球勝負!キュアマーチ!!」
「しんしんと降りつもる清き心!キュアビューティ!!」
“五つの光が導く未来!!―――輝け!スマイルプリキュア!!”
「プリキュア・・・!俺の食事の邪魔はさせねぇぜ!!」
「何言ってんだあいつ。飯食いに来たのかよ」
オオカミもどきは謎の主張をしつつも手にした赤い玉を使ってアカンベェという怪物を生み出す。何だ、やっぱり戦うんじゃねぇか。で、あれはえっと―――確かお好み焼きのソースを入れてた奴だ。アカンベェはそれを胴体にして手には刷毛を装備していた。そいつは先に仕掛けてプリキュア目掛けて飛び掛かったがハッピー達は咄嗟に回避する。
「うおっ!」
「コラ!ソースの使い方間違って・・・うわぁぁぁ!?」
アカンベェの着地による振動に思わずしゃがみこむ。加えてアカンベェは続けざまに思い切り刷毛を振るった。ソースの塊が飛び散ってサニーはそれが原因で足を滑らせたのだが、どういう訳か彼女は全く立ち上がれなかった。サニーの体に付着したソースが変色していく。
「固まった?」
「皆さん、気をつけて!」
その様子に気付いたビューティが仲間に注意を促す。しかし直ぐに又、アカンベェが刷毛を振り回してソースをばら蒔くとハッピーやピースへ向かって降り注ぐ。・・・って、それ不味いだろ。詰まりはこっちに向かって飛んで来たって事じゃねぇか!
ビュンッ!
「「マーチ!!」」
「っぶねぇ」
「大丈夫?・・・真澄、危ないから離れてて!」
「り、了解」
瞬足で駆け付けたマーチがテラス席にあったパラソルを掴むとソース攻撃から守ってくれた。いやー、助かった。即座に距離を取って安全そうな物陰を探し、一先ず花壇の陰に飛び込むとそこにはキャンディも居た。
「クルゥ、ウルフルンが!」
「どうした?」
「―――あぁ!!ウチが焼いたお好み焼き!」
サニーの声に視線を向けてみると、あのオオカミもどきが戦いそっちのけで山の様にあるお好み焼きを貪り食っていた。どうやら本当に腹は減ってたみたいだな、つーか食べるの早。でもって今度はハッピーの方からも叫び声がしたので続いてそっちを見ると・・・
「デカ!さっきより絶対巨大化してるだろあれ」
「ウルフルンがお好み焼きを食べたせいクル!」
「「そうなの!?」」
マジかよー、仕組みは知らんが要はオオカミもどきが腹一杯になったんでそいつが操るアカンベェもでかくなったと。いやいや、何かずるい。
「やれぇ、アカンベェ!!」
「アっカンベェ!」
「皆さん!」
ハッピー、ピース、マーチが吹き飛ばされた挙げ句にあのソースみたいなののせいでビルの壁面にくっついて身動きを封じられた。アカンベェは次にビューティへと狙いを定める。
「ウルッフフフ・・・人間の食い物も中々だったぜ」
「え、ホンマ!おおきに!」
爪楊枝片手にふんぞり返る奴の言葉にサニーが嬉しそうに反応した。仲間が大変な事になってますよー、喜んでる場合じゃねぇだろ。
「ハッ、おおきにちゃうわ!」
「そうそう、気付いたか」
「・・・あぁ?何でお前が礼を言うんだ」
「それ作ったん、ウチやからな」
ビニール袋に入れられていたそれらは大方さっき店で焼いてきたであろう食事会の為の試作品に違いない。町内会長達が楽しみにしているからと父親の隠し味が何かを突き止めようと作った物。
「はぁ。ま、こんなもん誰が作ってもおんなじだけどな」
「おんなじちゃう!どんなに頑張っても、父ちゃんと同じ味にならへんから悩んでんのに・・・!」
「そんなしょうもない事で悩むなんざ下らねぇなぁ!」
「下らない?!」
「あかねちゃんの一生懸命さを馬鹿にしないで!」
「一生懸命とかどーでも良いんだよ。腹ん中に入ったら全部一緒じゃねぇか。・・・大体これ、失敗作なんだろ?偉そうな事言ってんじゃねぇよ」
オオカミもどきの言葉に反論するもまるで意に介さない。そいつは見下す姿勢で青海苔が付いた歯を剥き出して笑う。そしてハッピーはそんなオオカミもどきに怒りを爆発させた。
「―――止めてッ!!失敗作なんかじゃない!絶対に美味しいもん!・・・だって、そのお好み焼きにはあかねちゃんの気持ちが!一杯詰まってるんだからぁぁぁ!!」
彼女の叫びを聞いていたサニーは表情を変える。ハッとした様に目を見開いて、更に大きな声をあげた。
「解ったでーーー!!」
「え、何が」
「・・・父ちゃんの隠し味!!」
「何」
「食べた人に元気になって貰いたい。・・・その気持ちをギュウギュウ詰めに込める!それが父ちゃんの“お好み焼きあかね”の隠し味や!!」
どうやら何かの閃きがあってその答えに辿り着いたらしく、それまでと打って変わって吹っ切れた様に宣言した。
「何言ってんだ。アカンベェ、さっさと片付けろ!」
「・・・ビューティ!ウチに向かってビューティブリザードや!」
「え、どうしてですか?」
「いーから早く!」
「―――解りました!」
何をとち狂ったかサニーがそう要求し、当然ビューティは躊躇ったが仲間の様子から何かあると踏み、自らの必殺技をサニーへ向かって放った。
「“プリキュア・ビューティブリザード!!”」
氷のエネルギーから繰り出される強烈な冷気は触れたものを凍てつかせる。サニーは気合いを込めてこの技を受け止め、身体中から炎を発してエネルギー同士をぶつけさせた。二つが合わさって水蒸気となり、シャワーでも浴びるみたいに全身のソースを洗い流す。この場に居た仲間達、無論遠くから見ていた俺もそれを見て成る程と納得する。サニーは滑る様に急接近してアカンベェに炎を纏わせた拳を打ち込んだ。敵が空中高く投げ出され、透かさず彼女はスマイルパクトへ力を集中させて必殺技を見舞う。
「“プリキュア・サニーファイヤー!!”」
スパイクが生む豪速球、命中と同時にアカンベェは成す統べなく葬り去られた。浄化された怪物は消滅して、オオカミもどきはあっという間に姿を消した。
お好み焼き。関西風や広島風等といって地域により種類も様々なこの食べ物は広く日本人の間で親しまれる。水に溶いた小麦粉生地に色んな食材を入れて、熱い鉄板の上で焼き上げるそれは多分誰が作っても美味い。いや、お好み焼きに限った話でなく正しい作り方を知ってさえすれば基本的には料理として成立するんだと思う。ところが自分なりに工夫して納得のいく味を出そうと努力した結果、そこに新しく見えてくるものがあるらしい。
「―――美味しい!何て元気が湧いてくる味なんだ。流石、あかねちゃん。とっても美味しいよ!」
「やったね、あかねちゃん。町内会長、お墨付きだ」
ガラガラガラ
「ただいま!今帰ったで!」
その一口に見せる笑顔に固唾を呑んで感想を待っていた日野達も嬉しそうに笑った。町内会長を招いた食事会の場は貸し切りになっていて、次に店へ入ってきたのは日野の両親だった。
「日野さん。美味しいお好み焼き、頂いてますよ!」
「ほんまでっか!えらいおおきに!―――何や何や、めっちゃ評判えぇやないか」
「フフン、ウチはこの店の看板娘やで。父ちゃんの隠し味くらいお見通し~」
お礼の言葉を受けて、おじさんも上機嫌で椅子に腰を落ち着ける。娘の方も鼻を鳴らして余裕の顔つきで胸を張った。昨日まで悩んでたのがまるで嘘みたいだ。
「お、解ったんか。言うてみぃ」
「―――それは、父ちゃんにも内緒や」
・・・そこに見えてくるもの、やっと突き止めた秘密の隠し味。思うに一番大事なのは食べる相手に対しての気持ちなんだろう。
「隠し味・・・の秘密、か」
「ふぇぇ、安心したら何だかお腹空いてきちゃったぁ」
「確かに、皆美味しそうにお好み焼き食べてるし・・・」
星空さんと黄瀬の声に俺の独り言は掻き消される。その声を聞いた日野が振り返って言った。
「ほな、皆にも作ったるわ!」
「「「「やったー!」」」」
「よぅし、それなら・・・ぐぉぉ?!」
「お父ちゃん!?」
「もう、あかんやろ。まだ本調子とちゃうんやから」
立ち上がろうとしたおじさんは腰の辺りを押さえながら苦笑いを浮かべる。おばさんが支えてゆっくりと椅子に座らせた。
「そや。・・・“まーくん”も食べてくやろ?な」
「―――は」
「あれぇ、聞こえんかった?まーくん」
おおよそその呼び名を知る者はごく限られる筈だった。日野は悪戯っぽい笑みで再度、忌々しくも強調する。さては優輝だな、下らない事を教えやがって。帰ったらぜってー容赦しないからな。
「おーい、まーくーん」
「・・・止めろよ。アホが」
「まーくん、甘えん坊まーくん」
「てめぇ・・・!」
続